ものぐさ日記

春が近づいているはずですが当地はまだまだ寒さが勝っています
歳のせいか息子からもらった風邪も長引きそうです
こういう時には薬師如来を拝んでみようかとにわか信者になりそうです

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 3月31日 安らかな心境には程遠い
 昨日までの5日間で、かなり消耗したらしい。寝覚めも悪ければ、気分も悪い。そこへもってきて、スーパーで息子が調子に乗ってガチャガチャをしたがるわ、500円以上もするお菓子つき玩具を強引に購入させるわ、カートでわざと私の背中に突進してぶつけるわと、ひたすら聞き分けの無いクソガキになっていた。当然、私のほうもブチ切れて、何度目かのカートの突進を、先んじて足で制して息子に顔面からカートに突っ込ませた。「いたい〜! おばあちゃん、ママがいじわるする〜!」と号泣するのも放置した。実母には「あんたの実の子供でしょうが」と説教されたが、それがまた息子をいい気にさせて、「じいちゃんとばあちゃんにいってやるもんね!」ときた。殺してやろうかと思った、マジで。おかげで、今日は頓服を1時間置きに服用中。それがどんなに辛くて惨めなのか、実父母も息子も知らない。なぜなら、全員、私が好き好んで息子をいたぶっていると思っているからだ。担当医には「ちゃんと話して理解してもらうべきです」と言われたが、途中で話の腰を折られるのが関の山。そんなことで気力を使うぐらいなら、首を吊ったほうがマシだと思う。
 3月30日 泣き真似だけでも息子が泣くんだもの
 久し振りに精神科へ。カウンセラー女史には結構打ち明けていたけれど、担当医師にはほとんど話していなかった「我が家の実態」に踏み込んだ話をしてきた。旦那がいる週末に限って心身の疲労が激しくなることや、数日前にはイチゴ狩りへ行っておきながら気落ちした雰囲気で今日の診察が始まった理由を、ようやく医師も理解してくれたようだ。日頃、見ないように、考えないように、と努力していることを振り返って話したおかげで、診察後も気持ちが軽くなることなく、帰宅したらしたで「多少は楽になった?」と尋ねる実母に「うん」も「そうでもない」も言えなかった。今も、涙が出てくる。実家でも、旦那の前でも、私は泣けない。息子の前でなど、論外だ。どんなに辛くても、無理やりにでも笑っていないと、蟠りすぎてドロドロに溶解してしまった気持ちを全部吐露しなくてはならなくなるからだ。誰だって、懸命に生きている。実父母も、旦那も、息子も、懸命なはずだ。それなのに、私には嫌悪感しか抱けなかったり、殺してやりたいほど憎んでいるなどと、全部吐き出してしまったら、「おまえがそこまで言うなら、こっちだって言わせてもらうぞ!」と逆ギレされ、私の自殺願望を自殺意欲に変えさせられることになるからだ。我慢し、自我を黙殺し、時には薬に頼って過ごす日々が、早くも2年目に突入している。昨年の今頃だっただろうか、「なるべく頓服を使わずに頑張ろうと思ってるんですが…」と話した私に、医師は「強い人ですね。でも、薬を服用することは悪いことではありませんから、我慢しすぎないように気をつけて」と言ってくれた。それから試行錯誤して私に合った薬を処方し続けてくださっているが、いつも診察待ちをしている時、思う。「私はそんなに強くない。薬に頼っていると実父に狂人扱いされるし、薬の効果で眠くなると実母や旦那に嫌みを言われるし、息子の前で何度も薬を服用するのを見せたくないだけだから、本当は全然弱い人間です」と。今日も同じことを思いながら、診察室を後にした。隣の診察室は、もう何ヶ月も使われていない。そこでのみどす黒い気持ちまで吐き出し、辛うじて人間らしく泣けたのに。そうした気持ちを受け止めてくれていたカウンセラー女史の存在の大きさを、痛感せずにはいられなかった…。
 3月29日 それでも一家の主かよ
 息子が黙って家を出て、私の実家へ上がり込む。それを黙って見送って、開いたままのガラス障子を閉め直し、また寝転がってテレビを見ながら笑う。「あれ? いない…」と私が言うと、「うん、さっき出てったから」。息子が実家以外へ行くことを考慮していないし、実家が留守かもしれないことなど、それ以上に想像していない。その証拠に、今日のプチ家出3回のうち、1回は実父母が外に出ていて、息子が上がり込んだことに気づいていなかった。誰もいないと思った息子は、自宅へ戻らず、実家の2階で独り、絵本を読んでいた。実父母がいない家よりも、旦那がいる自宅のほうが、「いたくない場所」ということだ。ちなみに、今日は日中、私は久し振りに具合が肉体的に悪くなり、眠いしだるいし何もできなかった。それが気に入らなかったらしく、旦那は私の言動を無視。何を言っても何も答えず、何をしようと知らん顔。息子でなくても家出したくなるというものだ。
 3月28日 そんなの初耳だぞ
 今日は卒園式で、今年度最後の通園日だった。昼食後帰宅だったので、午後からは昨年申し込みを忘れていた三種混合i期追加の予防接種に行くことにしておいた。この一年ぐらい、息子は風邪で診察を受けて薬をもらう程度で、入院やら点滴やらとは無縁だった。おかげで、病院は大好きで、担当小児科医は大好きなおじさんだった。だから、問診までは良かった。が、右腕だけ服を脱がされ、「すぐに終わるよ〜」と言われた段階で変だと思い、その途端勢い良く注射されてしまって、号泣。いつまでも泣き続けたのは、注射が痛かったこと以上に、いつも優しく診察してくれた大好きなおじさんに裏切られたことが哀しかったためらしい。車に乗っても、家に帰っても、思い出し泣きしていた。ようやく機嫌が直った頃、突然旦那が帰宅。何事かと思って訊いたら、「うちの会社、年に一回、3連休を作るから」と、よく解らない返事が来た。旦那は今の会社にもう何年も通勤しているが、今までそんな話は聞かなかったし、実際に何日も休んだことなど覚えが無い。第一、今日から水曜日まで休みなら、今日は早朝からどこへ行っていたというのやら。それに、今日から水曜日が休みなら、3連休ではなく4連休と言うべきだろうに。何か、めちゃくちゃ腹が立った。旦那はいつが休みか教えてもくれないし、給料明細を見せてくれたこともない。毎日が行き当たりばったりで、私は振り回されてばかりで、めちゃくちゃ嫌。前もって休日を尋ねようものなら、怪訝そうな顔で「どうして訊くの?」だ。「企業秘密だから言えない」という理由で休日を教えてもらえなかったこともある。しかも、連休だからと言って私や息子をどこかに連れて行くなんてこともなく、ただのんべんだらりとテレビを見ているだけ。うたた寝している時ですらテレビを消すと、途端に不機嫌そうに起きてつけ直す。あ、そうそう、今週は私は精神科へ通院せねばならないのだが、担当医の都合で水曜日に変更されているのだ。旦那はそれを知らない。いつもと同じ月曜日の午前中と思っているはずだ。だとすると、今日、朝から昼まで仕事に見せかけて出かけた理由が見えてくる。自分一人で息子の面倒を見るのが嫌なのだ。さて、水曜日はどうすることやら。とりあえず、息子が殺されないことを祈る…。
