ものぐさ日記

運動会こそ終わりましたがまだまだイベントは続きます
今月はバスでの親子遠足と産土神様の神社の秋祭りが立て続けにあります
気力を磨り減らした分だけお腹の脂肪細胞も減ってくれると嬉しいんですけどねぇ…

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 10月30〜31日 頭髪をブロック分けしたりビーズにテグスを通すほうが厄介でしょ
 少し前、実母に麻紐で作ったペンダントをプレゼントした時から、「お客さんから作ってほしいって言われたらどうする?」と言われていたので、書店に行ったついでに何かヒントが無いかとうろつき、考えていた。で、思い出したのが、花結び。大量に入手した6mmビーズを使ってブローチを作ると企てていた時、安全ピンにビーズをぶら下げるだけでは子供騙しでしかないので、ピン本体に花の形に結んだ紐を貼り付けようと考えた。が、安全ピンという細い金具に紐の塊を貼り付ける点に工夫が足りず、直径2.5mmという太い紐3本とスプレー糊と簡単に花結びを作る道具2点を持て余したままになっていた。「そうか、アレを試してみれば、何も買わずにクリアできるかもしれないんだ」と気づき、菊結びに挑戦してみた。すると、太い紐だと道具で作る結びのサイズに適していて、見栄えも好く、質は違っても同じ紐で作るからか麻のネックレスに合うらしい。念のために実母に見せたら、菊結びの垂れている部分に銀色のメタルパーツを通すとより好印象になる上にペンダントトップとして適当な重さになると判明し、「(試作品が)できたらお母さんにちょーだい!」といつもの「予約」が入った。まぁ、実母好みのデザインだし、実母が強請るぐらいでないと「粗品」にならないと解ってもいるし、強請らせるためにも試作品はすべて実母の好きな赤色で作るのだが、「今回はもしかしたらあげられないかもしれない」と言っておいた。理由は、みちよさんも赤色が好きだったようなことを思い出したから。いろんな意味で先輩格の彼女に、何かできることはないかと折々に考えるのに、何もできないでいる。だから、「ミサンガが欲しい」と掲示板に書かれていた時、物凄く嬉しかった。自分としては失敗個所が必ずできてしまうし、手持ちの安物の使い残しを使うことが多いので、「なんちゃって手芸」の品は「無料」が基本。でも、出来栄えが好くなければ「無料」でも失礼になるので、ちょうど「姐さん」と呼んでいる先輩二人に会う機会に恵まれたのに乗じて、作った物を見てもらい、ついでに引き取ってもらうことにした。そうしたら、予想外というか、想像もしていなかったぐらい喜ばれ、「これはもっと作ってくれない?」と依頼されてしまった。二人とも学生時代から手芸を嗜まれているし、お世辞を言う付き合いをする人ではないので、「贈り物にできる程度には作れてるってことだよな」と嬉しくなった。そんなこんなで、少し自信と勇気を貰って、現在、赤い菊結びのトップのペンダントを製作中。みちよさんの好みが赤ではなくても、実母が狙っているし、別の色の紐があるから対応できる。というか、菊結びが簡単にできるのが嬉しくて、何度も作っては解いてまた作っていたりする。そういう時、私はニマニマしているらしい。今のところ、実母と旦那と息子ぐらいにのみ見られており、少々笑われているようなので、あまり他人に見られたくない。ちなみに、菊結びは別名「吉祥結び」と呼ばれているし、古来「結び」は「神仏や縁を自分や贈る相手に結ぶもの」という謂れがあると聞く。在庫を貰ってくれた姐さん達や、持ち帰ってくれるお客さん達、真っ先に自分の物にしたがる実母と、同じ物が欲しいと強請る息子など、皆に良縁が結びつくことを想像しながら、どの品も結んで作っているつもり。蛇足ながら、私は結ぶこと以外は苦手。縫い針は自分の指先の皮をも縫い付けるし、棒で毛糸を編むなんて想像するだけで気が遠くなる。10cmぐらいずつ紐や糸を結ぶだけのほうが、よっぽど楽だと思う。が、そう言ったら、姐さん達にも実母にも「普通は逆だと思う」と言われた…。
 10月27〜29日 とりあえず「マネネ」か「デネブ」を担当していたりする
 この3日間に限らないのだが、最近、いろいろある。「電王」ネタで息子とごっこ遊びをしたり、「ポケモン」ネタで息子とごっこ遊びをしたり、初夏以来購入を我慢していたタロットを纏め買いしたり、先に旦那に褒めてもらっておいてから「電王」のリアルフィギュアの纏め買いを我慢していることやタロットは纏め買いしたことを白状して「褒め損だっ!」と叱られたり、リアル茗梨と文通していた人とメールのやり取りをしたり、リアル水矢から連絡があったり、リアル美樹のみちよさんからミサンガを欲しいと嬉しい頼みを受けたり、購入を諦めた「DXあみりん」が代わりに買った「絵織亜ポータブル」と機能的には同じと判明して「好い買い物をした」と満足したり、コースターサイズの四角を織るのが微妙ながら上達してきたり、「新暗行御史」の最終刊を読破して「こうくるか…っ!」と少し歯軋りしたり、息子の小学校入学に必要な手続きが始まったり、やっと「銀魂」シーズン1のDVDを全部纏めて収納できたり、どんなに具合が悪くて楽しみにしている「ネウロ」のDVD1巻の発売決定に小躍りしたり、どうして中京テレビは放送してくれないのかとちょっと淋しくなったり、唯一伸ばしている右前髪に白髪が増えたので全体に緑色のヘアマニを入れることを決めたり、珍しい色の乗り具合を試せると嬉々とする実母を見てちょっぴり不安になったり、いっそ脱色してから男性用染料で銀色にしてやろうかと企んでみたり、いざ購入という時に手順と時間がかかりそうだと知って断念したり、何ヶ月も前にピロさんから預かった小説を改めて読み返し始めたり、投稿作品を含む長編の続きを書かなくちゃと思ったり、何から手を付けるか考えている途中で幼児園に提出するお金や書類の納期限を過ぎていることに気づいて慌てたり、テンパっている時には長文を読んだり書いたりできない不便さを改めて面倒に感じたり、サイトの更新やブログの記事追加を怠っていることを思い出したり、結局は何も考えられなくなって麻紐をぐるぐる蒔いて細いブレスレットを作っていたり、気づいたらそれが完成していて内心驚いたり、と、まぁ、暇なのか忙しいのかすら判らない日々を過ごし、極め付けに再来週の精神科の診察が午後しか空いていないと言われて脱力した。
