ものぐさ日記
サイト運営を3年行ってみて
ようやく自分の未熟さや厚かましさを実感しました
そんな私自身を極力偽らずに書き続けていこうと思います
| 8月31日 仕方がないよな… |
| 今日、甥っ子が入院する。明日、手術するために。甥っ子はまだ1歳と数ヶ月。だけど、麻酔を打って、足首の筋を切って、軟骨を削り、「普通」の足首にする手術を受ける。けれど、この「普通」は「1歳と数ヶ月」の段階の「普通」でしかなく、成長するに従って、また同じように「普通」にする手術を、繰り返し受けなくてはならない。自宅である実弟の家よりも、嫁さんの実家で過ごす時間が長い甥っ子は、それでも実父にしたら「将来の跡継ぎ」であり、実父にとっては「右足首の関節が『普通』ではないこと」が「心配」という名の「不満」であり、嫁さんと一緒に嫁さんの実家に行きっ放しであることを「常識知らずだ」と罵らなくなった。本人がそれを自覚しているか分からないが、少なくとも私の目には、「五体満足でない跡継ぎなんぞいらんから、どこへなりとも行きやがれ」的な態度に見える。本人は懸命に「俺は将来を心配してやっているんだ」と繰り返し言っているが、甥っ子の将来を心配するべきは実弟であり、その実弟が「数百人に一人はこういう足で生まれるんだってさ」と大らかに受け入れ、尽力しているだけに、つくづく「自分の娘は精神異常者で内孫は身体障害者」という勝手な悲嘆を持っているものだと、呆れてしまう。鬱症状は、精神異常ではない。だが、実父には私は「精神異常者」の一人にしか見えないのだろう。同様に、右足首の関節が生まれつき外れてしまっているだけの甥っ子を、実父は「一生右足を引き摺って歩く身体障害者」と思い込んで見ているのだろう。数年前まで勤務していた職場に、精神科に通院中の同僚がおり、ストレスが溜まると暴れるその人を、実父は「これだから精神異常者は社会から排除しなくちゃダメなんだ」と唾を吐いた。身体障害者の人達がリハビリも兼ねて作ったパンを実母が買った時、「道理で臭くて不味いと思った。あんな社会に対応できない連中からは、もう二度と買うな」と、心底嫌そうな顔をして食べかけのパンを捨てた。当時の私は実父の言い分に対して、特別な感情を抱かなかったが、今の私は、当時の私が実父に対して嫌悪感を抱かなかったことを、恥ずかしいと思っている。精神科に通院中の同僚氏は、きっと上司なり同僚なりに言いたいことがあったけれど、ずっと我慢し続けていて、他人の足を引っ張らないようにするだけで精一杯だったのだろう。障害者の方々が焼いたパンは、保存料などは無添加で、実父が「臭い」と言ったのは、生地が酵母で充分醗酵しているためであり、本物のパンを自分達で焼いたという障害者の方々の喜びが詰っていただろう。それを想像できなかった私自身が、恥ずかしい。そして、未だに偏見を抱き続けている実父に対して、病気や障害に関する話をできないでいることが、辛いし、恥ずかしいし、悔しい。今夜、実父母は実弟の車で、甥っ子の見舞いに行き、嫁さんの実家の方々に挨拶し、甥っ子を励ましてくる。だが、あくまでも「うちの内孫なのに顔を出さないのも変だから」であり、嫁さんの実家の方々に対しても「一応礼を述べないとばつが悪いから」だと言った。そして、私に「(息子と)二人でいられるでしょ?」と言った。そりゃ、結果的に「二人でいられる」よ。息子はひたすら「ぼくもじいちゃんやばあちゃんといっしょにいきたかったぁっ!」と号泣するだろうけれど。甥っ子が入院する病院は、二つ隣の市から県境を越えてすぐの所だとか。実弟の違反スレスレのスピード運転なら、30分ぐらいで到着できるだろう。見舞い時間もそんなに遅く設定されていないだろうから、私と息子は2〜3時間留守番すれば良いだけだ。その間、ずっと号泣されても、息子を実家に預けてばかりのしっぺ返しに過ぎない。それに、あくまでも私は嫁に「出た」身だから、「息子が泣くものですから…」なんて理由で、実弟側の「親族」に会うのも理不尽だ。だから、仕方がない。たった1歳で麻酔を使う手術を受け、歩けるようになったのが嬉しくて歩きたいのに、2週間もベッドにいなくてはならない甥っ子のことを考えたら、息子の号泣なんて苦労でも何でもない。パソコンで「だらだら毎日」の4コマを見たり、新たにハマった「チーズスイートホーム」を読み聞かせたりしてあげよう。それでも号泣が止まらなかったら、一緒に泣こう。母親として未熟な自分を反省しながら、泣こう。息子は、虫歯を悪化させたものの、健康優良児。それに、たくさんお喋りができるようになったし、友達作りの名人だし、あちこちから「まおりぃ」を見つける優しさがある。だから、甥っ子の足首のことや、私の病気のことを話して、実父や私のような偏見を持った人間にならないよう、少しだけお話してあげよう。 |
| 8月30日 雨女、心の内で狂喜乱舞、即ち、雨。 |
| 息子が通院するはずだったが、トビヒは完治したし、保育園で夏祭りをするというし、予約をキャンセルして登園させた。おかげで、部屋でグッタリできて少し回復。火曜日なので、本屋へ(注:実母の店に置く女性週刊誌の発売日にかこつけて堂々と本を増殖させるのだ)。大漁! 宗像教授の新シリーズ、静かなるドンの文庫版、戦争終結60年企画の女性や子供を描いた漫画などなど、好奇心をあおる作品から読むのが辛くても読まねばならないだろう作品まで、大量購入。久し振りに6千円を超えた。顔や態度に出せないけれど、心の中では狂喜乱舞。曇天ではあったが、昨夜の天気予報よりも何時間も早く雨が降り出した。…にやり。 |
| 8月29日 ………… |
| 無心。というか、何も考えられず。思考回路を使おうとすると、執筆のネタにはいつも以上に過敏な反応があるのだけれど、日常生活に関する部分で使おうとすると、即停止。とりあえず、息子を送迎し、昼食と夕食を実家に上がり込んで食べさせてもらう。が、夕食は数ヶ月前にできた回転寿司屋。じつは、私は寿司は好きではない。旦那の実家に行くと必ず寿司だし、旦那が土日休むと日曜日の夕食はたいてい寿司だし。妊娠中、悪阻を強く感じたのも寿司だった。きっかけは、自分の布団を畳んで片づける際、敷布団を持ち上げた拍子にゲップが出て、それがたまたま酢の臭いだったことなんだけど(この数日後、不正出血が始まり、切迫流産で入院した。はっきり言って、布団の上げ下げは妊婦にやらせてはいけない)。で、その寿司を全国チェーン展開している回転寿司屋に行って食べたのだけれど、途中で息子が「おしっこ」と言い出し、入店時にトイレの場所をチェックしておかなかった私は反対方向へ息子を持ち上げて走り、スタッフルームを開けてしまった…。息子は失敗しなかったから良かったけれど、私のチェック忘れと実母の「あっち、あっち」を勝手に店の奥と判断して慌てて反対側へ走ったことを、実父は「恥だ」と思ったらしい。ようやく落ち着いて食べようとし始めた息子を睨みながら、「もう食わんのだろうが。とっとと帰るぞ」。それを聞いて実母が、息子の飲み残しのパックジュースを息子に突き出し、「ほら、飲みなさい」と言ったら、実父は「これ以上みっともないことをするな」と怒り、さらに、「ちっとも落ち着いて食べれんし、ビールしか無いし、もう来なくても良いだろう」とまで言った。「これ以上」ということは、私の勘違いが最初にあるわけだ。が、実父は「本人に直接批難していないから気遣ってやれている」と思っているわけで。結局は、私が「恥」の元凶ということになり…。それ以上考えると眠れなくなりそうだったので、やめた。そうしたら、今度はいつもより早めに帰宅した旦那が、私がTシャツを脱いでタンクトップになっているのを見て、胸をつつきに来た。幻滅。ろくすっぽ会話も心配もしない男に、どうして胸を突かれねばならんのだ。怒る気力も勿体無いから、据わった目で「おかえり」と言っておいた。これ以上、果たすべき義理は、もう無い。 |
| 8月28日 その3:午後 |
| 「横になるんなら、腹を庇えるようにしておいたら?」と実母に言われたものの、「そんなもん、意味があるか」と思いつつ、下腹部の鈍痛が残っていて動きたくなくて、結局ダウン。ようやく安定剤が効いてきて、少し眠れそうだと思った頃、また息子が馬乗りになり、俯せで寝ていた私に「ママ! おんまやれ!」とドスンドスン! 痛くて「ぐわぁっ!」と言ったら、「いたいならいたいっていえよ」ときた。「痛いに決まっとろーがっ!」と振り落としたが、鈍痛悪化。だいたい、誰だ、息子にそういう台詞を教え込んだのは! めちゃくちゃ頭にきて、殺意が湧いた(マジ)。現在(午後4時半)、隣家からも子供の悲鳴のような喚き声が2種類聞こえるが、通報も助け舟も出したくない。保護者失格でいいよ、もう。そのレッテルを貼られる前に、多分内臓破裂で私が死ぬから。いや、死んでやるから。覚えてろよ、息子め。貴様に「親殺し」のレッテルを貼ってやるからな(マジ怒り)! |
| 8月28日 その2:午前中 |
| 朝食後、安定剤3種類をいつものように服用。しかし、効果が薄い。10時半か45分頃、頓服を追加服用。何とか泣きたい気持ちを誤魔化せた。その代わり、下腹部の鈍痛再発。特に左側が重くて痛い。「ドラゴンボールZ実寸大四星球型目覚まし時計」が到着、楽しみにしていたはずなのに、気持ちが盛り上がらない。辛さも再発。これ以上、頓服を重ねて服用したらヤバそうなので、枕元の「ファイブ」を少し読み返す。表紙の写真(10年程前の私が憧れた選手達の並んでいる写真)を見て、「大丈夫、大丈夫、…」と唱え続ける。そんな自分にすら涙が出るが、とにかく我慢。旦那と息子が散歩から戻ったら、安心しないでおかねば。「無事に帰ってきて良かった…」と安堵すると、途端に眠くなって寝てしまい、旦那がまた不機嫌になるから。もう無視されることには慣れてきたけれど、せめて息子の前でだけは「平凡」でなくては。それに、その息子にまた飛び乗られたら、この鈍痛が悪化するし。なんか、やっぱり嫌。独りでいる時のほうが、家族3人でいる時よりも楽だなんて、変だし、やだ。…あ、ダメだ、また泣けてきた…。 |
| 8月28日 その1:夜中(寝る前) |
| たった今、「チーズスイートホーム」という漫画を読んでた。1巻。迷子になってへたばった子猫が、普通の家族に拾われて、育てられていく、物語。2巻は明日(というか今日?)、読めたら読む。とりあえず、今日は1巻のみ。だって、…涙がまた出たから…。チー(主人公である子猫)が、自分とダブっちゃったし。懸命に秘密に育ててる家族が、本当にごく普通の家族なんだけど、羨ましくて…。このお母さんみたいになりたかったなぁ。旦那がこのお父さんみたいになってくれるって信じてたのになぁ。どっちも高望みだったかなぁ…。やだなぁ、睡眠薬、効かないよぉ。寝なくちゃ。ちゃんと眠らないと、明日また「俺様予定」について行けずに、旦那が不機嫌になるよぉ。そうでなくても、息子を挟んで息子にだけ話しかけて、私のことは徹底的に無視する人なのに。買い物にだけ一緒に行くのは、息子の子守と会計の時に必要な財布としてだけだし。私から話しかけても、もう後が続かない受け答えしかされないし。…なんで結婚したんだろ…。なんで、こんなに哀しいんだろ…。やだなぁ…。 |
