ものぐさ日記

毎月の日記のページが長く重くなってしまうので
やはり「白いページ」(当サイトの隠しているつもりページ)に愚痴り
ここでは楽しかったことを書こうかと画策していますが成功するかどうか…

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 9月30日 出目は「負け」のみ、嗚呼、無情…
 明日、息子の通う保育園の運動会がある。昨年も、当然あった。ひよこ組(3歳未満児クラス)だったので、大勢の大人の前でオドオドしていたから、私も傍に行って、一緒に踊ったり走ったりした。今年もびっくりするかな?と思って尋ねたら、「へーきだよ、もう4さいだからな!」と頼もしい返事。鼻水を啜りながら、今日も楽しく練習に打ち込んでいる(はず)。けれど、私にとっては、明日は「博打」の日。昨年の運動会について、旦那が「仕事休んでまで見に行くほどのもんじゃないんだろ?」と一蹴したので、私と実父だけで出かけたのだが、旦那の実家へ年末に行った時、「どうして連絡してくれなかったんだ」と義父母に言われ、旦那に助け船を求めたけれど無視されて、胃腸が捻じれるかと思った。それ以来、旦那の実家では冷ややかな扱いを受けている気がするので、今年は連絡したくても直接電話する気になれず、昨年同様に日程だけ見て「俺、仕事で行けない」と言い捨てた旦那に、「とりあえず、運動会の日程をそっちの実家に電話しといてよね」と言い置いた。これが「博打」。出目は、全部、私の負け。旦那が電話をしなければ、昨年と同じく白い目で見られる。旦那が電話した場合、義父母が来なければ実父の怒りが滲み出るに決まってるし、義父母が来たとしても「息子の祖父母は実父母」と保育園では認識されているから息子とは競技に参加できないだろうし、無理やり参加したとしても息子は笑って楽しまないかもしれないし、その後食事に誘われても旦那が不在なら気まずいだけだし、第一、仕事で行けないと承知の上で旦那に電話させたことをネチネチ言われる可能性が高い。つまりは、賽の目がどう転んでも、私はどこかで針の筵に座らされたり、白眼視されて気まずい目で見られたりするだけ。想像するだけで気が滅入ってしまい、既に陰々滅々…。
 9月29日 ついに始まったか…
 息子を保育園に通わせ始めたのは、2歳の時だった。周囲のおばはん連中から「可哀想じゃないの」と言われ続けた。けれど、喃語を卒業し、日本語を覚え、友達と遊ぶ楽しさも知り、立派な「悪魔の3歳児」になった。第一次反抗期だ。が、それは自立したいという心の芽生えだと、精神科医師や園の先生方に支えられて、「これは悪魔じゃない、怪獣だわ」と思い、極力「自分でやってごらん、間違いなんか無いんだから」と、気長に見守る姿勢でいられた。そして、年少クラスに入ってからは、周囲は皆、自分と同じ「怪獣」ばかりで、一緒に遊びたいけど玩具の奪い合いになったりしながら、交渉することを覚えていった。そして、4歳の誕生日を過ぎた今、とうとうやって来たよ、「どちて坊や」が。いや、確かに「どーして?」が増えたけど、まだまだ我儘な「怪獣」だから、「どーして怪獣」って言うべきか。これが凄い、凄い。「アリもチョウチョもカブトムシもこんちゅーなの? どーして?」とか「とりがとぶのは、どーして?」などなど、気が向いたら即「どーして?」。んでもって、どう説明しようかと悩んでいるうちに、「どんぐりのおおきさやかたちが、ちがうのがあるよ。どーして?」。「さっきの質問は気にならんのか、おい!」と言えるはずもなく、けれど説明すればしたで、「どーしてそうなの?」と来る。それも、どうやら実父母よりも私に「どーして?」が振られるらしい。「ついにどちて坊やになったよ…」と言ったら、「そうなの?」で一蹴された。むぅっ、こうなったら、一人で説明を考えるなんてしないで、私も一緒になって「どーして?」を言ってやるぅっ(逆ギレ)!
 9月28日 …ということは、つまり、命懸け…?
 眉間のしこりとデリケートゾーンの腫れ物がかなり小さくなった。良かった、これで病院に行かずに済む。けれど、普段の平日が戻った途端に小さくなったということは、精神的ストレスを感じると大きくなるということか? 眠くなったり、立っていられなくなったりと、普通の症状で知りたいなぁ、そういうことは。まぁ、運転中とか息子と二人きりとか、肝心な場面で出るから困りはしてるけど。それに、しこりの正体が膿だったりすると、病院で診察されると化膿止めが出るから嫌。「もう10年以上前ですけど、化膿止めが原因らしいアレルギーが出ました」と言うと、まず驚かれる。で、銘柄が判らないというと困った顔をされ、当時の症状の説明をしろと言われ、「首と手首と足首の先以外の全身に腫れと内出血が」まで言っただけで、「判った、もういい。君には化膿止めを出したくない」と言われるから。どうしても処方しなくてはいけない時には、決まって「頼むから、少しでも飲みたくないと思ったら、飲まないようにしてくれ」と頼まれる。何故なら、次に同じアレルゲンを取り込んだ場合、「全身内出血」以上の症状が表れるから。即ち、「呼吸停止」とか「心不全」とか「意識不明」など。で、ここでタイトルどんっ! 実際、実父の同僚で、昔アシナガバチに刺された人が、また同じ蜂に刺された時、一瞬で意識を失ったらしい。さあ、改めて、タイトルどんっっっ!
 9月27日 「仮面舞踏会(マスカレード)」
 午前中から、明日発送するメルマガの記事を書く。繰り返し推敲して、夜、やっと纏まる。昼間、買い物に行ったため、睡眠を取らず、そのまま息子を迎えに行き、実母の店の最後の客が帰るまで、自宅で息子と遊ぶ…はずが、眠ってしまった。息子、怒る、怒る。ようやく気づいたら、客間全体に玩具が散乱していて、眠っていた自分を殴りたくなった。多分、息子は大声でいろいろ喚いただろうし、実母の客は小学校だか中学校だかの教師で、夕方にしか来れないし、来るたびに染め付け(時間がかかる)をするし、夕方5時には酒を飲み始めないと機嫌が悪くなる実父は、幾重にも怒りが蓄積されたらしく、極めて不機嫌になり、私が何を言っても返事をしない状態になった。過去、こういう状態の時、「同じ空気を吸いたくない」「飯が不味くなる」「気に入らないなら出て行けばいいのに、どうしてここにいるんだ」「面白くない」「プロになれるはずもないのにくだらん文章を書くことに時間を使いやがって」「誰のおかげで飯が食っていけると思ってるんだ」「生きてて恥ずかしくならない神経が信じられん」などなど、半年だか九ヶ月だか言われ続けた(但し、私を見ないで言い続けたので、私に対して言っていたと気づいたのは、実母に無理やり土下座させられてからだった)。以来、実父の機嫌が悪くなると、遠因は精神科の患者(実父が「社会のダニだ」と断言した)である私に帰化し、同じく気に入らない旦那へも怒りは遠回りして向けられ、そんな二人の遺伝子を持っている息子に対して、コロッと態度を変えて「おまえなんぞ、俺の孫じゃない! 近寄るな!」と怒鳴ることもある。隣家のおっさん達と似ているので、私と実母は「同族嫌悪」と思っている。そんな実父は、私が友達や部活の仲間を連れて帰宅し、遊んだり練習したりしていると、必ず顔を出し、誰がどこに住んでいて、親がどんな仕事に就いているか、全部聞き出していた。言葉を濁したり、少しでも気に入らない答えだったりすると、「もうそいつとは付き合うな」と言うし、友人や部活仲間も居心地が悪くなるために、自然と私は孤立していった。唯一、実父が気に入ったのは、実父を和装の似合う男性俳優に似ていると言って喜ばせたSちゃんだけだった。中学時代、半年ぐらい仲良くしてくれたSちゃんは、「これに宝物の地図が隠してあるんだって!」と言って、大きめの絵本を持ってきた。「仮面舞踏会(マスカレード)」という絵本で、著者は建築関係や不動産関係の資格もある資産家の外国人で、蜂を一定の法則で追いかけていくと、資産の一部を埋めた場所が判明するように製作された。が、結局、著者の散歩コースを知った人が、犬を使ったりして、強引に発見してしまったらしい。ま、人生なんて、そんなものかもしれない。今では図書館の閉鎖棚に入ってしまったあの本を、もう一度見てみたい。
 9月26日 ヤバかった…(冷汗)
 今日は精神科へ。珍しく、30分以上待たされた。2回あった3連休の影響で、他の曜日の患者さんもいたからだろう。それに、診察というより「対話」が重要視される分野だし、一人一人に「何分だけです」とか言えないし、お互い様だからなぁ。そういう意味では、「俺は風邪で熱も吐き気もあるって言ってるのに、何時間待たせやがるんだ!」と元気に叫ぶ患者より、マナーは弁えていると言えるかも。中待ち合いの長椅子に腰掛けてても、診察が終わった人全員がきちんと頭を下げて通り過ぎていくし。その後で今度は会計待ちがあって、こちらは45分待ちという表示があったけれど、30分で呼ばれてラッキー…じゃなかった。待ってる間にジャンプは読んだし、それでも呼ばれないから15分くらい眠るかと思った矢先に呼ばれたから、帰路の車中で何度も舟を漕いだ。対向車に何度か接触しかけた。おかげで、後続車が車間距離を高速道路以上に長く取ってたよ。そりゃそうだよなぁ、県道を時速50〜70kmで走りながら蛇行してたんだから。我ながら、よく死なずに帰宅できたものだと思ったよ、今回ばかりは。今度から、途中にある道の駅「どんぶり会館」の駐車場で仮眠することにしよっと。
 9月25日 その3:おめ〜♪
 中学時代に私から強引に引き摺り寄せた「クサレ縁(?)」のみちよさん、誕生日、おめでとー! 後でそちらのサイトにも書き込みにいくから、覚悟しててね〜(笑)。リヴリーメールと合わせて、「おめ×3」だよ、余分に年取った気分になるかもね〜(爆)。
 9月25日 その2:ご苦労様でした(三つ指)
 万博、最終日。戦争をしている国同士が一つの共同パビリオンに入り、コンパニオンのお姉さんを派遣したら、国の事情も関係なく、仲良くなれたことを喜んでいるという話が報道された。中立国も同じパビリオンで参加していたから、「帰国後? 中立国で集まって、話をしたり食事したりするつもり。今から楽しみ!」と、三人で笑っていた。中央アジアの共同館では、多分、申し合わせていたのだろう、赤く染めた布に代表的な文様を刺繍したものを、それぞれ中央に展示していた。その文様と微妙な赤色の違いは、民族の誇りを、けれどどの国にも同じ赤色に刺繍を施す布が日常にあることは、同じ大陸に住み、互いに交流がある証拠を表していた。「地球と仲良く暮らしていこう」という趣旨に基づいていたのは、そうしたパビリオンのほうであり、連日行列が続いた企業パビリオンのロボットの展示とかではなかったと思う。人間の技術の発展を象徴しているという点では、それに勝るパビリオンは無かったのだろうけれど。そして、それら以上に、「毎日、違う国のイベントデーがあるからね、楽しみで仕方がないんだよ」とか、「言葉が通じなくても、いろんな国の人と友達になれるから、嬉しくてねぇ」と、連日通い詰めた人が少なくないことが、嬉しかった。万博会場に選定された直前だか直後だか(数年前)に、私は万博会場の周辺地図をヒィヒィ言いながらトレスした。その地図は、イヌワシの巣が見つかったことで、大きく変化して、瀬戸の海上(かいしょ)の森だけに築くはずだったパビリオンが長久手町に移動した。私の苦労して描いた地図は結局破棄されたことになるけれど、万博誘致に貢献した人達の次に万博の仕事に携わり、マスコットの決定やその名前の募集と決定の書類にも携われた。そして、二度も訪ねることができた。毎日通ってすべての国のパビリオンで友達を作ったおじさんもいたと聞けた。リユースが決定しているトイレもある。残存する展示館もある。地元の学校に設備や展示物を分けるという話も聞いた。モリゾーとキッコロは海上の森に帰るけど、多くの国の人達が何度も足を運びたくなる万博になって、夢のような時間だったと思う。戦争や自爆テロを繰り返している人達は、可哀想だ。そんなことをしなくても、平穏を得ることはできるのに。そう私に思わせてくれた、万博だった。砂漠化が進むシルクロードに、私はクリック募金を繰り返している。いつ移動するか知れないオアシスや川に頼りながら行き交う道から、モリゾーとキッコロが笑って見ていそうな道になってほしいと、思わずにはいられない。
 9月25日 その1:…何、これ…?
