ものぐさ日記

とうとうこのサイトも企画開始から3年も続きました
付きっ切りで神経を磨り減らしていた息子も保育園へ喜んで通っています
もっとも時々親子で喧嘩したりもしてますけどね

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 6月30日 名前を付けるものらしい
 当サイトの一角で生活しているリヴリーのパルジャニア(初代は戦死したので2代目。理想的なちっちゃな空色クンパ:親バカ)の島に、ムシクイ(餌である虫をリヴリーより先に食べるピンクの猛獣:笑)がいるのだが、どうやら名前をつけるものらしい。いや、別につけなくてもいいし、むしろつけていない人のほうが多い。けれど、何か、名前をつけてあげている人の島へ行くと、「へ〜、このムシクイ、○○っていうのかぁ…」と、しみじみ見入ってしまう。なので、我が家のムシクイにも名前をつけてみることにした。パルジャニアがヒンドゥ教の雨(特に作物を育てる春の雨らしい)の神様の名前なので、それ異常に狂暴で、ガッツンガッツン餓えていて、情け容赦ないところにちなみ、「ルドラ」(ヒンドゥ教の暴風雨や嵐の神様らしい)に決定。ちなみに、ルドラがいると、オーナーの私が置いた虫もガッツかれ、パルジャニアに食べて貰えない。さすが、ルドラ。天晴れッス…。
 6月29日 気分は下り坂…
 夕方、実父が長寿会の寄り合いで出かけた。それを一番喜んだのは、実母。汗だくの息子を私に引き渡し、「またすぐ来るから」と言って戻っていったと思ったら、30分待っても音沙汰無し。息子は服がびしょ濡れで気持ち悪がり、早く風呂に入りたがっているのに、一緒に入るはずの実母が来ないものだから、どんどん機嫌が悪くなり、私の首を絞めたりして「ばあちゃんのとこ、いく」と言い張った。息子を背負い、首を絞められながら、玄関先の実家の庭から見ると、台所にも居間にも実母はいなくて、2階のパソコンのある部屋が煌々と明るかった。「ねぇ、お風呂入りたいって待ってるんだけど、何やってるの!?」と尋ねたら、「何って、パソコンでゲームやってるのよ!」。…(怒)。実母の機嫌もすっかり斜めになり、息子を怒鳴りながら風呂に入れた。歯磨きもちゃんとしない息子に対して、さらに怒鳴り、脅し、ひたすら息子を号泣させまくり。そりゃね、息子は私の子供だから、私だけで面倒を見るのが当然だと思う。だからって、「すぐ来るから」なんて嘘をつく神経が許せない。実父がいないと、実母がいかに冷淡になるか、実感させられた。それと同時に、「あんたは布団に哺乳瓶を立て掛けてミルクを飲ませてもらってたのよ。私には店があるし、お父さんも仕事に行くし、お祖母ちゃんは子供嫌いだったし、私の妹もあんたが泣くまで放っていたからね。ミルクが転がり落ちて泣いても、私以外は誰も直してやろうとか飲ませてやろうとかしなかったし、店が忙しかったから、哺乳瓶の中身を入れ替えたり温め直したりする暇も無かったの。でも、そのおかげで、今、こうしてのんびり暮らせるんだから、ありがたいと思いなさいよ」と、恩着せがましく言いのけやがったことを思い出した。息子を預けていることについても、「本当にありがたいと思ってるのっ!?」と、半ば罵られたことがある。…(無言)。なんか、悔しくなってきた。親族の思い出話を聞いていると、一様に私が独りにさせられていたことを笑って話すのだ、誰もが。「誰も見てないのをいいことに、新聞をめちゃくちゃに破ったから殴ってやった」(祖母談)とか、「いつまでも泣いてうるさくて我慢できなかったから叩いてやろうと思ったら、哺乳瓶が冷めきって転がってたから、姉さん(実母のこと)を呼んであげたのよ。ありがたいでしょ?」(叔母談)とか、そんなんばっかり。実父は実父で、「先に生まれたっていうだけでウチの跡取りの弟を虐めて、とことん根性が捩れ曲がってやがった」とこぼしたこともあった。それぞれ、同じ口で、今は「子供ができたから、私達がどんな思いであんたの面倒を見たのか、よーく解るでしょ? 私らのほうが先に死ぬんだから、今のうちに恩返ししておきなさいよ」という意味の言葉を、何回かにわけ、婉曲に言いやがる。そうした発言の数々を聞かされるたび、「道理で私には愛情というのがどんなものなのか、理解できないはずだわ」と痛感せずにはいられないし、誰もが普通に持ち合わせていて与えあえる感情を、私だけが理解できず、受け取ることも与えることもできないのが悔しくて悔しくて…。今日は頓服を飲んでおこう。
 6月28日 とぽすけさん、本っ当にすみません(平伏)
 「だらだら毎日」という4コマ漫画本(同名サイト有り。しかも有名で大人気)を、実弟に貸したが「俺には合わないみたい」とのことで返還。その後、本のカバーの絵を見て「ねこだぁっ!(正確にはハムスター)」と息子が大喜びし、「よんで〜!」。漢字にふりがなが無いため、一人では読めなくて、悔しいらしい。で、前半を読んでやったら、さらに興奮、大喜びしまくった。中でもお気に入りなのは、「バレンタインデーはどうヨ」の中の、最後から2コマ目の旦那様の口許のアップの「げぷ」。それと、「結婚記念日はどうヨ」のチェックアウトの時の奥様のほっぺのアップの「ツヤツヤ」。ちゃんと笑えるツボも押さえていて、「カーテンで納豆」の「ねば〜」も喜んで連呼する。それでも「ねこ」と言い張るので(マジでとぽすけさん、すみませんです…)、「ハムスターだってば」と私も負けずに言い張ったら、偶然テレビでハムスター(実物)を放送していて、「あっ! あれ、おくさま? だんなさま?」と再び興奮。「とっとこ…云々」よりも、とぽすけさんの描く「奥様」と「旦那様」のほうが、息子には可愛く愉快に見えるらしい。まったく、恐るべき3歳児…!