 10月26日 それでも結局は嬉しいんだよね♪
 かなりの量のタロットが未開封なので、かれこれ1年以上、新作や定番の内、好みのデッキを見つけても、買うのを控えていた。多分、10デッキ前後。部屋の片づけを始めた時、真っ先にタロットを一纏めにしたから、どれだけ積読状態にあるか思い知ったのが、我慢のきっかけ。でも、欲しいものは欲しいのよ、どんなに積読があったとしても。よく1年以上も我慢できたと思うよ、自分のことながら。けれど、だいたい半年に1回ぐらいのペースで、海外の出版社は新作を出すし、少なくともその3分の1は好みの絵柄だし、積読のレビューを書いてからだと自分で言い聞かせるのも一種のストレスになるし、どうせいつかは買うんだから今買っても同じだろうがと開き直っちゃったし、全部纏めて買っちゃった♪ いや、音符なんか飛ばしてる場合じゃないって解ってる。だから、全部纏めてって言っても、2〜3回に分けたんだから、少しは理性が働いていたと思う、本当に少〜しだけだろうけど。で、その数回の内の一番最初の便が、やっと到着した。いつものAmazon.co.jpでは売り切れたデッキを、Amazon経由で海外の販売店に注文してたのさ。それがアメリカのお店で、通常注文だから船で輸入されたんだよ、これが。「ご注文ありがとうございます」メールから「本日発送しましたが、アメリカからの発送なので数週間お待ちください」メールまでは、とっても短かった。ネット社会万歳って感じ。だけど、船便での輸入という手間のかかり具合が必要以上に長く感じられるものなんだね、電脳世界の反応の早さってぇのは。Amazonからは「販売者を評価してください」メールが、とっくに届いていただけに、今日小包みが届いて、それが待っていたデッキだと判った時なんざぁ、嬉しいとか胸が高鳴るとかじゃなく、「あー、よかったぁ、ちゃんと届いて…」って感じだった。ドイツやアメリカのAmazonを利用した時以来、数年ぶりの安堵だったよ、ホント…。もうこういうスリルはごめんだから、Amazon.co.jpに在庫があるうちに買うことにした。で、注文したのが、タロット6デッキと手芸関係の本3冊。旦那にだけは見せられないよ、この量は。我ながら、暴挙に出たと思う、正直なところ。でも、(以下タイトル)。
 10月25日 あれもこれも同時にやりたいから迷う
 朝、寝坊した、思いきり。息子の登園時間を過ぎてたから、「思いきり」。実母に起こされて、慌てて飛び起きて、焦りながら息子の鞄に必要な物を詰めて、自分の着替えなんか適当に済ませて、寝癖と目やにだらけの状態で送ってきた。けれど、なかなか私が出てこないのを察知した実父が、いつもの苛立った声と口調で「何やっとるんや!」と実母に怒鳴っていたため、送っていった帰り道、「死にたい」という気持ちと「遂に殺される日が来たか」という気持ちで頭も心も一杯になり、適当な壁や柱状のものに頭をぶつけまくりたくなった。幸か不幸か、通園路の3分の2はだだっぴろいだけの公園なのでそんなものはなく、無傷で帰宅してしまった。当然、「ただいま」と言うより先に、「寝坊はするわ、働かないわで、ただの穀潰しになりゃあがって、生きとるんが恥ずかしないのか、クソバカヤロウ」という実父の声が、勝手に頭の中で響き続けるし、実母にそう言うと「誰もそんなこと思っとらんのに」と言われると判っていたし、実際に言われたし、やはり「ほんな嘘、わざわざつかんでもええわ」と言い返した。こんな状態でも、医師にも指示されているし、一応食事だけはした。何を食べ、どんな味だったか、判らなかったけど。その後、何か良いことが思い浮かぶかもと思って深緑色のリネンの封を切り、ブレスレットを作ってみたが、自分の好みの状態に仕上がらなくて、捨てた。他にも、昨日から作り始めたミサンガも、練習のつもりで最後まで結ぶつもりだったけれど、捨てた。結局、アクリル毛糸で11cm四方の布みたいなものを1枚作り、太股の上に広げてパンパン叩いて目を広げていた。まだまだ綺麗と言えない出来だが、同じサイズで色違いの物を作ることで手織りの練習をし、端っこの輪になっている部分を利用して、いつか繋ぎあわせる練習をしてみたい。一時期はパッチワークの素材にと考えていたけれど、ありきたりのことよりも、手織りのコツを書いてある本に習って、お気楽な楽しみ方をすればいいや、と考え直した。織り方も、何かいろいろあるみたいだけど、今のところは参考書を読む以前の基礎の中の基礎の練習だし、もう少し暢気にやればいいや。さて、深緑のリネンのリベンジでも始めようかなぁ。
 10月24日 だから旦那に「クラッシャー(精密機器破壊神)」と呼ばれるの