 眉間に、しこりがある。もう何ヶ月も治らないで、そのまま。時々、毛穴だか傷口だかから、血なのか膿なのか判らないものが出るけど、すぐに止まるし、しこりが治ることもない。少し小さくなる時もあれば、他人の目から見ても明らかなぐらい腫れる時もある。それとは少し違うけど、デリケートエリアと呼ばれる部分にも腫れ物ができていた。気づいたのは、先週ぐらい。場所が場所だけに、自分では目で見ることができないし、虫刺されのような感じだったし、下着が絶対に当たらない場所でもないから、「すぐに治るだろ」と軽く見ていたけれど、治らない。普通の夫婦なら、旦那さんに「ねぇ、ちょっと見てよ」と言うかもしれない。けれど、私は、一番最初に「婦人科の医師に診てもらおう」と思った。旦那でも実母でもなく、他人である医師。「…情け無いなぁ…」と思った。一応、虫刺されにも効く刺激の強い痒み止めを、トイレで塗った。当たり前だけど、患部以外の場所がヒリヒリ。少し痛いぐらいだったけど、そんなの、私にとっては「痛み」のうちに入らない。布団を畳もうと部屋に戻って、初めて気づいた。シーツが血塗れ。月経のせいではない。通常、胸か背中が触れているはずの部分だから。「どこかの瘡蓋でも捲ったか?」と手を見れば、左手の親指の爪が赤黒くなっていた。傷口がどこか、判らない。でも、「…ま、いっか…」。昨日から鼻をかむと、必ず血が混じるようになった。鼻血かと思ったが、違う。慢性的に微量の出血が続き、粘膜の内側に固まりかけの血液が沈殿しているようだ。もう慣れてしまって、斑に赤黒い鼻水を見ても、何の感慨も心配もしないようになった。旦那は、それらをまったく知らない。息子は今朝から、実家に入り浸って帰宅しない。旦那も離れに引き篭もるかテレビの前で寝転がっているかで、息子のことを何も話さない。自分の体の心配も、息子のことについても、何も話せない。そういう人と結婚した自分が情け無くて、食器を洗いながら泣いた。窓の外を通りがかった実母に、「何かあったの? シーツ、洗うから出しなさい。しこり、痛かったりしないの? とりあえず、次の婦人科の診察の時に、先生に相談しなさい。Kちゃん(息子)も良いわよ、本人がじいちゃんと遊ぶって言ってるんだから。何なら、あんたも来なさい。情け無い? そういう人だって割りきりなさいよ」と言われた。だから、情け無いのは、自分自身なんだってば。そう思っても、言葉にできない。とりあえず、頓服を飲んだ。けれど、効かない。それすらも、「当たり前か…」。
 9月24日 嫌な「母親」だろうなぁ…
 3連休の2日目。テレビでは万博の最後について話し続けている。行けなかったパビリオンもたくさんあるけど、息子と一緒にはしゃげた思い出も、多分たくさんある。まぁ、実父母のはしゃぎようと比較したら、確実にクールで放任的で「祖父母と孫」から数歩離れたところにいる「親みたいなもの」だったろうと思うけど。昨日、午後からどうしても起きていられなくなり、倒れるようにして夕方まで寝込んだ。今日こそは、と思っていたけれど、ちゃんとそのように起きてはいられたけれど、一緒に外出することもなく、旦那は旦那で息子が私と遊び始めたらテレビに夢中になるか寝たふりをしたまま本当に寝入るかのどちらかで、決して3人では過ごさない。何しろ、唯一3人で出かける買い物ですら、旦那はカゴを持ってスタスタ先に歩いていくのが当たり前になっていて、私は息子と二人で自分達の欲しいものを探して歩き、レジの周辺で合流するだけだし。「家族って、こういうものかなぁ…」と考えそうになるけれど、必死に違うことを考える。そうしないと、TPOを弁えず泣いてへたり込んで動けなくなって眠ってしまうから。正直、辛い。苦しい。今日は朝から、尻より小さな椅子に腰掛け、懸命に両足で息子を支えながら、二人でリヴリーのパルジャニアの散歩をしたり、息子のお気に入りのサイトで4コマ漫画やフラッシュ画像を見たりした。へたり込みたいのを我慢したせいか、夜になって息子を実母に預ける時から、断続的に眩暈がして、歩いていても立っていてもフラフラしていた。まるで、大量の血液が肩から上に溜まったような熱っぽさもあったし、生理は1ヶ月半経っても気配すら無いし、更年期障害かもしれない。そんな心配をしたものの、もっと心配なのは息子のほうで、「今日、ママとパソコンしてて、楽しかった? 嬉しかった?」と尋ねたら、「たのしかった。うれしかった」と言ってくれた。「義理チョコでも良いからくれ」と請求する男性の気持ちが、何となく理解できたよ…(溜息)。
 9月23日 その2:やっちまったよ…
 息子の通う保育園の運動会の日程が決まり、息子も楽しく練習している。が、旦那は案内の紙の日付だけを見て、「俺、仕事で行けないから」とだけ言った。昨年、旦那の実家で「運動会があったんなら、連絡くらいしてくれ」と言われ、針の筵に座らされた気持ちになったから、昨夜、旦那に「そっちのお義父さんやお義母さんに連絡しといてよね」と言ったら、旦那が顔を顰めて仕方なさそうに「ん〜」と言った。「分かった」と言わないのがミソ。「うん」とも取れるし、「嫌だ」という気持ちの表現にも受け取れる発音で「ん〜」。そうすることで、後から「電話してくれれば…」と義父母に言われた私が、「パパに頼んでおいたんですけど?」と反論した場合、「俺、するなんて言ったか? ちゃんと『ううん』って断っただろ?」と言えるからだ。ま、義父母に来てもらっても、息子は義父母を「祖父母」として見ていないようだし、祖父母参加メニューでいきなり入られても違和感があるだろうし。だいたい、父親が息子の頑張りを見届けようとしないって、どうよ? 「あーもーやー(ああ、もう嫌〜)」って昨日から「どうしたら息子が喜んでくれるだろう?」って考えていたら、相当緊張していたらしく、睡眠薬の効き目が出るまでに、2時間かかった。で、今日。「3連休の初日だし、息子をガッカリさせないように、頑張って本を読んだりしなくちゃ」と思っていたのだが、これがまたストレスに変換されて、結局、ダウン。夕方、実家へ「夕飯を食べにおいで」と迎えに行ったら、「いかないよ〜だ! だってさ、ママなんかねてばっかだし、じいちゃんといたほうがたのしいも〜ん」と言われてしまった…。ああ、初日からやっちまったよ…。そもそもトイレで眠っちゃうぐらいなんだもんなぁ。自分でも「ヤバイ」とは思ってたけど、昼から夕方まで眠ってたのは、息子にしたら嫌だよなぁ…。そういう時に限って、旦那は何もしないし。…違うな。私が寝転がっていると、旦那は私や息子の心配とかせず、「俺も好き勝手してていいんだな」って考えて、離れに引き篭もるんだよな。そういう人だと分かってきたし、息子を優先すべきだとも解ってるし、こうやって思い悩むから眠くなるって判ってる。判ってるのに、どうして失敗するんだろ…(涙)。
 9月23日 その1:本日の記録は約1時間20分
 タイトルは、昼寝の時間。但し、「トイレで」。洋式トイレは、意外と寝心地が良い。突っ伏さないから、眼鏡も壊れないし。難点は、実母の美容院と棟続きだから、客が利用することもある点。休日の場合、旦那も使うし、息子はどこかへ置いて行かれたと勘違いして号泣するので、それも難点か。新記録は、夜中の2時少し過ぎから、旦那にドアをダンダン叩かれまくって起きたという、推定3時間前後。電車で座れた時に眠るのは、私的には常識。名古屋へ通勤していた時、降りそこねて隣の駅から戻ったなんて、ザラ。飲み会の後、爆睡して終点まで乗ってったばかりか、「お客さん、もう回送するんで、起きてくださいよ〜」と整備員さんに起こされ、改札の駅員さんに帰ろうとしていた最後のタクシーを捕まえてもらい、運ちゃんに「お願いだから起きててくださいよ」と何度も言われながら、1万円とちょっとで午前2時頃帰宅したこともあった。それなら立っていれば良いじゃないかと思われようが、甘い、甘い。東京の写植屋に勤めていた頃、満員電車で立ったまま爆睡してた。眠りながら仕事をし、それでも誤植無しだったという驚異的な技術を、先輩(男性)から盗んだし。新聞屋の頃も、翌朝の広告を手で束ねていく作業をしながら熟睡し、朝刊配達は半ば眠った状態、つまり無意識で配り、勧誘は非常階段で眠って時間を潰してたし、稀に真剣に勧誘してみようと思って尋ねた知らないお宅の玄関で、勧誘しながら眠ってしまい、そこの奥さんに「無理しちゃダメよ? もう帰って寝たほうがいいわ」と同情されたし、集金から戻ってお札を数えながら眠ってしまい、1時間経っても10万円前後の集金額を計算できず、見かねた同僚にやってもらったこともあった。その頃、息抜きイベントでパチンコ屋に行ったりゲームセンターで遊んだりしたけれど、他人のプレイを観戦しながら熟睡し、「時と場所と都合を弁えず、無防備に熟睡する癖、直せ!」と言われた。蛇足だが、集金中にも寝てしまい、お客様に釣り銭の計算と領収書の切り取りをやってもらったこともあったが、これはさすがに同僚にも言えなかった。こうして思い返すと、私、人生の半分以上、多分3分の2ぐらい眠ってると思う。
 9月22日 「今日」という奇蹟
