ものぐさ日記

お百度詣りを始めてからというもの自分自身を見つめ直し続けています
将来に夢を馳せて笑っていた「本来の自分」とは異なる現在の自分に驚きます
「優等生」の仮面を被った「自信満々の俺」へと変わっていきたいです

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 6月30日 OD・ワンダーランド(?)
 夕食時、いろいろあって、実父がキレた。きっかけは、息子と姪っ子が砂まみれで押しかけ、我慢している実父の横で走るし跳ねるし喧嘩するしドツキ合うし。最年長の息子が真っ先に怒鳴られ、しょぼくれた息子を見て1歳年下の姪っ子が「やーい、しかられた〜」と嘲笑して怒鳴られ、魚の煮付けに失敗した実母が怒鳴られ、延々と愚痴っぽくぶつぶつ呟き続ける嫁さんが怒鳴られ、席を外した息子を宥めて反省させてから私が一緒に戻った途端「どいつもこいつもグチグチ言いやがって!」と怒声を上げて今度は実父が退場し、真上の部屋の真ん中で床を思いきり蹴りつけたらしい音がした(中学・高校時代の私が時々やっていた)。それ以降、息子は逃げ出したい一心で、どうせすぐに喧嘩する姪っ子を誘って、黙って遊びに出ようと庭へ。姪っ子もろくに食べてないのに「あたしわるくないもん」と呪文のように3回言ってからついて行こうとする。私が自宅の玄関から息子を呼んでも返事をしないし、嫁さんは席を立たないまま姪っ子を呼ぶだけだし、何も解っていない甥っ子すら捕獲したのは実母だし、2階から再び実父が「おまえらどこへ行く気や!呼んどるのが聞こえんか!」と半径200mぐらいまで丸聞こえの罵声を…。とにかく息子を引き摺って自宅に戻ったものの、辛い…。何しろ、息子は「自宅」ではお菓子以外食べない。旦那の休日ですら、「お祖母ちゃんに食べさせてもらわないと食べられんもん」と言って、家出。家出先の「実家」でも、実母に凭れてテレビを見たり玩具で遊んだり本を読んだりしながら、箸が近づいた時に口を開けるだけ。保育園では自力で箸を使って食べるのに、朝食と夕食、休日の昼食は、絶対に自分で食べない。最近では、姪っ子が真似し始め、さらには自分が叱られたと自覚すると同席していない人間(主にパパ=実弟)に食べさせてもらわないと食べられないと、大泣きしてみせるようになった。どうしても食べさせるには、叱ったことを謝れという命令に従わねばならない。そうした「あまりにも親の躾が情け無いことを体現している孫共」と、「そいつらを甘やかしている親共」とを、実父は日頃から憎悪している。私は精神科に通院していることもあって、直接怒鳴られることは無いが、婉曲に罵倒されているのは感じている。当たり前だ。だからこそ仮面鬱(本当は鬱状態にあるのだが、無意識にそれを隠し、代わりに原因不明の体調不良に陥ったりする状態。2〜3年前の日記にある「肝臓が痛い」はその典型)になったのだから。自宅で何とか落ち着いた息子は、実母から「食べさせてやれ」と渡されたおにぎりを無視して、DVDを見始めた。私が反省を促そうとすると、完全無視。「ああ、やっぱりこのガキはあの知ったかぶり男にソックリだ。だったら、もう私が何を言おうと、何をしようと、無駄だ…」と思った途端、涙が出てきて、それを拭うつもりで続き部屋にあるハンカチを探しに行ったのだが、気づいたらユーロジン(入眠剤の1種で、2週間分より多く処方することは禁じられている)を数えていた。薬物自殺をしたくなったのだと自覚したので、安定剤と入眠剤の致死量を調べたら、万単位以上必要だと判明し、哀しくなった。「私には自殺することも許されないのか」と。それでもありったけの薬を全部服用し、薄着で家出して、路肩で眠ってしまえば、運輸会社のトラックに轢かれるか凍死するかできたと思う。けれど、やめた。死ぬことも殺すことも、カウンセラーのお姉さんから始まって、親友、姐のように慕っている先輩、ネット仲間、これから活躍するはずだった憧れの音楽家、毎日詣でている氏神様と産土神様など、絶対に嘘をつきたくない人達と「やらない、それだけは頑張る」と約束したから。一方的なのも多いけど。とりあえず、その約束を今日は守れた。OD、しなかった。これは、こっそり自慢してもいい…かなぁ?
 6月29日 ベルマーク・ワンダーランド
 今月の半ばに、保育園の保護者会役員でベルマークを数えた。その時、初めて知った。ベルマークって、専門の協会とかがあるんじゃなくて、各メーカーに「何点のベルマークが何枚入ってます」って書き込む専用封筒に入れて送付するという事実を。封筒だけで、何枚だよ…。しかも、何点分か、送り手側で数えるのかよ…。作業中は、眩暈がするかと思った。けれど、「前年にデジカメを買っていただけたので、今年はできれば、安くてもいいのでプリンタをお願いします」と園長先生に言われたからね、「頑張るよ、皆!」と会長さんを始め、盛り上がっている。デジカメとプリンタは園でのイベントを撮影し、即日掲示板で保護者全員に見てもらうための品。「その日の出来事がすぐに見られるんなら、絶対頑張れるよね!」と、役員全員が奮起するってものさな。私も例外ではなく、お菓子やラップ、文房具、生理用品など、少しぐらい高くつく場合もあるけれど、メーカーを乗り換えた。むふふ、プリンタ代、集めるよ、コレクター根性発揮して(何か違う)。
 6月28日 紫陽花・ワンダーランド
 息子より1歳年下の姪っ子が、キティちゃんの「いっしょにあいうえお」を持っているのを見て、息子も興味津々。そろそろ文字の練習をしたほうが良さそうだとは思っていたけど、玩具ではなくノートでと考えていたので、「い、今の時代、躾はビデオ、教育は玩具に任せるものなのっ!?」とオロオロ。そんな気持ちのまま、恒例のお百度に出かけたら、いつも見ているはずの景色の中の、あちこちに咲いている紫陽花が目に飛び込んできた。隣り合っている株なのに、片方は藍色、片方は紅色と、それぞれ違う色に染まっている。けれど、花の形は同じ。「ああ、どうしようって悩んでいる私も、こんなふうに形は同じなのに色が違って見える心の在り方になってるんだろうなぁ」などと思いつつ、少し気楽になった。焦ったところで、しかたがない――まだ色づく前の真っ白な株が、そう囁いた気がした。
 6月27日 スモール・ワンダーランド