 空色のヘンプ最後の作品、完成。結局、8本玉留め結びは諦め、4本取りで4本玉留め結びにした。そうしたら、予想以上に綺麗に結べて、拍子抜けしたというかやり直したい心境になったというか、とにかくしばし茫然とした。昨夜、旦那に作りかけを見せたら、「ミミズ?」と言われたことで、ちょっと素直に喜べなくなったせいでもあるかもしれない。ま、いっか、苦手を克服しようと努力した証拠として、何かに立ち向かう気持ちになりたい時に着用しようっと。その前に、できたものを実母に見せたら、感想よりも先に、「これ(実母用勾玉ペンダント)を見たお客さんが、『私も欲しい』って言うかもしれないんだけど、そうしたら幾らで作ってくれる?」ときた。「100円未満」と答えたら、「そんなに安いと遠慮される」と文句が…。遠慮されようが、私の作るものはどれも習作同然で金銭価値は低いし、材料だって余り物だったりバーゲン品だったりして、本当に安上がりだから仕方がない。ヘンプならブレスレット1本で100円以上になるかもしれないが、リネンだと半額近く、約6割ぐらいにしかならない。ましてやネックレスやペンダントなら、トップと調節用のピュータを百均の量産品や有り合わせの玩具の部品とかで済ませるし、使う紐の量も長い代わりに本数が減るから、じつはブレスレットと大差ない。それ以前に、私が「なんちゃって手芸」を続けている理由の一つが「ボケ防止」なんだし、気紛れに作るだけで完成後の利用や受け取り手の有無とか考えていないのだから、実母の店に粗品として置いてもらわないと、中途半端な出来の作品が積読山の間に地層を作り、家中に糸くずやら布きれやらが散乱するに決まっている。「だから、むしろタダで押し付けるぐらいにして」と言ったら、実母に苦笑された。それが軽いストレスになったのだろう、突然、今度は手織りをしたくなり、縦糸と横糸を同じピンクのアクリル製毛糸にして、10cm×14cmぐらいのものを織ってみた。いつも途中で縦糸の間が狭くなって織りにくくなるので、今日のテーマは「横糸をピンと引っ張らないで両横の耳をグチャグチャの不揃いにすること」に決定。そうしたら、案の定、縦糸の間が狭くなることが減った。縦糸の始末をして織機(と言ってもツメが立ってるだけの板だけど)から外し、横糸の間隔を広げるつもりでパンパン叩いていたら、自然に縦糸も伸縮していき、両横も手前の輪も面に吸収されていった。「そうかぁ、手織りって、とことんキッチリやらないほうが綺麗に仕上がるものなんだなぁ」と叩きながら思い、改めて自分が完璧主義者であることを思い出した。何でもキッチリ綺麗にやらないと、相応の結果が出ないと思い込んで、必要以上に力が入りすぎて失敗することが多いのだ。物事をキッチリ完璧にやり遂げることは悪くない。でも、少しぐらい緩んでいるところもないと、予想外のトラブルが発生した時とかに、柔軟な対応ができなくなる。長く写植・DTPをやって身につけたはずのそれを、忘れていた自分にも気づけた。これらを密かに記念するつもりで、単に習作のつもりで織っただけのピンクの布を大切にして、手に取るたびにパンパン叩くことにした。ただ少し心配なのは、私が帯電体質だということ。アクリルの布をパンパン叩けば、当然、静電気が体に溜まる。サッシやドアノブでバチッとなるのは、既に日常茶飯事。けれど、パソコンとデータ交換用のメデイアには絶対にヤバイよなぁ…(苦笑)。
 10月23日 ま、いずれ何かに使えるだろ
 苦手な4つ組を何とかこなし、実母用勾玉ペンダント製作完了。「やればできるじゃん、自分」という気持ちに乗じて、今度は生成りと空色のヘンプの残り全部を使って、雄鶏社刊「ヘンプで作ろう!ブレスレット・ミサンガ」という本の、no.18「玉留め+輪結び」のブレスレットに挑戦。細いヘンプしか持っていないので、多めに残っていた空色のほうを2本取りで芯紐にして、結び紐を生成りのままということにした。さすがに16本を芯にした輪結びは太い。途中に作る装飾も兼ねた玉結びは、メインの大きいもの以外は芯紐1本取りの4つ組に変更し、メイン部分でいきなり2本取りの5〜8本組に挑戦した。結果は、敗北。4本でなら玉結びを綺麗に仕上げられるようになってきたから大丈夫だろうと思ったのが、甘かった。手の上で16本の紐を2本づつ、8つに分けて輪を作ったり別紐の下を潜らせたりするのは、かなりしんどい。それでも半日で本体部分は結び終えた。後は、最初に作った小さな輪にひっかかる大きさになるよう、再び8本玉留め結びに挑むだけ。日に日に乾燥が進み、静電気をバチバチ放ち始めているから、アクリルのループエンドとかを使いたくなくて、2本取りで8つ玉留めをウッドビーズの代わりにしたいわけ。多分、失敗するけど。でも、太くてガッチリした作品は以前から欲しかったし、自分なりに空色ヘンプを装飾に使えるように工夫したりしたから、間違いなく愛用すると思う。デザインどおりの寸法では私の太い手首にはキツいから、一部模様を変えたりしてサイズも調整したし、輪結びも楽しかったし、失敗してもめげずに繰り返した玉留めにも愛着が湧いてきたし、また別の作品にもリネンで挑める、きっと。ただ、もっとヘンプで作るつもりで、生成りを1束買っちゃったんだよなぁ。まぁ、麻同士で似たようなものだから、リネンの色紐と組み合わせて自分用の何かを作ったり、手織りの素材にできたりするから、しくじった気分ではないな、うん。それ以上に、今回の些細な工夫を思いついた思考回路のほうこそ、私には大事。いつか必ず、私の生活で役立つだろう。こういう気持ちになれただけでも、凄く嬉しいんだけど、ちょっぴりなら欲張ってみてもいいよね、きっと。
 10月22日 やっぱ物作りはええなぁ…(惚)