 私は様々な同盟に加盟している。好きだからだ。たまにしか本部へ寄らないけれど、そこに行けば、同じ物事を好む人や、よく似た価値観を持った人の存在を知り、自分が独りじゃないと解るから。肉親や家族とは違う、けれど繋がりを感じる人達がいるという事実は、とても嬉しい。それと同時に、自分の気持ちを昂ぶらせることもできる。だから、私は「後ろ向きな同盟」は避けている。鬱症状で辛くて苦しい人達との繋がりを求めてはいるけれど、「辛さや苦しさから脱出できるんですよ」と「前向きな同盟」ならともかく、「自傷行為を繰り返している人」や「自殺願望が頭から離れない人」、「もう二度と幸福感は得られないと思うから現実世界が嫌な人」などを集めている同盟には、絶対に入らないことにしている。慢性的に潜んでいる自殺願望が、引き摺り出される気がするから。最近、繰り返し読む本がある。「ファイブ」というノンフィクション小説と、「戦火の中の子どもたち」と「戦火に散った女たち」という漫画だ。「ファイブ」からは、同世代のプロ選手が頑張って前進していく姿を教えられ、勇気を貰っている。後者の2冊の漫画は、戦後60年企画で編纂されたフィクションだが、終戦の直前と直後の資料と当事者の体験談に基づいて、子供も目にすることを意識した加工を加えた、オムニバス形式の物語だ。それらを読むと、戦争がどんな狂乱を招くか、片鱗を見せつけられる。「ヒロシマ」と「ナガサキ」、そして「アウシュビッツ」、「ラーゲリ」…。昭和初期の日本の政策の過ちと、それに対抗したアメリカとソ連が終戦の直前直後の日本人に何をしたのかを繰り返し想像すると、自分がいかに恵まれた時代と場所に生まれたのか、そして、戦中と戦後を乗り越えた実父母に「鬱症状」がどう思われ、私が辛くなったり苦しくなったりする理由を理解されないのは何故か、という疑問に対する答えを貰ったような気がして、何とかして自分の内側だけで辛さも苦しさも処理しなくては、と考えてしまう。事情を知らない、まさに戦時中に青春時代を過ごした年配の女性が、実母の店でテレビを見ながら、「鬱やノイローゼ(正確にはパニック障害)なんて、贅沢病だよね。私らなんか、そんな病気になってる暇すら無かったんだから。今の若い連中は、一度戦争を体験したほうが良いわよね」と言ったことがある。薄い壁の向こうだったが、はっきり聞こえた。その女性のご主人は、地元で何かと威張りたがる自民党員で、今でこそ病気で家にいる時間が長いが、少し前までは何でも「町内で唯一の自民党員である俺が仕切らないで、他の誰が仕切れるんだ」と公言して憚らない人だった。確かに、現代日本という一見「奇跡的に平和な国」に生まれて過ごしていることを、私は最近「奇蹟なのだ」と感じるようになった。けれど、やはり年配者の話は聞きたくない。辛い出来事について尋ねても、いつの間にか自慢話に切り替えられ、最後には説教になり、嫌みだらけの言葉のメスが飛んでくるから。私が「すいとん」の味を知らないのと同じように、「すいとん」で自慢話ができる人達には私の辛さも苦しさも理解できない、ということなのだろう、きっと。
 9月21日 「へたの横笛」の続きみたいな愚痴
 昨夜、日付が変わってから、トイレや風呂に入った時、離れの渡り板で何度かつまづきながら、壁の向こう側、屋外を往復する足音が聞こえた。隣家の人間の誰かの砂利を踏む音が偶然聞こえてきただけだと思いたかったが、明らかに渡り板につまづいて板とコンクリートが音を立てるのを聞いた。オカリナを吹いて息子に喜んでもらった直後に、隣家の勝手口から誰かが出てきて、ウチの前を数回往復したのも気味が悪くて、居合わせた実母には昨夜からの出来事を、私が体験したまま伝えた。ついでに、「今度おっさんが怒鳴り散らしたら、私、自分が通報したって言いに行くから、万が一の時には息子を頼むね」と言っておいた。どうせ何年も自殺願望を抱えて生きてきた身だし、新聞配達と集金や、電算写植でお客様から定評をいただいたという誇りも持てた。今は、まだ甘ったれだけど少しずつ自己主張の仕方を覚えたり、聞き分けてその代償にお菓子を買ってもらうという交渉術も心得てきた息子なら、私がいなくなっても生きていけるだろうし。勿論、私だって必ずしも死にたい時ばかりではないから、抵抗させてもらうけど、隣家の長男はダンプカーに堂々と右翼のステッカーを貼っているぐらいだから、ヤクザ世界に例えるなら、最下部組織のチンピラみたいなもので、主義とか主張とかは関係なく、自分のハク付けばかり考えていることだろう。具体的に「人を殺す」ことを想像したことだって無いだろうから、その点でのみ私のほうが有利だし。俗に「キレた」状態になるために、酒や背景の組織に頼るような連中に負けるほど、私は適当な修羅場を潜ってはいない。キレるために必要な覚悟も知っているから。
 9月20日 今日、やっと気づいた…
 「やれやれ、やっと3連休が終わったか…」と穏やかな気分に浸りながら、いつものように実家でお昼を食べさせてもらっていたら、カレンダーの今週末の23という数字が赤かった…(茫然)。「今度の金曜日も休み…?」と夕方になってようやく尋ねることができるようになったのだが、「当たり前だ」と言われ…(ガックリ)。前回の精神科の診察の際、「連休を挟むことになりますが、頓服を出しておいたほうが良いですか?」と尋ねられ、「連休っていっても1回だけなのに、どうして心配なのかしら?」と思いながら「大丈夫です、多分」と答えちゃったことを、ようやく後悔しているよ…(愚)。まぁ、連休中のほうが、実際には頓服を服用する回数が少ないんだけどさ。本当は安定剤を飲まないとブチ切れそうだと判っていても、服用すると眠くなって息子に殴ったり蹴ったりされるし、その後家出して実家へ行くし、旦那はそれを見て見ぬふりをしてテレビに向かって笑うばかりだし、どんなに夜、独りで泣くことになっても、昼間はとにかく定期的に服用する薬も飲まないほうがマシなぐらい、緊張し続けてなくちゃダメ。どんなに辛くても、「あんたが辛いとか苦しいとか言って泣いててどうするの! 息子を守れるのはあんただけでしょうが!」と、診察に何度か同行したことのある実母すら叱咤するから。現在、眉間の右寄りのところにしこりができていて、目元を拭うために眼鏡を上げると部品がそこに当たり、ジクジクとした鈍痛がする。いっそこれが悪性の腫瘍か何かなら、今度隣家のおっさんが喚き散らしに出て来た時、殺されるかもしれないのを承知の上で「通報したのは私だよ、3歳の子供の泣きべそに対して、あんたらみたいな罵詈雑言しか言えない奴等に育てられてる子供が可哀想だったから、警察に連絡したんだよ」と言えるのになぁ…。今日も、昼寝していたらしい時間以外の昼間、1時間に1回ぐらいのペースで嫁に出た娘に「何すんのよ!」と怒鳴られ、泣いて庇ってもらおうとした相手であるおばさんに「うるさい! 泣くな!」と怒鳴りつけられ、悲鳴のような泣き声を上げていた。警察の担当者は「肉体的な体罰は見られなかった」と電話で教えてくれたけど、精神的には相当傷ついていると思う。でなければ、あんな死に際のような泣き叫ぶ声は出さないと思う。実母に「もう電話もメールもするな、何されるか分からないから」と怒られ、昨日、「無かったことにしてください」というメールを警察に送ったけれど、後悔せずにはいられない。確かに「村八分同然の付き合いが暗黙の了解になっている家系」だけど、子供には罪が無いんだし、15歳になったら自分で親を選ぶことだってできる。その時のために、「必ず誰かが助けてくれる」と信じることができる環境にしてあげないと、その子の父親や叔母である娘のように、小学校すらろくに通おうとしない子供になりかねないのに…。なんてね、自分の子供すら満足に育てられない女の言う言葉じゃないよなぁ…。嫌だなぁ、情け無いなぁ…。
 9月19日 3連休3日目
 とりあえず、何事もなく過ごせた。何もしなかったというか。したくなかったし。戦争関係の漫画とか小説とか、やはり私は苦手だと、再確認したというか。とりあえず、今日は頓服を服用せずに済んだので、息子に「ママ、ねちゃダメ!」と言われなかっただけ、マシ。朝も、息子が独りで遊んでいる声で起きた。昨夜のおっさんの罵声が余程恐ろしかったのか、旦那は早々に食事を済ませると、いつでも出かけられるようにすぐ着替えてきた。朝の報道番組が、相変わらず鬱陶しい。肝心の選挙の間には「郵政の民営化が云々」しか報道しなかったくせに、今更「郵政の民営化の青写真はどこにある、外交はどうする、憲法改正はどうなる、年金問題はどうなる、国民一人当たり最低700万は抱えなければならない国政の借金はどう処理していく」などなど、自民党が、いや、小泉がはぐらかそうとしている部分をようやく追及し始めた。遅すぎ。自分達の仕事を、何だと思ってるんだろう? 偏った情報しか出さないでおいて、「マスコミの報道の自由」を求めるのは変だ。自分達が好んで自民党の方針に束縛されて、国民を意識しない報道ばかりしておきながら、何が自由だ。永久に自民党にシッポを振り続けるがいい。そうこうしている間に、きっと「日本」という国は消滅するだろう。何しろ、マスコミが言いなりになり、国民の多くが選んだ政党には、「今後の日本」という青写真が皆無なんだから。「口先だけでなく、心からの愛の言葉を聞きたいよね〜」などと韓国ドラマにウットリしている暇があるなら、自分達の国のトップがいかに口先だけの政治方針しか示さないことにぐらい、気づけっつーの。
 9月18日 3連休2日目
