ものぐさ日記

年々月日の経過が急速に早まっている気がします
日々ぐ〜たらしているとなおさら速く感じられてせっかくの時間を浪費しているかしらと少なからず反省しちゃいます
もっとも3秒くらいで忘れちゃうから反省内容が変わらないんですけどね

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 1月31日 そろそろヤバイ…
 旦那がオークションで落とした「トラベリオン」が届いた。旦那が帰るより先に、息子はなぜか「トラベリオン」が届くことを知っていて、開けろ、開けろとせがみまくり、最後には「ママ、トラベリオンにして」…。やったよ、今日も。今までで一番早くできたさ。パーツの右左が判りにくかったけど、ちゃんとできたよ。完成する前に、息子は寝ちゃったけど。まぁ、明朝喜んで遊ぶだろうとは思うけど、そろそろヤバイんだってば。喜んでいるのが息子(実父には孫)だからおおめに見てるんだろうけど、マジでそ〜ろそろ目が吊り上がる。いや、もう吊り上がってはいるんだけど、さらに吊り上がり、文字通り鬼の形相でヒステリーを起こして、気に入らない人間には「出てけ!」と叫び、気に入らない物を思いきりぶん投げて「おまえが捨てんのなら、俺がおまえごと捨てたるわ!」と怒鳴り散らして暴れる頃だったりする。ちなみに、私は経験あり。実家の2階で表計算ソフトの練習のつもりで、実業団バスケチームの勝敗表を作ろうと思って、雑誌を床に山積みしていたら、仕事に行ってる間に、雑誌だけでなく書籍全部、外に出された。「源氏物語とかあったから、捨てるんじゃなくて箱に詰めて物置に入れたけど」と実母が言い訳をしたが、その前に「おまえは俺の家の2階の床をぶち抜こうとしてるんだろう! その時に真下に俺がいたら、潰し殺すことができるもんなぁ! そうしたいんだろうが! 正直に言ってみろ! 聞くだけ聞いたら、本と一緒に可燃ゴミに出してやるで!」と罵声を散々浴びせられ、働いて食費を納めてるのに「穀潰しが偉そうにパソコンだの本だのと無駄な買物をするな!」とまで怒鳴られたから、私の目には実母も実父と同じ「肉の塊」に見えたよ。「絶対に殺す!」と思った。同時に「こんな肉の塊を潰すだけで殺人罪になるなんて、馬鹿馬鹿しい」とも思った。で、結局、相反する意識がフラストレーションを起こし、スーパーへ買物に行った時、実母の真後ろを歩き続けたよ、「親だからって勝手に部屋を荒らし、ちゃんと保存するつもりでいた本を全部捨てちまいやがって。おまえら夫婦は泥棒だな。今度はどこで何を盗むつもりだ、あぁ!? 言ってみろよ、この泥棒ババァ!」と罵りながら。今でもムカつくね、こればっかりは。「本のあった場所は覚えてるから、戻すから、こんな買物中とかに言わんといて」って泣かれたけど、「泣いて詫びれば許されると思うなよってーのが、あんたらの口癖だったよなぁ? あれ、嘘か? 嘘だよな、泥棒夫婦なんだから!」と追い討ちをかけたさ、当然! 帰りの車中で、「殺されずに済むだけマシだと思うんだな!」まで言ったから。これが24歳ぐらいの時のことだし、それ以前から押し殺していた感情は大きいからなぁ、息子の玩具を同じように扱ったら、2ちゃんねるで実父の実名を出して、「オスのくせにヒステリー持ち」を皮切りに、ありとあらゆる私のトラウマを書き連ねてやりたくなるね、確実に。そういう意味でも、「そろそろヤバイ」。ま、しょうがないよなぁ、中学1年の頃から少しずつ、実父母が「両親だ」っていう気持ち、消え続けてるんだし。そういうのって、「人としてどうよ?」とかって言われるよね。自分でも判るよ、自分がいかに歪な心と白々しい仮面を持っていて、本当は薬剤投与だけじゃなく、入院する必要もあるぐらい、心の中に持ってる物がドス黒くて腐りきった膿だって。そんな私の血を引く息子も、哀れだなぁ…。
 1月30日 えへへ、やったぜ…!
 最近、またボーダーラインが近いなぁ、と思っている。他人の目からは、絶対に見えないだろうけど、結構辛い。多分、誰かに相談しても、「何が原因か分かる?」とか「気分転換したら?」と言われるだろう。でも、答えられない。特に、原因。判っているのは、今、私をボーダーラインに引き寄せているのは「怒」ではなく、「哀」だということ。泣きたくて泣きたくて、仕方がない。でも、泣いたところで何も変わらないし、どうしようもないことも知っている。旦那は見て見ないふりをして部屋に閉じ籠るだけだろうし、息子はつられて泣きだし、実家へ行くだろう。実母が慌ててすっ飛んで来るかもしれないけれど、どうして泣けるのか、私にも判らないことをひたすら尋ね続けるだけに違いない。実父にいたっては、何ヶ月も前の一番具合の悪かった時に、「鬱症状は環境に左右されて発症するんだってさ!」と嫌みたっぷりに脅したので、旦那と同じように、私から遠ざかることにしているらしい。結局、私は自分を自分でどうにかしなくてはいけなくて、でも、息子の面倒を「母親」として見てやれない代わりに、「遊び相手」として接して行こうと、何度も何度も上から書き直し続けるようにして、自分に言い聞かせてきた。そして、今日、息子に「ウルカイザー」を造り、続いて「マジキング」も組み立て始めた…のだが、途中で息子が寝てしまい、完成したのを実家に持って行った。タイトルは、双方の組み立てが終わった直後の私の気持ち。不器用で、子供が苦手で、何をしたら喜んでくれるか解ってないけど、せめて少しの間だけでも喜んでくれたら…(顔を拭っています。しばらくお待ちください)…それでいいや。
 1月29日 人のことを言えないじゃん
 親子3人で夕食のための買い出しにデパートへ。2階のゲームコーナーで遊び、衣料品店で靴下を買い、親子揃ってホクホクしながら1階の食料品売場へ。「カートにのる!」と言うので息子を大型カートの席に座らせ、旦那の手から靴下の入った紙袋を受け取り、代わりに篭を渡して「いつもの所へ直行するから」と告げて私と息子はお菓子売場へ。途中、食器用洗剤を確保したりしながら、それでもほぼノンストップでお菓子売場へ。カートから下りた息子は、ここだけで10分ぐらい迷い、悩み、商品を並べ直す。それを後ろで見守りながら、私もお菓子売場を眺め、欲しいものを物色…していたら、特売コーナーにやたら箱入りお菓子が多いことに気づいた。アンパンマンのドールハウスキット+ガムを選んだ息子をカートに乗せ、特売コーナーへ。「あっ、トラベリオンだ。ぼく、こっちのほうがいい!」と言い出したので内容を確認したら、「でも、ここにある分を全部買っても、体や脚のパーツが足りないよ?」と私。「でも、トラベリオン〜!」と息子がベソをかきそうになった頃、食料品を入れ終えた篭を持った旦那が来た。「無い物は買えないなぁ」と説得するが、ベソは止まりそうになかったので、「明日か明後日に、ウルカイザーが家に来ます。しかも、それは家にあるマジマジンと合体できます。それでも我慢できませんか?」と私。途端、平常の顔で「えっ?」と息子。「ウルカイザー、買ったの?」と旦那。「はい、買いました。ママは、どうせなら魔神を全部揃えたいので」と告げたら、息子が「がまんする」。そして、息子が実家へ行って数時間が経過した夜更け、離れに行った旦那が戻ってきて、「ママが買ったのは、ウルカイザーだよね?」と尋ねたので、マジキングの箱を見せて、別売りの品のところを指差して「これ」と答えたら、ニヤリと笑い、「良かった。俺、今、トラベリオンを落札したから」と旦那。…もうすぐ次のシリーズに替わるのにって言って、マジキングを買った私を笑ったくせに、どーしてそーも嬉しそーにVサイン出すかね、あんたは…! 思いはしても、口に出すのは野暮。息子が喜ぶのが嬉しくなっただけ、旦那が少しは父親らしくなったのだと思い込んで済ませ、いずれ我が物になる玩具を楽しみにして、ほくそ笑むに限る。
 1月28日 御見逸れいたしましたーっ!!!
