ものぐさ日記

木枯らしが吹く中で息子は咳をしながら走り回ります
「もうやめとけ」と何度言っても聞き入られることはなく親として役立たずだなと痛感します
しかもどこへ行っても何もできなくて妻としても人間としても役立たずのまままた一年が過ぎていきます

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 12月31日 反省は翌日までに忘却されるんだけどね
 旦那が「今日はもう実家へ行かない」と言ったので、少なからず安堵。心に余裕ができたし、息子は旦那との戯れあいに夢中だし、実家のMacキューブで年賀状を作らせてもらう。裏側だけ。宛名のほうは、明日、届いた順番に書いて、「遅れてごめん!」の一筆を加えて済ますつもり。それにしても、なんでだろう? 旦那がいるから息子を任せて自分のことをやれるはずなのに、旦那がいる日のほうが自由時間が無いし、時々胸が詰るような嫌な気持ちになる。息子が「ママもいっしょにあそぼ?」と誘ってくれる機会が増えるからかなぁ。でも、旦那と息子と3人で遊ぶことって、無いんだよなぁ。息子が私を誘うと、旦那はそそくさと離れにこもったりパソコンやテレビに夢中になるからなぁ。…(ちょっと思考中)…。そっか、旦那の顔色を窺いながら息子の機嫌と体調にも気配りしなくちゃと気が張り詰め、無意識のうちにストレスを蓄積するからだ。…(いろいろと旦那と過ごした時を思い出そうとしている)…、う〜(けれど微笑ましいと思っていた時を振り返ったら違和感を感じたようだ)〜ん、あれ〜(違和感どころか傍目にはちっとも微笑ましくなかったのだと悟った)〜? 何か…(どんどん悔しくなってきた)…イヤ(それ以外思いつかない)。むーっ、来年は振り回されないで、自分のペースで生きていきたいなぁ…(溜息)。
 12月30日 私は「透明人間」だから
 「透明人間」とは、ウチの息子語で、「どんなに話しかけても、何をやっても、相手に徹底的に無視される人」のこと。例えば、「息子がパソコンで戦隊ヒーローにウットリしているから、その間に原稿を書くことにしたが、息子が飽きて遊びたくて絡みついてくるのを物ともせずに書き続け、気づいたら部屋がメチャクチャ荒らされていて、息子には実家へプチ家出されていた」というケースにおける、「自宅にいる時の息子」が「透明人間」ということ。今日の私は、その「透明人間」だった。息子は旦那に遊んでもらえて喜んでいるし、ここ数日の間に私に嫌悪感を抱いていたので、私が何を言っても聞き分けず。旦那は旦那で、今朝私の起床が9時よりも遅く、朝食を10時頃食べていたから、買い物や昼食のタイミングが「自分予定」と大幅にズレたことが気に入らず、「おはよう」と言って時計を見てから、徹底無視。二人で遊んでいる時に私が「何してるの?」と話しかけて加わろうとしても、婉曲にすら応えず、ひたすら「二人の世界」。息子が実父母に甘えに行ってからは、ごろんと転がって、つけっぱなしのテレビを見てバカ笑い。私が何をしようと、何か話しかけても、反応無し。その代わり、テレビのナレーションに「そうそう」「ぎゃははははは!」と相槌を売ったり心底楽しそうに笑ったり。好みの番組が無いと、溜息をついてテレビを消し、離れに引き篭もり。それでいて、私が激怒し始めたと察すると、「これ、食べる?」と菓子を持って来やがった。いつかどこかで書いたかもしれないが、私はご機嫌取りやご機嫌伺いに食糧を利用する奴は最低だと思うし、率直に言えば「クソでも食らえ!」と怒鳴りたくなるぐらい大嫌い! 炊事はほとんどできないから、食事を出してくれるのはありがたいと思うし、残さず食べないと失礼だと思う。でも、下心のある料理ほど不味いものは無ぇんだよ! 菓子のメーカースタッフの苦労を思うと捨てられなくて食べたけど、やっぱり不味かった。菓子そのものは美味しくても、食べてて嫌な気持ちになる不味さ。炊事ができねぇからって、プライド無く食事するわけじゃねぇってことを、炊事ができる奴には理解できねぇんだろうなぁ。あー、マジ殴り&マジ蹴りかまして、ボコボコの半殺しにしてやりてぇ…。
 12月29日 片付け前は「日本アルプス」だったか…
 今月に入ってから更新ペースもガタガタで、書きたい時に書けない状態に陥っている。元凶は、いろいろと自業自得な事柄ども。先月中、自分でも分かるぐらい具合が良かったので、今月に入ってからそれを実母に話してしまい、「それなら、やる家事を増やしなさい」「金になることに取り組みなさい」「今から本を片付けたりして大掃除も頑張りなさい」などなど、マシンガンのように言われて、調子を崩しまくったのだ。「必ず治る!」系の書籍に、「患者が自殺に走りやすいのは、症状が悪化している間よりも、回復に向かい始めてからのほうが多い」って決まって書かれてるけど、それ、事実。まさに今、実感してる。薬で少しずつできることが増えてきてるから、どん底気分の時よりも、現実的に自殺計画を立ててるし。先日も書いたけど、医師が「あちゃ〜…」って言う理由も、納得だよ、ホント。「それでも実父母にガラス拭かせて自分はぐ〜たらするのは気が引けるし」なんて、どーして今日に限って思ったかなぁ。我が家のアルプス(漫画の山積み約1メートル)を崩して、「表紙はいいけど拍子抜け系」「作者の独り善がりでしょーもな系」「何でもエロに絡めれば売れると思うな系」を分別し、段ボールに詰めて売りに出そうと支度した…まではよかったが、その他の本が「アルプス」よりも高い山脈を築いて布団がしけなくなっていた。古本屋はガチャポンか出入り口に密集し、息子は絶対に連れて行けないのに、こういう時に限って「ママなんかあっちいけ!」系ガキが「ぼくもいく〜!」だし。残りの本も棚に入りきらないし。結局、山脈をやめて平野にしてみた。棚の前に背表紙を上に向けて並べて、ずらーっと並べただけ。それでも終わったら日付が変わってた…(つまりこれは30日に書いてるわけだ)。
 12月28日 その2:旦那が吼えた(吃驚)
 あと1時間半で日付が変わるというたった今、帰宅した旦那が郵便物を確認して「うそぉっ!?」(実際には全部の文字に濁点をつけたい発音)と、吼えた。「珍しく吼えましたね。何ですか、『うそぉっ!?』というのは」と尋ねたら、顔がへにゃ〜となり、今日「受け取り証明にハンコください」と言いながら郵便屋さんがくれた封筒から、賞状みたいなのを出した。「情報処理アド○※△□×♪の試験に合格したぁっ!」そうで、これまた珍しく私との会話に腹筋を使っているし、どうやら合格するのが難しい試験だったらしい。「良かったですね」と言ったら、ホクホクしながら離れへ持っていった。それにしても、試験の正式名称は何だったんだろう? 私にはそれを聞き取って記憶しておくことからして難しいよ…。
 12月28日 その1:早くも挫折…