| 8月27日 その2:まだ辛いけど |
| 正直、まだ辛い。金曜日に開いちゃった傷口から、どんどん膿が出てくる感じ。挙げ句、息子に八つ当たりして(いや、実際には息子に朝と夕方、ダイブされて子宮や卵巣周辺に鈍痛が残ってるから、まったくの八つ当たりではないけど)、泣かせてしまったし。けれど、「もしもあの時、違う選択肢を選んでいたら」と、めちゃくちゃ後悔している。「もしも首席入学してなかったら、式の直前に席を変更され、旦那の隣にならなかったら」とか、「東京の写植屋にあと1年在職していたら」とか、もうどうしようもないことばかり考えてしまう。結婚して以来、心の一番奥に、ヘドロのように溜まり続ける感情が、引っ掻き回されてしまったからに過ぎないけれど、6〜7年に及ぶ嫌悪感の蓄積量は半端ではなく、ドロンドロンとしている上に腐敗臭が他の感情にまで染み込みそうで、自分が嫌になる。昨年の保育園の運動会の時、平日なのに仕事を休んで懸命に子供を撮影しているお父さんがいるのを見て、羨ましくなった。しかも、年末に旦那の実家へ行った時、「保育園は運動会が無いのか? あった? で、N(旦那のこと)は見に行かなかったのか? 仕事だった? じゃあ、(私を見て)写真とか無いのか? 無い? 何故? 取る暇が無かった? 何だ、そりゃ?」と、嫌みとも取れることを言われて、針の筵に座った気分になった。そういうことの積み重ねが、私の「平常」。今日も頓服が効かなくて、風呂場やトイレで泣いていたけど、息子は気づいて心配そうにしていたけれど、旦那は「我関せず」。そういう人だと、結婚してから迎えた最初の正月(それも元旦)に理解していたのに、耳垢程度の期待を持っていた自分のほうが悪かったんだという気分にさせられ、さらに泣けた。そういう配偶者と、これから何十年と過ごさねばならないのか…。それだけで、充分、自殺の理由になりそうだと思わずにはいられない…。 |
| 8月27日 その1:未明の懺悔 |
| またやっちまいました…。kyoさんへの献上品を書いている途中で、くたばっちまいました。正確には、「カウンタがキリ番になる前に更新できなかった」なんですけれど。26日の日記を書いたのがじつは午前中でして、午後からの出来事が原因で、ダウンしてたんです。本来なら、そんなことを理由にして言い訳をしたくないんですけど…。ダメ、ですね、ホント…。今まで蓋をして、絶対に見ないでおこうと思っていた部分を、見ちゃいました。見せられちゃいました。実母にね、言われたんです。「旦那さん、いつもああなの?」って。万博に行った時、独りで離れたところをウロウロしたり、ロープウェイ以外では自分だけか自分と息子の二人だけで離れた席に座り、実父母は当たり前として、けれど私まで避けて歩いたり、実母の用意した食事やお茶には一切手を出さず、見るからに「最低限の義理を果たせばいいんだろ?」と思っているのが判ってしまったし、車に乗ってからしか行き先を言わないことや運転中は一切口を利かないこととか、息子が実家へ行ってしまったら私とは会話を一切しないで離れにこもってしまうこととか、忘れておきたいことが、実母と愚痴り合ったことで全部思い出されてしまって、昨日の夕方からずっと涙が止まらないんです。記念作品を書いている間は、独身時代に名古屋の写植屋でガンガン働きまくっていた6年間を思い出していたので、何とか耐えることができたし、旦那が目の前にいる時には弱みを握られたくない一心で我慢してるんですけど、それ以外の時はもうダメダメで、昨日なんて、息子を迎えに行く途中から泣き始め、保育園の前で懸命に「いつもの顔」を作り、何とか我慢して帰路についたものの、息子が公園に寄りたがり、せっかく楽しそうに滑り台を滑って見せてくれてたのに泣きだしてしまって、「ママ、ぼくね、こんなこともできるようになったんだよ。見ててね?」と、息子に気を遣わせてしまって…。歩くのも嫌なほど、体が重く感じられて、夜、本当に立ち上がることもできない状態でした。頓服、あまり効かなくて、以前処方してもらったけど飲み忘れた薬を予備として溜めているのですが、それが結構たくさんあるし、それ全部と頓服と再来週までの薬全部を一度に服用したら死ねるかなぁとか考えてしまい、そんな自分に気づいては「ダメダメ! 外山さん(アイシン精機バスケチームの選手で、同年生まれ)だって頑張ってるんだから! 次のシーズンの決勝戦を、みちよさんと観に行きたいんだから!」と、戦うだけで今も精一杯です。現在書き進めている「VS」の舞台の荒涼とした空気は、多分、ボーダーラインを彷徨っている私自身の心象風景です。中断している「TORAT」の千明が背負ったキメラ化する体は、多分、いろんな感情を整頓しきれずパニックに陥っている私自身の精神状態です。「幻想茶会」は、もうタイトルからして私自身の願望の反映であり、一番気楽に生活していた頃のノスタルジーでもあると思います。短編達に至っては、言うまでもなく、書いた当時の私の心象か逃避先でしょう。そうやって振り返ってしまうと、本当に自分は「小説家」ではなく「物書き」か「日記屋」だなぁと、自嘲したくなってしまいます。それでも、頑張っていかなくちゃ、旦那よりも長生きして旦那の家の墓ではなく、違う墓、無縁仏用の墓でもいいから、とにかく違う場所で安みたいから、頑張らなくちゃと、ひたすらそう思っています。今後も稀に深夜になっても更新していなかったら、1日待ってやってください。当サイトのモットーどおり、「こっそり」更新していると思いますので…。 |
| 8月26日 思い返せば自分の存在がホラー的(笑) |
| 掲示板のピロさんの書き込みを拝見し、思わずモニタに向かって「ごめんなさい、ごめんなさい!」と頭を下げてた。だって、思い返せば、別の話でイッちゃってる人とかスライムもどきとか出してるし、私の人生のそこかしこにホラーな要素があるし。子供の頃こそ金縛りが怖かったけど、高校の頃には「またかよ〜、しつっこいなぁ」とか思ってたし、ラップ音の元凶に「ポルさん」と名前をつけて挨拶してたし、「出る(というか出っ放し?)」部屋を借りた時も話の解る人(霊)と交渉して安眠してたし。ここまでの話をしたら、実弟に「…俺、テレビの心霊特集より、お姉のほうが怖ぇよ…」と言わせた(自慢:笑)。スプラッタだって、妊娠や出産の光景のほうが、作り物よりも多分凄いと思う。人間のお腹の中に、別の人間ができてくんだよ? それが「こんなサイズは絶対に出ないだろ、普通」ってぐらいの産道を通って出てくるんだよ? しかも、大量の血の塊(胎盤)を引き連れて。いくらメスで切開されても陣痛のほうが痛いし。出産後には麻酔無しで切開した部分を縫合されるし。その直後に自力で歩いてトイレに行ったし(陣痛が始まっているのに歩いて分娩室に行こうともしたけど、普通はどっちもやらない。助産婦さんが驚いて慌てて車イスを持って走ってきたっけ:笑)。そんでもって、産後の肥立ちが良すぎたというか、子宮が順調に縮みすぎて胃がデカくなったというか、太りまくって旦那に「当者比1.5倍」とか言われるし(これだけは適確すぎて怒)。昔はあれほど嫌いだったゴキブリと出会っても、「ほれ、殺されたくなかったら巣に戻れや。急に明るくなったら逃げる訓練しろよな」とか言っちゃうし。 |
| 8月25日 基本的に「鬼」だと思う |
| やっと「VS」の続きを書き上げ、今夜ピロさんに送信するつもりだが、その内容を読み返し、自分で自分のことを、タイトルのとおりの言葉で評価した。ホラーだよ、今度は。ホラーだよ、私の嫌いなホラーなんだよ。昔、ゾンビの映画を観て、いつか日本にもあの黒いものが降り注ぐんだと思った。「スイートホーム」という映画で、古舘伊知郎が胴体で切断され、上半身だけで這いずって助けを求めるシーンが気持ち悪くて、「かまいたちの夜2」のホラー版のシナリオを読み進みながら、「二度とこのシナリオに入るもんかぁっ!」と泣いたのに、…自分で書いちまったよ…(泣)。病室の描写が無くてそれぞれの立ち位置が分かりづらい代わりに、すンごくグロい(涙)。頭を打ち抜かれた夫の脳や肉や骨を夢中で掻き集めた大統領夫人の気持ちが、何となく理解できたよ(涙)。昨年、無謀にもモンスターに挑んで初代パルジャニア(クンパ種のリヴリー)が死んでしまった時、「イヤだ! 私のパルジャニアを返して! リセットボタン、どこなの!?」と思って泣いたけど、やり直しができたからマシだった。生身の人間は、どうにもならないんだよね。だから、なるべく殺生の無い物語にしてみたかったけれど、無理か、やはり…(解ってたけどね)。けれど、それ以上に「自分は鬼だな」と思わせたのは、その殺し方。なんでああもホラーになるかなぁ、自分…(涙々)。 |
| 8月24日 午後10時の「…ちょっと頑張れ…」 |
| 結局、この下の「…脱力感…」を書いた後、寝た。そして、起きれなかった。息子のお迎えに出かける様子が無いと察した実母に、起こされた。今朝と一緒。まぁ、眠れただけ、マシ。今朝、実母が息子に「一緒にママを起こしに行こうか」と誘ったら、「ママはきげんがわるいからイヤです」と言ったらしい。そりゃそーだわなぁ。日曜日の歩き疲れが抜けないまま、月曜日には息子の皮膚科通院で待ち時間が長くて実父のイライラが始まり、昨日までそれが続いて、私も「余計なことをしたら、また『ブッ殺されたいか!』って目で睨まれる」って思って、ピリピリし続けてたし、今日になってようやく自分が笑っていないことに気づいたぐらい、無愛想が続いていたし。ちなみに、実父は自分のイライラを他人に八つ当たりして解消するタイプで、過去37年間の中で最も悪質だった八つ当たりは、私に対して半年以上続いたもので、食事の時には「気に入らんなら、出て行け!」「おまえのせいで飯が不味い!」「同じ空気を吸うな!」「俺のことを殺したいんだろうが、返り討ちにしてブッ殺してやるからな!」などなどを、延々と言われ続け、最後には実母が泣きながら私に怒鳴りつけて無理やり土下座させ、1時間以上にもわたって土下座の理由だとか延々と語らせられ、それでも「絶対に許さんからな! 大目に見てもらったとか思うなよ! 今度同じことを仕出かしたら、殺されると思っておけ! 分かったらとっとと消えろ! 目障りだ!」と、何の心当たりも無いのに罵声を浴びせ続けられたというもの。許さないのは、こっちだっつーの(思い出し怒り)! さらに付け加えるならば、旦那の出身地も実父と同じ。ただ、山の上か下かだけの違い。だからそっくりなんだとは言わないが、相性が良いとは断じて思えない。また、男が皆、「女を蔑み、子供生産機程度にしか考えていないに違いない」とも、思ったり考えたりしたことは無い。ただ、ひたすらに自分の男運の悪さを呪いたいだけだ。蛇足ながら、最後に良いことを少々。息子のお迎えの帰り道、小柄で鳴かない蝉を見つけて、「きっと女の子の蝉さんだね」「どうして?」「鳴かないからだよ。蝉さんは、男の子だけが鳴くの」「そうなの?」「そうだよ。それにきっと、この女の子の蝉さんは、今夜にでも近くの土に卵を産むよ。だから木の高いところから下りてきて、暗くなるのをじぃっと待ってるんだよ」「ふぅん、そっかぁ」程度の会話ができた。笑顔を作る気力も無かったけれど、ちっぽけでも息子と話ができて、「ああ、まだ、私、人間をやめてないな」と思えた。情け無いなぁ、こんな程度でしか息子と接してやれないなんて。他のお母さん達みたいに、笑って育児ができたらいいのになぁ…(結局愚痴)。 |