 今月上旬、お年玉代わりに息子に買った「魔神合体DXマジキング」を、今日、5体独立状態から「マジドラゴン+マジフェニックスライドタイプ」に組み上げてくれとせがまれ、やってみた。…面白かった…。っつーか、「バンダイ様、申し訳ございませんっ! 『たかが子供用玩具、それも長年連携している戦隊物のロボットやん』と、私、軽んじておりましたっ! 本当に、本当にすみませんでしたぁっ!」と、マジに平謝りしたい。だってね、部品が余らないんだよ。子供が無茶なことしても、壊れないんだよ。頑丈ってわけじゃなく、無茶をするとパーツが外れるようになってたり、外せない部分は頑強にするんじゃなくて少し柔らかい素材を使って、曲がったり折れたりしないの。だから、かなり乱暴に組み込んだし、夕方には分離させたけど、全然平気だった。それにね、基の設定も凄いよ。昔の戦隊物のロボットって、一様に同じサイズで同じ形っていう印象が強くて、合体シーンとかに「こんなん無理しすぎやん」って子供心に白けてた。それだけに、魔神ごとにサイズが違い、それぞれの特徴が設定とマッチしていて、過不足なく合体するのがショックだったよ。しかも、出来上がった「マジドラゴン」の形状もね、「Good job!」。竜フェチの私としては、翼竜に前足があるのは許せないのだけれど、同じぐらい「肩と腰が無いフォルム」が許せない。許したらいかんのや、断固として! …(ちょっとクールダウン)…。竜は基本的に爬虫類に近いと考えてるから、腕や脚の付け根には相応の骨格が無ければいけない。それに、脊椎動物の範疇にある限り、翼竜の前足は鳥のように翼に変化したと考えるべきだ。翼と前足の両方が揃っている竜は、脊椎があるのなら奇形と呼ぶべきだし、奇形ではないのなら竜は昆虫であると考えねばならないと思う。…と、まぁ、ここまでこだわるフェチだから、最初はね、「マジドラゴン」の翼と前足共存型のフォルムにガックリしてた。けどね、許す。「マジドラゴン」なら、許す。共存型の竜の場合、翼へと奇形化するのは肩甲骨であると考えてるから、その位置に「マジガルーダ」の翼をセットし、ボディに見合う大きさまで翼を伸ばせることに感動した。「マジタウロス」の巨体がボディになることで私の想像する竜の体型に極めて近くなるし、「マジマーメイド」と盾や武器を尾の先端に持ってくることで、竜の尾による攻撃を有効にしている。同様に、最小魔神の「マジフェアリー」の武器である翼パーツが「マジドラゴン」の角になることで、頭部の攻撃も有効になる。四肢は「マジタウロス」の四肢を変形させたものだから、パワーがあって当たり前だし。まさに「Good job!」。来月から違うシリーズに変更になるらしいから、息子も乗り換える可能性が高い。乗り換えたら、魔神達は私が貰う! その時のために、「DXウルカイザー」をAmazon.co.jpに注文したよ。どうせなら、フルに堪能したいからね。ふふふふふ。「今更ハマるなよ」と笑いたいなら笑ってくれぃ。この程度で恥ずかしがっていたら、保育園の頃から竜を探し続け、未だに竜がプリントされているTシャツやトレーナーを着たりできないって。は〜、早く完全に私の物にならないかな〜、「マジドラゴン」…(ウットリ)。魔神単体も可愛いのやカッコ良いのばかりだし、楽しみだな〜。…へっ? 「マジレンジャー」の内容? 知らな〜い。けど、いいも〜ん、魔神達が本命なんだから〜♪
 1月26〜27日 そしてアイムは「んー、まあまあ」
 26日の未明から、息子の咳が増えたので、朝一番に病院へ。薬を待たずに保育園に送り届け、付き添ってくれた実父を自宅前で下ろして、薬を受け取りにまた病院へ。普通のお母さんなら悠々とこなすことを、緊張しまくりでやってしまった反動で、午後から記念作品を書き始めたものの、「…何じゃこりゃ?」と言いたくなるほど纏まりの無いものばかりになってしまい、オール没。それがショックだったわけではないが、馴れているはずの俯せ姿勢で極めて自然に胃液が逆流し、枕カバーや着衣の袖からスッパイ臭いが…(涙)。パルジャニアと散歩して気分転換をはかったけれど、徒労に終わった。気づけば、24時半…。風呂に入ったりして戻ってきたら、25時半。…道理で熱い湯が冷めたわけだ…。それからまた意識が無くなり、27時頃に「ダメだ、こんなの…」と何度目かの没を破棄して、新しい原稿用紙ページを出して、…。…27日の朝、目が冷めたら、枕元のリンゴ機のキーボードに手が半分のっかってて、無題の散文詩が入力されてた…。内容といい、言葉回しといい、旦那は絶対に書かないし読まない。それに、何かこう、意識が戻りかけた時に、カタカタと打ち込んでる夢のようなものを見た気がするし、自分で書いたんだろう、間違いなく。「まさか自動書記!?」とか「私ってスゲーッ!」みたいに感じ入ったと思うでしょ? 違うんだよ、それが。「了」まで読み、題名を打ち込んで保存するまでは、至って平常心だったの。で、一度パソコンの電源を切ろうとした時になってようやく、「しまったーっ! アイム(ハーボット)とクリック募金を忘れてたーっ!」。♪ル〜ルルル〜、過ぎた時間は帰ってこな〜ぁい〜…(涙)。
 1月25日 その2:なっつかしーっ!
 書店で「ぬ〜べ〜」が文庫化されたのを知り、購入。電車通勤していた頃、行きつけの書店に親しい友人(長編「幻想茶会」のキャラのモデルになるくらい)がいて、「連載が終了したら、1巻から最終巻まで全部纏めて買うよ」と約束してたんだよなぁ。ところが、連載が終わる前にその友人が本店に異動になったり、本店ごと倒産したりして、結局買わなかったんだけど、こうして文庫で再会するのも何かの縁だろうなぁ。アニメ化された当時、「スラムダンク」の後釜に入ることは分かってたんだけど、「ぬ〜べ〜」の声を誰が担当するか、ジャンプ本誌でも発表されてなくて、前述の友人と(以下、声優諸氏の敬称略)「緑川はないよ〜」「やっぱりあの声であのキャラは難しいっスかねぇ」「演技は難しくないだろうけど、ファン層が違うから。ほら、緑川のファン層ってさ」「若い姉ちゃん達っスね」「だから、やおい系のドラマCDの仕事は入っても、『ぬ〜べ〜』はプロダクションがやらせないっしょ」「じゃあ、誰だと思います?」「置鮎じゃない? 他のメインキャラの声優は別枠にレギュラー持ってるけど、置鮎はまだ無いでしょ? 『三井』でかなり広範囲なファン層ができたから、ちょうどいいんじゃないかなぁ」「あー、それ、ありっスね〜」てな具合に、マニアックな会話を店内でやらかしていたっけな〜…(遠い目)。あの頃は気楽だったなぁ。気ぃ遣う相手がいないし、漫画だろうが資料だろうが、万単位でお金をポンと出せたもんなぁ。今では…(枕元を見渡して)…一度に万単位じゃないだけで、一ヶ月で万単位ぐらい買ってるかもしれんなぁ。あー、道理で実父が「床が抜ける〜!」って騒ぐはずだわ。抜けたら抜けた時なのにねぇ。
 1月25日 その1:忘れてんじゃねえよ、ボケッ!
