ものぐさ日記
深夜の初詣に始まり旦那の実家へ挨拶回り
今年も一年で一番忙しいかもしれない時期を迎えました
それでも息子にとってはただの「一日」に過ぎないことが羨ましいです
| 1月31日 たったこれだけの欄を毎日5回は書き直してたりする |
| 保育園の通園申込書は金曜日に提出した。今朝から時々、雪が降っている。多分、積もらないだろう。時々雲間から陽射しが差し込む。積もればいいのに、と思う。私が泣きたくなると、日が翳って雪が降ってくれる。この雪が私の愚痴の代わりに積もり、誰かにそうと知られればいいのに、と無理なことを考える。将来、息子は自分の部屋を欲しがるだろう。そうなる前から、今の家は手狭になるに違いない。手狭になってから、旦那はきっと勝手に自分にだけ都合の良い家を用意するか、手狭になったことに気づかないふりをするのだろう。…(泣きたい気持ちを抑圧中)…。ダメだ。やっぱり「旦那」という言葉を使っただけで、愚痴になってしまう。息子の送迎の間ですら、思い出した途端、涙が出そうになってしまうのだ。息子の頭やフードの中に積もった霰のような雪を素手で払ってやりながら、「こういうことだけでも『母親らしいね』って、誰かに言ってほしい」と思いつつ、そんなことを思う自分が情けなくて、哀しくなった。この哀しみを受け止めてくれていたカウンセラー女史は、もういない。精神科に通院するのも、2週間に1度にしてもらった。私が愚痴を言わねば、家族は纏まっているように見えるのだ。そして、私は少しでも良かった話を医師にして、病状が快方に向かっているように見せれば、それだけで誰もが喜ぶのだ。喜びも哀しみも辛さも分かち合うと誓った奴の口の中に、いつか針を一千万本突っ込むことを空想し、実家と嫁ぎ先のどちらの墓にも入りたくないから無縁仏として寺に引き取ってほしいと遺言書を書こう。ああ、今夜もまた、余分に安定剤を服用しよう…。 |
| 1月30日 人間の価値を測る物差しなんて無いようで存在するから皆簡単に騙されるのさ |
| 私のいびきは、旦那をして私の顔面に布団を押し付けて息苦しさを与えても正当たらしめるほど、酷いらしい。私の寝相は、旦那をして昼夜を問わずデジカメで撮影させ、「恥ずかしい寝相写真集」たるタイトルでパソコンだかCDだかにて保存することを正当たらしめるほど、酷いらしい。私の料理は、旦那をして「これが人間の食べるものか? 基本から『調教』してやる」と私を獣扱いさせても正当たらしめるほど、毒々しいらしい。それでいて、私が我慢の限界まで我慢してようやくトイレに駆け込めた時、手で強引にドアを閉めさせず、用を足すところをニヤニヤ笑って観察しながら自分の放尿を私に見せつけることをしても、旦那は「まともな人間」らしい。そして、私は旦那にとっては「飼育しているたれぱんだ」に過ぎず、息子も同じく「飼育している小さなたれぱんだ」であり、自分の計画にそぐわない行動をすると、体罰を含めた「調教」をしても許されるらしい。さらには、「飼育しているたれぱんだ」が自分の非を見つけて責めることは断じて許せず、当て逃げをした時すら「警察に電話をしようものなら殺してやる」と言わんばかりの形相で私を見張り続けていた。これらの一分を実母に打ち明けたら、「全部DVじゃないの!」と言われた。相談所に駆け込めとも言われたが、できるはずがない。社会的には、旦那は「真面目な会社員」であり、私は「精神科に通院する問題ある社会人」なのだ。万事において、旦那が「鬱病患者の自虐的な思い込みですよ」と苦笑して言えば、事実も架空の出来事になってしまうだろう。そして、自分を「精神病患者を思い遣る心優しい夫」と見せつけてから、他人の目の無いところで私の心をいっそう傷つけ、ニヤニヤ笑い続けるだろう。何しろ、旦那は会社においては、「誰にでも親切で丁寧に作業を指導してくれる頼もしい人」を演じているのだから。 |
| 1月29日 どんなに遅くても気づかないよりはマシだから気づいておこう |
| 生まれて初めて「中学生日記」を観た。自転車好きな少女が、自転車友達を見つけ、交遊を深めていく話だった。恋愛とも男友達とも違う、チャリ友。性別を超えた、仲間意識。私自身にも、覚えがある。当時、なぜ「中学生日記」は中学生には観られない時間帯に放送されるのか、不思議だった。が、今日、納得した。中学生という微妙でデリケートな世代について、大人(特に主婦)に回想させたり理解するきっかけにしてほしいという狙いもあるのだろう、と。若い頃の体験は、仕事や育児で忙しい世代には、振り返ることが少なくて靄がかかってしまいがちだ。例えば、数週間前に私が書いた感想文もどき。中学時代に観ていた番組の内容を懐かしく思い出して書いたが、届いたDVDの箱書きを改めて読んだら、自分の記憶していた設定と大きく違っていることを知った。恥ずかしくて、感想文もどきを書き直そうかと思ったが、同じ失敗を繰り返さないための戒めとして、書き直さずに残しておこうと決めた。疲れきって気力が無いから、でもあるが。 |
| 1月28日 だったら自分のペンネーム(「靉霧」)はどうなんだ(苦笑) |
| 8の日恒例「気楽にタロット!」(私がこっそり発行しているメルマガ)の発送も無事に済み、ようやく一ヶ月の終わりを味わっている。このメルマガ、「まぐまぐ」さんから発送させていただいていて、「占い」のジャンルに入れさせてもらっているのだが、じつは占いに関する事柄にほとんど触れていなかったりする。デッキを購入することができる場所の紹介だとか、カードの手触りとか、ある意味私らしい「天然ボケ」的な話がメイン。それなのに、読者様はじわりじわりと増えてくださり、ありがたいやら恐れ多いやら…(平伏)。無事に発送できたと「まぐまぐ」さんから通知が来ると、ホッとする。しかも、28日分は格別に。「示談も終結したし、メルマガも今月分は完了したし、安心して2月を迎えることができるぞ〜!」と思いきや、枕元に書類が…。「息子の保育延長願書の提出がまだだった〜!」と顔面蒼白。31日が締切だから、まだ間に合うけれど、いやはや、気づいて良かった。でも、じつは旦那の名前が書きづらい。画数が多いし、書き慣れていない字だし…。息子が生まれた時、「どういう意味を込められた名前なの?」と訊いたら、「さぁ? 画数で決めたらしいからなぁ」。か、画数って…。そりゃ少しでも縁起が良いようにと思って画数も調べたりするものだけど、何らかの意味も考えるだろう、普通…。 |
