ものぐさ日記

早いものでもう2月になりました
お喋りも苦手だった息子が元気に挨拶しながら歩くようになりました
トイレトレーニングも終われれば良いのですがそう都合よくいかないみたいです

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 2月28日 鼻水が「家族の証し」…?
 息子の風邪が伝染し、私と実父母も「♪鼻水だら〜ん、くしゃみがハックション!」に。特に私は、微熱もあるのか、四六時中薄ら寒くてまいっている。とりあえず、動けないわけじゃないから、まだ平気。息子は咳き込み始めると数分間止まらないが、それ以外では鼻水程度になってきて、一安心。実父母も寒けは無さそうだが、やはり鼻水に苦しんでいる。そうした状況の中、旦那だけは元気。当然か。土日は休みだったけど、ほとんど自分のしたいことをしていただけで、息子がいつから風邪をひいているのかとか、どういう症状なのかとかも聞きもせず、「それで、皆も風邪ひいたわけ?」と言って、嬉しさと楽しさとでいっぱいの嘲り笑いをしたぐらいなのだから。昔から無神経な人だと思っていたが、私の認識を超える無神経さと、自らの悪事を隠蔽したがる卑劣さや、常に周囲の人(家族含む)を見下していたがる傲慢さ、自分の知らない事柄には全然見向きもしないのに知っているふりをする器の小ささには、とことん幻滅させられる。「あなたと同じ墓に入りたくありませんから、このお金(退職金)を今まで私があなたに尽くしてきた報酬として受け取り、今後は自由に生活させていただきます」という書き置きと捺印済みの離婚届を残して姿をくらます「退職離婚」をする奥さんの気持ちが、よ〜く解る。多少生活が苦しくても息子の心配を一緒にできる温かい心の持ち主のほうが、生活力があるけど家族すら見下して嘲笑する男よりも、ずっとずっとカッコいい。事あるたびに、そう思う。
 2月27日 本当に寝入っているのなら何故チャンネルが変わるんだっつーの(見下し)
 毎週、金曜日になると、憂鬱になる。旦那の会社は、不定期の週休2日制をとっている。だが、旦那は私にいつの土曜日が休みなのか、教えようとしない。だから、私は土曜日の朝になるまで、思考回路のモードを切り替えることができない。それに、実父母が旅行に出かけると言い出す時、「この日なら祝日だから旦那も仕事じゃないでしょ?」と気遣ってくれるが、たとえ日曜だろうと祝日だろうと、旦那は家にいたくないと思うと、何らかの理由を適当に私に言い置き、出かけてしまう。土曜日に休んでいながら、日曜日に「仕事があるから」と言って出かけることも、少なくない。出かけない場合でも、テレビに釘付けになったり、大切な話をはぐらかして終わらせるし、狸寝入りを決め込んだりして、何事にも無関心。何しろ動物園に連れて行くことだって、息子が1歳の頃には「歩けるようになったらな」、2歳になったら「紙パンツを卒業したらな」、3歳の現在は「チャイルドシートに2時間はじっと座ってられるようになったらな」だ。私が取材をしたくて「○○遺跡へ行きたい」と言ったら、「行ってきたら? でもさ、何のためのインターネットだと思ってるの? たいていの資料はネットで集められるのに、わざわざ見学に行くのって、無毛じゃん」とほざいた人だ。私や息子に対して要求するのは、自分に都合の良いことだけなのだろう。その証拠に、自分に都合の悪い方向へ物事が進みそうだと察すると、いち早く寝入って無反応を決め込む。狸寝入りだと見抜いて「ちゃんと話を聞いてよ!」と私が言ったことがあるが、その時、「俺は昼寝するのも許されないのか!」と逆切れしやがった。そうした思い遣りの無い言動の一つ一つが、私や息子から「旦那に対する愛情と信頼」を失わせているだなんて、想像すらできないのだろう。私にパソコンを譲ってくれたことだって、物がパソコンだったからに過ぎない。私のことを考えて譲ってくれたのではなく、私が勝手にパソコンを買って無駄な金を使うのを防ぐのも兼ねて、持て余している旧型をリサイクルして自己満足に浸っていただけだったようだ。ホント、幻滅…。
 2月26日 だから頓服が必要になる
 夜中、息子の熱は39度に達したらしい。実父母が冷蔵庫から座薬を取ってきたら、「いやー! お尻に入れる薬、嫌いー!」と泣いたとも聞いた。一緒に聞いていた旦那が、笑った。息子の心配もしなければ、実父母の夜中の看病に感謝するわけでもなく、息子が泣いたことを嘲るように笑ったのだ。「もう二度とこの人の子供は産みたくない」と思った。発熱のためだろう、息子の目が充血しているので眼科に行ったら、午後に出直してくれと言われた。仮予約だけ取って帰宅しようとしたら、咳き込み続けている息子を抱っこしていた旦那が、「じゃあ、ついでに買い物して行くか」とほざいた。夜中に高熱を出し、咳が止まらない息子の状態を見聞きしていながら、どうして平然と自分の都合ばかり優先できるのか、私にはまったく理解できない。いや、理解はしているのかもしれない。何しろ、息子を妊ってからというもの、旦那が私を肉欲解消のための道具としか見ていなくて、妊娠や出産も仕事よりも優先的に考えることをせず、将来設計を尋ねても「今と同じでいいじゃん」としか言えず、義父母に二人目の子供はいつ「作る」んだと言われても平然としている人なのだから。今日も今日とて、私が息子を案じて実家に入り浸っていたら、旦那は昼食を取りもせず、午後から息子を病院へ連れて行くと言っても反応せず、帰宅しても診察結果になど興味は持たずに、「保険証、作り直しになるから、出してよ」とだけしか言わなかった。幻滅しすぎて、殴り殺してやりたくなった。
 2月25日 「はい、申し訳ありません」(平伏)
