ものぐさ日記
小春日和に桜の気紛れ開花など上旬は長閑で温かな印象がある季節になりました
皆さんの目から見て私はどんな人間だと思われているのか尋ねてみたくもなります
きっと38回目の誕生日があるからでしょう
| 11月30日 (激怒モードで)いい加減に廃れろや |
| 保育園の息子の組は、「秋見つけ」がまだ流行中。落葉や木の実を拾い集めては、小さなお面や独楽などを作っているらしい。息子も咳き込みながら遅くまで神社から先に行こうとしないし、説得しようとすると怒るし、今日はとうとう私もキレて、「そんなにママのことが嫌なら、ママは透明人間になってやる!」と宣言し、息子や旦那がやるように、徹底的に無視して独り、勝手にさせてもらった。ちなみに、私がキレた理由は、いつも南天の実を採らせてもらっているお宅のおじさんに睨まれたり、門のアコーディオン式の扉のレールで電車ごっこさせてもらっているお宅のおじさんにも睨まれ、「ごめんなさい、ありがとう」を言おうねと注意したら、ごきげんな息子はくるっと振り返って「ありがと、フォーッ!」と、某芸能人の真似をしたことだった。「(テノールぐらいの低い声で)おまえな、そんなんで気持ちが伝わると思っとんのか、あぁ!?」とブチ切れ、その後、息子のほうが私を無視したので、こっちはその倍の時間無視し続け、泣かせ、「泣かせてごめんね、フォーッ!」とやって見せ、「(やはりテノール声で)どうだ、満足だろう、おまえがやったとおりにやって見せたんだからな! ほれ、満足ですって言えよ、コラァ」と脅し、黙りこくって泣き続ける息子に「泣くぐらいならやるんじゃねぇ。反省したんなら、ちゃんと謝れ」。大人げないとは、自分でも思う。が、他に持ちネタの無い某芸能人の真似しかしなくなり、今月の上旬くらいから、近所のおばさんにお菓子をもらっても「フォーッ!」だけで「ありがとう」も言わなくなり、いい加減、心の中では息子を10回近く殴り殺していた。今日の怒りの締め括りは、「あの芸能人がカッコイイとか思ってるんなら、二度とうちに入ってくるなよ、解ったか」だった。蛇足だが、私は奇抜な服装と一発ネタだけの芸能人は「芸の才能がある人」とは認めない。だから、あの某芸能人は大嫌い。実父も嫌っているが、理由が笑える。「某有名女性占師Hが嫌っているから」だそうだ。聞いた瞬間、「おまえも流行モンしか見てねぇクチじゃん」と思いながら、鼻で笑ってしまった。 |
| 11月29日 私の周辺にいる男共の弱点(ニンマリ) |
| 私の母方の祖母は、毎朝仏壇の前で般若心教を唱えるのが日課。私の実母は、昔、学校の校庭(現在は多機能公園としてグラウンド状態)でオレンジ色の人魂を目撃し、実父や私、実弟が出かけた後、実家の2階を歩き回る足音を聞いては、「ご先祖様が留守番してるのかねぇ」程度に思っている。で、私は、並の猫なら逃げ出す2階の部屋で成長し、洒落にならない部屋で暮らしていた。そんな私の実弟は、私よりも感度が高いだけに、毎年厄除のお札を貰う。実父は「幽霊なんぞいるものか!」派だが、自分の理解を超えたトラブルが起きると、「某(鬼籍の方)の怨みか…?」とビクビクする。そんでもって、旦那は「いるわけないから見るはずもない!」という超リアリストだったが、1〜2度廊下を歩く背の高い人影を私越しに見て以来、以前より神妙に話を聞くようになった。特に、予防法というか「出る場所」の見分け方について。それじゃあ、ここからが本題。「昨日は結婚記念日、今日は入籍記念日だったが、私はコロ〜ッと忘れていたし、思い出しても何も言わないでいた」のは、「二人目、作る?」的な話になるのが、非常に嫌だったから。先週ぐらいに何か嫌なことを言われた(もう忘れたけど)ので、その数日後、約1時間、二人きりの時、怪談を話しまくってやった。その効果があったのだろう、「また忘れてたろ!」という台詞は出てこなかった。蛇足だが、息子も「おばけ」とか「死ぬ」という言葉が、大嫌い。ま、好きな人のほうが珍しいけどね。私がこの系統の話のネタを多数持っているのは、嫌いだから。「あなたの知らない世界」だから、怖いし、嫌い。じゃあ、恐怖感や嫌悪感を乗り越えるにはどうしたら良いかと考えれば、「私も少しは知ってる世界」にしちゃうのがベストなわけだ。肉親からも変人扱いされるけど、何も知ろうとせずにオロオロするだけなんて、嫌だし。実父や旦那を追い詰めたり、私自身の立場が減ってきたらブチかますためなら、怖がってられないよ。だって、最も怖いのは、本音と立前を使い分けられる、じつは腹黒い悪人なんだから。 |
| 11月28日 来週からどうしよっかなぁ… |
| 自宅から一番近いコンビニが、今月限りで閉店し、店長他アルバイター全員、隣市の新店舗に回されるらしい。あーあ、今までずっとそこでジャンプ買ってたのに、今週から「もう扱えないんだ、ごめんね」となっちゃうし。次に近い店って、どこにあるんだっけなぁ。ちなみに、移動を命じられた店長さんは無免許で、隣市とは言え、市境近くだから電車で通うほどでもないし、かと言って自転車では遠いし、バスも通らない道だし、「どうしたもんかなぁ…(溜息)」らしい。ホント、どうしようかねぇ…。 |
| 11月27日 実際にはもう9分で日付が変わるけど |
| いや、これがまた書き直しの連続で、すでに24時40分だったりするし。ま、いっか。 今日、息子に実父母からプレゼントが渡された。トミーのトムくん。英語しか話さない、英語しか聞き取らない、クマの人形。手足の肉球を触ると、くすぐったがったり喜んだりする。実父母も息子も何を話しているのか理解できないけれど、適当に弄っては「なんかわらってる?」「あれ、くしゃみ?」と、チンプンカンプンなりに遊んでいるようだ。取説を読め、と言いたかったけれど、息子は4歳だから読めないし、実父母は老眼だから細かい文字が億劫だと言うだろうから、必然的に私の仕事になりそうだ。ま、頑張らせてもらおう、面倒だけど。さて、その前に、メルマガの発行予約をしなくちゃね。で、サイト更新を確認したら、寝るべ。なかなか寝つけないけどね。 |
| 11月26日 素直に感謝させろよな |
| 今朝、最後の薬を服用してから、咳の数がかなり減った。治ったのか、と思う以上に、「あー、こっちにしよっかなぁ、これも捨てがたいけどなぁ、それともこっちにしようかなぁ」てな選び方で処方された薬で、しかもキッチリ処方された量で、こうも「市販薬で後は何とかなる」程度まで回復したのかと思うと、「キーッ! 悔しいぃっ!」と思えるのは、何故だ…!? 普通、病気が治ったら感謝したくなるってものを、どーしてこうも悔しい気持ちになるんだっつーの。まったく、腕が立つとは言っても、もう爺さんなんだから、少しくらい手ェ抜いて、ちっとは患者を不安にさせない診察を、あと何十年と続けてくれっつーの! でないと、腕が良くても病院が流行らんだろうが。そりゃ、病院が流行ったら困るけど、とっとと潰れちまったら、もっと困るんだから。 |
| 11月25日 きちゃない話 |