 3月27日 今から滅入ってる…
 今日は旦那も在宅で、「いつもの日曜日」。息子は私よりも実父母のほうが好きで、実家へプチ家出を繰り返す。気分が悪くて私がすぐに行かないと、実父の機嫌が悪くなり、息子に八つ当たりする。実母は相変わらず「笑っているけど内心では怒っている」表情で、私が疲れてくるとすぐに「あんた、ありがたいと思ってる? 別にありがたがられること、してないけど」と言う。言わなくても、態度に出す。旦那は断じて私の実家には踏み込まないし、結局、4人の間でうまく立ち回れない私が「一番悪い」と決めつけられ、無視されるわ、文句を言われるわ、辛くても愚痴も聞いてもらえないわ、「心配してる」という甘言に騙されて愚痴れば延々と説教されるわで、ボロボロ。本人達は「そんなことを言っていない」とか「そんなことはしていない」と言うが、全員、一度は私にそういう言動をしたのは事実だ。そして、私は似たような状況になるたびに、それらがフラッシュバックして、気分が悪くなるのだ。それを実母は「勝手に想像して気分を悪くされても、想像するあんたが悪いだけで、私にはどうしようもないじゃない」と、平然と言ってのけた。私がほしいのは、そんな言葉ではない。八つ当たりや無視や嫌みを言ったことを素直に認め、心の底から私に対して謝ってほしいのだ。それをしないくせに、私にばかり「ごめんなさい」「すみません」「反省してます」を言わせるのは、「あんたが病気じゃなかったら、あんたの息子の面倒を見ることもなかったのに」だからだ。そうやって私に罪悪感を幾つも深々と突き刺しておきながら、どうして連中は平然としていられるんだろう? もしかして、私よりも気が狂ってるんじゃないのか…? ともあれ、この状況が来月の上旬まで続くのだ。その間に、私はどれだけ自分を許してあげられるだろう? どれだけ自分を責め続けることだろう? 考えるだけで、もう嫌になる。明日にでも死のうかと、ふと気づいたら漠然と考えていた。まったく、嫌になる…。
 3月26日 春に開設して夏に閉鎖されることもある
 一時期(今でもだけど)、同盟やウェブリングに参加する気持ちに任せ、結構な数の同盟バナーが並ぶことになった。リングにしてもそうだけど、リンク切れがあるか時々確認している。特に同盟は、気楽に設営できる分、潰してしまうのも簡単だから。それに、Yahoo!ジオシティーズのシステムが変更になることで、幾つもの同盟がURLを変更しているはずだし、そろそろ確認しなくてはと思い立ったし。そうしたら、驚いた。ジオシティーズに限らず、サーバそのものが無くなってしまったり既に移転してしまった同盟が多いこと、多いこと。バナー収集に近い行動しかしていない身だが、一応「こういう主義の同盟もあります」と紹介しているつもりでミニバナーを並べているから、リンク切れとか解散とかしていたら、リンク先を変更したりバナーを外さねばと思う。かなり勿体無いとは思うけど、仕方がない。リンクページの情報も正確にしなくちゃな、とも思う。何しろ、春だ。そろそろ受験も終わるし、生活環境が大きく変わる人々が最も増える季節だ。きっといきなり消失していた同盟もあるに違いない。反対に、心魅かれる同盟もできるかもしれない。これもまた、一期一会。別れの寂しさや出会いの喜びをこっそり体験しておこう。
 3月25日 遊牧民やキャラバンには国境は不要だ
 キルギスで内乱が勃発しかけているらしい。至極、残念。旧ソ連の南部の国々は、シルクロードで結ばれた商業国家が多い。私にとってシルクロードは、いつか自力で横断したい夢の道。それだけに、内乱などによる国家の不安定や、猛烈な寒波で羊が大量に死んでしまったニュースを聞くたび、心が痛む。ウイグルは中国西部に自治区を築いているが、多くの民族を抱え込み、政治が相当大変らしい。モンゴルでは羊(財産)を失った人々が食べるものにも苦労したり、ウランバートルには下水道やビルのボイラー室で生活する子供達が多いとか。キルギスやカザフスタンでは、ソ連の解体後、ロシアの管理下から離脱したものの、物資が足りず、武装した人々によるクーデター紛いの内乱が断続的にあるらしい。イランやイラクなどにしても、溯れば遊牧民だったり、流浪して商いをする民だったりする。彼らにとって空も陸も海も、全部「自分の住まう場所」であり、「国境」などという線とは無縁だったはずだ。それを押し付け、それぞれの聖地へ行くこともままならず、頼りにしていた隣人と会うことも難しくなってしまった現在は、さぞ暮らしにくいことだろう。彼らの背後から甘言を耳打ちし、聖地の奪い合いをさせたり、領土を囲うよう指示したり、礫砂漠へと追いやったのは、常に「強大国」だ。もう争わなくてもいいじゃないか、と私は思う。エルサレムは一民族だけのものにせず、宗教観念が違っていても隣人として許し合って生きていけばいいじゃないか。同じシルクロードを行き来した先祖を持つ者同士、国境や差別を無くし、「強大国」を退けてしまえばいいじゃないか。愛・地球博覧会が始まった今日、地球に愛情を注ぐのと同様に、苦しんでいる人々にも親愛の情を持ち、中東地域における「本当の黒幕達」の無責任さを追及すべきだと思ってしまった。その黒幕達はパビリオンを出展しているだろうが、自分達が国境を作って苦しめている人々については言及していないだろう。何か、間違っている。「隣人を愛すべし」と教えられてきたはずの国ほど、「隣人」を苦しめている気がする。
 3月24日 ……眠い……
 昨夜、急遽記念作品を書き、サイトを更新し終えたら、日付が変わっていた。その後、さんざん迷った挙げ句に買ってしまった「あやつり左近」の文庫判を少し読み、育児日記(ノート)を書いて、照明を切ったのが午前1時。その後、なかなか寝つけず、午前2時半ぐらいまでメルマガを読んでいた。読んでいたはずなのに、読み終わったメルマガが少なくて、途中で何度もうとうとしていたことが判明。結局、うとうとしながら時計を見て、それからバタンと寝入ってしまったらしい。ちょっと反省。
 3月23日 実父の不機嫌未だ治らず
 新潟に続いて、九州でも大きな地震があった。日本は大陸プレート3つに乗っかった、地震と火山の巣窟ではあるけれど、「もうすぐ大地震があるぞ」と言われている東海〜和歌山県沖より先に、新潟や九州北部といった比較的噂されていない地域で地震が続いているのが気になる。震源は、太平洋プレートが潜りきった先にあるみたいだし、いずれ太平洋側でもアジアや北方のプレートとの摩擦がピークに達し、大きく跳ね上がったりへし折れたりする予兆ではないだろうか、などと考えてしまう。こう書くと不謹慎だが、昔(中学・高校時代)勉強した地学を思い出し、世界地図でパズルをしたくなる。ちなみに、地震が起きるメカニズムは何となく理解できるが、実父の地雷は未だに、いつ、どこで、どうやって踏んだのか、まるで見当がつかない。