 息子の保育園での様子を知るべく、保育参加に行ってきた。「参観」ではなく、「参加」。息子と一緒に、先生の指導の下で、廃材を利用した玩具を手作りするという企画。500mlのペットボトルを切り、魚に見立てて目を描いたり鱗としていろんな色のビニールテープの欠片を貼ったりと、大忙し。蓋も無駄にしないで、2つ組み合わせてカラフルなビニールテープで巻いたりしてカニやタコを作った、作った、息子そっちのけで。いや、息子はちゃんと鱗貼りや別口の魚釣りの魚に色を塗ったりしてたから、そっちのけでもない。ま、とにかく楽しかったからいいや(息子の感想は聞いてないけどな)。それにしても、さすが保育園、何もかもが小さい、小さい。テーブルも、椅子も、道具も、子供のサイズに合わせてあるから、普通のお母さんの2倍サイズの私には、何もかもがやたら小さく感じられて、「う〜ん、ガリバーの気分か?」てな具合。マジで痩せるべきやなぁ…。
 6月26日 マントラ・ワンダーランド
 ぐふふふふふ♪ 今日、遂に到着した、我が「最終兵器」が! 密教の本で、別著からの流用が多いらしいが、真言(マントラ)と手印にサンスクリット訳がついている、ヒッジョーにマニアックな本。これさえあれば、「VS」の深みをつけたい時に、バリバリ活躍してくれそうだ。ぐふふふふふっ♪ まずは手始めに、ピロ編集長のお気に入りのあの子から…。
 6月25日 ピロさん・ワンダーランド
 今日はcreate novelさんから「メルマガ掲載分の『X・D』(完全版)」をコピーするだけにとどめ、明日から作業しようと思っていたのだけれど。コピーしながら拝読したら、やっぱり面白くて、一気に読みたくなり、急遽全話一挙に掲載することにした。そうしたら、まぁ、今回の記念作品が見劣りしまくって、参った。でも、記念作品のタイトルと同じく「何も対策を講じない」ままの状態で掲載することに決定。いいんだ、久し振りにあのドキドキワクワクに逢えたから。
 6月24日 東映・ワンダーランド
 マジレンジャーのDVDに息子が飽きてきたことを口実に、私が見たいと思っているデカレンジャーのDVDを買おうと思っていたら、実弟に「レンタルで良いじゃん」と言われ、「なるほど」と手を打った。っつーわけで、1日1時間ずつ、デカレンジャーを初回から見ているわけだけど、旦那と息子は「もう見たことあるもん」。おかげで、東映のVSシリーズを見たり、デカレンジャーの蘊蓄を横から教えられたりして、台詞を聞きこぼしたりしてちょっと不満。ま、いいけどね。
 6月23日 Tシャツ・ワンダーランド
 今更だが、私は肥満体。デパートに出店している上品な服飾店(特に女性用の店)では、着れる服が無い。「大きなサイズ」よりも大きなサイズだから。なので、通信販売で下着とズボンは買っている。靴下はデパートの特売品のみ。じゃあ、上半身はどうするかと言うと、「ホームセンターなどに入っている、あまり上品ではない、少なくともスリムなマネキンの無い衣服屋」で、紳士物の大きなサイズコーナーを漁る。これがねぇ、楽しいんだよ。B級品や型落ちも時々あるし、何より、私の大好きな竜柄物、和柄物が多くて、しかも2Lのはずなのにデパートの服飾店の2Lよりも大きくて、着心地が好い。おかげで、私の持っているTシャツのほとんどが、ヤンチャな絵柄のどでかいものになり、ホクホク。だが!「中には外国人観光客が喜びそうな、絵柄と脇の文字が食い違ってる『なんちゃって』柄も見かけるようになったなぁ」と考え、ハッとして後悔した…。「…外国人観光客が喜ぶっつーか、在日外国人向けの衣服なんじゃねぇの? 不必要に和柄だし、同じ2Lでもアメリカンサイズだし…」と、気づいてしまったから…。在日外国人と言えば、名古屋へ通勤していた頃、深夜に帰宅したある日、同じ駅で降りた色黒の外国人男性に声をかけられ、英語で「良かったら交際しませんか?」って言われた時も、ヤンチャな竜柄Tシャツを着てたっけ。…(のめり込んだ穴から這いずり上がり中)…。い、いんだもん! 和柄も竜柄も大好きだもん! いつか痩せて元の体重に戻っても、同じようにヤンチャな服を着るもん!
 6月22日 自分らしさって何?
 続きを書くべく、中断している長編を読み返している。途切れたところまでくると、そこまでに考えていたことを思い出す。どれも、間違いなく私の考えていることが詰め込まれていて、どれか一つでも未完のまま廃しては、「私」は完成しないと感じる。それと同時に、中断している理由も心の底から蘇る。「怖い」と。馬鹿馬鹿しくて一笑に伏されるだろうが、私は長編を書き終えるのが、非常に怖い。最初に中断した「TORAT」は、極めて怖いと思わされる。テーマがある。粗筋も完成している。その骨組みにつけるべき「肉」と流すべき「血」も、書き進むに従って定まり、残るは「いかに大団円を演出するか」のみ。けれど、骨組みの中でも一番肝心な「腰骨」に相当する「テーマ」が、私の心の中にあるものの中でも最も弱い「受け継がれていく情愛」であるだけに、書き終えたくない。書き終えた瞬間に、心の中のものも塊となって、変化させることが罪悪のような気持ちになってしまうのが、怖い。他の未完長編についても同様で、書きたい気持ちと書いてはいけないという怖れがせめぎ合っている。最終話を書くことは、自分の定めたテーマの完結ではないと、知っている。知っていて、なお、怖い。自分の心の未熟さが露見するから、なのだとも思う。いつまでも未完のままにして書き上げずにいれば、怖れはさらに大きくなると知っているのに、まだ進めない自分を振り返り、再び「怖い」と思う。「幻想茶会」を中断し、その前段とも言える「かんながら…」を書き始めたのは、多分、「一つの物語を終わらせることが、そのテーマに対する自分の考えの終わりではない」と実感を得たいがためだと、うっすらと自覚している。「VS」の中でザンバラ髪の野郎が暴れたい一心で、私の思考にも殴り込んでくる。その姿に、「私も二十歳の頃はこんなふうに怖いもの知らずで、『本職』相手に喧嘩をふっかけたこともあったっけ」と、ノスタルジーに浸ったりもする。「母親らしくありたい」気持ちから、私は昔の「ささくれ立った棘だらけの自分」を封じ込めてきた。けれど、そろそろ解放し、「肉親や友人にも平気で蹴りを入れる荒くれ者」の一面を出してもかまわない…かもしれない。少なくとも、チンピラを尻込みさせた、噴出し身に纏えるほど濃厚な「気迫」を出すべき時に出さねば、また心が壊れてしまいかねない気がする。とりあえず、まずは「アンデレ一家」を血祭り(油祭り?)にしよう、と思う。
 6月19〜21日 定着した…?