 自分がどんなに嫌な人間か、実感。息子が反抗期にあり、甘えたい坂堂で拗ねたり怒ったりすると、言葉で理解してはいるけれど、その場にいると「あんたにはママはいらないね。ばあちゃんのところへ勝手に行きな」と言って、突き放してしまう。そして、心の底からどうやって死のうか考えを噴出させていることに気づく。おかげで、息子のほうから「ママとふたりでいるのはイヤ!」と宣告され、そう言われて当たり前だと理解していても、心が傷ついて自己嫌悪が自己憎悪に変わり、終点間近な自殺願望へ一直線に落ち続ける。仲直りの仕方を知っていても、息子はもう私を必要とせず、「あっち行け! じいちゃんちに入ってくるな!」とやられては、「泣かずに笑ってなさい」(実母命令)なんて、無理。明日から来月の9日まで、神経、もつかな…? その前に、発作的に事故って死んだりしたら、笑うに笑えねぇけどさ。ま、保険金が全額受け取れて実父母は懐が温かでワーイだろうし、嫌なことしか言わないママがいなくなって息子もワーイだろうし。現実の私って、ホント、どこにも居場所が無いなぁ…。
 12月27日 部屋の隅の綿埃と同じじゃん
 気力がかなり不足している。多分、マイナスに突入。その証拠に、息子に「ママはいっそ死んだほうがいいでしょ? どんな死に方がママには似合うと思う?」と、笑って尋ねてた。その時の息子の顔は、覚えていない。想像してみれば、「そういう話をするママが嫌いだからいないほうが良い」と思って、ムスッとしただろう。旦那は相変わらず、自分の休みがいつからいつまでかすら、私には言わないし、年賀状についても私の分があるのかどうかすら話さない。息子について尋ねもしない。実父は私の部屋に本がどんどん溜まるのを快く思っていなくて「どいつもこいつも俺には不愉快だ」と吐き捨てるように言う。実母は心配しているつもりらしいが、あれこれ私に指図して、実父の怒りが噴き出ないよう、私を動かそうとする。それも、「もう具合はかなり良くなったんでしょ?」と決めつけて。実弟はともかく、嫁さんはいつの間にか実家から戻ってきていた。実母の話によると、実父母は自分や自分の子供二人よりも、私や私の息子が可愛くて仕方がないから、顔を見せることすら嫌なのだそうな。皆、いろいろウダウダと屁理屈を捏ねるけど、最終的には「おまえさえいなければ万事うまくいくのに」と言いたげだ。そりゃま、そうだ。私だって、こんな自分は嫌いだし、早く死ねばいいと思う。そんなことを考えながら昼ご飯の菓子パンを食べていたら、1つを食べ終わるのに1時間かかった。一口食べては「どうせ死ぬなら、食べなくても同じだよなぁ」と考え込み、また一口食べては「息子に好かれたいっていうのは、育児放棄したも同然の私には、分不相応の我儘だよなぁ」と泣いて、その泣いている自分すらおこがましいと罵りたくなって、また「どうせ死ぬんだから、食べるなよ、バカ」とふりだしに戻っていた。とことん、不毛。
 12月26日 奇人変人大集合?
 通院日。ちなみに、今日から28日までが、保育園通常保育日。一日約6時間の「自由になる一時」は、残り12時間。実父母は私が大掃除をしないのが気に入らないらしい。義父母も似たようなもので、挨拶にすら立ち寄らない私を、実父母が実弟の嫁さんについて悪口を言うように、似たような悪い言葉で表現されているのだろう。いいけど。実母は、医師がほとんど同じことを毎回言うからという理由と、大掃除をやっているところを見せないと実父に何を言われるか、最悪の場合は何を投げつけられるのか分からないから、今日も行けないと言った。気持ちは分かるから、「別にいい」とだけ答えた。先々週の居眠り運転でホイルカバーを擦ったことを知ってるから、帰宅後、実母が「今日は平気だった?」と尋ねてきた。「一応」と答えてから、「対向車線のダンプカーに突っ込みそうにはなったけど」と事実を付け足しておいた。ただ、これは目を開けていた時のことだから、居眠り運転ではない。単に、ギリギリのところで理性が勝利しただけだ。その後、荒らされている掲示板の除去作業をしていたら、椅子に座ったまま、キーボードを枕に、1時間くらい寝てしまった。意識が戻った理由は、胃が勝手に大きく動きまくり、首の中とか喉とか鼻がヒリヒリ痛いし、しかも鼻から流血している感じがしたから。跳ね起きて見たら、キーボードの手前に池ができていて、身を起こしてもなお鼻の頭からツンとした異臭のするものが落ちてくる。「ヤベッ!」と思って鼻を拭いながらティッシュを詰めたが、どれも赤くない。黄土色に染まった普通の粘膜。「胃が動いてるし、喉もヒリヒリしてるし、鼻の中も灼けた感じがするし、水っぽいようで臭くて黄土色のもので…」と、ゆっくり考え直していったら、結論「寝ている間に胃液のみ嘔吐したが、姿勢の都合上、口からではなく鼻から出た」。…自分がまた一歩、人間ではないものに近づいた気がした…。
 12月25日 絶好調でも1日1作が限度なのに…(涙)
 息子の通園は、年内は28日まで。それを報告したら、「じゃあ、大掃除すれば? 気分、良いんでしょ?」と、実母。「やらねーよ!」と言い捨てて、部屋に戻った途端、咳き込み始めて吐きそうになる。っつーか、息子の言動がだんだん旦那に似てきて、私の下着を持って「♪ママのブラも〜らった、も〜らった」。「やめろ」と言うとさらに喜び、廊下でも走り回り、もう少しで実母の美容院(棟続きで境界は扉一枚)にまで乱入しかけた。旦那は旦那でばか笑いしてるし、これをされて怒らないお母さんがいたら、教えてほしいよ、まったく。最終的には、私が眼を坐らせて「えぇ加減にしとけよ、クソガキ」とテノール声で脅し、「俺ァな、おまえにそんなことを真似させるパパのことも、大っ嫌いなんや。おまえのことも、殺してやりたいくらい憎んでやろうか? あぁっ!?」とさらに脅した。息子が号泣して実父母のところへ逃げ出したのは、言うまでもない。さらに、その後で私が実父母に叱られ、息子に「ざまあみろ!」と言われたことも、言うだけ野暮だ。気持ちの切り替えをと思い、何とか原稿を書くぞと夜になってから頑張ろうとしたが、昼間の出来事とそれに対する自己嫌悪、短くはあるけれど年末年始の連休や、それに伴う年始回りなどを想像するだけで、気が滅入ってくる…。そして、また記念作品の書き上げペースがダウンすることに…。
 12月24日 ここを書いたらUPするはずだった
 朝、メールチェックしたら、97件。何事かと思って発信元と件名を見れば、全部、私が管理している掲示板への書き込み報告、それも、外国籍っぽい名前の奴のばっかり(注:当サイトの多くのお客様はご存じではなかろうが、密かに同盟を運営したり、他サーバにて別名で完全自己満足サイトを運営したりしているから、掲示板は「…かな」シリーズだけではなかったりする。荒らし書き込みか襲来するのは、今のところ、そちら側だけなのでご安心を)。考えてみれば、今日はクリスマス・イブだ。どこぞの悪童の作ったプログラムがアホなことでもしてたんだろう。そう分かっていても、同盟、それも非公式ではあれファンサイトを名乗るものを運営している限り、大元のアーティスト様達には迷惑をかけられないし、同じ志しで訪問してくださる人に失礼があってはいけないので、今日と明日、そして大晦日から正月三箇日は、数時間置きに掲示板巡り決定。