 ショックが連続。ZANが万博のエキスポドームで今夜と明日の夜、演奏するらしい。それを知って「行こうかな」と思ったら、「要予約」…。それがショックその1。次のショックは、つい今し方(午後9時20分頃)、隣家の親父に怒鳴られたこと。この親父は実父と同じで、素面の時には好々爺のくせに、酔っ払うと他人に八つ当たりしないと気が済まないという気質。我が家にほとんど日光が入らないほど密接した場所に家を建て、地主の許可なく空き地に砂利を敷き詰めて何台も車を停車させていたぐらい、「俺のものは俺のもの、一度手に入れたつもりになったものを取り返されたらプライドが傷つけられたとばかりに喚き散らす。この辺りの言動は、さすがに実父はやらないけれど、屈辱感だけは何十年経っても絶対に忘れないからタチが悪い。しかも、今回の怒鳴りは、自分の敷地のフェンス越しに、「貴様ら、いちいち警察に通報しやがって、何様のつもりだ! 今度通報してみやがれ! 相応の仕返しをしてやるからな! 分かったか!」。暗くて外からは家の中が見えても、家の中からは外の様子が見えないことをいいことに、何度も何度も喚き散らした。その大声を聞きつけて、実父がガレージまで出ていき、怒鳴り返していたから、明日は実父からネチネチと「だから奴の孫の心配なんぞするなと、何度も何度も言っただろうが!」と怒られるだろう。考えたら嫌になったので、多治見警察署にメールをした。「たった今、警察に通報したことで隣家から怒鳴られました。以前から実家と険悪な関係にあったので、実父からも怒られると思います。なので、今まで送信したメールも今回のこのメールも無かったことにしてください。精神科に通院している鬱病患者の戯言だったということにして、もう関与しないでください。勝手なことばかり言ってすみませんでした」と。これで警察が手を引いてくれればいいけれど…。引かないだろうなぁ、明らかに町内でもめ事があることを書いちゃったし、それによって何をされるか分からないほど切羽詰まりかけていることが伝わったはずだからなぁ…。また両方から怒鳴られるのかぁ…。嫌だなぁ…。旦那は頼りにならないし、隣家は親父も奥さんも息子も娘も何を仕出かすか分からない連中だしなぁ…。嫌な世の中だよなぁ、近所の子供の心配をするのに警察に相談するしかできないし、警察に相談したことで怒鳴られるし、奴の孫の心配なんぞするバカがいるか!とか怒鳴られるし、警察に「もういいです」メールを出してもそれすら「バカのやることだ」って言われるなんてさぁ…。現代日本には大和撫子はいないって言うけど、いなくなって当然だよ、ホント。町内でいがみ合いが絶えず、喧嘩するために町内会が開かれるような始末なんだもん、しとやかに大人に相応しい言動をしていたら、真っ先に「常識知らず」って罵られそうだもんなぁ…。ああ、嫌だ…。
 9月17日 3連休初日
 我が家では、旦那の「3連休」はほとんど無い。ゴールデンウィークや盆休み、年末年始なら休むけど、それでも1日なり2日なりは休日出勤。今日も、予想していたけど、出勤。しかも、実父は用事で出かけるし、実母には美容院に客が来るしで、室内で遊ぶのに飽きた息子を連れて、コンビニへ。途中、長さ10cm以上、太さ大人の親指ぐらいのイモムシを2匹と、明らかに刺すだろう小さな毛虫が歩道を並んで這いずっていた。発見した息子は、「あっちへ行け」と言う代わりに、跨がってきたコンビカーのボタンを押し、トーマスのオープニング曲をかけた。すると、一番大きなイモムシがそちらへ顔を向け、這い寄ろうとしたために、息子、退散。私も決して好きではないが、一応母親らしく、「イモムシ、何もしなかったでしょ? 怖がらなくても良いんだよ」と必死に説得。もしかしたら、自分自身に言い聞かせていたかもしれない…(汗)。
 9月16日 今の日本に政治的青写真は1枚も無い
 第2次世界大戦について考えようとすると、思考がパニック状態になる理由に、思い当たった。「他国の人達に恨まれることをしてきた連中の子孫が、未だに堂々と国会議員を務めていて、何の青写真も無いのに国政を改革しているつもりになっているばかりか、外交も上手にこなしていると自分を過剰評価している上に、そんな奴を選挙で当選させる国に住んでいる自分への憤り」と、「2発の原爆を投下して非戦闘員である人達を何万人も殺しておきながら、それを勝利の象徴のように今でも受け止めているアメリカと、そのアメリカに感謝し、無差別に殺された日本人の存在を無視して『ざまあみろ!』と小躍りした者達が、周辺諸国に少なからず存在し、未だに核兵器をちらつかせながら外交に打って出る連中すらいることへの憤り」のせいだ。倫理的かつ謙譲的に考えれば、旧日本軍は悪辣だったと理解し、謝罪したくなる。が、倫理的かつ人間的に考えると、悪辣な権力の下で怒りや悲しみを味わった人達が、なぜ原爆という悪辣な兵器で一瞬にして地獄と化した街にいた人達の怒りや悲しみを理解できないのかと、理不尽に思えて仕方がない。これが、きっと、私の中のモヤモヤとした感情の正体だ。戦争で自由や平和が齎されるなんてバカな口車に乗って、イラク派遣を強行し、その後の尻拭いを自分でやろうとしない総理大臣など、私には要らない。憲法第9条を何度も読み返して、一度地獄の底を覗いて来い! 自民党に投票した連中も同罪だ。マニフェストを読まなかったからとか、言い訳無効!
 9月15日 その2:カブトくんと「幸せの王子」
 今朝、登園途中で、息子を肩車していた実父が、カブトムシを発見、捕獲した。どうやら熟した柿の実を食べている途中で、柿ごと落下したらしい。園で虫かごを借りて、一日一緒に保育園を体験し、帰宅後、新しい虫かごと餌を一揃え購入し、無事、新居へ引っ越し。息子も大喜びだが、それ以上に実父が熱心にカゴやら餌やら中に入れる枝やらを選び、セッティングしていた。先日の2回目の万博の時もそうだったが、息子にいろんなことを教えたり、息子のために何かと購入してくれるのは、いつも実父母だ。旦那は無頓着という言葉すら使いたくないほど無関心で、二度目の万博についても私が報告するまで何も訊かず、報告の内容も「とにかく凄い人、人、人で――」に続けて、それでも息子が喜んでくれたエリアに行けたことを話す前に、「ま、そんなもんだと思ってた」という言葉で打ち切られ、旦那は我が物顔で「本来は私が借りている離れ」にとっとと引っ込んでしまったぐらいだ。こういう時、私は物凄く悲しくなる。慣れるまでの辛抱だと自分に言い聞かせているけれど、義父母から私へ直接電話がかかってくることは、一度も無い。私のほうから電話することも無いけれど、それは一度やろうとした時、旦那に「用事があるなら俺に言え。そうしたら俺から連絡するから」と目を吊り上げて言われたからだ。旦那は私が旦那の実家に関与することを嫌がる。口では否定しても、態度で示し続けている。だから、自然と実父母に頼らざるを得ないのだけれど、それについても「いつもすみません」とか「ありがとうございます」と旦那の口から謝辞が出たことは一度も無い。今回のカブトムシについても、私が話さない限り、きっと何も知らないまま俺様スケジュールで稼働し、後で「知らなかったの?」と誰かに言われて初めて「どうして言わなかったんだ」と私を睨みつけながら、「知らなかったわけじゃない、気づいてたけれど関与しなかっただけだ」と体裁を繕うだけだろうと、安易に想像できる。今日、持ち帰ったカブトムシは、息子にとって最初の「生き物のペット」になった。「名前、つけてあげた?」と尋ねたら、ちょうど居合わせた実母に相談に行き、「カブトくんにした」と言いに来た。「そっか、カッコいい名前だな。可愛がるんだよ?」と言ったら、嬉しそうに笑ってくれた。この笑顔を、旦那は知らない。「毎週、日曜日に散歩に連れて行くから、知ってるよ」と口答えするだろうが、そういう笑顔とは違うのだということすら知らない証拠だ。ましてや、旦那の実家では、将来の跡継ぎである息子よりも、義妹の産んだ子供のほうが可愛くて、息子も私同様「お客様」扱いになってきた。それを察した時の息子の顔の寂しさを、義父母も旦那も気づいていない。それが情け無くて、そんな家に嫁いだ自分が嫌いになってしまうから、考えたくもないけれど、今日のように何かの弾みに思い出してしまうと、急速に心が暗いところまで落ちていくみたいな感じがして、凄く辛い。でも、私は母親だから、新しい友達の「カブトくん」が嬉しくて堪らない息子の前でだけは泣けない。「幸せの王子」の最後を初めて知った時、必死に泣くのを堪えてしがみついてきた息子の優しさを伸ばしたいから、私が泣いてばかりいてはいけないんだから。
 9月15日 その1:今頃報道してもしゃーないだろが…
 選挙活動の間中、「郵政」、「郵政」だったくせに、今更「自民党の出したマニフェストに寄ると、自衛隊の強化を目指しての憲法の改正も掲げられており…」とか報道するんだもんなぁ、遅すぎやっつーの。外交は全部アメリカの真似、経済対策は出たとこ勝負で知らん顔、一番売り物にしていた郵政の民営化ですら青写真無し。そんな「コイズミ」をどうしてまた掲げるかねぇ、この国は。中国では、国家承認で「日本兵を殺していくゲーム」が売られ始めた。韓国では、領土問題の過激化のみならず、「日本海」という名前を「東海」に改めろと国際的な機関に申し出たらしい。何が「戦後60年、一つの区切り」だ。近隣諸国で日本兵が何をしてきたか、忘れたのか? 敗戦後、日本人だというだけで何をさせられたか、忘れたのか? 「ヒロシマ」と「ナガサキ」を繰り返さないために、憲法第9条が重視されていることを、忘れたのか? 大風呂敷を広げておいて、「コイズミ」は何をそこから出した? 何をそこに置いた? どうして国民を操り、自分が天下りする先を「民営化された郵便局」に定めただけという、くだらない妄想に浸ってる「コイズミ」の思惑に気づかないんだ? 馬鹿馬鹿しすぎて、日本人であることが恥ずかしいよ。そろそろこの国に見切りをつけて、どこか海外へ亡命するべきかもしれないなぁ…(溜息)。
 9月14日 我ながら無謀だと思う…
 この欄を書き始めた段階で、既に日付が変わっている。午後9時過ぎにカウンタを確認し、それから申告の有無を待ってから、記念作品を書くのは我ながら無謀だと思う。呆れちゃうぞ、自分。しかも、睡眠薬を既に服用しているのに、1時間以上経っても効いてこないし。それを承知しているから、25時とかの更新になるんだけどね。はぁ、それでもおバカだよなぁ…。