 午後から執筆し、翌朝に更新というペースだったので、「正確には更新日が違うやん」と思い、午前中に執筆し、夜中に更新というペースに変更しようと思い立った。が、それが間違いだった…。定着したのは、22時から23時の間にバッテリが切れることのみ。当然、日記は書きかけ、通院日は買物もすると昼間は何もできず終い、何も書いていないから夜に何とかしようとし、保育園で昼寝が始まった息子が寝てくれなくて結局何もできず…。おまけに、胃腸風邪のせいで夜中に嘔吐と下痢が始まった日、睡眠時無呼吸症候群緩和のためのマスクを強引にひっぺがしてトイレに駆け込んだため、数日ぶりに装着して電源を入れたら、最初から強風が出てきて、眠かったのに眠気が吹き飛んでいった。これでまた、昼間、眠くてウトウトし続けるんだろうなぁ。少し遠いけど、メンテ担当のお姉ちゃんに電話して、相談しなくちゃ…。家で24時間ウトウトし続けるのはともかく、運転中もウトウトしちゃうからなぁ。確か、送風量の調整は医師を通した検査結果に基づいてやるって話だったから、また耳鼻科に行くのか…。「寝てたでしょ?鼾、聞こえたし」って毎回言われるんだよなぁ。それに、イレギュラーで診察受けるなら、甲状腺のほうの検査もしてこいって実父母から言われてるし。首に違和感は無いけど、だから「怖い」んだよね。亢進症だと激痩せするけど、低下症だと激太りするのが、甲状腺の機能障害の特徴だそうで、確かに激太りしたけど、不節制のためだと思うんだよなぁ。てなわけで、妊娠中にやった「夕食のメインはキャベツの千切り」を始めた。それと、サントリーの新しいお茶!クマザサや竹葉の成分が入っているからか、私には「飲むとお腹が緩くなる」状態になる。胃腸風邪が治ってからも、ずっとゆるゆる。トイレットペーパーが早く減るのは難点だけど、販促用のタオルハンカチは全種類揃ってホクホク。歩くとダラダラ汗をかくから、1枚でも多く汗拭き用のハンカチが欲しいんだよ。以前集めていた「丸ネコハンカチ」は、全部息子に奪われたし(それも30枚近く:涙)。何とかっていう高価なお茶は生活費に響くから買えないけど、サントリーの新茶は他のジュース類と同じ金額だし、「ヤバすぎか?」って思うまで続けてみるか。…っと、もう(22日の)3時じゃん。寝なくちゃなぁ。でも、吹き飛んだ眠気が買えってこねぇ…。昼夜逆転…か?
 6月18日 「これ書いた奴、とっとと続き書け!」
 ようやく生活ペースが定着したし、日常の時間の多くを割かねばならなかった掲示板のスパム対処も済んだし、「よっしゃ!長編の続きを書くぞ!」と意気込んだものの。…先週の発熱で記憶がリセットされ、物語の場面や今後の展開の仕方の一部をド忘れした…。ということで、夜、「VS」を読み返した。まぁ、自分が書いた文章だし、これまでの粗筋の確認と、何気にバラまいた伏線の確認が主な目的だったんだけど…「何、これ!面白いやん!で、何故ここで途切れとんねん!書いた奴、責任取ってちゃんと最後まで書けや!」と、いつの間にかすっかり読者と化していた…。あああ、ピロ編集長にキツいツッコミを入れられそうや…(自業自得)。それに、「TORAT」もなぁ、「幻想茶会」もなぁ、「かんながら…」もなぁ、目次を見ただけで「責任者、出てこい!」って思っただなんて、はぁ、口が裂けても言えんよなぁ…(文字入力ならええんかぃ!)。
 6月17日 「猫だからさ」(シャアの口調で)
 昨日目撃した子猫達は、どうやら親猫に捨てられたらしい。昨夜からあちこちで鳴き続けてたが、親猫の声はまったく聞こえなかった。そして今朝、いきなり息子の泣き声がしたので慌てて外に出たら、息子はケロッとしていた。どうやら、姪っ子が泣き真似していたらしい。が、実弟宅のほうでは別の鳴き声が…。「昨夜からウチの縁の下で鳴きっぱなしでさ、うるせぇのなんのって」と、実弟が煙草をくわえたまま顎で縁の下を差した。そこに、例の子猫達が並び、実父が張った網を潜れないと鳴いていた。「あっちの隅から入ったんだから、同じところから出ろってぇの」と実弟がムカついていたので、「無理、無理」と私は答えた。作品に書いたこともあるが、数年前、側溝で遊んでいて出口が分からなくなった黒猫がいた。猫は、遊んでいる間、自分がどこから入ったとかどこから来たとか、まったく記憶しようとしないものなのだ。入った場所らしい個所の網を上げ、そこから実弟宅の前のガレージまで鰹節を蒔き、おびき出し作戦開始。警戒している子猫達が3匹とも網を潜るようになった頃、触りたがる息子と姪っ子が歩み寄り、失敗。二人が飽きて少し離れた場所で遊び始めたら、網から離れた場所の鰹節を食べるようになり、私がゆっくりと立ち上がり始めたら、「どうして猫に餌をやってるんだ!」と実父が激怒してやって来て、また縁の下に…。恨めしく思いながら事情を話したら、しぶしぶ引き下がったものの、殺気が充満してるから、また子猫達の出待ちになった。そして、また外に出てきて、もう網を潜る前に捕獲できる間合いができたので、とっとと網を下げ、縁の下の処置は実父母に任せ、私は驚いて散り散りになった3匹の回収に。