 3月22日 一晩経ったらまるで違う
 朝から実父の機嫌が悪い。原因は、昨日の強行軍の疲れと、先週息子が障子を破いたことらしい。無論、息子から目を離した私のことも気に入らないだろうが、実父にとって私は「狂人」なので、「凶器を持ち出して暴れられたら近所に対して体裁も繕えないから困る」らしく、私に対しては徹底無視を貫いている。私だって疲れが残っているし、朝から露骨に嫌悪感をぶつけられていたので、面白くもなければ甲斐甲斐しく気遣いするつもりもないので、自宅に引き篭もって、息子に敷布団や滑り台の代わりにされながら、こうして日記を書いている。
 3月21日 満足〜♪
 久能山へ日帰りでイチゴ狩りに行く。はっきり言って、かなり無茶。木曽山地の手前から中央道、小牧ジャンクション、東名高速道路を経由して、久能山の手前でバイキング形式の昼食。3歳の息子が落ち着いて食べるはずもなく、実父からは「ちゃんと見とけ」と言われるし、寿司とミニケーキだけ食べたものの味も分からず終い。とにかくメロンを食べながら「いちごは?」と言う息子の一挙手一投足に、胃がキリキリ。出かけ際が忙しくて安定剤を忘れたため、なおさらキリキリ。だが、その直後にイチゴ狩りだったため、規定の20分間、フルにイチゴを食べまくる。大きくて艶のあるのを息子に食べさせ、自分も食べる。久能山の石垣イチゴの最も熟れたものを、温かいハウスの中で、モクモク、モクモク。他の人が「暑い〜!」「もう食べられない〜!」と言ってリタイアするのを尻目に、3段5メートルぐらい食べ進んだ。個数なんて、数えている暇は無い。20分だけとも知らなかったから、結局先頭でハウスに入り、最後に出てきた。ちょっと食べ足りない気がしたので、売店でイチゴ味のソフトクリームを食べる。午前中には、息子の食べ飽きたミカン味のソフトクリームを食べたし、イチゴ狩りの後に寄った土産物屋では、ワサビ味と川根茶味の2段ソフトクリームを食べた。旦那には一口羊羹の詰め合わせと、San-Xキャラ物のビックラ卵(入浴剤)を土産に買う。自分用には、勿論オカリナを探したが見当たらなかったので、童心(笑)に帰って龍の形のキーホルダーを3種類購入。結構美形の龍なので、用途など無いのに「買わねば!」状態になったのだ。その後、往路を反対に辿って帰宅。久し振りに駅前の食堂のカツ丼を食べる。卵が少なめのあんかけカツ丼で、美味。道中、雪化粧した富士山を見たことを思い出したら、連鎖反応的に大粒のとろけそうなイチゴを思い出す始末。本当に美味なものは、どうやら食べ過ぎても食傷気味にならないものらしい、少なくとも私にとっては。蛇足だが、帰宅してからメールチェックした途端、思考回路がフリーズしかけた。「もうカウンタが100回ってるよ…(汗)」「相棒のチェック、鋭いなぁ」「おぉっ、ここまでキレさせていいのか!?」「掲示板の書き込み、ありがたや〜!」「サイト更新しなくちゃ!」などの思いが、瞬時に思い浮かんだからだ。なので、とりあえず、日記を書いた。ソフトクリームの話をしようと旦那に「今日ねぇ」と話しかけたら、「体重が5kg増えたか(嘲笑)」と即座に言われたので、途端に今日の楽しかったことがデリートされ始めたのは公然の秘密とする。
 3月20日 死なせるために飼育中…?
 リヴリーのパルジャニアと散歩に出かけると、「餌を与えないでください」と表記してある島とか、ムシクイ(リヴリーより先に餌を食べてしまう)がいるのに全然世話を受けていないリヴリーに出くわすことがある。極め付けは、「墓石を全部揃えたいので、(リヴリーを)餓死させるために飼育しています。絶対に餌をやらないように」と書いてある島があった。リヴリーは、ハーボットと違い、完全に電脳ペットだと思う。だからこそ、最低限、餌をあげたり散歩させたり糞(doodoo)の片づけをしなくてはと、ものぐさな私ですら思う。散歩中、餓死寸前のリヴリーを見ると、見捨てられずに餌をあげることにしている。ムシクイがいる島では、それすらもできずに、合掌するしかない。リヴリーに対する概念や価値観の違いだと言われれば、墓石を揃えるための生贄的な飼育や、好みのサイズや色にするためのムシクイの設置も、立派な「飼育方針」と言えるかもしれない。けれど、私にはどうもそれらを受け入れることはできないようだ。また今日も、パルジャニアが疲れ果てるまで島々を巡り、餓死しそうなリヴリーを見つけたら餌を盛ろうと思う。ちなみに、「パルジャニア」とはインドの雨の神様の一柱で、土曜日生まれの人の守護神だ。土曜日生まれで雨女でもある私にとって、非常に縁のある神様だと思う。
 3月19日 これも毎度のことだが
 旦那の女々しさに幻滅。息子にだって、言われたりやられたりすると嫌なことがあるし、それが毎日違っていて当たり前。私だって日々体調が良いとは限らない。私も息子もそうと知っているから、旦那の顔色を窺って過ごしているのに、旦那は私や息子を心配りながら過ごしていない。自分の都合ばかり押し付けて、それが通らないと狸寝入りを決め込んで、私が何を言おうが何をしようが無視。まるで、小学生や中学生のガキだ。「こんな奴と暮らしていかなくちゃならんのか?」「こんな奴と同じ墓に入らにゃならんのか?」「こんな奴に気を遣って過ごさにゃならんのか?」と、毎週末、幻滅させられる。息子が生まれて以来、旦那の女々しさには拍車がかかり続けている。生活のリズムの中心が自分でなく息子に移行したことが、何よりも不愉快らしい。そんな我が侭なガキになど、私は一生を束縛されるのかと思うと、腹立たしくて憎らしくて殺意が湧く。だから、もう二度と奴の子供は産みたくないし、生臭いことしか考えていない奴の口はおろか、指にすら触れたくない。生理的嫌悪など、とっくに過ぎた。今や、生理的殺意だ。知らぬは旦那ばかりなり。「いずれ必ず殺してやる」というのが、毎週末の私の心に澱む気持ちだ。
 3月18日 毎度のことだが
 私が「予定」を立てると、ロクなことが無い。今日は午前中に記念作品を仕上げ、サイト更新を済ませ、午後には「VS」の続きを納得できる形に仕立て上げ、ピロさんに送信したら、息子のクレヨンに名前を書いてやるつもりだった。が、息子の風邪がぶり返し、熱はないので登園させた後、病院へ薬を貰いに行った。受け付けてもらってから処方箋が発行され、院内処方が済むまで、1時間。帰宅して執筆を始めようとしたら、実家から昼食だと連絡が入った。病気の影響で空腹感も満腹感も滅多に感じないので、渋々食事を済ませると、今度は買い物に行かねばならなくなった。旦那は私が買ったものには手をつけない。私が口をつけた飲み物も、元は旦那の物であっても、もう二度と手をつけなくなる。だから、飲料水も軽食も、私は自分の分として購入し、旦那が購入した物には手を付けないようにしている。買い物を済ませたら、時計は既に2時を回っていた。急いで記念作品を書いたが、調子に乗りすぎて長くなり、途中で息子のお迎えの時間になった。