| 1月27日 2時間…(涙) |
| 息子のお迎えに行くと、とっても疲れる。先生や友達にバイバイしてから、園庭で30分以上遊び回り、ようやく門を潜ったと思ったら家とは反対のほうへ走り出し、遊具のある公園へ。そこで日が傾いて夕焼け空になるまで遊び、あちこちの家の犬を辿りながらようやく帰路につく。が、途中のガソリンスタンド前で立ち止まり、自動洗車機が動くのを見たい一心で、じぃっとスタンドを見る。1台でも洗車していれば納得してくれるが、まったく客がいないと「もうすぐ(車が)くるもん」と言い張って動かない。おかげで、道路を挟んでいるにもかかわらず、スタンドの店長さんが手を上げて挨拶してくれるようになった。その場所をやっとの思いで離れても、今度は近所の川の整備をしている工事現場へ行き、ショベルカーが働いているのを眺める。この頃には、どんなにふかふかのコートを着ていても体が冷えきり、お腹も空き、非常にひもじい気分になる。ショベルカーに満足したら、今度は最寄りのお菓子屋さんへ入り、菓子を選び始め、勝手にレジへ持っていく。慌てて私が支払いをしたら、ようやく家へ向かって歩き出す。実父母へ「お迎えに行って来ます」と言ってから「今帰りました」と言うまでに、2時間かかる。実父母には「もっと要領良く連れて来い。そうでないと風邪をひかせるだろうが」と責められ、息子には「ばーか」と言われ、夕食後には頭痛と眩暈に襲われる。これを毎日繰り返す。先日の事故でついた車の傷の修理代の支払いと、相手のバイクの修理代の負担金の振込を終え、ようやく示談が終結したというのに、気分は散々…。これらの事柄は、旦那にとってはどうでも良いことらしく、何も尋ねて来ないで、ただただ私の胸や尻を指で突いてニマニマ笑っている。めちゃくちゃ気分が悪い…(怒)。 |
| 1月26日 数日ぶりに緊張している |
| 実弟の長男の名広めを配った際、ギフトショップでは謝恩祭をやっていて、ガラガラと回して玉を出す形式のくじ引きをしたそうだ。実父母も私もそうだが、実弟も「くじ」と呼ばれるものでは、良いものを引き当てることがほとんどない。せいぜい、ジャンボ宝くじを300枚購入して1万円が1本当たれば御の字だ。が、「どうせ当たらないよなぁ」と無欲だったのが良かったのか、実弟は千昌夫の舞台のチケット2枚を当てた。それは、名広めの代金を立て替えてくれた礼として、実父母へ贈られた。その舞台が、今日の午後2時からのものなのだ。場所は、名古屋。電車で当地から約1時間。どんなに急いでも、帰りは暗くなってからだろう。だから、「大丈夫? あんた、自分も食べなくちゃいけないし、子供にもちゃんと食べさせないといけないのよ?」と、出かける直前まで実母に言われた。料理音痴の私としては、かなりテンパってしまう追い討ちをかけられ、朝からずっと「大丈夫かなぁ、今日一日、無事に過ごせるかなぁ」と緊張し続けている。落ち着いて冷静に考えれば、昼間は保育園なんだし、夕方から夜までを息子と一緒にいつものように過ごしていれば、「それだけ」のことでしかない。それなのに、緊張してしまうと、「それだけ」の時間は永遠に続くかのようだし、何事も起きていやしないのに大事件が起きたように思考がパニックに陥ってしまうのだ。多分、今の私は、今の息子よりも、気弱で情け無いほどベソをかきやすいだろう。精神科医師には「だんだん頑張れてきてますし、次第に自信も回復してくるでしょうから、大丈夫ですよ」と言われるが、そうでもないと思う。さて、頓服を服用して、頑張らねば。大丈夫、本当は今日も営業日なのに「どうせお客さんは来ないから休業にしちゃえ」と笑い飛ばせる実母みたいに、開き直れば良いんだから。 |
| 1月25日 今年もサバイバル状態らしい…(怖) |
| 息子の保育園の継続手続のため、書類を少しずつ纏めている。今のところ、診断書だけはキープした状態で、肝心なメインの書類にはまだ記入どころか目を通してもいない。「やらなくちゃなぁ…」と思っていたら、リアル世界でダディとか姐さんと呼んでいる先輩(女性)から電話が。「弟の嫁さんがね、保育園に提出する書類に家族構成を書かなくちゃならないらしいんだけど、どこまでの『家族』を書けば良いのかなって悩んでいるのよ」とのこと。聞けば、我が家と同じく、世帯は別だけれど、敷地は同じだから実家に甘えることもできるらしい。「世帯主が弟さんなら、本家のほうまで書き加える必要は無いです」と答えておいた。私もそうしているから。実家はすぐ隣で甘えられるけれど、生活基盤は一応別にしているし。それにしても、今年も入園希望者がかなりオーバーしているようだ。希望者同士の間でも、「奥さんは働いてなくても、働いてますって言っておいたほうが良い」とか、「就業証明書が無くても平気」とか、必死さが伝わってくる噂が飛び交っているらしい。息子は一応年中組へ上がれることになっているけれど、中には家の事情が変化して「来年度はご遠慮ください」と言われる人もいるらしい。皆、必死だ。当たり前だけど。出生率が下がっているからと言って保育園を造設しない市政と、確実に入園できるように保育園を増やしてほしいと願っている市民の声の間に、何か矛盾を感じる。せめてもの救いは、当地は満6歳以下の乳幼児の医療費は全額、市が負担してくれるということ。勿論、市税を納めている市民のおかげだ。息子や他の子供達が元気に遊べる街であり続けてほしい。 |
| 1月24日 頼むから熟睡させてくれ |
| 夜中、息子が「ママのところへいくーっ!」と号泣したらしい。実母が合い鍵を使って入ってきて、私の布団に息子を寝かした。途端、息子は安心して寝入ったらしいが、実母は毛布を被って枕元に座り込み、ウトウト。未明になってようやく私が違和感を覚え、半ば目を覚ましてファンヒーターをつけたりホットカーペットをONにしたりした。なのに、実母は「一応安眠しているみたいだから、(息子を)置いて帰るわ」。結局、各種暖房は無意味になった。が、消すのも面倒になり、息子と一緒に再び寝入った。その後、「そろそろ起きたでしょ」と実母が息子を迎えに来たが、私はまだ寝足りず、起きれなかった。完全に目が覚めたのは、さらに30分以上経ってからだった。実母が夜中に息子を連れてきたことも、未明に暖房を入れたことも、添い寝の途中で2回ほど息子を布団に引き摺り入れたことも、全部覚えてはいるのだが、実感が伴わないというか、半ば夢だった気がするというか、眠った感じすら薄まってしまって、あまり嬉しくなかった。いや、息子がそれだけ慕ってくれるようになったのは嬉しいのだが、「(ここでタイトルどんっ!)、そのための睡眠薬なんだからさぁ…」と思う。そうでなくても、平日は寝坊できないため、錠剤を半分に割って片方だけを服用していて、熟睡感が少ないのだから…。 |