| ここ数日、夢の中でずっと咳き込んでいる。「鼻水を全部抜けば、痰も酷くならないんだから、鼻をかまなきゃ」と夢の中で思い、手が宙を彷徨って(いたはず)ティッシュを引き抜き(気持ちだけ)、両手を鼻に当てて思いきりズズズーッ! 次の瞬間、手の中にティッシュが無かったことに気づき、今度こそちゃんとティッシュを取って、鼻水まみれの手を拭い…その後の記憶が無い。さすがに手を洗いに行ったのなら目を覚ましているはずだから、手は洗っていないはず。それに、毎朝固くなっているティッシュが枕元に転がっているし。「それだけ治そうとしているわけなんだろうけど、一度鼻水まみれになった手で目を擦っていたのか…」と思ったら、ちょっとショックだった。が、今朝はそれを上回るショックが…! 未明頃、「あ、しまった、また素手で鼻をかんじまったよ」と思ったので、目を瞑ったまま、ティッシュで手と鼻の回りを拭って再び寝入ったのだが、「今日は妙に手にかかっている鼻水が少なかったな」と思いながら起きたら、既に息子の登園時間だったので慌てて支度して保育園へ。帰宅途中、何となくいつもよりも顔がごわついていることに気づき、「歳かなぁ…(溜息)」と思っていたのだが! 家に入ってから、いつも下にしている顔の右半分に、鼻から細く、ゴワゴワ感が続いている。右耳の下で一度瘡蓋のようになっていたので、それを捲っていたら、頭髪からもボロッと塊が…(涙)。「明日の未明の私ぃっ! 絶対に! 絶対に! 絶対に手鼻だけはかむんじゃねぇぞぉっ!!!」(号泣) |
| 11月24日 更新するつもりだったのにぃ… |
| 原稿を書いているうちに、睡魔が。気がつけば、26時…。「これから掲載しちまうか?」と思ったが、寝惚けている時の自分の言動を振り返ると、怖くてできなくなった(どう怖いかは25日の欄を参照)。夕食後の安定剤と風邪薬各種のせいで、少し気を緩めるだけでうたた寝はできるらしい(熟睡は無理)。というわけで、じつはこの欄は25日に書いてたりする。 |
| 11月23日 き〜さ〜ま〜っ! |
| 寝ていたかった。横になって、暖をとって、浅くても眠って、汗をかいたら肌着だけでも着替えて、とにかく休んでおきたかった。けれど。「ママ、ねちゃあかん!」の息子に引き摺り起こされ、昼食の間も寝ながら食べていて、正午に食べ始めたはずなのに気づいたら午後1時半だったり。私が背中に寒けを感じながらも洗い物をしていると、息子が横から眺めに来、旦那は「じゃ」の一言だけ残して離れに篭り、息子が「またママがねちゃった」と泣きつきに行っても返事もせず、しょげて私の巣(ホットカーペットの上に毛布を敷き、薄い毛布布団を被っている)に潜り込み、「パパ、いれてくれない。ママ、ねてる。じいちゃんちにいきたいよぉ」と泣く始末。正直、勘弁してほしかった。出かける気分だとか以前に、体を縦にしているのも辛いんだよ!状態だった。咳も始まり、一度ゴホッというと、何かを吐きそうになるまで止まらない。それなのに、「飯は俺が作るんだから、おまえが片付けるのが当たり前」、「おまえが寝ている間、俺が独りで息子と遊んでいたんだから、午後はおまえだけでやれ」という姿勢が露骨な旦那に、激しく幻滅した。そういう人だと解っていても、腹が立つ。「こちとら常に下っ腹に痛みや違和感を感じる生理で辛かったし、そのまま風邪が悪化しやがったから、滅茶苦茶体調が悪いんだよ!」と怒鳴る気力も無くなるほど、旦那の持っている「夫婦関係」「親子関係」「家族環境」の認識が稚拙に見えて、蹴り飛ばしてやりたい。蛇足だが、しばらく前に、息子が座っている私の頭に、懸命に足を載せようとしたことがある。その直前、背後から旦那に頭をこづかれていたので、「パパの真似がしたいの? パパがママの頭を足で蹴ったの?」と聞いたら、満面の笑みで大きくうなづいたことがあった。ブチ切れて「おまえがパパの真似をしたいのなら、ママは止めない。その代わり、ママはそういうことを平気でやるパパのことが、おまえの生まれる前から大っ嫌いなんだよ。今度同じことをやったら、ママに一生憎まれ、殺されるかもしれないとビビリながら生きてくことになるって、覚悟を決めてやりやがれ」と、某作品の1シーンのように凄んで脅した。息子はそれ以来、私の頭に足をつけなくなった。 |
| 11月22日 その2:そんな目で見ないで… |
| 今日、昼間中お客さんが続き、実母の店が忙しかったので、近所のスーパーへ買い物に行くついでに息子を保育園(スーパーの近く)に迎えに行き、さらについでにもう一つ用事と、夕方ちょっとバタバタした。息子はもっと園庭で遊びたそうだったけれど、他の子に風邪を伝染しちゃうといけないから私は長居したくなかったし、ちょうど良かった。「遊ぶのを我慢してくれたから、一つ我儘を聞いてあげます」と言ったら、息子も喜んで「では、おもちゃをかいますので、さっそくいきましょう」と足早にスーパーへ。一巡りし、先に買い物を始めていた実父母と合流し、レジへ。直後、息子はガチャポンの前へ走って行き、「これやる!」。他に玩具入りのお菓子を買ったけど、それはもう日常茶飯事だし、私も飴とか買うからなぁと思い、「はいはい、どうぞ」と200円を渡したら、隣にいた息子よりも確実に年下の男の子がじぃっと見ていて、お母さんに呼ばれても振り返らず、私を見上げて「ぼくもこれ、ぼくもこれ」と繰り返す。泣きそうなのを我慢してるのか、涙目になっていて、息子がお菓子とガチャポンを持っているのを羨ましそうに見てから、また私を見上げ、「これ…、これ…」。「お願いだから、そんな目で私を見ないでぇっ!」と、私のほうが泣きたくなった。少し離れた所で、その子のお母さんらしき人が睨んでるし、「どうぞ」なんて言ってお金を上げたら失礼だし、でも涙目で見つめるのよぉっ! 心の中で何度も「ごめんね、ごめんね」と言いながら立ち去ったけど、きっと泣いちゃっただろうなぁ。お母さんに叱られても、「あのお兄ちゃんは良くて、どうして僕はダメなの?」って混乱しちゃうだろうなぁ。でも、約束してたから、息子に「ほら、こんな小さい子も我慢してるから、今日はやめとこうね?」なんて言えなかったし。難しいよなぁ、育児って。…あれ? 今、気づいた。最近、めちゃくちゃ小さい子を見ても、「これ、どういう仕組みで動いとるんや?」って思わなくなってたわ。「ウチの怪獣もこれぐらいの時があったっけ。めちゃくちゃ甘ったれで、自分で歩こうとしないし、どうしてくれようかしらって何度も思ったけど、今やすっかり怪獣だもんなぁ」って見比べたり、小さい子の将来を予想したりしてたよ、いつの間にか。これって、親心? |
| 11月22日 その1:関わるなっつったくせに… |