 6月27日 今日も「プチ浦島太郎」体験したよ…
 精神科へ通院。実母同伴。「何か、いつもどこででも寝ちゃうんですけど」という実母の質問に対し、「出している薬はどれも眠くなる成分が入っていますから、寝られるっていうことは回復の兆しなんですよ」と医師が説明。実母はいまいち腑に落ちていなかったようだが、「絶対に治りますよ」という医師の追加台詞に期待したらしい。帰宅後、いつもの漫画雑誌を読む。病院の会計待ちの間に本命だけ先に読むから、他の作品群を読むのだが、どうも睡魔に襲われる。薬のせいだとは思うけど。気分転換しようと思い、トイレへ。便座に腰掛け、次に何をしようか考える。食器をまだ洗っていなかったので、それをちゃっちゃと片づけて、…(空白)…。暑くてお茶が欲しくなった時、まだ便座に座ったまま汗だくになっている自分に気づく。「ぎぃゃあああぁぁぁぁぁぁっ!」と心の中で叫び、慌てて飛び出して時計を見たら、30分が経過していた…。我ながら、ビックリ。もうそうとしか言えない。猛スピードで食器を洗い、忘れないうちにこうして書き留めていたりする。そんな自分にも、また(涙)…(落涙)。
 6月26日 実母と私で肘同士が接近しただけでも飛んで喧嘩になりかけたっけ(遠い目)
 家族よりも仕事が好きな旦那は、私に明け渡した途端、快調だった窓機がフリーズしまくることを非常に心配し、あれこれ診察していた。そして、何やら専門職ならではチェックをしていたと思ったら、突然、窓機が低い音で警告音を出したと思った途端、電源が落ちた。その切れ方に対して、「こりゃあ、マザーボードが逝っちゃってるな」とボソリ。内心、狭い所に置いたから?とか、私の扱い方が悪かったの?とか、とにかく元凶が私の行為とされると思って身構えたら、「ウチの会社でさ、買ったばかりの新品のマシンが、使ってる奴の静電気をマウスで受けて、それだけでロジックボードが殺(や)られたってことがあったからなぁ。それに似てる状態だな、こりゃ」。静電気、ねぇ。やっぱり私のせいってことか。何しろ、私は静電気体質。冬は勿論、夏も結構、バチッ、バチッと刺激が走る。車のドアノブとか、スーパーの枠とか、アクリルやポリエステルが少し混入している下着とか、「俺の存在を忘れてねぇか?」と言わんばかりのタイミングで、バチッとくる。セルフ形式のガソリンスタンドで給油する時なんて、一度じゃ心細いから、何度も静電気除去シートに触る、触る。ちなみに、この体質は遺伝。実母も同じぐらい帯電するから、昔から布団を干した時にはどっちがアクリル毛布を取り込むかで押し付けあいになり、ベランダで布団叩き片手にジャンケンしたほど。何故なら、アクリル毛布を持ってアルミサッシを通過する際、必ずバチバチッとなるからだ。それも、一度や二度では済まないし。息子にも遺伝しているらしく、時々、自分で車のドアを開けようとしないことが、冬の間にあった。私が手を繋ごうとして、バチッといった時もあったし。当然、その後の数日間は、「ママなんかきらい!」って言われたとも…(涙)。精神科へ行くぞと身構えて車の鍵をドアに差し込もうとした瞬間に、バチッ!といって、ドア、鍵、指先に静電気が走ったのが「見えた」時には、思わず「た〜まや〜」と言ってしまったよ…(涙々)。けれど、その割にはリンゴ機は壊れないんだよねぇ。昔、会社で使ってたのが調子悪くなりやすいとは思ったけれど、壊れるほどではなかったし、後輩に譲っても平気だったし。やっぱり、リンゴ機のほうが逞しいのかなぁ…。
 6月25日 昨日よりは寝てない(はず)
 土曜日ながら、旦那は出勤。隔週土曜休みのはずなのに、旦那はほぼ毎週出勤。会社の出勤日も、特別休暇の日程も、締め日も給料日も基本給も残業時間も、何もかも、私には一切教えない人だから、「ああ、この人は、私に何も期待していないんだな」とか、「私なんて、この人から見れば、ぬいぐるみやペットと同じなんだな」とか、「セックスしたい一心で結婚したんだな」とか、日々幻滅し続けている。その幻滅の度合いが増すのが、週末、というわけだ。まぁ、そのおかげで、見方を変えて考え、鬱症状の治療には厳禁の「励まし」や「命令」が無くて気楽か、と思えるようにもなってきたけどね。反面、実父には参る。今日、偶然、実母と息子が席を外し、二人きりになった際、「先日の旅行はどうだった? 楽しめたか? 出かけることで、息子とコミュニケーションを取れるようになってきてるみたいだし、そういう点を意識して振り返って、自分ではどう思ってるんだ?」と、まぁ、矢継ぎ早に問い詰められ、げんなり…。「男には女心が解らない」って時々聞く。今回の私の件では、この言葉を持ち出すのは奇妙ではあるけれど、ふと思ったから書いておく。「男には女心が解らないのではなく、男は家族と認めた女に対して先入観と期待を持ちすぎていて現実を見ないで知ったかぶりをするのが好きなのだ」と。蛇足だが、息子を昼寝させようと絵本を読み聞かせているうちに自分が先に寝入ってしまい、息子にまた脱走された。けれど、(以下タイトル)。
 6月24日 旅疲れのせいだとしておこう…(冷汗)
 相変わらず、よく寝ている。昨日の欄に書き忘れたが、市内の病院(婦人科に通院中)に新たに骨密度を計る機械が入ったからと、練習台を兼ねて検査されたのだが、そこでも寝た。使用するのはX線か何からしく、検査は放射線科で行われた。腹から腰、太股までの金属類を外して、センターに強化ガラスらしきものが張られている寝台に横たわり、膝に枕をかって脚を曲げ、両腕は万歳。その状態で、数分間、小刻みに腰付近の脊髄を撮影するらしい。最初は恥ずかしいやら緊張するやらで、早く終わってよ〜とか思っていたが、機械の温度が少し上がった途端、あ〜も〜いいやぁ…とうたた寝開始。「はい、もう終わりましたよ」と技師が声をかけた時、半分寝ていた。多分、技師も気づいてた。私が服を整えて退室してから、噂されていたかもしれない。そして、今日もまた、寝た。週刊少年ジャンプを読んでいる途中や、気分転換にソリティアで遊んでいる途中、消失した同盟を削除する作業の途中、息子の歯医者の予約を取らねばと考えている途中、「VS」の次の回の出だしを考えている途中などなど、とにかく寝ていた。ソリティアの途中の時なんか、椅子に座っていたはずなのに、気づいたら北枕で床に無造作な姿勢で転がっていただけでなく、眼鏡が近くに無く、オロオロと探し回っても見つからず、困り果てて寝直そっかなぁと思った時になってようやく、「あ、別の眼鏡をかけて探せば早いじゃん」と気づいたぐらい、思考回路が睡眠欲を優先している。かなり、間抜け。会社員時代には、満員列車で立ったまま熟睡していたこともあるから、不思議ではないと言えないこともないが、だからって何故自宅で謎の姿勢のまま眠くなるのやら…。
 6月23日 とってもヤバかった(冷汗)
 今日は市に育児証明書だか旦那の職場の証明書だかを届け出て、また翌年の今頃まで息子の病院での治療費を全額負担してもらう保険証もどきをもらったり、児童保育手当てを継続してもらったりしなくてはいけなかった。それなのに! 寝ちゃったよ、トイレで…。今日、私がトイレに行った回数の3分の2が「20分以上」だった。つまり、私はトイレに入るたびに仮眠しているというわけだ。今日なんて、その証明書を提出したら、婦人科に通院だったから、なおさらヤバかった……って! ちょっと待て、自分! 基礎体温表、紛失したことは医師に話したけれど、もらわずに帰ってきちゃったじゃないかぁっ! どうするんだ、ホントに! …そりゃさ、正確に計れたことなんか無いんだけどさ…。
 6月22日 正確には「23日」(冷汗)
 つい先ほど、日付が変わった。いやぁ、まいったなぁ、今回の記念作品には。まさかあんなに長い作文になるとは、想像してなかったよ。しかも、まだ書き足りない部分が多くて、ホント、まいった…。などと言っている矢先に、次のキリ番が来るし(苦笑)。ネタ、拾ってきて良かったような、複雑な気分…(苦笑)。とにかく、風呂入って、寝よっと。
 6月19〜21日 そういう因縁(こと)かぁっ!