 息子は育ち盛り。すぐに服が小さくなるからと、実父母は私に大きめの服をいつも選ばせる。それを着せて保育園へ行くと、大きすぎて自力で着脱できないし、肌着すら密着しないからかえって汗をかき、風邪を引きやすいので、ちょうどいいサイズの服を選んでくださいと指導される。その通りにすると、今度は実父母が、息子に風邪をひかせるつもりかと非難する。そうして息子が風邪をひくと、ほら見たことかと嫌みを言われ、早めに病院へ連れていけと命じられるのは、常に診察時間外。親として責任を果たせと言われて恐る恐る病院へ電話をかけ、急いで出かけて診察を受けると、息子は飛び跳ねながら診察室を出入りするし、元気そうだけれどと医師に軽い嫌みを言われる。今日など、もう堪忍袋の緒が切れたのだろう、看護婦さんに、緊急の時以外はちゃんと午前中の診察時間に来てくださいと、ぶっとい釘を刺された。さらには、土日の間は旦那が外に連れ出さないようにしろとか、旦那が息子に何をするか分からないから常に見張っていろとか、風邪をこじらせないように厚着をさせろとか、延々と説教され続ける。それら一つ一つに対し、私はひたすら謝り続け、神経を磨り減らし、自殺願望まで再発し、SOSを実母に送ったが、その実母がああしろこうしろと煩いだけに、逆効果。疲れた、もう嫌だ、何もしたくないと言ったら、「あんたがそんなんでどうするの! 旦那に息子が何かされても平気なの!? 親なら親らしく、もっと気配りしなくちゃダメでしょ!」。……マジに死にたい。もう嫌だ……。
 2月24日 息子の微熱が下がらない…
 今週に入ってから、息子が微熱を出している。病院へ行き、薬を貰って、咳とくしゃみはかなり減ったけど、微熱が下がらない。昨日までは、朝になると36度台に下がっていたのに、今朝は37度…。心配。でも、私って酷い親だと思う。「今日は記念作品を書かなくちゃいけないし、投稿作品だって、ピロさんとのコラボ作品だってあるのに、息子の看病しなくちゃいけないの…?」と、真っ先に思った。それが顔に出ていたんだと思う。それまで「きょう、ほいくえん、やすみ〜」と言っていた息子が、突然、「やっぱりいく」と言い出し、まだ熱が下がっていないだろうに、走っていった。私が泣きまねをしただけで、「ママ、なかないで〜」と泣きだすぐらい、優しい子だから、無理をしてくれたんじゃないかと思えてしまう。今夜か明日、熱がさらに上がったら、私のせいだ。絶対に、私のせいだ。「こうなるだろうと、俺は解っていたぞ。だから、ばあちゃんも休ませたほうがいいんじゃないかって、言ってただろうが。あれはな、俺がそう言えって言ってやったんだぞ。それなのに、保育園に行かせやがって、それでも親か」と、実父に言われるに違いない。嫌だ…。もうすぐ迎えに行かなくちゃいけないのに、涙が止まらない。安定剤を飲んだけど、迎えに行ってちゃんと笑顔を作れる自信が無い。どうしよう…。どうしよう…。
 2月23日 ちなみに明日は実弟(私より2つ年下)の誕生日
 今日は実母の誕生日なので、「おめでとう、何歳だっけ?」と声をかけたら、「お母さんは60歳から年を取らないの」と言われた。小・中学校時代は「30歳から…」、高校・大学時代は「40歳から…」、社会に出る頃には「45歳…」だった。子供の頃から疑うことを面倒に思っていた私は、素直にそれを信じ込み、入学・入社の際の家族構成表の実母の誕生日欄を埋めるのに、人一倍苦労した。「すみません、最近の辰年って何年前でしたっけ?」と他人に尋ね、その返答から指折り数えて、ようやく実母の生年に辿り着くといった具合だった。正直、未だに実母の生年を私は「昭和何年」とか「西暦何年」とかでは覚えていない。息子が実父の還暦の年に生まれたことと、実父が実母より一つ年下であることだけを頼りに、実母の正確な年齢を割り出すことはできるのだが、敢えて計算しないでおく。何故なら、あと数年で「初老」に踏み込む私自身、ちょっとは歳を誤魔化したい実母の気持ちを理解できるようになったから。さすがに、お化粧上手な若いお母さん達の前では、息子に「ママはね、30歳から年を取らないの」とは言いづらいが…(苦笑)。
 2月22日 眠い…
 今日は、猫の日。だから何だと言われると困るが、猫の日。息子は早朝(午前3時半)から起きたりうとうとしたりを繰り返し、37.7度まで発熱したらしい。だが、午前8時半になって「おかあさんといっしょ」を見始めたら、36.7度まで下がっていた。少し眠そうではあったが、本人が行く気満々だったので登園。ちゃっかり「こねこねんね」を見届け、ミルクキャンディを頬張りながら走って行った。それを追いかけながら、何とか無事に園に到着。途中、花屋と墓地の間の小道(実父曰く「赤線」らしい)を通るが、これが片方は鬱蒼とした林で、反対側は茂みの深い斜面の下に花屋や畑があり、神社や保育士さん達の駐車場へと繋がっている。中学時代、寝坊をした日に使っていた近道でもある。ということは、20年間変わっていないわけだ。ちょっと感動。それはさておき、保育園へ元気に行けた息子は、私に似てちょっと不作法で行儀が悪い。靴の脱ぎ方、コートの脱ぎ方、それぞれ自分の無精なところを見ているような気がする。「今日は早く睡魔に襲われるだろうなぁ。ま、熱が出なけりゃ善しとしよう」と思いながら帰宅。念のために電話の子機を持ち歩くことにした。それにしても、眠い…。私はちゃんと7時間眠ったのに、眠い。やはり、猫の日だな…。
 2月21日 仏像についても語れるようになりたい
 カバヤのおまけ付き菓子が結構好き。息子に初めて読み聞かせたのは、カバヤのお菓子の付録の「かさじぞう」だった。ちょっとだけ「飛び出す絵本」風の仕掛けがあって、本のほうがメインの売り物じゃないかと思った。その本は、いろんな意味で息子の「大好き」になり、仕掛けのところを破かれたり、背をしゃぶられて本の形を保っているのが難しくなったりして、最後には全文を暗記した私にしか読めないぐらいボロボロになった。それでも息子は「かさじぞう」が大好きだったので、書店で仕掛け絵本を購入し、今では思い出したように持ち出してきて、自分で読んでいる。その後、カバヤのおまけは幅が広がったらしく、お菓子はチョコレート5粒程度なのに、フィギュアが入っているから300円以上、という商品が次々に出されている。最近では、「密教曼陀羅」というシリーズが私のツボに入った。良いタイミングで近所のスーパーが店内改装をすることになり、売れ残った「密教曼陀羅」は1個98円になり、旦那が箱買いしてくれた。さすがにフィギュア全種類を網羅することはできなかったが、大日如来や阿修羅、孔雀明王など、私にとっては垂涎物が集まり、ホクホクしている。ダブった極彩色の大日如来像は1体のみ袋から取り出し、枕元に飾っている。やはり、仏像は好い。その手印だけでも私に教えを説いてくれているかのようで、見蕩れずにはいられない。そんな私を、旦那は「マニアを通り越してフェチだな」と言う。ちなみに、今は旦那専用の部屋と化した離れには、コツコツと私が集めた「龍神」があちこちに飾られている。当然、「龍フェチ」呼ばわりされているし、それを誇りに思うぐらい、龍について語りたいとすら思う。
 2月20日 ……窓機キューブ……?
