ものぐさ日記

息子がとうとう第1次反抗期に突入し「いや!」を連発します
長い目で見ればほんの僅かな期間に過ぎませんが
乗り越えている真っ最中だと永遠に続くのではないかとすら思えます

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 12月31日 今度の年越し
 大掃除を放棄した。実母に「旦那の実家に電話して、『よいお年を』ぐらい言っておきなさい」と言われ、おずおずと電話した。電話の向こうで義母が「今日は雪降ったからね、来ないほうが良かったわよ。明日いらっしゃい」と言ってくれたが、明日は路面が凍結していそうで、もっと怖いかも…。夕方、息子が電池切れになり、夕飯を食べずに実家で爆睡。実父母が夜中に初詣に行くらしいので、このまま寝ていてくれたら添い寝だけで済むので楽だなぁと思う。起きてしまったら、きっと「ぼくもじいちゃんといく!」と今年最後にして来年最初の駄々を捏ねることだろう。そんなことを考えながら、indexに長〜い文章にて両方の年の挨拶を記載。間に「or」を入れたから、それで勘弁してほしい。昨年までのように挨拶画像をこっそり取り込もうと思ったが、時間と気力が尽きそうなので放棄した。明日の旦那の実家訪問に備えねば。とりあえず、私は禁酒中なので、深夜に初詣できなくていいや。その代わり、ピロさんが酔っ払ってくれそうなバトルシーンを書き上げたいと思う。「幻想茶会」、「TORAT」、「VS」、「紺碧色髪の龍華」と、長編だけでも抱え込みすぎ状態で年越し。さらには、タロットの解説本の和訳や13番地も年越し。どうやら、明日から始まる来年も、ワープロソフトとエディタソフトをフル稼働させて、「手帳」の域を超えたサイトへと拡張されていくらしい。
 12月30日 腹立たしいこと
 奈良の小学生の誘拐・殺害事件の犯人は、私と同じ36歳の男で、しかも新聞配達員だった。「キレる」と言われ始めた世代であり、信用が第一の配達業に就きながらそれを逆利用しての犯行に、腹が立つ。
 旦那がまた勝手に部屋の掃除を始めた。相変わらず身勝手なスケジュールを、年始の分まで立てているらしいが、私には一切相談も断りも無い。そんな男の遺伝子を受け継いでいるだけあって、息子は朝起きてから現在(23時30分)に至るまで遊びまくって、私から自由な時間を剥奪しまくっている。二人とも、殺してやりたい…! 実父母などは「だってこっちで遊んでいるから」などとホザきやがって、私の精神的負担やストレス解消のことなど、まるで無視。あんな連中、親じゃねぇや。
 頓服の安定剤を服用したが、効果が無い。いや、効果が出始めると同時に、別の腹立たしいことが始まって、服用した甲斐なくムカムカイライラが膨らんでいくのだ。旦那の休暇初日にしてこうだから、来月初めには「正月早々陰惨たる事件が発生」といった見出しで、一族皆殺し事件が伝えられることになるかもしれない。マジでヤバい。
 12月29日 稼働時間が長くなったなぁ
 今日から息子は年末年始休み。朝は9時から夜の9時ぐらいまで、私と遊んだりして過ごす予定。明日からは旦那も年末年始休暇だから、私にとっては「地獄がとうとうやって来た…」って感じ。息子と旦那はたまにしか顔を合わせないから、話も噛み合わない(というか旦那には息子の話が分からない)くせに、間に私を置こうとしないから、息子は話を解ってもらえずに号泣し、旦那は息子がいつも我儘を言っていると思い込んで怒鳴りつけたりすることもある。しかも、息子は結構体力をつけてきたから昼寝しない日が増えたのに、旦那は息子が必ず昼寝するものだと思い込んでいるし、思い込みで作り上げた自分勝手な予定のとおりに時間が過ぎないと、狸寝入りしたりして私や息子を完全に無視するし。下手に機嫌を損ねると、私や息子の頭を叩いたり首を絞めたりするし。年末年始の挨拶回りだって、私が旦那の実家に行くのは当然だけれど、旦那はすぐ隣の私の実家には決して挨拶に行かない。そうすると、今度は実父が「バカにしやがって!」とブチ切れるから、たまらない。そうして気疲れしながら過ごすので、サイトの更新は来月上旬まで深夜になる可能性が高い。せめて1時間でも息子が昼寝してくれたらなぁとは思うけれど、昼寝しなくても機嫌が斜めになることが少なくなったことには、逞しさを感じずにはいられない。こういうささやかな幸せを分かち合おうとしないから、旦那はどんどん好感度が下がっているというのに自覚せず、じつに腹立たしい。
 12月28日 今年最後の可燃ゴミの日