| 8月24日 午後2時の「…脱力感…」 |
| 何度も書き直しながら、何とか献上作品を仕上げたものの…。脱力…。何よりも優先して執筆して良かった。正直なところ、かなりまいってる。昨夜、安定剤と睡眠薬を服用せずに寝入ったものだから、午前3時頃まで精神的に張り詰めた状態のまま眠っていて、安定剤だけ飲んで寝直したものの、8時に「登園準備はできてるの!?」という実母の台詞で飛び起き、息子を保育園に送っていったのだけれど、そこからもう、何もしたくなくなってきて、ようやく作品だけは書いたけれど、午後からの実母との買い物の時、自分が相当ヤバいことに気づいた。まず、脈拍が早い。鼓動が自分で分かるほど、首付近とか胸とか腹とか、プレッシャーや自己嫌悪、後悔などが心に詰まりっぱなしで、溢れ出している感じがした。その証拠に、昼にも安定剤を飲むのだが、ここ最近眠くなっていたのに、眠くならないでいる。意識とか倫理観は何とか正常だけど、何もやる気がしない。マジで、ヤバい…。 |
| 8月24日 午前3時の「…言い訳…」 |
| 昨日、確認し忘れていたWeb拍手の統計をようやく確認し、tomoさんから踏破報告があったことを知り、喜び&驚き&焦りまくり。既に記念作品をUPしていたものの、献上するつもりで書いた文章ではないから、改めて書かねばと思い立って、「うーん、アイム(ハーボット)にも話しかけてくださるtomoさんへだから、どんなのがいいかなぁ?」と考えあぐねた結果、「もっと私のことを理解してもらえるような作品にしよう」と方針を決め、続いて「私って、どんな奴だっけかっ!?」と間抜けな疑問が湧き、まだ日が沈んでいないのに布団を敷いたり、何かこう自分へのイメージが湧かないかと思って本棚を見渡して、抜き取った本に夢中になったり、「あーもーっ! なんでこんなに変なのよ、私!!!」と自分を罵倒した結果、自分の変な思考パターンの基本部分を書くことに決定。で、書き始めたものの…。…(溜息)…自分が変だった時期というのが、遡れば遡るほど、幼い頃まで到達し、自分で呆れた、呆れた。「そうかぁ、神様だか仏様だか地球様だか宇宙様だか知らないが、普通は誰も考えないことを考えさせるために、私が生まれたわけだね、そうか、そうか…」となり、開き直って布団に大の字になってみた。この時、23日午後10時40分。そこから、記憶が無い。そして、窓機のファンが回る音が気になって目が覚めかけた途端、「しまったぁっ! 息子のお迎えを忘れてたぁっ!」と飛び起きたものの、部屋は真っ暗、窓機はスリープ、枕元のリンゴ機はワープロソフトを開いたまま。で、時計を見たら、確かに3時過ぎではあったけれど、「午前」3時…。サイト開設以来、旅行中以外では初めて、「更新せず」…(ガックリ)。 |
| 8月23日 …めんどい… |
| 息子の具合が、また良からぬ方向へ進み、昨夜から便が柔らかい。しかも、今朝は2〜3回、やはり軟便が続いた。知らぬ間に出ていた大雨洪水警報が解除されていなかったので、いっそ自宅で観察するか?と思いきや、午前9時過ぎに「解除されました」放送がかかり、慌てて通園支度をすることに…。連休中からずっと我慢し続けていたことを、昨日思う存分吐露する方向へ実母に話題を仕向けられ、忘れたフリをしていたことまで思い出させられてブチまけた反動で、朝から鼻血は出るわ、イライラが治まらないわ、もうボロボロ。長年愛読していた週刊少年ジャンプを読んでいても、「…何が面白くて買い続けてんだ、俺は…(怒)」となるし、赤丸ジャンプ(新人発掘の機会が多い増刊)の力作を読む気が失せる始末。この段階で「あ、もう、俺、ダメだわ…(愚)」。これから(現在午後1時)本屋へ行くけど、気乗りしていない。文庫の小説も好きだし、少女漫画にも愛読しているシリーズはある。けれど、今日はそっちへ行かないかもしれない。だって、俗に「ボーイズラブ」と言われるジャンルの本ばかりが平積みされてるから。まったく、誰だよ、子供も読む雑誌にホモ作品を載せ始めたのは。「ボーイズラブ」なんて言葉を変えたって、結局内容は同じじゃん。ソコに至るまでの心境の変化を重視して読者を納得させられればまだマシだけど、ソコに至ることを前提にしてキャラの個性欄に「ホモっ気あり」を加えてたら、「最初から濡れ場しか描くつもりはありません」って言ってるようなものじゃん。普通の恋愛物ですら読む気が失せてるのに、何が哀しくて本屋で男と男がイチャついてる表紙ばかり見なくちゃいかんのかねぇ。は〜、店員ももう少し倫理観を持って平積みする本を選んでくれや、頼むからさぁ…(疲労困憊)。 |
| 8月22日 眠い… |
| 息子の汗もがまた悪化し、トビヒとなって右脇から全身へと広がり始めた。で、実父が「以前、時間外で診察してもらった時の薬がよく効いただろうが」と言ったので、私が精神科でお世話になっている病院へ。皮膚科は精神科の隣にあるから、息子も安心して待っていたのだけれど、実父は待つのが嫌い。とにかく、待ちたくない。私が子供の頃、招待した知人から貰った鶫を「早く焼いて出せ」と命じて実母が焦って羽を抜かずに焼いて、「バカか、おまえは!」と怒鳴って鶫と皿やコップを投げつけた。常連客だと自負していた喫茶店に入り、自分の注文した料理だけがいっこうに来ないことに腹を立てて「(実母と私と実弟が食べた分の料金を)誰が払ってやるか! クソバカヤロウ! 二度と来てやらん!」と怒鳴って本当に踏み倒し、今ではカラオケパブとして細々と経営している店を見て「ざまぁみろ」と嗤うほど、執念深くもある。そんなわけで、皮膚科の診察待ちが2時間を超えたものだから、機嫌が悪くなった、なった。自分が指定した病院だから愚痴ったれてはいなかったが、確実に不機嫌だった。しかも、私は疲れが残っているし、緊張感が持続しなくて待ち合いで寝入ってしまったものだから、火に油を注ぐようなもので、完全無視が始まった。実母が「鼾が大きくなりかけてたよ」と何度起こしてくれても、息子が次々に本を持ってきて「よんで」と言っても、ダメ。読んでいる途中で寝入ってしまい、火に油どころかガソリンまでぶちまけたようなもので、挨拶すら無いのは当たり前、私という存在自体が不愉快なのだと言わんばかりの態度になり、何のための精神科の通院だったか、分からなくなった。午後には私も平常時から人を殺しそうな顔をしていたと思う、実際、誰彼かまわず殺してやりたいと思っていたから。で、実母が一緒に買い物に行った際、「何をそんなに怒ってるの」と訊いてきたので、「怒ってるのは、クソジジイのほうじゃん」と言い返したら、「ほら、その口調。怒ってる時と同じでしょうが」と食い下がってきたので、とうとう口に出してやった、他にも人がたくさんいるスーパーのど真ん中で。「だって、今日こそ殺されると思ってるんだもん、しょうがないでしょ!」と。実母が慌てて「何を言うの!」と取り繕っていたけれど、「私なんて、殺してやりたいって思ってるんでしょうが、特にクソジジイは!」と追加攻撃。それ以降、会話無し。帰りの車中で、「ウチらの何が気に入らんの?」と再度切りだしてきたので、「今現在、車に乗って、ジャスト1kmの道を走って帰宅するだけなのに、『明日は中央道が50km以上渋滞するからどうしたらそれを解消させられるか考えろ』って言われたら、どう思うのよ?」と質問返しした。すると、「そんなこと、今考える必要が無いし、第一、無関係なことじゃないの」と答えられたので、「ソレを私は毎日言われてるの! 目の前のことで精一杯なのに、『まだこれもあるから』とか『明後日は旦那も一緒に行くの?』とか、私にとっては『明日の中央道の渋滞の解消法を考えろ』と同じことを、毎日毎日、頻繁に言われ続けてるの! あんたらは親切心から言っているかもしれないけど、なんで平日の昼間、旦那がいない上に予定を話すような人じゃないって知ってるくせに、『旦那は何か言った? 行けるって?』なんて訊くな! それに答えられない私は、自分で自分のことが妻として失格って言われているみたいで、死にたくなるの! あんまりしつこく言われると、まとめてあんたら全員殺してやりたくなるの! 今日だって、長い待ち時間でうとうとして、じいちゃんの機嫌が悪くなったことで、母親失格って言われてるどころか殺されるかもしれないって思ってるの! 病院からずっと! 今も! 一眠りしても明日も同じように、殺されるかもしれないからその前に殺さなくちゃって思うほど、追い詰められてるの! それを話しても、『そんなふうに受け止めるな』とか『親切心で言っただけなのに怒った』とか言うから、独りで我慢し続けてたの! そういう台詞を聞くと、『やっぱりこいつはキチガイになった』って思われてるとしか考えられないから、我慢して我慢して、薬で誤魔化して生活しているの!」と、ありったけのことを怒鳴りつけてやった。日頃「理解してあげようと努力してるじゃないの」と言っていた実母は、「そんなふうにしか受け止められないわけか」と、自ら「理解してあげよう」としていなかったことを私にさらけ出した。今夜、久し振りに枕の下に包丁を隠して寝ることになりそうだ。 |
| 8月21日 雨女+民族品vs晴れ男×2 |