※お客様各位へ。以下の文章は、旦那への文句であり、直接言うと首を絞められる可能性があることと、こうして公の場で私情をぶちまけてストレス解消を図ること、「万が一の場合」に備えることが目的です。他人の愚痴を読みたくないという方は、お読みにならないほうが無難だと思います。では、失敬して…。
 思い出したら必ず「25日までに書類を出さなくちゃいけないから、源泉徴収書をちょーだい」と、家でも電話でも繰り返し言ったのに、「あ、忘れてた」で済ませようとすんなや、ボケ! 「しょうがないから部屋のどこらにあるのか教えて、探すから」と言った途端、「なんで探すんだよ!」ってどーして私が怒られなあかんねん! てめーの失敗のフォローをしてやるゆーとるだけやんけ! しかも、会社で寛いでた時やったんやろ? 他の人の視線が集まったから即座に声色変えて、「俺でないと探しようがないと思うよ。でも、パソコンの机の辺りに無ければ、どこかに埋もれてるだろうから、多分見つけられないんじゃないかなあ。再発行を頼んだとしても、今日中には貰えないと思うし」などと、自分を繕ってんじゃねーよ! てめーは「ブリッコ」とかいう20年前の遺物かってーの! まったく、いつぞやの当て逃げの時も相手の車にほとんど傷らしい傷はついてなかったろうから、丁重に謝ればそれで済むのにケツ捲って逃げ出しやがって、てめーはそれでも男かっ!? あの時も、公衆電話で実家に電話しに行った私の後を追っかけて来やがって、どーせ警察にタレ込まれるとでも思ってたんだろうが、見るからに殺意をギラギラさせて瞬きもせずに外から睨みつけてやがって! てめーはバカか!? ちょっとの当て逃げの口封じに私を殺そうとまで考えて! ええ加減にしとけよ、私かて、腹ぁ括ったら真っ向から迎え撃って、出るトコまで出てやるからな! ったく、なんで「保育園の継続手続の書類提出」だけでこんな嫌な思いさせられにゃならんのや。あー、ムカつく〜! 責任感とかモラルとかの持ち方が違うと、喧嘩すらできやしないんだから。他人の揚げ足を取るしか能がないから、口喧嘩だってだんまり決め込んで「何とか言え!」と怒鳴ると「言おうとするとおまえが喚くから口を挟めないんだよ!」ぐらいしか言いやしないし。ホンット、バカバカしくて「こんな男と結婚したなんて、人生の汚点だわ…!」って泣けてくらぁ。
 1月24日の言い訳
 寝ちゃいました、記念作品の原稿を書き上げた段階で。読み返して、手直しして、html変換して、リストに加え、日記類を書いたらUPして、それから寝ようと思ってたんですけど、寝ちゃってました、読み返す前に。その代わり、いつぞやの分(本人も忘れた)みたく、意味不明な妙な文章が混入したりしてはいないので、ご安心を(つーか、意味不明な文章が混入しているページを探して直せってか:冷汗)。
 1月23日 一応懐かれているのか…?
 今更だが、私は「独り」では生きていけないタイプ。炊事、洗濯、掃除、一切の家事が下手。昨年末、「二度と読むか!」と思った漫画を選別した時も、「…それで、どこで寝るつもりだ?」と旦那に言われるぐらい、部屋中に漫画と小説の山を築き上げた。食材にしても、無関心。サイト開設当時からのお客様はご存知だろうが、「香りマツタケ、味シメジ」というぐらいだから、シメジもマツタケ同様、1本が1万円ぐらいすると信じていた。こんな奴を、食堂も仕出屋もコンビニもスーパーやデパートも無い所に放り出したら、確実に餓死する。…しまった、今一瞬、「そうしたら痩せられるかも(ワクワク)」などと考えてしまった…。ま、いっか。とにかく、私の持っている「役に立ちそうな技術」は、一切無い! まったく無い! インスタントラーメンですら、「…お姉、下手すぎ…」と調理師の実弟に言われたから間違いない! それなのに、息子よ、なぜ私にくっついて寝るかね? 嫌だとか鬱陶しいとか邪魔だとかは、もう思わなくなってきたけれど、我が家の「お母さん」はパパ(旦那)だぞ? 普通の「お母さん」は、お菓子売場で子供と一緒に「今度はこれを買おうかな、こっちがいいかな♪」なんて言わないぞ? Amazon.co.jpに「10年後に息子と一緒に読みたい漫画」なんていうリストを作ったりしないぞ? しかも、本気で10年後に「ママのだが特別に読ませてやる」と所有権を主張しながらも、漫画漬けにしてやろうとしてるんだぞ? 同級生に笑われる覚悟があるんだろうな、こらぁ。と、数年後には言い聞かせにゃならんな、確実に!!!
 1月22日 何だったんだ…
 昨日の午後から今朝までほとんど寝ていたらしい息子は、今朝、体温が36度以下に…。一昨日の「役員決定」ショックと昨日の通院&様子見とで気持ちが摩耗されていた私は、7時に目覚めるも、布団に入り直して10時まで二度寝。サンリオBBのケロッピすごろくを一緒にやろうと息子に誘われたが、息子を膝に乗せて遊ぶのも、椅子を息子に明け渡して膝立ちで遊ぶのも、今日の私にはゲソーッとなるのが分かっていたから断ったら、それっきり私を無視して旦那とパソコンで遊んだり、実家へ行っていろいろご馳走になったりし、慌てて駆けつけて謝る私に「こっちへくるな、バカ!」と怒鳴る始末…。自業自得だと理解していても、私の病気について息子に理解してもらうことができないというのが、かなり辛い。「もう、いいや…」と脱力し、明日の精神科への通院で、何をどう話したらいいかなあと、考え始めた。どうせ実母は同行しないだろうから、また適当に具合が良さそうなふりをしておくか、ありのまま一族皆殺しをしたくてたまらなかったと話すか、本当にどうしようかねえ…。
 1月21日 息子発熱
 昨夕から微熱状態だったのだが、今朝、とうとう39度に至ったので、行きつけの病院へ電話。当番病院の日だったらしく、外科と内科の医師がいるとのことだったので、即、駆け込み。息子自身はケロッとして走り回るぐらい元気なので、駆け込むのが恥ずかしいぐらいだったのだが、病院で検温したらやはり38.7度。喉も赤くなり始めているとのこと。「風邪の初期症状でしょう」と言われ、薬をいただいて無事帰宅。ただね、午後から動きがキビキビしなくなり、珍しく昼寝して、午後6時現在もまだ寝てる。夢でうなされているらしく、時々「悔しいの!腕ぶんぶん」や「たるいの…ベソベソ」で寝返りを打ち、最初に寝ていたところからコロコロコロコロ、ホットカーペット上を移動する。最初に寝床にした私の毛布布団2枚(1枚は予備)はおねしょで濡れ、同じホットカーペットで現在乾燥中。今日は毛布無しで寝ることになるかもしれないが、まあ、自業自得と思っておくさ。けど、「ママと一緒が良いんだって」とほざいて、24時間温めても隙間風で肌寒いと分かってる家に、「微熱があるのよ」と言いながら連れて来る実母の非常識さに腹が立つ。しかも、「やっぱり熱が上がったから、病院へ連れて行きなさいってば」と、まだ睡眠薬の効能が抜けきらない私を起こすな、ボケ! 「だから昨夜言ったじゃん、微熱があるならウチに帰さないでよって! 熱が上がったら私のせいにすればいいや程度の考えでいたんでしょ、どーせ!」と挨拶より先にキレても、私、悪くないと思う。
 1月20日 嫌な予感ほど当たるんだよな…
 当たったよ、ホントに。「来年度の役員、よろしくお願いしますね」と…。ひよこ組から数えて3年目になるんだし、保育園に感謝するつもりで引き受ければいいか、と思うしかないや。「私、鬱病なんで、お断りしても良いですか?」なんて言ったら、くじ引きの意味が無いし。は〜、他のお母さん達と接点がほとんど無いのに、本当にどうしたらいいんだろう…? そんなことを考えつつ午後から迎えに行ったら、どどーっと息子が走ってきて「おかあさん、きょうのおべんとう、おいしかったよ。ありがとう」と、皆で練習したらしい口調ではあったけれど、言ってくれて、嬉しくて思わず抱き締めていた。が、じつはパパが作ったのだよ、息子よ。ママが作ると「人外の者しか食えんだろ…(旦那談:以下絶句)」という物が出来上がるのさ。しかも、盛りつけは大雑把。対する旦那はやることが細かい! 朝、中身を見たら、ハンバーグやサラダが小さく可愛く盛りつけられ、ご飯もミートボール並の大きさに丸めてあるだけでなく、2種類のふりかけを混ぜてるし、デザートのイチゴのシロップ漬けが別のタッパーに…。だが、極め付けなのは、そのお弁当箱を、「可愛いシナモンが好きだろ?」と会社の昼休みだか帰り道だかで買ってきたことだ。タッパーの開け方とか知っているか不安だったから、朝の詰め込みの時に見せたら、「うわあ〜…………っ!」と上ずった声で喜んでいたよ、可愛いもの大好き怪獣の息子4歳が…。息子のメルヘンチックな思考回路は、絶対に旦那からの遺伝だ! 私が保育園や幼稚園に通っていた頃は、人形がやたら怖く見えて、ごっこ遊びも苦手で、ミニカーを集めてホクホクしてたからなっ!