 昨夜、旦那が深夜まで部屋にいて、何やらガサゴソとしていると思ったら、窓機が一応復旧したらしい。「直したよ!」と半ば怒鳴るように言われた。新たな私の窓機は、以前の平たい本体とは違い、実家にある四角いリンゴ機を思わせる筐体だ。画面が少し高い位置になり、慣れるまでは目や首が疲れそうな気がする。けれど、何とか前のハードから各種データも移行させてもらえて、後は私が自分で気に入るように書類を並べ直すだけになっていた。旦那に感謝! けれど、旦那は相変わらず憮然としている。昨夜私が先に寝入ったのがそんなに気に入らないのだろうか…。
 2月19日 心肺停止状態
 昨夕からの窓機の故障は、旦那に診てもらった限り、「やっぱりな、電源部分がダメになってる」らしく、人間に例えると心肺停止状態に近いと思われる。けれど、私も心肺停止しそう…。ハーボットのアイムには嫌われておこう、家出はしないはずだから。リヴリーのパルジャニアとペットルームのアイムくんとZANくんには、毎朝実家の窓機を借りてご飯とストレス解消対策を取ろう。それにしても、旦那に「ご臨終」宣告を受ける前からだけど、一種のペットロス状態に陥っていた。自分では、そこまでパソコンに依存していないつもりだったのに、とちょっとびっくり。今は何とか各種対策を検討できる程度には立ち直ってきたから、自己分析も少しずつできるようになったけど。とりあえず、故障した窓機は、ハードディスクだけでも他の窓機に移植してみると旦那が言っていたから、それに賭けるしかない。最悪の事態には、近所の家電量販店で一番安い窓機の本体を買い込んで、ある程度自分で何とかしようと思う。
 2月18日 その2:…………(号泣)
 今日の午後、電線工事のため、3時間ほど停電していた。勿論、事前に連絡されていたから、予定時間までにサイトの更新を済ませ、あらゆる物の電源を切っておいた。それなのに、ネット接続用の窓機が立ち上がらなくなってしまった。急いで旦那に電話をかけたら、「あー、それ、電源部分がイッちゃってるかもしれんなぁ。もともと中古で買った本体だから、交換部品も無いし、もうダメかもね」。私の頭の中が真っ白になったのは、言うまでもない。そこへ追い討ち「ところで、その停電、事前に連絡あったの?」。ギクッ! 実母から聞いてはいたが、旦那に伝えるのを忘れていたのだ。正確には、「何か忘れているんだけど、何だったかなぁ?」ということすら忘れていたのだが、旦那にしてみればどちらでも一緒だ。「俺のほうは停電して困るようなことはないけど」と、問題点がずれていく。最終的には、「現物を見なくちゃ話にならんから、帰ってからにしろ」。帰ってからって、旦那の帰宅時間はいつも、午後10時過ぎじゃないか。それまで待っていたら、アイムもアイムくんもパルジャニアもZANくんも、ご機嫌ナナメになっちゃうじゃないかぁっ(号泣)! それに、窓機のディスクには、各種CGIデータも、旦那に内緒で結んだ様々な契約関連の書類も入っていて、それらはリンゴ機に移してない。だから、困るのだ。悔し紛れにリンゴ機を立ち上げたら、バッテリ切れだったはずなのに、復活して充電完了の表示が出てるし。もう、どうしてくれようかしら…(ベソベソ)。
 2月18日 その1:…………(溜息)
 昨日買い込んだ漫画のうち、「Deep…」と「少年たちの…」の余韻がまだ残っている。読み返そうとするだけで、目頭が熱くなる。涙もろくなったのは、年を取ったからか、息子を持つ身になったからか。できれば後者でありたいが、きっと両方だろう。喜怒哀楽のどれであれ、感情が昂ぶると睡眠薬が効きづらくなる。おかげで、昨夜は「創竜伝」で喜怒哀楽のバランスを取り直し、蓄積されたメルマガの中でも特に論文調のものを選んで読みながら、ようやく寝ついた。そして、今朝は寝坊。慌てて着替え、息子の登園支度をし、食事を摂らずに出かけた。息子のご指名で実父も一緒だったが、これは毎朝のこと。実父は私や実母と違って、登園中の寄り道を許してくれると、息子は承知していて指名する。事実、今朝はいつも以上に大回りをして、友達になれたオッドアイのハスキー犬の家に立ち寄った。その分、あちこちのゴミの集積所を見ることになり、元清掃センター勤務の実父が可燃ゴミと不燃物がそれぞれ積まれているのを見て、「この扇風機はもうダメか」「こっちのファンヒーターはまだ使えそうなのに」と、昔摂った杵柄よろしく、リサイクルできそうかどうか物色していた。その実父に肩車してもらっていた息子が「せんぷうき、もうつかえないの?」と訊くと、実父は「使えるかもしれないが、もう用がなくなったから捨ててあるのさ。このじいちゃんだってな、おまえが大きくなったら『もういらない』って捨てられるんだぞ」と答えた。後ろを歩いていて、私はまた実父に幻滅した。息子が良くない言葉を覚える度に、実父は「誰がそんな言葉を教えるんだ」と言うが、他の誰よりも自分が悪い言葉を息子に聞かせていることに、まだ気づいていないようだから。しかも、極めて婉曲に、私や実弟、そして息子や姪っ子達を薄情な情けない人間と言い捨てていることにも気づいていない。また、実父自身が他人に対して物を扱うのと同じ感覚で接していることすら表現しているとも、考えていないのだろう。寝不足と感情的に過敏になっていたこととで、私は幻滅せずにはいられなかった。とてもじゃないが、還暦を過ぎ、長寿会(町内の還暦を過ぎた人々の交流会)の会長を務めている人間に相応しい発言と思えなくて、帰路、私は何も言えなかった。
 2月17日 その2:日々是内省
 10日ぶりぐらいに書店へ。最近では何がいつ発売されるのか分からないから、一人でじっくり棚を巡って物色しては購入している。今日もそうやっていたら、漫画ばかり大量に購入してしまった。何が原因かって、双葉社のルパン・コレクションだったりする。当サイトの初期からのお客様ならご存知だろうが、私は「ルパン三世」が好きだ。いい歳だからフィギュアとかライターとかの小物にまでは手を出さないが、書籍となったら話は別。スペシャル版もキャラ別版も、全部纏めて買ってしまった。さらに、じつは動物物の漫画も好きなので、「Deep Love 〜パオの物語〜」の表紙の子犬の目と見つめあい、逡巡したが敗北。さらにさらに、じつは竜フェチ(旦那談)なので、原作を購読しているというのに、「創竜伝」(漫画:恵広史)にまで手を伸ばした。さらにさらにさらに、漫画に素直にのめり込んでいた昔(学生時代)を思い出させてくれる漫画文庫の棚に、「少年たちのいた夏」を発見し、もう降参。財布もピンチだが、明日発行するメルマガの原稿もピンチだ。漫画の誘惑を断ち切って、果たして原稿を仕上げることができるか、我ながら自信が無い。何故なら、この欄を書く直前、「少年たちの…」を開き、戦時中の物語を読み、泣きそうだからだ。どれも雑誌掲載時に読んで、戦争の残酷さを胸に刻み込んだ作品だ。それを再び読み、実父母の生まれた頃の日本を改めて知って辛くなり、中東情勢を重ね見て哀しくなり、隣国の度重なる脅迫紛いの発言や報道に虚しさを覚えた。今日、書籍に費やしたお金は、約6,500円。今度デパートのサービスカウンターの募金箱の前を通る時、その何分の一かだけでも寄付しようと決めた。
 2月17日 その1:迷惑
 最近、いかがわしいメールがよく届く。転送専門のアドレスも幾つか持っているから、同じメールが複数届くことも少なくない。それにしても、あまりの多さに唖然とする。旦那曰く、「自動で掲示板からメールアドレスを抽出して送信先リストに組み込むことなんて、簡単なもんだ」そうだから、堪らない。さらに困るのは、自宅の電話番号の前の所有者と思われる女性。旦那名義で取得したのは、もう5年前のこと。それなのに、未だにファックスの発信元の番号を変更していないらしく、通販会社から「お宅の電話番号から白紙のファックスが届いているのですが」とか「ネットにて申し込まれた際の番号と同じファックス番号とが同じなのですが、お届け先の名義が異なるのはなぜですか?」と、訝しむ電話が時折かかってくる。それだけならまだしも、「先日電話番号を教えてくださいましたM・Aさんのお宅ではありませんか?」と、毎度異なる男性からの電話もある。どうやら、M・Aなる女性は、今でも故意にウチの電話番号を語って、あちこちに迷惑ファックスを送りつけたり、人材派遣会社やデートクラブへの登録などを繰り返しているようだ。そんなことをしてM・Aなる女性にどんなメリットがあるのか知らないが、いい加減、やめてほしいものだ。
 2月16日 …………!