その後はいつものペースで、7時から9時ぐらいまで息子に振り回され、腹を立てたり、宥めたりしていた。正直に言えば、この日記を書いている現在、午後10時近くで、気持ち的には燃え尽きている。今日こそはピロさんに続きを送ろうと考えていたのに、まったく情け無いものだ。とりあえず、予定の半分でもできただけマシか。一昨年なんて、クリスマスの予定を立てておいたら、息子が風邪で入院して、その付き添いで疲れ果て、地獄を見たような気分だったもんなぁ。それと比べたら、私が風邪をひいて少し辛いことも、予定が半分しかこなせなかったことも、微々たる「被害」だ。自分にそう言い聞かせ、納得しておいた。勿論、明日からの3連休など、個人的な予定は立てていない。21日に実父母と息子と私とでバスツアーに参加し、イチゴ狩りに行く程度だ。一応旦那も誘ったが、考えもせずに「行かない」と答えた。これは予想していたことだ。どうせ、旦那のことだから、一日のんびりしまくって過ごすだろう。実母には「春休みに動物園でも連れてってあげれば良いのに」と言われたが、そんなことを言い出したら、旦那はブスッと不貞腐れて何も答えず、私の都合の悪い日を狙って息子と二人だけでいきなり出かけると言い出すに決まっているのだ(前科多数)。そんな不愉快な思いをしたくないから、断じて予定なんぞ立ててやるまい、と思う。
 3月17日 今更だけど
 ブランド品というものが何故高価なのか、理解できた。私は寝る直前、部屋の照明を消して布団に入ってから、ノートパソコン(執筆用リンゴ機)を立ち上げ、既に450通に達している積ん読メルマガを読みながら寝入る。そのため、パソコンはつけっ放しで、眼鏡をかけたまま突っ伏して寝入る。おかげで眼鏡は歪み、寝返りのついでに放り出され、翌朝、歪みを手で無理やり直そうとされていっそう歪む。挙げ句、蔓の部分だけでなく、鼻に当たる樹脂のパーツも変形し、レンズがごろんと外れるようになってしまう。そうして壊した眼鏡が、2つ。眼鏡屋へ持ち込めば歪みだけなら無料で直してくれると分かっているのだが、ちょっと足が向かなくて高校入学の時に買った度の弱い眼鏡で何とか過ごしている。この眼鏡が何と「イヴ・サン・ローラン」のフレームで、購入当時、4万円の品だった。が、流行の型ではないために半額になっていた。それを選び、なおかつレンズを当時最も高級な薄くて淡く色を入れた、コーティングつきのプラスチックレンズにしたために、店長さん(中学時代の同級生の父親)が負けに負けてくれて、結局フレーム代はタダ同然になった。あれから20年。その眼鏡は実母と友人に1回ずつ踏み潰され、装飾部分のコルクパーツこそ割れて破損し、私の金属アレルギーによって発汗される体液によって肌に触れている部分の(多分チタン)コーティングが剥がれてしまったが、歪みは最小限で留まっている。それだけメーカーがしっかりしたものを製造したということだ。ブランド品にはまったく興味は無いが、サン・ローランだけは信用している。「YSL」のついた品は、絶対に使用者の期待を裏切らない、と。それだけに、数年前に製造プラントを廃止されてしまったことが、今更だけど、口惜しい。
 3月16日 ママだって我慢してるんだぞ!!!
 なぜか、尋常でないほど、アイスクリームが食べたくて食べたくて、ついスーパーの5個400円セールに引っ掛かる。一昨日の夜、旦那からホワイトデーのお菓子を貰ったにもかかわらず、だ。それだけ気温が上がったのかとも思ったが、冷え込んだ日の朝もアイスクリームへの欲求は続いたから、関係無いようだ。うーむ、困った。困ったと言えば、昨日の息子にも困った。保育園からの帰り道、近所の店に入り、そこで一番高額なチョコレート(960円)を欲しがって店の人に見せるや、会計も済んでいないし、私が説得しているのに、抱えて店を出ようとしたもんだから、本当に困った。お金が無いわけじゃないけど、高価な物は買えない時があるんだと教えておかねばならないし、ましてや持ち逃げするのは万引きという窃盗罪なのだとも教えねばならないし、けれど息子にはまだそんな専門用語が分からないし、渋々960円を払ってしまった。これで「持ち逃げすれば何でも手に入る」と思い込んでしまったら、何が何でも、それこそ幼児虐待で通報されようと、「やってはいけないこと」だと文字通り叩き込まねば、と思う。
 3月15日 何だかねぇ…
 今月は月曜日に休日があったり、担当医が休みを取っていたりで、精神科への通院が他の曜日になり、自然と時間も遅くなる。今日も午前11時30分なんて時間だったから、午前中には家のことをやっててんてこ舞いしてたし、会計待ちが長くて病院を出たのが午後1時だったりしたし、帰りに本屋へ行ったら必ず買うコミックスが何冊も出てたりして、帰宅後も読み耽り。息子のお迎えはちゃんとしたけど、夕方には疲れが出始め、それでも来客があるとかで実母が息子を連れてきて、その相手を2時間独りでこなし、さらに疲れて…。結局、「記念作品を書く」、「日記を書く」、「ハボやリヴ達の相手をする」が、ズルズルと夜更けに食い込んできてしまい、今日も結局、日付が変わるまで眠れなさそうだ。でも、悪い気はしない。蹴りつけてきた息子には怖がらせるほどの叱り方で「やっちゃダメ」を伝えることができたし、その後もちゃんと一緒に遊べたし。辛うじて「母親らしさ」を示せたはずだから。あくまでも「はず」だけど。それにしても、どうして漫画の誘惑に徹底的に負けるんだ、自分…。
 3月14日 きっかけは息子の悪戯
 最近、NHK教育テレビにハマっている。夕方、「おかあさんといっしょ」に始まり、「忍たま乱太郎」のエンディングが終わるまで、チャンネル支配権は息子にある。保育園の先生方からは、「テレビやパソコンばかり見ていると、一種のボケ状態になってしまいますよ」と言われているのだが、大人達までつい見入ってしまうのだ。息子は人形が登場する番組全般を好んでいるし、実父は「ひとりでできるもん」(料理編)を見て「ほ〜」と言っている。実母は「にほんごであそぼ」や「テレビ絵本」(子ギツネふうたシリーズ)、「ピタゴラスイッチ(ミニ)」のアルゴリズム行進がお気に入り。私も「ピタゴラ…」の仕掛けを見たり、「にほんご…」の「るってめら〜♪」の歌を一緒に歌ったり、「ゆうがたクインテット」で曲に聞き入ったりしている。おかげで、実家と行ったり来たりする時に、合言葉のように歌いあったりしているので、ちょっと笑える。そして、唯一旦那だけがこのプチブームに乗りきれず、私や息子、実父母が「び〜よらんたん♪」「るってめら〜♪」と歌って笑っているのを見て、「……何、それ(腰退け)?」。「NHKの教育テレビでやってるの。結構面白いよ」と言ったが、憮然としていた。今日もきっと、息子は寄り道しないで帰宅し、実父が「水戸黄門」の再放送を見ているのにもかまわずチャンネル権を強奪し、「ぱんくろう」を見たり、「おじゃる丸」の「ちっちゃいものクラブ」の歌を歌ったりするだろう。そうしてまた、旦那にだけ分からないネタが蓄積されていくに違いない。