 旦那が「会社の電気系統のチェックがあってサーバを止めるから、俺、25日は休日出勤するのでよろしく」とか言ったので、急遽、息子のサンタは1日早く訪問することが決定し、Amazon.co.jpで購入し、包装してもらっておいた「カフェシナモン」(注:サンリオキャラ「シナモロール」のドールハウス。息子はシナモンくんとモカちゃんが大好き)に気づき、息子、大喜び。早朝から遊び続け、何とか9時頃に起きれた(注:23日に10時に起きたら旦那に徹底的に無視されて昼飯抜きになった)私にも見せてくれたのだが、まだ半分寝ているような状態だったので、「もー、ママにはサンタさんのくれたの、みせてあげない! パパやじいちゃん、ばあちゃんに、ママがいじめたっていいつけてやる!」と怒鳴られ、「…なんでやねん…」。いっそ「それはママのヘソクリ口座から引き落とされるルートで、ママが選んで買った物や!」と大人げなく怒鳴りそうになったが、息子の夢を壊すぐらいなら、私の人格を壊すほうがマシか、と気持ちを切り替え、「あー、はいはい、全部ママが悪いですぅ」。以来、息子は私とは遊ばないだけでなく、私の目の前にわざわざやって来て、寝ている旦那を起こしたり、実父母に用事があるから外へ出た時にも慌てて追いかけてきて、私を追い越し、「あのね、ママがぼくをおっかけてきて、いじわるするんだよ!」。実父母が用事で出かけてお昼は留守だったのだが、それを承知の上で「じいちゃんやばあちゃんに食べさせてもらわないと、ぼくはごはん、たべんもん! パパやママはおこるから、ここにいたくない! ぼくのいえはじいちゃんばあちゃんのいえだもん!」と号泣しながら駄々を捏ねたので、さすがにキレて「それなら、出ていけ! ほら、今すぐ出ていけ! おまえの私物は、後で庭に投げ捨ててやるから、まずはおまえから捨ててやるから、来い!」と怒鳴りつけ、さらに「ギャーッ」。大人げないとは、自分でも思うけど、私だけだったんだよ、「今日、保育園で何したの?」と尋ねても何も応えてくれないのは。なんか、辛いよ…。嫌だよ…。情け無いよ…。
 12月23日 没、だな…
 こんなテキストばかりで世界の片隅に居候しているサイトながら、おかげさまで延べ40300Hitを得て、心から嬉しいと思いつつ、初心に帰るつもりで学生時代の体験を絡めた作品を書き始めた。私の人生が一番大きく揺らいだ時の話だ。その時の気持ちを誰にも話したことは無いし、未だに封じてある本心を全部一度にさらけ出せる相手に恵まれていない。視点を実弟のものにして書き、そこそこ冷静に「読める文章」にはできたと思う。が、没だ。読み返すたび、「物語」ではなくなってしまう。それに、「書ける」ようになれても「読んでもらいたい」ものにはできなかった。悔しくは、ない。ただ、改めて当時の心境になり、どうして今、まだ生きているんだろう、とは思う。そして、それ以上に、今まで生きてきたんだから、これからも何とかなるだろう、とも思う。
 12月22日 所詮そんなもんだ
 保育園で、クリスマス会があった。サンタさんから手渡しでプレゼントを貰い、嬉しかったらしいけれど、息子のほうから嬉々として報告があるのではなく、私がいろいろ質問して「うん」と「ううん」しか答えてくれない。それに気づいたら、息子は私や実父母に、その日の出来事を話すことがまったく無いことに気づいてしまった。午後からはしゃいでいて転び、後頭部をしたたかに床で打ちつけたらしいが、元気だし、心配はいらないと思う。思うけど、そういうことすら息子自身の口から聞くことができないのだなと気づいたら、私は所詮、「その程度」でしかなく、いなくなっても構わない人間なんだなと、息子の背中を見ながら実感してしまった。まぁ、仕方がない、か。中学1年でトラブルを起こして以来、私は自分を殺すことにばかり夢中で、そういう自分を隠すためにだけ専念して生きてきたから。新聞屋をしていた間も、写植オペレータをしていた間も、客だけでなく同僚の名前と顔を覚えることが苦手で、一度教えてもらっても翌日にはコロッと忘れてしまってたし。新聞屋の時、「冷たい奴」と陰口を叩かれていたことも、そこから「ひややっこ」と呼ばれるようになったことも、当たり前だった。今更どうしてこんなことで泣くのか、誰よりもバカバカしく思っているし、こういう自分を誰よりも嘲笑している。所詮、それが「私」でしかないってことだ。
 12月17〜21日 ご心配ばかりおかけしてすみません
 再び更新が途切れがちになり、申し訳ありません。16日の段階で割りきったつもりでいましたが、割りきれてませんでした。連日、40200Hit記念作品を書いては没に、書いては没にを繰り返し、やがて何をどんな言葉で書こうとしていたかすら、忘れてしまいました。思い出そうとすると眠ってしまう始末。日常生活においても、食事を終えてほんの数分で「さっき、何を食べたっけ?」。食器を洗った記憶はあるのに、「まだ食器洗いが残ってた!」と慌てては、片づいているのを見て「私がやったんだよね?」と自問自答。食後や就寝前の安定剤の服用も、「…薬剤の数が合わない…」。つまり、服用し忘れていたり、服用する薬剤を間違えていたりする日が続いているわけです。それら薬剤の副作用や鬱症状の発症について、実父母も一度はちゃんと説明を受けているのに、「食事中だし、怒鳴られるから起きていないと!」と気を張り詰めていればいるほど一瞬でガクンと睡眠に入ってしまう私を見て、「夜中まで起きてるから、そんな醜態を曝すんだ!」と怒鳴ります。だから、夜には「早く寝よう」と思って布団を敷き、実父母と息子、旦那の入浴が終わるのを待ち、最後に私が入浴して睡眠薬を服用――のつもりが、息子が寝入ったのを確かめた直後、この欄や他の日記などを書いている途中で眠ってしまい、目が覚めかけた時にすかさず睡眠薬を服用しても、3〜4時間ごとに目を覚ましてしまう浅い眠りが続きます。おかげで朝寝坊は激減しましたが、薬効が残っているから、振りだしに戻り、「私、やったっけ?」が始まるのです。しかも、日数が過ぎれば過ぎるほど、状態は当然悪化しますし、実父母、特に実父には不愉快極まりない状態ばかりを意識され、息子や旦那にかこつけて「本来なら一番気遣ってやらにゃならん奴がだらしがないから、出来が悪くても仕方がないと分かっているが、同じ屋根の下で同じ空気を吸っているのかと思うと腹が立って我慢できん!」といった類いの罵声を浴びせられます。それだけならまだマシですが、「まぁ俺だって人間だし、こうやって怒鳴りたくなることもあるわけだから、物心ついてない子供や、他人としての立場を貫く出来損ないの亭主には、わざわざ忠告してやらないし、そいつらの手綱を引ける時ばかりじゃないから、仕方がないんだろうけどな。でも、俺だって人間だからな、我慢しきれん時ぐらいあらぁな」と続けるから、殺してやりたくなります。自分のことは「人間だから」という理由で許させようとするくせに、私の言動は「精神科に通院しているから」という理由で「発作なんだろうが! とっとと薬を飲んで来んか! クソバカヤロウが!」です。身内、しかも実父のことだけに恥ずかしい限りですが、勝手に引き受けてきた老人会の会長職で忙しいからという理由でピリピリしまくり、ようやく落ち着いてうとうとできると思って舟を漕ぎ始める私に対し、下段の「いろいろ、ありました。」の頃から、婉曲な嫌みや不可解な言いがかりを断続的に聞かされ、生きることで精一杯でした。掲示板の書き込み、Web拍手、メールで皆さんからの言葉をいただけて、それが本当に命綱になりました。ありがとうございます(平伏)。年末年始という地獄が今回はかなり短いようなので、少なくとも「ボーダーライン」だけは潜らないように過ごすつもりです。本当に、年末の忙しい中、ご心配をおかけして、すみませんでした(平伏)。