| 1月23日 実際に行動に移すのは困難 |
| いろいろと気掛かりなことを、現在抱え込んでいる。息子の保育園の継続手続や、先日の事故の事後処理や、実父母との関係や、旦那との関わり合い方や、ジオシティに築きかけていた隠れ家の処遇や、カフェスタに放置しているホームページの処遇や、何よりも息子との関わり合い方などなど…。精神科医師によると、それらを全部一度に一人で片づけようと考えるから、心が余分に疲れてしまうらしい。何事も、一つずつ、他人の協力が必要ならそれなりに気配りして、締切が迫っていることから実行しましょう、とアドバイスを受けた。特に、人間関係について、私は周囲の人のことを予想しすぎる傾向があるらしい。実父母の顔色を窺ったり、保育園の先生方に対して申し訳ないと思ったり、外食時に息子がじっとしていないのを見て自己嫌悪に陥ったりなど、相手にも都合や感情、価値観があり、それらが私のものと一致しているはずがないのに、自分の物差しでつい想像し、自分のせいで他人に迷惑をかけていると思い込んだり、自分が他人に疎ましく思われているに違いないと考えて自己嫌悪に陥ったりするのだそうだ。もう少し他人を頼ったり、開き直って少しぐらいのミスを笑い飛ばしたりしても良いらしい。言葉としては受け止めているのだけれど、(ここでタイトル)だったりする。だからこそ、安定剤に助けてもらっているのだから。でも、努力はしよう、それなりに。 |
| 1月22日 眠い…(ストレスの反動) |
| 旦那が在宅。だが、私が9時を過ぎても起きてこなかったことやら、息子がビーズをばらまいて遊んでいることやらが面白くなかったらしく、昼食を作るのも放棄して、テレビを見たりパソコンをやったりふて寝したりしている。久し振りに会ったから遊んでもらおうと思っていた息子は、邪険にされて私の実家(すぐ隣で庭を通るだけで行ける)へ逃避した。ちょうどお昼を食べていた実父母と一緒に食事をさせてもらい、そのまま遊び始めた。で、私はと言うと、実母から「旦那がいる時ぐらい早起きしなさいよ」と言われ、ブチッ! 平日だって、私は無理して早起きしている。だから、息子を保育園に送っていく必要の無い土日ぐらい、思いきり寝坊したいのだ。息子だって、休日にしか会えない旦那にじゃれつきたがっていたのだし。ちなみに、旦那がふて寝しているのは、私の寝坊と息子のじゃれ方が気に入らなかったせいらしい。それでいて、私が着替えていると、胸や尻をニヤニヤしながら触りに来て、「イヤ!」と言ってもやめないし、私が着替える時間帯を狙って離れ(かつて私の部屋だったのに旦那に占拠された)から出て来るから、なおさら腹が立つ。旦那にとって「夫婦」というのは、「働いて稼いだ金と引き換えにセックスする女をキープすこと」であり、「子供を育てること」も「働いて稼いだ金の一部を費用にしていればセックス相手の女が勝手にやること」らしい。毎日のように私とは話をしないでスケベ行為だけをして部屋に篭り、休日すら息子と遊ぼうとしないのだから。休日のたびにこういう状態というわけではないが、私が「今」を「幸せ」だと思っていないのは事実だ。そうでなければ、精神科になど通院しないし、息子(当然だが旦那の遺伝子も受け継いでいる)を産むんじゃなかったと後悔する時があったりもしなかっただろうと思う。 |
| 1月21日 いっそ眼でもできたりして |
| 先週ぐらいからだと思うが、眉間にしこりができた。触ると、中央付近に鈍痛が…。そっと触ってしこりの大きさを調べると、鼻梁の一番低い部分から眉間を過ぎて額のほうへ、僅かに開いた扇子の形のようになっている。触ると鈍痛がするのは一部だが、全体的に小さな丘のように腫れている。なので、今日は近所の総合病院(婦人科でお世話になっているところ)へ行き、初診窓口のお姉さんに症状を告げて相談したら、まず皮膚科へ行くよう言われた。まぁ、確かにニキビが化膿したみたいな状態だから、皮膚科でいいのだろう。「最近、この周辺を怪我したりとかしなかった?」と、予想よりも遥かに若い医師に尋ねられたが、「ありません」と答えた。しこりの頂点は、一時期繰り返していた自傷行為(柱に頭突き)で打ちつけていた個所に近いが、そこが最も腫れが低いし、自傷行為はしばらくやっていなかったので、言うまでも無いだろうと思ったから。しかし、帰宅後、私が診察内容を説明すると、実父は途端に不機嫌になった。恐らく、実母に「柱に頭をぶつけたせいだろうから、ちゃんとレントゲン検査も受けさせるべきだ」とでも言っていたのだろう。不機嫌になったタイミングと表情が、息子の風邪の具合を見て「入院だな」と予告したのに通院で済んだ時と、そっくり同じだから。まったく、常に自分勝手な最悪の予想を立てて、その通りになれば「そら見たことか、俺は正しいんだ」と家でも病院でも吹聴しまくり、違っていたら「あの医者の見立ては甘すぎる。ヤブだ、ヤブ」と言って酒を飲むなんて、不遜すぎる。そういう態度が私の自己嫌悪を増長させているなんて、想像もしていないのだろう。 |
| 1月20日 先生方は怪獣専門の調教師 |
| 今日の午前中、保育園の父兄参観に出席した。朝の会から給食までを見学・体験してきたのだが、家では甘ったれでトイレも失敗続きの息子が、お返事したり、皆と一緒におやつを食べたり、クレヨンでの色塗りやハサミの使い方にドキドキしながら挑戦したり、積極的に給食を食べたり、トイレの時間までちゃんとおしっこを我慢していたりと、男らしく逞しく成長しているのを実感し、「やっぱり入園させて良かった」と心の底から思った。もしも1年遅らせていたら、私や実父のイライラの八つ当たりを食らったり、旦那に無視されて傷ついたりの連続で、言動全部が赤ちゃんのまま止まってしまっていたかもしれない。それを防いで、育児のプロである保母さん達に応援されたり指導されたりして、私のほうも息子と同じように成長できた気がする。それに、他の園児達にもキックされたり、いろんな物を見せてもらったりして、動物園の動物になった気分だった。もっとも、園児達のほうが元気で、室内を駆け回ったり飛び跳ねたり、玩具箱を文字通りひっくり返して放り投げたりしていたから、「う〜ん、怪獣専門のサファリパークだ…」とも思っていた。その怪獣達を保母さん5人で応援したり説教したりしているのだから、保育園って凄いと実感した。 |