 実母用勾玉ペンダント製作3日目。雄鶏社刊「ヘンプで作るかんたんアクセサリー」という本の、16ページの品の模倣。トップの赤いグラスリング2つを、中ぐらいと小さめのロードクロサイトの勾玉で、長さ調節用のほうのグラスリングは有り合わせのメタルピュータで、それぞれ代用している。実母は徹底的に赤色が好きなので、使用する紐も生成りと赤。但し、ヘンプ(大麻)糸はちょいと高価なので、量産を見越して亜麻(リネン)の細いものに変更。ちなみに、以前、トップのデザインを菫青石の勾玉1つに変更して、自分用のを一度制作した。かなり気に入っている。ヘンプでも刺繍糸でもそうだけど、基本的に同じ物を作るのは嫌。だから、色やトップが違うといっても、肝心な部分がまったく同じデザインの物を作っているのは、私的にはかなり珍しい。が、一応、理由もある。「ダブルねじり結び」と「芯入り4本組玉留め」と「4つ組み」の練習ができるから。「平結び」とその応用の「ねじり結び」は、ミサンガやブレスレットを作る時に多用するので、意外と早く覚えることができた。「ダブルねじり結び」と「玉留め」は、そこから紐の本数を増やしてもう一歩応用した結び方。見栄えの良い物に仕上がるので使うことは多々あるけれど、つい「面倒やなぁ…」と思って、違うデザインに浮気してしまう。「4つ組み」なんて、極力避けているぐらい。入念に組めば、綺麗な細いロープになるけれど、途中で別のことをするために手を離すと、もうダメ。だから、嫌でも長く組まなくちゃいけないペンダントやネックレスで練習しないと、脳と手から記憶が排除されてしまいがち。そんなわけで、自己嫌悪と対決しながら紐と格闘していた。ジャンプの発売日なのに忘れていたし、婦人科の診察日で血液検査もするから昼食抜きということも忘れそうになりながら、独り、薄暗い部屋で赤と生成りの紐4本を手繰り続けて、設計図にある長さまで結んだり組んだりして、一息つく際に自分の手の品を改めて見て、「まぁ、割と上出来やないの?」とニヤリとして…。思考や感情が荒れている時は、やはり、何かを作るのが私には一番良いらしい。キレるたび、自分の体を壊そうとか、他人の体を壊そうとか、破壊活動のほうへ向かいやすい。そんな「自分」に中学時代には気づいていたし、20代にはそれだけの意志の力を仕事へと向けていた。専業主婦になった今は、家事と育児を何より優先するべきだけれど、どちらも「維持」や「耐久」が求められる。私にとって、一番面倒な方向性だ。どんなことも、このサイトの運営ですら、「維持」しているつもりはない。「破壊」と「創造」のどちらかだ。そういう方向に、一瞬だけ「攻撃的本能」を向けて、ストレスや衝動を昇華するのが、一番楽。今は、それを「言葉を綴ること」で果たそうとすると、いろいろとネガティブな思いを掘り返してしまって悪循環になりそうだから、手で何かを作ることで発散してから執筆に移行しているだけ。時間的な都合で遅筆を極めているけれど、ネタ切れでもなければ書く気が失せたわけでもない。っつーか、書く気が失せてたら、日記がこんなに長くなるかってぇの(to 自分)。単に、言葉はデータとしてしか残していないから、そこらに転がしておいていつでも見ることのできる作品が欲しくて、言葉以外の物を作っているだけって気もする。…あ、同じことか。まぁ、いいや。少なくとも、この世に一人、息子にだけは、もう少し育ってマリオ以外のテレビゲームを理解できるようになったら、「ママはね、『シムシティ』や『信長の野望』はプレイできないタイプの人間なんだよ」と伝えたいと思う。蛇足だけれど、「時間の経過をただ待つだけのゲームって、どう面白いのっ!?」と、昔(結婚前)、旦那に言って黙らせてしまったことがある。当時の旦那は、ゲーム制作会社「光栄」のプログラマだった。そりゃ黙るわなぁ(笑)。
 10月18〜21日 男なら前だけ見て生きてけや
 メルマガの記事を書くことに始まり、積読メールを半減して終わった日々だった。記事の前半の骨子は16日に書いておいたから良かったけれど、後半のカード紹介のほうがなかなか進まず。理由は、デッキが見当たらない、ということ。このサイトのレビューと「13番地」を更新したら、そのデッキはタロット専用の箱に入れることにしている。が、今回のは同梱解説書の和訳が頓挫しているもののため、辞書などの資料のほうに積んでおいた…と、ここまでは記憶している。が、その資料の山が、部屋の片づけ作業の影響で、複数に分離し、雪崩れ、別分類の本の下敷きになり、結局のところ、片づけも分類も何もない、ブラックホール状態のどこかに埋もれてしまっていた。で、それを19日の夕方まで探していて、発行が遅れた。気づいたら、他にもCDだとか本だとか書類だとか、まぁ、いろいろ埋もれたり発掘されたりと、慌ただしいったらなくて、20日にキレた。「ここもママのブラックホールだよね〜」と、息子が自分の玩具を散乱させた場所を指差して言ったので、「よーし、だったら、ママのお宝ではないものを、全部纏めて捨てさせてもらうっ!!!」と宣言して、息子と旦那の玩具を市の可燃ゴミ専用袋に詰めてやった。息子、泣く泣く。私、自己嫌悪に陥る陥る、「このやり口は、昔、実父母が私の部屋の本を全部撤去した時のと同じじゃん…」と。未だにムカつくんだよなぁ、アレを思い出すと。それと同じことを自分がやったのかと省みた途端、「クソジジイとクソババアの遺伝子なんぞ、全部、抹殺してやるぅっ!!!」と、一族郎党殺戮作戦が蘇ってきた。旦那は旦那で、仕事が忙しくて疲れている上に、私が実弟に頼まれたと言って旦那に任せたデジカメのビデオ内容のDVDへのダビングが思いのほか難航しているものだから、結構煮詰まっていた。20日の夕方、私がブチ切れて片づいた部屋の一部に乗じて、別の一部も物を押しのけ、カーペットを敷いた。それだけで足りなかったらしく、いつもなら敬遠するゲームセンターへ容易に出向き、平常の2倍以上の金額を浪費して遊んだ上に、百均の店でも何やらドカドカ買っていた。こうした一連の出来事の真ん中で、息子は何となく違和感を覚えたらしい。私に泣かされた後、何をするにも必死の形相で、お強請りしたい時も10秒ぐらい顔色を窺ったり考え込んだりしてからおずおずと尋ねるなど、自己防衛状態でいた。