 12月13〜16日 いろいろ、ありました。
 40000Hit記念作品「ある日の診察 〜言い訳含む〜」にも書きましたが、鬱症状というのは、回復しかけてからのほうが、とてもデリケートな病気だそうです。月曜日(12日)の診察の時、作中にあるままの実母の言葉を言いました。医師の反応も、作中にあるがままです。最近では義妹(旦那の妹)夫婦の息子さんが可愛くて堪らないらしい義父母が、「もうそろそろ治るんだろう?」と尋ねてこない(というか私が顔を合わせない)から気楽でした。それだけに、実母から「もうすぐ治るんでしょ? だって、2年だか3年だか、頑張って通院したもんね。そろそろだと思ってたのよ。早速部屋を片付ければ? 本がまた山積みになったものね。一気に片付けたら、旦那さんがびっくりするわよ、きっと。それから、タンスも自分用のを入れてきちんとして――」とマシンガンのように言われ続けて、途中で「もういい! きさまなんかに言わなきゃよかった!!!」と怒鳴ってトイレにこもりました。2時間ぐらい、籠城しました。どうせ日中は困る人がいませんから。涙も出ませんでしたよ、何も考えられなくて。実母が「ごめん。お母さんが言い過ぎた。今まで頑張ってやった分、報われたと思って嬉しかったから、つい…」と言ったので、「そんな理由で、おまえが楽になれるから嬉しいって理由で、私に早く治ってほしいってことか。なら、いっそ、鴨居で首を括って保険金になってやるよ。そのほうがおまえらは嬉しいんだろうが」と言い返し、「何言うの、息子はどうするつもり!?」と偉そうに決まり文句をほざいたので、「おまえらの好きなようにすれば? 道端で座らせて『母親に自殺された哀れな子供です』って見せ物にしようが、旦那の実家に追い出そうが、私の死後なんだから、おまえらの好きにしろよ、バ〜カ」と言い捨てました。こういう会話を先週やりまして、それでも安定剤を服用しませんでした。眠くなるんですよ。カウンセリングを始めて間も無い頃と同じ心理状態に陥った自覚がありましたから、本当は服用するべきところを、服用しないでいました。安定剤って、一種の鎮静薬ですから、どれもたいてい眠くなるんです。通院を始めて半年くらいの頃、柱に頭を打ちつけたりする回数と力み具合が急速に激しくなっていくので、カウンセリングのお姉さんに「家の人達に何も言い残さなくても構いませんから、その時(自殺したくなった時)には、必ず私のところへだけは電話すると約束してください」と言われました。もうそのお姉さんは病院にいませんし、あの頃よりも少し楽しみにしていることが増えましたから、私自身も自殺はしたくないという気持ちでいます。だから、代わりに「目障りな奴を殺して歩きたい」気持ちが強くなりました。そして、今の私にとって一番目障りなのは、実父母や息子に嫌な思いをさせ、旦那に離れを全面的に貸してしまい、実弟夫婦の喧嘩の引金にされやすく、嫁さんに最も邪魔者扱いされている、私自身です。診察を受けている間、つまり、医師と話をしている間は、別段、意識することはありませんでした。けれど、月曜日には居眠り運転で左前輪のカバーに傷をつけ、火曜日には息子のクリスマスプレゼントを買いそびれてあちこちへ手配して結局キープできたものの、半日中「息子にプレゼントもまともにできないなんて嫌だ」と呟き続け、配送手続を完了しても、その間ずっと実母と一緒にいたからなおさら自分のダメっぷりを見咎められているようで、泣きたくても泣けませんでした。水曜日には、記念作品から何とか書かなくちゃと思っていても、少しも言葉が出なくなりました。多分、原因は、夕食の時に、実母から「息子に食べさせてやりなさい」と言われたものの、自分で食べるだろうと思って見守っていた私に、実父が「食わせろと言われたらちゃんと食わせんか! それでも親か!」と怒鳴り、その後、恐怖感から逃れようと本能的にうとうとし始めてしまい、実父がまず実母に「おい、食わせるつもりが無さそうだぞ! こいつにやらせるな!」と怒鳴った直後、私に対して「そこでうたた寝するぐらいなら、出ていけ! 目障りだ!」と罵倒したからだと思います。そうして、木曜、つまり昨日になってようやく、「ああ、私の心がボロボロになりつつあるから、肉体のほうが気遣って休息を取れって言ってたのか」と思い当たりました。そうして、ようやく気持ちが浮上してきたので、今日、ムカつかせてくれた実母に宣戦布告をしました。「昨年もしなかったけど、今年も大掃除、しないから! 絶対に!!!」と。勿論、「少しだけでもやりなさい」とか言われましたが、黙殺しました。「私に意見するな!」と。
 12月12日 予定なんざぁ無いようなもんだろうが
 今日という一日は、タイトルの如き、予定の狂いっぱなしだった。重要な予定は比較的緩めに時間を割いておいたし、その合間にやることを二つ、三つすっ飛ばせば、決して無理な状況では無かったから良かったけど。一番の番狂わせは、精神科通院先からの帰路、居眠り運転をモロにして、左前輪のホイールカバーのコーティングを剥いだこと。つまり、路肩の縁石に擦ったわけ。蛇行運転が続いてたんだろうなぁ、隣市のドライバーは、いつもならビタァッと嫌なくらいに尻にへばりついてるのに、今日に限って普通乗用車3〜5台分空けてついてきてた。対向車線は、普通乗用車とトラック、ダンプばかり。「反対側にハンドル切ってたら、新聞に名前が載ってたなぁ」と思い、被害を確かめに入った道の駅の駐車場で、5分くらいウトウトしてから帰宅。夜間は眠りたくても眠れないってぇのに、どうしてだかなぁ。ま、ホイルカバー1つとボディを少し傷つけただけで済んだから。
 12月11日 もんどり打ってるってこういうことか
 昨夜、大量に薬を服用して眠ろうとしたのは良かったと思う。が、疲れが溜まりすぎると薬も効かなくなるらしく、結局、午前1時ぐらいまで起きていた。「こんなことなら、日記だけでもサイトを更新したほうが良かったかなぁ」と思ったが、じつは先月下旬に、「眠いのを堪えて更新したらミスしてまっさらにしちゃった」と、我ながらバカなミスを連発したのを思い出し、眠った。が、寝相が悪すぎるらしく、パソコンのキーボードの上に枕を載せ、自分は掛け布団の向きに合わせるために、東や西へ転がり直す始末。11日になって、気がつけば体は布団から飛び出しているし、二度寝、三度寝のほうが気持ち良いし、なかなか朝だけは起きれなかった。安眠が欲しいぞ〜!