慌てて狭い場所に逃げ込んだものの狭すぎて身動きとれなくなって鳴くやつ、絶対に掴まらないだろうと思って物陰に隠れたのに物を動かされて発見されて腰を抜かすやつ、要領良く人間の手の届かない場所に入り込んだものの出入り口を息子と姪っ子に挟まれて硬直するやつと、まぁ、子猫の時ですら個性が出る、出る。腰を抜かしたり逃げそこなった2匹をガシッと掴み、「ほれ、合流♪」と息子達を追い払って逃がしたら、3匹揃って目を真ん丸にしてしばらくじぃっと観察されてしまった…。実父は、近所から婉曲に、それも保健所を経由して「野良猫に餌をやるな」と言われたことを恨んでいて、「(保健所に電話した)K宅かO宅へ行け!」と遠くから子猫達に怒鳴った。実母は実父ほどではないが、やんわりと「捕まえたのならこの買物袋に入れて遠くへ捨ててきて」。実弟は捨てに行く役割が嫌で、そそくさと出勤。嫁さんは妊娠中だから論外。なので、私は先を取った。「捕獲されると保健所に連れていかれて殺されるから、とっとと親猫のいるOさん宅かKさん宅か、餌をくれそうなTさん宅へ行けよ〜」と、3軒先(O、K、T宅含む)まで聞こえるように大きな声で言った。当然、「猫さん達、殺されるのぉっ?」と息子がベソをかき始めた。私の狙いどおり(ニヤリ)。「そうだよ。しかもね、KさんもOさんも大人は皆、自分で猫を捕まえるのが嫌だから、わざわざ保健所を通して猫好きのママに捕獲させろって言うんだよ。卑怯だよね〜」と言ってやった。ちょうど実母の店に、猫を飼っている家のお婆さんが来ていて、「本当?酷いことするねぇ」と言ってくれたので、実父母は持っていたビニール袋を見られないように隠した(ざま〜みろ)。その後、子猫達は半日かけて敷地を巡り、親猫を探したが、より安全な場所を見つけたのだろう、雨が降りだす前に敷地の外へ引っ越した。結果的に、私は野良猫を3匹、作ったことになる。だが、後ろ指を差される謂れはない。実弟は「餓死した猫の死骸の上で暮らすのが嫌」、嫁さんは「面倒だから関わり合いたくない」、実母は「捨てる時に恨めしそうに見られるから嫌」、OさんやKさんは「糞尿が臭いし生ゴミを漁るから文句を言うだけ」、実父は「卑怯なやり口で文句を言われたから猫には断じて餌をやらん」のだから。どいつもこいつも、子猫の顔を見て「可愛い顔してる」と言ったくせに、勝手すぎる。それなら、私だって言わせてもらう。「子猫にとって、梅雨は人間以上の恐怖であり、自然淘汰の最初の関門だから、逃がしてやったんだ」と。生きている限り、食べ物を自力で探す。それが生ゴミなのは、生ゴミを出す生活をしている人間が傍にいるからだ。食べれば排泄するのが当たり前。その場所が庭先なのは、そこにしか土が剥き出しになっている場所が無いからだ。猫達の生活を脅かしているのは、当たり前に生きている人間共だ。まだ何もできない子猫達に「死ね」と言う前に、生ゴミを出さない生活を心がけたり、猫除け対策を思いつく限り行うべきだ。餌を貰っている野良猫は、生ゴミを漁らない。むしろ、生ゴミを狙って集まるカラスを捕ろうとする。屋外に出たゴキブリやネズミを捕まえる。ペットボトルを置いても猫は平気な顔をするが、定期的にナフタリンを蒔く場所には入らない。それらを無視して「捨ててこい」「保健所に連れていけ」という大人達を、私は許せない。猫には猫の権利がある。そして、猫同士の生き残り戦争を日夜繰り広げている。今日、縁の下から脱出できた子猫達は、まだガリガリに痩せていた。親猫とはぐれたか見捨てられたままである限り、この梅雨空の下で凍え死ぬ可能性が高い。うまく寝床を発見しても、そこは確実に他の猫のテリトリー内だろう。大人の猫ですら梅雨時は食べ物に困る。自分の子猫にミルクを与えるために、一番弱そうな自分の子供を食い殺してしまうほどに。そして、子供を食い殺した母猫は、たいてい子供にテリトリーを譲って姿をくらましてしまうほど、罪悪感を抱くようだ。10年以上、野良猫達を見て、母猫から留守番を申しつかったこともある私から見れば、猫よりも人間のほうが罪深く、卑怯で卑劣な生物だ。「ごめん、食べ物はもう出せないから、他所の土地へ行って、面倒見のいい大人の猫に巡り合ってくれ」としか、子猫達に言えなかった。その「他所の土地」の多くが猫嫌いなおばはん共の家の敷地だというのは、皮肉でも何でもない。当たり前のことだ。「嫌いだ、来るな」と言えば猫がいなくなると勘違いし、猫を追い払う方法を知らないのだから。本当に猫のことを知っている家ほど、猫に干渉しないし、猫も干渉しない。理由は、「猫だから」。猫だから、恩義を感じて信じたら裏切らない。猫だから、大好きな同居人間に迷惑をかけないよう、立ち去るタイミングを心得ている。猫だから、嫌なことをする家の庭に素知らぬ顔で落とし物をする。それだけのことなのだ。願わくば、今日助けた子猫達が梅雨を乗り越え、立派な野良猫に育ってくれますように。助けた温義など忘れていいから、猫のことを理解してくれる人間の近くで暮らせますように…。
 6月16日 ベルマークと子猫