「健気やなぁ」と思うと同時に、「それに比べて私ときたら…」と自己嫌悪に陥るため、私も必死だった。大量に引き取られたと報告を受け、行方不明のデッキの捜索の途中でストラップを作ったり、散らかった部屋を見て茫然としかける瞬間にミサンガ作りに意識を移したり、半ば自棄っぱちになって片づけを再開したり…。で、21日、朝から自分の危険度を思い知った。「電王」を観てて、泣いた。恥ずかしいことに、2回目。1回目は、ケータロス登場の回。今回は、リュウタの「僕のじゃないんだ…」と最後のシーンで、じわぁっ、と。鼻水を啜るまでは行かなかっただけ、まだ涙腺が緩みきっていないってことだと思う。でも、特撮番組で泣くのか、もう…、とか考えたら、ねぇ。財布の中身が今週はあまり減らなかったから嬉しい、という気持ちの他に、自分に対する怒りと嫌悪感、人情物で貰い泣き、部屋を片づけなくちゃという一種の強迫観念と、親族皆殺し欲求とがごちゃまぜになって、最後には、「ああ、私、やっぱりキチガイだわ…」で落ち着いた。それを忘れていたいから、また刺繍糸と麻紐(リネン)を買った。来客用のミサンガは少し補充したから、今は実母用の勾玉のペンダントをリネンで作っている。その後、もう1本ミサンガを作るか、自分用のブレスレットをヘンプで作るつもり。文章は、もう少し気持ちが正常に近くなったらしか、多分、書けない。この文章すら、辛うじて書けているだけだから。それでも内容がとっ散らかって、自分でも「小学生の日記のほうがマシだろうが」と思っている。やっぱり、過ぎたことは思い出さないほうが、心は健康でいられるのかなぁ。それなら、これからの信条は「前だけ見てろ」にしようかな。てなわけで、タイトルのとおり。
 10月16〜17日 こぉーちゃぁっ!!!
 いつも書きそびれているが、だいぶ前からブルックスの紅茶(ブランド名は「SAARA」)を愛飲している。確か、ECナビの企画でボーナスポイントがつくというのがあって、その企画の対象の中に含まれていたから買ってみたのがきっかけ。三角のティーバッグの中に、茶葉が3.5グラム入っていて、1バッグずつ個包装されているシリーズの、エントランス向けセットだった。ちょっと高価ではあるけれど、美味だし、1バッグで最高5杯まで飲める(と言っても当然出涸らしだよ)種類もあるし、続けて愛飲していた。でもっ。ブルックスって、ネットにショップが幾つかあるんだけど、ポイントとしてキャッシュバックがあるYahoo!や楽天などのショップでは、品数が少なすぎるし、セット売りも無い。本店に該当するサイトでなら、コーヒーも紅茶も他のお茶まで選びたい放題なんだけど、キャッシュバックは無い。最初はね、キャッシュバックが無いと損してる気がしてたんだけど、普通に買い物してる時、「代金の一部をちょーだい」なんて言わないし、自分にとって手頃な品しか買わないってことを思い出したら、「美味しいお茶を飲めるなら、他にサービスしてもらわなくてもいいじゃん」って得心した。そうしたら、人気もあるし定番と呼ばれる茶葉を揃えたセット売りよりも、2.5グラム入りのティーバッグが大袋に入っているっていう商品のほうが、自分には手軽で気楽で安上がりな上に、個別包装の袋が無い分だけ地球に優しいことに気づいて、生まれて初めてアールグレイを21バッグ以上で纏め買いした。他にも、メープルやマサラチャイというフレーバー紅茶も一緒に買って、今日(17日)から飲み始め、ホクホクしてる。面倒臭がりなので、どんなお茶も珈琲も、私はストレートで飲む。一時期は、ココアも無糖の粉末を購入し、お湯で溶かして飲んでたぐらい、ストレート好き。最初、メープルティーの甘い匂いにつられて、ストレートでも甘ったるいんだと無意識に思い込んでしまい、ちょっとムセたけど。それに、マサラチャイの香辛料(主にシナモン)がとてもスパイシーで美味しくて、すっごく満足。しばらくは密かにハマるな、確実に。んでもって、帰宅した旦那に「何の匂いだよ、これっ」って言われるな、少なくとも一度は。あ〜、楽しみ〜♪
 10月13〜15日 気力は無くてもこだわりはあるんだよねぇ
 11日から緊張していたため、未読メールが増える、増える。先週やっとゼロにしたのに、ま〜た二ケタに…。順番に読んだりレスしたりしていくのに、ま〜た何週間もかかるんだろうなぁ…(遠い目)。…ま、頑張れるだけ頑張って、頑張れない時には頑張らずにスッ転がっていよっと。と、開き直るまでの間に、「遠足の反動(13日)」、「お祭りに参加する息子の付添のために早起き(14日)」、「精神科への通院と自分と息子の衣類の補充の買い出し(15日)」があった。大抵の人には「そんなんで疲れるなよな〜(ちょっと怒)」って感じだろうけど、これしきで電池切れになるんだから仕方がない。そう思えるようになるために、11日頃からずっと「何かやりたいことがあったのに思い出せない」とか「探し物をしていて何を探していたか忘れる」とか「目の前にあるものをじっと見つめたままそれを探さないとダメなのに探すのが面倒臭い」とかの間抜けなことを繰り返し、そんな自分に気づくのにも相当な時間と気力を費やして、電池切れになる直前にさらに燃費の悪い自分に気づかなくちゃならなかった。ちなみに、各段階の気づきのきっかけになったのは、ミサンガ。両端に8センチの三つ編み、本体には13センチ前後結んでいくのが、なんちゃって手芸のお約束。刺繍糸が12本以下なら一昼夜ぐらいで1本作れるのに、3〜5日かけても完成しない上に雑な物になっちゃって、ゲッソリした。そんなことで自分の不調を悟るって、ちょっと情けないかも…。…いやいやいや、そんなことはない。見ようによっては、「満足できる品を作れなかったことで己の異常に気づく燻し銀の職人」みたいで、ちょっとカッコいいじゃないか。よっしゃ、「燻し銀の職人」を目指して、また物作りするぞっ。蛇足:単なる「職人」じゃなく、「燻し銀の職人」が目標なのっ。カッコいいのっ。目立つ銀色じゃなくて、燻した銀色が好きなのっ。