 年末年始にやらねばならないことを、ずぅっと先送りしていたおかげで、本の山を詰める段ボール箱の蓋部分を切り落とすのが、今日の午後以降になった。が、今日は年内最後の可燃ゴミの日で、収集時間は午前11時前後。確実に間に合わない。段ボールの切れ端と一緒に年を越すか、本の山と一緒に年を越すか、自分? 年を越すと言えば、年賀状もまだ手がけてないから、マジで年越しになりそうだ。と、こんなことを書いているうちにやれば良いのだろうけれど、年賀状は旦那から私の分を貰ってないし、本の山にはタロットもあるから安易に崩せないし。何より、やらねばいけないことが多すぎて、思考回路がショートしている。やはり、年末年始も1/366と受け止めて、開き直れたらやることにしよう。どうせ、誰も困らないんだから。
 12月27日 現在9時40分…
 休み明けになると、息子は保育園へ行き渋る。到着しさえすれば騒ぎまくって遊びまくって先生方を困らせるくせに、到着するまでは「まず起きない」「服を着替えたがらない」「食事をしたがらない」「靴を履きたがらない」「真っ直ぐ園へ向かわずに反対方向へと行きたがって泣き喚く」とまぁ、徒歩数分のはずの道程が徒歩30分ぐらいになってしまう。なので、家を出るのが9時過ぎになったら、車で送りつけることにしている。今日もそうした。…と、そんなことよりも、昨日の日記から12時間も経っていないことに、密やかなイライラムカムカを感じている。サイトの更新は私にとって精神安定剤的なものなのに、「その前に、本を片づけたら?」と嫌みったらしく、旦那と実父と実母が異口同音に言うから、なおさら腹立たしい。私にとっては、息子がいない時間こそが休憩時間であり、掃除に気力と体力を注げば必然的に育児するだけの気力は残っていないのに、「自分の子供の面倒ぐらい、ちゃんと見ろ」と言われたら、そりゃもう殺意が芽生えるってものよ。しかも、今現在までの11時間のうちに、実父が不機嫌になっていた。原因は、私が息子を預けていることと、旦那が新しい玩具を「夜になってから」息子に与えたことだろう。その玩具で遊びたがって、息子は実家へ箱ごと持って行った。そして、実父母と一緒に遊んだらしい。多分、今日の昼食か夕食の時に、実父は私に「おまえの旦那は、どうして変な物ばかり買い与えるんだ。それでいてあまり遊んでやってないだろうが。まったく、甲斐性無しの脳足りんだな」云々といった愚痴を聞かされることだろう。それが私のストレスを増加させているなどとは、爪の垢ほども思ってないだろうし、ホント、殺してやりたくなるわ…。とにかく、あと1時間したら、精神科へ行こう。行って、年末年始に対する不安と苛立ちを少しでも話して、殺意をせいぜい殺気ぐらいに抑制できるようにアドバイスを貰おう。まったく、嫌だ嫌だ。旦那の実家に行くのも、自分の実家に行くのも、自宅にいるのも、緊張の連続だもの。
 12月26日 現在22時38分…(ムカッ)
 「旦那と息子が在宅の生活」練習日の今日、ハッキリしたこと。その1「旦那は絶対に一日の予定を言わず、いきなり出かけたりすることで、私と別行動を取ろうとする」。その2「旦那は断じて私の実家(隣)へは顔を出すつもりが無い」。その3「息子は決して昼寝しない」。その4「息子が実家に上がり込むたびに、実父は私や旦那には世話をするつもりが無いと決めつけて不機嫌になる」。その5「息子と旦那と実父と実母、全員の機嫌を伺わねば、衣食住が危うくなる」。そして、何よりも腹立たしいことは、「私にはストレス解消のネットサーフィンどころか、サイトの更新すら自由にできない」ということだ。しかも、「何らかの方法でストレス解消しなくちゃダメだ」と言った口で、「ストレス解消よりも息子を優先しなくちゃダメじゃないか!」と言う奴等ばかりだからだ。おかげで、年末年始の2週間で、私がブチ切れて一族皆殺しに走るか、自暴自棄になって自殺する可能性が高いことが判明した。
 12月25日 はぁ…
 世間ではクリスマスらしいが、我が家は1/366日でしかなく、旦那は朝早くから夜遅くまで仕事に出かけ、息子は当たり前のように実家に入り浸り、私と二人きりの時ですら「パパは?」と尋ねない。実父は今年入った老人会における年末年始の行事に追われて疲れたようで、実母や私の言動だとか息子の泣き声とかでキレて、「おいおい、それは精神科に通院している患者の前ではタブーだろうが」という内容の罵詈雑言を、情け無いことに自宅の中でのみぶちまけた。おかげで、息子なりに頑張ってお片づけしたことを褒めてあげられた嬉しさとか、トイレを失敗した時にも「今まで頑張って我慢してたんだね、気づいてあげられなくてごめんね。今度からは、自分からも『トイレ行く』って言おうね」と優しく宥めてあげられた安堵感とかが、全部台無しになってしまった。明日は旦那がいる。3歳の誕生日を過ぎて生活リズムが少し変化した息子に気づきもしないで、自分勝手に決めたスケジュールでしか行動しない旦那が、だ。妊娠中、「どうしてそうやって自分勝手に行動するの!?」と問い詰めたら、「言わなくても分かるだろうが、それぐらい!」と思い上がったストーカー並の発言をした旦那が、だ。ああ、嫌だ嫌だ…。