| 愛・地球博に行ってきた。思ったよりも近い! けど、思ったよりも交通費も食費も高い! さらに、思ったよりも広すぎる!!! 実父母は「何があるか分からないから、とにかく孫をモリゾーとキッコロに会わせてあげたいだけ」、息子は「モリゾーとキッコロにあいたい」、旦那は「……(無言)……」。結局、私が見たいパビリオンを回ることになった。朝、私にしては早く出かけて、電車を乗り継ぎ、リニモにも乗って、午前9時40分頃に到着。「10時から真ん中の公園の松の木の下でモリゾーとキッコロに会えるよ」と、昨夜下調べしたことを告げたら、とにかくそこへ。時々陽射しがあるものの、基本的に曇り。「過ごしやすい気温だな」と実父。モリゾーとキッコロが登場した途端、目の色が変わった息子。何度も呼びかけているのに振り向かなかったから、子供の群れに紛れた息子の白い帽子だけが撮れた。で、10分経たないうちに、「目的は達成したし」と実父母と息子…(早すぎだろが)。機械いじりが学生時代から好きだった旦那は、企業コモンを回りたそうだったが、実父も旦那も「行列は嫌い」なので、あっさり断念。「あんた、何か見たいって言ってなかった?」と実母に言われたので、「ヤシの実ジュースを飲みたいから、オセアニア・ポリネシアのパビリオンへ行きたい」と主張したら、あっさりOK。で、ヤシの実ジュースを飲んだけれど、誰もが「ココナツミルク」の甘さを期待していたため、「糖分が抜けたポカリ…?」と感想が一致。隣のパビリオン(多分タイだったと思う)でココナツを出していたけれど、「食事が優先」となり、グローバルコモン6を巡りながら食事のできそうなところを探す。が、じつは、私がヤシの実ジュースを飲んでいた頃から、土砂降りの雨になった。「晴れ男を2人連れてきたけど、雨乞いのほうが強かったかぁ」と私と旦那。とりあえず、周辺のパビリオンを見学し、私だけニマニマ。強まる雨足。慌ててパビリオンや休憩所に飛び込んでくる人が多くて、気持ち悪くなりそうになった頃から、雨が上がり始め、何とか軽食を摂る。「で、午後はどうする?」と尋ねられ、「この道をまっすぐ行くと、アジア諸国のグローバルコモンがあるから、そこへ行って、モンゴルと中央アジアのパビリオンを見たい」と言った途端、再び豪雨。午前4時半から目をギンギラさせていた息子は眠くなったし、実父も旦那も興味のある地域ではなかったので、雨宿りできるところで息子と実父が昼寝、旦那はインドとスリランカのパビリオンを巡り、「マンゴーソフトが食べたい」と思っていた。その頃、私と実母は「シルクロードの天山山脈の南北を西から東へと抜けるルートにある諸国のパビリオンを巡り、モンゴルの岩塩の虜に。一巡りしてから岩塩ソフトを買って戻るが、溶ける、溶ける。クリームの中にも岩塩が入っているから、非常に溶けやすかった。でも、非常に美味で、二人でニマニマ。実父にはビールを買って戻ると、すっかり二人ともベンチで寛いでいたし、息子は起きそうになかったので、私一人で「ネパールに行ってきます」と離脱。だって、ブータンを見学した限りは、ネパールも行かねばならんだろ(私理論)? 一人で踏み込み、経典の入っているマニ車を真剣に回したり、またバジュラを買ったり(2つめ)、香油の香りに燻されながら曼陀羅の本とかいろんな仏像(神像含む)が欲しくて欲しくて、値札を見て断念。アクセサリーも高い、高い。交渉すればマケてくれるみたいだけど、太ったからなぁ、ブレスレットも指輪も無理だろ。ピアスは耳を構ったり舐めたりする息子の癖があるから、穴を塞いじゃったし。衣類もスマートな人なら似合うだろうけど、私だと布の長さが足りないかもしれないし、断念。バクの顔がユーモラスなバジュラが買えたからいいや、と思って実父母と合流した。この段階で、私ももう目的を果たし、「で、次はどうするの?」側へ移動。昼寝から目覚めた息子が、キッコロゴンドラを指差し、「のりたい!」ということで、北側から南側へゴンドラで移動。再び軽食を摂ってから、パビリオンへ…と思った途端、雷雨。ポーランドとリトアニアのパビリオンは巡ったものの、息子の口数が減ったので、「また体調を崩す前に帰ろう」と決め、キッコロゴンドラの列に並んだが、もうちょっとのところで「近くで落雷がありましたので、危険を避けてゴンドラを停止します」とアナウンスがあり、トヨタ提供のIMTS(無運転者自動車)で北側へ。これがまた、運転席にモリゾーが、助手席にキッコロが座っていて、可愛いのなんの…(バカ)。途中のワゴンで買った小鳥の鳴き声の出るモリゾー&キッコロパペットで息子と遊びながら帰還、人込みが大きくなる前に再びリニモに乗り、帰路へ。「結局、誰かさんが嬉々としていた時に限って土砂降りだったな」と旦那が言ったが、「悔しかったら晴らせば良かったのに」と心の中で反論。オセアニアのエリアで買った幸運グッズは実父母に、南側の土産物屋で買ったラピスラズリに地図が描かれているストラップは息子に、それぞれ渡して、旦那には何も渡さず、本棚にバジュラを置いて、ニ〜ンマリ。勿論、今も雨が降っている。久し振りに「勝った…!」と思っていたりする。 |
| 8月20日 あーもーどーしてくれよー(困) |
| 明日、愛・地球博に行く。息子はモリゾーとキッコロに会えるのを楽しみにしている。おかげで、実父母から「カメラをちゃんと用意しておきなさい」「モリゾーとキッコロに会えるスポットを下調べしておきなさい」と、命令が下っている。ま、仕方がないかぁ。前回の内海行きの時、カメラを持って行かなかった前科があるし、電池もヤバいのを実父から借りてるし。何より、息子が一番楽しみにしているのが、人気があって長蛇の列で3時間待ちなんていうパビリオンではなく、マスコットのモリゾーとキッコロなのが救い。それ以外は、「何がテーマで、どこに何があるか、まったく知らない」実父母と一緒だから、列ができていない諸国のパビリオンを巡れば良いし。個人的には、トンガ国のパビリオンでヤシの実ジュースを飲みたい。後は、モンゴルかウイグル、ウズベクなどのシルクロード沿いの国のパビリオンを見て回るのも面白そうだなぁ。そんでもって、自分用の土産はアレ(「ヘタの横笛」参照)で決まりだし。唯一問題があるとすれば、「旦那が行くか行かないか」だけ。内海に行った時は、「仕事があるから休めない」と言われながら「ライブがあるから留守にする」と、コロッと言うことが変わり、私も実父母も密かに怒りを覚えたし。動物園の時には事前に「一緒に行く」と言ったから期待していたのに、当日の朝には「腹の調子が悪いからやっぱり無理」とドタキャンだったし(それでいながら昼食はインスタントラーメンだから「けっ」と思った)。明日も期待できそうにないなぁ…。まったく、一緒に行けば行ったで気を遣わされるし、行かなければ行かないで実父の嫌みをだらだらと聞かされるし、まったく(ここでタイトルどんっ!)。 |
| 8月19日 心の師はさだまさし氏…かも |
| 物語を書いていて、行き詰まると「好きなことをしよう」と気持ちを入れ替え、別の話や日記を書く。日記が長くなりすぎて、どうしてくれようかと思うと、「好きなことをしよう」と気持ちを切り替えて物語を書く。傍から見ていると、微動だにしないでストレスを溜め続けてるんじゃない?と思えるだろうけど、本人は結構嬉々として書いていることが多い。この気持ちの切り替え方を教えてくれたのは、高校時代に同級生に聞かされた「さだまさし全集」というレコードの束の一枚、ライブ版の「シラミの歌」なるものの解説と曲。ある日、作曲で行き詰まった氏が、作曲を忘れて気分転換を図ることを企て、「どうせなら、一番好きなことをしたいものだ」と模索し、「そうだ!作曲だ!一番好きな、作曲をしよう!」と思いつき、「歌の歌詞がそのまま音階になる歌を作ろう」と決め、「ドレミファソラシド」から主人公を探したら「シラミ」に行き当たり、「あるところにいたシラミが、人間に見つかると潰されてしまうから、隠れて過ごさなくちゃ。あ、でも見つかっちゃった」というような意味合いの歌詞を、本当に「ドレミファソラシド」だけで書き上げ、とっても充実した気分になり、もともと行き詰まっていた曲に取り組み直すことができたそうな。それをすっごく楽しそうに話しているところから、出来上がった曲までを聞かされた時、呆れてもいたけれど、何かこう、自分に近いものを感じた。だから、多分、私の心の師匠は「さだまさし氏」であり、「シラミの歌」は覚えてないけど、一種のバイブル的な存在だと思っている。それにしても、どうよ? 「さとうさとる氏」の「だれもしらない小さな国」と同列に、「さだまさし氏」の「シラミの歌」があるのって、物書きとしてどうよ? 何か間違ってへんやろか…(今更不安になってどうする、自分:笑)。 |
| 8月18日 あの頃は可愛かったのに…(遠い目) |
| 昨夜、何度も日記を書き直して、気持ちの整理をしようとしたものの、結局頭に血が昇ったせいか、就寝直前、鼻血が出た。ここのところ、頻繁に出血するから、「あー、もー、またかぁ…」と思いつつ、鼻にティッシュを詰めて寝た。睡眠薬も効き始めてきていたし、旦那は離れだし、どうせまたすぐに治まるだろうし、恥じらう歳でもないし、ティッシュを千切らず、そのままの大きさのを適当にくしゃくしゃっと丸めて、「ま、こんなサイズだろう」と投げやりに鼻に突っ込み、寝た。朝起きたら、予想どおり、ティッシュは枕元に転がっていて、出血量が少しで済んだことを物語っていた(などと書くほど大袈裟なことじゃないけど)。そして、今現在、午前10時30分頃、再び鼻血。俯せに転がって漫画読んでるだけなのに、鼻の中を何かが流れる感触を察し、反射的に本を放り出してティッシュで受け止めた。念のために書くが、読んでいたのは「スキップ・ビート!」という少女漫画で、決して淫猥なシーンは無いし、淫猥な漫画を見て鼻血を出すような歳でもないので、原因は読んでた漫画ではない。多分、数分前に鼻をかんだことだろう。そして、やはり、また「まーいーや」と千切ってないティッシュの紙縒り(というには太すぎるけど)を鼻に突っ込み、仰向けにもならず、こうして日記を打ち込んでいたりする。余談だが、初めて息子の前で鼻血が出た時、「ママ、だいじょーぶ? あかちちでてるけど、だいじょーぶ?」と、心配しながらオドオド狼狽え、泣いた、泣いた(笑)。最近では、「ママ、またはなぢなの?」と、冷ややかな視線を送り、ティッシュを引き抜こうとしやがる。「抜いたらまた血が出るから、やめようね」と言うと、「そしたら、こんどはぼくがママのはなにティッシュをいれてあげるから」と言って、私が狼狽えるのをにんまりと見ていたりする。なので、今の私の心境は、「どうしてこうも鼻血が続くかなぁ…」よりも、「息子も旦那も留守で良かったぁ…」だったりする。まったく、どいつもこいつも心配してくれないんだもんなぁ。ま、いーけどね。私自身も心配してないから。何しろ、鼻に紙縒りを突っ込んだ後、真っ先に「本に血がついてないよねっ?」と、衣類や畳よりも先に本の無事を案じたぐらいだから。うーむ、私も「慣れすぎ」かぁ。 |
| 8月17日 本当はもっと過激な内容だった |