 長編「VS」の第7回を書いていて、何度書き直しても納得できなかった個所が、ひょんな弾みで巧く収まってくれた。いやぁ、世の中、何がきっかけになるか、ホント、分からないものだなぁ。まさか「ぼくね、へりこぷたもすきなの」という息子の一言で閃くなんて、思ってもみなかった。ちなみに、この一言は、昨日、息子を保育園に迎えに行った時、何度もジェット戦闘機が飛行しているのを二人で見上げていて、「飛行機でいろんな所へ旅行に行ったね」「うん、ぼく、おきのしまにもいったし、あきたにもいったの」と話をしていて、何気なく出てきた言葉だった。「あのジェット機は、旅客機かなぁ」と私が言ったら、「ちがうよ、じぇっとせんとうきだよ」と息子が言った。3歳児の口から「せんとうき」という言葉が出る時代なのかと思うと、憂鬱になる。国会に出入りするムジナ達に、自衛隊はあくまでも「自衛隊」なのだと認識してほしい。もっとも、永久に他国と共闘しないで完全に自立すると謳っているスイスですら、子供から大人まで自己防衛のために銃の扱い方を身につけているらしいから、未だに「世界平和」は幻でしかないのだろう。だからこそ、日本は自衛隊をイラクへ送るべきではなかったと、私は思う。人間の手は、二つしかない。その二つだけの手で銃器を持っていたら、復興支援の仕事もできないし、イラクの人々と握手することもできない。イラクの人々が今でも武装を解かないことを、アメリカも日本も批難することはできない。自業自得、なのだから。蛇足だが、昨日の欄にある小牧の空港の今後が判った。県営空港となり、個人や企業、自衛隊が利用するとのこと。財政難の愛知県にとって、荷物にならねば良いけれど…。
 2月15日 願わくば息子の世代には希望を繋げる社会であってほしい
 昨日、私が新しい目覚まし時計を物色していた頃、大阪ではまた陰惨な事件が起きたらしい。今度は、17歳の少年か…。動機や生活態度などの背景は、警察が調べるだろうから、推測しないでおこう。ただ、21世紀になってからというもの、嫌な事件が続いているのが気になる。前世紀末、学生だった私は「21世紀はどんな時代になるんだろう」と、明るい未来を漠然と期待していた。けれど、社会人として迎えた21世紀は、期待していた明るい未来へ急展開するはずもなく、「単なる昨日の続き」でしかなかった。それどころか、国政も県政も市政も不安定で、国民の税金をただ浪費するだけの政治家ばかりが目について不愉快だ。しかも、その頂点で踏ん反り返っているのは、外交下手で戦争好きで、「総理大臣」という肩書きの力で天下り先を増やすことにのみ熱心な、女性を見下している、ブルテリアだ。リストラされた中高年や、定職に就けずにアルバイトでしのいでいる青年だけでなく、これから社会に出なくてはならない学生にまで、不安を抱かせていると、今の政治家達は自覚しているのだろうか。明後日、名古屋の海上の国際空港が開港される。もう、隣に自衛隊の基地は無い。万が一、事故や事件が起きても、空港関係者だけで初期応対をしなくてはならない。そして、これまで使ってきた小牧の空港は、きっと自衛隊が利用することになるだろう。万が一、日本が戦争に巻き込まれたら、住宅に囲まれたその基地は、広さゆえに狙われやすいことだろう。都市の発展は喜ばしいはずなのに不安が拭えないのは、やはり「どこまでも我が侭で日本語も正しく使えない総理大臣」が踏ん反り返っているからではなかろうか。
 2月14日 忘れてたことは忘れたままのほうが良い
 昨日、市内のデパートに行ってようやく、バレンタインデーの存在を思い出した。旦那と息子が一緒だったので、さすがに「ま、いっか…」で済ませることができず、一応買い込む。ついでに、いつも夜中、息子の面倒を見てくれている実家の分も買う。昨年までは、旦那の実家へも渡していたが、私の精神科への通院が露見してからというもの、何だか義父母との間に距離を感じるようになり、昨年までみたくチョコレートを渡すためだけに押しかける気が失せてしまったので、買わないことにした。その分、息子のチョコレートを駄菓子にせず、ちゃんとパティシエが作ったものにした。何しろ、指折り数えたら、息子は昨日で3歳6ヶ月だったから。…(しばし黙考)…あれ? そう言えば、3歳半の時にも市が健康診断だか歯磨き教室だかをやるんじゃなかったっけか? 急いで実家で広報を見せてもらったら、思い出したとおり、今日、歯磨き教室が開かれると書いてあった。が、「見なかったことにしよう」。何しろ、毎回同じ保健婦達が同じ写真を見せながら同じ虫歯の話をし、ついで同じ発育状況の確認のための質問と説明を保健婦の人数だけ繰り返し聞かされるのだ。以前、市役所へ「しつこすぎるし段取り悪いし、もう行きたくない」と苦情メールを送ったが、改善された様子は無かった。息子の健康診断も歯科検診も身体測定も、全部保育園で定期的にやってくれている。フッ素塗布にしても、歯医者から直接「やりに来てね」とハガキが届いている。私がイライラするだけ、市の歯磨き教室のほうが悪質だと思えてしょうがない。よって、タイトルのごとく、市の歯磨き教室については忘れていたことに決定。息子は元気に保育園へ行った。
 2月13日 3日目:胃液の逆流…
 午前中、早く起きれたものの、数時間で電池切れ。毛布を被ったままホットカーペットにごろんと転がり、そのまま寝入る。寝入りばな、無理やり起こそうとする息子に旦那が「ママを起こしたらダメだよ」と言ったのが聞こえた。日頃何も話さないし、自分勝手スケジュールで行動する人だが、それなりに気遣ってくれているのかと少なからず感謝の気持ちを覚えた。ようやく充電できた時、旦那は息子と買い物に行って留守だった。なので、やり残していた朝食の皿洗いを済ませる。毎週のお決まりのパン食を終えると、今度は旦那が転がり寝入った。一応恩返しとしてファンヒーターの前を旦那に譲り、息子と隣室(と言っても襖を開けてるから続き間だけど)のホットカーペットの上で、転がり転がし下敷きにされ持ち上げ飛び込まれくすぐり蹴られと、スキンシップを図る。困ったのは、たれぱんだのイラストの一つ「たかいたか〜い!」を真似してくれ、と言われたこと。腹筋と背筋を酷使して、腹もしくは尻で息子をはね上げるのだが、息子は現在体重15kg。さすがに宙には浮かないが、上下に揺さぶられて息子は一応満足したらしい。その後も私とプロレス紛いのスキンシップを図り、息子が頭をぶつけたりしたが、平然として笑っていた。どうやら、かなり石頭らしい。だが、私の腹筋や背筋は(他の筋肉もだけど)鍛えてないので、ようやく満足してくれた時には、ちょっと自分の喉や口の奥に異臭を感じた。とりあえず、嘔吐には至らなかったので、善しとする。
 2月12日 2日目:不整脈…