 12月24日 年末年始モードに突入
 昨年の今日は大変だったことを、思い出す。クリスマスなのに、ハーボットのイベントも楽しみだったのに、原稿も書きたかったのに、息子が風邪で入院した日だ。あの日から、私の心にはあるジンクスが宿っている。「私が楽しみにしている予定は、ことごとく息子によってパァにされる」というものだ。楽しみの度合いが僅かでも、ウキウキ気分がほとんどなくても、「やらねばならないこと」と「やりたいこと」は、息子が風邪をこじらせたり、息子が昼寝してくれなかったり、息子が早く寝入ってくれなかったり、とにかく息子絡みでパァになる。ちなみに、旦那のせいでパァになることも多い。二人とも、「自分専用スケジュール」で行動するくせに、前もって私に何も言わない。最悪の場合は、私が予定を言うと、旦那が「俺、その時間はこうするつもりだから、それに合わせてくれよ」と言う。だが、そのとおりに行動した試しが無い。理由を聞けば、「そっちのスケジュールに合わせてやったんじゃないか」とくる。まったく腹立たしい。さらに、息子もそういうタイプらしく、保育園の登園時間が5分でも遅くなると、「もういかない! いえであそぶ〜!」と号泣し、腹筋の使い過ぎで嘔吐する。じつに腹立たしい。だから、私はもう予定を立てない。立てても無駄だから。クリスマスも正月も、もう知ったことか。異教徒の救世主が生まれた日を、どーしてパーソナルカードが死神の私が祝わにゃならんのだ。また一歩命日に近づくだけなのに、どうしてわざわざ大掃除をして新年を祝わにゃならんのだ。年賀状だって、本来は元日に書いていたものなのに、どうして前年中から用意せにゃならんのだ。…はぁ、スッキリした。さて、とりあえず、サイト更新したら、実弟の友人に電話して、愛車のタイヤ交換をしてもらわねば。
 12月23日 解っちゃいたけど腹が立つ
 私が寝坊したことと、息子が散歩を渋ったこととで、旦那は午前10時から午後4時まで「岩戸入り」。声をかけようが何をしようが、無反応。自分にとって都合の良いスケジュールを心中に持っていて、それにそぐわない出来事があると、すぐに狸寝入りして周囲を無視する。それを責めれば「俺はうたた寝もしちゃいけないのか!」と逆ギレするし、こちらも無視していれば後日何かあった時に「俺には関係ないんだろうが」と自分を正当化する理由にされる。夕方「岩戸」から出てきたら上機嫌だったので、腹が立った。何しろ、私は日中ずうっと息子と姪っ子の面倒を見続けていたのだから。少しでも休みたいと思っていたにもかかわらず、嫁さんの苦労や実母の負担を考えたら、頑張らねばと自分に鞭打ったのだ。その間、旦那がやっていたことは、「昼寝」と「自分の年賀状作成」。年賀状にしたって、自分専用のものには、私や息子の名前は記載されていない。旦那の友人や親族には、私や息子の名前すら記載しないで出しているのだ。で、私の分のハガキはあるのかと訊けば、「あるよ」だけ。「今まで問い詰めなかったから放っておいた」のだそうだ。多分こう言い訳してこういう行動をするだろうと、私が予想したとおりの返答だった。解っていたけど、いや、解っていただけに、腹が立つ。私はこの先、何十年とこんな男と一緒に生活し、同じ墓に入らねばならないのかと思うと、生きたまま怨霊と化しそうだ。ムカついたので、今年の年賀状は私と息子の名前を記載したものを、実家で作ろうと思う。それを友人だけでなく、旦那の実家にも送りつけてやる。蠍座のA型女をナメてんじゃねぇぞ…(怨)。
 12月22日 大魔王には年末年始が何なのか解らないし〜
 気がつけば、目の前にクリスマス、その向こうに大晦日と正月が控えている。が、私は年賀状の裏面のデザインすら考えていない。大掃除など、するだけ無駄だと思っている。だいたい、クリスマスや正月がどういうものなのかを理解するのは、小学生ぐらいからなのだよ。3歳の息子にとっては、いつもと同じ一日でしかないわけだ。その息子に振り回され、そこで生じたストレスを半日かけて少しずつ解消している私にとっても、どうせ他の一日と同じでしかないわけだ。結婚記念日にしろ、誕生日にしろ、同じこと。「明日」は絶対にやって来ない。毎日が「今日」のまま、時間だけが過ぎていくだけだ。それが死ぬまで永遠に続くと思うと、風邪をひいていようがいまいが、頭が重くなる。とりあえず、昨年のように息子が入院してなくて、我が侭な大魔王だか怪獣だかでいることに安堵しておこう。そして、私自身のために寝ておこう。大掃除なんてしてもしなくても同じだしぃ、年賀状なんて大晦日に出してもいいしぃ…。
 12月21日 やだ!、ばか!、だめ!