 10月12日 漫画「魔人探偵脳噛ネウロ」要参照
 朝早く起こしてもらったのに、自分の支度をしていたら、お弁当の主食のおむすびができていた。実母と息子とで、大小の三角と丸がたくさん…。本当は私と実母で作るはずだったのに、私が実家へ行くのが遅かったことと、息子が興味津々でやりたがったこととで、大遅刻になってしまったわけだ。まぁ、息子のほうが綺麗な三角をむすべるから、結果的には良かったんだけど。でも、実母には「お弁当箱にちょうどいいサイズのタコさんウィンナー」ができないとのことで、私が包丁とフライパンを持つことに。名称こそ長いけれど、つまりは「少しでも息子に『ママの手作り』を見せなさい」ということだ。市販のウィンナー(ソーセージ?)を3分の2の長さにして、切り口側に十字の切り込みを入れて、炒めるだけ。長さを切ったことで、足の部分が必要以上に引っ張られなくなり、逆さにすると花にも見える感じになるし、お弁当箱の中でくしゃけないから、保育園時代から息子のお気に入りの一品。普通は炒める時に塩コショウするけれど、スパイス嫌い、薄味大好きという息子には、単純に炒めるだけでOK。だから、とても「ママの手作り」とは言えない。「それでも喜ぶんならいいやないの」と実母は言うが、「ただ炒めるだけの品が一番喜ばれる母親」というのはどうなんだ、と自問してしまう。もっとも、私の料理の怖さを知っている旦那に言わせると、「今時、母親が料理をしなくちゃいけないって、決めつける必要なんかないだろ(呆れ)」。これも言い換えれば、「得体の知れない何かを息子に食べさせる可能性があるぐらいなら、俺やばあちゃんが作るほうがマシ」ということになるのだが、考えないことにする。自分でも、自分の「素材から調味料から全部自力でしっかり『調理』しました」という品を、食べるどころか想像することもできない。具の大根を皮を剥いて細切りにした味噌汁を作るのに、20歳頃、30分を要した上に、食べられないものにしてしまったという過去がある。残った大根も味噌も、冷蔵庫で得体の知れないものに変化したし。はっきり言って、インスタントの味噌汁のほうが美味しいぐらいだ。なので、「料理の下手さ加減」に関しては、誰にも負けない自信があるっ(堂)! さすがに「桂木弥子ちゃんのお母さん」には負けるけど。っていうか、いっそあのレベルに達してみたい。工具を一気に買うことは財布の都合で不可能だけど、「生クリーム」という名のニトログリセリンって、「神業」なんだもん…(憧)。…あ、でも、そこに達する前に、旦那の自己防衛本能が働くか…(現実へ回帰)。ともかく、そんなこんなで難関をクリアし、他のお母さん達と話す余裕も無く、息子と動物園を巡って、往復のバスで寝てしまい、帰宅してからも脱力して呆け、日没後にこうして軽口を叩けるぐらいに回復できた、というわけ。さて、次の難関は明後日の秋祭りだ…(苦笑)。
 10月10〜11日 はぅぅ…(気絶)
 いよいよ遠足が、という緊張が昂ぶりすぎて、気力が極めて空に近い状態になってきた。そこへもってきて、息子は「ママのてづくりおべんとう、たのしみにしとるでね」と言い、実父母は「13日(日曜日)はお祭りがあるから、朝7時20分に(町内会の公民館の前に)集合やでな」と告知…。…あんたら、鬼や…(呆)。しかも、何か、天候も不安定だし、遠足当日もどうなることやら…。今年は、園庭整備は台風で中止、運動会は雨と、父兄が絡む行事のたびに雨が降ってるからなぁ。一説によると、と言っても旦那の冗談だけど、「誰かの日頃の行い云々じゃなくて、誰かさんが緊張してるからじゃないの?」だそうで…。あり得すぎて反論できんわ、まったく…(さらに呆)。呆けついでに、現実逃避をしようと始めたら、今までで一番布らしいものを手織りできた。縦糸の処理も、根気よく2本ずつひと結びして、横糸が解れないようにできた。桃色と空色の太めのストライプ柄にしたんだけれど、糸を交換する時も境目が崩れないように処理できた。但し、1本だけ、シャトルを潜らせるのに失敗して、3cmくらい糸が仲間外れになっちゃった。まぁ、私の不器用さを省みれば、これくらいの失敗は失敗のうちに入らないよなぁ。今度は、説明書と一緒に入っていたヒント集にあった、糸を切らずに縞模様を織る方法に挑戦してみようっと。…あ、また現実逃避に走ってるな、自分…(苦笑)。
 10月9日 あああああ…(呆)
 衝動買いをした。ストラップ用の紐と、ストラップ用のビーズと、レターセットと、もうちょっとでスケジュール帳も。綺麗なものが、好き。自分でそれを見つけるのも、好き。昔は手軽に買えるものだと、何となく思い込んでいた。色鉛筆とか、カラーチョークとか。でも、マンダラ塗り絵や、ストラップ作り、ミサンガ作りをしているうちに、自分で綺麗なものを作ることも可能なのだと、やっぱり何となくだけど、感じてきた。適当に選んだ色の糸を結び、組み、並べてみるだけで、予想以上の綺麗さを見つけることができる。それも、嬉しい。レターセットも、手紙なんか出す相手はいないのに、衝動的に欲しくなる。多分、独りが好きという気持ちと同じぐらい大きく、強く、誰かに自分を知ってほしいという気持ちがあるんだろう。でなければ、こんなに長くサイトを保っていられない。それでも、まぁ、恥ずかしいと思わなくなった。若い頃はね、自分の中の矛盾とか衝動とかを他人に悟られるのが、ガキっぽく見られている気がして、厭だった。