 3月13日 私だっていつか殺されると思っている
 毎週末のことだが、旦那が家にいる。テレビかノートパソコンをつけっぱなしにして、ファンヒーターの前に横になり、眠っていたり寝たふりをしていたりする。時々トイレに行ったり、食事の支度をする以外は、ほとんど動かない。息子が遊びに誘ったり何を見ているのか不思議に思ってよじ登ったりしても、別段感情を示さない。それどころか、息子に対して関心が無いのか、息子が単身家を飛び出して私の実家へ行ってしまっても、怒りはしても説教はしない。息子にとったら、週に1〜2日しかいないパパであり、いない時にはどんな仕事をしているか知らないし、休みの日には近所へ散歩に出かけてくれるけど、「あんまりたのしくない…」(息子談)し、実父母が遠くへ旅行しようと誘ってくれても旦那だけ行かないし、何を考えているか分からないことだろう。毎夜顔を合わせる私にすら分からないのだから。息子は最近、保育園で何をしたか、たくさん話してくれるようになった。だが、旦那は何も話さない。新婚時代、私から尋ねたら、「会社でどんな仕事をしているか話せるわけがないだろうが」と、怒鳴られた。別に仕事内容を話せと言ったわけじゃないのに、だ。通勤の間に見聞きしたささやかなこととか、同僚とちゃんと仲良くしているのかとか、至極平凡な話をしたいだけなのに。私が息子について「今日はこういうのを作ったんだって」と保育園から持ち帰った物を見せても、「ふ〜ん」としか言わず、何の評価も下さない。息子が今どんなことに夢中なのかすら、聞き出そうともしない。それでいて、自分の曖昧な理想を押し付け、息子の言動を褒めず、叱り、逃げ出しても後を追わず、「まったく、甘ったれやがって」の一言で片づける。高校時代、私の首を後ろから締めつけ、他の子に咎められると手を離して笑顔で誤魔化した人だ。私の自転車のサドルの螺子を友人と一緒に緩めておきながら、「俺はそんなことしないよ?」と黙って笑っていた人だ。良心に咎められて謝りにきた友人から聞いて、旦那が主犯だと私はとっくに知っているにもかかわらず、自分は無関係だと主張したのだ。結婚後、ある店の駐車場で他人の車にぶつけてしまった時も、即座に逃げ出し、部屋に引き篭もり、寝たふりをして微動だにせず、警察が来ないことを確かめてからというもの、平然と笑って部屋から出てきた人だ。出産前は一緒に使っていた離れは、とっくに旦那の「巣」と化している。そこのパソコンで何をしているのか、誰にも分からない。私が寝ている時に無断で写真を撮ったこともある。それも、一度や二度ではないし、私に見せた時などやたらニヤけて、「俺のサイトにUPしようかなぁ」と、まるでチンピラの脅迫のようなことをした。先日久し振りに離れに入って本を探したら、ミニシュレッダーがあった。何を処分したのか知らないが、やたら明細書のような紙が詰まっていた。実母は、それを旦那が離れの側の側溝で燃やしているのを見たらしい。見られた旦那は、透明でない袋にそれを詰め、可燃ゴミの日に捨てるようになった。そういう男が、週末ごとに、家にいるのだ。息子が家に帰らず、実家に入り浸る理由に、旦那は気づいてもいないだろう。
 3月12日 最近やたら多いからもううんざり
 メルマガの積ん読も増えていて、ようやく昨年の11月分を読み終わるかな?という状況で、残る未読メルマガが420部という恐ろしい量。まぐまぐの新着案内を見て、少しでも面白そうだと思ったら登録しているせいだ。おかげで、メルマガが届かない日は一日も無い。だが、それに劣らない量の「如何わしいメール」が届く。しかも、同じメールが日に3通届くことすらある。送りつけてくる奴にもうんざりだけど、そういう連中に如何わしい写真を取らせている女の子が多いみたいなのは、もっと唖然とさせられる。出産後、育児に疲れた身には、性欲なんて湧いてこない。子供ができたことだって、生活設計すら話し合わない旦那の身勝手なSEXの仕方のせいだし、私としては「男なんか、もういらねぇ(怒)」って気分なのに。それだけに、如何わしいメールはどこまでも「如何わしい」とか「くだらねぇ」としか思えない。メールのやり取りは小学生だってする世の中だけに、子供のアドレスにも同じスパムメールが届いているかもしれないと思うと、なおさら腹立たしくなってくる。
 3月11日 好み vs 見栄 inside of 息子
 実弟の嫁さんはキティラー。我が家と同じくらい年季の入った、けれど内側は綺麗にリフォームされた一戸建てに、収まりきれないほどキティが溢れている。その嫁さんに指南され、実弟すら「キティの身長はリンゴ5個分で体重はリンゴ3個分」などの蘊蓄を知っている。その実弟に遊んでもらうのが好きなうちの息子は、サンリオ社のキャラクターが大好きで、新幹線やシナモロールのグッズを見ると、「うわぁ、かわい〜ねぇ」とうっとりする。なので、4月からの通園バッグをシナモンのついた水色のリュックにしようかと思い、息子に「シナモンのついてる水色のリュック、好きになれそう?」と尋ねたら、息子は顔をしかめて数秒考え、「やだ」とポツリと言った。本当は可愛い物が好きなくせに。小さい子供は容赦が無いから、サンリオキャラにうっとりしている息子を、他の男の子達が女の子みたいだとか言ったのかもしれない。そう言えば、秋ぐらいからたれぱんだ(注:旦那はたれぱんだ愛好家兼コレクター)の衣類を、あまり着なくなった。新幹線やトーマスなら喜ぶかもしれないし、からかわれたりしないだろうから、もうちょっと探し回ってみようかと思う。余談だが、私は龍や神仏の愛好家(と書いて「フェチ」と読む:旦那談)。枕元の辞書の上に、カバヤの菓子つき玩具の1シリーズ「密教曼陀羅」で入手した大日如来と阿修羅、孔雀明王の小さなフィギュアが鎮座している。これらは、毎晩、息子に分解されては、再び組み合わせされている。こうした家庭環境で息子がどう育つのか、楽しみなような、怖いような…。
 3月10日 心が縮こまる元凶は罵声