 総会以来、初めての保護者会役員の活動が、ベルマーク委員会。デジカメの記憶媒体から直接データを拾って印刷するタイプのプリンタが、保育園からの要望。昨年度からの繰り越し分が3万数千円あるので、1万数千点を集めれば、一番安いプリンタを買えるとのこと。「ふーん、そうなのかぁ。じゃあ、頑張って皆で点数を数えれば良いんだな」と思ったら。「各メーカー別に分けてから、それぞれの点数が何枚あるのかを、専用の封筒に記入してください」と言われ、皆して茫然…。80社以上あるから、まずは番号を書いた手作り容器に仕分けし、点数と枚数が判明したものから順に封筒に鉛筆で書き込み、書き込み…。はっきり言って、楽しかった。けれど、疲れもした。息子と一緒に帰宅したその少し後、偶然、隣家の小屋でこっそり産まれた子猫達を見た。3匹とも腹は白い。1匹はオレンジ色、他2匹は焦げ茶色の「何となく虎縞?」模様を羽織っている感じ。外の世界を探険できるようになったばかりのサイズで、今が一番可愛い頃合い。「みゃ〜お」と呼びかけたら、必死に「みゃあ!みゃあ!」と鳴いて答えて、可愛いの何のって…!めちゃくちゃ癒された♪
 6月15日 歩いても10分以内の場所
 初めて「レンタルビデオ店」に入った。VHSとDVDと分かれて並んでると予想してたんだけど、違うんだね。それに、外箱を持って「借ります」って言うんだと思ってたんだけど、中身の店専用ケースだけでいいんだね。何から何まで初めてで、ドキドキしたよ。唯一予想どおりだったのは、会員登録の段取り、かな。DVD1枚だけでも、商品である限り、現金と引き換えねばならないものだから、身分証明と保証金みたいなものは必要だろうと思ってたから、「出してください」って少し乱暴な口調で言われても気にならなかったな、珍しく。妊娠中は病院や図書館まで(どちらも片道徒歩20分前後)を歩いて通い、体重制限をクリアしたんだよね。今度は、あの頃よりも2〜3倍のダイエットをする必要がある(というか耳鼻科の医師に「体重を落とす努力をしなさい」と言われた)から、踵が痛くて辛いけど、それも元を糺せば肥満のせいだし、天気が良い日だけでも歩くようにしてみるか。で、肝心の「借りた品」というのが何かってことだけど、「デカレンジャー」だったりする(笑)。しかも、店の入り口で棚の横っ面をざっと見回しただけで、アニメ・特撮関係の棚を間違えずに発見した自分自身に、「よし、嗅覚は衰えてないな」と思ったよ…(爆)。蛇足:夕方息子と観たけれど、息子は「マジレンジャーのほうがいい」といって、1話だけ観てクールに入れ替えを強請ってくれた…(涙)。
 6月14日 も…もう…少しなんだ…(鼾)
 この欄は、正確には14日の34時(苦笑)に書いている。理由は、まぁ、書くまでもないだろうけど、「電池切れ」。春以来、私の体内時計が22時になると、「そろそろ充電してください」と警告が始まり、23時になるや強制的に充電中に切り替わる。日記を書いたらUPとか考えていても、何度も冷水で顔を洗っても、どうにもならない。だから「電池切れ」って言ってるんだけどね。は〜、睡眠薬無しで寝入ることができるようになったのは良しとしておくべきなんだろうなぁ。
 6月13日 とりあえず「ど〜かな」から設置するか
 昨夜、新しい掲示板のCGIに設定変更を加え、プロトタイプを作ってサーバに載せてみた。やはり、素人があれこれ画策したものだから、一発OKとはいかず、数回さらに変更を加えて何とか稼働するようにできた。さて、ここからが本番。まず、今までの掲示板のCGIに変更を加えて新たなリンク元(indexページの黄色の注意書きの最後)を作って、プロトタイプを削除してから本番のCGIをUPし直さにゃ〜な。残る「あるかな」と「つっこも〜かな」は、同じ作業の繰り返しだけど、ちゃんと間違えないように処理しなくちゃ。幸い、今朝の体温は35度台に戻ったから、知恵熱じゃないって証明できたし、やるだけのことはやるぞ、一応。
 6月12日 月曜日は実母の店は休み
 朝、まだ熱があったので、息子を休ませ、日中ずー……………………………っと独りで面倒を見た。朝は通常よりも1度体温が高く、夕方には再び38度まで上がった私独りで…。その間、実母は「そんなにあんたが苦しいなんて思わんかったから」、午前中は買物とクリーニング屋へ依頼に出かけ、午後は実家の2階で「二角取り」を3時間以上堪能したらしい。ふざけんな、ババア! マジで殺してやるって思った。昼食の段階で顔色が悪くなり始めていたし、「食べたくない」まで言ったのに! しかも、「そんなに辛いなら、息子を(実母に)預けなさいよ」と言っておきながら、顔も出さずにゲームやってただとぉ!? 私には「自分の子供なんだから、死ぬまで責任を持たなあかん!」と説教するくせに、てめぇは自分の娘に対して何の責任も取らんのかぁっ! 腹が立って、「殺意」が「自殺意識」になったってば。けれど、既に亡くなられた人達に「命を無駄にしない」と(勝手に)約束したから、我慢してるだけ。自分の命と、健康と、身近の物と、他の命を、必死に傷つけないように頑張ってるのに、どうしてそれを「もう病気は良くなったのね」で片付けるんだよ! 胃腸風邪の薬を飲むために側靭帯の痛み止めをやめてても、朝と夕方には9種類の薬を飲んでるっていうのに、なんで「もう治った、よかった、よかった」なんて言うんだよ!
 6月11日 息子よ、おまえもか…(すまんっ)!