 9月13日 自業自得のハードな一日…(疲)
 午前2時、「…よ、ようやく原稿ができたぁ(涙)」と言いながら、窓機へのコンバート用メディアにデータを落とし、そのまま爆睡。午前6時半、アラーム音、たれぱんだらしい暢気な曲、「魔貫光殺砲!」の連呼という、「生まれて初めて聞いたぞ、目覚まし時計の三重奏(呆)」(旦那談)に対して無意識のうちに手がバシバシと目覚まし時計を叩き、音が止まっても叩き続けたおかげで「……?」な状態のまま、45分に起床。食事をし、ゴミ出しの途中で実母に分捕られ、「本当は流しにもゴミがあるのに」と思いつつ、何でも急がせる実父のイライラした声に追いたてられながら、サイトを更新し、パルジャニアに散歩を少しさせ、着替え、荷造りし、食器を洗わず戸締まりだけして出かけた(何か主婦として間違えているように思えてもツッコミ無用)。行き先は、愛・地球博。二度目。前回はマイナーな国々のパビリオンを回っただけで雷雨に見舞われたので、今回は「とにかく息子を喜ばせる」という実父の目的と、「ひいばあちゃん(母方の祖母)にモリゾーとキッコロのグッズを上げるべく店を回る」という実母の思惑に乗っかり、保育園を休んで攻め込んだ。「昨日は8万人だったから、今日もそれぐらいでしょ、きっと」と思ったら、甘かった。リニモに乗る段階で既に行列。下りて北口ゲートに辿り着くまでも、行列。ゲートを入ってからも、行列。せっかくショップが目の前にあるのに、実母は気づかず素通りし、息子の最優先希望のキッコロゴンドラの駅近くまで歩いてから、「それで、土産物はどこで買うの?」。…(脱力)。キッコロゴンドラは北側が行列。それでもゲートよりも早く人が捌けていって、退屈しないで乗り込めた。8人乗りのゴンドラで、見知らぬ人達と相乗り。途中の支柱を越える時、私と息子が小声で「おほっ!」と言っていたら、いつの間にか見知らぬ人達も一緒に「おほっ!」。駅を出る時と入る時には、やはりガコンとゴンドラの制御が外れて宙に浮く時に「おほっ!」。その声を合わせるために、私が息子に「いきますよ、いきますよぉ、ほ〜ら!」「「おほっ!」」。制御装置に接続する時には、「「「「おほっ!」」」」だった(笑)。グローバルコモン4付近で弁当を済ませ、また「おほっ!」と言いながら北側に戻り、子供向けの遊べるエリアに移動。息子、大喜び。靴を脱ぎ捨て、大暴れ。小さな子もいたし、遠足で来たらしい幼稚園や小学生の集団も加わって、ぶつかったり踏んだり踏まれたり。それでも「うっきゃーっ!」で、約30分は暴れ続けた。で、そのコーナーの反対側のロボットと遊べるコーナーに行ったら、息子も喜んだけれど、実母も大喜び。「なぁんだ、企業パビリオンじゃなくても、可愛いロボットがいるじゃない」とはしゃいだ、はしゃいだ。その建物を出て休憩していたら、散歩中のキッコロとモリゾーを目撃し、息子、突進。「みた、さわれた」らしい。「さすがに怪獣はタフやなぁ…(ぐったり)」てなもので。そして、午後。真の恐怖はここから始まった。北ゲートに戻り、土産物を買うべく公式ショップに入ろうとしたら、行列…。それも、迷路のようにコースが築かれ、入店までに20分はかかるほどの行列…。店内は筆舌に堪えないほど人間だらけで、運と勘だけで流れに乗って欲しい物を探すといった状態。私は本命の品が無かったので、息子が欲しがった置物っぽいものと、息子に着せたいと思ったTシャツを引っ掴んで袋に入れ、会計のための行列へ…。「やっと買えた〜」と思ったら、実父母と息子がいなくて、オロオロ。とにかく日陰を優先的に探したら、店から息子を連れ出した実父が「寝たぞ」。息子は自分の欲しいものを選んだ直後、実父に手渡され、外で涼みながら寝たらしい。ついでに休憩していたら、今度はゲートの外側に人垣ができ始めているのが見えて、また行列に加わってリニモに乗り、帰路についた…。平日だったから幸い電車の乗り継ぎはスムーズに済み、安心したのも束の間、帰宅した途端、食器洗いと風呂の仕度が待っていた…。帰り道で聞いた今日の入場者数は、20万人以上。しかも、子供用の棚から取ったTシャツはLLサイズ…(涙)。旦那にやろうかと思ったのだが、つい今し方、「このサイズを着れるのは、ママしかいないじゃん」と言われた…。蛇足だが、朝食の途中で鳴りだした目覚まし時計のうち、1つはドラゴンボールの台詞がアラーム音。「今朝のおまえ、ピッコロに魔貫光殺砲を30発ぐらい食らってたぞ」と旦那に言われたが、私には一切記憶が無いため、「いーや、1発も当たらなかったよ(寝起きで低い声)」。
 9月12日 病院を梯子…(涙)
 朝、ご飯を食べる。出かける前に、チョコを食べてカロリー補充。水分もお茶のガブ飲みで補充。いざ、出陣! まずは隣市の総合病院の精神科。泣いた。実父母の些細な言動が大きくのしかかって感じられて、我慢していた分、泣いてしまった。そうなってようやくハンカチを忘れたことに気づく。おバカ。とにかく会計まで済ませてから、隣市の細道をくねくね走り巡って時間を稼ぎ、市内の総合病院の婦人科へ。「今月は採血があるからなぁ、会計が高いだろうなぁ。それに生理不順だから尿検査もあるかもしれないし…」と考えつつ、待っていたら寝ていた。受付後、30分で呼ばれて採血。先月の子宮ガン検診も異常なし。生理も8月にあったので様子を見ることになり、尿検査は無し。会計を済ませ、スーパーで食糧と飲料を補充してから帰宅したら、午後2時。しかも、朝ご飯の後片づけが残っていて…(ガックリ)。それでも思いついたネタはあるので、息子を迎えに行き、文章形態を考えながら夕食。だが、午後2時に昼食を食べて午後5時に夕食はキツかった…。息子とパソコンでじゃれあい、入浴を済ませ、いざ執筆! と思ったら、ネタと文章形態が相性が悪くて、3回書き直し。気づいたら、日付が変わってた…(号泣)。
 9月11日 そして二日目は悶えまくり
 朝から「明日、私らとひいばあちゃん(祖母)とで万博に行くけど、大丈夫でしょ?」と突然実母から告げられ、緊迫状態に陥った。息子は保育園に行くから昼間は気楽だが、迎えに行ってからは一人で食事の仕度をし、「じいちゃんやばあちゃんとたべるほうがすき」と号泣するだろう息子の面倒を、ちゃんと見ることができるか分からないからだ。しかも、明日は午前中は精神科、午後は婦人科と、ハードスケジュール。実母は7月中旬から、精神科に同行しなくなった。「だって、いつも同じ話だし、あんたも薬飲んでるからマトモになってきたし、私が行ってもしょうがないじゃない」らしい。婦人科では、血液検査をするということなので昼食は食べられない。そんなイレギュラーな状態で、一人で息子の面倒を見ながら留守番というのは、かなりしんどい。正直なところ、カウンセリングと違って、精神科医師には本音で話す時間が無い。本音のかなり手前、まだまだ立前の状態で、印象に残っている出来事と、それに対する意見を述べるに過ぎない。時間も、長くて15分だが、9月の連休の関係上、明日は10分も取れないはずだ。なので、泣くのを必死に我慢しながら生活していることなど、話せない。「また2週間、この辛くて苦しい気分のまま過ごすのか…」と、今から既に緊迫している。が、夜になって、「あんたも行きたいのなら、お土産屋さんとかぐらいしか回らないかもしれないけど、息子も連れて一緒に行く?」と言われ、「そりゃ土産物屋とか見たかったけど、前回は見れなかったから、行きたいとは思うけど…」と答え、息子に「保育園と万博、どっちに行きたい?」と尋ねたら「ばんぱく!」と言ったので、とりあえず、「ママの病院があるし、先生に断る必要もあるから、次の火曜日に行こうか」と話は纏まった。少しは気楽になったけど、人込みの中、列に並ぶのが嫌いな実父と、腰が曲がって「ここで休んでるから気にせず行ってきて」というだろう祖母と、気分が昂揚すると周囲を見ないで突進する実母と、何事も思い通りにならないと泣きながら激怒する息子…。想像すると、別の心配が出てきて苛立ちそうになる。それを忘れようとしてみたものの、今度は左下の親知らず(手前半分は出ているが、奥の半分は歯茎のカバーが取れてない)と奥の歯茎の間に歯垢が溜まってしまってて、歯ブラシで取れなくてキーッとなり、実家で爪楊枝を1本貰って歯と歯茎の間に無理やり突っ込み、一番奥まで突き刺して何度も歯垢を掻き出した。それでもまだ残っている感触があり、イライラ。けれど、突き刺したところから出血し始め、さらにイライラ。これらの苛立ちを実父母に見せると、「そんなにイライラするなら、当直の医師もいるだろうから、病院に電話して行ってきなさいよ」と言われるので、我慢しまくり。結果、さらにストレスがかさみ、「あーっ、もーっ! 生えるならちゃんと全部出てきやがれ、この親知らずめがぁっ!」と自宅で悶えまくり。蛇足だが、左下の親知らずが全部顔を出したら、私の親知らずは全部生えきったことになる。右上は真っ先に虫歯になって、今や砕けて落城したばかりの城跡みたいになっているが、左上は容赦なく歯茎を噛み続けて一、二度腐らせかけたし、右下はムズムズしなくなったなぁと思った時には「Hello!」状態だった。今までの歯の中で一番綺麗に生えたのが親知らずっていうのも、ちょっと自慢しても良いかもしれない。何しろ、「本来は生えないはずの歯なので、隣の永久歯を圧迫して歯並びを悪くしたり、親知らずそのものが内側や外側に迫り出して生えるものなので、気づいたら即、歯科医に手術してもらう必要がある」らしいから。でも綺麗に生えちまったり見事に砕け散ったりしたんだから、別に良いよな、抜かなくても。