 19日、一切の旅程を知ろうともせず、実父母と息子のおまけとして、旅立ち。名古屋駅のどこぞで集合し、関西でフェリーに乗船、という程度には知っていたが。そう、知っていたが! 神戸で自由散策があるなんて、聞いてねぇぞ、こらぁっ! …当たり前か、当日になっても旅程表をもらおうともしなかったんだから。同行者は、合計8名。実父の兄3人と、その奥さん方2人と、実父母と息子。息子以外は、全員年金をもらえる年齢。それなのに、神戸だよ、神戸…(溜息)。異人館巡りをするとか、お洒落な服を買うとか、異国情緒を楽しむとか、そんな目的は一切無し! 北野八幡宮の階段を登り、参拝し、実母は朱印帳(バスのトランクから出し忘れ)に張る朱印を戴き、満足。息子は自分で鈴を鳴らして神様に呼びかけ、お賽銭を私から分捕り、お参りして満足。実父の兄弟連中は昼間から(というかバスに乗った段階から)酒を飲んでいて、とにかく酒と食事に没頭。神戸に到着する直前のパーキングエリアでなんて、まだ新人と思しき若い添乗員さんに「お食事は神戸に着いてからになりますので、御用(トイレ)が済み次第、出発します」と言われたのを、「御用(トイレと食事)が済み次第…」と勘違いしておきながら、「おまえの言い方が悪いんだ」と絡みまくって、独り素面の私だけ申し訳なさ過ぎて眩暈を覚えた。ちなみに、同じ旅程の面子は約130人おり、バス3台で移動。他のバスには、相応のキャリアを積んできたらしき添乗員さん達がいて、時々、若い添乗員さんを励ましている姿が見られた。そうこうしながら、神戸からフェリーに乗船、新門司港を目指す。ちょうど日没頃に阪神淡路大震災の震源地近くを横断、「そう言えば、神戸の街って、綺麗だったなぁ、震災後に建て直したからだったんだなぁ」と、しんみり。船中泊。
 20日、朝、新門司にて下船。地元の観光会社のバスに乗る。ご丁寧に、旅程図が地図に線を引いて貼られていて、明るい時間帯をフルに活用して観光しながらハウステンボスに向かうのだと知る。見返りの滝とか、平戸とか、とにかく福岡県と佐賀県の観光地を巡る。が、途中で息子が疲れて寝入ったので、見張りとしてバスに残り、私だけ平戸観光は無し。「そう言えば、東北(仙台〜岩手〜秋田)旅行の時にも、金色堂の見学時間に、息子が寝てて留守番したっけなぁ…」と思い出し、因縁を感じた。金色堂に祀られている藤原氏は、「〜平」という名前だったはず。しかも、やはり急な坂道を登って見学だったと聞いた。平戸も「平」がつくし、戻ってきた実父母が「坂道ばっかりで疲れた〜」とだけ、感想を述べていた。数分だけ見張りを交替してもらって、休憩がてら近隣絵図を見たら、あちこちにキリスト教の教会が…。「そう言えば、南山とか上智とか、キリスト教系列の大学はことごとく落ちたっけ…」と、少し苦い思い出も蘇った。そんなこんなで何とかハウステンボス隣のホテルに到着し、ムーンライトパスでテンボス巡り開始。だが、面子が面子だ。しかも、既に酔っ払い状態。案内図があっても素通りするし、店の裏側の道を通るから暗いし、何も無さそうに見えるし、たまたま月曜定休日の店が多くてどんなに歩いても食事できなくて、最後には酔っ払いの一人がスタッフの女性にへらへらと話しかけて道を教えてもらい、ようやく人通りの多いエリアに行けた。和食を食べながら、酔っ払い達はまだまだ飲む。先に満腹になった私と息子は、外のカフェでソフトクリームを購入。すると、後から店を出た酔っ払い達もコーヒーを思い思いに注文し、イルミネーションの多い夜景を満喫。「来年は俺が幹事だけど、また一緒に旅行しような、俺らは君のおとっつぁんの兄弟だし、君の事情も解ってるから、気楽にしてていいからさ」と、伯父の一人に言われ、複雑な気持ちになった。実父は私の病気は、「育児ノイローゼ」だと決めつけている。その実父から「事情」を聞いていると言われても、何だか、手放しで喜べない気がした。まぁ、そんな複雑な心境も、花火とレーザー光線の織り成すショーを見て吹っ飛んだから良いけど。
 21日、未明、半ば目を覚ましたら、布団を被ってなかったので、手探りで掛け布団を捕獲、ズリ上がる。…ん? ズリ上がる…? 途端、右後頭部が痛いことに気づいた。が、すぐに忘れ、ベッドの布団に潜り直して寝直す。朝になって、これら一連のことを思い出し、「頭が痛い…(いろんな意味で)」。最終日ということで、荷物を入念に分けたり詰めたりし、出発。半日で土産物屋を巡りつつ、福岡空港へ。ホテルで旦那への土産は買ったし、息子の欲しがる物を実父母と交替で買い与えつつ、雑貨を見て回る。目的は、当然、オカリナ(これについては「ヘタの横笛」参照)。だが、旦那の母方の親類縁者は福岡や佐賀に住んでいるため、何を買っていっても「定番だな(フフン)」と鼻で笑われると予想し、皮肉も込めて「明太キャンディ」のみ追加で買い、空港へ。空港の土産物売り場で、手足の駆動する龍のキーホルダーに一目惚れし(顔立ちがハンサムなのよ〜♪)、こっそり購入した。そして、今度は飛行機で名古屋へ。着陸地点は、当然、セントレア。ここがまた広いし、人が多いし、店が多いし、細い裏道もあるし、やはり朝からビールを飲み続けている酔っ払い一行は、いろんな意味で私や息子を振り回し、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。遂に息子がキレ、5千円する木製の玩具を買わされた…(懐寒)。結局、飛行場が一望できるレストランでコーヒーを飲み、電車を乗り継ぎ、何とか真っ暗になる前に帰宅した。
 こうして思い返すと、3日とも、ひたすら歩いた。バスでは疲れと安定剤の影響で眠ってたし、歩いてる間も時間に追われてたし、実母なんて平戸が島ということにも気づいてなかったし、感想を述べあうと全員が「疲れた」と第一声で言うし、まるで私の運動不足解消のためのイベントだったような気がした…。
 6月18日 その3:吉野ヶ里遺跡が何でコースから外れとんのじゃ!