斜に構えていたから、ストレートに「可愛いものが好きだぁっ!」と言えなかった。今はそれを言えるのは、ネット上では素顔も姿も直接見られないという安心感と、「可愛いもの」を「カッコイイもの」と語れるだけの屁理屈を身につけたから。でも、一応は、隠しているつもり、少なくともオフラインでは。で、日頃はいろいろ我慢してもいる。それが、今日みたいに衝動買いに繋がったりするのは、大抵、テンパっている証拠。テンパって、別方向へと暴発し、少し理性が戻ると、恥ずかしくなったり緊張が減って呆けたり。今日は、呆けるほう。呆けているくせに、レンタル屋で借りてきた「特公」のDVDを観て、最終話に不満を覚えた。3巻までは盛り上がりを感じさせておきながら、4巻の冒頭(第11回)から「サゲ」に入っていることに気づき、新しいキャラが登場しても活躍の場が無く、好い味を出しているおっさん達がやっと活躍し始めたと嬉しくなった途端、「結局は最初の状態に戻りました」っていう結末に落ち着くなんて、どうしてくれるんだってぇのっ。タイトルロゴに梵字が使われていることも、錬金術絡みの基盤も、特殊な(特別ではない)存在に平凡な人間がどう立ち向かっていくのかも、注目すべきポイントが未消化のまま打ち切りなんざぁ、視聴者に対しても原作者に対しても、裏切り行為ってもんじゃないかねぇ。まぁ、長編の続きをなかなか書けないでいる身としては、あんまり偉そうなこと言えないけどね(冷汗)。さて、そろそろ現実に戻って、呆け直すか。遠足がじわじわと迫ってくるんだから、そろそろ準備とか考えないとなぁ…(それはそれで厭だから呆けるんだけど)。
 10月6〜8日 なってる、なってる、確実に。
 3連休。3連休…。…どうして秋って3連休が続くんだろう…(溜息)。次の金曜には息子の幼児園のイベントで、手作り弁当持参のバスでの遠足というのが控えている。月曜が休みで、金曜日が遠足だと、火・水・木曜しか「息抜きの午前中」を割けないわけで、たったそれっぽっちの時間で気力を補充できるかどうか、不安極まりないというか、まず無理だろうというか…。ともかく、こういう心境にあって、何かをするというのが可能なはずがなく、7日に書き始めたメルマガの記事を8日の夜に完成させられなかった。それどころか、寝るためのスペースも無くなった。昼間も冷えるようになったため、旦那が居間のブラックホール(「だらだら毎日」のとぽすけさん命名のいろんなものが溜まっている室内のエリア)を片づけ始めた。基本的に私の物には手を出さないので、主に息子と旦那の玩具と本を整理整頓して掃除するわけで、本当に居間全体を掃除するには、私も同時に片づけをしなくてはならない。解っていても、そんな気力が無い。それぐらい、居間も部屋もブラックホール度が高くて、立ち向かうには遠足並の気力支度が必要となる。で、現実逃避のつもりで、台所の流しを磨いた。直後、旦那が台所のテーブルの上を片づけたので、居心地が悪くて枕元の積読山と本棚の中のあまり読み返さない書籍を段ボール箱に詰めることにした。いつもなら、漫画保管用に段ボール箱の蓋を切り落とすだけで休憩しなくてはならなかったのだけれど、今回は現実逃避のための片づけなので、箱を作って本を無造作に選別して突っ込んで保管エリアに積み上げて、という工程を2回できた。だからといって、部屋が片づいたかと言えば、そうでもない。大きくなりすぎたブラックホールの裾野を僅かに切り崩しただけなので、むしろ山の崩落が始まって、面積的には広がった。それを認めたくなくて、外出した時、息子と同じようにゲーセンでメダルゲームに興じてみたら、珍しく当たった。それも、家族3人、揃いも揃って。某芸能人が「掃除をすることで悪い運勢を好転させることができる」と言っていたことを思い出し、「それか?」と考えた。そして、外出ついでに立ち寄ったホームセンターで収納ケースを購入し、息子関係の書類や写真や記念品の箱と、アイビーズを中心とした私の玩具箱と、なんちゃって手芸の道具や材料の運搬箱を、作ることにした。やり遂げたら、また何かいいことがあるかもしれないと、漠然と思っていたのだけれど、…なぁんで収納箱を1つしか買わなかったんだよ、自分…。帰宅して玩具を詰め込んでみたら、他のものが入らなくて、数分間、茫然と箱の中を見つめていた。で、数時間後、別のホームセンターで大きなケースを購入し、改めて息子関係の品と私の玩具をそれに、最初に買ったほうの箱になんちゃって手芸関係の物を詰め直した。どれも、やはりブラックホールの中、それも根元近くにあった物だから、山の表面にある物を周囲に置き直したわけで、さらには箱を置くスペースなんか最初から無いわけで、詰め込み作業は布団の上でのみ続けられ、詰め込み済みの箱を置く場所もそこしかなくて…。気がつけば、大小の収納箱の間で体を「く」の字に曲げて眠ってしまっていて、ノート型リンゴ機は通信用窓機のための机の前の椅子の上にしか置けず、執筆は諦めるしかなくなり、箱を居間に押し出して眠ろうと決めたものの、居間の様相が旦那の片づけが始まる前よりも無法化して見えた。これを書いている8日34時現在、一応リンゴ機で執筆し、窓機でネットに入ることはできるようになったけれど、まだ収納箱を置くスペースは作れないでいる。ただ、積読山が僅かだが小型化したし、なんちゃって手芸のきっかけとなった千羽鶴の糸や、埋もれて失ったと錯覚していたアイビーズを発掘できたし、悪いことばかりがあったわけじゃないと、ちょっとは思っている。問題は、これらに気力を費やしたため、金曜の遠足のための充填が再び0に近いところからの再出発になってしまったことぐらい。…って、あれ? もしかして、本末転倒になってるのか、これ…?