 第1次反抗期に突入した息子は、保育園で「バツバツ大魔王」に就任したらしい。少しでも気に入らないことがあると、「やだ!、ばか!、だめ!」しか言わなくなるのだ。しかも、小声で「どうせぼくはばかだもん」と、うな垂れて言ってたりする。昨日もお友達を一方的に突き飛ばしておきながら、「ごめんね」がなかなか言えなかった。最後には泣きながら「ごめんね」と言っていたが、すぐに先生に手を挙げて叩こうとしていた。何が嫌なのか、どうしてばかなのか、何をするのがダメなのか、言葉でちゃんと言えないのがもどかしいのだろう。帰宅後、実弟の家族も実家で食事することになり、1歳違いの姪っ子と息子と私とで2階を占拠して遊んだ。従兄弟の中では最年長とは言え、まだ3歳。気に入りのミニカーを「貸して」されると、「やだ! だめ! ばか!」が出た。そういう時に限って大声だから、姪っ子がびびってしまっていた。今日も朝から息子はムスッとしていたし、夜にはじいちゃんやばあちゃんを独占できなくて不満を抱くだろう。反抗期とはそういうものだとか、成長に不可欠な時期だとか、ちゃんと解ってはいるけれど、「ごめんね」とか「ぼくもいれて」といった言葉も一緒に覚えてほしいものだ。
 12月20日 ♪幸せにぃなりたいけど〜頑張りたくなぁい〜
 この歌が流れるCMに対して、ある壮年の女性が「けしからん」と新聞に投稿していた。大雑把に紹介すると、「頑張ることで幸せになれるということを教えるべきだろうが」ということだった。この女性は、戦後の日本を知っていて、頑張らねば生きていけなかった時代を体験してきたのだろう。だから、頑張りと幸福が密接に関係していると信じ込んで、「頑張ったけれど幸せになれなかった」人も存在することを無視している自分に、ちっとも気づいていないのだと思う。もしもその女性が私と知り合ったら、「頑張りたいけど頑張る気力が湧いてこない」私に対して、「頑張る気力が湧かないはずはないから、単純にサボりたいだけでしょうが!」と言うだろう。事実、その女性と同世代の実父母は、常に私にそう言いたくてたまらないらしい。少し具合が良いからと息子と遊べば、「もう遊べる程度には回復したのか」と思い込み、再び具合が悪くなっても「昨日は元気にしてたんだから、今日だって元気でしょ」と勝手に決めつけ、倒れたいぐらい気分の悪い私に、「あれをやれ、これもやれ」と言い続ける。私だって、頑張れば必ず幸せになれるのなら、頑張りたい。だが、具合が悪い時に頑張っても、息子は嬉しい顔をしてくれない。たくさんネタを持っていても、面白い作品に仕上げることができない。なぜなら、「頑張りたくない」からだ。少しでも休息して、頑張るための気力を溜めたいからだ。それを察してくれもせず、「あんたが頑張って面倒見ないから、息子に殴られるのよ。もっと笑ってやりなさいよ」と実母が言った。その瞬間、私の脳裏に、灯油をぶちまけて火をつけてやるとか、包丁でめったざしにしてやるとか、ベルトか何かで首を絞めてやるとか、具体的な殺意が浮かんだ。前述の投稿者である壮年の女性と面会したら、きっと私は挨拶もしないで、拳で殴り倒し、馬乗りになって殴り続け、面相が変えてからくびり殺すだろう。
 12月19日 現実ほど辛いものはない
 息子は敏感だ。旦那の機嫌が悪いことを察し、自宅に帰ってこない。実家に入り浸ったまま、私が顔を出しても殴りつけてくる。それらが面白くないから、旦那の機嫌がさらに悪化するため、刻々と悪循環を辿る。たった1日の休日でこうだ。年末年始の休暇になったら、どうなることやら、想像するだけでおぞましい。そんな不安で心も思考回路も一杯になってしまって、年賀状作成や大掃除(とは名ばかりの部屋の片づけ)をする気力が失われていく。それを察してくれもせず、旦那や実父母は「ああしろ、こうしろ」と言い出すのも、もうすぐだろう。ああ、嫌だ…。
 12月18日 息子の独占欲
 実弟の嫁さん達は、必要な物を今日持ち込み、実父名義の別宅での暮らしを本格的にしたようだ。息子とは丸1年年下の姪っ子が、実家に入り浸りになり、同じく入り浸りの息子と遊んでいた。甥っ子がまだ1歳未満だから、暴れたい盛りの姪っ子を実家に預けるのは、良策だと思う。が、そうなると面白くないのが、ウチの息子。今までさんざん実父母を独占し、我儘を全部叶えてきただけに、姪っ子が可愛がられるのを見ては突き飛ばし、さして気に入っていないミニカーですら貸してあげない始末。挙げ句の果てには、ムッとした顔で「やだ」しか言わなくなり、わざわざ固い本を持ってきて背の隅、一番固い角で私の頭を殴った。それを実父母と私が咎めると、被害者面して号泣し、決して「ごめんなさい」と言わない。そんな息子を、実父は「意地汚く育ちやがって」、実母は「そんな子はもう面倒見てやらない」と、それぞれ言い放った。その直後、「おまえのせいだ」と言わんばかりに、息子はまた私を殴った。3歳でコレでは、小学校や中学、高校と成長していくに従って、勉強もしないだろうし、ろくでもないことしかしないのではないかと思えて仕方がない。今は尻を思いきり叩いて叱っているが、その最悪の将来が訪れたら、問答無用で顔面に裏拳を叩き込んでやろうと、今から考えている。
 12月17日 隣家の芝はあおく見える
 実弟の嫁さんも生後間も無い甥っ子も、そろそろ体調が整ってきたらしく、時々自宅へ帰って来る。私が実家に甘えっぱなしだからか、嫁さん達はほとんど自宅か嫁さんの実家で過ごしている。まだ成人して数年という若い嫁さんは、第1子である姪っ子を産んだ後、少し育児ノイローゼ気味だったようだが、実弟も嫁さんを一番大事にしたりと上手にサポートし、甥っ子が生まれた頃には、嫁さんは私よりも立派な「母親」になっていた。実弟も、姪っ子を上手にあやし、一緒に遊んだり、甥っ子の足首が少し捩れて生まれたことにも拘らず、「ギプスしてるし、治るだろ」と、ケロッと言える「父親」になっていた。仕事一辺倒で息子の言葉に耳を傾けることの少ない旦那と、未だに安定剤に頼らねば笑って遊んであげられない私を親に持ち、実家を「ぼくのうち」と言い張る息子は、幸せだろうか? 「子供が生まれたらこうしてあげよう」と思い巡らしていたことを、まだ一つもやってあげられないでいる私は、ちゃんと「母親」になれるだろうか? こんなことを考えては落ち込んでいるうちは、きっと「まだまだ」なのだろう。
 12月16日 遠くの親類より近くの他人(?)