 明日から2泊3日で九州北部(主に長崎県らしい)を旅してくる。毎度のことだが、実父母のおまけとして。メインは、実父の兄弟夫婦の懇親旅行だ。「でも、あんた独りで息子の面倒を見きれないでしょ?」と、まず息子がおまけ決定になり、「息子が行くのに母親の私が行かないのは変だと思われるから」と、私もおまけのおまけとして同行する。だから、タイトルのような我儘は、当然却下。と言うか、発作的に主張したくなったから入力しただけ。実際の内心は、「大丈夫かなぁ(何が?)」「良いのかなぁ(何が?)」「いけないんじゃないかなぁ(だから何が?)」と、漠然と不安と緊張が強まる一方で、コースに文句をつけるどころか、どこに行って何を見てくるツアーなのか、未だに知らない。楽しみも感じない。息子が何か粗相し、自分の責任を果たせと実父に怒鳴られることばかり空想している。実際に、旅行中にそう怒鳴られ、他の客の視線を浴びまくったことがあるから、楽しみにできるはずがない。それなのに、実母は笑って「その後、動物園にも連れてってあげたいし、万博も行かなくちゃね。7月か8月には海にも連れてってあげたいわねぇ。あ、勿論、あんたは行きたくなければ行かなくて良いから」と言う。……(深呼吸)……。もう、いいや。どうせ「解らない人達」でしかないんだから。とにかく、管理人、九州へ行きますので、21日の夜までネット落ちッス
 6月18日 その2:前代未聞だったよ…
 しけた話だけでは何だから、呆れた話を一つ。それは、私が印刷会社の写植担当だった数年前のことだ。某K町の6月号の広報の仕事を営業が持ってきた。某K町の広報は、表紙と裏表紙のみ4色で、中のページはスミ(黒色)と特色(黒以外のお客が指定する特定の色)の2色という形式だった。なので、先方が特色としてどんな色を指定するか、真っ先に確認しなくてはならないから、私が尋ねると、営業担当者が「紫陽花の色で頼む」と答えた。「紫陽花って、いろんな色がありますけど…?」と追及すると、「ほら、大抵の人が『紫陽花』って聞いたら思い浮かべるポピュラーな色っていうのがあるだろう? それで頼むよ」と受け流そうとされたので、さらに「そんなの人の好みに左右されるから、あてにならないじゃないですか」と突っ込んだら、営業担当者は煩わしそうな顔をして、「君は言われたとおりにやってくれれば良いんだ」と言い置いて次の仕事の打ち合わせに行った。「紫陽花の色ねぇ…」私にとってそれは、青紫、それも青みの強い青紫だったので、それで製作し、校正に出した。後日、初校原稿を持ってきた営業担当は、露骨に怒っていた。「あれほど紫陽花の色だって言ったのに、どうして違う色にしたんだ!」と。「私にとっては、それが紫陽花の色ですから」と反論すると、「違うだろ!?もっとこう、赤みの強い、でもワインの色とは違う、独特な色だって相場が決まってるじゃないか!」ときた。ムカついたので、課長を呼んで立ち会ってもらい、互いの言い分を最初の打ち合わせの段階のものから聞いてもらった。営業担当が即社長に呼び出されたのは、言うまでもない。そして、今、某K町は市町村合併により、近隣の市に統合された。多分、区域ごとの広報など出ないだろう。そうなったら、「紫陽花の色でお願いします」と言ってきた担当者は、果たしてどうなったのやら(私が市長なり広報部の部長なりなら、即刻クビにするけどね)。
 6月18日 その1:怖い…
 隣家のおばさんの声が怖い。旦那さんだか息子さんだかに険しい声で何か言っていたようだが、途中で泣き出した内孫に向かって「うるさい! 泣くな!」と、激しい怒号をぶつけていた。内孫くんは、ウチの息子より1歳年下。大人達の言葉の意味が解ってきて、自分も会話に加わりたくて、一生懸命に言葉の練習を始めたいと思う頃のはず。けれど、自分の気持ちをどう表現して良いのか解らないから、結局は泣かずにはいられないわけで、ましてやそれが、いつも自分の面倒を見てくれているおばあちゃんへ「お願いだから怖い顔をしないで」とか「もう怒鳴らないで優しく抱っこしてほしいよぉ」というサインだったりするはずだ。それなのに、「泣くな!」は残酷だと思う。………………。でも、おばさんの気持ちも少しは解る。私だって、もしも保育園に息子を預けていなかったら、息子のストレス信号の出し方を理解できずに、殺してやりたいぐらい憎んでいたかもしれない。………………。けれど、やっぱりおばさんの怒鳴る行為は間違ってる。私も、実父によく怒鳴られた。弟に嫉妬して悪戯して泣かせたり、相手になってほしくて大人の会話に口を挟んだりして、怒鳴られて、謝りたいけれど怒った顔が怖くて泣くしかできなくて、実母に宥められても「うるさい!」「泣くな!」「泣くなら出て行け!」「おまえなんぞ、俺の子供じゃない!」「いっそ出て行ってのたれ死ね!」という類いの罵声をさらに浴びて、辛くて泣いた。だから、私は今でも「涙なんかただの甘えだ、泣いたところで誰も許してなんかくれやしない」と思っている。私はいくら泣いて詫びても、実父母に許されたことなんか無いんだから。許されたことが無いから、息子をどうしたら許せるのか、解らない。そんな自分が凄く嫌で、頑張っても、特に実父の言動と同じことをしてしまう自分が憎くて、殺してやりたくなる。隣家のおばさんの怒鳴り声は、私をその「自己憎悪の螺旋階段」に突き落とすから、物凄く怖い。怒鳴るおばさんは、今の私。怒鳴られてまた泣き出しちゃう内孫くんは、幼い頃の私。両方に自分を投影してしまって、さらに辛くなる。実父母から「人の子の親になって、俺達がどんな思いでおまえを育てたか、ようやく理解できたはずだよな?」と言われる。勿論、よ〜く理解できた。二人とも、心の底から私という存在を「荷物」だと思っていることが。子供は親の鏡だ。私が息子に対して憎しみを感じるのは、私が息子ぐらいの頃に、実父母や母方の親戚達(当時同居していた)に疎ましい、うるさい、面倒臭いといった、マイナスの思考の中で育てられたからだろう。その証拠に、今でも私は実母の体温が気持ち悪い。泣きたくなっても、どんなに辛くても、独りの時しか泣かないし、泣きたくない。泣けばさらに罵声を浴びせられ、ここぞとばかりにあらぬことまででっち上げられて、土下座させられると、確信している。人が死ぬと平等の裁きを受けるべく閻魔大王の浄玻璃鏡に生前の罪が映るというのが本当なら、実父母はきっと私がどれほど憎しみを覚え、それらの多くが自分達に起因しているか、見せつけられるに違いない。それを私も繰り返してしまうのは、我慢できない。息子には、不器用でちゃんと伝えられないかもしれないけれど、「許す」「許される」という気持ちを大切に持たせたい。もう家族はバラバラになっているような状態だけれど、なおさら息子の心だけは歪まないように見守っていきたい、と思う。
 6月17日 しかも(以下明日の日記のその3参照)
 ここしばらくタロットのページが更新されていないのは、日本語なのに読破しづらい解説書を読んでいるから。まぁ、基本的にカードのほうが大切なんだから、カードだけの印象を書いても良いかもしれないが、デッキの構成は大多数を占めるタイプとまるで異なるし、解説書も日本語で書いてあるから「読めてません」とは書けないし。同じく、何ヶ月も追加されていない長編「幻想茶会」と「TORAT」も、続きのネタはちゃんと用意してあるけれど、放置中。とりあえず、「VS」の執筆リズムを物にし、「紺碧(あお)色髪の龍華」を完結させるほうが先だな。他にも寝かしたままのネタがゴッソリあるのだけれど、それらに手をつける勇気は、今の私にはない。あと、集英社が匿っているらしき若手漫画家氏に応援レターを送りたいのだが、集英社には感想専門の掲示板もメールアドレスも無いみたいだから、下手な字で書かねばならないようだ。む〜、こんなにやりたいことはあるのに、何故だ、いざとなると爆睡するのはぁっ!