 12月10日 睡眠薬が効かなくなるくらいツライ…
 今週に入ってから、連日のように「睡眠薬無しで就寝」をしていたからもあるけれど、疲労感がどんどん蓄積されていく。週末だから、少しでも息子の面倒を見て、実父母に休息と安心を与えないとマズイし、とにかくがむしゃらだった。眠り足りなくて、日中は私がウトウトしまくり、その隙に実家へ行こうとする息子を引き止め、玩具で遊んだり、漫画を読み聞かせたり、パソコンで遊んだりと、とにかく二人で寒くないところで遊ぶことに専念していた。が、夕方、「…もう、ダメ…」状態に。疲労がピークに達した状態のまま、無理していたらしく、思考が停止し、何か考えなくちゃ、何かしなくちゃと思えば思うほど、「この子供をどう始末しようかしら…」という混沌としたところにあるヘドロが浮いてきて、久し振りにとんでなく悪い状態に陥った。幸い、夕方早々に息子が眠ったから、日没後は少し落ち着いたけど。その状態で記念作品を書き始めたものの、支離滅裂。どうしてくれようかと悩んでいたら、うたた寝。それもかなり浅いもので、1時間くらい寝たような気がしたのに、5分しか経っていなかったり、ちょっとウトウトしただけのはずなのに、2時間経過していたり。「やっぱりダメだな、処方どおりに服用しないと」と思い、開き直って眠ることにし、薬袋を開けてみたら、夕食後の薬も残っていて、「一度にこんなに飲んでもいいのか?」と思うほど、一気に服用。ところが、眠れなくて参った。どう参ったかは、11日の日記に任せる。
 12月9日 またも25時半…
 今日から旦那が出張で不在。夜、嫌な突かれ方をされないというのは、なかなか気分が良い。が、うたた寝してしまい、現在、ファンヒーターに見捨てられていた。ホットカーペットと布団はタイマーが無いので、ありがたい。ありがたいが、ぽかぽかぬくぬくはうたた寝の必須アイテムだけに、しまったかなぁ。先月の電気代が9000円。1万円まであと少し。今月は1万いくかもなぁ。それはまぁ、いいや。問題は、明日の朝だ。実父母に何を言われるか分からない。下手に寝坊すると、「おまえのせいでどんなに食器を洗っても片づきやしない」って言われたことがあるからなぁ。今週4回目の「睡眠薬無しでねむねむ」するかぁ。寝た気がしなくて嫌だけど。それに、いつかODで自殺未遂できるかもしれないから、余りを保存しておいて、いつか纏めて飲もうっと。
 12月8日 綺麗な話ではない(言い訳だし)
 今日(と言っても既に日付が変わりそうだが)、保育園のお楽しみ会(組ごとのお芝居などの発表会)があり、早めに登園しなければいけなかったのだが、こういう時に限って、便秘が解消されたがる。でも、便秘だからなかなか出てくれなくて、結局トイレにいたいのを我慢して息子を送り届け、一度帰宅。お楽しみ会に間に合う時間ギリギリまでトイレに入り直したが、やはりダメ。我慢したまま家から駆け出し、何とか会場に入った。息子の組は一番最初。朝イライラキリキリした状態で登園させたから、息子は「ぼくのママはきてくれないかもしれない…」と思っていたらしく、不安そうな顔で花道を歩いていた。声をかけると子供が帰りたがったりするから禁止されていたので、少し手を振ったら私に気づき、にこぉっと笑って元気よく舞台へ行った。それが一番、嬉しかった。お芝居は、小人さん達が大きく育ったサツマイモを掘りに行ったよ、というもので、小さい子から順に小人さん役になり、背の高い息子はおいもさん役。数日前までは小人役が良かったみたいだったが、次第においもさんに愛着が湧いたらしく、一番頑固そうなおいもの絵の冠り物を被っていた。途中の歌や踊りも元気に楽しそうにやっていて、時々私をチラッと見ては、さらにニコニコになって頑張っていた。その後は、他の組の子達も見てあげてくださいと言われていたが、出かける時に服用した安定剤と風邪薬の副作用も手伝って、うとうと…。子供達や先生方、保護者の皆さんに失礼なことをして、かなり恥ずかしかった。だから帰宅はそそくさとし、実家へ駆け込み、トイレを借りた。実家と実弟宅には、ウォシュレットがついていて、便秘解消にちょうど良いのだよ。それでも20分ぐらいトイレから出られず、力んでいるうちに鼻血がたらーっと…。げっそり気分でトイレットペーパーを鼻に突っ込み、垂れ落ちた血がトレーナーとズボンを少し汚したが、「ま、こんなんいつものこったし、着替えるほどでもねーや」。だいたい、それ以前に、「ああ、なるほどね、トイレで脳溢血を起こす人の感覚って、こういうのに似てるんだな、きっと」などと考えていたから、我ながら呆れた取材根性だと思う。で、その後、3時間、鼻血が止まらなかった。「いつもならもう止まるけどなぁ」と思って詰め物を抜くと、またたーっ。しかも、詰め物の先には完全に粘膜と混ざり合った血がついてきて、相当奥の毛細血管が切れたのがよく判った。息子のお迎えの時にようやく詰め物を取ることができたが、代わりに、喉のほうへ粘膜が落ちていく感じがあり、嫌な予感が…。それが的中し、鼻血は止まりつつあったけれど、夜更けまでの長時間、粘膜が滴り落ちるのと、回を重ねるにつれてそれが血の味をしていることを感じ続けて、「…貧血ではないから良いけど、鼻血で出血多量は勘弁してほしいなぁ…」とバカなことを考えていた。そうこうしていたら、記念作品を書いたりサイト更新する時間がどんどん減り、結局、更新できないまま、この記事の真ん中辺りを書いている段階で、日付が変わった…(涙)。
 12月7日 練習台は勿論、旦那(ニヤリ)