| 昨日、私が微熱と咳と食器洗いと買い出しでグラグラ眩暈を起こし、部屋で休憩している頃、隣家のおっさんがおばはんに食器を投げたかガラスコップで殴ったかして、頭部に負傷させたらしい。ウチ(というか実家というか実弟宅というか)の前を救急車が入り込み、頭から流血しているおばはんを乗せて走り去ったそうな。で、今朝。「ねぇ、あんた、昨日、何も聞かなかった?」と実母が笑顔でやって来て、前述の一件を教えてくれた。「昨日? 昨日の午後? うーん、微熱状態で原稿書いてる途中で寝てたり、食器洗ったり、牛乳買いに行ったりしてたからなぁ、わかんない」と答えたら、「おじさんのほうがね、昼間からやけ酒飲んでたらしいのよ。仕事、クビになったらしくて。まったく、酒乱ってイヤよね〜。それに、警察沙汰にしたくないんでしょうね、おばさんも『階段で足を滑らせて落ちた』って病院で言ったんだってさ」と言いながら去っていった。…隣家のおっさん達と関わるなっつったの、誰よ? おばはんが怪我した? 酒乱のおっさんが暴れた? 夫婦喧嘩から暴行? 孫が見てる前で? だから何? 関係ねーよ。夜中に吠えたおっさんが、後日、孫がウチの息子を泣かせたからって、慌てて飴玉「奢ってやるから勘弁ね」ってヘラヘラ笑いやがって、気色悪かったよ。機嫌がいい時しか挨拶しないどころか、私を見ると孫を抱き上げて家の中に逃げ込むおばはんが怪我したからって、だから何? そういう家族を見て、小さな隣人が何を思うか想像することもやめろって言ったのは、誰だよ、まったく。いつかこういう事態になるかもしれないと思って、フライングかもしれないけどと警察にメールした私を、隣家のおっさん、おばはんと同じ目で見たくせに、茶化して笑うな、見苦しい。 |
| 11月21日 言い訳ッス(ちょっときちゃない話) |
| 昨日、寒けがするのに安静にせず、ダムの上から下を見て肝を冷やしたせいでしょう、風邪が悪化しました。咳き込み、ゴボッと取れた痰は、青っ洟と同じ緑色で大きく、その直後に自分の唾液を飲み込んだだけで灼けるように喉が痛くなったので、多分、黴菌を抱え込んでいた喉の粘膜だったのでしょう。その後は、もう容赦なく鼻水と咳が続き、約150組入っているボックスティッシュを全部、鼻水と痰で使いきってしまったことで、「ダメだ、このままでは危ない、私の財布が…!」とおバカなことを考えて、病院へ行きました。薬、服用し始めましたよ、夕方から。安定剤3錠、咳や鼻水を改善させる薬が錠剤2錠、カプセル剤1錠、粉薬2種類を1包、一気飲み。5日分出ていますので、効果が薄かったら土曜日にでもリターンマッチします(詳細は記念作品「相変わらずですか」参照)。 |
| 11月20日 その2:好奇心vs恐怖心 |
| 午前中、自宅と目と鼻の先で農業祭があり、旦那と息子とで牛を見に行ってきた。昨年はホルスタインだったと思ったが、今年は「黒かった!」らしい。私も見たかったが、午後に備えて留守番。で、午後、本番。旦那が留守番で、私が車を出し、道の駅「おばあちゃん市」へ。ところが、今日はイベントがあったらしく、駐車場が満車で、山の上の臨時駐車場に停めた。坂を下りながら、帰りは同じだけ登るのか…とガックリ。まずは、小里川ダムを見学。ダムの上の道路を歩いていたら、息子を背負った実母が「ほら、見てごらん、凄いよ」と言ったので、何がどう凄いのかとフェンスの向こう側を「見下ろして」硬直…! 心の中で、「何じゃこりゃあぁっ!」と叫びつつ、露骨に腰が引けた(恥)。だってね、フェンスからほぼ垂直にコンクリートが続いてて、かなり下がってから曲線を描いて裾が広がってただけなんだもん! めっちゃ怖かったぁっ! ダムの内部の一部を見学できると聞いて、真ん中にある入り口から入り、エレベータで1階へ。「なぁんか時間がかかるなぁ」と思いながら、ダムの麓へ出て、川の流れを見て少し安堵…したけど、甘かった。振り返ると、どーんと聳えるコンクリートの壁があるじゃあ〜りませんか! 中ほどに半円形の小さな出っ張りがあり、それが「2階」の展望テラスで、8畳ぐらいの広さがあると後で分かった時ゃ、もうダムの上の道路を歩くのも怖くなったってば! その道路に戻るためにも、エレベータには乗らないといけなくて、「このエレベータ、あの!高さを上り下りしてるのかよぉっ!」と思ったら、涙が出てきた。ロープが切れたら、さぞや恐ろしいことになるだろうなぁ、などと自ら怖い空想をするから、なおさら怖くて、無事に地上の道路に戻った時ゃ、「もう吊り橋だって怖くないぞ、きっと」と思ったのだけれど。ええ、ええ、怖かったよ、めっちゃくちゃ。息子と実父が走るし、他の人達も歩いてるし、揺するし、真ん中当たりで泣きそうになって蹲りかけたよ。もう恥ずかしいとか考えるのも嫌で、本当に座り込もうかと思ったよ。思ったけど、吊り橋の真ん中って、一番怖い場所だよね? 走り去ろうかと思ったけど、それもできなくて、オドオド渡ったよ、最後まで。渡り終わってからも地面がグラグラしてる気がしたよ。高所恐怖症なんだよ、暗闇も狭い所も怖いけど、高い所もめちゃくちゃ怖いんだよ。飛行機に乗った時だって、座席に座ってから下りることができるようになるまで、窓から外を見続けてないと嫌なんだよ! 「ああ、これが最期に見る景色か…」って思って座ってるんだよ! 機内でお弁当を食べた時だって「天国に一番近い食事だな」って思いながら食べてたよ! 鉄の塊が飛ぶわけねーじゃん! コンクリートの壁で大量の水を抱え込み続けられるわけねーじゃん! 高いところから絶対に落ちない道理があるわけねーだろがっ! 暗かったら何がどこにあるのかわからねーじゃん! 狭くて体を動かせなくなったら発狂するに決まってんじゃんか! 帰りの車中、いろんな怖い状況とそれに陥った自分を空想して、心の中で喚き続けたよ、ホントに。あー、無事に帰宅できて良かったぁ…。 |
| 11月20日 その1:「坊やだからさ」vs「神は死んだ…!」 |
| 数週間前、書店の棚に「お義理で入荷しました」的な並び方をされていた「機動戦士ガンダムさん」の表紙に一目惚れし、何も考えず購入、「旦那が誕生日プレゼントを請求されたらこれをやろう」と思っていたが、旦那は一読して、「…もういい」と呟いた。ララァが好きで、今でもエルメスのプラモデルを実家の自室に飾ってるくせに。ってか、だからこそ「もういい」んだろうな、中身が中身だから。当時シャアに好感を抱いていたような覚えがあるから、みちよさんに見せたら泣くかもしれない。巻末にシャアを担当した有名な声優氏のコメントが掲載されているけど、「ガンダムさんのシャアは演じたくない」らしいから、放映当時から「ガンダム」に思い入れのある人には、少なからず衝撃的なのだろう。ちなみに、私は、どちらかというと、「坊やだからさ」よりも「神は死んだ…!」だったから、読んでも平気だった。それどころか、アッガイに妙な懐かしさと可愛さを覚えて、ついアッガイの可愛らしい3頭身に微笑んでしまう。変? |
| 11月19日 何で1本1万円やないんやぁっ!!! |
| 旦那と二人でテレビを見ていたら、キノコ特集をやっていた。でっかいシイタケやでっかいナメタケの栽培の仕方を紹介していた。シイタケ栽培と聞くと、数年前まで隣家のおじさん(既に鬼籍入り)が庭で栽培していたことを思い出す。そこが猫にとってはちょうど良い環境だったらしく、実母の愛猫「レオ」がよく昼寝していた。そして、2回、ヒルに食われた。腹と肉球に一度ずつ。「ヒルに食われるから、もうあそこで寝るなよ」と何度言っても、懲りずに涼んでいた。で、「庶民的なキノコ」という言葉を聞くと、もう一つ思い出すことがある。「『香りマツタケ、味シメジ』って言うんやったら、シメジも1本1万円で売れやぁっ!」と、つい叫んでしまい、旦那に爆笑された。タイトルは、爆笑されたついでに地団駄踏んで言った台詞。無知って、怖いよねぇ…。 |