 昨日、一緒に昼寝したママが悪かったよ…。夜中、ずーっと嘔吐し続けてたなんて…。「おかげで、一睡もできなかった」と、実母は気軽げに明るく言ったんだろうけど、かえって棘が大きくなってたよ…。朝一番に救急外来に運び込み、運良く小児科医が居合わせて様子を観察してくれて、点滴と処方で帰宅させてくれたことで、チャラにしてくれ…。それでダメなら、午後からママの具合も緩やか〜に悪化して、じつは一度また嘔吐しかけたことを、「ざまーみろ」と言ってくれ…。はうぅ…(断末魔)。
 6月10日 お、お百度だけでも…(倒)。
 未明というか、正確には日付が10日になって30分も経たない頃から、急激な下痢と吐き気に見舞われた。数日ぶりに無呼吸症候群緩和マスクを使っていたから、マスクを取ってトイレに駆け込むことになったのだけど、間に合わなかったよ…(恥)。以降、約2時間おきにトイレに駆け込み、水便とそれにそっくりな苦い茶色の何かを嘔吐。朝ご飯を食べるどころか、テレビから「シェフ」という音声が聞こえただけでも、吐き気がする始末。1時間かけて着替えて、「君は本当に人間かね」の医師のところへ…。お腹を中心に診察してもらったけれど、「ぐいっと押してもクッションが分厚くて痛くないだけかもしれないし、聴診器を当てても何も聞こえなかったりしないかなぁ」と自分の肥満具合を振り返って恥ずかしくなってきた。結局、診断は「胃腸風邪」。整腸剤を中心に処方してもらったのだが、帰宅後、急激に発熱して最高39度に。意識なんて半ば無くて、8時間もつはずの冷えピタが4時間でカラカラ。自力で車を運転して、診察を受けてきたのが嘘のよう。とにかく寝る。うとうとだらだらと。で、夕方、ふと思いつき、「ご…、ごめんね、いろいろと世話かけて…」と旦那に言ったら、旦那は一度台所へ行ってから、「とにかく風邪、治せ!」と言った。何だ、その間は。いつも感謝してないみたいじゃないか。そんなことを思いつつ、体温計、38.5度…。ダメだ…、お百度、行けない…(っつーか、日記も書くなってか:苦笑)。
 6月9日 寝不足状態でキレたので、つい…。
 昨夜の夜なべの結果(ブロック製ダイボウケン)は、今朝、息子の手によって1分足らずでパーツが外れ、「しまった」と思った息子はそれを隠して登園。帰宅後、パーツの分離に気づいたので直していたのだが、1つを直すと別のところが外れる始末。イライラしながら何とか組み上げたが、息子は呆気なく「ゴーゴービークルに作り直して」。プチッと来た。追撃の「僕は眠いから寝るけど、できるまでママ、寝ちゃダメだよ」で、ブチブチブチッ!と。頭を叩き、「何や、その言い草は!」から始まり、ダイボウケンに対する礼も述べずに理不尽な命令を言いつけたことを、怒ったとも。息子にしたら自分は悪くないと思いたいから、「だって」と言い訳をしてくる。それが3回を超えた時、私は息子のパジャマの襟をぐいっと掴み、平手打ちしながら「おまえ、何様や!」と、3軒先まで聞こえたに違いない大音量で怒鳴りつけた。連日の通院と夜なべで疲れ、まともに眠れず、イライラしていたとは言え、襟首掴んで平手打ちはマズかったかなぁ、と後で思った。ちなみに、これを書いている段階で、メルマガ「気楽にタロット!」はまだ発行できていない。あと1ブロック残っているから。
 6月8日 たまにしか頼られないから、つい…。
 メルマガ「気楽にタロット!」の発行日なのだが、今日中に送信するのは無理なようだ。前もって原稿を用意しておくつもりだったのに、通院とアッシーで昼間の時間を潰してしまったからなぁ。仕方がないので、今夜、夜なべして明朝発行しようと思ったら、「(昨日届いたボウケンジャーのブロックで)ダイボウケンを作って」と息子にせがまれ、つい「いいよ」と…。簡単だろうと踏んでいたが、後悔は10分と経たずにやって来た。完成したのが、23時までもう少し、という頃。書かねばならない記事は、4ブロック中の3ブロック。…どう考えても、打ち込んでいる途中で寝入る。激しく、後悔。
 6月7日 やりたいことはたくさんあるのに
 耳鼻科に通院。診察が遅れて、1時間待ち。名前を呼ばれるまで、また寝てた。だからかもしれないが、順番が最後になってた。そして、先月同様、医師が「寝てた?鼾が聞こえたし」と、診察の途中でニヤリ…。ええ、ええ、寝てましたよ。6月になってから、ロクでもないことが続いて、疲れまくってるのに寝不足続きなんでね。1時間以上待たされたら、眠って体調を調えようと、本能が反応するに決まってるじゃないッスか。昼飯を買い込んで帰宅した後も、ゆっくりできず。実母と買物に行き、帰宅してから息子を迎えに行き、夕食前に神社へ行き、食後に実弟一家と散歩に行くと息子が言い出したけど嫁さんと一緒に歩きたくなかったから独りで買物に出かけ、実父が激怒していそうだから帰りたくなくてデパートに立ち寄り、「あんな血脈なんぞ絶やしてやるために呪詛して死んでやる!」と「あんな雌達のために死んでたまるか!」の間で葛藤しながら、花屋さんのコーナーへ行って部屋と玄関に飾る花を選んで買って、「どーせ旦那は気づきもしないだろうなぁ…」と思いながら帰り、花を飾った。花、好いね。すっごく辛くて苦しいぐらい親族を皆殺しにしてやりたいっていう気持ちを、選んでる間から癒してくれた、「少なくとも息子だけは殺さないでおこう」レベルまで(苦笑)。愚痴を吐き散らして寝入ったらしい実父を確認してから、散歩組を迎えに行って、「おまえら他人だから他人にするのと同じことをしてやるよ」という気持ちを込めて、「手間かけさせて悪かったね」と言って実弟一家にお菓子を進呈。「そんな気ぃ使わなくていいのに」という嫁さんの言葉を、そのまま鵜呑みにしたはずもなく、こちらも「息子が面倒かけてて心苦しいから」と上辺だけの台詞を吐き捨て、帰宅。時は既に、耳鼻科に行くために運転用の眼鏡に換えてから、10時間ほど経過していた。その間、ずーっとウロウロしていたわけだ。バカバカしい時間の使い方をしちまったもんだよなぁ…。
 6月6日 激しい雷雨に雹が混ざってた