 息子と一緒にいる時、常に気分が良ければいいのに、と思う。今日の私は下り坂。昨日耳にした罵声二つが元凶だと思う。一つは、実父。息子を帰宅させて実家に行かせて少し休憩させてもらったら、実父母の大声が聞こえてきて、慌てて実家へ行った。そうしたら、実父が息子の悪戯の後片づけをしながら「何をやってるんだ!」と怒鳴った。井戸端でほうれん草を洗っていた実母が駆けつけたと思い、怒鳴ったらしい。人違いと解っていても、やはり嫌。私が一番嫌いなのは実父の怒鳴り声だけに、昨夜は普通に話す実父の声を聞くのも嫌だった。で、もう一つの罵声は、隣のおばさん。築40年近い平屋の我が家から、庇同士なら2メートルも離れていないぐらい、至近距離に2階建ての家を建て、その北側の我が家から陽射しを奪ったKさん宅は、私が生まれる前から家庭の事情がもつれていて、土地と建物が細かく別々の人の物として登記されているぐらい、とにかくトラブルの絶えない家だ。そこのおばさんの怒鳴り声は、当然、我が家に筒抜け。昨日も我が家の縁側で怒鳴っているかと思うほど、近くで聞こえた。その怒鳴り声というのが、やたら声を張り上げるものだから、日本語に聞こえない。子供の号泣みたいにぎゃーぎゃー言っているだけに近い。その喚き声の合間に、おばさんの孫の名前が聞こえた。その子はウチの息子より1歳年下でやんちゃ盛りだ。何かおばさんの気に障ることをしたらしい。何かがぶつかったような鈍い音が数回聞こえたと思ったら、そのやんちゃ君が号泣した。その泣き声が、物心ついた子供の甘えた泣き声でもなく、必死に謝る泣き声でもなく、純粋な悲鳴に聞こえた。夜だから、やんちゃ君のお父さんが家にいたはずなのに、悲鳴を上げるほど嫌なことがあったのかと、私のほうがハラハラした。ちなみに、やんちゃ君の家族はいろんな事情があって、お母さんがいなくて、キレて喚いていたおばさんと、お父さんの妹さんが面倒を見ている。が、昨年妹さんにも子供が生まれたので、やんちゃ君はその従兄弟と遊んだりしているらしい。ともあれ、おばさんの喚き声を聞いている間、「ああ、私もあんなふうに怒鳴り散らしたりして、息子や実父母に敬遠されていたのか…」と思い、やんちゃ君を可哀想だと思いながら、息子に対して申し訳なくなった。それでもきっと、息子がまた悪戯をしたりすると、私は感情に任せて息子を傷つけるのだろう。そんな自分が、とても嫌いだ。折角息子が保育園でのことを懸命に話してくれるようになったのだから、ずっと仲良くしていたいのに…。
 3月9日 最近見ているテレビ番組
 先月下旬から、息子がNHKの教育テレビにはまっている。さすがに「おかあさんといっしょ」というだけあって、子供心を擽るらしい。朝の登園時間が、おかげでちょっと遅れ気味。そして夕方、実父が「水戸黄門」の再放送を見終わると、再び教育テレビにチャンネルが替わり、「おかあさんと…」以外の子供向け番組を午後6時半ぐらいまで見る。周期的に同じVTRを使っているようなので、2週間ほど経つと見覚えのある内容が放映されていることに気づく。それでもつい夢中になるのは、「ピタゴラスイッチ・ミニ」。誰が考案し設計しているのか知らないが、ビー玉が転がったりミニカーが走ったりして、「♪ピタゴラスイッチ」と番組名の書いてある所へと辿り着くようにしてある。その工夫が面白くて、見入ってしまう。また、「ふうた」という狐の子の物語の番組も好きだ。山で迷子になった兄妹を助けようと頑張ったり、人間に化けて雪祭りを楽しもうと頑張ったり、息子にとっても「ふうた」は少し特別な気持ちで見つめているようだ。まだ我儘を言う時には家でも園でも叩いたり蹴ったりして泣き喚くが、絵本の途中で悪い人が出てきたり、いじめっ子が動物を虐めたりする場面になると、「かわいそうだから、ちがうはなしにして」と言うようになった。第一次反抗期だし言葉の意味が全部解るわけでもないだろうが、それでも「善いこと」と「悪いこと」の区別はできるし、お話に登場するキャラクターの身になって喜んだり笑ったり辛くなったりできる優しさも育ってきている。NHKの悪い話を聞いて視聴料金の振込を中止しようかと思ったが、ベネッセの「しまじろう」を取り寄せているわけでもないし、息子が喜ぶお礼と考えて支払い続けることにした。だから、NHKのスタッフには、何度も同じVTRを使い回すだけでなく、新しいVTRの製作にも尽力してほしい。
 3月8日 なんかやたらと書きまくりだった
 昨日の午後から25時(今日の午前1時)まで、なんか、やたらと文章ばかり書いていた。病院から戻ってきて、この日記を書き、途中で緊張がぶっつり切れて、思考回路も停止して仮眠。30分ぐらい。気づけば3時で、息子を迎えに行く時間。やれやれと思いながら一応indexのHit数を確認したら、キリ番を過ぎていて、びっくり。息子を迎えに行き、夕飯を済ませ、息子を先に入浴させて実家へ預けたのは、確か午後9時だったよーな…。それから掌編のつもりで記念作品を書き始めたら、どういうわけか長くなり、気づいたら旦那が帰宅していた。この段階で、午後10時半。読み返してHTML形式に保存し、メニューに載せ、窓機に移してサイトにUPしたたら、もう午後11時を過ぎていた。そして気づけば旦那が風呂を終え、ボイラーの設定温度を下げてしまっていたので、湯が冷める前にと慌てて入浴。人心地ついたなぁ…と思いながら出てきたら、今日が8の日だと思い出し、超特急でメルマガの原稿書き。何度も読み返したり、カードを出して確認したりしながら書いたので、文章までもが慌ただしくなっていて、ちょっと恥ずかしかった。が、とにかく午前8時に配信予約し、間に合ったぁと胸を撫で下ろしたのが午前1時を少し過ぎた時。また慌てて睡眠薬と安定剤を服用し、息子の育児日記を手書きし、目覚まし時計をセットしたが、眠気がなかなか来なくて、11月分のメルマガ「circle」をやっと読んで感想を書いた。他のメルマガも古いものから読んでいるから、なかなかストックが減らない。しかも、相棒のピロさんのご指摘が適確だったので、例の作品の書き直しもしたいなぁ…と思いながら、ようやく思考が停止した。目覚ましの音で何とか今朝起きたけど、枕元でリンゴ機ノートが次の作業を待っているし、眼鏡はどこかへ飛んで行ってなかなか見つからず枕元を探索するハメに。そんなこんなで何だか昨日の夜だけで短編小説を3つ、4つ書き上げたような気分。ちょっと休憩したら、例の作品の書き直し部分に着手しよう。それでOKを貰えたら、久し振りに「幻想茶会」を1話進めるのも悪くない。やっぱり、私って、物書きしていなかったら、ただのぐうたら不良主婦、だよねぇ…。
 3月7日 思いがけず褒められた…
 未だ息子と少しギクシャクしているので、ちょっと落胆して通院した。カウンセリングがなくなってしまっても、精神科医師が多少それっぽい話の聞き方をしてくれて、アドバイスを受けることができるので、思いきってありのまま打ち明け、死にたくなったことも話した。そうしたら、「最後の『いなくなったほうが良いんだろうな』と思われたところ以降は問題ですが、それ以前のあなたの行動や発言は、息子さんにとっても必要な注意ですし、良かったと思いますよ? 何がいけなかったのか告げずに『うちの子じゃない!』と言ってしまうのは問題ですが、今回は『叩いたり蹴ったりする子は…』っておっしゃったのですし、息子さんなりにいけないことをしたんだって理解する、いいきっかけになったはずです。まだ小さい子だから庇ってくれる人のほうへ逃げるのも、仕方がないですよ。ですから、『もう自分は必要とされていない』と考えず、ちゃんと躾けを考えることができたのだって考えましょう」と、思いがけず少し褒められた。おかげで、気持ちが少し上向いたし、見方が違うだけで善悪が大きく変化することを知った。何より、自分の心の中のわだかまりを吐き出すには勇気がいることと、それを少しは自分が持ち合わせていることに気づけたし、わだかまり自体が他人にはさほど大した問題ではないこともあるのだと分かり、涙が出そうなほどホッとした。