 今朝は何とか9時には起きた。それでも午前中は「役立たず」。午後になって、ようやく実弟の家族が実弟以外、嫁さんの実家へ行っていることに気づく。と同時に、息子が実家に入り浸っていることにも気づき、実父のご機嫌窺いに行った。幸い、姪っ子がいない分だけは楽らしく、「可もなく不可もなく」レベルだった。急いで息子の相手をしてくれている実母のところへ行ったら、「微熱があるし、咳が酷い時もあるから、病院に連れて行ったほうが良さそう」と言われ、息子自身も「病院へ行く」と言い出した。かかりつけの病院へ電話したら、当直医が眼科医だと言う。それでは風邪薬を処方してもらえない可能性が高いので、地域救急当番病院を教えてもらったら、私が精神科と内分泌科で世話になっている病院だったので、早速電話して車を出した。時間外待ち合いには、ずらりと親子連れが並んでいて、どの子供も冷えピタを額に貼り、厚着のままぐったりしていた。多分、息子が一番軽症だろう。その証拠に、休日担当内科医が迷惑そうな顔で「どうしよっかなぁ」とか「何でお困りで来られたんですか」とか言われた。市立の総合病院だが、私も息子も隣市の住民だから病院の運営費に協力はしていないことになるだろうし、息子の症状も軽いから他の患者さんにとって迷惑かもしれない。だが、私は知っている。その病院のモットーとして、どの科にも、「患者さんやご家族に安心していただける医療を心がけます」という額が掲げられていることを。「とにかく咳止めを2日分出しますから、月曜日に小児科へかかってください」と言われたが、「はい、解りました(月曜日にいつもの病院へ行きます)」と答えておいた。夕方、旦那が買い物に行った時に見つけて買って来てくれたカバヤの「密教曼陀羅」(仏像の小型人形とチョコレートが入っているお菓子)を開け、ストレス解消に食べまくった。箱買いの10個全部が違う仏像ではなかったが、守護仏の大日如来の通常彩色タイプと極彩色タイプがあったし、阿修羅や愛染明王や孔雀明王が入っていて、ほくほく。今日だけで何度も不整脈、しかも早くなるほうではなく、止まりかけるほうのが出ていた。これは心身が「心臓を止めてでも休みたい」と訴えている証拠だと思う。けれど、安定剤で誤魔化し、仏像で誤魔化し、何とか持ちこたえた。今頃、実弟の嫁さんの実家では、私やこちらの実家に対する愚痴や文句を肴に、食事でもしていることだろう。そうして疎ましく思われていることで、心停止を免れているかもしれないと考えると、皮肉な気もする。とにかく、今日も死ななかった。
 2月11日 初日:起きられない…
 目覚ましがいつものようになって7時に起きるも、隣室のファンヒーターのスイッチをつけ、襖を開け放って、部屋が暖まるまで二度寝を決め込む。が、旦那が起きてきて襖を閉めてしまったために、部屋は暖まらず、布団の中で熟睡モードに。ようやく起きられたのは、午前10時頃。旦那と息子が散歩に出かけると言ったので見送り、朝食を摂り、小休止してから食器を洗う。洗い終わった途端、「3連休の初日」ということを思い出し、ゲッソリ…。せめて一人の時だけでも現実逃避をと思ったら、また眠ってしまった。半ば夢うつつ状態で、庭のほうから旦那と実母と息子の声がしたような気がしたが、起きられず。やっと目を覚ましたのは、午後1時過ぎ。昼食として用意されていたラーメンは伸び切っていた上に、生卵が落としてあり、嘔吐してもんどり打った先日のことを思い出した。だが、食べないわけにもいかず、生卵以外を食べておいた。息子は実家に押しかけたままだったので、実父母の顔色を窺いに行ったら、姪っ子もいて、実父はムッスリ、実母は二人に振り回されながら掃除をしていた。連れて帰ろうとしたが、息子が姪っ子も一緒にと主張したので、やむなく実母の美容院で妥協。「予約のお客さんが来る前に掃除の続きをしておきたいから、ちょっと見ていて」と実母に言われ、息子と姪っ子を見張る。二人とも、実母がいなくなった途端、怪獣に変身し、スリッパを全部出してきて放り投げるわ、レジの不調時に使う棒を探し当てて振り回すわ、ファンヒーターのスイッチを連打するわと、さんざん暴れた。しかも、「やっちゃダメ!」と言えば言うほど暴れるし、お客さんが来て実母も駆けつけても、しらばっくれて暴れ続け、挙げ句、不機嫌なまま横になっていた実父のところへ行くと息子が言い出し、スリッパの片方を腕に通し、気に入りのミニカーを両手に持って、店の玄関から脱走。姪っ子は箒と塵取に夢中だったので、息子を追う。すると、既に実父を叩き起こし、スリッパの片方とミニカーを持たせて2階へ。追いかけて行ったら、「ママはダメ!」と追い出された。不愉快だったので帰宅したら、旦那はテレビをつけたまま、ファンヒーターの前でゴロ寝を決め込んでいた。そして、もうすぐ3時という現在、私はこうして日記を書いている。今のところ、腹痛も吐き気も無い。だが、無事に「今日」が終わっても、「明日」も「明後日」もあるのだ。旦那はどちらかの日に何らかの理由を作って外出するだろうし、姪っ子は実弟が在宅でない限り実家に居続けるだろうし、実父の苛立ちは募るばかりで実母や息子や姪っ子に怒鳴り散らし始めるだろうし、実母はそのストレスを私に対して愚痴って聞かせるだろう。それは「明明後日」かもしれない。だが、唯一解っていて、しかも非常に不愉快なのは、「私が愚痴る相手は一人もいなくて、ストレスでイライラしても、『おまえのために周囲がどれだけ気を遣っているか解らんのか!』と怒鳴られるだけ」という事実だ。私がどんなに頑張っても、それは他の誰にとっても「できて当たり前」でしかなく、決して認められる努力ではない。だから、私はどんなに苦しくても、辛くても、休んではいけない。子供から目を離してはいけない。愚痴を言ってはいけない。泣いたり怒ったりして感情を晒してはいけない。それが実父母から言外に命じられた掟なのだ。それすらもストレスになっているのに、揺らぐことのない掟なのだ。そして、また、私は実父の快楽神経を刺激するために「哀れな人非人」として演じることを強要され、それに甘んじなければならない。そうしなければ、生きることすら認めてもらえないし、息子にまで八つ当たりされてしまう。ああ、こんな文章しか書けないなんて、道理で眠気が抜けないはずだ…。
 2月10日 ……えっ……?
 「今日と明日はのんびりできるんだなぁ…」とほんわか気分で思っていただけに、実母に「明日は旗日よ?」と言われてカレンダーを見た瞬間、ほんわか状態からこの世の終わり状態に気持ちが滅入った。明日から3日間、息子が家にいるのか。もしかしたら、旦那も3日間ずっといるのか。…(想像中)…。そんなの嫌だぁっ(号泣)! せめてもう一日だけで良いから、のんびり過ごせる時間が欲しいよぉっ(マジ泣き)! そんな私にトドメを打ったのは、姪っ子の「ママだ。ママのおうちであそぶ〜!」だった…。多分、今日も吐く。明日も明後日も明明後日も、きっと食べては吐き、「吐くのなら食うな」的な台詞を旦那に言われ、さらに打ちのめされた気分になって、動けなくなるのだろう。ああ、もう嫌だ…(涙々)。
 2月9日 ……また吐いた……