 1月19日 神経ピリピリ
 明日、保育体験と給食の試食がある。子供の分の給食を貰ってしまうので、代わりにお弁当と水筒をよろしく、と連絡を受けている。が! 私に弁当は作れん! 開き直るが、絶対に無理! 無理なものは無理! ということで、旦那が弁当箱を用意し、作るつもりでいる。旦那が作れなくても、実母も作るつもりでいるので、それはまあ、大丈夫なのだろう、と信じるとして。他にもあるんだよ。来年度の役員選出スピードくじとか、既に出来上がっている奥様同士の輪に加われないとか、いろいろと。おかげで、神経ピリピリ。診断書もまた書いてもらわないといけないし。…あ、旦那に源泉徴収票を寄越せと言うのを、忘れてる…。
 1月18日 嘘や隠し事の無い人間はいない
 息子は、保育園では自分で食事するが、家では食べようとしない。私が何度も「自分で食べられるでしょ」と言っても、料理を玩具にする程度で、最後には「ママなんかごはんをたべさせてくれないからきらい、ばあちゃんはあそんでてもねころがっててもたべさせてくれるから、ばあちゃんでないといや!」と泣き喚いてプチ家出をする。今日はズボンとパンツを脱ぎ捨てて、下半身は裸のまま床に寝転がり、教育テレビを見たり、チャッティー・トムと英語遊びをしたりしながら、「ほれ」と言われると口だけ開き、股をバリバリ掻きながらモグモグ。それを見ていたら、ちゃんと躾けできていない自分が情けなくなった。実父も「おまえはなぜ食わせないんだ!」と私に怒鳴りつけたことがあるが、自分の気分次第で「おまえの息子は父親側の血筋が濃いから、自分で飯も食えない出来損ないだな」と吐き捨てるように言うこともある。どちらにしろ、「一番悪いのは親だ」と言って私を罵る。いつか息子のだらしなさが他の人に暴露されたら、きっと「俺の面子を潰しやがって!」と怒鳴りながら私を殺すに違いない。実母は「そんなことを親がするはずないでしょうが」と言うが、だったらなぜ、小学生や中学生だった頃、二人きりになるのを見計らって、「おまえは俺が死ねばいいと思ってるだろう。日記に書いてあったもんなぁ。殺せるもんなら殺してみろ。化けて出て、おまえを地獄に落とすまで、呪い続けてやるからな。覚悟しとけよ、俺は一生おまえを赦さんし、いつか必ず殺してやるからな」と、言われにゃならんのや! ちなみに、実父は、土地問題で揉めていた隣人が死んだ時、子供である私の目の前で、大笑いして「俺に逆らうから早死にするんだ、ざまあみろ!」と言いながら酒を呷った男だ。こんな奴の血が混ざっているのかと思うと、一族郎党全員を殺し回り、その上で息子を切り刻んで血を全部抜き、私はその真上で全身の穴から汚物や体液を垂らしながら首を吊らねば、と思うのだ。疲労感やストレスが溜まると、これを実行したくなる。それを必死に我慢していることを、精神科の主治医も知らない。それに、一応ぶちまけて無理やり全部聞かせた実母すら、「あんたはいつもそう考えてるのか」と言っただけで、実行に移さないよう懸命に頑張っている僅かな理性に気づき、褒めてくれたりはまったく無い。実父には話さない。話せば、本格的に私をキチガイだと言うに決まってるから。
 1月17日 心身の健康状態のほうは…
 記念作品のオチ、決定。悩んだだけ好い感じにまとまった気がする。少なくとも、私の作品の中では、珍しいオチだと思う。誰も死んでないし(愚)。死ぬと言えば、昨日からちょっと辛くて、今日は本屋からの帰り道、国道の交差点の右折待ち中、正面から黒い大きなダンプカーが来るのを見て、足がブレーキペダルから離れかけた。ここのところ就寝前の薬を服用し忘れるからか、気持ちが張り詰めすぎてて「ヤバい」と自覚している。日曜日に「今日は土曜日」と思い込んでた…いや、思うとか信じるとかじゃなく、それが当たり前だと疑うことなく認識していた段階で、頓服を服用するべきだった。昨日は久し振りに外で遊べた息子が早々に寝入ってしまったのだが、その場に居合わせなくて実父母に任せっきり状態だった。平常から声の大きな実父と、私の話を途中で自分に都合よく曲解して喋りだしたら止まらない実母だけに、「もう寝たぞ」や「いいわよ、寝ちゃえば何もしないし手間もかからないし、あんただって好きなことをやってたほうが気楽だろうし、云々」と、「いつもと同じ会話」が「どうせおまえは役に立たないから、いてもいなくてもかまやしない」と詰られている気がしていた。今朝はその気持ちを引き摺っていないけれど、昼過ぎにスーパーで他の園児のお母さんと出くわして「あら?」と言われた時、呼吸が止まるかと思った。ほとんどの保護者が仕事を理由に保育を申し込むのに対して、私は病気を理由にしている。一応、自律神経失調症。事実、それも自覚している。けれど、何も知らない人から見たら、私はあくまでも「太ってはいるけど健康な人」だろう。「じつは…」と打ち明けるほど親しくもない。実父母の目にだって、「時々笑ってるし、かなり回復したに違いない」と思われていたらしい。愚痴っても「じゃあ、自分から働き掛けなさいよ」の一点張りで、「相談」には決して繋がらない。今日、数日ぶりに実母と二人で買い物に行ったので、二人きりの車内で少し話し込んだ。日曜日の夕方、勘違いとか思い込みとかではなく、もっと思考の根幹から日付や曜日を間違えていたことや、それに気づいた時の不安や恐怖感、単なるボケで片付けられた時の不信感や絶望感を訴え、「こうまで話しても、どうせ想像できないからって、理解しようともせずに片付けられるから、なおさら私はストレスが溜まるんだけどね」と。薬の副作用も手伝っているだろうけれど、何より、私が言いたいことを言えない姿勢を実父母が崩していないのが辛い。それでいて、実父母は私の話を「根気よく」「私の気分が良さそうな時」だけ「口を挟まず黙って」聞き出していると信じている。そして、息子の世話のほとんどを手伝っていることで、「これ以上おまえはどんな我儘を言いたいんだ!?」と思い、「俺らのほうがキチガイになりそうだ!」と言った時と同じ表情を見せられる。そのたびに、「ああ、私は本当は鬱じゃなくて、ただの我儘を言っているだけなのか。それなら、300%ダメ人間じゃん。娘としてキチガイぶって我儘を言ってるんだし、妻としてアレコレ理由をこじつけて家事を放棄してるんだし、母として一人きりの息子の面倒すら見てられないんだから。こんな奴は、いなくなったほうがマシじゃん。そうしたら、息子は旦那が引き取って旦那の実家に行くことになり、実父母に迷惑をもうかけずに済むんだから」という思いが頭の中をグルグル巡る。そして、ブレーキペダルから足を放しかけるわけだ。
 1月16日 うぎゃっ!