 来月上旬に、また旅行することが決定した。破格値で乳頭温泉に宿泊できるらしい。実父母がどうしても行きたいと思っていた場所だけに、執念を燃やして旅行会社に申し込み、年明け早々から美容院を休業させてまで行くのだと息巻いていた。で、その間、私と旦那と息子は留守番のはずだったのだが、私と息子は実父母に同行することに決めた。というのも、息子が旦那の顔色を窺うからだ。旦那と二人で散歩したり旦那の実家(隣町)へ行ったりすると、その夜は決まって息子は「いやだーっ!」と寝言で号泣するらしい。私の目にも、息子は旦那に懐いているようには見えず、懸命に叱られないようにしようとしているとしか映らない。旦那の実家に行った時も、義父母を「じいちゃん、ばあちゃん」とは絶対に呼ばず、借りてきた猫のように良い子でいようとする。その変貌ぶりたるや、私の実家を自宅と主張し、家具類すべての引き出しを占拠し、ミニカーを詰めている姿とは、まるで別人なのだ。実父母から見れば、私は嫁に行ったのだし、息子共々名字が違うから、他人に等しい。けれど、私も息子も義父母には心許せず、それどころか、当て逃げした自分を棚に上げて些細なことで息子の頭や頬を叩く旦那を育てた人々だと思うと、警戒心すら抱かずにはいられない。数年前の新婚時期に迎えた正月に、これまた些細なことで旦那が機嫌を悪くした時、「殺される。絶対いつか殺される。離婚したいけど、そんなことを切り出せば、その場できっと首を絞められ殺される…」と思ったほどだ。息子の目には、もっと凶悪な人に見えていることだろう。年末年始を、本当は私は迎えたくない。土日ですら嫌なのに、どうして何日も一緒にいなくてはならないのだろう。しかも、「もう病気は治ったろう?」と、鬱症状を理解しようともせず、あっけらかんと「カウンセリングって箱庭作ったりするんでしょ?」と興味本位だけで尋ねてくる、無神経な人達の輪の中に、無理やり入っていなくてはならないなんて、辛すぎる。ああ、想像したら、それだけで具合が…(滅)。
 12月15日 視点となるキャラを代えて
 長編作品の「VS」で、自分の弱点を発見した。主導権を握るキャラを代えると、そのキャラのバックグラウンドまで意識して、なりきらないと存分に書けないらしい。「TORAT」は執筆期間が長く飛んでしまっているから、違和感なく視点を変更することができた。が、「VS」は短期決戦状態で取り組んでいるものだから、素早く視点を変更していかねばならない。しかも、書きながら。すると、必要以上に饒舌になったり、他のキャラの口調が変化したりと、結構苦戦させられる。とりあえず、第5話は現在、3回目の書き直しをしているところ。今度は何とか物になりそうだ。
 12月14日 どういうもんだろねぇ…
 テレビのニュースを見ていたら、邪馬台国の話を思い出した。「卑弥呼が没した後、男の王が擁立されたが国が纏まらず、壹与という女王が擁立されてようやく安定した」という件を。世界史全般を見渡せば、西太后とかクレオパトラとか、国を傾けちゃった女帝も少なくない。けれど、隣国へ攻め込んだという記録は、あまり聞かない。対外政策に失敗し、戦争にもつれ込む時には、国のリーダーはたいてい男だ。現在のブッシュや小泉、金正日など、その典型に当て嵌まって見えて、仕方がない。自国だけでなく、周辺諸国まで巻き込んで傾けちゃって、恥ずかしくないんだろうか。いや、そもそも連中は、自国が傾いているなんて、思ってもいないだろう。そればかりか、地上の人間の半数が女性であることも忘れて、ポロリ、ポロリと、女性差別的な言動をしているし、国政なんて軍事力でねじ伏せれるとでも考えているんじゃないかしら。とりあえず、連中はそろそろ、世界中に笑われるほど大きく転ぶべきだと思う。
 12月13日 ちょっとのつもりが…
 実父母が何やら買い出しに行くと言ったので、通院も無いし、ちょうど本屋へ行こうと思っていたし、車を出してあげようという気になった。で、出かけてみたら、「ちょうどいいから、お昼は外食にしちゃいましょう」と実母が言い出した。実父も乗り気になり、お気に入りのお好み焼き屋へ行くことになった。が、看板は営業中となっているのに、店員もいなければ店も閉まっていた。「潰れたか?」と言いながら、別のお気に入りの店へナビされた。すると、そこも店が閉まっており、「本日は臨時休業いたします」と貼り紙が…。そこで、国道沿いに新たにできた飲食店へ、話の種になるからと、行くことになった。当地では珍しく広い敷地を確保し、駐車場も席も広い、広い。洋食がメインという点は実父にとってマイナスだったようだが、和食も中華も満足できる味だったらしく、「また来てもいいな」。私にとっても、気楽に入れそうな雰囲気の店で、しかもパフェやクレープも品揃えにあるものだから、「今度は息子を連れて来よう」ということで話が纏まった。が、気がつけば、家を出てから2時間経過…。今日はピロさん向けに記念作品と例のブツを送ろうと企んでいたのに、片方だけになってしまった。ちっ。
 12月12日 だから嫌なんだ