| 1月19日 癌摘出手術のため年末のプーケット旅行を諦めた女優さんのように |
| 最近、時々だが、息子と入浴する。首の据わっていない頃から実母と一緒が常だったので、私とお風呂に入るのは、3歳にして初めてということになる。きっかけは、昨年後半から行きまくった旅行先の大浴場。実父を男湯に見送ったら、実母と私と息子は女湯へ。実母曰く、「ママも一緒ですごく嬉しそうな顔をしてる」らしい。が、私の視力は0.05前後のため、眼鏡が無くてはそれを見ることができない。その眼鏡も、お風呂場では曇ってしまうから、意味が無い。ちなみに、0.05という視力がどんなものかと言うと、裸眼では自分の二の腕までしかハッキリ見えず、自分の肘すらピンボケ状態の上に乱視もあるおかげで幾重にもブレて見えるほどだ。眼鏡を外して自分の足元を見ると、自分の足の輪郭すら分からないから、脱衣室から浴室へのドアの位置や、敷石のほんの僅かな段差、湯船の際や深さなどは、すべて手と足で探りながらゆっくりと、まるで大きなナメクジみたいにそろそろと進むしかない。初めて息子と一緒に入った旅館の大浴場では、「わー! おっきなおふろだよー!」と走っていった息子を捕まえるどころか、少し離れただけで他のお客さんと見分けがつかなかった。そうやってノロノロとしている私を見て、年明けの旅行では、息子のほうが私を気遣い、実母と一緒に「そこ、すべるよ、だいじょうぶ?」と心配してくれた。そして、一緒に露天風呂を体験したのだが、入ってみて解ったことがある。「私には露天風呂は無意味だ」ということだ。風景なんて、印象派の絵画のように複数の色がぼやけて広がっているに過ぎず、紅葉も雪景色もそれとは判らない。しかも、鳥目気味だから、夜だとただ闇が広がっているだけに見える。ただ、「目が悪くて良かったなぁ」と思うのは、服を脱いだ後、贅肉だらけの自分の裸体と、他のお客さん達の体つきとを比べて、「恥ずかしくてたまらないわぁっ!」と泣かずに済むことだ。そう考えると、心身のどこかを病んだりしていても、そのおかげで気楽になれたり助かったりするように、人はできているのかもしれない、と思えてくる。 |
| 1月18日 まずは相手を信じたい |
| 私という人間を、自分で振り返ってみると、「バカ」という言葉がぴったりだと思う。見聞きしたことを、見聞きした順番に信じ込み、事実は異なっていても体験するまで思い込みを改めない。何かの拍子にトラブルに陥っても、出会った人を疑わず「いい人だ」と信じ込む。それも、年齢に関係なく、常に相手は私よりも心が広く、徳のある人に違いないと無意識のうちに思い込んで、常に謙譲精神で接してしまう。だから、小学時代には同級生に「遊んでほしけりゃ金を持って来い」と言われてその通りにしかけたし(未遂)、中学時代に問題を起こした時も元凶はすべて自分にあるのだと思って心の底から自分を憎んで殺すことばかり考えたし(これも当然未遂)、高校時代には生徒と肉体関係になっておきながら平然としている教師がいることを知って侮蔑の念を覚えたし、大学在籍中は「新聞奨学生をやらせてもらっている恩を感じているなら、大学よりも仕事を優先しな!」と店長の奥さんに言われるがまま働いたし、中退後には技術職を選んで少しでもお客さんや会社に喜ばれたいと思って終電に間に合わない時間まで残業していた。「テレビ番組の感想を書くだけで毎月モニター料が受け取れます、まずは入会金をお支払いください」なんていう手口の詐欺にも引っ掛かったことがあるし、同級生からかかってきたのだと思い込んで悪戯電話(H系)に1時間近く付き合ったこともある。細々としたことならば、さらに多くて書ききれない。まったく、恥ずかしいほど「バカ」だと思う。何も考えてないだろうと指摘されても、反論の余地が無いほど「バカ」だ。けれど、自分の良心という「お天道様」に顔向けできないことは、極力やらないようにしてきたつもりだ。だから、「バカ」でいい。そう思う。 |
| 1月17日 そろそろ前を向こう |
| 阪神淡路大震災から、今日で丸10年。被災者諸氏にとっては、「まだ10年」だろうか。眠っている時に突然家ごと揺さぶられた恐怖は、まだ癒されきらないことだろう。もしかしたら、昨年の中越地震の報道を見て、10年前の光景がフラッシュバックした人もいるのではないだろうか。バイクとの接触事故でさえ、数日間は心が落ち着かなかったぐらいだ。震災や大地震に見舞われたら、数ヶ月どころか数年経っても、心が癒されないに違いない。それでも、どちらの被災者諸氏は、生活のために前進している。私もこのままではいけない。見習って、匍匐前進でもいいから、前に進もう。ちなみに当地は、東海地震や南海地震なら震度5弱、東南海地震では震度6弱〜強と予想されている。近隣どころか市内の各所に、大小の断層もあるから、余震も長く続くに違いない。そういう土地に住んでいながら、住居は築40年弱の年季入りの木造平屋。実父母は「長年の地震や台風に耐えてきたぐらいだから頑丈だぞ」と言う。それに対して意見しないのは、きっと私自身が「漫画の山と心中するのも悪くない」と思っているからだろう。 |
| 1月16日 それなりに疲れていたのか |