 9月10日 まずは一日終了…
 正直なところ、キレかけた。息子が昼寝しなくて、記念作品書けなくて、旦那は旦那のペースで一直線だし、実父母には約束どおりアッシーしなくちゃだし、キレかけてる状態で頓服を飲んだ。そうしたら、飲むタイミングが早すぎて、寝ちゃったよ…。眠くなるってことは、「最悪な状態ではない」という証拠であり、「心が休む時間を欲しがっている」ということでもあるのだけれど、息子にはそんなこと解るはずがなくて、「ママ、ねちゃダメ! ほんのつづきよんで! あそんで! ねぇ、ママ!」と半ベソで起こそうとされたものの、起きれるはずもなく、また評価が下がったらしい。旦那は旦那で、私が帰宅するや寝入るし、食事の間は沈黙厳守という人だし。楽しく話をしたり遊んだりしながら食事する実家のほうが、息子には居心地が良くて当たり前。私だって、そうだから。「今日ね、こういうことがあったの」と話しかけると、「食事中ぐらい黙ってろ」って結婚したばかりの頃に睨まれたのが忘れられなくて、以来、私にとって食事とは、楽しいものではなくなった。とにかく食糧を腹に詰め込む。そのための作業であり、他に何も求めてはいけないという状態。だから、どこへ行ってもガッツクようにして食べ、食べ終わってから息子に食べさせようとするものの、「わらってくれないし、おはなしもしないママなんかきらい」と言われる始末。仕方ないよな、ネグレクト同然だし…。でも、今朝食べたものが何かすら思い出せない自分が、情け無い。旦那の帰宅後のおかずを作ろうと頑張っていた頃もあったけど、「毎回似たようなものばかりだし、料理らしい料理なんか一度も出さないじゃないか」と言われた上に、「悔しかったら素材から自力で調理してみせろよな。それとも、俺が『調教』してやろうか」と言われてからは、料理も食事も嫌いになった。旦那の用意する朝のおかずだって、毎回似たようなものだし、冷凍食品を解凍しただけっていうのが多い。「こんな生ゴミを皿に盛る男に、『調教』してやるって言われたのか…」と思うと、めちゃくちゃ辛くなる。しかも、実家でお昼と夕飯を食べさせてもらっているが、たいてい息子が朝食べ残したご飯を盛られる。先日は、ジャーのおかげでほこほこに温まった「茶碗に吐き戻した食い溜め」を食べさせられた。その周囲まで腐り始めて酸っぱく、糸を引いていた。「ああ、私はどこへ行っても残飯処理係なんだな…」と思ったら、ちゃんとした料理店で出される料理すら生ゴミにしか見えなくなり、味も全部胃液と大差無い感じがするようになった。しかも、胃腸の活動が鈍くなり、食後普通に横たわっただけで、食べたばかりのものとその一食前のものが口まで戻ってくる。「こういうのも鬱症状の一つなんだろうなぁ」と思いはしても、「なら食うな」と言われるだけだから誰にも話していない。
 9月9日 周囲は「自分が主役」な奴ばかり…
 保育園からの帰路、自宅の少し手前で、実弟の嫁さんの母親が姪っ子を連れて来ていた。姪っ子は少し見ないうちにちょっとポッチャリしたようで、「うちの息子はやっぱり細過ぎに近いか?」と不安になった。息子と姪っ子がガレージの下で遊んでいる間、嫁さんの母親は息子の通い先の保育園について、場所はどこか、通園にどれぐらい時間がかかるか、昼寝をするのかなど、思いついた順に尋ねてきた。「旦那の実家でも同じことを訊かれたっけ」と思いつつ答えていたが、まぁ、どこにあるか尋ねたくもなるだろう。何しろ、地図に掲載されていない小道を通って行く場所だから。ちゃんと車が通る道もあるんだけれど、遠回りになっちゃうし、古い道路だから歩道は無いし幅員も無くて、自動車同士がすれ違うために運転手同士の間で目配せして、消防用の設備前の路肩とか、何を生業にしているか分からない会社の前の狭いスペースとか、容赦なく車を寄せ合って通り抜けていかなくてはならない。私が事故ったところも、保育園の車を外に逃がすための道路からその道へ出るためのT字路だった(時間的に渋滞しているので、どうしてバイクが減速しなかったか、疑惑が残っている)。それはともかく。嫁さんの母親は、どうやら初孫が通う保育園を確かめ、嫁さんに報告するつもりだったらしい。聞き出すだけ聞き出したら、姪っ子を呼び寄せ、さっさと帰宅した。「どうせ、嫁は病院の付き添いで動けんし、姪っ子が手に余るから俺かおまえ(実母)に押し付けて買い物にでも行くつもりだったんだろう」と実父は憎らしそうに言っていたが、私は「嫁さんの代わりに保育園のことを聞き出したかっただけだろう」と踏んでいる。と同時に、「姪っ子も隣家の男の子も来年から保育園か。この距離なら、第一希望はウチと同じだろうな。姪っ子は従兄弟であるウチの息子が通っているからという理由で、ある程度優先して入れるかもしれないけど、隣家はなぁ、どうだろうなぁ。それに、優先してもらうための材料にされたとしても、あの嫁さんが私と連れ立って歩くとは思えないんだよなぁ。隣家のおばはんに至っては、機嫌が良い時だけ連れ立って歩いて、何らかの嫌みを言うだろうから、こっちから遠慮したいぐらいだし」と、悶々とした気持ちが増殖し、ゲッソリ。しかも、息子が調子に乗って実父の腹を蹴ったり頭を叩いたりしたものだから、実父の機嫌がどんどん傾く、傾く…。「は〜ぁ、この状態でまた週末を迎えるのかよ…(涙)」だし、「おまえらの家は旦那の実家だってことを忘れるなっ」と半ば怒鳴り口調で宣告され、「…つまり、邪魔だから出ていけってことか?」と、せっかくギリギリのところで踏み止まっていた崖から突き落とされた気分になり、急いで薬を服用。けれど効果が薄くて、どんどん泣けてくるし、ストレスからチョコレートをガバガバ食べちゃっただけでなくその味も感触も分からなくて、際限なく食べ続けそうになり、そんな自分に気づいてさらに悲しくなった。明日、旦那が休みだとしても、こんな気持ちを打ち明けるべき相手に思えないし、打ち明けたところで「食べなきゃいいじゃん」といった具合に、私の心境を理解しないまま会話を打ち切り、再度持ちかけると「だからぁ、食べるなって言ったろっ!」と怒って狸寝入りを決め込むか、自室(というか本当は私が実父から借りている離れ)に引き篭もって出て来なくなるだけだし…。悲しくても、「息子の前では泣くな!」と実父母に強く言われているし、その実父母の前で泣けば「それであんたはどうしてほしいの?」と問い詰められるだけだし、旦那に至っては完全に無視されるし。やっぱり、ヤだ。週末なんか、大嫌い。辛いよぉ。苦しいよぉ。
 9月8日 「いっそ走って行け」(実父談)
 昨日登園しなかったため、今日が園児の歯磨き指導の日であり、歯ブラシを持っていかねばならなかったことを知らなかった。いや、園だよりに予定表があったから、そこにはちゃんと書いてあったはずだし、「失念していた」もしくは「読むのを忘れた」が正確か。どっちでもいいや。とにかく、門で園長先生に「歯ブラシは持ってみえました?」と尋ねられ、硬直。「10時に開始しますので、それまでに届けていただくか、園で新しく用意しますよ」と言われ、「あ、後で持って来ます(汗)」。同行していた(というか息子が常にひっついている)実父に、「歩いても車で行っても、大差ない距離だよねぇ」と言ったら、「まぁ、そうだろうな」と返されたので、「地球環境のためにも、ガソリンじゃなく、自分の脂肪を使って歩くかぁ」とこぼしたら、「そりゃいいことだ。いや、歩くなんて言わずに、いっそ全力で走って行け。そのほうがいい、断然いい!」とマジレスされてしまい、つい「走ったりしたら、途中で行き倒れてそのまま干物になる、絶対」と、これまたマジレスしてしまった。傍から見ればショートショートな漫才だったろうが、本人達は至ってマジ。で、結局、歩いて届けた。いつもなら園児が帰りたがるきっかけになるといけないからと、門で園長先生が受け取り、ドライブスルー方式で門前で車から降ろされた園児を教室に連行するついでに届けてくれるのだが、今日は「立ち話保護者」が門の真ん中に3人もいて、園長先生も明日のゴミ出しの準備をしていたりしたので、自分で教室(これまた一番門から遠いんだよ)まで行き、担任の保母さんに渡してきた。幸い、園児達は保母さんと副担任の保父さんにしがみつき、夢中で何かをせがんでいた。それを見たら、「…私には絶対にできない仕事だ…」と、思わず引いてしまった。道理で太った保育士さんがいないわけだ。
 9月7日 とりあえず三面記事には載らないだろう
 現在、正確には、8日の午前0時半です。が、7日の24時半として書いてます。台風のせいです。直撃は勿論、暴風雨の圏内にギリギリ入るかどうかの瀬戸際だったらしく、朝から昼まで、暴風警報が出てました。解除された時間は、12時少し前で、「これから保育園に預けてもねぇ…(溜息)」という時間だったので、実母と交替したり一緒になったりして息子の相手をしていました。はっきり言って、辛い! 元々、子育てにつまづき、夫婦関係がギクシャクし、実父母に対する不信感が強まった結果、安定剤と睡眠薬が無いと、「普通の暮らし」が送れないわけですから、一人の時間が息子の昼寝の間だけというのはかなり辛くて、一緒になって寝入ってしまうんです。そうすると、「しまった、メルマガの原稿の続きが…! あ、記念作品も…!」と、激しく後悔してしまいまして…。恥ずかしながら、以前ならきっと、「おまえがいるせいで、私が辛い思いをするんだ!」と言って、息子を叩いたり死なない程度に首を絞めたりしていたと思います。実際、1歳になる前ぐらいの頃、やりましたし、洒落になりません。その頃は、「どうしてそんなことをするの! 親としての自覚が無いのっ!?」と怒鳴られてばかりでした。で、また「おまえのせいで怒鳴られたんだ」と息子に物を投げたりしていました。本当に、恥ずかしいですけど、事実です。今日は休みになるだろうと覚悟していたから、何とか乗り越えることができましたけど、実際にはボーダーラインを綱渡りしてました。一緒にいた実母には、「かなり回復してきたみたいで嬉しい!」と思われていますけどね。でも、嬉しかったです。息子と昼寝していて、ころころ転がってきたと思ったらムクッと起き上がり、「ママとおひるね〜♪ ママ、おきよ?」って言いながら、背中の上で寝直そうとしている息子の体重を感じて、「慕ってくれるようになって、嬉しいなぁ」って思えるようになったことが、本当に嬉しいです。一昨年には殺そうとし、昨年なら「サイトの更新が遅れるじゃないか!」って露骨に邪険にしていたけれど、今日は「ま、夜更かしするさ…」と覚悟が決まりましたし。その分、皆さんにご迷惑をおかけしちゃいますけど、許してください。