 日没後、急にタイトルのような天気になった。実父母と息子は驚いてたけど、私は「あー、またかぁ…」。だって、夕方、息子と二人きりで実家の2階から、真下で食事しながらグダグダ言い続けてる実弟の嫁さんの声を聞きながら、泣いたから。息子が実弟宅で姪っ子にいきなり喧嘩をふっかけたらしい。「△△(姪っ子の名前)は何もしてないのに、○○(息子の名前)がいきなり叩きに来て、もう何でそんなことをするのか、全然分からんわ!」から始まり、延々30分以上、息子を呼び捨てにして、抑揚は少ないくせにネットリと絡みつくイヤ〜な発声の仕方で捲し立て続けているのが、ずーっと聞こえてた。実家に来る直前から実弟宅へ戻る最中まで、延々とダラダラダラダラと、同席していても聞き取りにくい口先だけの話し方で喚く、喚く。2階まで聞こえないと思っていたかもしれないが、私は2階で25年(内4年半は不在だけど)暮らしてた。そこから3棟すべての音声を、抑揚と声質だけでも聞き取り、敷地+隣近所のどこに実母がいて、突然の電話や来客の応対のために、外へ飛び出して接客して実母を最短コースで探しに行くということを、ずーっと担当していたのだよ。それに、視力が0.1以下になってから20年ぐらい経ってるから、なおさら聴覚に頼る機会が増えたわけで、新聞屋時代には客がドアの向こうにいるかいないか、通りすがりに聞き取りながら配達や集金をしていたし。下から「○○(息子の名前呼び捨て)」と「お義姉さん」という言葉だけがハッキリと聞き取れるほど強く、他はいつもの2倍早い口調で話しているのが分かったから、「あー、この話し方は完全に激昂状態の人間のものだな」って判った。後で実母は「ほんなわけないやらぁ」と私に言ってたけど、その口調と言葉は、昔から変わらず、「私に対して理不尽なことまでボヤいた誰かを庇う態度」の時のものだったから、「あー、やっぱりね」と受け止めた。それに、実父の前で「嫁さん」と言っただけで、これまた延々と実父の嫁さんに対する愚痴と怒り文句を30分以上聞かされたし。姪っ子と喧嘩して2階に引き篭もった息子に食事させながら、泣いたよ、本当に。息子が「ママ、死んじゃわないでぇっ!」て泣きつくぐらい、真下で食事している連中を呪って、独りで恨めしく泣いた、泣いた。「いっそこの時、この場で自殺して、末代までも祟り殺してやろうか」とまで憎んだ、憎んだ。物心ついた頃から尊敬している大師と、たった一度の対面しか覚えてないけど「本物の霊能者(正確には預言者)」であった亡き神官殿、志し半ばで亡くなられた憧れの方、漂う空気が好きだからお百度を踏ませてもらっている産土神様と氏神様など、童心に還って仰ぎ見る方々のことを思い返して、恥ずかしい死に方をしないと誓い続けている自分を省みなかったら、息子の目の前でカッターで頚動脈を切ってただろう。昨年の今頃だったら、確実に息子を道連れに呪詛しながら死んでたね、間違いなく。よくまぁ、それを堪えたもんだと思ったよ。それだけに、自宅に戻ってしばらくしたら雷鳴が轟き始めたことに気づいた時、「あー、またかぁ…」だったわけ。他人は「そんなの、ただの偶然だろうが」ってバカにするけど、「ただの偶然」が四半世紀続いてたら、どーよ?少なくとも、旦那は信じるのを通りすぎて、呆れてた、「今度は怒ってたんかい…」って。突然の悪天候によるトラブルだかと人身事故とで、帰宅途中、電車が止まったらしい。「夏日の夜に雹かよ…」とボヤかれたが、勘弁しろって、あんたの嫁は「冷奴」なんだから。
 6月5日 あーどーすっかなー…(呆)
 実父は甲状腺機能亢進症。発症した頃から服用薬剤の量が安定するまでの間、激痩せ、手足の震え、黄疸(肝機能障害)などが激しかった。薬を服用し、症状が抑制されている今でも、完治には至らない。ホルモンを分泌する役目を持つ部分の発症だから、感情面にも大きく影響し、前述の症状が急激に進行していた間、実父を気遣って言った台詞を嫌みだと思い込まれ、土下座して謝らされ、それでも「一生許してやらん!死んでも呪ってやるからな!」と吐き捨てられた。それらについて、じつは私、今でも根に持ってるし、「まず実父から殺してやる!」とすら決めている。そんな私も甲状腺を傷めたことがある。「橋本病」という、甲状腺機能低下症の一種で、症状は亢進症とまるで反対。但し、発症した直後は亢進症と同じ状態になるため、病名が告げられるのは、甲状腺機能の異常を確認した数週間から数ヶ月後。でも、最初に通った病院には内分泌科は無く、大学の医学部から派遣される若手医師が毎月第1月曜に来るだけ。亢進症状が判明してから、最低でも2週間は前の検査結果を見て薬の処方となる。つまり、ひたすら「後手」に回るわけで、とっくに低下症に移行しているにもかかわらず亢進症の薬を服用する期間もあって、最終的には「甲状腺機能を抑制しながら、抑制した分に相当する甲状腺ホルモン剤を服用する」という、矛盾した処方となっていた。それが数年続いたし、大丈夫だろうとは思うんだけど、甲状腺も「一度具合が悪くなったら一生検査し続けたほうが良い」から、そろそろって言うか、もうかれこれ2年ぐらい検査してないから、医師に叱られそうな気がするんだよねぇ。ああ、行くべきか、行かざるべきか…。
 6月4日 息子はプリキュアのマスコットを選んだ
 以前から気になってたんだけど、先月は慶弔の出費が嵩んで赤字だったから我慢していた食玩を、今日、いつものスーパーが補充してくれていた(この「くれていた」だけでも我ながら苦笑ものやわ)。で、2週間チェックし続けた結果、1番人気らしくなかなか見かけなかった番号のを、少し考えてからカゴに入れた。全部で5種類あり、揃えるとおまけパーツでフル装備を楽しめるとか、メインパーツを外して組み立て直すとカッコ良さ気な変形を楽しめる。それは…「デュエルナイツ」!旦那に「買ってもいい?」と尋ねたら、顔を逸らして大きな溜息をつかれた。少々ムカついたので、来週までに揃えてやろうと思っている。「ふーん、ママ、今度はそれ集めるの?それ、男の子のやないの?」と覗き込んできた息子の手には、何やら可愛い物が…(タイトル参照)。どっちもどっちだ。金銭処理を自由にしているだけ、私のほうがタチが悪いか、やっぱり。
 6月3日 高いよーっ!狭いよーっ!怖いよーっ!