| 昨日の日記を打ち込み終えた後、何だか落胆の反動で自他への嫌悪感やら腹立たしさやらが湧いてきて、「これぐらいなら、明日から普通に過ごせるかも」と思っていた。が、まだ気疲れが残っていたようだ。朝は当然のように寝坊した上に、1時間ほど経っただけなのにまた寝入ってしまい、昼食後も眠気が取れない。幸い、息子も昼寝してくれたので、少しでも眠っておこうとは思う。ただ、問題なのは、旦那。自分にだけ都合の良いスケジュールで行動する人だが、朝から既に「いつもの日曜日の予定」が狂ってしまい、テレビを見るともなくかけたまま、ふて寝している。多分、旦那に相談する前に「なでゃあ」を修理に出し、代車が小さな軽自動車(でも4ドア)になっていることも手伝って、外出する気もしぼんでいるのだろう。それにしても、「なでゃあ」が駐車場にいないことすら、私に言わないんだもんなぁ。事故のことも相変わらず何も尋ねてこないし、夫婦ってこんなものなのかなぁ。時々、「なぜ同じ屋根の下に他人がいるんだろう?」とも思う。そういう時に限って、私の風呂上がりを脱衣所でニヤニヤ笑って眺めていたり、胸やら尻やらに触りたがったりして、気持ち悪くて気分も悪くて、嫌気が差すんだけどなぁ…。 |
| 1月15日 何だかねぇ… |
| 事故以来のストレスは少しずつ減ってきている。が、そうすると、だんだん事故の直前ぐらいからの自他の言動を振り返ることができるようにもなってきて、溜息が減るどころか増えている。まず、実父。事故の翌日、私は息子の送迎が嫌だった。先生方は心配してくださっていたが、他の保護者諸氏もそうだとは限らないし、ちょっとは白い目で見られたり後ろ指を差されたりするかもしれないと思うと、憂鬱になっていた。が、私以上に実父のほうが嫌だったらしい。一度は息子の登園に同行したものの、他の保護者諸氏の出入りの多いお迎えには行こうとしない。どうやら私と一緒にいると自分の面子が保てないらしい。その腹いせか、まるで私の揚げ足を取ったのが嬉しくて仕方ないと言わんばかりに、食事の間中、「事故を起こす奴はかくかくしかじかなタイプが多い」だの、「保険がいくらぐらい下りて、自腹がいくらぐらいになるか」だのと言い続け、「俺の予想はまず外れないからな」と私を嘲笑する。実母は「あんたのことを心配してるのよ」とフォローしたがるが、「心配」の定義は「する」側が決めるものではなく、「される」側によるはずだ。事実、私は心配されているという感じは微塵も受けていない。反対に、いい嘲り話のネタにされている気がする。次に、旦那。事故の当日、「事故った」と報告した時、「はぁぁぁっ?」と言ったきり、何も尋ねようとしない。昨日の夕方まで私の神経がピリピリしていたから、気遣って話題にしなかっただけかもしれない…と思いきや、多少落ち着いてきたと分かった昨夜、事故の概要や負担内容だとかを尋ねるどころか、私の胸や尻をつついてはニンマリ嗤うだけだった。「こんな男と結婚したなんて、私ってサイテーだわ…」と自己嫌悪したのは、言うまでもない。留めに、事故の相手のバイクの青年。事故直後、私の車が完全に停止していたことを認めていたにもかかわらず、30分ぐらいして警察が到着した途端、「僕のほうが優先道路にいたし、(私の車が)動かないだろうと思ったんですが、動いてきたので接触しました」と、現場検証で発言していた。それまでの間、あちこちに連絡していたようだし、保険屋だか友人だかから助言があったか、いざとなったら責任を追及されるのが怖くなったか…。ともあれ、おかげで、私のほうの検証は警官からの説教に終始し、「私の車が前進したために発生」と記録された。それを確認した後、青年の言動は、「そちらが全面的に悪いわけですから、僕のバイクの修理代を全額負担してください。そうすれば、僕は念のために病院で検査してもらいますけど、物損事故ということで納めますから」と変わり、私は別に反論もしていないのに、「こういうケースって、保険屋がゴネるじゃないですか。僕、そういう面倒なことは避けたいんですよね」と、自らがゴネ始めた。事故の日の夜に謝罪に行ったが、同じ台詞を再び数回聞かされ、最終的に物損事故で処理していいか確認した電話では、「これからは注意して運転してくださいね」ときた。そりゃね、私の不注意から起きた事故ではある。だが、自動車・自動二輪車の免許を取得した段階で、「きっと大丈夫だろう」という楽観的な運転は危険だから、「もしかしたら危ないかもしれない」という慎重な運転を心がけるべしと指導されたはずだ。たとえ過失責任がほとんど無くても、「これからは注意して運転してくださいね」ではなく、「お互い注意して運転しましょう」程度の謙譲的な気持ちがあるべきではないか。確認の電話を切った瞬間から、「それなりに話の分かる青年」の印象は崩れ去り、「本当は何度か同じような事故を経験してるんじゃないのか?」と思えて仕方がない。まったく、どうして私の周囲には侠気のある男がいないんだろう…(溜息)。 |
| 1月14日 とりあえず生きている |
| 現在、午前10時30分。昨日よりは、ちょっとマシな心境になってきた。朝やるべきことを、いつもの順番でやれたから。昨日の朝のように、「布団を畳まなくちゃ」と思いながら台所へ行き、「違う、ここじゃない」と思って寝室に戻ったら何をするつもりだったのか忘れていたり、食後の薬を間違えそうになったり、眼鏡が破損していることに何時間も気づかなかったり、などの所業が無かったから。ただ、まだ警察から呼び出しが無くて、生殺しにされている気分で、精神的ストレスから地に足がついている感じがしない。でも、とりあえず生きてはいる。昨日買い込んだ漫画を読みながら、旦那のために買ってきたはずの東北土産のお菓子でも食べてみようと思う。 |
| 1月13日 その2:身代わり…? |
| 朝からずっと、思考と行動がちぐはぐで、朝からやるべきことが何なのかも分からずに、家の中をぐるぐる歩き回り続けていた。愛車「なでゃあ」は修理に出したが、前方のナンバープレートがぐしゃぐしゃに引き摺られたため、再発行までに1週間ぐらいかかるらしい。当方の車の破損状態を見るたび、相手の青年の負傷具合が心配になり、昼間も家の中を歩き回った。その時には気づかなかったが、近距離用として作った眼鏡がいつの間にか大破していた。耳にかける弦は根元から開いてしまい、素手で捩れるほど部品が萎えていた。鼻の上に載る合成樹脂の部品は、片方がペッキリと割れてしまい、少しも眼鏡を支えられない程になっていた。そうした破損を強引にねじ曲げて使い続けてきたが、レンズ部分を頬で支え、弦は何の役にも立たず、まるで大型のコンタクトレンズかと言いたくなるほど、顔面に眼鏡が貼り付いたような状態になってしまった。今は、あまり度が合っていない眼鏡を使っているが、それだけに目に負担がかかり、世界が歪んで見える。