 午前中、旦那が突然「実家に行ってくる」と言い出した。何やら用事があるらしい。そして、当然のように、息子だけを連れて行った。いつも何事においてもいきなり決めて、私には一切相談無し。ついていけずに茫然としていると、そんな私には一瞥も与えず、さっさと行動に移す。婚約にしてもそうだった。私が返事をする前に、勝手に私の家へ引っ越してきた。妊娠にしたって、私と将来設計など一度も話し合わないまま、勝手に避妊しなかった。妊娠中の不正出血に対しても、「安静にしてればいいだろ?」と言いながら私にヒーターの給油をさせたり、病院へ行くのすら鬱陶しそうにしていた。息子が生まれた時やその後ですら、それ以後の生活について話し合ったことはなく、「金さえあれば将来なんてどうとでもなる」的な態度がずぅっと続いている。決して、「迷わず俺についてこい!」というタイプではない。その証拠に、旦那は運転中、某ホームセンターの駐車場で他の車にぶつかってしまった際、その車の持ち主が近くにいないのをいいことに、そのまま逃げ出した。ぶつけ具合からしても、謝れば許してもらえる程度だったろうに、逃げ出し、私が実家へ電話する時ですら警察に通報するとでも思ったのだろう、鬼の形相でついてきて、話している内容まで盗み聞きしていた。こうした過去の出来事を振り返ると、旦那は私を「人生の伴侶」としてではなく、「都合よく飼育できるペット」か「下僕にして辱めたい相手」として選択したに過ぎない気がして仕方がない。何しろ、街中で偶然出会った同僚に対して、私を紹介し互いに挨拶するどころか、私が尋ねるまで同僚であることすら教えなかったぐらいだ。その時のことを振り返ってみても、「こんなペット(あるいは奴隷)を連れてるところを見られちまったよ…」と思っているかのような顔をしていた。ああ、こうやって旦那との暮らしを思い返してみると、なおさら腹立たしいわ…。
 12月11日 強烈な反動がきたよ…
 今週は、息子のお迎えを独りでやり、息子が満足するまで園庭で遊ばせ、息子が行きたいように近所の公園を梯子して遊ばせ、日没直前まで通園セットを持ったまま一緒にはしゃぐという、私にとってはハードな一時を毎日こなしていた。帰宅すると、一気に疲れが出て、ふらふらに…。それでも何とか金曜日までは頑張れた。が、今日はこの数日の反動が思いきりやってきて、寝坊はするわ、それでも眠いわ、横になったところを息子に飛び乗られて嘔吐するわで、めちゃくちゃドン底状態に。きっと明日も似たような状態だろうと思うが、明日のほうがじつはもっと心配。何故なら、旦那がいるから。旦那は、息子が喚いていると、言おうとしていることを理解する前に、頭を叩く。私が見ていないところでは、拳骨にしたり、顔面を張り倒したり、首を絞めたりしている可能性もある。だって、息子が私にそうやるんだから。誰かにやられなければ、3歳の息子がやるはずのないことばかりだし。そういうことをする旦那から息子を守りながら、なおかつ旦那の機嫌を取らねばならないのかと思うと、今から既に吐き気がする…。
 12月10日 小説と現実が近づくことも
 毎年、今頃になると、調布で発生した「3億円強奪事件」を思い出す。そして、その事件が迷宮入りになったことを思うと、「グリコ・森永事件」ってのもあったなぁと、これまた思い出し、その事件をモチーフにした小説を内田康夫氏が書かれたことも思い出す。氏がどれだけ取材されたか分からないが、非常に現実の事件状況に近い内容で、発生から警察とのやり取り、犯人側の最初の成功と分裂、分裂後の手際の落ち度、事件の終息に至るまで、まるで氏が手引きしたのではないかとすら思えるほどだ。事実、事件を担当した刑事が作品を読み、氏を尋ねて尋問に近い話を何度かしたらしい。その裏話を作者後書きで読んだ時、「物事を見通したいなら渦中にいないで、外野に出て、まずは全体を眺め渡し、調べるべき個所を自分で選んでから、再び渦中に飛び込んでみるべきだ」と教わった気がした。それは事件に留まらず、育児にしろ、小説書きにしろ、手がける物事全般に言えるようだ。息子が泣き喚いているからと言って、必ずしも我儘が通らなかったからだとは限らない。怪我をしていないか、何か他のことを伝えようとしていないか、一度確かめる必要がある。作品を書いている時なら、良い場面が浮かんだからとそこだけをウキウキと書くだけでは、物語が終息しない。その場面を活かすエピソードを組み上げていくために、全体をまず考える必要がある。但し、どうせ書くなら突拍子もないことを目指したい。でないと、下手なフィクションさながらの現実に負けてしまうから。別に勝ち負けが重要なわけではなく、自分の空想力が現実を超越できないことが悔しいだけなのだが。
 12月9日 巨匠と比べるのはおこがましいけれど