 6月16日 う〜ん…
 自分の視野が広くなった時、それ以前に大きく素晴らしいと感じていた事物が、突然実寸大に見えるようになり、「ああ、所詮、理想は現実に無いから理想なんだな」と、脱力感を覚える。大きくて頼もしいと感じていた実父の背中が、酔っては愚痴り、他人を罵り、罵った相手が亡くなり葬式に参列し、帰宅後浄めの塩を使うか使わないかのうちに、「あいつは俺の言うことを無視しやがったから、死んで当たり前だ。俺に逆らう奴は、全員、早死にするぞ、見ててみろ、面白いから」と笑った途端、穢らわしく、矮小な存在に見えるようになった。現実でコレだから、ネット社会ではもっと「過大評価」や「過小評価」が多いと思う。文面だけのやり取りなんだから、当たり前か。私だって、極力ありのままを書くように心がけてはいるけれど、来ていただいた人達に嫌われたくないという気持ちから、自分の短所をあまり見せないようにしているし。どんな社会でも、どんな場面でも、自分の非を認め謝ることって、難しいよなぁ。私も謝りたい人達がかなりいるけど、勇気が無くて、謝罪メールを送れずにいるし。メール、苦手なんだよなぁ…。チャットなんて論外だよ。文章だけで本当に何もかもを伝えることは、難しくて、辛い作業だし。ともかく、伝えたい気持ちが大きな相手から順に、僅かばかりしか無い勇気を振り絞ってメールを書いてみようと思う。
 6月15日 はぁい、ここ、また書き直しね〜(涙)
 今日一日、この欄「だけ」を何度も何度も、書いては消し、書いては消し、書いては…(涙)。我ながら、遅筆の元凶を見ている気がして、泣けてくる。テレビをつければ、国技の世界以外に飛び出したことがほとんど無い兄弟の喧嘩やら、アメリカのスターが本当に児童に猥褻な行為をしていなかったのかとか、実生活に何の役にも立たないことばかり放送されてるし。それでも時計の代わりにはなるからと放送を垂れ流していると、息子が手慣れた感じでプレステ2の電源を入れ、勝手に「鉄道大好き! 走れ、新幹線」(約20分:DVD)をエンドレスでかけ続けるし、しかも自分は見ないでただでも不調の窓機をこれまた勝手に立ち上げて、「ハンゲーム」に夢中になり、ルールが解らないと私を呼びつけるし、それならDVDを切るぞと言えば号泣して殴りかかってくるし…。やっとの思いで得た独りの時間には、心身の疲労から爆睡してしまい、実父母に呆れた顔をされたり「もっと早く寝ろ」と言われたり…。気づけば、夕方。医師には、「昼間の睡眠は、心が張り詰め続けるのをやめて、自発的に休もうとしている証拠ですから、良い方向へ向かっている兆候です。眠ったことを後悔しないで、休めた自分を褒めましょう」と言われたし、それを実母にも話したけれど、見た目は決して良くはない。「主婦なら掃除などをちゃんとやれ」というのが実父母や旦那の本音だと思う。少なくとも、私のほうが実父母や旦那をそういう人だと思って見ているし、実父母や旦那も私がそう思うような言動のみを繰り返しているし、口先で「あら、そうなの。ふ〜ん」と理解したような言動を取られても、信じることはできない。…ああ、結局、愚痴を書いちゃったよ…。
 6月14日 しまった!
 今日、午後10時から書きだした即興作品のネタが、「だから言ったでしょ!」と被っていることに、書き上げてから気づいた。まぁ、視点が私のものだった前作とは、旦那の視点から想像してみた今回の作品とでは、ちょっと雰囲気が違っているだろうから、そのまま掲載してしまうことにした。蛇足だが、今日の昼間、この欄を長々とした愚痴で埋めた。それを書き直している現在、午後11時半。とっとと書き上げて、アイムくんに会わねば!
 6月13日 「天然」ならマシだけど…
 朝、旦那が出かける音で一度目覚め、旦那と顔を合わせたが挨拶を忘れた。息子の登園支度を始めた頃、何か忘れている気がしたが、支度が終わる頃には「何か忘れている」と考えていたことを忘れて、「何を考えながら支度してたんだっけかなぁ?」。登園直前、実母に話しておこうと思っていたことをせっかく思い出したのに、実父の怒鳴り声で忘却。息子を送った後、「何かしようと思っていたはずだが…」と考えた末に、実母に話そうとしていた行動を思い出したが、話の内容は午後7時半の今になっても思い出せない。その後、何かをしようとしては忘れ、思い出したとしても思い出す直前に考えていたことを忘れ、念のためにメモもしたけれどメモをどこにしたのかを忘れ、何をメモしたのかも思い出せず、「…まぁ、いいか」。息子を迎えに行った時も、荷物が軽いと思ったものの、水筒の存在を忘れ、帰宅後2時間半経ってようやく思い出し、忘れないうちに保育園に電話し、取りに行った。「あ、そうそう、ついでにデジカメも持って行って、小道同盟さんに送付する小道写真を撮ろうっと」てな具合に、日常生活では困らないことばかり思い出して実行した。ちなみに、今日に限ったことではないが、トイレに入ると、必ず「…あれ? 何をしてるんだ?」と思う。トイレに入る前にしていたことなど、すっかり忘れているし。どうして自分がトイレ(洋式)に座っているのかも忘れてしまう。夜中にコレをやるとそのまま眠ってしまい、早朝、用を足したい旦那が思いきり薄い木戸を叩いて私を起こす(過去1回あり。睡眠時間は推定2時間半)。おかげで、自分がトイレにいることが本当は夢ではないかと疑うようになり、何度も便座や壁の感触を確かめて、ようやくトイレにいるのだと納得する。そのため、私のトイレ所要時間は、最短で3分。風呂に入っていて、ほんわか温かくてうたた寝し、湯が冷めきって体が冷え、自分のくしゃみで起きたこともあった。未明に布団を直そうと思って起きたところまでは覚えているが、布団を握った後のことを忘れ、そのままの姿勢(土下座1回、正座で三つ指1回、胡座おおよそ週に2〜3回)で眠りこけるのは既に日常化しつつあり、もはや旦那は呆れはしても驚きはしなくなってしまったそうだ。それにしても、謎だ。こうまでいろいろ忘れているくせに、どうして日常生活には無関係なことや他人に笑ってもらえるようなことだけは、キッチリ覚えているんだろう?