我慢して、怖々と事故の相手の青年に電話したら、軽い鞭打ちと全身の筋肉痛と膝や足の打ち身という診断書が出たらしい。「僕はとにかくバイクだけ修理していただけたら良いです」とおっしゃっていたが、果たして警察はどう判断するだろう? 診断書が必要ということは、人身事故扱いになるのだろうか? 人身事故の場合は、免停と罰金刑が科せられると保険屋さんに言われたので、まだまだビクビク。眼鏡の破損が、青年の負傷と私の免許の身代わりになってくれればありがたいのだけれど、そんなに都合よく済まないよなぁ、きっと。さらには、息子の様子も心配だ。ミニカーで遊んでいても、「どーん! ぶつかったぁ!」という言葉が増えたし、保育園の行き帰りには道路を走っている車を怖がるようになった。トラウマになったかもしれない。これでまた、実父の私に対する侮蔑と嘲りのネタが増えたわけだと思うと、再来週までの分+今までの残りの薬を全部一気に飲みたくなってしまう。 |
| 1月13日 その1:運命的なもの…? |
| 私は、浮かれた気分になってはいけないらしい。楽しさや嬉しさ、安堵といった気持ちを味わうと、その直後から数日の間に、寂しさや哀しみ、落胆を味わわねばならない。息子と楽しく遊べたことを喜べば、数日中に息子が風邪をひいてしまう。車を運転していてようやく車幅感覚を覚えることができたかと嬉しく思えば、昨日のように事故を起こしたりかつてのように事故に巻き込まれたりする。私が笑えば、実父は何かに激昂して八つ当たりしてくる。私は、明るく軽やかな気分に浸っては、いけないのだ。毎日自分を卑下し、人非人であることを忘れず、他人にも家族にも、一つ迷惑をかけたらその一万倍の償いをしなければいけなく、それでも許されないことを忘れてはいけない。人並みの幸せも送ってはいけない。常に日なたを避け、寒風を真正面から受け続けねば、生きる資格は無いのだろう。後から嫌なことが追いかけてくるのは、偶然ではなく、私に集中力や注意力など心の未熟な部分が多すぎるからだろう。豊かで穏やかな生活を送りたいのなら、私は笑わず、楽しまず、申し訳なさだけを抱えて生きていくべき情け無い人間なのだ。それを改めて痛感した。今日のうちにでも、物損事故か人身事故かが決まる。人身事故扱いになり、免停をくらい、罰金を支払い、相手の方の治療費を全額負担することを、今から覚悟しておこう。何しろ、それ以上にネチっこい実父の「それ見たことか」と言わんばかりの婉曲な嫌みが、どうせ待っているのだから(それを想像すると自殺したくなる)。 |
| 1月12日 ぅわっ!×2 |
| 今年初めての精神科通院は、年末年始の患者ラッシュを抜けた後だけに、待ち時間も無くすぐに診察。だが、会計は混んでいて、待っているうちに寝入ってしまった。会計待ち40分だったのに、ぐっすり眠りこけて、気がついたらロビー奥のテレビでみのもんたがパネルを立てたり倒したりしていた。驚き慌てて会計し、処方箋をFAXに置き去りにしかけて呼び止められ、泣きたい気持ちで発車した。途中、曇天だったのに雲の切れ目から御岳や恵那山があんまり綺麗に見えていたので、嫌な予感はしていた。綺麗すぎる景色が見えると、それだけで一日の運を使い果たしたような気になるからだ。その予感は、午後に的中した。実母と買い物に行くついでに保育園に寄って、息子を連れて行こうということになったのだが、保育園の辺りは道が細く、それでいて渋滞しやすい。お迎えの車のルートに沿って公道に出るのだが、その時に、見たつもりだったのに、右から来たバイクに気づかず、衝突。ブレーキを踏んではいたものの、衝突場所は公道の中央付近だったことと、公道のほうが当然優先だったこととで、全面的に私の過失ということになった。幸い、バイクの青年は膝が痛いとおっしゃっていたが立てない程ではなかったので、少し安心した。が、1時間ほど現場検証に立ち合い、修理工(実弟の友達)に来てもらい、保険屋に行き、自分でできる最低限のことをしたのだが、本当の「運の尽き」はその後にやってきた。実父だ。警察官からきちんと注意され、相手の青年にも謝り、互いに修理や保険の使用について納得しあってきたというのに、「おまえの確認が半端だからダメなんだ」だの「気持ちばかりの品を用意して謝罪に行くのが人道だろうが」だの「下手すりゃ一生治療費を払わされるんだぞ」だの、グダグダ罵られた。実母は「心配してるのよ」と言うが、そんなもん嘘だ。学歴から始まって何についても私に張りあい、大人げなくも優越感を覚えた途端に「それ見たことか、そんなだからおまえはダメだ」と、私が小学生の頃から言い続けてきた情け無いヤツのことだ。純粋に、私が事故を起こしたことを「身内の恥」として決めつけ、「ダメだ」「ダメだ」を連呼し、私が死ぬまで事あるごとに「出来損ないが」だの「恥さらし」だのと言い続けるだろう。事故の瞬間、息子ですら「バイクにどーんとぶつかったの」と後になって言い続けるぐらいなんだから、私にとってもショックだったし、一瞬だけだが「このまま逃げよう」とすら思った。バイクの青年が自力で立ち上がった時、どれだけほっとしたことか。保育園の先生方や他の保護者さん達、警察の方々に対しても、迷惑をかけて申し訳なくて、情け無くて、泣きだしたいほどだったのに、精一杯頑張って対処し、息子に逃げ出す姿を見せずに、正面から謝罪する自分を見せたのに、それでも実父には私は「身内の恥」なのだ。そうレッテルを貼られたら、もう二度と剥がされることはないのだ。そして、そういう実父に追従しないと、実母も実弟も息子も、同様に「恥さらし」扱いされることを知っている。だから、誰も実父の罵りを遮らなかったし、私に対して「大丈夫?」とも言わない。旦那にも報告しなければならないが、きっと同じように白い目で私を見るだけだろうと思う。所詮、私は「大学を中退した出来損ないで、家事も育児もまともにできない未熟者で、後はもう罵りを浴び続けて自己憎悪するあまり自殺して保険金に変換するしか用の無いダメな人非人」なのだろう。 |
| 1月10〜11日 楽しくなかった旅行 |