 9月6日 いろいろ考えすぎ
 何かね、癖になってるみたいで、ついいろいろ考えたり想像したりしている。まぁ、現在の自分の周辺に対して考えるよりはマシだろうと思って、別のことに頭を使おうと努力した結果なんだけど…。すっごく複雑な心境になるんだよ。ほら、「戦後60年企画の漫画」、アレがね、きっかけで。ナチスや旧日本軍が周辺国に及ぼした蛮行は、断じて許されないし、その子孫であることに恥ずかしさを感じる。けれどね、「ヒロシマ」と「ナガサキ」の「キノコ雲」を見て、「やったー! ざまぁみろ!」と喜んだ人達に対して、憤怒とか怨念を覚えるんだよね。原爆を投下されねばいけないほど、旧日本軍は酷いことを仕出かしたんだろうけど、原爆で亡くなった人達や被爆して今も苦しんでいる人達は、皆、従軍兵じゃなくて、爆撃の恐怖に晒され続けた普通の国民だった。それに、敗北を受け入れた後だって、今度はアメリカやソ連が日本人に対して人非人の如き扱いをしてた。それを、旧日本領として支配されていた人達は、当然のことだと言って笑っていたんだろうし。…(悩み中)…。やっぱりね、戦争って、やったらダメなんだよ。口火をきった国が悪いとか、そんなレベルの問題じゃなく、戦争は軍属だけでなく、国民まで狂わせる。実父母は、爆撃を防空壕から見ていたことや、名古屋が大空襲で焼けているのを、山を隔てた当地から見ていて、「夕焼けみたいだった」って笑っていた。アジアを旅してみたいと思っている。その時、日本人だからという理由で白い目で見られたら、私は「ヒロシマ」と「ナガサキ」を知っているか、相手に尋ねたいとも思っている。ちなみに、私はアメリカには行きたくない。アメリカ人のすべてが「ヒロシマ」と「ナガサキ」を勝利の象徴と考えて自国をヒーローだと信じ込んでいるとは思わないが、アフガニスタンやイラクへの侵攻を見る限り、地獄を造り出すのが好きな国だとしか思えないから。それと同時に、イラクへ自衛隊を送り込んだ小泉を、私は「日本の恥だ」と断言する。それ以上に、未だに「ヒロシマ」「ナガサキ」の写真を直視できない自分が、情け無くて哀しい。
 9月5日 その後の「原因不明」
 …治ってない。何とかポカリなら吸収できるようなので、昨夜(というか今日になったばかりの時間帯)に、ポカリで安定剤と睡眠薬を服用。…眠れん…。薬まで一緒に排泄されたら困ると思ったのだけれど、眠れたのは午前2時。一昨日の夜(というか昨日になったばかりの頃)も睡眠薬がなかなか効かず、寝入ったのは午前2時だった。一昨日の夜中、トイレに入ったら、遠くで何人もの坊さんがお経を読んでいる声が聞こえたし、昨夜は昨夜で、1時半を過ぎた頃から部屋の中で何かがゴソゴソ動く物音がするし、「あー、私も寿命かぁ?」と思った。が、毎日類似したことを思っているし(夏場、ギャザリングで何やら購入した旦那が、離れへの渡り廊下に風鈴を吊るした。それを知らずに「トイレに入るたびに鈴の音が聞こえるから、そろそろお迎えが来るか?」と思っていた)、多少のポルターガイストならもう許せちゃうから、「あー、好きにしてくれや…」と思って放っておいた。だってさぁ、以前、テレビで上下の虫歯の治療に用いた金属が違うと、ラジオのように電波を受信できるって言ってたから、お経はそれだろうし、ポルターガイストっつったってラップ音がガサゴソという物音なんだもん、ゴッキーかネズミというのがオチだろう。それに、昨夜の私はそれどころじゃなかった。お茶を飲むと、10分足らずで全部排泄されちゃうんだもん。枕元のポカリをちびりちびりと飲みながら、「烏龍茶には溶けるくせに、ポカリだと溶けんのか、この睡眠薬はぁっ!」と思ってたし。で、肝心の現在の状態だが、相変わらず胃腸に痛みはまったく無い。食べたものを消化しようとする努力が見られるようになってきた。が、ポカリ以外の水分を接種すると、即トイレ。胃腸薬をもらおうかと思ったが、実父母の目の前でバクバク食べた直後に「胃薬くれ」というのも何だし、などと考えているうちに、胃腸薬を貰いそこねたので、今日もポカリを息子と奪い合って飲んでいた。蛇足ながら、追記。たかがポカリを息子相手に奪い合うなんて親としてどーヨ? などと思わないでほしい。息子は「目の前にあるポカリは全部僕のだ」という主義を持っているのだ。脱水症状を防ぐには、息子相手にポカリの奪い合いをしなくてはならないのだよ…(でもやはり大人げない)。
 9月4日 その3:原因不明
 健気に生きているゴッキーや蝿を死なせているからだろうか、夕食後から、胃腸が動くのをやめたようだ。つまり、下痢(お食事中の皆さん、ごめんなさい)。腹痛も何もなくて、ただひたすら胃腸の中身が猛スピードで出て行くだけ。これがまた厄介で、喉が乾く(水分を吸収しないから)。で、烏龍茶を飲む。数分後、トイレに駆け込み、また喉が乾く。で、烏龍茶を飲み…エンドレス。原因が分からないから(同じものを食べた旦那も息子も平然としている)、「…冷えたか?」としか思えなくて、取り合えず下痢止めを服用しようかと思ったが、「薬も一緒に出てくだけじゃん…」。なので、とりあえず、ポカリを買ってきて、息子と奪い合いながら飲んでいた…(息子は「ポカリ」を「ジュース」と呼ぶ:笑)。
 9月4日 その2:必ず敵をつぶさに知るべし
 ゴッキーや蝿、ナメクジ、蚯蚓など、私はソレ系の生き物が嫌いだし苦手だ。が、すぐに信じてもらえないことが多い。何故なら、奴等の生態をつぶさに調べて、理解しようとするからだ。「そんなに詳しいなんて、本当は好きなんじゃないの?」という意味の言葉を、高校卒業後、何度も何度も言われたよ…。そのたびに、「いつ誰がそんなことゆーたんや」って怒ったよ…。「大好きな存在」っつーのはなぁっ、調べなくても「大好き」でいられるんだよ! むしろ、調べちゃったら嫌いになる可能性があるから、調べないことにしてるんだよっ! せやから、「大嫌い」やから調べるんやっつーの! どんな戦いだって、敵を知らずに攻め込んで勝てるはずがあらへんやろーがっ! ゴッキーを餓死させる方法も、蝿を行き倒れにする方法も、ヤツらの生態を調べたからこそ編み出せたんやっ! だから、頼むから、「本当は好きなの?」って言うなぁっ(特に旦那)!
 9月4日 その1:蝿騒動のその後
 皆さ〜ん、ご存知ですかぁ? 蝿という生き物は、活きがいいほど、高いところを飛ぶんですよ〜。エアコン完備&年中無休でフル稼働の部屋にお住まいの方は、冬場、物陰っぽいところの天井を見てみましょう。運が良ければ、そこで越冬中の蝿を見つけることができまっせ〜♪ それに、ヤツらの餌は、腐りかけの生ゴミです。肉や魚なら、そりゃもう大喜びッスよ〜。喜びすぎて卵を産み付けまっせ〜♪ こうしたヤツらの生態を知っている私は、その後、ゴッキー用のスプレー(ゴッキーは活きがいいと床でも壁でも低い位置へと逃げ出し、流し台の陰などに巣くうため、退治用のスプレーも故意に空気よりも重く調合されています)で迎撃するのをやめ、放置しました〜♪ そんなんで平気だったのかって? ふふふふふ、平気でっせ、私はね(ヘッ)。ヤツらが侵入してきたのが、可燃ゴミの収集日の夕方だったのが運の尽き。餌になる生ゴミは、台所に一切無く(我が家の台所は、基本的に平日は早朝に旦那が食事の支度をする時しか使用されない=平日の私は昼飯&夕飯を実家にタカる)、立秋過ぎの我が家は気温が下がり、ヤツらの活動は日に日に弱まり、3日で床から10cmぐらい上までしか飛べなくなりました〜! こうなったら、最早私の勝ちですわ。ティッシュで捕獲する必要も、ハエたたき片手に追い回す必要も、まったくありません! 何しろ、私、「ゴッキーが餓死する部屋」に住んでますから! 部屋でお菓子を食べたとしても、砂塵のようなカスまで綺麗に食べちゃいますし、冷暖房器具なんざぁありゃしませんし、ゴッキーだろうが蝿だろうが、餓死しますよ、餓死。しかも、1〜2日にゴッキー用の殺虫剤を振り撒きましたからねぇ、床に薬剤がこびりついているわけですわ。横たわる私に纏わりつこうとすれば、嫌でも薬剤を嗅ぐことになるわけ。不幸にも、ヤツらは人間よりも体が小さくて、小さいからこそ敏感ですからね、人間並みに図太くなければ薬品を吸っちまってご臨終ですわ♪ オーッホッホッホ! 昨夜から姿が見えないから、2匹揃ってどこか部屋の隅っこで昇天してるわね、きっと(ニヤリ)。(解説:aimは蝿やゴッキーよりも無神経で、昆虫相手にサバイバルをするおバカさんで、おまけに自分で一切家事をしない生活力なんぞまったく無い存在で、違う意味で蝿やゴッキー以上に厄介なタカリ魔だ、ということらしい)
 9月3日 ぅわぁっ! やべっ!