 6月12日 カミソリあたりでまだ痒い
 十五年ほど前、自分の尻からシッポがポロリと取れて傷口が痒いという夢を見ながら、現実にそこを掻きむしって傷口を本物にしてしまったことがある。短毛の猫のシッポみたいで嬉しかったものだから、今でも「私には本当はシッポがあったの!」と旦那に言い張っている。十年ほど前には、頬から白く長い髭が生え、抜け毛と間違われて引っこ抜かれたことが二度あった。どちらもまさに猫のヒゲのような位置にあったものだから、悔しかったし、また生えてこないかと密かに楽しみにしている。それなのに! 「あら、あんた、今度の旅行までに、一度は顔を剃っておいたほうがいいわよ」と実母に言われ、今日の午後、「ほんわかうとうと」状態の私を店の椅子に座らせ、眠っているのをいいことに、髪をカットし、ついでに顔面から首に至るまでを剃られてしまった。私の密かな楽しみは、思いきりリセットされてしまった。それはまぁ、仕方ないから諦めたけど、今夜、ちゃんと眠れるか心配。何故なら、私は金属アレルギー(特にメッキ物に対して)のある敏感肌のため、顔に限らずカミソリを当てると痒くて痒くて、辛いのだ。事実、顔を剃られてもう二時間が経過したが、(以下タイトル)。
 6月11日 いろんな負荷でダウン(爆睡)する
 窓機がヤバイ。しょっちゅうフリーズするようになった。フラッシュ壁紙を使うようになってからだから、と考えて普通の壁紙にしたけれど、それでも凍る。旦那が一応見てくれたけど、ウィルスにやられた形跡もないし、フリーズする時は決まって旦那も離れでパソコンを使っている時っぽいし、いろんな負荷がのしかかって凍るんだろうと思う。う〜む、他人に思えん…。でも、頼むから故障にまでは至らないでくれ(切実)。今度壊したら、しばらくネット落ちしなくちゃならなくなるから、本当に頼む! う〜む、こうして書いてみると、窓機のほうが私よりも役に立っているみたいだな…(ちょっと僻んじゃうぞ)。
 6月10日 嗚呼、懐かしの「生さんま」…!
 毎週のことだが、金曜日になると、憂鬱度が急上昇…というのは奇妙だ、気持ちのめり込み具合が物凄くなるというか、とにかく「明日」が永遠に続く気がして、どうして自分はまだ生きているのだろうかとすら考えてしまう。あまりに漠然としているから、現実には自殺する勇気も無く、気が滅入ったまま土曜と日曜を普通に過ごし、月曜日に無気力状態に陥るだけなのだが。今更だが、鬱症状の人が「真っ暗で出口が見えないトンネル」と日々を例えるのが、非常に納得できてしまう。息子が邪魔、というわけではない、と思う。今日は迎えに行った時、息子の友達とそのお母さんと一緒に、かくれんぼごっこやかけっこをして遊びながら帰ってきたし、それを楽しいと思った。実母となかなかお風呂に入らない息子をどうしたものかと考えあぐね、「ママも頭洗うから、先に入っちゃおっと」と言って風呂に入ることで、無事に入浴させることができて、嬉しいと思った。その後、サイトの更新も電脳住民と電脳ペット達の世話がまだなので焦っているのに、眠くなって甘える息子を可愛いと思った。だから、息子が家にいるから土日が嫌とは限らなくて、それも一因ではあるけれど、他にも「休日がいつかすら知らせないし何を考えているか解らない旦那」や、「疲れるとヒステリーを起こす実父」や、「もう私がすっかり治ってきているからと誤解してあれこれ言いつけてくる実母」など、気を遣わなくてはいけない対象が多すぎるのも一因だと思う。少なくとも、今日の息子の頼もしかった一面を楽しそうに私が話すと、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔で無視する実父は、私の症状を悪化させていると自覚してほしい。日頃、「全然笑わないから、俺と一緒に食事をするのが嫌なんだろうが!」と陰口を叩くくせに、私が笑えば笑ったで「笑えるぐらい回復したんなら、もっと自分の息子の面倒を一人で見ろ!」と陰口をまた叩く。その卑劣さときたら、旦那といい勝負だと思う。しかも金に対する執着心が物凄いので、白市氏に一万円札で頚動脈を切ってやってほしいとすら願ってしまう(タイトルとこの一文でネタ元が解った人は同世代だと思う)。
 6月9日 地蔵くんと地蔵ママ、お元気ですか?
 【幸せになる、のんびり育児・ぐうたら生活の法則】というメルマガを、「まぐまぐ」で登録して拝読している。とは言っても、ようやく今年の1月半ばの分に到達したのだけれど(現在の積ん読メルマガ約700通:汗)。ご両親やお子さん達二人をを何かのトラブルで亡くされた方が、「これではいかん!」と頑張られ、ご主人とお子さん(三男だけど一人っ子)と暮らしておいでらしい。「幸せになる」「のんびり」「ぐうたら」という文字に誘われ、私でも幸せになれるかなぁと、羨ましい気持ちで創刊号から読者になっている。とてもほのぼのとして、笑顔の絶えないお姉さんとメールしている気分で、毎号拝読しているのだが、今年の1月19日に発行されたものを読み、驚いた。勝手ながら、子供好きで世話好きな人だと想像していたのだが、「じつは子供は好きじゃない」、「育児書を読んで無理してた」といったことが書かれていて、この人も苦しい思いをしてたんだと知って、正直、肩の荷が軽くなった。私も、子供は好きじゃない。自分が子供のように何かに没入するのが好きだから、「あそんで〜!」と邪魔しに近寄られるのが嫌なのだ。これは、小学生の頃から続いている(つまり最初に嫌われたのは実弟)。短時間だけなら、年下の子の面倒を見ることはできるけれど、長時間任されるとどうしたら良いのか解らなくなる性分のまま、息子を産んだ。その途端、私は「母親」になることを周囲すべてから強要され、少しでも目を離したりうたた寝したりすると、それだけで長々と怒鳴られたり罵声を浴びせられたりする。それも、肉親からだ。「心配してやってるんだぞ」というオブラートさえあれば、私の心がどうなろうと、実父母は「自分は無罪だ」と思っているらしい。けれど、冒頭のメルマガを発行している女性は、「子供は好きじゃないけど、毎日ちょっと一緒に遊んで笑っているうちに、少しずつ母親になっていくものだから、のんびりと気楽に、家のことはぐうたらでも良いじゃない」と話しかけてくれるみたいで、涙が出るほど「自分」になれる。これからもきっと、読み続けると思う。半年遅れであろうとも。
 6月8日 なんか……(溜息)