| 年末から年始にかけて、実家と自宅と旦那の実家に対して不義理の無いようにと気配りをし続けたあまり、ストレスが溜まりすぎて眠くて眠くて仕方がなかった。そんな状態で、宮城の松島、岩手の中尊寺を巡り、鴬宿温泉に宿泊し、翌日は吹雪の中、乳頭温泉に立ち寄り、田沢湖畔を車窓から眺めてから、角館の武家屋敷を見学、秋田空港で除雪を見学するともなしに眺めるしかなく、何とか名古屋までの便が飛んでくれた。はっきり言って、私にはハードスケジュールだった。食事の時には息子がちっとも大人しくしておらず、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、料理の味どころか何が出されたのかも意識していなかった。どこかを見学していても、常に息子の面倒を見なくてはと思いはするものの、体がだるくて結局は実父母に任せっきりに。飛行機でもバスでも、私は息子と反対側の窓際に座らされた。中尊寺の見学の間は、息子が昼寝してしまったので急遽留守番役になったものの、実父にしてみれば、私など何の役にも立たなかったらしい。帰りなど、「はい」とだけ言って息子のミニカーが入った袋を渡されたので、実父母の鞄に入らないのかと思い、私の荷物に入れ、貨物扱いにしてもらったら、「バカ野郎、機内で遊ばせるためにおまえに持たせたのに、どうして手に持つに入れなかったんだ!」と爆発され、それ以降は、機内で息子がぐざり始めた時に「だから言ったのに」と嫌みを言ったきり、私など無視され続けた。それでも実家は平和で安泰なのだから、私など必要がないのだろう。 |
| 1月9日 ……えっ? |
| てっきり壊したと思っていた実家の窓機が、なぜか復活していた。多少、右下のミニアイコンが変化していたりはしているが、とにかく稼働しているし、ネットにも接続できているし、「昨日のあの連続フリーズ(「Windows」画面で読み込みが停止する)は何だったんだ!」と、落胆した分だけ怒りを抱かずにはいられなかった。まぁ、安堵した気持ちのほうが大きかったけどさ。ちなみに、明日と明後日は仙台・秋田へ実父母と一緒に旅行。行程表を一見すると、自由時間もたっぷりあるし、ゆったりした旅行っぽい。が、奥羽山脈を横断するのに、ゆったりなはずがない。「空港に午前7時までに集合」だそうで、その空港までは当地から車で1時間半ぐらいだったりする。つまり、朝5時起き…。起きれる自信は皆無。本気で5時に起きるつもりで睡眠薬を飲むのなら、20時に就寝しなくてはならない。ちなみに、旦那は行かないし、出勤するわけでもないから、朝食は用意してもらえまい。というか、まだ荷造りしてないんだよなぁ。大丈夫か、自分…(かなり不安)? |
| 1月8日 年始早々やっちまった… |
| 実家には、ゲーム機と化した真四角リンゴ機と、ネットゲーム機と化した窓機がある。この窓機、某N社の製品だが、非常用のシステムCDがついてこない。その代わり、オンラインでOSのパッチを当てるサービスソフトが内蔵されている。昨年一度修理に出して、結局原因どころか症状も出ないということで、無償でマザーボードとハードディスクを交換されたのだが、それが災いし、メール受信のパスワードも、ノートンのワクチンソフトの設定も、何もかもが白紙になった。が、機械関係無視の実父母は「すっかり元通りに戻って良かった」と喜んでいたので、私は特に対処しなかった。しなかったけれど、「サンリオBBにアクセスした後はちゃんとシステム終了できない」と実父から苦情が来たので、「私の窓機よりも新しいしパワフルなはずなのに? システムが弱ってるのか?」と思い立ち、121というN社のパッチサービスソフトでOSの強化を自動でやらせてみた。すると、ポインタが自動制御になり、必要な作業を片っ端からやってくれる…はずだったのに、途中でエラーメッセージが出て、作業が中断された。仕方なく強制的に再起動をかけてみたら、作業が再び自動で再開されたものの、またエラーメッセージが出て、スムーズに片づくはずの処理が止まってしまった。「システム関係のパッチを当ててる段階だから、まずいよなぁ」と思ったものの、眺めていても作業が再開されることはなく、祈る思いで強制再起動をもう一度試みた。結果、神様も仏様も微笑んではくれなかった。窓OSはもとより、セーブモードですら立ち上がらず、「困ったときのために」なる本はまるで役に立たなくなった。こういう状況もあるから、最低限のOSとちょっとしたメンテナンスソフトを同梱してほしいのに…(N社のバカ!:涙)。ちなみに、真四角のリンゴ機も一時絶不調に陥ったが、同梱のCDのおかげで修理に出すことなく済み、未だに元気に「二角取り」やら「まきがめ」やらで実父母を手玉にとったり、年賀状作成や旅行の会計報告書の作成に活躍している。 |
| 1月7日 3歳児に負けた…(涙) |
| 最近、サンリオBBにはまっている。主に「カフェシナモン」とカジノの「星のナインボール」とキッズバージョンのイベント広場での「クレープ屋さんは大忙し」を楽しんでいる。息子が無料版を楽しそうに眺めていたし、実弟の嫁さんがキティラーだから姪っ子達もキティ好きに育つだろうから、いつか一緒に遊べるようになるだろうということで、会員登録したのだが、まさか自分が先にはまるとは思わなかった。しかし! 上には上がいるもので、息子は既に「マンホール」だの「井戸」だのと、よりディープなサンリオBBを楽しんでいた。教訓「好奇心に勝る開拓精神は無い」。ちなみに、息子が使っているのは、実父がフロンティアスピリットを爆発させて買った(つまりは衝動買い)某N社の某V機。誰のためのパソコンだったのか、既に分からなくなっている。 |
| 1月6日 3歳児の才能 |
| 息子を見ていると、隠し持っているものの大きさに驚かされる。昨日の「ごめんなさい」が受け入れられなかったことも含めて、大人の言動をじっくり見つめていて、次に似たような状況を迎えた時、発揮させることが増えた。一人で暇だと思うと、サンリオBBで繰り返し見ているアニメの台詞を暗唱していたり、保育園で体験して面白かったことをやろうと道具を探し回ったりする。ひらがなとカタカナはほぼパーフェクトに記憶していて、簡単な本ならたとえ新品でも一人でも読んでいる。読み間違えたりすると、他に人がいなくても照れ臭くなるらしく、顔を隠していた(それを隠れて見ている私も暇人だな)。自分が3歳だった時はほとんど覚えていないが、少なくとも保育園に通える分だけ、息子のほうがいろんな経験を積み、私よりも真っ当な人間になれるだろうと思う。そのためにも、もう少し語彙を増やして、嫌悪感を「ばか!」以外で表現できるようになってほしい…(切実)。 |