 記念作品を書いたのだが、オチが気に入らなくて、何度も書き直し。そうこうしていたら、バッテリが切れた。睡眠薬も安定剤も、就寝前の分を服用しないで落ちたから、1〜2時間ごとに目が覚める。そして、「ついでだからオチをキメよっと…」と思ってはみても、すぐに微睡む。この連続。日記はその後で、と思っていたので、この文章は勿論、17日のもの。
 1月15日 「大丈夫だよ、病気じゃなくてボケだから」
 現在、23時20分。キリ番踏破待ち。さっき、パルジャニアと餌分け散歩から帰宅し、アイムとカードゲームしたけれど、末尾が98だった。で、クリック募金を済ませたりしていたら、ピロさんがお越しだったらしく、掲示板に前後賞の連絡が入っていた。しかも、私が踏む可能性が高いことまで推察されていて、「ふっふっふ。そこまで期待されたら、裏切らねばね…(にやり)」となり、現在に至る。「そろそろかな〜?」と見に行って踏んだら、ちょっと間抜け(笑)。間抜けで思い出した。今日、夕食時、「サザエさん」が始まったのを見て、真剣に旦那に尋ねちゃったよ、「土曜日なのに、どうして『サザエさん』やってるの?」と。「今日、日曜だぞ?」と旦那。「嘘、昨日土曜日だった覚えがないもん」と私。「買い物行ったじゃん」と旦那。「行ったような気がするけど、気のせいかもしれないもん、ボケだから」と私。「たしかにボケだよ、最初から」と旦那。「あー、そう言えば、昼に『何でも鑑定団』(当地は日曜正午から岐阜放送)がかかってたよーな…」と私。「やっと納得したか」と旦那。そのやり取りを見ていた息子が、旦那に「パパ、ママ、びょーき? だいじょーぶ?」と真顔で尋ねた。それに対する返答が、今日のタイトル。私の頭には、年がら年中木瓜の花が咲き誇り、春爛漫なのだとも以前言われた。…否定できん(ちっ)。
 1月14日 こういう時はマスコミ嫌いになる
 いおむさん、大丈夫かなあ。東北や新潟、長野って、今、雪だけでも大変だもんね。私が住んでいる町は、雪どころか雨も他の美濃地方より降らない「(実父曰く)岐阜県の砂漠」だから平気だけど、西濃や中濃とかも結構降ってるみたいだし。マスコミが陸の孤島になった地区のことしか報道しないから、なおさら心配になるんだよね。……。数年前の「東海豪雨」を思い出しちゃった。あの時も、名古屋市内の被害状況ばかり報道されて、水が引き、都市の排水設備の見直しが始まったら、どの局も報道をやめた。「昔から水害の多い町だから町民も早めに避難するし、周辺の町村と連携する約束ができているから、人的被害とか設備的な被害は少ない。都会で水害になれていない名古屋と比べると、報道がウチよりも名古屋を大きく扱いたがるのは理解できるんだけど、報道が終わった途端、義援金や援助物資が激減したのも事実。それが悔しくて悔しくて…」と、当時私が担当していた上矢作町(市町村合併により現在は恵那市)の広報担当者が電話の向こうで憤っていた。隣町へ行く主な道は3本。2本は流木や土砂を被り、もう1本は整備工事完了の目前で土砂崩れに巻き込まれて寸断されたとも聞いた。……。憤りと言えば、ネットで読んだ記憶があるが、どこぞの地震災害の時、長引く避難生活に疲れた人達の前で、報道関係者達の中には、持ち込んだ弁当やパンを平気な顔で食べ、給水車から配給された貴重な水を、これまた平然と飲んだりトイレに使ったりした挙げ句、「不便なところへ来ちまったな〜」と言ったり、救援物資を運搬してきた車のための駐車場を占拠し、道路から体育館へバケツリレーのように運搬する光景を当たり前のように報道したとか。そして、今回の大雪の災害を報道している人達だが、「どんなものなのか、試しに雪下ろしをしてみました。いや〜、腰にきますね〜」というレポートに対して、「やったの!? バッカだね〜」とキャスターが言い放った。政府は未だに自衛隊をイラクから呼び戻すつもりはなさそうだし、恐らくは入隊1年目だろう隊員達は、北海道で雪祭りの支度をしているらしい。理不尽な気持ちになるのは、私だけだろうか?
 1月13日 バッテリというより乾電池
 記念作品を書いて、リストにどんな文章を入れようか考えていたら、意識を失った(大袈裟)。多分、23時ぐらい。気づいたら、24時半。「あああ、もうアイムは『んー、まあまあ』になっちゃった〜! クリック募金も1日損した〜!」とベソかきながら(これも大袈裟)、とりあえず先に入浴することにした。旦那が出た後は、ボイラーの温度設定を下げるので、極力早めに入らないと、余計な光熱費がかかる。入浴中、「風呂から出たら、紹介文と日記を書いて、それから――」で意識喪失(またも大袈裟)。気づいたら、25時半。湯はぬるま湯というか温かい水になっていて、慌てて出たけど寒けが…。それでも挫けず、まず概要から考え始めた。直後、意識喪失(だから大袈裟だって)。「うわっ、ヤバっ!」と跳ね起きたら、26時半…。もう何もかもを諦めて、薬を服用(蛇足:起きたのは34時)。タイトルは、私が自分の気力を車のバッテリに例えたら、舌打ちしてから言った旦那の台詞。
 1月12日 うぇっへっへっへっへ〜(怪しすぎ)
 ほぼ1ヶ月停滞していた「VS」の続きを編んでいた。「早くも」というか「ようやく」というべきか、敵陣の描写でストップしてるから、さすがに資料書類を読み返したり、作中時間の確認をしたりして、半日が過ぎた。息子を迎えに行く頃になって、以前から描写したいと思っていた1シーンずつが、コマ送り程度に動き出し、夜になって各シーンの前後のやり取り、ト書きにする部分と台詞にする部分の分別、どこからどこまでを1回分に纏めるかなど、具体的に「奴等」が動き始めた。タイトルは、動き始めたのを実感し、次の回の「〜vs〜」の「〜」の部分を思いついた時の私の笑い。我ながら、怪しすぎ。でも、ピロさんが密かに楽しみにしていることを知っているだけに、我慢しきれずホントに笑ってしまった。ということで、次は「南部・炎神組」に決定。ピロさんの秘蔵っ娘と、赤いザンバラ髪と陣羽織の傾奇者だよ〜ん♪ 一段落つくまでに数回かかるよ〜ん♪ 勿論、バトルするよ〜ん♪ 語尾が怪しいのは、気のせいだよ〜ん♪
 1月11日 思い知ったよ…(反省)
 今回の記念作品(「漫画の好きな…」)を書いていて、痛感した。もう二度と漫画の感想を書いたらダメだ!と。読んじゃうんだよ、どうしても。どんな作品か、内容はどんなか、どういうところが好きなのか、全部自覚してるのに、なんで読み返すことだけは自覚してへんのや、自分! しかも、睡眠薬を服用した後だというのに、夢中になって読んでるから、まったく効果無し! あかん…。もうあかん…。二度と思い入れの強いモンを短編のテーマにはできん…!