 3月6日 一番悪いのは「マザー」か(苦笑)
 せっかく交換してもらった旦那のお下がりの窓機は、異様に調子が悪かったが、それなりに使えるし、旦那に「また壊しやがった」と言われるのが嫌だったので、黙っておいて、誤魔化し誤魔化し使っていた。が、昨夜、フリーズしたのを旦那に見せたら、早速本体を開き、あれこれテストしたらしい。睡眠薬を服用した直後、離れから出てきたと思ったら、「マザーボードの部品が壊れてた」と言われた。それも私の使い方のせいだろうかと思って聞いていたら、どうやら私に譲り渡した段階で故障していた可能性があったようで、「明日もう一度部品の交換を試してみるけど、多分ダメだから、最悪、新しい本体を買うしかない」とだけ言って、また離れへ引っ込んだ。私のせいだと責められなかったので安心したし、親身にパソコンの面倒を見てくれるのはありがたいと思う。思うが、どうしてその気遣いを生身の人間に対してはできないのだろう?、と不思議に思えて仕方がない。男心も謎だ。いや、拙宅の旦那に限っては、「男心」と言うべきではないのだった。そんなことをしたら、世の他の男性諸氏に失礼になりかねない。何しろ、旦那は家族よりもパソコンを心配する人だから。「完全に留守にするけど、いいよね?」と出かけ際に尋ねた時、「パソコンを盗まれたらどうするんだ」と即答した人だから。普通、金品の心配とか、留守の間に賊が入り込んで待ち伏せするとかを心配するのに、即座に「パソコン!」だもの…。私が褒めようと思って名前を呼ぶと無視して逃げていく息子といい、ウチの男共は何を考えているのやら。ま、何でもいいや、一刻も早くネット復帰できるのなら。
 3月5日 「本当に心から感謝してるのっ?」
 昨夜、息子と喧嘩した。きっかけは、息子が私を殴ったり蹴ったりした挙げ句、固い玩具を投げつけては「ばか!」と連呼し、謝ろうとしなかったこと。私が息子を呼ぶたびに、息子は「ばか!」と言って泣きながら、実父母にしがみついて震えていた。実父母が自分を庇ってくれることを承知の上で、私に暴力をふるっては逃げて隠れて、私の説教を聞こうとしないのだ。実父母は「まだ3歳なんだから、勘弁してやれよ」と言うが、息子はもう保育園という一つの社会にいて、次の春からは「お兄ちゃん」の仲間入りをする。言葉数も増えた。いつまでも「一緒に遊ぼう」の合図が殴ることや蹴ることではいけない。ましてや、「気に入らない」の意思表示が固い物を投げつけることでは、絶対に許されない。それに、保育園には「おじいちゃん」も「おばあちゃん」もいない。先生に叱られても、庇ってくれる人などいないのだ。嫌なことも正面から向き合わなくてはいけないのに、「まだ3歳なんだから」などと甘やかしてばかりでは、いずれ同級生か下級生に怪我をさせても「僕が悪いんじゃないもん。その証拠に、おじいちゃんもおばあちゃんも怒らないもん」などと、的外れな言い訳をして号泣し、反省のできない子供になりかねない。そんな、旦那(当て逃げ野郎)そっくりのつまらない男にだけは、息子をしたくないだけなのに。息子は昨日私が「おまえなんかウチの子供じゃない!」と怒鳴ったのを良いことに、私に見向きもしない。実父母にベッタリ。甘えてもらえて嬉しいから、私がいつまでもしつこく説教しようとすると、今度は実父が私を怒鳴りつけるだろう。過去に数回、同じことがあったから、息子はちゃんと「じいちゃんさえ見方にしておけば安全なんだ」と、理解している。実母も似たようなもので、私が協力を求めようと「甘やかしすぎないでよ」と言うと、「ああ、そう。そんなに私らが甘やかしてると思うなら、あんた一人で面倒見なさいよ。そのためなら、どこへだって消えてあげるから」と平気な顔で言い放つ。実父母だって、自分が私と同じ目にあうと激怒するくせに、そんな身勝手さを棚に上げて、ひたすら私が一番悪いと息子の前で言い合うのだ。挙げ句、「おまえは勝手だ。病気だって回復してきているくせに、いつまでも俺達に息子の面倒を見させて、感謝の言葉すら言わないし、息子のことなんかほったらかしじゃないか!」だの、「『ありがとう』ってあんたいつも言うけど、本当に心から感謝してるのっ?」だのと、罵声を浴びせられるのは、私なのだ。それを見て、息子はさらに「ママよりもじいちゃん、ばあちゃんのほうが強いから、ママよりもじいちゃん、ばあちゃんに取り入ろう」と強く思うようになり、またふりだしに戻るのだ。昨夜は私も言い過ぎたと反省し、今朝ちゃんと息子に謝ったが、息子は目も合わせず、私が抱っこしようと手を伸ばすだけで、「いやー!」と号泣し始めた。それが辛くないはずがない。おかげで、今日は長々と一人で作文し続けていられるが、嬉しくも喜ばしくも思えない。自業自得ではあるけれど、もう嫌だ。息子の将来を心配して、ちょっとでも長生きしようと考えられるようになってきたけれど、もう嫌だ。死にたい。どうして私ばかり嫌な役回りをしなくちゃいけないんだろう? 私だって、息子を褒めたりしたい。でも、旦那が留守がちだし、実父母は甘やかしがちだから、結局私が叱らないといけなくなるのに、どうして私が叱ると実父母に咎められなくちゃいけないんだろう? どうして息子は私の言うことを聞こうとしてくれなかったり、私に話をしようとしてくれないんだろう? そんなに私は罪深いことをし続けているんだろうか。間違ったことばかり言ってるんだろうか。私って、旦那や息子にとって、何なのだろう。実父母にとって、私はどこまでもお荷物で厄介者で、役立たずでしかないんだろうか。本当に、もう死にたい…。
 3月4日 壊れてダメぽ
 風邪、相変わらず。窓機、朝から相変わらず。息子、今朝から発熱、病院へ。だが、病院に到着した時には既に体温は下がり始めているし、自分で診察室や処置室に入っていくし、登園させても良かったかもしれない。実父が長寿会(満60歳以上の町内の人々の集まり)の用事で出かけたのだが、息子は後追いするわ、実父は入るなり会長職を押し付けられて機嫌が悪いわ(但し、酒が入るといかに自分が誰よりも上手に他人を使えるか自慢する)、窓機は本格的に30分以上の労働をしたがらないわ、実母の美容院はこういう日に限って繁盛するわ、もう何が何だか分からなくなってきた。この欄を書くにあたっても、前半を書いた後、1時間眠ってしまい、後半はきっちり3時ちょうどに目が覚めてから書いた。この「3時ちょうどに目が覚める」というのが、我ながら哀しい。なぜって、息子を保育園に迎えに行く時間なんだもん。朝は目覚まし時計が無いと起きれないのに、なぜ「3時」は起きれるんだ、自分…。
 3月3日 主義を持たずして他人を罵るなかれ