 「ヘタの横笛」にもちょっと書いたけど、木曽の山裾の田舎町だというのに、変質者や不審者が出回っているらしい。昨年の今頃は、晴れた日は皆で公園へ散歩に行き、秋や冬にしかできない遊びを楽しんだり、小さい子に優しくすることや、大きな子に甘えることを体験させて、子供同士の信頼関係とか築いていたのに、今年は秋から既に遠くへ散歩に出かけることが無くなり、隣の神社の境内や社叢でドングリや落葉を拾ったり、園庭で全クラス一斉に遊びに出てかけっこをしたりする程度らしい。何か、ムカつく。何にって、不審者共に。保育園の頃って、どんどん体が成長するから、いろんなことに挑戦したくなるものだし、大人は皆、子供の味方だと暗黙の信頼を持ってるし。そうでなければ、保育園の先生にすら打ち解けることができないって。実際、家の近くで「ベロ見せて」と言って小学生の女の子を呼び止め、ベーした時にその舌を舐める男が出たと聞いた女の子は、それまで大好きだった副担任の男性保育士を警戒するようになったらしい。母親として未熟者の私だが、ちょっと頭に来ている。保育園の頃の記憶って、大人になると忘れるものだけれど、感情は残る。「おまえは黙ってろ!」「泣くな!」「鬱陶しいから出ていけ!」などの怒声を浴びた恐怖感は、三十路後半のおばさんである私の中に残っていて、体力的に有利になった今、まだ怒鳴り続ける実父をどうやって殺そうかと、知らないうちに考えていたりする。恐怖感が保身に転じ、憎悪に変化した途端、倍増した感じ。こういうのを「トラウマ」って言うんだよね。てことは、前述の女の子は「男性に舌を舐められること」や「自分よりも大きな男の人は怖い」というトラウマが沈殿したわけで、将来何らかの形で噴出すると思う。各地で小学生が行方不明になってるけど、犯人は働き盛りの男性の可能性が高いでしょ? でないと、手加減無しで抵抗するはずの子供を拉致して殺害することなんて、難しいもんね。「今度の犯人も同世代かもしれない」って思うたび、ムカつきが怒りになって、目の前にいたら股間を蹴り上げて遺伝子を残せなくしてやろうとか考えてしまう。
 12月6日 冬の次は春だ!
 息子のクラスでは、「秋見つけ」が流行し、紅葉した落葉やドングリ、綺麗な実などを集めた。12月になってもずっと続いていたが、昨日、雪のおかげで「もう冬だからな、秋じゃないからな」と言い聞かせることに成功した…はずだった。今日、雪が全部溶け、「わーい! あきみつけ!」とはしゃぎだし、ドングリを探すし、腐り始めの落葉を拾うし、何よりず〜っと「やめろ」と言っても「おばさんがいいっていった!」と言って摘み続けた「他人様の庭の南天や紫式部、辛子の実盗み」を再開させやがった。「もう冬だって言っただろうが!」と叱ったら、「もうふゆじゃない! あきだ!」と怒鳴り返しやがり、他人様の庭先で「冬の次は春だ、ボケ!」、「はるじゃない! もうあき!」と怒鳴りあい…。「秋の間はおばさんが良いよって言ってくれたから謝って取らせてもらったけどなぁ」と、私の声が低くなり、目を坐らせて「もう冬だからな、おまえ一人でおじさんに怒鳴られて来いや、こらぁっ!」と言い置いて、帰り始めてやった。泣いた、泣いた。走って追いかけてきて、謝るかと思いきや、「だめなの! ママもこい!」と押し戻そうとしやがったので、完全にキレた。「おまえがそうやって名前も知らないおじさんの庭で、いつまでも木の実を取り続けるのなら、俺はおまえの玩具を黙って全部、隣の家の子にくれてやるぞ。ダメって言っても、無駄だ。おまえのやっていることは、それと同じことなんだからな。おまえが泥棒である限り、俺はおまえの玩具を全部、同じように盗んで処分してやる。ここまで言っても『あきだからとる』とかほざくのなら、絶対にやってやるぞ」と脅しまくってやった。集団下校中の小学生の列が、全部反対側の歩道に逃げてったよ、マジで(笑)。息子に至っては「いやだ〜! どろぼーじゃないからいやだ〜!」と号泣。「他人の庭から南天や辛子の実を採ったら、充分泥棒だろうが! しかも、何が『冬の次は秋』だ。ざけんじゃねぇや」と、ひっぺがし、むくれている頬を軽く叩いて、「そういう面してる限り、俺はおまえを泥棒として扱うからな。覚えとけ」。ええ、ええ、鬼母ですよ、完全に。でもね、こうまで言っても、絶対に謝らないんですよ、旦那と同じく。それがまた、私の逆鱗に触れるんですよ。こういう時、マジに「殺してやろうかしら」とか「どこぞの山ン中に置き去りにしてやりてぇ」とか考えますよ、母親だろうとね。何せ、大嫌いな旦那と同じように私を無視したり、引っ捕まえて「謝るのを忘れてるだろうが!」と怒っても「だって、だって」しか言わないから。4歳になってから、何度か言い聞かせたのは、「ママは卑怯者のパパが大嫌いです。ごねる君は卑怯者のパパそっくりなので、ママは君のことが大嫌いです」。丁寧語の間に態度を改めればマシだけど、改めないねぇ、4歳の怪獣は。だから、本気で脅しましたよ、鬼母は。転んだり悪いことをして叱られて泣いた時には、慰める役をやりたいですよ、私だって。でもね、旦那はいないんですよ、息子から見れば。説教する必要がある時に、息子に説教できるのは私しかいないんですよ。憎まれ役をやり続け、慰め役をジジババに任せるしかないんですよ、どんなに辛くても。悔しいですよ、マジで。旦那は息子が生まれて一ヶ月も経たない頃から「ライブに行ってくる」と言って、好き放題ですよ。私だって、ZANのライブに行きたいですよ。「行けば?」って実父母に言われても、いざ「本当に良い?」って尋ねると、「旦那さんが良いって言うならね」と言われるんですよ。悔しいですよ。だからって息子に八つ当たりするのは恥ずかしいから、必死に「説得」や「説教」に抑えますけどね、脅さずにはいられない衝動に駆られる時もあるんですよ。その後で、どんなに悔し泣きしても、だ〜れも気づいたりしませんよ。…相変わらず愚痴って、ごめんなさい…。
 12月5日 その2:やっぱムカつくわ
 昼頃から急速に冷え込み、雪が降り始めた。路面も凍結しそうだし、急いでタイヤをノーマルからスタッドレスに交換してもらった。その足で息子の塗り薬と自分の咳止めを買いに行き、いつもよりも夕方、息子の面倒を見ていなかったのは事実だけれど、自分の都合でイライラして息子に「黙っとれ!」「泣け!」「来るな!」と罵る実父に、殺意が湧いた。私も同じように怒鳴られて育ったからね、こういうのもフラッシュバックって言うのかなぁ、子供の頃の自分を思い出して息子の姿に投影し、恐怖と憎悪が噴出するのを感じた。何本もの釘を半分まで打ち込んだバットがあったら、間違いなく実父の後頭部を狙って、スイング練習したと思う。なぜなら、実父のイライラの原因である「都合」というのが、「喜んで押し付けられた3〜4地区の長寿会(老人会)の会長職で疲れている上に、9日にはその関係で旅行に行くからどうやって見栄を張ろうかという悩みと、創立者と前任者のいい加減な運営と引き継ぎによる苛立ち」だって言うんだから、バカにしてる。