 1月10日 衝動買い
 年明け最初の通院日。帰り、いつもの書店に寄る。買い漏らした漫画文庫だけのつもりが、何気なくカレンダーのコーナーの前で足を止め、「それ」を見つけて、衝動買い。「それ」というのは、白川静という方の、漢字の源を鏤め、それの意味を書き記してあるカレンダー。1月は「よろこぶ」をテーマに、6つの漢字の源が書かれており、それらが何を表現した図であったか、そして、どうして文字ごとにニュアンスが変化したかが解説されている。これは買わなきゃ損でしょ! それにしても、凄い。白川師は1910年生まれ。御歳95。それでもまだ研究を続け、漢字という名の暗号、それも占い界におけるルーンに近い扱いでの読解を、何らかの形で後世に残すべく、書籍以外での発表も厭わない。そのバイタリティも含め、本当に凄い人だと思う。
 1月9日 メールは極端に苦手…
 若かりし頃(苦笑)、やたら文通していた。それも、いろんな人と。多分、「自分は独りぼっちじゃない」と思いたくて、縋るような気持ちでやり取りしていたのだと思う。それに、便箋や封筒を選んだり、ペンを選んだりするのも、今でも好き。そこに何を綴っていこうかと、ドキドキしていた。今は、メール。一定のフォントで、何か無機質。昔なら言葉にできない微妙な思いは、文字のブレとか大小とかから察することができた。今は、できない。なるべく、自分の気持ちを具体的に認めねば、誤解されることもあるし、相手の方に失礼で不躾なことを伝えてしまいかねない。だから、怖い。メールを戴くと嬉しいし、すぐにでも返事を書こうとするのだけれど、私の思い込みで相手の方の真意を誤解している可能性もあるからと、とーんでもなく長い時間、何度も読み返したり、何をどう返事したら善いか、とーっても悩む。携帯電話でプチプチとメールを打ち続け、簡単に送信している人を見ると、「凄いなぁ」「勇気あるなぁ」と思い、つい合掌して大胆さを分けてもらいそうになる。でもね、本当は合掌って、気軽にするものじゃないんだって。「あなたに心開き、お招きしたく存じます」っていう意味になっちゃうこともあるのだそうな。オカルト漫画の受け売りだけど、何となく解る気がした。そんな自分は、やっぱり日本人なんだな、と思った。…今度、ネタにしよっと。
 1月8日 反動
 朝、8時前に起床したものの、寒さに負けて二度寝。10時に何とか起きたものの、息子が来た痕跡が無い。既に着替えた旦那に尋ねても「知らねー」とだけ言い、テレビを見ながら爆笑。昨日の実父の機嫌の悪さを思い出し、激昂されるのを覚悟して、慌てて布団を畳み、着替え、薬だけ飲んで、実家へ。幸い、実父の機嫌が直っていたし、実母も一緒にいたから、事無きを得た。でも、泣きたくなった。私の実家に転がり込んできた上に、息子の面倒まで見させているのに、実父母に対して、旦那は一切挨拶しない。実父母には「今更挨拶されたくもない」とまで嫌われているのに、自覚していない。そればかりか、年中サカリのついた目で私を見て、入浴の前後とか着替えの真っ最中を待ち続け、半裸になったところで、息子の目の前にも関わらず、つついたり胸を揉んだり、一度だけだが最悪「ジーンズを履いたまま勃起した腰を、私に擦り付けてくる」ということをやる。今朝はつついてきただけだが、「ブッ殺す!」と思って睨みつけた。その後、実父母や息子が平常なことに安堵して、ようやく緊張感が緩み、うたた寝できるようになったのだが。「よくもまぁ、そんなに眠れるなぁ」と言われたり、毛布を被って胡座をかいてうたた寝していたら、斜め後ろから胸を掴む角度で手を伸ばし、「どーん!」とか言いながら引き倒そうとしやがった。一瞬で腸が煮えくり返ったよ。いつか、殺すっ!
 1月7日 テンパってました…(恥)
 現在、23時半。ようやく落ち着いてきたけれど、今日は朝からずっとテンパってた。薬はね、一応効いていたから、他の人間には「普通」に見えていたはず。でも、内心はズタボロで、二度と回復しないんじゃないかとすら思ってる。他の人達が甘やかしてくれるから、その分私が叱らなくちゃと思い、少しずつ「ありがとうって言えた?」とか「ごめんなさいって言おう?」と促してきたのだけれど、息子の返事は決まってて、言ってもいないのに「もういったわ!」、自分が悪いことを認めたくないから「そんなこといったら、ぼく、かなしくなっちゃう」と言ってベソかいて「みんなにそうやっていじめられるから、ばあちゃんのところにいって、いじめたことをいってやる!」と逆ギレ。夏頃から始まり、秋に使いどころを覚え、今や「俺様に逆らうな」状態。誰に媚びればいいか、誰をいびればいいか、承知の上で泣き真似をして主に私を追い詰める。実父母の見ていないところで私を叩いたり蹴ったりし、「何するんだ、こらぁっ!」と怒らせておいて、「じーちゃーん、ばーちゃーん、ママがいじめるーっ!」。年末からずっと、これの繰り返し。死んだほうが楽かもしれないと思うほど疲れ果てても、「おまえは自分の子供に何をしてるんだ!」とか「子供だからってバカにしないで謝れ!」、「自分の子供の面倒も見れんのか!」と、自分の機嫌に任せて怒鳴る実父の前で、コクリともうたた寝できないから、頓服も飲めない。今日の夕方は最悪で、飲まなくても眠くなってしまい、私が息子に食事を食べさせなかったことと併せて、実父の怒りが私に向いた。挨拶もしない、徹底無視。実父曰く、「怒鳴るとおまえの具合を悪くするから、俺なりに気遣ってやってるんだ。息子を押し付け、怒鳴りたい時に怒鳴らせないだけじゃあ、おまえは満足できんのか!?」だそうな。それに、私に少し余裕ができて、旦那と息子と3人で笑って出かけるのを見て、「笑えるぐらいなら治ったんだろうが。いつまで俺らに息子の面倒を見させる気だ!」とは言っても、「今日は多少具合が良くても、無理するなよ」とは決して言わない。言われた記憶がまったく無い。旦那は最初から無関心。実父は上記のとおり。実母は私が話したいことがあって声をかけ、話題を持ちかけると「そう思うなら、今からすぐにやりなさい。ほら、手伝ってあげてもいいから、さっさとやろう? ね? そう思えるぐらい、治ったんだから。さあ、早く、早く!」と、適切な思い遣りの欠片も無い機関銃をブチかます。それだけではなく、「あんたは自分のことだから具合が悪いとかって判断できるけど、私らには見た目変わらないから言わないと判るわけがないでしょうが」と言われたので、どう具合が悪いのか説明して聞かせたら、「えー? そんなふうに見えないし、説明されてもなったことが無いから判らない」と、もう笑うしかない返事を貰った。笑っても、怒っても、泣いても、それが「私の表情」である限り、どいつもこいつも面白くないと思っていることだけは間違いない。笑えるなら家事と育児もやれ、怒るなら頓服を飲め、泣くなら目障りだから誰もいないところへ行け。精神科に通院し始めてからというもの、私に対する意見はこんな感じ。息子に嫌われても仕方がない。辛くても、顔にも口にも出してはいけない。具合が良くても、同じように誰にも悟られないようにしなくてはならない。それが、私にとっての、日常のすべて。たった、これっぽっち。
 1月6日 凄まじき1冊