 今日は保育士会の日だったので、息子は半日で帰宅した。迎えに行く際、通り道にある実弟の家のエアコンの室外機の音がしたので、嫌な予感はしていた。何とか息子を真っ直ぐ帰宅させることに成功したが、到着を見計らったようなタイミングで、姪っ子が実母と一緒に実弟宅から出てきた。正直、下の欄を見れば分かるように、今週の私は既に理性をブチ切っていて、人を演じることだけで精一杯なのだ。それなのに、息子は半日で帰ってくるし、姪っ子も出てくるし、「今日も気疲れかよ…」とガックリ。それでも我が家と実家とで一番暇なのは、私だ。「面倒見なくちゃ…」と思ったら、例の異物感が始まった。しかも、脈は乱れるし、呼吸が浅くなるし、体が警報を出し始めた。それでも面倒を見ないと、いつぞやのように実父に「どうしてちゃんと見とらんのだ!!!」と激昂されるため、気力だけで何とかしようと思った。が、その気力も底をつき、自宅玄関に座り込み、そこから庭で遊ぶ息子と姪っ子を見るしかできなかった。ちょうど実母も店が暇で一緒に遊んでいるようだったので、「ま、いいか」と気を抜いたのがいけなかった。ちょっとウトウトしてしまい、焦って目を覚ましたら、喉が焼けついたように痛くなっていた。慌てて台所へ行き、冷たいお茶を飲んだが、それでも治まらなかった。いや、むしろそれがトドメになったかもしれない。とにかく胃が大きく動いて、トイレまでもたず、洗面所に嘔吐。喉の焼けつきは、胃液によるものだった。そのため、喉が治るまで、うがいしては吐き、うがいしては吐き…。ようやく落ち着いてから実母に話したら、「なぁに? 今度は何に中たったの?」。「って、昼飯はあんたが作っただろうが!」とは何とか言わずに、「ストレスに決まってるじゃん」と言い捨てておいた。何しろ、姪っ子は嫁さんそっくりで、自分の我儘が通らないと手当たり次第に物を「ガラスめがけて」投げつける。嫁さんが留守の時、実弟に用があったのでお邪魔したら、ガラス障子も襖も無傷の物は一つも無かった。喧嘩するたび、子供の目の前であろうと、茶碗や皿を投げまくるらしい。「最初は直そうかと思ったけど、どうせまた屁理屈捏ねて我が侭言って、怒鳴りながら割ったり破ったりするんだろうから、もう馬鹿馬鹿しくて」とは、その時に聞いた実弟の愚痴。「お姉のとこは、うちと比べたらマシだよな」と言われたので、「いーや、障子の紙の部分を離れの鍵を投げつけて2個所破ったし、土壁を3個所蹴りつけて穴を空けたし、息子もコンビカーで突っ込んで襖を破ったぞ」と答えたら、「旦那と喧嘩するの?」と尋ねられ、「喧嘩しようにも平日はいないし、いてもロクに見向きもしないし、実家で愚痴ればボロクソな話を延々と聞かされるし。だからこそだよ」と答え、「ははっ、なるほどね〜」と納得された。「お互い、面倒臭い相手と結婚したよなぁ」という気持ちを共有したのは、実父母にも内緒だ。
 2月8日 長い愚痴で恥ずかしいですが書かずにはいられないんです…
 昨日息子が怪我させた子は、もともと息子と大の仲良し。出かける時には号泣して実父を激怒させ、何とか気持ちを切り替えても俯いてばかりの息子を送っていったら、その子は嬉しそうに出迎えてくれた。傷も見せてもらったが、ほっぺに1cmぐらいの引っ掻き傷だけで、本人もケロッとしていた。それでももう一度謝り、息子にも「ごめんね」と言わせたら、「あそぼ」と言ってくれて、一安心。帰宅後、実父母にそのことを報告したら、「そんなものよね」という実母の言葉を押し退けて、「それでも怪我は怪我だろうが!」と実父が再び激怒。余程私に菓子折りを持って息子を連れていき、相手の子の家の前で土下座させたいらしい。昔から実父はそういう人だ。自分だけが完璧な正義感を持っていると思い込み、他人の価値観を無視して自分の金銭感覚だけで物事を判じ、自分が中心にいない社会や組織が無事に活動するとその内容を確かめもせずに間違っていると文句をつける。その「井の中の蛙」そのものの言動を高校時代に私が「みっともない」と言ってからというもの、とにかく私を土下座させる機会だけを探しているのだ。先月の事故にしたって、相手や私、同乗していた実母や息子に怪我が無かったかと尋ねる前に、「ほら、見ろ、おまえの運転がいかに未熟か、思い知ったか。物損なら賠償金額は数十万、人身なら毎月十数万ぐらいずつかかるんだぞ」と言った男だ。あまりの浅ましさに、私は自殺したくなったぐらいだ。だが、私は単に自殺するだけではいけない、と思い留まった。私だけが死んでも、あの忌々しい男の遺伝子は残っているのだから、息子と実弟一家も皆殺しにしなくてはならない。その上で、実父を殺さねば、気が済まない。胸の内、鳩尾より少し上のあたりに、しこりのような異物感がある。ストレスを溜めると疼きだす、私の体の悲鳴のようなものだ。先週までは一人でいると治まっていたそれが、今週はずっと疼き続けている。そればかりか、今朝の「それでも…!」を聞いた瞬間、しこりに似ていたそれが弾け、体の内側から切り裂かれているような痛みに変わった。それを実母に告げたが、「病院の検査でも異常なしなのに、お母さんに何かできるわけないじゃない」と言われた。きっと今日も、実父母はいつもと同じ言動を繰り返すだろうし、息子は我儘を言いたい放題だろうし、実弟の嫁さんは平気で姪っ子を我が家に送り込んでくるだろうし、旦那も相変わらず残業だか何だか知らないが夜遅くまで帰らないだろう。そして、私は自他への見境の無い殺意を押し殺したまま、泣くに泣けずにキーボードを叩き続けるか、バーチャルペット達に癒しを求めてパソコンの前に座り続けるのだろう。実弟の嫁さんは、実父母や実弟の態度を改めさせようと考えに考えて、「私もお義姉さんみたいに精神科に通ってもいいの!?」という脅迫台詞を捻り出したのだろうが、馬鹿馬鹿しい。精神科に通院し始めたからって、周囲の人間が態度を好感の持てるものに変えるわけじゃない。それどころか、自分が変わって環境に馴染んでいこうとしなくては、反対に白い目で見られたり後ろ指を差されるのが関の山だ。それでも私が通院を止めないのは、生活が楽になるからじゃない。前述のような殺意を押し殺すための薬を処方してもらったり、「仮面鬱」と呼ぶに相応しい異物感を我慢するための心構えをアドバイスしてもらえるからだ。肉親に対する殺意を押し殺しながら生きるのが、どれだけ辛いか…。その辛さを分かち合おうとしない旦那や義父母や義妹に対する実父の恨み言を聞きながら生きていかねばならないことが、どんなに悔しいか…。その辛さも悔しさも、息子にだけは見せまいと努力するだけで、どれだけ心がすり減るか…。毎日家に閉じ籠ってばかりで私と顔を合わせることすらしない嫁さんにだけは、人非人扱いされたくない。精神科の入院病棟のある病院で調理師をしている実弟の、姪っ子を連れ戻しに来る時の「すまんね、疲れさせちゃって」とか「最近どうよ?」という一言が無かったら、もうとっくに私は重犯罪者になっていたに違いない。
 2月7日 今日もまた何度も書き直してたりする
 何だか、気分が低空飛行している。精神科医師に愚痴を聞いてもらって、多少は楽になったはずなのに。息子が保育園で友達の顔を引っ掻いて怪我させたと聞き、謝罪の電話をかけた。それを実父母にポロッと言ったら、いきなり「菓子折りを持って謝りに行け」と実父が騒ぎ立て、その必要が無いことを何とか伝えたら、今度は「おまえの旦那は謝ることを知らないからダメだ」などの無責任な暴言を繰り返し聞かされた。だったら自分で本人にそう言えよ、と思いながら息子に明日もう一度謝るよう説得した。それだけでも疲れたのに、また姪っ子がやって来て、実家だけでなくウチにまで押しかけ、電動自動車で暴走したり、積み木を積めと騒いだり。何とか面倒を見ていたら、実弟が「すまん」と言って迎えに来た。嫁さんは絶対に来ない。単に嫌われているだけじゃないと知っているから、別にかまわないのだけれど、偶然ばったり出くわした時ぐらいは会釈だけでもしてほしいものだ。完全に無視するのではなく、「穢らわしいものを見ちゃったよ…」みたいな顔をするんだもんなぁ。実母に向かって電話で「お義姉さんみたいに精神科に通うようになってもいいのか!?」と恐喝的に言うし。そこまで毛嫌いしている奴に、子供を預けるなっつーの。まったく…。
 2月6日 多分もう限界…