 朝から溜息が続く。何もしたくない。ただそれだけ。少しでも気を緩めると、涙が出てくる。それで泣ければ多少スッキリするのかもしれないが、「泣くな」と言われる。だから必死に我慢していると、僅かな安心を見つけただけで眠ってしまう。そうやって眠ってしまうと、「どうして寝てるのよ」と叱られるか、眠っていた間は当然何もできないわけだから無能な自分が憎くなる。連日これが繰り返されて、今日はとうとう無気力に陥った。だから溜息が続く。「どうして私、生きてるんだろう?」「こんな役立たずなんか、誰も必要としてないじゃん」「どうやったら確実に死ねるかなぁ」など、言葉に変換すればこういう内容になるらしい漠然とした気持ちが、日頃心の奥底に押し込めていた気持ちが、理性という蓋が取れちゃったのを良いことに、心の中で暴れているようだ。行きつけのスーパーで、子供2人を連れて買い物に来ているお母さんを見かけた。純粋に、尊敬した。子供1人すら自力で育て上げることができない私には、絶対に真似できないくらい、親子で笑って買い物をしていた。そういうお母さんになりたかった。…なんてね。最初から不可能だって、本当は解っていた。だから、何の相談もなく無責任に私を妊娠させた旦那を怨んだし、今でも許せない。母親になれない性分だから、中絶することも考えたし。だから、3ヶ月目になっても煙草をやめなかった。そのせいで、切迫流産になった時、ようやく私は息子の命を奪う権利は無いと思ったし、産まなくちゃという気持ちを自覚した。初めて切迫流産で入院した日のことは、今でも覚えている。不正出血が始まって驚いて、旦那に病院へ行くと話したら、「寝てりゃ治るんじゃないの?」と鬱陶しそうに言われ、どうしようかと悩んでいたらファンヒーターの灯油が切れたので、「私が」灯油を入れた。その間、旦那はずっとパソコンでゲームをしていた。給油後、もう一度トイレに行ったら、出血が増えていた。「出血が増したし、病院に行ってくる」と宣言した時の旦那の嫌そうな顔と「だから安静にしてろって言ったのに」という自己防衛の台詞は、未だに憎悪の記憶として心にある。入院中、看護婦さん達が「何か心配事とかありますか?」と頻繁に尋ねてくれたけれど、私には「特に無いです」としか言えなかった。だって、全部が不安で心配で、しかも漠然としすぎでいて、何からどう言えば良いのか、解らなかったから。ああ、今はこんな話、書いてる場合じゃないんだった。泣き顔で保育園に行くハメにならないよう、ちゃんと頓服を飲まなくちゃ、本当に役立たずになっちゃう。
 6月7日 てんやわんやの大騒ぎ(祝)
 今日と明日、愛車「なでゃぁ」の車検。代車も用意してもらって、ついでにタイヤをノーマルに交換してもらい(やっとかよ、自分:笑)、オイル交換と先日擦ったバンパーも少し擦ってもらうのを依頼。「あ、自動車税の納入証明書が無いと車検に出せないんで、持ってきてください」と言われ、急遽、書類を取りに出直し。これだけなら「普通の車検出し」だが、問題は、我が家と依頼先の実弟の同級生の店が、伊勢へ運ばれる御神木の通過地域のど真ん中ってこと。昨日の午後から市役所の人達が通り道の街路樹を綺麗に刈り直したり、御神木が通ることを意識させる白いのぼりを立てたり、受け取り手の伊勢のスタッフが下見に来たりと、街中に緊張感が漂い始め、とうとうやって来る当日の今日、我が家とは目と鼻の先にある、市で一番広い公園(グラウンド兼用)の周囲は関係者でいっぱい。お世話になる整備店は、ルートが掠める位置にあるもんだから、とにかく御神木が到着する前に車の交換をする必要があった。で、無事に車検に出せた今、ちょっと唖然としている。物々しい行列が延々と街で一番太い道をやって来て、祭囃子がドンドコドンドコ鳴り響き、行列が来る直前までカメラをセットしたり、ヘリコプターが近隣のヘリポートに着陸したり離陸したり、もう凄いの何の…。きっと、当地の市の人口の4分の1か3分の1かに相当するスタッフが、すぐそこの公園に集結してるだろう。今回の遷宮のための御神木の移送には、私も興味が無いわけじゃないけど、15年ほど前から「人込み恐怖症」というか、自分が大勢の中に加わって同じ方向を向いていると、それを真上から見た光景を思い浮かべて、気持ちが悪くなるようになってしまったので、見学に行けない。かなり残念。その代わり、実父は珍しい光景をカメラで撮影するのが好きだから、トイレ掃除の途中で作業を放り出し、とっとと撮影に出て行ったし、実母はどんな内容であれ、祭とか人が賑わっている場所を察知すると、野次馬根性が働いて、美容室を開けたまま、携帯電話だけは何とか忘れずに持って、子供のようにはしゃいで出かけて行った。今(午前11時半)も、すぐそこで大太鼓が打ち鳴らされているのが聞こえる。木曽で伐採された御神木は、水路なら木曾川沿いで、陸路なら中山道沿いで、こうした祭を行われることで、いっそう高潔な物へと思いを込められ、遷宮という使命のための禊をするのだろう。
 6月6日 「笑止な」と書いて「わらわせるな」と読むマニアがいた時代から読者だ
 朝から現時刻(午後7時)に至るまで、自分がほとんど何もしていなくて時間を無駄にした気がして、泣きたいぐらい落胆している。息子を保育園に送っていき、その足でコンビニへ行ってジャンプを買って、メールチェックとパルジャニア(ウチのリヴリー)の世話を少ししたら、実父母のアッシーになり、少し離れたところにあるデパートやら100均やらを巡って、昼飯を奢ってもらい(いつもだけど)、薬を服用してからジャンプを読み、読んでいて、それから…(記憶無し)。睡眠薬を服用した後ならともかく、安定剤の量が一番少ない昼食後に、よりによって漫画を読んでいながら寝たことなんて、まったく考えられないことだって! しかも、読んでたのは、週刊少年ジャンプなのに! そりゃね、私の中学・高校時代(約20年前:汗)と比べたら、掲載作品の個性や過激さといった雰囲気が、まるで違うのは確かだけど、眠くなるほどとはなぁ…。う〜ん、何ていうか、「常識」の壁をぶち破る気迫が満ちている作品が減った気がする。景気の良さに浮かれている社会に喧嘩売る漫画家とか、拳圧で試合会場の窓を全部吹き飛ばすだけでは飽き足らずに月の裏側を決闘場にする漫画家とか、経絡を突くだけで人間を粉砕させる漫画家とか、登場人物の全員を死なせておきながら最終回までにほぼ全員を蘇らせて大団円を決める漫画家とか、主人公が真剣になればなるほど作画も迫力を増した上に一瞬の出来事のために18ページを費やした漫画家とか、昔は「とんでもない物語」が多かった。中には「とんでもなさ」を追及するあまりに独り善がりになりすぎて白けた作品もあったけれど、「プロとして読者を満足させてみせる!」という気概が伝わってきた。だから、毎週発売日が待ちきれなかったし、一度読んだのにコミックスを買うことを迷わなかったし、何度読んでも飽きなくて、それこそどの巻の何ページにどんなコマがあるかまで記憶した。今は、そこまで読み尽くしたいと思う作品が、無い。好きな作品はたくさんあるし、尊敬している漫画家も少なくないし、コミックスを必ず買うと決めている作品もある。けれど、「そこどまり」。プロの漫画家ならば、当然漫画はデビュー前から好きだったろうし、影響を受けた作品もあると思う。でも、その作品を超えてやろうという気概が溢れている作品は、激減したように見える。「週刊連載」という玉座を守るために、読者に媚びを売らなくてもいい。実際の理論とは激しく矛盾したネタでもいい。せっかく漫画として表現できる技術を持ちあわせているんだから、どうせなら奇抜で突拍子もない、無理や無茶に熱意を込めて、読者の脳髄に根差している「常識」を捩り臥せてしまうような作品を、読ませてほしい。なぁんてね、言っている私も今は同じだよなぁ。持ち出しや盗作は禁止している限り、無料で物語を提供しているんだから、訪問してくださる人達を楽しませることをモットーに書くべきなんだよなぁ。プロではなくても、セミプロとしての自覚は必要だよなぁ。20歳若返った気持ちで(と書くと実年齢をかえって意識しちゃって悔しいけど:苦笑)、とんでもない物語を書かなくちゃ、だわ。