| 現在、午後10時40分。この欄、4回目の書き直し。今日から息子が活き活きとし始めた。原因は、旦那の休暇が終わったから。昨日、実父母が「どうしてそんなに自分の家に帰りたくないの?」と尋ねたら、「だって、パパがおこるもん」と答えたと聞かされた。その気持ち、よ〜く解る。旦那は、褒めない。誰のことも。「おっ、できたな」と褒めそうな言葉で期待させておいて、「でもまだまだだな」と落胆させる。それも、嘲笑の表情で。私ですら、「嘲笑」か「性欲」か「憤怒」の顔しか知らない。挨拶すれば会話は成立していると思っているらしく、家族計画なんか最初から無い。こう書くと、将来、偶然読んでしまった息子がショックを覚えるだろうが、私は自分の妊娠を喜べなかった。「できちゃったから産む」程度で、子供ができた喜びよりも、無計画に、しかも私に何の了解も求めずに孕ませた旦那への怒りと憎悪ばかりが募り続けている、今でも。切迫流産で2回入院したが、1回目も2回目も看護婦さんに「何か不安とかありますか?」と毎日尋ねられたが、「いえ、特には…」としか答えられなかった。家事全般は旦那のほうがテキパキやるから放っておいても平気だろうし、さすがに子供が生まれたら「この子は将来、何を好きになるかなぁ」などの話ができるだろうと期待していたから。でも、入院中も普通に出勤して、残業で遅くなると面会に来なかった。妊娠を知らせた時から「そんなことだろうなって知ってたよ」と平然としていたし、不正出血があっても「安静にしていれば?」と言いながらファンヒーターの給油を私にやらせたし、2度目の入院を知らせたら「またぁ?(さも面倒臭そうに)」と言われたし。だから、入院中、本当はずっとたくさんの不安を抱え込んでいた。ただ、自覚するのが怖かったから、無意識のうちに抑え込んでいただけだった。「生活費を稼いでくれてるんだから、不安や心配は我慢しなくちゃ」と思っていた。それが当たり前になっていた。でも、間違いだった。世の中の男性諸氏全員が旦那みたいだとは思わないけど、書いておきたい。女性の体が柔らかいのは、出産と育児をこなすためです。出産を一度もしない女性も、一定周期で後産(胎児を出産した後で胎盤をおろすこと)を疑似体験しています。月経です。これは、十代前半から始まる、非常にデリケートな体の変化の連続です。ホルモンバランスが少しでも崩れると、一時的な閉経や、何週間にもわたる出血、激しい生理痛や頭痛として、心身の負担となります。喜びや楽しい気持ちが昂ぶったことや、怒りを感じたことによって、周期が変化する人もいます。そんなデリケートな状態が、早い人で30代半ば、遅い人は60代後半まで続きます。想像できますか? 毎日、女性の体内では感情ホルモンと肉体を制御するホルモンが際どいバランスを取り続けていて、それが半生続くんですよ? 出産や育児だって、半端な覚悟ではできません。変化し続ける肉体を健康に保ったり、胎児を育み、産み、育児をするために、女性の体は柔らかく、心は我慢強くできているんです。決して男性だけのためではありません。乳児に対して、3時間に1度ずつ授乳しなければならない時期もあります。睡眠時間すら取れないことを、女性は我慢強く続けるんです。当然、母体から通常の女性体に戻りながら、育児をします。体内ではホルモンバランスが急変し、体外では日常生活の在り方が急変し、男性が想像する以上に女性は負担を感じたり辛さを我慢しているのです。そうした我慢を日々続けている女性を外敵から守るために、男性の逞しい体があるのではないんですか? 女性を組み伏すためだけに筋力を使っていませんか? 女性を「子作りマシン」程度の認識でしか見ていないのならば、あなたには家庭を築く能力が半分以上欠けています。女性は、男性のペットでもなければ玩具でもありません。子供だって、生まれる前から耳を澄ませて外の世界に誰がいるのか、知ろうとします。そして、生まれた瞬間から誰に守ってもらいたいか、ちゃんと主張します。自分の父親が誰であり、自分や母親に対してどういう接し方をする人物なのか、急速に理解していきます。そして、素直に、正直に、反応します。育児中の女性もまた、心身のバランスを我慢で保ちながら、我が子の反応を神経質なほど観察し、同じ目で配偶者も観察します。その時になって、「こんな男の子供を産んでしまったのか…」と思われたくないのなら、大切にしたい女性が何を考え、何を我慢しているか、理解する努力を怠らないでください。そして、自分が何を考え、何を分かち合いたいか、ちゃんと伝えてください。それができなければ、私の「家族」同様、内情は一家離散状態になりますよ。 |
| 8月16日 「今日から」と「今日まで」 |
| 今日から息子の通園再開。旦那の休暇が今日までだったので、一緒に送迎に行ったのだけれど、朝は「入場規制がかかっている気がした」そうで、旦那は園の門の外をウロウロしていて、息子が頑張って自分のことを自分でやるところを見られなかったばかりか、「どう見てもかえって怪しい人」になっていたので、迎えに行く時には園内まで連行していった。私としては「あっ! ぼくのパパだ!」と息子が喜ぶのを期待したのだが、息子ははしゃがず、その代わり、帰宅を焦っている女の子の上靴を片づけるのを手伝ってあげたり、隣のクラスの子の靴があるのを先生に言ったりと、優しさ大活躍。けれど、帰り道、神社の林で蝉のいる場所を教えてくれたものの、途中で寄り道して草木の感触を楽しんだり、ガソリンスタンドの自動洗車機の活躍を見学したりするたびに、旦那だけどんどん先に行ってしまい、息子の興味が何に向いているのか、ちゃんと見届けてくれたか謎のまま、家に到着してしまった。結局、旦那の興味は息子の成長でも家族らしい生活でもなく、肉欲だけというわけだ。その証拠に、私が汗まみれのTシャツを脱いでサイト更新をしていたり、床に転がって息子を足で遊んでやりながら原稿を書いていると、ニマニマ笑って歩み寄って胸を掴んだり、上にのしかかって枕との間に手を突っ込んで揉みしだきながら股間を私の尻に擦りつけたりと、穢らわしい真似ばかり。今日も尻を触ってきたので、無視していたら、私に向かって屁を放ち、「買い物行ってこよっと」。それっきり、私には見向きもせず、息子に猫なで声。こうしてどんどん旦那の穢らわしさに気づくから、長期休暇は嫌だ。それに、旦那の変態ぶりは穢らわしすぎて憎たらしい。 |
| 8月15日 十干十二支一巡り |
| 私にとって、第2次世界大戦は、理不尽の塊だ。当時の日本軍の侵攻は、間違いなく「悪」だ。未だに周辺各国が怒り、憤り、日本に賠償や謝罪を申し出てくるのも、当然だと思う。けれど、未だに「日本人です」と旅先などで言うと、途端に態度を変える人が少なくないことは、理不尽だと思う。日本人が全員悪人であるかのように罵られるのが当たり前で、それを子々孫々まで伝えるべしと語る人達がいることを、理不尽だとしか思えない。日本人の中には、善人も悪人もいる、どこの国でも当たり前のように。それを無視して「日本人は永久に悪人なのだ」と伝えるのは、もうやめてほしい。人によっては「日本は未だに軍国主義が復活する基盤を持っている」と言って、厳しい批判をする。そうやって考える人には、世界大戦は全面的に日本が悪かったんだから、という気持ちがあるわけで、私はそれを間違いだとは言わない。ただ、日本の侵攻が悪だったからという理由で、敗戦が確実になった段階で二度も原爆を落とされたことに対して、どうして理不尽だと思えないのだろうかと、哀しく思うだけだ。日本軍が諸国で悪業を働いたから、戦犯として諸国に裁かれるのは当たり前。だけど、原爆で命を奪われた人達がいたのも事実であり、それに関してはアメリカを批難するべきだと思う。戦争は、理不尽の塊でしかない。現在のアフガニスタンやイラクのように、混乱を招く理不尽な行為でしかない。私は、もう少し成長した息子に、敗戦国としての日本ではなく、人権を無視して理不尽な理由を語り戦争を始める愚かさを伝えたい。日本が永久的に許されないのと同じように、原爆まで使い、その成果を実験のように観察した国がある理不尽さを伝えたい。 |
| 8月14日 「試練ぢゃ」 |
| 現在、午後3時。息子、昼寝の気配無し。夕方から旦那の実家に行く予定だが、到着と同時に寝入りそうな気がする。それ以前に、私は顔を洗わねば。長居する場合を考慮し、薬やら何やら用意しておくべきか。外では、雷鳴が近づいている。空気の色も、それっぽい。かれこれ1時間、泣いたからな。雨乞い効果は充分だろう。こういう時、自分が雨女で良かったと、つくづく思う。涙が出た分、空も泣いてくれるから。特に、今の時期、自分を殺したいほど憎く思えば思うほど、激しい雷雨になってくれるから。偶然だろうが、天候の変化する気配を私が無意識に察知しているだけだろうが、そんなもん、研究したい奴が研究すればいい。私には、「雨神様(パルジャニア)がついててくれるんだなぁ」と、穏やかな気持ちになれるからいいのだ。ばかばかしいと思われようが、平気。そら、雨が降り出した。旦那の実家に行くと、旦那は当然跡取りだし、息子は孫として可愛がられる。が、私はあくまでも「お客様」。結婚して何年経とうが、男子を産もうが、「お客様」。義妹の旦那さんのほうが、余程「家族」らしく見える。おかげで、精神的に負担を感じて、旦那の実家へ行くたびに下痢になる。それも、かなり激しい。汚い話だが、自分ですら「何だ、この腐臭は!?」と思うようなものまで出尽くし、脱水症状を防ごうと飲んだポカリやお茶がそのまま胃腸を通過するぐらい、激しい。それなのに、出されるものは苦手な寿司やオードブル…。歓迎してもらっているってことだろうけど、辛さ増加。ま、いいけどね、私以外の人達は笑顔で喜んで話をしながら飲み食いできるんだから。年に数回だけの試練だと思って、出かけるだけさ、私はね。また「それで病気のほうは治ったか?」って訊かれるのだって、いつものことさ。「いい加減、精神科の治療は数年がかりが当たり前ってことぐらい、勉強してください」なんて、思っても期待しないほうがいいさ。「精神科に通院中」っていうだけで、「お客様」どころか「離婚はいつするの?」って話を持ち出されても不思議じゃない(その証拠に同じ地区に住む父方の伯父達に「俺達は味方だからな、元気を出せよ」と言われたから、そこそこ噂は流れているらしい)ぐらい、隣近所の評判を意識し、余計な尾ひれのついた噂を流し合うことが未だに暇潰しとして認められている田舎町に住んでるんだから。日々是修業、日々是忍耐、だよね。 |
| 8月13日 一応希望どおりに育ってはいる…はず |
| 2002年からの8月13日の日記のみを読み返した。1歳の誕生日の時、「頑丈に育ってほしい」。2歳の誕生日の時、「自己主張できるようになってほしい」。3歳の誕生日の時、「息子に『ばーか!』と言われる自分が惨めに思える」。…(隣で昼寝中の息子を見る)…。頑丈にはなったなぁ。自己主張も日本語でするようになったし。「だらだら毎日ごっこ」をして遊ぶことで、多少甘え上手になったし。叱られると泣くし。「だらだら毎日」の4コマの暗唱しかしないし。寝相も悪いし。態度でかいし。少しぐらい「ぅおりゃぁっ!」と投げ飛ばしても泣かなくなったし、それどころか「もういっかいやって」とか言うし。シール貼りまくるし(私もやった)、冷房嫌いだし(私も同じ)、隣家の猫を手なづけて撫でまくるし(羨)、寝相を直されると寝てるくせにムキになって元に戻るほど頑固だし。まー、とりあえずは、病気しないでいるから善しとしておこう。 |