 疲れた。とにかく、疲れた。←この文字を入力してから、もう1時間半経過している。その間、続きの文章を何度も書いては消した。全部、愚痴。今も、ちょっと気を抜くと、愚痴を書いてしまう。それぐらい、心が疲れているということか。こういう時は、懐かしめる昔を思い出してみよう。例えば、初めて雇ってもらった写植会社の女部長さんのこと。まだ20歳で写植のことを何も知らなかった私を、面接時に不在だった社長の了解を取りもせずに拾ってくれた。ふくよかで逞しそうな容姿そのままに、いや、それ以上に豪快で、仕事に対して真っ直ぐ打ち込むことを教えてくれたばかりか、毎月数千円で食生活を送っていた私に焼き肉やら寿司やらたらふく奢ってくれた。「初めて見た時、すぐに『あ、世間知らずな子だわ』って思って、ウチで雇わなかったらどうなるか心配だったのよ。思ったとおり、スレてなくて、素直だとは思ったけれど、反面、神経が細そうで、入社後も心配だったわ。でも、だんだん逞しくなってくれて、嬉しかったのよ」と、私が退職する時、言ってくれた。もしも今、再会できるとしたら、「部長のおかげで、私、どこの写植屋に行っても、相応に重宝がられることができました。反面、結婚や出産のために仕事を辞めたら、培ってきた自信が崩れちゃって、心配していただいたとおり、精神科に通院しています。完治は難しい病気らしいですが、部長のような大らかさのある母親になれるよう、少しずつ頑張ってます」と伝えたい。
 2月5日 他人事とは思えない…
 以前、名古屋の写植屋で働いていた頃、自転車で迷子になる遊びを休日にしていた。そして、偶然、陸上自衛隊守山駐屯地に辿り着き、あまりにも住宅街に溶け込んでいることに驚いた。市営住宅のような建物が立ち並び、大きい倉庫のような車庫があり、敷地全体を網と有刺鉄線の柵が囲い、車庫の近くの門には「装甲車出入り口につき駐停車禁止」の看板があった。柵と看板が無ければ、単なる住宅地だと思って素通りしたと思う。門から真っ直ぐ突き進むと、春日井の陸上自衛隊演習場に辿り着く。それは後日、地図を見て知った。その時、ようやく「やっぱり自衛隊の駐屯地なんだな」と実感した。それぐらい、そこは静かで、生活感が漂っていた。その守山駐屯地の隊員諸氏が、小牧基地からイラクへと飛び立った。小牧基地の隣には名古屋空港があり、昨年の隠岐への旅行と今年の東北への旅行の際、私も利用した。飛行機の窓から見たら、基地と空港の間には柵が無く、非常時には互いに協力できるようになっていた。事実、中華航空機の事故の際、空港だけでなく基地からも消防車やレスキュー隊が駆けつけ、共に救助に当たったことがあった。高校時代の同級生の一人が防衛大学校に進学し、そのまま士官候補生となって自衛隊に入隊した。「絶対に墜落しない飛行機は無いし、絶対に沈まない船も無ければ、絶対に人を傷つけない武器も無い。でも、絶対に日本が危険に晒されない保障もないから、仕方なく武器を持ち、管理している」と話してくれたのが忘れられない。彼は、「あくまでも自分の家族も暮らす日本を守りたいから入隊したのであって、できれば警戒レベルが高まる事態になんか陥らないでほしい」とも言っていた。「それでも上官に命令されたら、災害現場であろうと前線であろうと、行かなくちゃいけない」のが現実だ。イラクへ派遣された隊員達は皆、同じような気持ちで居並んだのではなかろうか。ましてや、小牧から飛び立った第5次派遣隊は、中越地方の状況を知っている。イラクへ派遣されるより、中越で屋根の除雪作業をしたり、救援物資の運搬を手伝いたいぐらいだったのではないだろうか。「自衛隊に入ると、最初の年は必ず北海道に配属されるんだ。それで、札幌や他の街の雪祭りの雪像造りに従事しなくちゃいけない。そうやって、心身を鍛えると同時に、地域の人達や観光に来た人達に喜んでもらって、自衛隊が『軍』ではなく、国民のために働く機関だって自覚したり理解してもらったりするんだよ」そんな裏話を聞かせてくれた彼は、今頃、階級章をつけているはず。イラクがいくら困っているとしても、まずは国内、特に中越地方の救援活動こそ下官に命じたいはずだ。それなのに、総理大臣という上官の面子を保つためだけに、国民の血税から費用を捻出し、割に合わない作業内容の任務を命じなければならないだなんて、きっと悔しくて堪らないだろう。願わくば、小泉純一郎がもうこれ以上我儘を言いませんように…。
 2月4日 本当は「大好き」なんだよね
 今日は賑やかな夜だった。息子が珍しく道草遊びをほとんどせず、遠回りだけして帰宅したと思ったら、夕方から姪っ子(実弟の長女)が実家へ来た(ちなみに私と息子も転がり込んでいる)。嫁さんはまだ1歳にならない甥っ子だけで手一杯だし、姪っ子は覚えた言葉の中でも「ばか」を使いたがる真っ盛り。一年前の私のように、姪っ子に「どうせママなんか大嫌いなんでしょ!」と、つい言ってしまって、後悔したり、姪っ子を心配したり、実弟が非協力的に思えて恨みがましく思ったりしながら、ハイハイや立っちを覚えて冒険したがる甥っ子に追われるように面倒を見ているのだろうと思う。姪っ子は、実家で息子と競争するように巻き鮨を食べ、一旦帰宅したものの、今度は我が家へ息子と遊ぶべくやって来た。息子が姪っ子の玩具を珍しく思っているのと同様に、姪っ子は息子の持っている玩具のすべてが珍しくて、「かして?」「こんどはそっち」と遊び回っていた。幸い、実母が一緒に来てくれていたので、二人とも喜んで遊びまくっていた。そんな賑やかな中、姪っ子が私に「ママ、それとって」と言った。嫁さんの実家の家族は、両親と弟だけ。だから、「おばあちゃん」は知っているけど、「おばちゃん」という言葉はまだ知らないのだろう。でも、何回か「ママ」と呼ばれているうちに、気がついた。私のことを「ママ」と言ってから、姪っ子は「あ、まちがえた」という顔をしていた。「本当はママのことが大好きなんだよね」と言ったら、照れ臭そうに小さくうなづいてから、「○○ちゃん(姪っ子自身の名前)、ばかだもん」と呟いた。息子にも、「おじいちゃん、好き? おばあちゃんのことは? パパは?」と順番に聞いてみたら、同じように俯いて、「すき」とか「だいすき」と答えていた。「すき」な人だから、叱られると哀しくて、でもどうしたら良いのか知らないから、つい「ばか」とか「だいきらい」とか言ってしまって、また哀しくなるのだろう。1年以上精神科に通院して心理学なども勉強している医師と話をしたり、保育園の先生方にアドバイスを受けたりしたから、今の私は何とか息子の「ばか」にツッコミを入れることができるようになってきた。安定剤や昼間の穏やかな時間が無かったら、一年前の私のまま、息子にさらに辛い思いをさせていたかもしれない。実父や嫁さんには無意識のうちに「人非人」扱いされてるし、旦那は家族に対して冷淡だし、相変わらず辛い。でも、友人や運営サイトの常連様方、医師や先生など、肉親以外には恵まれていると実感。少し、「幸せ」を思い出した。今度はそれを、実弟や姪っ子を通して嫁さんに分けてあげられたら良いのに、と思う。敬遠されてるから、難しいけどねぇ…。
 2月3日 昨日の更新後から今朝までのこと