 12月5日 その1:やっぱシラけるわ
 建築関係の事務所と会社総ぐるみの証明書類の偽造だの、アスベスト使用建築物の検査と処理だの、国民全体の命に関わる問題が次々と浮上している真っ最中に、どこぞのバカは郵政の民営化ばっかり押し進め、現在の日本国は国民一人一人、それも成人だけでなく昨日、今日、明日、明後日と、無垢なまま生まれてくる赤ちゃんにまで、何百万、何千万もの借金の支払いを無理やり押し付けてくる。あのバカが首相になってから、国民一人に対して要求される国の借金は、激増した。それを隠蔽するかのように、国家機関の一部、それも派手に目立つ個所の改革とやらを進め、さらに借金を増やすだけ。解る? 今この瞬間に生まれ、日本国籍を得る赤ちゃんのちっちゃな手に、「あなたには数百万(あるいは数千万)円のお金を返す義務があります。一生をかけてでも返済してください。でないと、日本という国が無くなり、あなたの国籍も認められることはありませんからね。絶対に支払ってくださいよ。以上、日本国総理大臣小泉純一郎」という手形を無理やり握らせてるんだよ。外交問題にしろ、あのバカは相手の気持ちにならないでいる。そんなんで、誰が納得するってんだ。郵政の民営化は、今、この時点で、取り組んで終わらせる必要があるか? 増税するならしろよ。けれど、赤字補填に使うなよ。てめぇらの給料を全部国へ返せ。生活なんざ、今まで受け取った金額で充分できるだろうが。今年の一月から受け取り続けた国会議員の給与を全額戻してみろ。今より少しだけマシな世の中になるからさ。
 12月4日 綺麗な話ではない
 昨日に続き、今日もコンディションが悪い。あ、いや、昨日ほどではないけど。気分的には、結構楽だったし。悪くなったなぁと思うのは、肉体のほう、かな。風邪がね、いや〜なぶり返し方をしてくれて、「ああ、もう咳も出ないや」と思って薬を控えると、1〜2時間後に咳き込んで止まらなくなるし。鼻水が出るわけではないのに、鼻腔から喉へと粘膜が爛れ落ちていく感じがして、強引に痰とか鼻水とかで出そうとするんだけど、出てこないし。だからと言って放置すると、前述の咳き込みの原因になっちゃってくれて困る。放置と言えば、体調とはまるで関係無いけど、困っていることが幾つかある。一つ目は、indexページのハーボット関係のリングバナー。たしか、「まりんねっと」とか言ったかな? 私も転送専用メールアドレスでお世話になってた。しばらくその会社からメールが来ないと思っていたら、リングバナーが消えてて、管理人さんのサイトに行ったら、「まりんねっと」のサーバのデータが全部吹っ飛んだらしいと知った。データの復帰に努めてるらしいけど、まだ直らないようだ。困っていること二つ目は、私がこっそり運営しているウェブリングのこと。光栄なことに、伊泉龍一氏が参加してくださってるんだけど、サイトを移転して以来、ナビバーを貼付できない構造になってしまったみたいで、リングがそこで切れている。一応、テキストナビを作って送信させてもらったけれど、忙しい方だもんなぁ、問い合わせや対処のメールに反応が無くても、仕方がないかぁ。年の瀬なんて、プロの占師さんには稼ぎ時だろうしなぁ。でも、回ってくれる人のためにも、一時的にキューへ移しておくべきだろうなぁ。で、三つ目は、参加中の同盟。自分で運営している同盟のほうは、片方は放置可能な願望書き込みサイトだし、もう片方はネットの片隅で思いきり勝手に応援サイトだから、両方とも掲示板の管理がメイン。問題なのは、それ以外の「加盟させてもらっている同盟」のほう。いつの間にか閉鎖されてたり、サーバ管理会社の都合でURLが変更になったり、最悪だと思ったのは「本部が閉鎖されてるのはともかく、同じ名称のSM愛好者(意味が解らない純粋培養の方は調べないほうが良いよ)の同盟が存在している」というもの。完全な閉鎖か確かめるために検索してたら辿りついちゃって、気分が最悪になった。加盟したからって放置したらいかんねぇ。それに、加盟者が少ないからってすぐに閉鎖したのはともかく、同盟検索サイトから登録の抹消手続きをしないのはマズいだろう。いつの間にか趣旨が変更されてる同盟もあるし、ホント、放置できないわ。最後に、長編。特に「TORAT」。放置期間が長くなっちゃったよなぁ。続き、書かなくちゃ、なぁ。
 12月3日 その2:これとは縁を切りたい
 こっそり運営している同盟と同盟もどき、さらにこそこそと運営している某所の、合計3つの掲示板が、やたら荒らされて困る。かなり表層に近い掲示板がここに3つもあるってぇのに、どうして最奥の掲示板ばかり狙うんだっつーの。どの掲示板にも書き込みがあったらメールで連絡するように設定してあるから、荒らされたら早めに対処できるけど、今日みたいに下記の状態になっちゃうと、監視も甘くなっちゃう。悔しいけど、基本的に「来る者拒まず」を心がけてるから、アクセス制限をかけたくないんだよなぁ。以下、蛇足。旦那に相談しても、きっと「考えが甘すぎ」の一言だけだろうし。…夫婦だけど、会話、しないしなぁ。どれぐらい会話が無いかって実母に尋ねられた時、「おはようといただきますとごちそうさまでしたとおやすみなさいは言うけど、他の事柄は息子がいる時だけ、息子を仲介してるみたいに意見を聞かされ、私が直接応じると無視される。それどころか、『おまえが起きるまで俺独りで面倒を見てたんだから、後はおまえが見てろ』と言わんばかりに、息子と二人きりで取り残される。買い物中もそうだよ」と答えたら、「そんなんでちゃんと夫婦生活できるの?」と顰めっ面で言われた。「夫婦生活」なんて、まっぴらごめんだっつーの。息子に妹か弟がいたら喜ぶだろうなぁとは思うけど、肝心なことはなーんにも話さないし、「夫婦生活」を独り善がりで済ませて私に散々気色悪いことばかりしやがった旦那の子供は、もういらん。性欲も出産後、まったく無くなったしね。だから、掲示板の荒らし文句とか勝手に来るそっち系の押し付けメールとか見ると、「男ってぇのは女のことを性欲の捌け口としか見てねぇのか?」とつくづく思う。まぁ、出会い系サイトに喜んで自己アピールを掲載する女がいるのも事実だし、やりたいヤツだけでやってくれよなぁ。