| 8月12日 妻としての立場はもう無い |
| 朝起きたら、息子がどこにもいなくて、焦った。夢うつつの中、「ピタゴラスイッチ」のミニ版を見て喜んでいる声が聞こえて、「ママにも見せて〜」と布団から這い出ようとしたことは覚えているが、気づいたらテレビも電源が入っていないし、番組の時間をとっくに過ぎているし、可燃ゴミを出せと実母に言われるし、息子の声は聞こえなくて、梨を食べかけで放置してあるし、思考回路が支離滅裂の状態で外へ飛び出し、異様に静まり返った実家の様子に驚き、実母を捕まえて息子の居場所を確かめた。すると、「旦那さんが散歩に連れてったわよ」と一言。反射的に、「なんで旦那がいるの?」と尋ねていた。それに対して実母は「盆休みでしょ、きっと」。私「そんなん、聞いてないよ」。実母「でも、自転車あるし、普通に散歩に行ったわよ」。私「……」。先月の下旬、夏休みや盆休みの予定を聞いたら、「カレンダーどおり」と言われた。だから、「13日から15日までか」と思っていた。旦那は嘘つきだと分かっていたのに、また騙されるとは情け無い。それ以上に、盆休みの日程やその間のイベント予定を教えようとしない旦那に、愛想が尽きた。ええ、ええ、どーせ私は「妻」ではないですよーだ。息子の「母親」としても失格ですよーだ。腹立たしいと思っていたら、雷鳴が次第に大きくなってきた。いっそ、床下浸水するぐらいまで、土砂降りになればいいのに。などと思う。 |
| 8月11日 医師泣かせ(たまに怒鳴られる) |
| カサブタ捲りが好きだ。自分のを捲るのが好きだ。だから、積極的に傷口を作る。いつでも捲れるように。耳かきで耳垢を取りまくって、外耳に傷をつけたこともある。その傷に届くのをいいことに、小指の爪を伸ばしてカサブタを毎日捲ったら、腫れ上がって耳が聞こえなくなった。耳鼻科に行ったら、メスで切開し、ピンセットで搾られ、濃いめの消毒液で焼かれ、化膿止めを処方された。それでもまだカサブタを捲り続け、外耳だけは膿んだら自然に膿みごと捲れるのを待つようになったが、顔面のはこまめに捲り、確実に腐らせ、カサブタのシッポのように腐敗しきって乾きかけた膿がぞろりと出てくるのを、楽しみにするようになった。実際には、ぞろりと出ると同時に、まだ液体状の膿が飛び散るので、洗面台で鏡を受け皿代わりにして捲ることにしている。そうしていて、膿が緑色に染まるものだと知った。それと同時に、ちっちゃなニキビを徹底的に腐らせると、上は額、下は顎の下(首までの時もある)、左右は鼻の頭から耳の奥まで、造ったように腫れることも知った。そうなってから病院へ行くので、「君は本当に人間かね?」と言った医師に、「たったこれっぽっちの傷口を、どう弄くればこうまで腫れるんだ!」と叱られ、メスで傷口を少し広げて白衣に薄い緑色の膿が飛び散って「ぅわぁっ!」と驚かれ、「よくも白衣まで汚してくれたな。天罰だ、こうしてやる!」と半ば楽しげに顔面を搾られ、徹底的に化膿した部分を出されてから、原液に近い消毒薬を塗ったくられ、それを塗り込んだ絆創膏を貼られた。「君は化膿止めのどれかに中たる体質なんだから、簡単に腐らせるんじゃないぞ」と説教されては、数ヶ月後にまた同じことを繰り返していた。おかげで、ただの風邪で診察を頼んだのに、顔を見るなり「今度はどこを腐らせた!? 腫れてるのは顔全体か!?」と言われたこともあった。多分、「いえ、風邪なんですけど」と告げる熱で顔を真っ赤にしている患者に対して、「何だ、風邪か」とつまらなさそうに言ったことがあるのは、その医師だけだと思う。というか、そう言われる患者が私だけだったのかもしれない。蛇足だが、歯科でも「厄介な患者」扱いされているのだが、それはまた次のネタにでもしようと思う。とりあえず、今日書いた暗〜い作品の言い訳は以上、ということだ(そんなもんを日記に書くなゃ)。 |
| 8月10日 何だろね… |
| 今朝、縁側のカーテンとサッシを開けて、息子が遊んでいる居間に戻った途端、また鼻血…。急いで手で受けながら、ティッシュを丸めて鼻に詰め、血塗れになった右手を拭いて、畳の上の赤い斑点を拭いていたら、息子が硬直していた。保育園に通うようになってから、時々怪我をすることもあるし、「人の体から出る赤い液体は、血であり、怪我をしている証拠」と理解しているから、「ママのはなにけががある」と思ったらしい。「大丈夫だよ、すぐに止まるよ、毎日出てるからママは平気だよ」と言ったが、「毎日」以降は余分だったらしい。「ママ、まいにちなの? だいじょうぶ? いたい?」と呟いた。「大丈夫だよ、痛くないし」と繰り返しても、いつものように抱きついてきて撫で撫でが無いので、変だと思ったら。今朝値札を切り取ったばかりの、黒いTシャツのリラックマと黄色い鳥さんを捕獲したコリラックマが、血塗れになっていた。道理で、畳をどんなに拭いても、次々に小さな赤い斑点が見つかるわけだ。自分のボケに呆れながら、Tシャツを拭いたら、ようやく息子が「なかよしですね」とTシャツの文字を読み始めた。ちなみに、帰宅した旦那がそのTシャツを見て、爆笑した。自分はたれぱんだマニアのくせに。私はリラックママニアじゃないぞ、こら。偶然、B級品扱いで特売されていたから買っただけなの。主張しようと思ったが、また鼻血が出そうなのでやめた。 |
| 8月9日 息子と二人で三途の川を渡りに行こう… |
| 実父は、私に直接文句を言ったり怒らせるような態度を示さない。ただ自分の機嫌が悪いことだけをひたすら見せつけるだけ。何故なら、昔、仕事場で、やはり精神科に通院していた同僚が、上司から嫌みを言われて激昂し、黙って早退した後、業務終了後、金属バットを持って上司を殴りに戻ってきたのを知っているから。実父の中では、病名の違いも症状の程度の違いも関係なく、「精神科に通院している奴は、人非人。発狂しているから隔離し、社会から排除すべき『物体』。社会に害を及ぼすことはあっても、利益を齎すことは絶対に無いし、いずれ必ず人を殺すし、精神科に通院していることで再び野放しにされることを承知の上で暴れる、社会のゴミ。だから、精神科に通院している奴は、とっとと殺すべきであり、それは自分のような絶対的に正義を守っている者の義務」というのが「社会の常識」として根づいている。だから、私が存在することも許せないし、家庭を無視する旦那と人非人の私の間に生まれた息子も、基本的に疎ましいだけの肉の塊に過ぎない。機嫌がいい時だけ、「いかに自分が『いい人』かアピールする道具」として面倒を見たり、私の心配をしているふりをする。今日は、昨日に続いて不機嫌で、思いきり本性が露見している。「何が『だらだら毎日』だ、てめぇらのほうがだらだらしやがって」とか、「まったく目障りだ」とか、絶対に顔も目も合わせないでグチグチ見苦しい態度を「私以外に(実父談)」示している。「ねぇ、だらだらまいにち、よんで」とせがむ息子の顔を見ながら、「ママと一緒に、三途の川を見に行こうか? きっとじいちゃんもばあちゃんも喜ぶよ?」と言いそうになった。いや、今もまだ言いたい。60年前の今日と先日の6日、原爆が投下された。犠牲者は未だに増え続けている。今日は、言わば、「戦後が還暦を迎えた日」も同然だ。ヒロシマやナガサキを繰り返さないよう、世界へ平和を訴えるべき重要な日だ。それなのに、私ときたら、せっかくもらった命を、何度も死にかけるめに遭いながらも生きてきた自分と、生まれる前から私のことを心配して励ましてくれていた息子を、殺したいと思っている。それをギリギリのところで我慢しているのに。「微熱が続いてる」「頭が痛い」「下っ腹(卵巣付近)が痛い」「気持ち悪い」などを実母に言ったら、「お母さんは医者じゃないから、そんなこと言われてもどうにもできん」と突っぱねられた。実父の機嫌の悪さの元凶は私なんでしょ?と尋ねたら、「ああいう性格だって、もう分かってるでしょうが。そんなに嫌なら、家を出て遠くに行きなさいよ」と言われた。遠くへ行けばいいのか、遠くへ。じゃあ、やっぱり、息子と二人で三途の川の向こうへ行こう。そう思いながら食後の安定剤3種類を飲み込み、泣きながら「あと15分、あと15分。そうしたら、絶対に落ち着くから」と自分に言い聞かせた。けれど涙は止まらず、鼻をかんだらまた鼻血が…。create novelさんでお世話になっているいおむさんは、先日お父さんを亡くされ、傷心されている。本来なら、ご挨拶メールを送信して気を落とされすぎないよう、少しでも心遣いせねばならないのに、それすらできない。理性と感情が分裂して、歯止めが利かない。そんな自分が、さらに嫌になってきた…。 |
| 8月8日 私がいる実家と私がいない実家 |
| 2週間ぶりの精神科への通院。それまでの間にあったことを反芻して、順番を待つ。本当は、反芻しないほうがいい。少なくとも、私は。下手に反芻すると、診察室に入る前から涙が出てくるからだ。とりあえず、今日は「息子が半月以上夏休みであること」と、「実父母と息子と一緒に海へ行った時のこと」、「昨日じつは旦那と息子と3人で名古屋へ出かけて新幹線やプラレールを楽しんできたこと」を話そうと、決めておいた。ハンカチを忘れたから、絶対に泣くまいと決意していたのに、酔っ払った実父の罵声を思い出したら、悔しくて涙が出そうになった。それを懸命に堪えて、一通り話し終えたら、医師から「よく頑張りましたね」と言われ、また泣きそうになった。午後は、1ヶ月ぶりの婦人科への通院。先月受けた骨粗しょう症の検査の結果を聞くのと、生理周期の確認と、子宮ガン検診を受けるため。生理周期は、こういうところで書くのも何だが、久し振りに狂った。まぁ、二人目の子供が欲しいわけでもないし、服用する薬が多すぎて他の心配もしなくちゃならなくなるし、何よりも私自身に性欲がまったく無いから、どうでもいいんだけど。不思議なことに、性欲が皆無になった途端、子宮ガン検診、つまり婦人科の内診が平気になった。いっそ癌細胞が見つかって、全摘出しなければならない状態だと言われても、摘出よりも手術のための脊髄への麻酔注射のほうがショックかもしれない。医師からは、「骨粗しょう症検査の結果、カルシウムは相当貯蓄があるから、まったく心配無いですね」と言われた。結果の用紙を貰ったので見たら、「同世代の同性の平均値との比較結果は120%、若年成人の平均値との比較結果は125%」とあり、「…高校時代に受けた血液検査で、鉄分における同世代の『男子』の平均値との比較結果は150%って書かれた時以来の衝撃だな…」と思った。それを読み取ったわけでもあるまいに、医師が「来月は血液検査をしておきましょうかね」。拒否権は無い。「ま、いっか」程度だ。帰宅したら、息子がゴネていたので引き取り、昼寝させるつもりで私だけ昼寝してしまった。息子は私のスニーカーを履いて実家へ。様子を見に来た実母が「子供用の敷布団をかけられ、周りに玩具が散乱する中、ぐうぐうに寝てた」と大笑い。昨日の出来事を笑って報告したことと、それによって息子が「びょういんへいく」と言い出したこと、私が無責任に昼寝したこと、息子の夕食を「食べさせて」と実母が言ったにもかかわらず私が「もうひよこ組じゃないから自分で食べれるよね?」と息子に言ったことなど、さまざまな「私のせい」で怒り始め、最悪のムードの夕食を食べさせられた。実父の機嫌を案じながら私が風呂の支度と薬の服用のために帰宅した後、実家からは実父母と息子の高笑いが何分も、何回も続いた。「私がいないほうが、丸く収まるわけか」と、久し振りに欄間を見上げた。精神科医の「よく頑張りましたね」を思い出し、「先生、私、頑張ってなんかいません…」と呟いた。これを書いている今も、涙が出てきた。泣いているのが実父母にバレると、「そんなことでどうするの! あんた、母親なんだぞ!」と言われる。だから、バレちゃいけない。そのために必死にタオルで顔を拭い、鼻をかんだ。途端、また鼻血。ここ1〜2ヶ月、よく出る。いっそ、鼻血を放置して、出血多量で三途の川を見るのも悪くない。深刻な事態のはずなのに「たかが鼻血で…?」と嘲笑されそうなところが、じつに私に似合っていると思う。鼻血のことは、何度か旦那や実母に知られているが、じつはもっと頻繁なことは、誰にも話していない。 |