 高校時代、さだまさし氏の熱烈なファンだという同級生がいた。どの程度熱烈かというと、高校生なのに漬物石並のサイズのレコード全集(ライブ版含む)を小遣いをはたいて購入し、友人のほとんどに「いかにさだまさし氏が凄いか」を熱弁し、同じ世界へ引き摺り込もうとするほどだった。その勧誘を私も受けたのだが、その時聴かされた氏のMCと曲の中で、一番インパクトがあったのは「シラミの唄」だった。氏はある時、アルバム用の作曲に行き詰まり、にっちもさっちもいかなくなった。「これではいかん、何か好きなことをやって、気分転換を図ろう」と思い立ち、氏は自分の好きなことを考えた。そして、「そうだ! 作曲しよう!」。これだけでも笑えるが、「どうせなら、音階そのものを歌詞にして、歌詞を覚えさえすれば誰にでも演奏できる曲を作ろう」と決め、「シラミ」を題材にした曲&歌詞を作った。詳細な歌詞は忘れたが、シラミの日常やら人に見つかったことやらを、「ドレミファソラシ」という僅かな文字だけで歌っていた。はっきり言って、普通にアルバム用の曲を作ったほうが、余程楽だったろうと思う。だが、氏は「シラミの唄」を作り上げ、出来栄えに満足し、ライブで歌うほど気に入っていたそうだ。実際、全集にMC込みで収録されていたんだから、デマや作り話ではない。この話を、じつは私は、結構気に入っているし、頻繁に思い出す。熟成しているはずのネタにもかかわらず、続きを書けなくなった時。短編で纏めねばならないのに纏まらずに困っている時。とにかく執筆に行き詰まると、「え〜い! 小話作ってやるぅっ!」となる。勿論、心の中では、さだまさし氏の「そうだ! 作曲しよう!」が思い浮かんでいる。現在、長編を3つ同時進行させている。他にも、記念短編を数日おきに書いている。メルマガ用の原稿も、10日に1度は書かねばならない。進行している物が多ければ多いほど、行き詰まりも増えるし、反対に「今度はこっち」という逃げ場も増える。だから、正直なところ、次に掲載するのが何なのか、自分でも分からない。分からないから、自分のことなのに、楽しみにしていたりする。逃避した結果執筆したものが「シラミの唄」に匹敵するほど、満足できるものになることを、少なからず期待してもいる。だから私は、他の誰よりも私自身のファンなのかもしれない…。
 12月8日 甥っ子と見つめあい
 実弟の嫁さんと長女と長男が久し振りに実家から帰宅した。生後間もない甥っ子の顔見せと、名広めの配達のためらしい。姪っ子は嫁さんそっくりの外見に、実弟そっくりの人懐っこさがあって、実父母にも「じいちゃん、ばあちゃん」と言っては喜ばせて散歩に引き摺り出したりしていた。甥っ子のほうは股関節だか膝関節だかがズレているということで、生後1日から片足をギプスで固めている。が、経過は良好らしい。哺乳瓶でミルクを飲みながらウトウトしたり、実弟そっくりの顔を真っ赤にしてうんちを頑張ったり。ウチの息子もこんな頃があったなぁ、と眺めていたら、目が合って、「見知らぬ人がいる」と好奇心いっぱいに見つめられた。以前、嫁さんの実家へ見せてもらいに行ったけど、その時は寝ていたから、「初めまして」と言ってみた。当然だが返事はなく、代わりに物珍しそうに観察されてしまった。どうやら、好奇心旺盛なところまで実弟に似ているようだ。正月頃には、きっと顔を真っ赤にしなくてもうんちできるようになるだろう。そして、嫌なことをされるとギプスキックしたりするかもしれない。それぐらい逞しく育ってほしいものだ。
 12月7日 「坊やだからさ」by シャア
 息子が最近、保育園に行くのを嫌がる。具体的な理由は分からないが、「家にいると王様扱いされるから」という甘えと、「好きな先生を独り占めできないから」とか「友達と喧嘩しちゃうから」といった、子供ならではの悩みがあるからだろうと思う。まったく、「坊やだからさ」だ。今日も何となくべそをかきそうな顔をして、先生に抱かれたまま、私にバイバイしていた。可哀想だとは思うが、これもまた修業だぞ、と自分と息子へ言い聞かせている。息子なりに苦労して友達付き合いを覚えつつあるし、人見知りしないでいろんな人に挨拶できる嬉しさも体験していて、息子が日々成長していることが窺える。こういう時、専業主婦で良かったなぁと、思わずにいられない。
 12月6日 ピロさんへの業務連絡も兼ねてたりして
 人は、プロアマ問わず、何かを描写しようと試みる時、自分が体験したことや想像したこと以外は描写できない(はず)。漫画家が「主人公が叫んでいるシーンは、自分も叫んでいる顔をして描いている」と言う、アレだ。どうやら私も絵描きならそういうタイプに入るらしい。今、ピロさんとのコラボ作品の続きを手がけているが、「最後の一人」という状況を空想し、そこへどっぷりと没入しては、尻の重い主人公を前進させている。主人公一人でこのてこずりようだから、他の連中も登場してきたらきっとキャラの抱く背景に没入し、誰一人として「こいつが主人公でしょ?」と本物の主人公を指させない状態になるかもしれない。いや、そういうふうにしたいと、むしろ思う。既に、自己主張の激しいキャラ達が、「俺にはこういうバックボーンをつけてくれ」とせがみ始めている。ほぼ全員がバトル要員だから、得物を持ち出して私に突きつけ、「Write Or Dead?」と言っている。う〜む、こいつら、親(書き手)を尊重してないな? 悔しいから、全員に背景を背負わせてやるぅっ! …はっ! そうすると一番苦労するのは、やっぱり私…?