 12月3日 その1:これと一生付き合い続けるのか
 ヤバい。漫然と、漠然と、ヤバい。って、ワケ分からん(苦笑)。具体的に言うと、「独りになりたい」。実父母や息子から遠ざかり(旦那は仕事で不在)、独りで原稿を書いたり本を読んだり笛を吹いていたい。けれど、実行に移すと実父母の疲労&激怒メーターが振り切れるので、できない。できないから、我慢する。我慢した分、ストレスが蓄積され、ますます独りになりたくなる。「ヘタの横笛」にも書いたけど、今日一日、自分が何をやっていたか、思い出せない。必死に動いていたのは確かだけれど、強迫観念から逃れるためでしかなく、何の満足感も得ていない。明日、旦那も休みのはずだが、自分がどうなるか予想できないし、しないほうが良さそうだ。こうして考える前に文章化していくだけでも、涙が出そうになる。感情的な涙ではない。何故なら、今、嬉しいとか悲しいとか、全然感じていないから。不安、ではあるけれど、考えることを捨てた。辛い、のだろう、多分。肉体的とか精神的とかではなくて、もっと核心にある何かが、ボロボロになっている気はする。でも、これ以上は説明できない。説明のしようが無い。私に対して、誰が何を期待しているのか理解できるし、それに応えるようにしていればいいのだとも解っている。けれどできない。できないから、辛いし、我慢しなくちゃいけないし、……って、何を書いてんだ? とにかく、今日はヤバかったし、今もまだヤバい。ファンヒーターの灯油が無くなり、給油していたら、息子が手伝おうと手を伸ばした。「危ないから下がってて」と言えば良いだけの場面で、「ママがこれを浴びて火に飛び込んで、どれぐらい危険なのか、見せてやろうか!?」とスラスラ言葉が出てきた。実母の目の前で。「あんた、何てこと言うの!」と怒鳴られたが、「だから何だよ」と心底思ったことを言い返した。自分の中に、「死んだらダメだ」と必死に言い続ける自分と、「こいつらの目の前で一番醜い死体になってやりたいぜ」と嗤い続ける自分がいる。多分、マジでヤバいんだろう。涙すら出なくなるほど、ヤバいんだろう。ギリギリのところで踏ん張っていても、力尽きるかもしれない。でも、頑張らなくちゃ、と思う。少なくても、今、私は死ぬわけにいかない。今死んだら、息子は旦那側に引き取られる。育児に無関心な父親と、あまり好きではない祖父母の下で、義妹夫婦の子供に遠慮しながら育たせるわけにはいかない。…あ、やっと涙が出た。少し、楽になれる。喜怒哀楽の一文字だけでも、戻ってきたから。まだ、頑張れる。多分。
 12月2日 締切破ってすみません(平伏)
 先月から、月末頃限定で長編を書いている。一応、create novelさんに投稿しているし、エンタメ作品になる予定。けれど、エンタメ要素を支える部分を現在執筆中で、かなり辛い。フィクションではあるけれど、そうでもない。過剰に演出しているだけで、過去の私が体験したことがベースになっているから。精神科医に告白すれば、恐らく「書くのをやめたほうがいい」と言われるだろう。それどころか、嫌でも私のトラウマに障るし、隠しておきたい部分すら書かなくてはならなくなりかねない。体験談部分をどれくらい混ぜ、どこから完全なフィクションである「続編」に持ち込んでいくか、というのがその作品での「挑戦」。辛いから、月に1回分しか書けない。そして、ここで溜め込んだストレスを、ピロさんとのコラボ作品で晴らす。もしくは、当サイトで最も重いページをさらに重くして、妙な達成感で誤魔化す。と、それはともかく、いおむさん、お元気かしら? ここ1ヶ月くらい、メルマガもメールも届いていないんだけど。…ちょっと心配…。
 12月1日 世間知らずでヒステリー持ちの守銭奴女
 ここのところ、記念作品のネタに新聞屋時代の思い出を利用していた。「女史物」としてアレンジを加えようかとか思っていたが、私と「女史」は別の気性で、思い出そのものを「女史」に合わせても馴染まなくて、思いきって「本当にこういう体験をしました」と、人名以外の固有名詞はそのままで、終幕に至らせるために多少アレンジを加えて、ノンフィクションとフィクションの中間のような書き方をしていたのだが。後になってから、「やーさん」は1年間同僚だったけれど、大学に合格したので2年目には退店していなくなり、代わりに半不登校の高校生の「わかさん」が入店したことを思い出し、「そうなると2年目に起きたトラブルだと思っていたものの幾つかは1年目のものだったのか」など、訂正したいところがわんさか出てきた。が、書き直す気力も無く、「まぁ、結局フィクション部分で書き終えてるし、細かいところまで正確に書かなくてもいいか」と思うようになった。それに、何より、私、まだ新聞奨学生制度が残っているなんて、思ってもいなかった。まだやってたんだねぇ。で、そうなると今度は、「新聞社名や販売店名を暴露してるのは、マズイかなぁ」と思うようになってきて、じつは11月の後半、ずっと悩んでた。悩んだけれど、「あったことはあったんだし、ちょうど募集が始まる時期だし、こういう制度で、こういう店もあるんだよってことを、こっそり掲載しておいても良いじゃないか」という考えに至った。だって、事実なんだもん、エピソードそのものは。蛇足、タイトルは私が在籍していた頃の店長夫人のこと。娘が二人いたけど、二人とも奥さんのコピーで、幼稚園児だった当時、既にルックスで男子学生のランキングを決めていたっけ。奥さんと3人で「ゆーちゃんが一番カッコいいよね〜」ってはしゃいでから、「やっこちゃんが邪魔、いないほうが良い。でも客に怒られる役回りをさせなくちゃいけないから、仕方なく飼育しようね」とか話してたもんなぁ。3人とも、2階の私の耳には届かないって思って好き勝手言ってたけど、ごめんね〜、私、地獄耳なの〜。20年間で醗酵した怨みをこめて、ここに書いておいてあげるからね〜(こういうところが「鬼畜」だよなぁ、自分:苦笑)。

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