| 11月18日 だから明日掲載なんです… |
| tomoさんがキリ番を踏破してくださったので、22時頃から記念作品を書いていた…はずだが、なぜかもう25時。う〜ん、浦島太郎状態。寝てただけなんだけど。前回もこんなんだった気がするなぁ。それで、「22時以降は原稿を書かない!」とか決めた気がするんだけど、どうしてまたやらかしたのかなぁ。そう言えば、前回も「どうして…」と思って、「次からは絶対!」とか考えて、それでもやっちゃったから「私のバカバカバカ!」とか考えてた気がするなぁ。っつーことは、私って、物凄く記憶力が悪くて、何度も同じことを繰り返しているわけか。いやぁ、さすがに自分の年齢を忘れてるだけのことはあるなぁ。それにしても、So-netさん、まだハボの調整中かしら…(と余計なことを考えるから、きっとまた同じ失敗を繰り返すだろう)? |
| 11月17日 死にそうになってる連中ほど頑固 |
| 実父は今、長寿会(老人会)の会長をやっている。入ったばかりなのに。でも、仕方がないらしい。当たり前か。年功序列で年上の人に任せていたら、体調不良で通院・入院、下手すりゃポックリ逝っちゃうし。けどさ、だからって町内のだけでなく、隣の町内とそのまた向こう隣の町内の分まで引き受けて、どうするんだっつーの。だいたい、町内会の区域内に二つ長寿会があるって言ってたじゃん。聞けば、最初に長寿会を企画した人が、とっても仲が良くて協力的だった人に意見されて、喧嘩して脱会し、第二の長寿会を結成したっていうから呆れる。それでいて、町内の人達は両方に在籍してるから、ややこしい。さらには、肝心の発足人、つまり喧嘩別れしたじいさん達が、片方は内臓疾患、もう片方は筋肉系の病気で、二人揃って同じ病院に入退院を繰り返してるって言うし、「あんたら、ええ加減にしろ」っつーの。で、他の長寿会の人達も「まぁ歳やであかんわ」とか言って、「おまさんは元気やししっかり者やで頼むわ」って、気軽に他人任せにするなってば! 引き受けるほうもいい加減にしとけっつーの。煽てられて担がれて、そんなに嬉しいのかよ。これだから、頭が堅くて融通が利かない、ジジイ達には困るっつーの。 |
| 11月16日 「へっ? ウッソ〜、マジで?」 |
| 本当にあった、(私には)恐ろしい話。先日の誕生日以来、私は「は〜、今日から38歳かぁ…」と思っていたのだが、今日の夕方、実父に「数え歳ならな」と言われ、「え? 満年齢でだよ」と切り返したことから、始まった。「おまえ、自分は干支は何や」、「申だよ」、「じゃあ、今年は何年や」、「さぁ?」。ちょうど年賀状のCMが流れていて犬のプリントが目立っていた。「あ、来年、戌年?」と言いながら、実弟が年男かと思っていたら、実父に「申年の次で、戌年の前って、酉年だろうが」と言われて、ようやく「現在、満年齢で37歳」という事実を受け入れ、けれどあちこちで「38歳」宣言したことを思い出し、タイトルのような間抜けな言葉が口を突いて出た。あまりの間抜けっぷりに、「あー、もー、いーや。今年と来年、全部まとめて38歳にしとこっと」と開き直らざるを得ず、この適当さがまた「おばはん度」を急上昇させていた。やはり、おばはん…(苦笑)。 |
| 11月15日 その2:今日のこと |
| 昨日の出来事でエネルギーを相当消耗したらしく、午前中に掲示板のレス書きをしたものの、その遅さたるや「おいおい…(汗)」もの。ワープロ検定模擬テストっぽいソフトで「1〜2級並」と出た東京時代や、「あれで普通の仕事ぶりなの? 営業部では『絶対に怒り狂ってる』って評判だよ?」と噂されるほどの勢いで、次から次へと文字を打ち込んでいたのが、嘘みたい。まぁ、決められた原稿を打ち込むわけじゃないから、遅くても当然なんだけど。だけど、それをさっ引いても遅すぎ。しかも、午後からは動けなくなって、息子を迎えに行く時間ギリギリまで眠ってた。編集長に提出する原稿をどうにかしようと思ってたのになぁ。それに、集英社へ2通、ファンレターと呼ばれる手紙を書きたいって思ってたのになぁ。ま、いっか。今日も無事に済んだんだから…って、済んでねぇっ! 原稿、書かねばぁっ! 蛇足:東京の写植屋にいた頃、文章データの持ち込みが無かったので、原稿用紙の文章を入力しながら紙面のレイアウトを指定していた。「an」(週刊掲載コーナー8ページ分)とか「Oh! PC」(本体ページ全部)とか、午後や夕方に入稿され、その日のうちに校正に出さなくちゃいけない仕事が多かった。おかげで、ブラインドタッチは当たり前、変換キーを何回叩いたら正確な漢字が入力されるか、入力すればしただけ順番が入れ替わるけど、その順番さえ本能的に察知していた。今はそこまで「化け物」並の入力はできないけれど、どこの会社にいた時も上司に「頼むからキーボードを大切に使ってくれ」と言われ、営業担当者には「休憩中と仕事中の動きのギャップが、めちゃくちゃ怖い…」と言われた。そう言えば、ウチに転がり込んできたばかりの頃の旦那も、仕事を持ち帰って自宅のMacで入力している私を見て、「…いつもそのペースなの?」って尋ねてきたっけ。それに対する返答は、「まさか。会社ではこんなにチンタラしてないよ」。旦那を絶句させてやったぜぃ。 |
| 11月15日 その1:昨日のこと |
| 岐阜県の東濃地区は、瀬戸にも近くて、良質の陶土に恵まれている。「病院のついでに紅葉狩りに行くぞ」と実母が言い出し、病院とは反対方向の町へとドライブ。昨年だか今年だかに完成した小里(おり)川ダムへ。そのすぐ上に「おばあちゃん市(いち)」という道の駅ができていて、日本一の大きさの水車が回っている。売店には、近隣の市町村が合併したことも手伝ってか、もう少し先にある「モンゴル村」の岩塩とかも並んでいるし、もともと陶土を細かく砕くのに水車を使っていた地区だけに、瀬戸とも織部とも違う手触りの美濃焼の食器も売られていた。「あ〜あ、これだけ陶磁器があるんなら、オカリナだってあっても良いのになぁ」とぼやいたら、実父が「ここにあるぞ」とレジの横で教えてくれた。教えてもらったのは嬉しいんだけど、何か、不満。「自分の目で一番先に見つけたかったぁっ!」わけで、「なんでもいちばんになりたいの!」という息子を諌めるために、自分のことを棚上げしなくてはならなくなった。その後、ダムの見学をしようということで、長い吊り橋を渡ってダム側へ。この吊り橋がね、幅もあるし手摺りや床もしっかりしてるんだけど、高いし長いし揺れるし、実父がわざと揺らして遊ぶし、「あ、ほらほら見てごらん、綺麗に紅葉してるわよ!」と実母に言われても、「見とれるもんかぁっ(涙)!」だった。まったく、高所恐怖症だっつーの! それに、頼むから、カーブが続く山道を運転している真っ最中に、「あっ! 左側にすっごく綺麗な紅葉があるわよ! あら、今度は右側にも! あれ、何ていう木か知らない!?」と、私を名指しで呼んで「見て! 見て!」って言うのはやめてくれってば。「今そっちを見たら、親子三人で崖下にダイビングでしょーがぁっ!」って言っても、続くんだよなぁ、実母の「見て!」は…(涙)。あ、そうそう。肝心のダムの見学は、月曜休みだったので、次の日曜日に息子も連れて出かけることが決まった。果たして、旦那はどうするかなぁ。 |