| 8月7日 旦那の嘘つきーっ!!! |
| 「昼間、時々接続できなくなるから、今のサーバからもっと安全なサーバに引っ越すから。あ、でも、URLは変更しなくて大丈夫だから」とか言っておきながら! 今朝からずーっと接続できへんわぁっ!!! どこが安全やねん!!! メールも確認できんし、サイト更新もできへんし、自分のサイトすら確認できへんねんでぇっ!!! どうにかしろや、責任者っ!!! ついでに、息子に「消防車の風船よりもいいもの買ってやるから」って誘っておいて、プラレールの部品すら買わへんかったやないかっ!!! 息子にまで嘘つくやないわぁっ!!! …以上、本日の遠吠え。昨夜からさらに接続状態が悪くて、もう、頭来てたりする。そりゃもう、方言だってごちゃまぜに出るってば。ちなみに、私の方言は、岐阜県東濃西部弁を土台に、関西弁もどき、京都弁もどき、江戸弁もどき、三河弁もどき、尾張弁もどきが乗っかっているので、極端な話、ブチ切れると非常に不安定な口調になる。「ほんなことあるわけあらへんがゃ」てな感じ。これでイントネーションだけ京都弁から江戸弁に移行したりするもんだから、時々笑われる。最近はそうでもなくなってきたけど、標準語で話そうとすると、「……」が多くなる自分にちょっと笑える。 |
| 8月6日 蛇足:今日も雷雨に見舞われた |
| 裏管理人のピロさんが、自宅サイトを閉鎖された。んでもって、力作を眠らせるのは惜しいということで、当サイトに格納することになり、光栄&恐縮してたりする。create novelさんのメルマガに掲載されたままの形で区切ろうかと思ったけれど、「…どうせなら、1章ごとに読みたいよねぇ…」という、極めて私的な感情から、1日ごとに1章掲載することにした。なので、初日は「プロローグ」のみ。非常に短い章だけど、「1章には違わないし〜」と開き直っている私(愚)。けれど、常連の皆様、今がチャンスでっせ! 長編を一気に読むのは眼精疲労の元だけど、1日1章なら「飽きない、楽しい、疲れない」よっ!…って、実は私が一番喜んでいたりして…(殴)。日記のみの更新の日も、小説のところに黄色い猫が貼れるし…(蹴)。サーバ管理人の旦那に、「…おい、テキスト、少し減らしてくれや…」って言わせる日が近づいたって感じだし(ニマ〜リ)。 |
| 8月5日 決まって雨が降るんだよ |
| 今日から当地では「七夕祭」。日曜までの3日間。美濃源氏である土岐氏の居城や菩提寺があったことにちなみ、「美濃源氏」を祭の冠にし、土岐氏の心構えだった「バサラ(婆佐羅:義理を守りつつも自由気侭に振る舞う気概)」を謳って、鳴子を持って踊るよさこいソーランのステージやパレードが行われる。大太鼓を打ち鳴らすステージと花火の共演もある。美濃焼産業地の一角でもあることから、クレイオブジェのコンテストも開かれる。これがまたハードで、2日間徹夜で粘土を捏ねてオブジェを製作するという企画なのに、年々、県外からの参加者も増えているらしく、主催組織の商店街では、店頭で作業するチームに差し入れをしたり、仮眠する場所を提供したりして、昔気質の人情を垣間見ることもある。かつては「陶器と化石の街」と謳うも、実態としてはこれといって人々の興味を引きつけるネタが無く、ただ商店街に夜店が並んでいただけの祭だったが、商店街ごとに競うように目玉企画を打ち出し、市も後援して盛り上げようと頑張っている。私も妊娠前はよさこいソーランを会社のチームに加わって踊っていた。長い法被を、紐で括ることなく、袖も裾も大きく翻し、鳴子を持って踊る昂揚感は、未だに忘れられない。ま、今踊っても、太っちゃったから違う意味で目立っちゃうだけだろうけどね。クレイオブジェのコンテストも、初めての年に会社のデザイン部が参加したから、連日応援(と言う名の野次馬)に行ったし、退職してからも必ず一度は雰囲気を見に行くんだけど、書類審査を通過しただけあって、どのチームも斬新なオブジェを時間割までして懸命に造っていて、物凄い熱意を感じる。昔の静けさなんか飛んでっちゃって、もう熱い熱い。なのに、この3日間は雨が降る。一日中ではないけど、とにかく降る。今日も雷雨だった。それでもね、踊る人は踊るし、捏ねる人は捏ねるんだよ。ホント、「バサラ魂」。3日間だけの、「バサラ」。無礼講とは違う。何でもアリだけど、他人に迷惑をかけるのは「バサラ」じゃない。自分の好きなことを、自分の責任で、徹底的にやる。旦那は「自転車通勤には邪魔」と言って顔を顰めるけど、そんな旦那をこの3日間だけは、私は「可哀想に…」と思う。雨が降ろうと、稲妻が走ろうと、「なんぼのもんじゃーっ!」って参加したことが無いんだもん。何十人も集まって、一つの踊りを一斉にキメる、その瞬間の心地よさは、多分、秋祭りの神輿担ぎに似ている。一緒に踊っている人達は見知らぬ人だけど、最後をキメた瞬間に目が合うと、決まってニッと笑い合える。祭が終わったら、また見知らぬ人に戻るのに、その時だけは違う。仲間だとか同志だとかじゃなくて、もっと本能的な関係。恋愛沙汰でもないけど。何つーか、呼吸と鼓動を共にした、分身って感じかなぁ。目と目で「やるじゃん」「そっちこそ」と会話できるような、連帯感が確かにあるの。長法被を翻し、顔に赤と黒のペインティングをしたら、日常の仮面を捨てて、観客を引き摺り込んで一緒に踊り、振り付けが違おうと構わず「やるじゃん」ってキメる。「こんな人、市内にいたっけか?」と思うぐらい、皆の心持ちが変わるんだよ。今日も、一番盛り上がる時間帯に雷雨が激しくなり、警報が出て、「祭は一旦中断します」って放送があったけど、きっと誰か我慢しきれずに踊りだし、次から次へと稲妻の下で踊る人が増えていたんじゃないかなぁ。そんな「七夕祭」だけに、織姫と彦星だって、雨が降ろうが雷だろうが、きっと天の川を渡っていつもと違う空へ飛び出してデートしてるさ。でなきゃ毎年雨が降るわけないって、思ってる。 |
| 8月4日 呪いたいほどに沸き立つ怒りと憎しみの入り交じった激情 |
| 実母と二人で買い出しに出かけた。ついでに肺のレントゲン検査も受けに行ったので、ちょっといつもと違う道を走った。国道を横断しようと銀行前の交差点で信号待ちをしていたら、警官とおじさんが車のすぐ横に立って、話を始めた。おじさんのほうは、手の動きもダイナミックで、何やら熱弁していた。銀行の駐車場では、私と同世代くらいの女性がしょげた顔をして、それを見つめていた。どうやら、信号待ちしていたおじさんの車に、駐車場に出入りのどちらかをしようとした女性の車が接触したようだった。助手席に座っていた実母が、「あの子、可哀想やねぇ。まったく、どうして交通事故っていうと、男は偉そうに捲し立てるんやろう。あんたの事故の時だって、お母さん、腹立ったわ。あんたが慎重に道路に出ようとしてたのを、お母さんが一番近くで見とったもん。一緒に乗っとって、一緒に左右を見とったもん。ほやから、バイクがいきなり飛び出してきたみたいに見えて、びっくりしたわ。あんな細い道を、何度も見たのにいきなり出てきたように見えるぐらい、スピード出しとったってことやら? あんたの車のナンバープレートを捲ったほどやのに、足は無傷やし、『こいつ、当てよった!』って思ったわ。ほやのに、警察はバイクの子のほうからばっかり様子とか訊いとるし、あんたの話なんて全然訊かずに説教しとって、ほんと、蟲(ご)が湧いたわ。しかも、現場では自分も不注意やったとか言っとったくせに、後で謝りに行ったら、偉そうに『今度から気をつけて運転してくださいよね』なんて言ってさ。あんたは頭下げとって知らんかったやろうけど、あんたのこと見下して嗤っとったんやよ。とことん、蟲が湧いて蟲が湧いて。あん時と同じように、あの子も何も訊いてもらえず、謝った上にお金取られて、この嫌らしい男に嗤われるんやろか? ほんま、蟲が湧くわ!」と、愚痴り倒した。「まぁ、しゃあないわ。済んだことやし。私もなんとな〜く当てられた気がして、サイトで愚痴って気晴らししたし、バイクと車の両方の免許持っとる友達に、『いるんだよ、そういう奴。本当に腹立つよね』って同情してもらえたで、少し気楽になったし」と私も、運転しながら苦笑した。「ほやけど、あんた、蟲が湧かんの?」と尋ねられ、さらに苦笑してしまった。「事故のことよりも、サイトの掲示板や日記の愚痴を読んだNさんがさ、安定剤を服用すると注意力が落ちるから気をつけてってメールくれたんやけど、それを私、誤解して返事書いちゃって、それっきりNさんが来てくれへんようになったことのほうが、辛いわ。しかも、その誤解メールの直後か少し経ってからだったかに、『加害者であることを認めておきながら、後で被害者面する人もいる』って日記に書いてあるのを読んじゃって、凄く後悔したし、今もしとる」と、この数ヶ月間、悶々としていた気持ちをようやく言葉にできたのだけは良かったと思う。実母は「なにぃ、ほんな人やったの?」と驚いてから、少し膨れっ面をしていたけれど、私は善い勉強をさせてもらったと思っている。事故に関しても、メールのやり取りの怖さにしても、サイト内の記事の扱い方や掲示板での対話の仕方、そして、オンラインでのトラブルの後の対処の仕方と、どんなに尊敬している人であっても同じ人間であり違う価値観を持っていること、画面の向こうに生身の人がいてその人なりの生活があることなど、多くのことを教わった。謝罪のメールを出すのに、何ヶ月も時間を要するような臆病な自分も見つけたし、辛くても毎日サイトを拝見してNさんの物事に対する姿勢を見せてもらっては、やはり少なからず尊敬している自分を見つけたし。ただ、少し困っている。ハーボットのカード交換の状態は以前のままなので、懺悔と感謝の気持ちを込めて夏のギフトを贈りたいのだけれど、数ヶ月遅れのメールに対するレスも無い今となっては、ギフトを贈っても嫌なことを思い出すきっかけにしかならないのなら、贈らないほうがいいだろうし、と。やっぱり、辛い、かも。寂しいとか後悔しているとかではなく、辛い。自分に誠意が足りなさすぎたから、Nさんにではなく、自分に蟲が湧いて、辛い。ああ、ようやく文章にできた。方言がそのままなのは、「それでもまだふっ切れたわけではない」ということで、容赦していただきたい。ちなみに、「蟲が湧く」という言葉は、タイトルにあるような気持ちのこと。多分、「蟲毒をもって人を呪う」ということと、何らかの縁がある方言だと思う。 |