 6月5日 超スロー&超低空飛行
 タイトルは、今週の私の具合。ボーダーラインの「こちら側」にはいたけれど、積極的な言動はできないという状態。座っていると、数秒で眠くなり、数分で寝入っていた。夜間は反対に目が冴えてしまい、3種類の薬を服用しなければ眠れない。それでも未明頃になると半ば目が覚めて、トイレに行ってそのまま眠ったり(そして旦那に起こされる)、掛け布団を直そうとして起きて胡座をかいたまま眠ったり(そして旦那に驚かれる)。息子の相手をしている夢でも見ようものなら、飛び起きて家中歩き回り、土下座姿勢で寝入ったり(そして旦那に訝しがられる)。薬が合わないわけではないと思う。肉体的には、薬のおかげで、本当はもっと運動したほうがいいくらいのはずだから。問題は、精神的なこと。出歩くたびに、同じ町内の人は勿論、隣の町内会の人にまで、「まー、よう肥えやーたねー(まあ、凄く太ったわねぇ)」と言われるから、外出したくない。何しろ、「太ったわね」だけでも3回は繰り返し言われ、ダイエットがどうの、運動がどうのと、延々と大声で喋られる。通行人は皆振り返るし、息子を放置できないし、実母の店の客だったりしたら無碍に話を打ち切るわけにはいかないし、我慢に我慢を重ねて、ようやく解放される。実父母には「糖尿病になるぞ、絶対に」とか「早く痩せないと、将来息子に嫌われるわよ」とか言われるし。そのたびに積み重なった自己嫌悪や自己憎悪が、夜独りになると勝手に涙を流させるし、眠ってからも未明に怪しい行動をさせている気がする。明日からの一週間は、嫌でも出かけ、他人と顔を合わせなければならない。分かっていたことだから、7粒だけの頓服を今週は無理してでも飲まずに過ごした。
 6月4日 これだけは譲れねぇな…(フッ)
 AKAGIというメーカーの「ソースたっぷりプリン」というアイスクリームにハマっている。行きつけのスーパーで、5個纏め売り398円(税込み)で、最低でも3個は入れる。クリーム部分は本当にプリンの味だし、底にたっぷり入っているカラメルソースがまた憎いほど美味い。旦那には絶対に、息子にはできるだけ、譲りたくない味わい。当分、こればっかり堪能することになる。というか、しばらく前からとっくに「長期堪能」してたりする。で、譲れないオーラが漂っているのを察してか、旦那は旦那で「いいもんねー、俺も買ってきたから」と、昨夜、別の特売商品を冷凍庫に詰めていた。ちなみに、私がまとめ買いする時に入れる可能性がある次点アイスは、「トルコ風アイス」(ヨーグルト味)。スーパーから自宅までの間に程よく溶けるので、ありがたい。そんな私を見た息子が一言「ママ、アイスばっかりたべると、おなかひえひえのごぉろごろになるよ?」。我が家では、旦那が料理をし、息子が母親に注意するという、ちょっとズレた光景が珍しくもなく繰り広げられる…。
 6月3日 ……本物?(いろんな意味で)
 電話回線関係の某N社から勧誘電話があり、咄嗟に「○○美容室(実母の店の名前)ですが」と言ってしまった。実家の電話と混同するほどに、私は自宅の電話を使わない。無論、携帯も持っていない。宝の持ち腐れだから。よって、電話使用料金はたいてい2桁。「これ以上安くしてどうする」状態。自動車税を振り込みに、光熱費の引き落としでお世話になっている農協へ。「ついでに住所表記も変更したいんですけど」と言ったら、「直接税務担当へ連絡してください」と返され、県の税務関係機関に電話。堅苦しい組織への電話なんぞ、約4年ぶりで緊張しまくり、先方担当者をイライラさせた。その後、トイレに入るたびに、電話が鳴った。留守録にもメッセージが無く、発信元は不明。待ち構えているとかかって来ず、緊張を解いてトイレに行くと、急には立てない状態を狙っているかのように鳴り始める。これが、3回連続。トイレに何か仕掛けされてないか調べたし、3回目には「いい加減にしさらせ! メッセージぐらい残せんのか!!!」とブチ切れ。直後、他に誰もいないし、タイマー機能があるはずもない、鍵盤玩具の電源が入り、フルボリュームで「ヒヨコのかくれんぼ」が鳴り始めた。玩具の上には何も乗っていなかったし、絶妙のタイミングで鳴り始めたし、「おぉっ! 数年ぶりのオカルト現象かっ? この程度で私をビビらせるつもりかっ?」と、怒りの度合いが増加。電話の子機を持ってトイレに入ったり、風呂掃除をしたりしていたら、また電話。「あの〜、○○病院ですが」と女性の声。てっきり恨めしそうな男女の判別もできない奇抜な音声に対して身構えていたので、毒気を抜かれた。用件は、息子の予防接種の緊急キャンセルだった。それっきり、トイレに行っても電話は鳴らなくなり、一段落。…って、鍵盤玩具は未だに謎のまま。本当にオカルト現象だったのかもしれないし、私が怒りに任せて怪しい電波でも出したのかもしれない。何であれ、珍しく電話で喜怒哀楽を感じた一日だった。
 6月2日 …忘れてたよ…(慌)
 先月中に納めねばならなかった自動車税の納入用紙を枕元から発掘し、青ざめる。母の日に旦那が棚を作って本を収めてくれたのはありがたかったけど、同時に本と本の間にあった書類関係がてんでバラバラになってしまい、行方不明続出。「俺は一切捨ててないからな。散らかしていたおまえが悪い」と旦那に言われたが、私は心の中で「何の書類がどの本とどの本の間にあるか、ちゃんと覚えていたのにぃっ!」。こうして税金の滞納をしたり、婦人科で義務づけられている基礎体温表を紛失したり、近日中に園に収めねばならないのが何だったのかが不明瞭になり、土壇場でオロオロしている私に、旦那は鼻で笑って「自業自得」と言うことになるわけだ。正直、腹が立つ。何しろ、まだ今月分の生活費も貰ってないんだもん!(と、本来の怒りとは無関係のことに対しても激怒し始めることになり、また頓服を服用するわけだ)。
 6月1日 ……なぜっ?
 今朝、まだ未明の頃だと思うが、目覚めかけたら、胡座をかいて座っていた。なぜっ? 中学生の頃の実弟が夢遊病っぽくなり、眠ったまま布団から抜け出して部屋中を歩き回ったり、何度も実家の階段を上り下りしたとは、聞いた覚えがあるけれど、私にはそういうことはやらず、実弟に踏まれても高鼾で眠っていたそうだ。とてもじゃないが、歩き回ったりしたのなら、欠片程度には記憶しているはずだ。そう信じて、夜中のことを思い出してみた。「確か、寒くなった気がして、毛布布団を直そうとしたんだっけ。で、引き寄せたは良いけど、ついでにトイレに行くか行かないでおくかで悩んで……」からの記憶が皆無だから、どうやら胡座をかいて悩みながら、再度熟睡に入ったのだろう。けれど、その後、体が冷えて目が覚めた時は、本当にショックだったよ。

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