| 11月14日 現在25時 |
| 今日は何やら忙しい日だった。精神科に通院後、反対隣の市境のほうへ連れていけと言われ、道の駅「おばあちゃんの店」(だったかな?)で、でっかい水車を見たり、紅葉を楽しんだり、つり橋で悲鳴を上げたりして、半日が終わった。できたばかりの道の駅に、モンゴル岩塩が販売されているのも判明したし、お土産も…(ムフフフフ)。今度の日曜日にまた行く予定。 |
| 11月13日 きちゃない話で申し訳ない |
| 今朝未明、衝撃的な出来事が。夢うつつ状態で、多分「鼻が詰って苦しむ夢」を見ていたと思う。布団で寝ているまま、無意識のうちにティッシュを引き出し、両手で鼻を包んで、思いきり「ブズズズズゥッ!」とかんだ――つもりだったが、ティッシュが無かった。鼻をかんだこと自体が夢かと思ったが、すぐに現実だと判明。両方の掌がネチョネチョだったから。で、慌てて起きたかと言えばそうでもなく、「あ〜あぁ…」と思いながら今度こそ本当にティッシュを引き抜き、両手を拭い、ゴミ箱に投げ入れ、眠り直した――つもりが、ゴミ箱にはティッシュを放らなかったらしい。布団を畳んでいたら、丸まってゴワゴワに固まったティッシュが枕元に転がっているのを発見したから。我ながら、「寝ている間に何をやってるんだか…」と思った。そこへ追撃が。息子が「今朝、毛布を被って横になり、『ぐごーっ、ぐごーっ、ぐっ、ぐぐぐぐぐーっ』って何度かやってから、『あ、あさか』って言って起きてた」そうで、実母が「あんたの鼾の真似でしょ? 凄まじいわね」と感心していた。どうせ凄まじいですよーだ。風邪で鼻水がダラダラだし、午後から夜まで延々と泣き続けたから、鼻をかみすぎて鼻の頭が赤剥けになろうと、誰も同情なんぞしてくれないし〜。泣いてる理由を尋ねない配偶者よりも、鼾や歯軋りや寝言がうるさくて寝相の悪い奴のほうが人間的だと思えっつーの。 |
| 11月12日 とりあえず「鳴戸」は気に入った |
| 数ヶ月前から、「静かなるドン」の文庫版を読んでいる。理由は、特に無い。たまたま平積みを見て、「数年前にドラマ化されたんだっけ」と思い、「ドラマ化されるヤクザ物の漫画って、どんなんや?」と気になり、たまたま立ち読みできる時間が無かったから、1巻と2巻を買っただけ。今もまだ連載が続いてるみたいだけど、そっちまでチェックするつもりは無い。現在8巻まで読んでるけれど、このどこまでがギャグでどこまでが真剣か分からない出たとこ勝負的な展開のまま新書サイズで70巻を突破したんだろうか、ってなとこは気になっている。後は、そうだなぁ、新鮮組若頭の鳴戸は気に入った。当初は後ろ前反対のスーツの着方を教えてほしいだけだったけど、巻を重ねるにつれて若頭っぽくなっていき、ボロい部屋で独り暮らし、けれど仁義は貫く心意気が出てきたからだろうなぁ。うーん、私の好みって、昔っから変わってないなぁ…。 |
| 11月11日 眠いよ〜、ひもじいよ〜。 |
| 風邪をひいた。ここ数日寒かったので、布団の下だけホットカーペットをONにして寝ていたのだが、暑くて掛け布団を跳ね飛ばしていたのが原因らしい(アホ)。夕食後、実家で風邪薬を貰い、安定剤と一緒に服用。烏龍茶で飲んだから多少は平気だろうと思っていたが、今日という日があと1時間で終わるという頃になって眠くなり、30分寝入ってた。掛け布団の上で寝そべって書いていたから、布団に入れようと旦那が転がしたために目が覚め、「メールしなきゃ! 更新しなくちゃ! クリック募金! アイム!」と一気にやるべきことが思い浮かび、現在、とにかく日記を書いている。外は雨。雨垂れの音がまた眠気を誘う。…なんてね。それどころじゃないっつーの。今日は朝から鼻をかんだら鼻血が出て、無意識のうちにティッシュを詰めては交換、また鼻をかんでティッシュを詰めて…をやっていたらしい。記憶には無いけど。布団を畳む時、毛布の間とか敷布団の片隅から、鼻血で染まったティッシュが…。よく見ると、手も血塗れだった(気づくの遅すぎ)。日中は出血しなかったから、まぁ、大丈夫なのだろう。蛇足だが、夕飯の時、鼻が詰っていて食べづらかったので、少しだけ食べたのみ。おかげで、現在、腹の虫が…。なので、このタイトル。 |
| 11月10日 う〜む…(悩) |
| 息子は意地っ張りの負けず嫌い。一度我儘を言い出したら聞かない。同じタイプの子が同じ組にいるため、双方が「1番」争いをしては喧嘩になる。外に出れば出たで、3〜4歳にして既に派閥を築いている女の子達のおままごとに加えてもらえず、号泣。遊具の出入り口を塞ぐように座り込み、女の子と口喧嘩しまくり、注意した私を睨み、叱れば叱ったでまた号泣し、仲直りした後も遊んでいるふりをしながら女の子達に砂を投げつけるし、帰り際に片づけ忘れのスコップを見つけて土を掘り、誰彼構わず土をかけようとバラ撒くし、意地悪どころではなく、「オステリー」状態でギャアギャア暴れまくっていた。帰宅するまでに聞き出した話によると、「万事、息子をライバル視している男の子が、本当は2番目なのに『ぼくのほうがさきにたべおわったもんね!』と、給食時間に嘘をつき、喧嘩になったのが元凶」らしい。だからって、他の子にまで膨れっ面で「(仲間に)いれて」って言えば、「ダメ」と言われるのは当たり前だっつーに、ブスッたれた顔で斜めに睨みつけ「ぼくはただしい!」と主張しまくる姿を見ていたら、思わず顎を掴んで顔を正面に無理やり向かせて、「聞き分けろ、クソガキ!」と怒鳴りつけながら、思いきり往復ビンタを食らわせたくなった。「おまえの顔真似をしてやるよ」と言ってから、同じように睨み据え、手で顔を向かせて、ドスを利かせた声で「いい加減にしないと、マジギレするぞ、ゴルァッ」とは言ったけど、効果無し。その代わり、子供から目を離して立ち話に徹していたお母さん連中が硬直し、遊具の内側で息子に「ダメっていってるでしょ! どけ! はいるな!」と意地悪を言い続けている女の子のお母さんだけは慌てて飛んで来たけどね。息子も悪いとは思う。思うけど、揉めているのを横目で見ているくせに、笑って立ち話している母親共にも腹が立った。デブでブスで化粧もしないし、いつも竜のプリントされたTシャツやトレーナーを着ている変なおばさんではあるけどね、ムカつく時はあるっつーの。何とか仲直りっぽく纏まってから「どうもお騒がせしました」って頭を下げに行ったら、ようやく「い、いえ、こちらこそ意地悪して…」と言ったよ。しかも、「あれ? ウチの子、どこ行った?」っていう親もいるし、内心「おまえら何しに来とるんや!」って脅したくなったってば。綺麗な服着て、化粧品を厚塗りして、井戸端会議ばっかりしやがって。ムカつきを強引に我慢して、息子を叱ったり宥めたりしながら帰宅したら、指先から始まって、腕全体がわなわな震えて止まらなかった。少し前にも同じことがあって、「体だけは空腹だって分かってるからなるのか?」と思っていたけど、確か、その日も息子に説教したんだよね。今回のことと併せて考えると、何か、ストレスが原因の軽いパニック障害ではないかと思えて、ガックリ…。今度の通院日に、医師に話してみようと思う。それにしても、息子をちょっと褒めてやれば良かったかなぁ、と思う。だって、意地悪なことを言われ続けても、絶対に手を上げなかったから。あ、でも、その後で石や砂を人のほうへ投げ続けたから、チャラだな。帰宅後に「やっぱりムクれていないほうがいい男だぞ」と頭を撫でまくっておいたけど、夜泣きするかもしれないなぁ…。 |