| 8月3日 心の傷はなかなか癒えないよ… |
| 数日ぶりにニュースを見て、ショックだった。柔道の合同合宿に参加した少年が、どうして死ななければならなかったのか、と。報道では腹部を蹴られたとか。腹部は、怖いよ、後になって命に関わってくるから。高校時代、私のクラスの古文を担当し、同時に実弟のクラスの担任もやっていた先生が、硬式野球部の寮の監督をしていた年、1年生の寮生が一人、先輩から受けた体罰が原因で死亡した。私が入学する数年前だから、かれこれ四半世紀前か。部活の終わった時か寮に帰った時かに、やはり傷が目立たない腹部を殴られ蹴られ、同室の生徒に支えられて部屋に戻り、何も食べられないまま一晩過ごし、翌朝、「気分が悪いから欠席すると先生に伝えて」と同室の生徒に告げたのが、最期だったらしい。寮の監督として心配した先生が、その生徒から体罰のことを初めて聞いて寮に戻った時には、もう意識がなく、病院に到着するかしないかという頃に、亡くなったらしい。それ以来、先生は硬式野球部の監督と一緒に、毎年命日に亡くなった生徒の家を訪ねているけれど、庭にも入れてもらえず、土下座している上から塩をかけられたこともあると、目に涙を浮かべて話してくれた。その話のきっかけは、自分の担任のクラスで喧嘩していた生徒二人と、仲裁しようとしていた実弟を、教室のロッカー前に立たせて、平手打ちしたという告白だった。「多分、顔を腫らして帰宅すると思うけど」と授業を始める前に切り出され、「ああ、私と違って人間的にもタフですから、大丈夫です」と私が苦笑したら、ちょうど亡くなった生徒の命日の少し前だったらしく、「そうやって赦してもらえても、叩いた痛みは残るし、他に叱り方があるだろうに、それを知らない自分の未熟さが恥ずかしい」と呟いてから、野球部の事件について話してくれたのだ。「僕が土下座しても、死んだ彼は戻らない。だから、線香を上げさせてもらえないことで、正直、少し楽になるんだ。まだ赦してもらえない、罰してもらえる、自分の未熟さを教えてもらえる、担当する生徒に手を上げてしまったことに痛みを感じさせてもらえる、と。僕は、本当は甘えているんだと思う。しかも赦されたいとも思っているから、本当に甘ったれだ。今年も、また、そうやってくるつもりなんだ」と告白しながら、涙を何度か拭い、「ああ、やっと僕も涙が出るようになった…」と呟いた。生徒を前に事件のことを告白したのも、その時が初めてだったそうだ。事件や事故は、被害の大きさにかかわらず、何らかの形で関与した人達全員の心に傷を残す。トロントの飛行機事故も、「死者がいなかった、良かったね」だけで済ませられない人達がいる。「また事故に遭遇するかもしれない」と、乗っていた人達は程度の差こそあれ、いつかまた飛行機に乗る時に思うだろう。ましてや、生徒の肘をライターで炙っておきながら、「これで飯でも食べてよ」と2千円を渡した教師など、論外だ。生徒の心の傷や、同僚の教職員への生徒達の信頼を砕いておいて、軽く「勘弁して」なんて、赦せない…! |
| 8月2日 速攻!!! |
| 朝は平熱に下がっていたものの、息子の発熱を案じて、朝食後、すぐにチェックアウト。従業員の一人に車を出してもらったおかげで、名鉄の特急に間に合う。金山での乗り継ぎもスムーズで、恐ろしいことに、チェックアウトから約2時間でいつもの病院に到着していた。診察の結果、夏風邪のひき始めと分かり、一安心。但し、クーラーがガンガン効いているところでは、症状が再発することも分かった。考えてみれば、息子は自宅でも保育園でも、冷房には当たっていない。暑い日に急速に体を冷やされると、本能的に発熱するのだろう。安心した途端、グッタリバッタリで、誰も何もしなかった。ただ、夕方になってようやくメールチェックした私だけが、旦那からの頼みで市役所へ走り、住民票を取ってきた。その旦那は、有給だか代休だか知らないが、とにかく会社を休んで、横浜だか東京だかへライブを観に行って、5日だか6日だかまで帰らない。それなのに、なぜか住民票がいるという。何のために必要なのか分からなくて、申請理由を書かねばならないのに書けなくて困っていたら、「もうっ! そろそろ定時なんだから、さっさとしてよね!」と言いたげな勢いで市民課のお姉さんがやって来て、無記入のまま、住民票を出してくれた。そして、旦那にメールしたらば、「ありがとう。早かったんだね、帰宅」と電話で言われ、昨日からのストレスも手伝って、「まぁね。息子が熱出したら、誰だって慌てて帰宅するわよ」と言ってみた。すると、「あははははは、また熱かぁ」と笑い飛ばし、私の反応も伺わずに「じゃあ、うちの親に取りに行かせるから、よろしく」で電話終了。自宅の子機が故障しかけたことを、旦那は一生気づかないことだろう。 |
| 8月1日 感動感激感無量…の後が問題 |
| 木曽の山間から知多半島まで出向く。きっかけは、「孫に海で遊ばせたい」という、実父母の心遣い。基本的に、「息子が行くのに私が行かないのは変でしょうが」という方針を持っているので、私も同行。子供の頃、同じようにツアーではない旅で同じ内海(うつみ)へ行くのに、半日ぐらいかかった覚えがあったので、息子が電車に飽きて暴れださないだろうかと心配だったのだが。…早いよ、今世紀の名鉄…。しかも、南知多を北回りと南回りで観光できる無料バスも1日4本あって、結構便利だし。ホテルのチェックインまでの時間、北回りバスで「えびせんべい工場見学」と「南知多ビーチランド」を楽しんだ。せんべい工場では、見学をしないでせんべい売り場で試食を食べる、食べる。全種類(20種類ぐらい?)食べて、満足。ビーチランドでは、以前話題になった「お散歩ペンギン」を目撃することはできなかった(地面が熱いから当然)けれど、ちょうどイベントが続く時間帯の少し前に入園できたので、「イルカに触ろう」「アカウミガメの赤ちゃん(1歳)を持ってみよう」「アザラシに触ろう」「ペンギンに魚をあげよう」の4種類の「海の動物と触れ合い体験」全部を息子に体験させることができた。ちなみに、私もアザラシを撫で回したし、アカウミガメの甲羅に触り、前足でペシペシされたし、ペンギンの「餌くれーっ!」顔を間近で見れて、ラッキー♪だった。その後はアシカとイルカのショーがあり、息子の真後ろの席で息子と同じタイミングで「おぉっ!」と言いながら拍手しまくっていた。息子は息子で、動物園の時より近くでペンギンやオットセイ、アシカ、アザラシを見ることができたし、いろんな動物を触ったし、イルカのハイジャンプに感動して、両手両足をバタバタさせて喜んでいた(何歳やねん:笑)。で、ホテルへ行き、荷物を下ろして、「じゃあ、今度は海ね」と言って、実父と息子が着替え、実母と3人で出かけていった。私? 私は海に入ると沈むので、留守番。ところが、この後、大事件が発生した。実母だけが慌てふためいて戻ってきたので、「どうだった?」と訊いたら、「喜んでわざと波を被ったりしてたんだけど、なかなか上がらないし、海から出たら途端に顔色が真っ青になったから、今、じいちゃんと風呂に行ってるのよ!」と、着替えを抱えてまた飛び出していった。そして、3人で戻ってきたら、確かに息子が変だった。頭や首は熱いのに、手が氷のように冷たい。「おなかいたい」「きもちわるい」と言い出したので、ホテルの人に頼んで、小児科をあたってもらい、車を出してもらって知多厚生病院へ。内科医に診察してもらい、「多分、熱のせいでお腹が痛くなっているんだと思います」と言われ、座薬をその場で投与してもらい、応急処置的な薬ももらい、ホテルに戻って様子見。座薬が効き始めて眠った息子を布団に入れたら、「いつもの」が始まった。「だから俺が言ったやないか! おまえら気づかんかったのか! あれほど熱があるぞって言っただろうが! おまえら本当に何の役にも立たへんな! 俺が言わんかったら、こいつがどうなっとったと思うんや!」と、実父は言いたい放題、言いまくり。海へ一緒に入ったのは、実父。ごねる息子を海から出さなかったのも、実父。上着を脱がせずに泳がせて、上がってから急速に体が冷えるようにさせてしまったのも、実父。けれど、フロントに電話して病院を探してもらったのは、私。車を出してもらったのも、私。病院で熱の上がっていくまでの過程を説明したのも、私。夕食も後回しなら、安定剤の服用もまだだった私は、しつこく自分の観察眼を婉曲に自慢すると同時に責任転嫁を図るのに必死の実父に腹が立ち、「熱があることぐらい、知ってたわ。それなのに指先が氷のように冷たかったから、心配だってしとったわ。ほやから医者にだってそう言ったし、冷房にあたると熱が上がってたことだってちゃんと言ったわ。海に入る前から本当は気持ち悪かったけど、じいちゃん達が喜んでくれるから我慢してたって、息子からも聞いたわ」と反論。目が坐っていたはずだ。ブチ切れてたから。何が「おまえら全然役立たずやないか」や! 何が「俺しか分かってやっとらん」や! ふざけんじゃねぇぞ、クソジジイ! 夕食は、全部同じ味がした。「無味」という味。めちゃくちゃ腹が立って、テーブルごとクソジジイに投げつけてやろうかと思った。だいたい、私が目を座らせたぐらいで「まぁ、ほやけど、そうやって心配するようになっただけ、俺はおまえが母親らしくなったと思っとるぞ」とか、薄気味悪い体裁の繕い方をするなっちゅーねん! 見苦して「こんな男の遺伝子が半分入っとんのか、俺には!」と思うたびに、死にたくなるっちゅーねん! 他人に責任をなすりつけて自己満足する段階で、情け無くて「貴様に俺の旦那の悪口を言う資格はあらへんわ!」と怒鳴りたくなった。思い出すだけで、殺意が湧くよ、今でも。まったく、息子が「それでもじいちゃんやばあちゃんはすきやもん」と言うから殺さずにいようと思えるようになったばかりなのに、悔しいやら口惜しいやら殺してやりたいやらで、嫌な気分になったし、今もなってる。 |