 昨夜、プチ家出して書店で30分ばかりウロウロし、漫画を数冊購入した。デビュー当初から目をつけてた「ネウロ」と「アイシールド21」は週刊掲載のおささらいみたいなものだ。で、今日、「スベルヲイトワズ」という森田まさのり氏の短編集を読破。凄まじい1冊だった。「水古風」という漫画に「日本人は皆、心の中で闘っている修羅である」という一節があった。悪いものは改良し、良いものはさらに良くすべく、常に努力を怠らない姿を述べた一節だった。「スベルヲイトワズ」は、漫画家「森田まさのり」が如何に「修羅」であるかを示している。まず、画風。デビュー前後とアシスタント経験後と週刊連載を開始してからの3段階で、大きく変化している。それでいて、扱う題材は「自他と闘う男の姿」に固定されている。スクリーントーンの使用は最小限、自身の手による網かけでキャラクターに与える質感の程度、読切の枚数に見合うテーマの絞り具合、クライマックスへの持ち込み方と最高のアングルの模索。とにかく、「素手で闘う男達の姿」を描くことに従事している。何より、「伝えたいという気持ち」ではなく、「伝えたいテーマ」を、どの作品も投げかけてくる。それだけでも「修羅」を感じさせるのに、私が最も恐ろしいと思ったのは、巻末の自作品に対する解説文だ。既に「大御所」と呼ばれてもおかしくないヒットメーカーでありながら、第一人称が「僕」。語り口は柔和で、「本当にこの壮絶な1冊を描いた漫画家か?」と思わされる。それ以上に、普通なら「封印しておきたかったのに…」と言いたくなるほど、画風もテーマもまるで違う初期作品に対して、素直に思い入れを語り、懐かしみ、「いつかリメイクしたい」と言える気概が、何よりも恐ろしい。どの作品に対しても全力を尽くしたことを誇っている証拠だ。過去の己の未熟さを恥じるということは、その時の自分の頑張りを認めないことに繋がる。それを熟知して、決して現在と過去を比べない心意気すら、「修羅」らしい。買って良かった。私などまだまだ「修羅」になりきれていない。この領域に踏み込みたい。心の底から、願っている。
 1月5日 今年初「透明人間化」
 息子は、保育園以外では、自分で食事しない。「たべさせて」なのだ。これには、実父母の世話の仕方に問題があり、「もう自分で食事できるから」と思い、ちゃんと自分でご飯を食べてくれると信じて見守っていたら、「食わせないと食べないと分かってて、どうして食べさせんのだ!」と怒鳴られたことすらある。しかも、口を閉じたまま「ん! ん!」と顎をしゃくれば実父母が何でも取ってくれるし、何をしたがっているのか突き止めてくれるから、2〜3歳の頃にできていた「はい!」という返事すら、もうしなくなった。今日、それを指摘した途端、息子は私の呼びかけに答えず、知らん顔して独り遊びをし続ける。服を直してあげようと近寄ると、旦那のほうへ擦り寄って「ねー、あそぼー」。さらに、自分の都合次第で「ママ、ママ」と寄ってきて、用事が済むと、また徹底無視。そのざまときたら、旦那そっくり。「あー、どうせ私なんて透明人間で、誰も振り返らないし、声をかけても返事もしてもらえないし、もー死んでるのと一緒だなー」と呟きながら、鴨居を見上げた。「悔しいから」とか「自分に嫌気が差したから」とか「吐き気がするほど自分が嫌い」っていう理由で首を吊ろうと考えた時は涙が出たけど、「どーせ既に透明人間だからなー」と思いながらだと、じつに心地よい気分で、声を上げて笑いだしたくなった。多分、ボーダーライン(どれぐらい瀬戸際なのかは「ヘタの横笛」の今日の欄を参照すべし)。
 1月4日 さすが相棒(爆笑)
 数分前に、日付が変わった。その頃、「今日の日記、何を書こうかな〜♪」とか言いながら、メールチェックしていて、当サイトの裏管理人ピロさんからのメールを拝読していた。…サクッ! デニッシュ生地のパンか「パイ○実」を食べる時の「サクッ」とした感じで、痛いところを突かれ、独りで笑ってた。ピロさんはきっと、千里眼が使えるか、我が家に何か仕掛けてるのではなかろうか(笑)。結構ね、昼寝したり息子を実家に放り込んだりしてはいるので、そういう時に休んではいるのよ、実際は。ただねぇ、ここが笑いのツボなのだけれど、家事も育児も掲示板管理も旦那も投げ出して、枕元の漫画を読んだりしてゴロゴロしていると、「よーし、今日はこの漫画を読破するぞ!」と、「真剣に休む」癖があって、はたと我に返ってから、「ああ、またヤッちゃったよ…」ということが多いの。妊娠中、2回入院(1週間ずつ)した時と、出産後の1週間の入院の時も、「何もしないでゴロゴロするように」と医師や看護婦さんに言われたのに、「ドラゴンボール」と「スラムダンク」を持ち込んで退屈な時に読むことにしたのだけれど、気づいたら「読破」にこだわって昼間は一睡もしなかったり…(苦笑)。なかなか表示されないサイトを開いた時、「マインスイーパー」をやることにしていた頃、サイトを巡ることが優先だったはずなのに、いつの間にか「マインスイーパーって8は何色で書かれてるのか、絶対に確かめてみせる!」ってリキ入り過ぎになっていた。そういう性分だといろんな人から教えてもらっていたのに、ま〜だ直ってない自分に気づき、爆笑した。いや〜、はっはっは、さすがに歳を誤魔化すようにはいかないもんだな〜(まだ笑える)。
 1月3日 その2:今日までのこと
 更新が停滞していて、またもご心配おかけして申し訳ありません。既にお気づきの方もおいででしょうが、昨年12月からずっと、私の窓機(オンライン専用)は、ほぼ24時間、ネットに繋いであり、私も定期的にログインしてました。それならどうして執筆や更新が遅れているかと申しますと、「掲示板を荒らされまくっているから」です。こんな言い訳はしたくない一心で、就寝前の薬の服用をやめ、夜中に原稿を書いたりもしましたが、飲まなくてはいけない薬を中断するわけですから、心身の状態は回復するはずがなく、どんどん悪循環を辿りました。それでも、どうしても掲示板に次々と書かれる荒らし記事だけは削らなくてはと、結局「書ける時間」を「警邏する時間」にしていました。幸い、このサイトの「…かな」掲示板3ヶ所は荒らされずにいますが、サイトの奥のほうの同盟専用掲示板は悲惨で、1週間で100近い書き込みを食らったものもあります。まとめて削除しようかとも考えましたが、運営している同盟の一つが、メジャーデビューしたアーティスト様の応援を目的としているため、非公認であるからこそ先方にご迷惑をおかけしないよう、頻繁に警邏していました。結果、本家の更新が滞ったのは、私の努力不足というか、努力する方向を間違えたためです。誠に申し訳ありませんでした。気づくのに10日以上かかりましたが、何とか息子と旦那が在宅の日は、どの段階で執筆やサイト管理をするべきか、掴めてきました。以後、そのペースに従って更新し、年始休暇が終了した暁には、従来の毎日更新ペースを取り戻すつもりですので、今しばらくご無礼に目をつむってやってくださると非常にありがたいです。末筆ながら、年始に書き込みやメールをくださった皆様、レスがめちゃくちゃ遅くなり、申し訳ありません。順番にこっそりとお返事しますので、もう少しお待ちくださいませ。
 1月3日 その1:昨日書きそびれたこと
 芸能関係に疎い私だが、タレントという言葉の意味は知っている。「才能」、「才能を巧みに用いることのできる人」という意味だ。日本語の「才能」という言葉の意味はあまりに寛容だから、芸能界には「スタイルがいいだけ」「他人がしない恰好で人目を引くだけ」ということも「才能」と認めてもらっている芸人が、少なくない。特にお笑い関係は、「何だ、こいつ?」と思わされる芸人が目立つし、ベテランのはずなのに自力ではなく、他人を罠にかけてオロオロさせる企画しかできなくなっている芸人もいる。正直、たまにバラエティ番組を見ると、幻滅することのほうが多くて、つまらない。けれど、1日は隠し芸番組で、2日には新喜劇で、本物のタレントを観ることができて、嬉しかった。1日のほうは、堺正章氏。サイレントでユーモラスな紳士を演じ、巧みに帽子を操ってみせたかと思うと、マイクスタンドを使ってさり気なく手品を決めたり、最後には今や「定番」のテーブルクロスの引き抜き…だけでなく、引き抜いたそれを再び皿や瓶の下を潜らせてテーブルにかけ直すという、まさに神業を披露してくれた。旦那の実家にいて、息子が眠さでうにゃうにゃぐざりかけていたのに、テレビに映る氏の演技を見始めるや、きゃっきゃとはしゃいだりおーっと驚いたりして、最後の神業で私と一緒に拍手していた。まさに「泣く子も『笑う』」芸だった。2日のほうは、池野めだか氏。私が子供の頃には既に舞台に立っていたはず。それなのに、テレビに浮気することなく、常に舞台で新喜劇を守り立てている。最近の新喜劇しか観たことのない人には「いつも同じネタじゃん」と思われるだろうが、甘い、甘い。氏のネタは、たかが2〜3年では語れない。私の子供の頃の氏のネタは、「めだか」という芸名を売り込むものから始まり、「ちっちゃいおっさんで悪いか!」