| 11月9日 ……(うるうる)!!! |
| 朝、メールチェックをしたら、「誕生日おめでとう」メールが届いていて、感涙…! 忘れてました、本人が。「今日は保育園の先生方の研修があるから、早く迎えに行かなくちゃ。昨夜からじいちゃんの機嫌が微妙だから、午後はなるべく私だけで息子の相手をしなくちゃ。あ、そうそう、息子を歯医者に連れてく日だったっけ。フッ素塗布があるから、どうやっておやつを我慢させようかしら。それで、後は……。あ、いやいや、とにかく目の前のことからやらなくちゃ。次のことを考えずに……って、そうすると忘れるじゃないか、自分!」と、起床時からパニクってましたから。それだけに、掲示板やメールでのお祝いの言葉をいただいたと分かった瞬間、嬉しくて泣きました(照れっ)。息子を迎えに行った後、うたた寝しながら「マジレンジャーごっこ」をソフビ人形を使って遊んだり、歯医者へ二人で行って、虫歯菌の巣を取ってもらってフッ素塗布も受けて、ユニー(ちょっと遠いデパート)のゲームコーナーで、親子してムキになって透明なプラスチックオブジェ(息子曰く「たからもの」)を掬いまくって(ヘタなのに:苦笑)、当たり外れのあるピンボールタイプのゲームで息子が一発で当たりを出したのを私だけが大喜びしたり、電車型のチョロQを買ったりして1時間何も飲まず食わずで過ごすことに成功しました。その代償は、息子の本来のターゲットだったNゲージ1両分の3倍…。楽しかったから良いけど、と自分に言い聞かせていたら、とうとう息子は贈答用のお菓子を売っているカウンターで、イチゴのショートケーキを売っていることに気づいてしまい、「たべるのガマンしてるんだから、ごほうびにかって!」と、いつ覚えたのか我儘交渉をフッかけられました。…買いましたよ、自分の分のケーキも…。でも、すぐに実家へ行かず、「ママとふたりでたべるの!」と言って自宅へ直帰し、二人で「おいしいね〜」とケーキを食べました。「ママの誕生日を祝ってくれてありがとうね」と涙を堪えながら頭を撫でようとしたら、「ちがう! ぼくのたんじょうびなの!」。…おい…。溢れそうだった涙は戻り、「ま、いっか」。こんなふうに半日がむしゃらでしたから、メールや掲示板を再び読み、うるうるし直しました。これから、今日発売になったZANの「溢れるチカラ」というミニアルバムを聴きながら、サイト更新とレス書き、メールのレスを出すつもりです。最後に、思いの丈を込めて、一言…皆さん、本当にありがとうございますぅっ! 数年ぶりに手放しで嬉しいと思いました(うるうる)。 |
| 11月8日 自覚してはいたんだな |
| 今日、保育園からの帰路、いつも通る道切りの社と馬頭観音に、私が「今日も無事に帰って来れましたぁ。ありがとうございましたぁ」とお辞儀をしたら、隣で息子もお辞儀して、「きょうもげんきでした。でも、ちょっといじわるでした」。反射的に笑ったよ、ホント。「自覚してたんかよ」と言ったら、知らん顔されたけど、かなり可愛かった。思わず買い食いの品を3つまで増やしてやろうかと思ったくらい、笑えた。 |
| 11月7日 自己嫌悪と罪悪感(長いぞ) |
| 今朝未明、泣き喚くからと言って、実母がウチへやって来て、私の布団に息子を入れて、宥めていた。私は昨夜、25時半ぐらいに睡眠薬が効き始めた状態だったから、目を覚ましたものの、何かできるわけでなく、実母に毛布を投げることも息子の頭を撫でるのも無く、ぼんやりとしたまま一度布団から出て、トイレに行って、また布団に戻り、「今度こそ寝たみたいだから、連れてくわ」と実母に言われ、多分「すみません」か何か言って横になった気がする。が、その直後、また実母が来て、「部屋を出た途端、また泣き始めて起きちゃった」と言われ、「だから、私に何かしろって言うの?」と思い、体を起こしかけたら「それだけだから」というような意味の言葉を残して、実母は行ってしまった。正直なところ、私は実家に息子を預けておきたい。そうすれば夜中も自分の時間として、こうやって日記を書いたりできるし、睡眠薬を飲むことに対する自己嫌悪も罪悪感も感じなくて済むから。けれど、「夢でも見てるのか分からないけど、時々『ママーッ!』って叫びながらぽろぽろ泣く」と実父母から聞かされると、今度は自分に対して嫌悪感を覚えてしまう。人並みな家事すらできないし、やらなくちゃならなくなった時にはべらぼうな時間を要する。昼間はいつでもどこでも眠るくせに、日没後は睡眠薬を服用しないと熟睡できない。息子が隣で布団を蹴り飛ばしていても、具合が悪くて号泣しても、きっと私は気づかないで眠っているに違いない。旦那と二人で面倒を見ることになっても、旦那は寝た振りを決め込むか、「俺は明日も仕事なんだぞ」と心底嫌そうな顔をするに違いない。事実、息子が1歳になるかならないかという頃、私がいる部屋で一緒に寝ていたが、風邪で熱が上がり、布団で寝るのを嫌がって号泣した息子を、私はずっと抱いていたけれど、旦那は微動だにしなかった。そういう日が続き、3日目には私は息子を抱っこするのが嫌になり、ベッドに転がして毛布もかけずに寝せて、気管支炎にさせてしまって、入院ということになってしまった。抱っこが嫌になった理由は、号泣する息子の顔が化け物に見えたから。心配とか手伝いとかもしなければ「うるせぇなぁ」と文句も言わない旦那の身勝手さに対する憤りと、息子がどうして泣くのか分からない自分への苛立ちのせいで、息子が人間に見えなくなった。入院中もずっと付き添っていたけれど、義務感だけで心配はしていなかったと思う。むしろ、「どうせならこのまま死ねばいいのに」と考えていたはずだ。何しろ、退院後、部屋で座って遊んでいる息子の背後から、タオルの両端を握り締め、本当に首を絞めたことがあったから。みちよさんに勧められて精神科に通い始めたのは、その頃だった。息子と二人きりになるのが嫌で、旦那が会社か離れにいると少しは安心する。それは、今も変わらない。息子は覚えていないかもしれなくても、私ははっきり「このガキを殺すなら、今しか無い…!」と真剣に考えていたことを覚えているから。息子の顔が少しでも笑ってくれると、安心して眠くなったり安心したりするのは、少しだけ許された気がするから。でも、そんなことを実父母や旦那に話せるはずがない。だから、私は母親失格だと思っているし、息子の足枷にならないように早く死にたいとすら願っている。息子に泣きながら呼びかけられる資格なんか、絶対に無い。あったら、いけないんだ。心底、そう考えている。 |