 今回の記念作品に選んだテーマが、私にとっては重苦しく、自分の嫌な面を見ることにもなり、長くなるし、纏まらないし、どう終わるべきか分からないし、悪戦苦闘。息子の昼寝の時間だけでは終わらず、パルジャニアの散歩もそこそこにしたのだけれど…。現在、23時42分! ぎょえぇぇっ! 叫びたいけど、叫べない。近所迷惑だからではない。喉が痛いから。昼間中、息子にせがまれて、「チーズスイートホーム」を読まされ続けていたのだよ…(涙)。最近買ったばかりなのに、もう帯も表紙カバーも取られちゃって、裸の本は開き癖があちこちについて、タチのほうが背よりもかなり太くなっちゃったよ…(涙)。本当は実弟にも読ませてやろうと思ってたんだけどなぁ…(涙)。実弟と言えば、甥っ子! 手術後、病室に入ったそうで、実父母がどんなだったか説明してくれたんだけど、「あれは酷いわ。狭すぎ。ベッドの横に一人が座ったら、他の人間は通路にしか立てないもん。一緒に付き添いとか考えてたけど、絶対に無理だわ」とのことで、結局、嫁さんが一人で付き添いし、実弟は仕事に復帰、長女は嫁さんの実家で面倒を見てもらうことになったようだ。…っと、たった今、日付が変わった…(号泣)。それはまぁ、いいや。仕方がないし。問題は、嫁さんよ、嫁さん! いくら母親だからって、連日病院での付き添いは辛いよ。息子が胃腸風邪で2回入院したけど、辛かったもん。4人部屋だけどそこそこ広くて、景色も見えるように配置してもらえたけど、付き添い人用のベッドは寝台ではなくタンカ同然だったし、1週間も同じところにいられないのが子供だから、プレイルームに入り浸りだったし、妙に舌が肥えてて病院の食事を食べないし、点滴を嫌がって手首を振り回すから、初回では「…は、針が(体の)中で曲がってた…」(看護婦さん談)し、2回目はブロック遊びに夢中になったあまりに針がズレたり抜けかけたりして、2〜3回点滴の針を刺し直したし。当然、付き添いの私も一緒に出かけたり遊んだりしていたから、自分のことだけでも疲れて動けなくなるのに、もう限界を突破しちゃって、夜は土日以外は実父母に付き添ってもらった。あー、「付き添い」で嫌なことを思い出しちゃったよ…。2回目の息子の入院の時、旦那と二人で夜間付き添った。タンカみたいなベッドの上で仰向けに寝ていたら、布団が顔面に飛んできた。最初は息子に添い寝している旦那が、私のことを心配してくれたのかと思ったけれど、その後も布団が顔面に飛来するだけでなく、ぐいぐいと押し付けられて、息苦しくて何度も起こされた。窒息するかと思った。で、翌朝、布団を投げて寄越した理由を聞いたら、「おまえの鼾がうるさすぎなんだよ! 夜間の見回りに来た看護婦が、何の音かと心配して飛び込んできて、『奥さんの鼾、凄いですね』って言ったんだぞ! 恥ずかしかったから、布団を押し付けてやったんだ。それでも止まらなくて、俺は頭に来てんだよ、今も!」と怒鳴られた。つまり、旦那は、睡眠薬を服用していないのに自分の鼾で起きられないほど疲れている私の顔に、文字通り「息の音を止める」つもりで布団を押し付けていたわけだ。それも、わざわざ息子のベッドから下りてきて。次の日、実母にそう打ち明けて、「私の鼾って、そんなに悪いの?」と訊いたら、涙が出てきた。「好きなところ? 全部」と言ってプロポーズした男が、疲れて鼾をかいている「全部好きな」女の呼吸を、布団と両手で止めようとしたって、何だよ、それ…(思い出し涙)。だから嫌なんだよ、「君の全部が好きなんだ」なんてホザく男は。
 9月2日 当サイトにおける「同盟」について
 あー、趣味です(笑)。何でも集めたくなっちゃうタチなのに、選り好みはします。でも、最初はすっごく緊張しました。考えすぎて。WebRingにしてもそうなんですが、同盟も、全部「本家本元」が存在しているか、何か企画があるか、定期的に見て回ります。で、引っ越しして行方不明になっている間とか、本部が閉鎖になったものは、バナーごとリンクを外しています。自分のサイトですから、ミニバナーであってもちゃんと安心してご紹介できるところだけを貼ってます。が! 最初はね、「保険」でした。自殺願望がムクムク湧いてきたら、参加同盟や参加WebRingを見て、「あー、全部の管理人さんに、ちゃんとご挨拶して脱退しなくちゃなぁ…」と思い、「あー、考えただけでも面倒だなぁ…」と気持ちを持っていき、「あー、死ぬの、やめとこ…」で完結するための「生命保険」なんですよ、ホントに。たまにね、「カウンタを回すため」とか思われそうな量だと考えてもいますけど、「ま、いっか。現実に金を払わにゃならん保険に入るより、断然お得だし〜」が実情です。それにね、サイト開設当初(3年くらい前)、旦那が言いやがったんですよ、「サーバを借りる? そんなんしなくても、俺が借りてるサーバにUPすれば無料で済んでいいじゃん。容量? 1ギガあるから、全然平気だろ。だって、どうせ全部テキストデータだろ? そんなもんで何百メガも埋まるわけ無いって。第一、カウンタをつけたって、回転しないんじゃないの〜?」って。プツッと来ましたよ、マジで。「お〜し、そのバカにした笑いを凍りつかせてやろうじゃねぇの〜!」と心の中で誓いましたよ。カウンタが100回るたびに記念作品を書くのも、自分の筆力や観察眼などを鍛えるためでもあり、訪問してくださる人達に常に新しい文章を提供したい気持ちからです。そうなんですけど、「常にデータが増殖し続けるサイト」として、「日記は毎日更新必須!」とか「思いついたら即実行!」という陰のテーマもありまして、旦那に内緒でこっそりといろいろ企画を作っては、これまたこっそり継続中なんですよ。同盟への加盟もその一つで、昨夜、旦那に見せてやりました。「画像読み込み中、残り235」という、当サイトで最も重いページを! わっはっは! まだまだ増殖させまっせ〜♪ テキストページも、ミニバナーも、最近ちょっとサボりすぎなタロットのページも、旦那だけでなく、皆さんの気づかないところでこっそりと、どんどん増殖させまっせ〜(笑)♪ 五黄土星の蠍座のA型で土曜日生まれの女は、しつこいでっせ〜♪ しかも密かに、人目を憚ってこっそり仕掛けるのが好きなくせに、不器用でバレバレなのに気づかない間抜けでっせ〜♪ 今日もやりまっせ〜♪
 9月1日 その4:初日からこんなオチだよ…
 あのですねぇ、昨日の息子のお迎えの時、あなたがたが私を見初めてくれたらしいことは、よ〜く解りました。ですが、Tシャツの袖の内側に潜んで我が家に侵入するのは、あなたがたの誇りを傷つけることになりませんかっ? しかも、なんですか、私が懸命にゴッキー用のスプレーを家中に吹きつけまくっているというのに、死んでくれないとは! このスプレー、核爆弾にすら耐えうる昆虫と言われるゴッキーすら秒殺するのに、どーしてあなたがたには効果が無いんですか! 私ですら、目とか鼻とかの粘膜がヒリヒリして一時的な鼻炎になるのに、どーしてあなたがたは平気な態度で飛び回ってるんですか! しかも、どーして私にたかってばっかりなんですか! そんなに私は腐ってますかっ? 毎日お風呂に入っているのに、それを無駄だと言わんばかりにたかってくるのは、と〜っても不愉快なんですけど! ゴルァ! 聞いとんのか、この蝿どもめぇっ! (解説:昨日侵入してきた蝿2匹を、どうしても退治できません…)
 9月1日 その3:尊敬してるよ(マジで)
 今日、甥っ子が手術を受けた。実弟の長男で、二人目の子。右足首が、先天的に脱臼状態で、骨も筋もその状態に合わせた成長しかしないという、障害を持って生まれた。なるべく「普通」にするために、まだ1歳数ヶ月なのに麻酔を使って、2〜3時間かかる手術を受けた。でも、今回限りじゃない。ある程度成長したら、また骨も筋も先天的なほうへと成長したがるから、同じように何度も繰り返し、手術する必要がある。しかも、そこまでしても「普通」の歩き方はできないらしい。だが、実弟はあまり気にしていない。私が「大変だな」と言ったら、「まぁね。でも、面倒なのは手続きだけだから」と実弟は苦笑した、そういう意味で言ったんじゃないのに。けれど、まぁ、実弟らしい。甥っ子は、生まれる前から苦難続き。嫁さんは妊娠中期から足のむくみが気になり、通院先の医師に相談していたが、その医師が「妊娠中毒症」と判断したのは、予定日直前だった。県立の病院へ移送され、即帝王切開。オペの直前、実弟は、「母子ともに非常に危険な状態です。母体を優先しますが、万が一の場合もありますので、ご了承ください」と医師から宣告され、祈る気持ちで手術依頼書に母印を捺したと言っていた。だから、実弟は今、「無事に生まれただけでもありがたいのに、右足首が他人と違うって嘆いたらバチが当たるって」と笑う。結婚当初から、実弟と嫁さんはよく喧嘩した。原因はいろいろだが、遠因は私の存在。嫁さんにとって、私は小姑で、嫁に出たはずなのに実家に入り浸って甘えきっているように見えるだろう。けれど、実弟と実母が防波堤になってくれて、私の耳には直接そういう話は届かない。結果、嫁さんは自宅にいる間、姪っ子と甥っ子を一人で面倒見ていた。凄いと思う。好きではないけど、尊敬してる。マジで。嫁さんは、鬱症状っぽい。しかも、実弟よりも10歳若くて、私とは干支が一回りちょい違う。だから実家に行きっぱなしでも仕方がないし、すっごく我慢して、すっごく頑張り続けていると思う。羨ましい。頑張って「お母さん」してる嫁さんが。ストレスの捌け口として喧嘩を買ってくれる実弟を夫に持ったし。喧嘩の回数だけ、仲直りもして、家族として話をすることもできるだろうし。ウチとは大違い。だから、好意を持っていないけど、羨ましいし、尊敬している。夜になってやっと「手術、成功したよ」の連絡が実家に入った。また一つ苦難を乗り越えて、実弟宅はそれなりに絆が太くなったと思う。やっぱり、羨ましいなぁ。
 9月1日 その2:私って…考えすぎ?
 今朝、create novelさんのメルマガが届いていた。編集前文に、いおむさんの元気そうな言葉があり、一安心。ただ、「元気出してくださいね」メールを送信できなかった自分が、少なからず恥ずかしい。何か、慢性的に深層心理が自殺というものに引き摺られている私が、安易にいおむさんのお父様のご冥福を祈るのも憚られてしまって、言葉が選べなくて、悶絶してただけだったし。ピロさんへも、これまた慢性的に家庭崩壊している私が応援とか励ましとか、どういう言葉でしたら良いのか判らなくて、とにかくメールをお受け取りした旨だけでも書かねばと、アワアワ言いながら返信するので精一杯だった。物書きなのに、情け無いなぁ…。
 9月1日 その1:政治家って…バカ?
 選挙戦が始まり、郵政がどうの、年金がどうのってうるさい。そんなことより大切なことがあるだろうが、バカ野郎! イラク問題や北朝鮮問題や諸外国との話し合いを忘れてるだろうが。アフガニスタンでは、まだ子供が懸命に働いてるんだぞ。イラクやバグダッドでは、自分の命を捨てて人殺しをしなくちゃならない人達がいるんだぞ。北朝鮮にも、助けてほしいと願ってる人がいるんだぞ。韓国や中国にだって、日本はまた軍事国になるかもしれないって不安を感じさせてるんだぞ。全部、根っこは同じところにあるって、何で解らないんだよ! 日本の憲法、凄いじゃないか。「絶対に戦争をしません」って言うのに、どれだけ勇気が必要か、考えてみてよ。自衛隊は、他人の喧嘩に首を突っ込むためにあるんじゃないでしょ? 困っている人を助けるための組織でしょ? なのに、どうして武器を装備して外国に行くんだよ! 武器を持ち込んだら、その段階で「戦争を仕掛ける」ことになるって、どうして解らないんだよ。そんなの、日本は放棄したはずでしょ!? なのに、なんで解らないの? なんで、「自分や自分の子供が戦争に行かされる」ことを想像できないの!? 郵政なんて、今すぐ解決させなくちゃならない問題じゃない。年金だって、解決は早いほうが良いけど、たった今もイラクで緊張の日々を送る自衛隊の人達を戻すほうが先決でしょ? 日本ってさ、いろんな国の文化を吸収し、神道も仏教もキリスト教も全部認めてる国でしょ? 戦争放棄した唯一の国でしょ? 4歳になった息子でさえも、「けんかしてるおうちより、けんかしないおうちのほうがいい」って、理解してるよ? なのに、何で大人は戦争という名の喧嘩をするんだよ! 話し合って、譲り合って、仲直りして、手を繋いで、助け合うべきじゃないの? それが今年の万博のテーマの一つでもあったはずでしょ? アジアやオセアニアのパビリオンを回ってきたよ。外貨獲得が目的かもしれないけれど、どの国の人達も日本に来てくれたし、笑っていろいろ教えてくれたよ。もう、殺し合いはやめようよ。そのための話し合いを国会でしてよ。郵便局は今のままでもいいよ。年金も、地道に解決策を模索しようよ。世界中が仲良くならない限り、そんなことを話し合っても意味が無いって、早く気づいてよ。私、イヤだよ。息子や甥っ子、姪っ子が将来の夢を見れない世の中なんか、私、絶対、イヤだから!

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