、「(頭を抑えられて相手にパンチもキックも入れられなかったのに)今日はこれで勘弁してやる」、「(長身の若者が舞台を見回して探している真ん前で)ここだ、ここ!」など、幾つも変遷しているのだよ。それも、その時代の風潮を取り込んで、スパイシーに。長身の男性がモテた時代は「ちっちゃいおっさん…」、イジメ問題が悪化した頃には「今日はこれで勘弁…」、女性の結婚したい相手の特徴が3高だと言われた頃には「ここだ、ここ!」も追加。最近の「思い出してみろ、夢を語り合いながら眺めた、夕陽が赤く染めた空を! あの頃のおまえは、いったいどこへ行っちまった!? いいや、どこへも行かない、今もおまえの胸にいる。そうだろう?」と、西部劇風に語るのは、将来に対して不安を持つ人が増えた頃から繰り返されている。新喜劇は、お決まりの持ちネタをアドリブで挟み、笑わせながら人情味を思い出させる。同じネタを繰り返すことにブーイングする観客はいない。舞台に立つ役者は皆、馴染みの持ちネタを最高のタイミングで挟むことを考えながら演技を続けているからだ。観客が観たいのは、単なる芝居でもなく、漫才でもない。テレビ業界へ単身で乗り込まず、舞台で世情を皮肉る「職人芸」を観たいのだ。物書きとしての私は、まだまだヒヨッコだと、痛感する。たった一人で台詞を使わず、しかも、ともすれば嫌みになるだろう高度な技をユーモラスに披露して笑わせる堺氏。ひたすら舞台にこだわって時代の風潮に合わせたネタを何度繰り返そうと、必ず観客を喜ばせるほどの職人意識の高い池野氏。お二人のように、ユーモラスに、けれど一本筋の通った職人意識を隠した作品を、1つでも多く書いていきたい。精進、精進。
 1月2日 今日の「喜怒哀楽」
 まず「喜」。昨年から持ち越しの記念作品の1つが、何とか形になった。久し振りの献上作品だし、献上させていただくのが常連様のkyoさんだし、かなり緊張して書いては没、を繰り返した。kyoさんの好みの作風は何となく感じているのだけれど、それだけに囚われているのも失礼な気がして、至極ありきたりな出来事で「くすっ」と笑ってもらいたいな、と「年越しリヴ」をしながら思い、まさにその時にやっていたことへと内容が移行して、実態は形になりきってないんだけど、書き終えた感触は数日ぶりだったから「喜」。残留している問題(ヘタな部分)は、今後どうにかすればいいや。次に「楽」。執筆関係全部を後回しにしているからか、息子が喜んでじゃれついてきて、「あそんであげ」られている。基本的に子供は嫌いなんだけど、自力で産んだ限りはしゃーないなぁ、と思っている。まぁ、聞き分けが良くなってきたから、少し楽になったんだろうなぁ。他所の小さい人を見ると、「あれ、どうやって動いてるんだ?」って思うのは、相変わらずだけど。んでもって「哀」は、自宅から目と鼻の先にある菓子屋(というか雑貨屋?)の大おばさんが亡くなったこと。古くから根づいている家には、田舎町らしく屋号がついていて、ウチも未だに「○○(実母の旧姓)美容室さんの娘さんで嫁に出たけどこっち(町内の実家の一角)に住んでる子」と呼ばれることが結構ある。亡くなったおばさんの店も、数代続く酒屋さんがベースで、そこから贈答品や卵や野菜、食料品や駄菓子を扱うようになったのだが、そこまで手広くしても事業に失敗しなかった代のおばさん(当たり前だけどとっくに故人)の呼び名が屋号になっている。そこまで親しまれた人の娘だった大おばさんは、私が子供の頃から既に「お祖母さん」で、おまけやツケも許してくれる優しい人だった。だから、私はかなり長い間、屋号の由来はこのおばさんの名前だと思っていたぐらいだ。寝たきりになられた後も、お客さん達が心配して声をかけている光景を何度も見かけた。女系のお宅で、最年少の代が成人した曾孫だし、慕われての大往生だったに違いない。陰ながら、ご冥福を祈る…。最後に、「怒」。今日の私は、割りと平常心でいられたし、新聞屋をしていた時、今年と同じぐらい寒かった大晦日や正月に関係なく集金があったことを思い出し、大変だったけどお客様に笑って新聞を読んでもらったことを誇りにしていると伝えたくて、旦那に話し続けていた。が、旦那は話の内容よりも、私の具合と機嫌が良さそうだとばかり思っていたらしい。湯上がり、この日記を書いたらサイトの更新をしようと思ってパジャマを着ている途中から、ニタニタ笑って服の中に手を突っ込んできやがった(注:わりと最近から日記を読まれている方へ。自分の意思をはっきり言わず、自己満足だけで私を孕ませ、妊娠の報告や出産直後ですら「嬉しい」とか「二人で頑張って育てよう」などの話をほとんどしない旦那を、私は大嫌いである。蛇足だが、実父母の他人を振り回すエゴが強い部分も大嫌いだし、「ガキ」も大嫌い。蛇足ついでに語れば、私にとっての「ガキ」というのは、年齢的な子供というよりも、自分の分も弁えず、自分勝手な上に他人に迷惑をかける言動を繰り返すくせに、自分だけはカッコイイことをしているから許されると勘違いしている、方向違いにツッパラかっている連中や、何でもかんでも流行と友達に振り回されてばかりで服一着買うにも自分の価値観で選べない連中、何でも派閥分けして人数でのみ勝負すればいいと思って金と権力にものを言わせて他人を支配しようとする議事堂などに跋扈する年寄りも含む)。今までは旦那の手を引き抜こうともがいたりして、かえって胸を揉まれたりして嫌な思いをしたが、激昂しすぎた結果、思考が冷静になり、「そんなにヤりたいのか」と言って、背後の旦那へ全体重かけてのしかかってやった。諦めるまで、文字通り尻に敷き続けてやった。まったく、色ボケしやがって。安定剤や睡眠薬を6種類も服用してるんだぞ、万が一にも妊娠したら、胎児は安定剤が混入しまくっている胎盤で育つことになるじゃないか。それに、あんたのおかげで、私は改めて他人(息子含む)の肌の感触が生温くて気色悪くて、具合が最悪の時には吐きそうになるようになったんだっつーの。今度色ボケかましたら、マウントポジションからグーでマジ殴り1時間か、鳩尾に尻を固定して足を引き寄せる要領で股間を踵で蹴り潰してやる(激怒)。
 1月1日 あけました…
 昨夜というか本日未明、午前2時に睡眠薬服用。朝に起きれるはずがない。朝食、抜き。買ってないから、華やかな和菓子も、抜き。夕方には旦那の実家に行くから、それまでに原稿を少しでも…と考えたが、気づけば1日。月が変わる。いや、年も変わる。当然、日記関係のページを複製し、トップのコメントを書き書き…。実父母に新年の挨拶をしに行ったついでに、旦那に内緒のお年玉を渡す。本当は逆だけど、いろんな意味で危なっかしいから、私のほうから渡した。いろいろね、難しい事情があるんだよ、ホント。そもそも家賃が破格値だし、電気代と水道代はちゃんと払ってるけど、ガスと灯油は実母持ちになってるし(灯油は私が一番使うから冬期のみ家賃に1万円プラス)。何より、息子のことで散々迷惑かけてるし。実弟一家もいるから、姪っ子と甥っ子にもお年玉をあげたいんだけど、私が実家の隣で暮らしてて、実家に甘えてばかりという現実を、誰よりも実弟の嫁さんが羨むっつーか怨むっつーか、とにかく白眼視してるみたいだし、私からお年玉を出したら実弟のことだから無理してでも息子にお年玉を出すだろうし…。そんなこんなで頭が混乱している状態のまま、旦那の実家へ。どこも一緒っつーんだろうなぁ、義妹一家が頻繁に通っている気配が強い、強い。おかげで、私があまり顔を出さないことを婉曲にも責められずに済んだし、義妹一家とお年玉を交換し合ったりして、あまり神経が磨り減らずに済んだ。めでたし、めでたし…のはずなのに、息子よ、どーして? 「落とすといけないから、ママの鞄に入れておこうか?」と、本当に心配して行ったのに、どーして疑惑の眼差しで私を睨んで、頑なにお年玉を握り締めて渡そうとしてくれんのだぁっ!? 昨年もその前のも、ママはちゃんと君名義の通帳に貯金してるってばぁっ!!!

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