| 11月6日 淫乱なだけの男はいらねー |
| 息子と遊んでやれなかったのは「ヘタの横笛」に書いたので、別のことを書く。何かねぇ、しんどい。息子と遊ぶのが苦痛。旦那と顔を合わせるのも苦痛。ていうか、二人きりになったら近寄るな。ニタァッと嗤う顔が嫌い。黙って尻をつつきに来るところとか、旦那が部屋に篭る前に風呂に入った時なんか、じいっと観察してるし、呆れて物も言えない。結婚当初なんて、一緒に風呂に入るとか言って、交替で洗い場を使うのかと思いきや、一緒に湯船に入って私の股間に手を伸ばしたりと、すっごく気色悪かった。それでいて、二人きりになると「何も話すことなんか無い」とだけ言うし。これが普通なのかなぁ…。 |
| 11月5日 旦那の誕生日 |
| ただ、それだけ。一応、午前中に「おめ」と言ったので、問題無し。いつだったかなぁ、「俺の誕生日を一番最初に祝ってくれたのはMacだった」って嫌みを言われたのは。他にも、「プレゼント? いらねぇ。だって、俺の金で買うんだろ?」とか、「おまえのセンスって酷すぎるから、貰ったって使えなくて無駄でしかない」とか、「昨年と同じ物を貰っても嬉しくも何ともない」とか、嫌みのオンパレードだもんなぁ。今年は、私が寝起きで坐った目とガラガラっぽい声で「誕生日おめ」って言ったら、にたぁと笑って「ありがと」と言いながら寄ってきて、顔に「キスさせろ」って書いてあって、気色悪かった。嫌みを回避しようとしたのが間違いだった。意地でも忘れたふりをしておいたほうが、精神衛生上、マシだった。あー、帰宅後とか私の誕生日とか結婚記念日とか、ケダモノになってそうでイヤ〜! 想像どおりだったら、「無心で殴り、無心で蹴る!」だな、絶対に(容赦無し)。 |
| 11月4日 かなりヤバそうだ(他人事やないって) |
| 朝、3つの目覚まし時計がけたたましく鳴ったはずなのに、止めた記憶が無い。8時に起こされ、息子を保育園へ送った後、食事と可燃ゴミの廃棄。いつもと同じ。なのに、食事をしながら、涙が出てきた。体もだるい。食欲も無い。でも、食べなくてはと思う。味が分からない。食器を流しに置き、流し台の下の扉を開き、硬直。「何をするんやったっけ?」。可燃ゴミ用の袋と流しの三角コーナーと排水口用の網を出すつもりだったのを思い出したのは、服用した薬の包装を部屋のゴミ箱に捨てた時だった。ゴミを収集場所に置いてきて、靴を脱いだら、ガクーッと気分が滅入り、部屋へ這いずって戻った。やっと薬が効いてきたので、とにかく実母のアッシーでいつもとは違うスーパーへ。安さが売りだが商品としては「この値段なら、まぁ、こんなもんだろう」程度のものが多く、烏龍茶と実母に「1箱買って」と頼まれただしの素を買い、帰宅。「すぐに昼ご飯だから来なさいよ」と言われたが、玄関に入った途端、何を言われたか忘却。呼び出され、昼食をいただいたが、朝食と同じく、機械的に口に突っ込むのみ。その後、また薬を服用したが、効果が表れるまで、「何をするつもりだったんだろう?」と考えながら、ひたすらソリティアを続けていた。「休みなさい」と実母に言われたが、横になったらまた息子のお迎え時間に起きられない気がして、休むことも頓服を服用することもしなかった。常に何かやらねばならないことがあると感じているのに、何もできない。ただ、独りになっては泣いていた。「泣けば良いと思ってるのか!」と怒鳴る実父や、「何があったのか話してごらん?」と言いながら自分の愚痴にすり替える実母、無関心なだけでなくうざったそうに白い目で私を見てから離れに引き篭もる旦那、「笑ってくれなきゃやだ」と言って泣きだす息子。それ以上に、醜く歪んだ泣き顔を見せたくない自分自身。だから、泣いていてはいけない。ひたすらそう念じていた。 |
| 11月3日 風呂に入るのは旦那が離れに篭ってから |
| 旦那がいた。祝日だということを、旦那で実感した。息子もいた。昼過ぎぐらいまで遊んでたんだけど、私がダウンし、息子は離れへ行き、旦那と遊んでいたらしい。何とか起きて、また息子の相手をし始めたものの、眠気が取れず、うとうと。そうしたら、息子が拗ねて、実家へプチ家出した。実父母は、息子の面倒をどうやって見ているか話したりしてくれるし、私の眠気が病気や薬によるものだと知っているから、嫌な顔は見せないけれど、息子は正直というか素直というか、嘘をつくことを知らないんだよね。旦那だって、本当は私がどんな薬を服用しているのか知らないだろうに、「こういうのを飲んでる」って話すと、「知ってるよ」か「だから、何?」のどちらかしか言わないだろう。だから、話してない。会話が成立しない相手と話すぐらいなら、寝てたほうがマシだし。何より、旦那は私とは話をしようとしないくせに、胸や尻をつついたり揉んだりはしたがる。それも、息子の目の前でとか、実父が見ている時とかにもやるようになり、呆れて物も言えない。先週か先々週には私の頭を足でぐいっと押したし、実父の前で私の胸や脇、尻を擽ってたことあった。平日の昼間、「いつもああなのか?」と尋ねられ、肯定したら、「おまえら、話をしないんじゃなかったのか?」と追加質問があったので、「話なんかほとんどしないよ。息子がいる時だけ、息子に向かって何か話したりするだけ。私になんか、何も言わないよ」と言ったら、「でも、この間、擽ったりしてただろう?」ときたので、「そういうことしかしないだけ。いつものことだもん。私がイヤだって言うと、ムスッとして離れに行くし」と答えた。今日も同じ。息子が実家へ行った途端、旦那は離れに引き篭もり、私はこうして文字を打ち込んでるだけ。どうせこんなもんさ。 |
| 11月2日 相変わらず長いな…(汗) |
| 小学生の時、体育館で映画鑑賞をするという行事があった。何年生の時だったか忘れたが、「一休さん」を観た。テレビで長く放送されているとんち問答の部分ではなく、人間である一休御坊の生き様の部分だった。その中で、動機は何だったか忘れたが、大きな池だか海だかへ独り小舟で漕ぎだし、自殺しようとしていたのだが、波に揉まれて小舟ごと沈みそうになった時、御坊は「母上! 母上! 助けてください!」と叫んだという。同じ頃か、中学の頃だったか、題名すら明確に記憶していないのだが、広島に住む「ゲン」と呼ばれる少年が、奇跡的に原爆から生き延び、悲惨な状況に負けずに生きていくという内容のアニメを、一度だけ観た。川で友達と長く潜っていられるか競っていた少年は、突然の閃光と爆発から逃れたものの、僅かな間に住んでいる街が地獄と化していることに気づき、慌てて家へ戻ると、木造2階建てだった自宅は潰れ、燃え上がり、洗濯物を干していたおかげで熱線を浴びなかった母親と、家の中にいて柱や梁に体を挟まれ、足から順に焼かれていく父親と妹、弟を見つける。母親はパニックに陥り、三人を助けようとするのだが、父はゲンに「自分達は柱と梁に体を挟まれ、逃げられない。だから、見殺しにしろ。その代わり、おまえが母さんを支えるんだ。