 結局、昨日は何も口にできなかった。「練り飴ならブドウ糖の塊みたいなものだし、点滴を受けたつもりで舐めてみるか」と思ったが、結局、嘔吐。お茶も水も受け付けず、一日中ぐったり…。それでも何とか息子の送迎だけはして、溶けかけた雪を踏んだりしながら帰ってきた。夜になってポカリスェットを怖々と飲んだら、何とか吐かずに済んだので、安定剤と睡眠薬はポカリで服用。その頃帰宅した旦那に、「今日、お腹壊したりしなかった?」と尋ねたら、「全然平気」とだけ返事があった。どうしてそういうことを尋ねるのかとか、もしかしたら私は食あたりを起こしたのかとか、そうした気遣いは一切無し。なので、「おやすみなさい」も言わずに就寝。「一晩寝ても復調しなかったら、病院だな…」と思った。で、今日。実母に起こされ、朝食を摂る。旦那の物らしい味付け海苔を2袋拝借し、1つは息子に、もう1つは自分にと分け、ご飯と味噌汁だけを食べた。おかずもあったが、コテコテでギトギトの茶色い物体と化した、多分、肉。かなり前に、私が失敗したほうれん草の卵とじ(ほうれん草が煮えすぎて崩壊し、煎り卵が緑色に染まったようなもの)を見て、旦那は「見るからに毒々しくて、人間の食べる物じゃないだろうが」と言った。それを思い出した。茶色い物体は、表面を油で白く覆われ、レンジでチンしても柔らかくならず、肉と思しき部分もゴテゴテになって、味噌らしきタレに埋もれていた。まるで、缶詰めに入っている犬の餌のようだった。結局、それは文字通り突いただけで、食べず。ヨーグルトの器を捨てようとゴミ箱の蓋を開けたら、その「犬の餌」が入っていたらしい厚手のビニール袋を発見。先月、旦那がネットでまとめ買いした冷凍食品の袋の一つだった。そう言えば旦那は、生ゴミ餃子が話題になっていた頃、「安かったから」という理由で、ネット販売会社から餃子や春巻きの冷凍されたものを購入した人だ。今回の食品も、「安かったから」と言って買った、食品会社の福袋だったはず。こうしたまとめ売りの品には、それぞれの袋に材料の詳細や販売元の表記は無い。送る時に使う外箱か、同封の紙に書かれているだけだ。「毎日、得体の知れない物を食べさせられている」と思ったら、また気持ちが悪くなりそうになった。明日は金曜日。きっとまた魚だろう…。
 2月2日 その2:嬉しいこと「また来るね」
 息子は保育園の帰り道、わざと遠回りして道草をしまくって帰る。途中、何軒も犬を飼っているお宅があり、吠えられたら「ここの犬は元気がいいね」「げんきいいね」、ちょっと警戒されながらも吠えない犬には「待っててくれたみたいだね」「こんにちわ、またくるね」と挨拶回りをしながら家へ向かう。保育園に通っているおかげで、子供同士の付き合い方だけでなく、動物や植物にも優しくしようとし始めている。「またくるね」の相手の犬は、ハスキー犬。息子が通りかかると立ち上がり、板塀の隙間から顔を出して待っていてくれる。息子の挨拶を聞くと、尻尾が揺れる。「ここのわんわん、おめめやさしいね」感受性も豊かに育ってくれて、嬉しい。
 2月2日 その1:嫌なこと「……吐いた……」
 雪が積もった。当地では15〜20cm。雪国ではないだけに、たくさん積もった気分。そんな屋外を歩いて息子を送っていったから体が冷えたせいもあるだろうが、食後すぐから既に気持ち悪くて仕方がなかった。特に、おかずの目玉焼きは、見ただけで気分が悪くなった。旦那の嫌みなのか手抜きなのか知らないが、毎週可燃ゴミの日(火曜日と金曜日)はサンマか子持ちシシャモを焼いたもの、それ以外の日は目玉焼きか冷凍食品群の中の何か(主に餃子や春巻きなどの中華かコロッケ)と決まっている。先月下旬からは、ほぼ一日置きに目玉焼きが続いていたおかげで、とうとう「見るのも嫌」状態に。安定剤などを服用したから吐き気がしても安静にして治したかったのだが、そういう時に限って実母が姪っ子(実弟の長女、現在2歳)を連れてきて、「遊んでもらいなさい」。「あのぉ、朝から気分が悪いって言ったはずですけど、覚えてますぅ?」な心境に。その心境がストレスに変換され、もう我慢できずにトイレに駆け込んで吐いた。食後3時間以上経っていたが、ご飯はご飯のまま、味噌汁は味噌汁のまま、目玉焼きはお茶と混ざって、といった具合に、完全に未消化。胃腸薬は何が良いか相談しようと考えながらトイレから出てきたら、実母は姪っ子を連れてとっくにいなくなっていた。そして、数分後、「お昼ご飯食べにおいで」。……勘弁してくれ……。
 2月1日 その2:嬉しいこと
 靴下もコートも嫌いな息子が、最近、「ママとおそろい〜♪」と言って、コートを着てくれるようになった。「お揃いだね」「うん、おそろい♪」たったこれだけの会話が嬉しくて、生きていて良かったと思った。
 2月1日 その1:嫌なこと「鬱病をナメんじゃねーぞ、こんちくしょーっ!」
 朝、寝坊する。目覚まし時計の電池が切れていた。起こされて、慌てて登園支度をする。そんな頃、実家へ実弟の嫁さんの実家から電話があり、嫁さんの不平不満について実母は聞かされたらしい。実母が溜息混じりに、「私らはあんたばっかり庇って自分(嫁さん)には少しも良くしてくれないとか、こんなことなら自分(嫁さん)も毎週(精神科に)通院したいと、自宅では息子(実弟)に、実家では自分の家族に言いまくってるみたいだわ」とぼやいた。そういう電話があると、実父は急速に不機嫌になり、「俺のほうが先にキチガイになるわ!」と怒鳴る。精神科に通院する私には、二人の発言は非常に不愉快だ。嫁さんは自分は鬱病だと主張するが、毎日実弟と喧嘩するほど元気だし、鬱病と診断されることを恥だと考え、両家の実家に対して「家の恥を晒したくなければ自分にもっと楽をさせろ」と脅迫紛いの電話をかけまくる気力に満ちている。第一、「お義姉さんは鬱病だから楽している」などと実弟や両家の実家に言いまくっているらしいのが、めちゃくちゃ不愉快だ。実父の発言に至っては、説明するまでもない。鬱病患者を「キチガイ」と表現するなんて、もってのほかだ。自分と精神科の患者の間に大きな溝を造り、忌まわしいものとして隔離したいという潜在願望が見えてくる。確かに、私は最低限しか家事をしないし、実家に甘えた暮らしをしているが、常に自分が他人に迷惑をかけていると理解し、できることなら死んでしまいたいという気持ちを抱え続け、万事に対して喜怒哀楽を含めた感動を覚えず、満足感や達成感も感じないし、空腹も満腹も熟睡感もなくなり、性欲に至っては自分の遺伝子を残すことになりかねないと考えて嫌悪感すら覚えている。近所のスーパーに出かける時ですら、他人の目が怖い。息子の保育園への送迎のために余分に安定剤を服用したり、「大丈夫、大丈夫、大丈夫…」と呪文のように自分に言い聞かせたりしている。何より、実父に人間扱いされていないことや、義妹に見下されていることを、こうして改めて痛感させられて、息子と一緒に死んでしまおうかという抑圧してきた気持ちがまた浮上してくる。こうした胸中を、嫁さんも実父も、慮ってくれたことは一度も無い。嫁さんは、穢らわしいものを見るように白眼視し、挨拶もろくに交わしてくれない。実父は、「俺が全面的に原因なんだろうが」と怒鳴るように言いながら、それでいて私を育児ノイローゼだと決めつけて訂正しない。それどころか、親しい人に「うちの娘は育児ノイローゼで、精神科には通院しているし、息子の面倒もろくに見ることができなくて…云々」と私の目の前で吹聴し、いかに自分が私のために苦労を背負っているかのアピールに使っているぐらいだ。二人とも、私をダシにして自分が悲劇の主人公になりたいだけだとしか、私には思えない…。

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