| 1月5日 トラウマ |
| 今日から旦那は出勤。少しは気楽。だが、息子の我儘と実父の頑固が衝突し、語彙の少ない息子が悔し涙を飲んだ。サンリオBBで見ることのできるキティ達の劇で、歌を歌って恐竜達と仲良くなる光景を見た直後だっただけに、実父にちゃんと「ごめんなさい」を言ったのに「いや、許さん」と突っぱねられたことがショックだったようだ。その直後から「ばか」しか言わなくなり、俯いたまま、何をしてもにこりともしなくなった。そのことを実父に言ったら、笑っていた。腹が立った。実父は、決して「折れない」性分だ。自分が「烏は白い」と言えば、世界中が「烏は白い」と同意すると思い込んでいるくせに、それを指摘されると「そんなことはない」と逆ギレし、指摘した人間に土下座などの恥をかかせないと気が済まない性分でもある。そういう男の遺伝子を受け継ぎ、何かにつけて「似ている」と言われるのが、昔から私は嫌だった。結婚や出産に対して夢も希望も憧れも持たなかったのは、実父の遺伝子を後世に残したくなかったからだ。一方的に罵られ、謝っても仲直りできないという体験をして、息子は極度に落ち込んでいた。きっと、私と同じトラウマを刻み込まれ、保育園での友達作りにも影響が出るだろう。中学生ぐらいになった頃、金属バットを持って実父を殴り殺しに行ったとしても、私は息子を怒りたくないと思うだろう。それどころか、「よくやった!」と褒めるかもしれない。こういう考え方をすることこそが「実父に似ている」と言われる由縁だろう。その証拠に、我儘を号泣することで貫こうとする息子に対して殺意を覚えたり、そんな自分を心底憎らしいと私自身が思うのだ。 |
| 1月4日 結局挨拶にも行かなかった |
| 正月三が日が終わって、ふと思い返してみたところ、旦那は私の実家へは挨拶に行かなかった。息子が入り浸っているのに、2日からはウチの風呂を実父母も使いに来ているし、その風呂水を使って実母も洗濯しているのに、旦那が実父母に「あけましておめでとうございます」と改まった挨拶をしたのを、一度も見なかった。実弟の嫁さんも挨拶伺いをしないで唐突に愚痴電話をかけてきたし、実父は腹の底で嫁さんと旦那、そしてそれぞれの両親のことをボロクソに罵っているだろう。年始休暇が過ぎ、私の顔色が良いと判断した時、きっと延々とグチグチネチネチと嫌みを聞かされるに違いない。同意しても意見しても話は長引き、それに比例して実父の思い込みや怒りが深く激しくなっていくし、「それを私に聞かせてどうしろと?」てな内容から進展しないし、嫌だなぁ…。 |
| 1月3日 そろそろ電池切れ |
| 義父曰く、旦那は最初の子供で男だったから、物心つく前からスパルタ的に躾けた、とか。義母曰く、旦那はそれが嫌で、怒鳴られると隣の家にこっそり家出しては、その家の窓からぼんやりと外を眺めていた、とか。だからこそ、怒鳴られた時の息子の気持ちを一番理解できるはずなのに、他の誰よりも卑劣な「自称・躾け」をする。「ダメじゃないか!」と言葉で批難したり、頭を軽く叩くのはまだマシで、人目が無いところでは拳で頭を叩いたり、首とか腕とかをぎゅうっと握り締めることもあるようだ。私と結婚した時も、「料理嫌いなほど下手だから」と言った私に、「じゃあ、俺が『調教』してやろうかな」とニタ〜と笑った男でもある。先月の30日からずっと、息子に危害が及ばないように気遣っていたのだが、今日はもう限界らしい。朝起きた後も、座ったまま眠ってしまったし、息子が室内で乗り回している電動バイクに衝突されても、完全に目が覚めなかった。そして、とうとう「ママ、かぜひくよ」と、3歳の息子に上着をかけてもらってしまった(感涙)。その隣で、旦那は鼻で笑っていた。「今年こそ離婚かなぁ」と思うのは、私の新年の年中行事になってしまった。旦那にとって私は「幸い人」かもしれないが、私にとっては絶対に違うと思う。 |
| 1月2日 泥沼から少し這い出た |
| 大晦日に降った雪があらかた解けたので、私の運転で隣市にある飯高観音へ、お札を戴きに出かけた。三が日だけに、駐車場はキツキツだったし、参拝客の列が長くてろくに参拝もできなかった。でも、久し振りに山や谷を幾つも越えるようなドライブを、それもところどころ凍結が残っているようなコースを運転できて、結構楽しかった。ただ、出かける支度をしている真っ最中に、実母へ実弟の嫁さんが電話をかけてきて、一時間近く実弟のことをボロクソに言い続けたらしい。実母は苦笑していたが目だけは怒っていたし、実父に至ってはキレていた。年末年始も実家で過ごして挨拶すらしに来なかった嫁さんのことを、似たような状況にいる私には批判できない。だが、「私も鬱病だから、お義姉さんみたいに通院して、家事を楽したいし、お義父さん達に恥をかかせたい」とほざき、それでいて姪っ子をしょっちゅう動物園だの遊園地だのに連れて行くというから、片腹痛い。先日、ちょっと見直した自分が憎らしいぐらい、嫁さんの我が侭加減は度を越していると思う。だからだろう、実父母は実弟の家族の分のお土産を買わなかった。 |
| 1月1日 「ばーか!」 |
| 新年早々、息子に対して殺意が芽生える。もうすぐ日付が変わるというのに、「ぱそこんやる」と言うから立ち上げれば、私を顎で使ってアニメを始めさせ、自分はミニカーやコンビカーで私の布団を潰しやがった。車関係を全部隣室に投げれば、倍の数のミニカーやらビーズやらを撒き散らしやがった。それも投げ捨ててやり、布団に横になってサイトの更新のための原稿を書けば、上にのっかったまま「(今のアニメを)もういっかい!」と命令しやがった。「見るつもりも無いくせに、いい加減にしろ!」と怒鳴ったら、泣きもせずに「ばーか! ばーか!」。頭に来たので、机に向かって突き飛ばしてやった。それでも泣かずに、「ばーか!」。これで殺意が湧かないはずがない。第一、私がどういう状態にあるのか知っているくせに、夜中まで迎えにこない実母にも腹が立つ。「いつか、必ず、殺してやる」というのが、今年最初の心境。とりあえず、我慢できないので、旦那の物と息子の物をぶん投げてやった。明日はピン札の一万円をビリビリに破いて、実母の店にでもバラ巻いてやろうかと思う。 |