 12月5日 私なりによくやった…はず
 朝、目覚めた後も眠くて、何をしていてもダルくて、座ったらそれだけでそのままの姿勢で寝入っているぐらい、気だるく、ボーダーライン上にいることを嫌でも自覚させられた。それに対して、息子は元気いっぱいで、旦那と遊んでいたかと思えば実家へ入り浸っていたりした。旦那は私の実家へは絶対に行かないので、心身に鞭打って、実父母に頭を下げに行った。午後からは何とか息子の後を追いかけれるようになった(自暴自棄になった)ので、二人で近所の公園や工事現場に遊びに行き、イルミネーションが点灯する前の公園ではしゃぎ回ったり、大小のショベルカーのうちどれが好みか言い合ったりできた。たったそれだけのことだけど、一年前の私と比べれば、頑張れたと思う。
 12月4日 我ながらよくやるもんだ
 息子を出産した3年前、病院から戴いたミルクや哺乳瓶の試供品と一緒に、森永乳業の育児日記帳半年分が入っていた。乳児の睡眠時間や飲んだミルクの量を書き込むだけでなく、自分で気づいたことをメモする欄や、成長に合わせて「こういうことができるようになる頃です」といった参考メモが記載されていて、初めての育児でオロオロしていた私には非常にありがたいものだった。正直なところ、ものぐさな性格だから半年も続かないだろうと思っていたけれど、「ありがたい」と言っているうちに、ちゃんと使いきってしまった。だから、森永のミルクを愛飲させて応募シールを集め、続きの半年分も入手した。そうして1年間を書き留めた。その経験から、子供の生活リズムを把握するのに、育児日記は最適らしいと理解して、2年目からは大学ノートを使って、睡眠や排泄、食欲などを書き留め続けた。ノートにして、5冊分。そして、今日、また1冊が終わり、明日からは次の1冊に切り替わる。息子と楽しく過ごしたことよりも、家族と育児方針で衝突して一方的に怒鳴られたことや、いっそ息子を殺してしまおうかと思ったことなどのほうが、断然多かった。それでもまだ書き続けようとしている自分は、母親としての自覚を一応持っているのかもしれない。乳児の頃から周囲の意見に戸惑い、離乳食の頃には既に育児が嫌になるほど自信を失わされ、今もトイレトレーニングすらろくにできず、実父には陰でありながら聞こえるように罵られ、実母には育児に向かないとレッテルを貼られ、旦那には何もしないと見限られ、息子にすら「じいちゃんやばあちゃんのほうがいい」と言われているのに。相変わらず子供全般が大嫌いな私にとっては、育児日記を続けていくことそのものが、息子を殺さないためのお守りなのかもしれない。
 12月3日 うげぇ…(嫌)
 保育園の年末年始の休みが決まった。12月29日から1月10日までの、2週間。旦那にも休暇日程を確認したら、12月30日〜1月5日と言っていた。まさに、「うげぇ…」だ。自分の本の片づけ・処分すらやろうと思ってもやれないぐらい、気分が滅入りっぱなしなのに、息子は2週間いるわ、そのうちの1週間は旦那もいるわ、実父母は年末年始にかこつけて何か言い出しそうだわ、義父母には挨拶に行かねばならないわ、etc…。確か、前回旦那の実家に行った時は、神経性胃炎になり、帰宅する間ももたず下痢になったっけ。旦那の実家の人々は、悪い人じゃないんだけど、さすがに旦那の肉親だけあって、「自分スケジュール(自分にとって都合の良い時に相手に連絡しないで行動を決める)」を優先するからなぁ。しかも、全員バラバラの「自分スケジュール」だし…。そこへ持ってきて、息子と2週間ベッタリだもん、考えるだけで既に「うげぇ…」だわ(涙)。
 12月2日 う〜む…(悩)
 テレビで愛子様の成長ぶりを拝見し、思ったこと。「どこの子供も『いや!』は言うのか」と、「同じ3歳なのに、自分で着替えたり、トイレもできるのか」。息子は保育園では自分でいろいろやろうとするらしいが、家ではまったく甘ったれ。「ぱそこんにげるからトイレいかない!」と主張し、失敗しても叱られると思うのか教えてくれない。おかげで、尻が赤くなっちゃって、可哀想になる。それと同時に、「まだできなくて当たり前」と言い続ける実父母の台詞に反論できず、ちゃんと躾けられなかった自分が恥ずかしくなる。いくら「(ろくに面倒見ない)おまえが怒るな!」と実父に殺意を込めて怒鳴られようと、教えるべきことは教えるべきだった。もう遅いけど。何故なら、私が教えようとしたり叱ったりすると、実父母のところへ行き、「ママがおこる〜! ママなんかきらい!」と言って同情してもらい、実父が私を怒鳴るように仕向けるから。だから、息子は未だに「ごめんなさい」が言えない。何をやっても、実父母の陰に隠れれば許されると思い込み、二人の背後でにんまり笑う子供になった。思い出すだけで、腹立たしさと恥ずかしさで心が痛み、私と息子とが生きているのが申し訳なくなる。今日も頓服を飲まねば…。
 12月1日 ベテラン勢の昔の作品
 最近、ベテラン漫画家の初期短編集を、書店でよく見かける。古い作品だと、私がまだ中学・高校に通っていた頃に、雑誌に掲載された作品もある。懐かしさもあって、つい買って読み耽る。そして、気づいたことがある。デビューした頃はどんな漫画家でも新人であり、編集者の意見に左右されて作品を組み立てていることもあったようだ。作家にもよるのだろうが、編集者や先輩漫画家の批評に振り回されて、本来描きたかった内容とはかけ離れたものになってしまった作品もある。反対に、批評を受けて新たなジャンルに飛び込み、そちらで成功し、自分の懐を広くした漫画家もいる。だが、どちらも創作はやめなかったから、現在「ベテラン」と呼ばれているのだろう。要は、他人の批評を受け止めてどう自分の中に取り込むか、が大切ということか。こういう楽しみ方も、きっと「温故知新」なのだろう。

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