分かったら、すぐに母さんを連れて、安全なところ避難しろ」と告げる。その隣では、まだ幼い妹と弟が「兄ちゃん! 熱いよ! 痛いよ! 助けて!」と泣き叫び続ける。ゲンは母親を夢中で引っ張り続けるが、母親は夫と子供二人が生きながら焼け死ぬのを見届けてしまう。それと、数ヶ月前に買った「戦火に散った女たち」という漫画本の中の、「ヒロシマ」を描いた作品の中でも、潰れた家に挟まれ、体を焼かれながら娘と姑に遺言を残す母親が描かれている。私にとって「原爆」は、一瞬で蒸発させられた人々の焼き付いた壁や地面ではなく、爆心地付近から集められて祈念館に並んでいる遺品でもない。自分の家に潰され、生きながら焼き殺される人達の遺言と、被爆して体が腐敗し始め、患部を蛆に食われ続ける人々の写真だ。初めて見た時、私は泣けなかった。生きながら焼かれる自分を想像し、その状況で遺言を残す人々を恐ろしいと思った。被爆者の写真を見た時、反射的に顔を背けて口に手を当てながら、こんなのは人間ではないと思ってしまった。それ以来、私は「ヒロシマ」や「ナガサキ」を、遠ざけるようになった。理由は簡単だ。私自身が、弱いから。その弱さを素直に認められないから。そして、日本人は軍属でなくてもああまで残酷なめに遭わされねばならなかったのかという疑問、アジアにおいて非道を行った罪のために「ヒロシマ」と「ナガサキ」は諸国から「ざまあみろ!」と言われて当然だったのかという疑問、二つの原爆で無差別にしかも残酷に日本人を虐殺したアメリカは何故罪に問われないのかという疑問などが渦巻いて、正義とは何か、強さとは何か、分からなくなって、じつは8月ぐらいからずっと考えていた。結果、「理屈じゃないんだ」と思い始めたのは、数日前ぐらいだった気がする。他国へ侵略した日本も、他国を救済するという名目で原爆を二度も落としたアメリカも、それらによって日本人が何十万人と死んだことを喜んだ他国も、皆、人間性を喪失していただけだ。そんな狂乱状態では、誰かが誰かを裁くことすら、できるはずがない。今まで、残酷な事実から顔を背けていたことを、私は恥じるより弱さだと認めたい。そして、旧日本帝国に対する諸国からの怒りや現在の小泉内閣への不信感にはできるだけ耳を傾けたり考えてみたりしたいし、同様に、原爆を落として以来、英雄を気取っているアメリカの正義感が決して正しいとは限らないことを主張したい。勿論、口止め料同然の和解金が欲しいのではなく、国全体が誠意のこもった言葉と態度で謝罪してくれることを望んでいる。ここに至って、ようやく従軍慰安婦問題やシベリア抑留問題、中国残留孤児問題など、外交問題の交渉の場に欠けているものが分かった気がする。 |
| 11月1日 大人げなかったと反省中ではある…はず |
| 結婚して以来、毎年のことだが、11月になると気が滅入る。旦那と私の誕生日が近いことと、結婚記念日があること、国民の休日が2日もあることなどが、覆い被さってくる。特に、結婚記念日。ムカつく。「けっこんきねんび」と入力し、漢字に変換するだけで、ムカつく。結婚1年のその日、私が忘れていたというだけで、旦那は毎年「誰かさんにとってはどうでもいい日らしいから〜」と、うざったい。2年目の時は覚えていたので「結婚記念日だね」と言ったら、「だから何? そうやって俺より先に言うことで、昨年は忘れていたのがチャラになるとでも思ってんの?」と言われた。3年目以降は、何も言いたくなくなった。で、前述の「誰かさんにとっては…」が出ることになる。誕生日のプレゼントにしても、結婚した途端、まだ私が働いている頃から、「プレゼントって言ったって、俺の金で何か買って貰っても、嬉しくも何ともない」と言われたし。だから用意しなくなったのに、「誕生日を祝ってもくれないし〜」ときたら、蹴り殺してやりたくもなるって。そんなこんなでイライラしていた私の前で、息子がむくれて説教すら聞こうとしなくて、当たり前だと理解しているのに破壊衝動を抑えきれず、実母にくっついて帰宅した後、ファンヒーターの灯油を補給していた私の背に、「いつまでそっちに行ってるんだ!!」という実父の罵声が飛来し、実母に「呼ばれてるよ」と声をかけたら、息子が「ばあちゃ〜ん!」と後追い。さらには「ばあちゃんでないとイヤだ〜!」と号泣したので、イライラがムカムカと歩調を合わせてしまった。泣いている息子の肩を掴み、「おまえがばあちゃんを引き止めてたせいで、じいちゃんの機嫌が悪くなったんだよ。じいちゃんはパパのこともママのことも嫌いだから、怒って『出て行け!』って言い出すぞ。そうなったら、パパと二人でパパの実家に行け。ママは死んでやるから。何しろ、おまえはママが大嫌いだもんなぁ。嬉しいだろう、大嫌いなママが死んで、保険金を持ってパパの実家に行けるんだから。ママも嬉しいぞ、おまえの我儘のせいでじいちゃんに怒鳴られることも無くなるんだからな。ほら、もっと喜んでばあちゃんを呼べよ。ほら、泣け、好きなだけ泣き喚け。そうしたら自然にママがまず死んでやるから、もっと我儘や嫌な言葉を喚いてみろよ」と、笑顔で言ってやった。当然、息子は怯え、敷いたばかりの私の布団の中に隠れて、丸まってべそをかきだした。布団を捲って、「おまえは今日、保育園で友達に我儘を言ったり嫌がらせをしたよな。それがどんなに嫌なことか、解ったか。自分のせいで皆が嫌な思いをすることが、解ったか。今度また自分だけ良ければいいと思って我儘言ったら、本当におまえの目の前でママは死んでやるからな、覚悟しとけよ」と言っておいた。言いながら、自分がとことん大人げないと、解っていた。けれど、止められなかった。実父母から「いずれ追い出す」と言われているのも事実だし、「おまえの子供だから、可愛いと思っても、愛情はまったく持っていない」と言われているし。旦那はまったく当てにならず、旦那の実家では私は歓迎されていないようだから、追い出されたら本当に私は死ぬつもりだし。私自身、半年以上にわたって実父の嫌がらせを受け続けたことがあり、「出て行け!」はその頃からずっと言われていたし。実母は実母で、私が一番辛い時に何もしなかったくせに、ちゃんと謝ったりお礼を言っているにもかかわらず、「本気で感謝してるの!?」と問い詰めるような奴だし。最終的には、実父母は「金銭」という形で感謝や謝罪の意志を示さないと納得しないのだ。息子は実母におんぶしてもらう前に、「じいちゃん、おこってる?」と尋ねていた。「でていけっていう?」とか言い出して、私が責められ、また土下座しても「絶対に許さんからな!」と喚くほど怒ったとしても、今回は気楽だ。息子に「ほらな、言ったとおりだろ?」と実父の悪鬼のようなツラを見せつけてから、二人の目の前で包丁か何かで首をかっ切れば良いだけなんだから。私の生命保険はまだ受取人が実父だから、大好きな札束に囲まれて実父母はウハウハだろうし、息子を旦那と旦那の実家に押し付けてさらにワクワク気分で旅行ができると大喜びするだろう。ああ、こんなことしか思い浮かばないなんて、ホント、嫌な奴だな、私って。歳を取りたくないと思ったことはないけれど、毎年のこの時期は、本当にイヤ。 |