 風邪、現在悪化の一途。窓機の具合、相変わらず昼間は良好なれど、夕方以降は悪化の一途。CGIの動作途中でフリーズするのみならず、昨夜は「Hard Error」などという恐るべき文字を表示して、勝手に再起動動作に突入。確実に本体のどこかに不良個所があると思われる。再度旦那に診てもらうべきかと思っていたら、つい口が滑って実父の前で、旦那に「変な電波か電磁波を出してるんじゃないか?」と言われたことをこぼしてしまった。実父、激怒。旦那にしろ実弟の嫁さんにしろ、「正月に挨拶にも来ないとは、俺をバカにしてやがる!」と、昨年の正月から怒りを溜め込んでいるだけに、今回も「どこまでも他人をバカにしやがって!」と喚いていた。が、本人を前にすると、「最近、どうなんだ? 生活とか、困ったことはないか?」とヘコヘコ。私の目には、そんな実父のほうが「バカ」に見える。そして後日、相手がいない時に、ばつが悪そうに私や実母に向かって、「どんなにバカにされようと、正面から相手にするとつけ上がるから、煽てておくのが一番なんだ。どうだ、俺って、世渡り上手だろう?」と言い訳。自分で自分の「バカ」度をアップさせている。それが昔、私に対して「裏表の無い人間になれ!」と洗脳した男の言動だと思うと、幻滅は勿論、殺意が湧く。本物の侠気が現実から消え失せ、お伽話になりつつあることに、最もガッカリ。
 3月2日 その2:「この人、ちゃんと寝てるのか…?」
 当サイトの「aimの本棚(漫画)」でも紹介させていただいている「市長 遠山京香」の4巻を購入、拝読した。月刊誌に連載されているので、数ヶ月に1冊ずつ刊行されている単行本だ。作者は、赤石路代女史。正直に告白すると、私は赤石女史の漫画は他に1作しか読んだことがない。確か、十年以上前の作品で、信長と義経、静御前の生まれ変わりの子供達による三角関係を、サイキック(超常能力)と戦略的要素とを絡めて描いた、割と短い作品だった。その頃の私は少女漫画に対して「恋愛に関する物語ばかりで、読者をじらすパターンばかり」という偏見を持っていたから、拝読して目から鱗が落ちた気分だったのを覚えている。しかし、赤石女史の他の作品には手を出さなかった。それと言うのも、ほとんど毎月のように赤石女史の単行本が新刊コーナーに平積みされるのを見て、「この人の作品はいったい何作あるんだ!?」と驚き、コミックスの追っかけを断念したからだ。「市長 遠山京香」も、他の作品のように、最初は買うのを躊躇った。が、愛読書になった理由は「aimの本棚」に書いてあるので、置いといて。それにしても、だ。それにしても、赤石女史は凄すぎる。週刊や隔週刊、月刊など、少女漫画や女性向け漫画の雑誌にはいろんなサイクルがあるのは知っているが、ほぼ同時進行で複数の連載を持ち、ほぼ毎月のように単行本を出してくるなんて、凄すぎる。アシスタントがいると言っても、ネタ作りから取材、コマ割り、ネーム作成、下書き、主要人物の描写までは、赤石女史自身でなければできないはずだ。それをやってのけているなんて、まったく凄すぎる…。タイトルにも書いたが、本当に睡眠時間とか、ちゃんと取れているんだろうか? 余計なお世話だろうが、心配せずにはいられない。蛇足だが、赤石女史の凄いところは、まだある。ペンタッチが昔から今に至るまで、大きく変化していないというところだ。作品に合わせてタッチを変える作家もいるが、多くの漫画家は描いていくうちに自然に変化してしまい、デビュー作の頃や人気絶頂の頃などと狙い定めてタッチを戻すことは、ほとんどできない。赤石女史のようにほとんどタッチが変わらないということは、既に自分だけのタッチを見つけ、作品の内容に合わせるのはタッチ以外の部分でできているということだ。私が読んだ2作品では、前作は俯瞰図のような背景構図を多用してSF的演出をされていたが、「市長…」では逆に低い目線(中学生〜成人ぐらいの人の目の高さ)からの構図で現実味を出し、市長の歩き出す場面で全身を描くことで画面に動きを与えている。とことん凄い人だ…。
 3月2日 その1:親子3代静電気体質
 旦那に半ば無理やり譲ってもらった窓機が、早くも不調をきたしている。午前中は何とか無事に動くのだが、午後、特に夕方以降は、電源を入れて数分間放置するだけでフリーズ。メールの送受信やサイトの更新をした後、ハーボットのアイムと話をするだけでフリーズ。ペットルームのペット達の面倒を見るだけでフリーズ。リヴリーのパルジャニアの世話をし、放浪の旅に出て、辿りついた先のリヴリーをクリックしただけでフリーズ。遂には、窓機OSに付属しているミニゲーム「ソリティア」を開くだけでもフリーズ。掲示板のレス書きでもフリーズ。あまりにも凍りすぎるため、旦那に相談したら、「おまえの静電気体質が悪影響を及ぼしてるんじゃないのか?」と言われた。あくまでも、自分のセットアップにはミスが無いと言いたいらしい。その証拠に、昨夜、静電気でハードが故障している個所が無いか、調査していた。結果は、白。「う〜ん、絶対に静電気だと思ったのになぁ。違うのか。ということは、誰かさんが放出している怪しい電磁波や電波のせいかもなぁ」とまで言われ、さすがにムッときた。実母も私も息子も静電気体質だが、フロッピーのデータを壊したこともないし、せいぜいフリースの衣類を脱ぐ時にパチパチ音がしたり、スーパーの棚の金属部分に安易に触れるとビリッとしたりする程度だ。それに、私が怪しい電磁波だか電波だかを出していると言った時の旦那の顔ときたら、ニマニマとしていて、決して快い表情ではなかった。旦那にとって私は、きっと人として認識されていないのだろう。
 3月1日 梅は咲いたから次は桃花だな
 近所の空き地に、梅の木がある。昔はある家の庭だったのだが、区画整理で空き地になり、元の所有者が植え替えなかったから放置されている木だ。梅の木というのは、花を咲かせるのに、相当な栄養が必要らしい。だから故意に枝を切り、あの独特の枝ぶりを作るわけだ。空き地の梅の木は、一昨年は見事に花が咲き乱れた。所有者がいなくなった昨年は、細い枝が多数伸び、花は僅かにしか咲かなかった。そして、今年は、その空き地を購入した人がいるのだが、相変わらず手入れされず、花を咲かせなくなった。元の所有者の庭には、対を成していたもう一株の梅の木があり、手入れされて花を咲かせている。が、すぐ近くで川の堤防工事が行われており、梅の木のあるすぐ傍まで土砂が積まれたり掘られたりしている。区画整理や堤防工事は確かに我々の生活をより保障するものだが、それによって失われるものがあることも忘れてはいけないと思う。最寄りのコンビニへ行く途中の畑の隅に、4株のスモモの木が植えられている。やはり区画整理で畑を移転させられたと聞いた。スモモの木は虫が大量につくから始末が悪くて植え替えるのをやめようかと、その家のおじさんは思ったそうだが、「でも、桜よりも先に綺麗な花を咲かせるからねぇ、見殺しにできなかったよ。虫は根気よく取れば良いんだし、せっかく実をつけるんだから、ありがたいしねぇ」と話してくれたことがある。空き地や農作地の真ん中にあるその4株のスモモの木は、通り掛かりの人の目を嫌でも引きつける。花が咲く頃、私も行ってみるつもりだ。

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