 午前中、マジレンジャーのDVDを息子と見まくった。それも、順番関係なく、「この話が好きーっ」「じゃあ、見よっか」の繰り返し。息子も一番好きだし、私も結構気に入っている「ちぃ兄ちゃん」こと「マジイエロー」メインの話のオンパレード。10枚以上あると、軽く2時間ぐらい潰せるものだ。で、満喫したので、午後はどうしようかと思っていたら、「シーソーのある公園に、散歩しようよ〜」と息子が言い出した。が、近所でシーソーがある公園は一つもなく、「どこの公園?」と訊いても近くの公園の名前しか言わず、困った。困ったので、車で片っ端から公園を巡ることに。そうして、やっと見つけた公園で、遊んでいた。シーソーやブランコが白馬と茶色の馬をあしらったデザインで、子供が喜んで握るハンドルや椅子になっていた。「一緒に遊ぼ!」と言われて座ったら、…馬の背が短くて、こんもり盛り上がっている尻尾の部分が尻に当たって、数分しか座っていられなかった。息子も集中力や注意力が散漫なので、すぐに別の遊具に目移りするから助かったけど。目移りした先には、鋼鉄の雲梯や網登りなどを組み合わせてあって、それを登っていくと、トンネル状の滑り台と普通の銀色の滑り台を滑れるアレが(説明が変でスマンッ)。それが気に入ったらしく、何度も息子が登ったり滑ったりしている。「楽しそうやな」と思って、私も登ってみたのだが…。あの遊具、踊り場の部分に雨水が溜まらないように、丸い小さな穴がたくさん空いてるんだね…。穴から地面が見えるし、登ったは良いけど、「怖くて降りれんよ〜っ(涙目)」。息子(4歳)に「ママ、傍に銀色の滑り台があるら?滑ればええんやて」と言われたが、「ママ、尻が大きすぎて、滑り台に嵌まりもしないよ〜っ(赤面)」。仕方なさそうに息子が「ほな、ゆっくりこっちへ降りやぁ」、「怖て動けへんよ〜っ」、「怖ないて。ちゃんと掴まるとこがあるで、ほれ、しっかり握って、ここに足かけてみ?」、「こう?」、「そうそう。ほら、ちゃんと降りれたらぁ?」、「うん、怖かったよ〜っ(マジにうるうる)」、「まぁ泣かんでもええやん」、「うん、ほやね」と…。あのね、マジで怖いんだって、高いとこ。トンネルタイプの滑り台なら滑れそうだったんだけど、体全体がでっぷりぽよんだから、狭そうだったし。狭いのもね、怖いんだってば。一番上に登った時、めちゃくちゃ後悔したもん。いつもより早く帰宅した旦那に報告したら、「…子供のほうが精神年齢、高いな、やっぱり」。報告するんじゃなかったよぉーっ!
 6月2日 現在29時(さすがに無理があるな)
 外が薄明るい。当たり前か。ま、いっか。旦那が起きてきて、朝ご飯の支度してるけど、もう一回寝るぞ、私ゃ。疲れたよ、今週は。自分の歯の治療もしたし、足の痛み止めやら湿布薬やらを処方してもらいに行ったし、〆の今日(昨日?)は息子を歯医者に連れてって大暴れされたし、一日置きに夕方散歩したし(これが一番辛い。何しろ、実弟一家に息子がついて行くんだから)。つい今し方、起きたての旦那に息子の歯の治療の報告と、頑張ったご褒美のゲームコーナーでの出来事の報告をしたんだけど、不愉快そうに「ふんっ!」と鼻を鳴らしただけだった。息子は息子なりに歯の治療に勇気を出したし、ゲームコーナーでも千円札で大好きなチョコボールが20個買えることを教えたら、「もっと遊ぶ!」などの我儘を言わずに考えて遊んでたのに。そりゃね、自分が稼いだ金の一部を無駄遣いされた気がして、不愉快だろうさ。でも、息子に金銭感覚が育ち始めたことを認めてほしいし、平日は息子が片親しかいない状態に淋しい思いをしていて、毎日姿を見る実弟に「パパ」と呼べる姪っ子達を羨ましいと思ってることや、その分も私が遊んだり褒めたり叱ったりしてることとか、ちゃんと理解してほしいよ、やっぱり。なのに、鼻で「ふんっ!」だけ…。旦那には仕事以外の出来事は、全部ばかばかしいだけってことなんだな、きっと。こんなことなら、プロポーズを断って、薄笑いを浮かべる旦那に絞め殺されてたほうが、よっぽどマシだったなぁ…(注:旦那はそういう人間であり、実際、高校時代に首を絞められたこともある。それに、ある店の駐車場で自ら無茶な運転をして接触しただけで逃走し、迷走した挙げ句、直後に公衆電話で実家に電話した私を追い詰め、「どこに電話して何を話したんだ」と殺気立って問い詰めてきた小心者。自分に不利益なことがあると、すぐに同じ状態になるのは、高校時代から変わっていないので、プロポーズを断ったら間違いなく絞め殺されていたと常々思ってるのだが、旦那は私がそういう目で見ていることに気づいていないか、知っていて愉悦に浸っているようだ。その根拠は、「本当におまえ、料理下手すぎるな。俺が調教してやるよ」と旦那が薄笑いを浮かべて言ったこと。結婚式から1ヶ月でこんな言葉を吐くなんざぁ、人間として問題があるとしか、私には思えない)。
 6月1日 もう4年だよ…(遠い目)
 昨年も似たようなことを書いたかな? 読み返すのは、怖いからやめとこ。何しろ、1〜2年前の自分って、ドツボのどん底を体重で潰し割って更に下降したところにいたからなぁ、絶対に半端じゃないドスグロいことを書いてるはずだもん。今年は比較的軽い気分で書けるのは、元凶は非常に気に入らない出来事だったけど、本来の自分自身の好みである参詣を続けてるおかげだろうなぁ。何しろ、雨女度が昔並に戻ったし。「普通の人」には変な目で見られそうだけど、私は物心ついた頃から「変な子」だった。中学・高校・大学時代には、「感情が昂ぶると即座に雨が降る」のが当たり前だった。今の旦那と結婚する前なんて、凄く楽しみにしていたライブへ行くと、必ず雷雨に見舞われちゃって、「…そんなに嬉しいの? でも、少しぐらい加減しろよ…」と同行した旦那に言われたぐらいだった。でも、息子を産んでからはそういうことが無くなってたから、息子を産む気力に変換して消失したか、息子へ移行したか、その両方かで私は失ったものだと思ってた。でも、息子は私じゃない。息子に振り回されても、それは親だから仕方がないことではなく、私が怒りや殺意を出さないようにして甘やかしているだけだった。だから、私から遺伝した何かが息子にあろうと、私が持ち合わせていたものは私だけのものであり、息子の何かとは別物だって気がついた。そうしたら、半ば育児放棄している自分を、自分で責めることが減った。私が私らしく存在していなければ、息子も不安になって息子らしく存在していられないだろう。個人サイトの運営とかメルマガの発行とか、全然金銭的収入にはならない。でも、私自身の言葉であり、残しておきたいと思うものばかりだ。これを読んでくれれば、いつか息子は私という人間を理解するきっかけにするだろう。それだけで、充分。今は、そう思う。だから、来年の今日を目指して、いろいろ書くぞ〜っ!

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