 10月5日 いいことばかり続かない
 勾玉チョーカーが半分できた。銀メッキの飾りピューターとニュージェイドの勾玉にヘンプ6本を通し、ねじり結びで固定して、後半の丸四つ畳み開始。これが結構、手間。ヘンプだからレース糸よりも速く仕上がるんだけど、作業としては単調だし、組紐に近いから結んだ後の模様もシンプルだから、5センチ以上結ぶ時は途中で飽きてくる。そうしたら今度は、粗品用のミサンガを結ぶことにしている。そうすると、どちらも完成までの時間が長くなるのだけがネック。だが、それ以上の「ネック」が今日、発動した。私の具合が多少上向くと、絶妙のタイミングで実父がキレるのだ。実父は、自己顕示欲と傲慢さの塊みたいな面がある。私が聞いたりぶつけられたりした発言の中で、それを具体的に示しているのは、「俺に逆らう奴から順に早死にしてやがる、ざまあみろ!」、「おまえが日記に俺を殺したいと書いているのは知ってるからな、おまえが俺を殺す前に、俺がおまえを殺してやるから覚悟しておけよ」、「俺の言うとおりにしていればかかなくて済んだ恥を、わざわざ俺にかかせて面子を潰しやがって、このクソバカヤロウ!」など。そもそも、正しく「愛情」とか「人権」とかを理解していたら、鬱症状で自殺念慮に囚われている私に、「俺はこれでもおまえに言いたい文句を、我慢して飲み込んでやってるんだから、もっと感謝しろ」だの、「俺は人間だから、つい本音をぶつけることだってあるが、おまえはそういうのを出しすぎる病人なんだから、周囲に八つ当たりするのを我慢するべきだ」だのと、サシで言うまい。今日の実父のキレた原因は実母の言動らしいが、朝から夜更けまで続いているなんざ、健康な成人の心理状態とは思えない。まぁ、パセドゥ(甲状腺機能亢進症)と高血圧が持病という人ではあるけれど、それを差し引いても精神的に(というかセロトニン分泌にか?)異常があると私には見える。つまり、私と同じように、精神科に通う必要があるのではないか、ってこと。そう言うと、実父は「俺も遂にキチガイか!」と激怒するだろうから、指摘してやるつもりはないけどね。漫画家・永久保貴一氏のノンフィクション作品を通して「氣」というものを意識するようになってから、糸や紐を結んだり組んだり織ったりしている時も、息子に説教したり遊び方を教えたりする時も、指先や言葉に「氣」がこもっていて、完成品や後の息子の言動を左右しているケースがあると気づいた。余談だが、私が首を吊る時に使おうと思って引き取った長いミサンガは、実母が勝手に持ち出し、昨日、天理教の教会に住む常連客に喜んで持ち帰っていただいたらしい。厭な「氣」が結び目にありそうな品なのに平気だったのは、参拝の時に四回拍手する天理教の教えを守り伝えている人だったからかもしれない。「あんなん渡すなよ」と思ったが、まぁ、済んだことだから仕方がない。私もネチネチと厭なことばかり覚えていて、何年経ってもそのネタで他人をいびることができるタチだが、精神科に通院し始めてからは愚痴や怒りが1週間以上続くことは無くなったし、一度爆発したら、次に思い出した時には怒りではなく呆れや哀しみという形で表層意識に戻ってくることが増えた。だから、今の私の課題は、そこからもう一歩進んで、前向きな反省の仕方を模索したり、自他を許すために感情や言動を表面化させられるよう、実父のような好ましくない「氣」の放ち方をする人に執着しないようにすることだと思う。幸せなことに、私には「自由に本を買っていいよ」とか「炊事は俺がやるほうがマシだから気にするな」と言ってくれる旦那や、笑えないでいると心配してくれる息子、ネット上でも現実でも「死んだらダメだからね、ずっとそこにいてね」と言ってくれる友達や先輩に恵まれた。それに(以下「ヘタの横笛」の今日の欄へ続く)
 10月4日 極端だな…
 久し振りに、実母の店に置いてもらっている粗品(「なんちゃって手芸」の成果であるストラップとミサンガ)に、貰い手が。それも、一人のお客さんが、大量に引き取ってくれたらしい。その人は常連客の中でも有数の上客で、しかも、天理教の教会(大きいし古い)を運営している人なので、定期的に実母の店に来て、定期的に親族や信者仲間の女性にもとストラップをメインに貰ってくれる。他のお客さんも楽しみにしてくれているらしく、少しずつ里子に出てはいるのに、店主である実母から補充を依頼されることは滅多に無い。それにかこつけて自分用のヘンプのアクセサリーを作っていたのだが、さすがに今日は「ストラップが全部貰われていったから、少しずつでいいから、またよろしく」と言われた。この一番人気のストラップ、じつは植物をイメージして色を組み合わせている。水色、桃色、黄色、白色、紅色、赤色に、緑色がベースの段染を組み合わせるのが基本。紅葉バージョンとして朱色の段染を、月夜バージョンとして紺色の段染を、それぞれ用意しているが、この2色も花や果実に見立てて緑の段染と組み合わせると、結構貰い手が増える。ただ、不思議に思うのは、段染の色を左右対称になるようにしていないのに、必ず貰い手がつく点。手芸の基本として、段染の糸や紐を使う場合、左右対称になるよう揃えることが、美しく仕上げるポイントとされている。私の場合は、その手間と紐の捨てる部分を減らすべく、色を揃えない。揃っていないことについて、「だからオンリーワンなのっ」と開き直っているぐらいだ。お客さんの中には、やはりちゃんと揃っていたほうがいいと思う人もいるらしいが、そういうニーズに従わずに気紛れに作るのが「なんちゃって手芸」の醍醐味なので、時には「こりゃ売れねぇだろ…」と思うような出来栄えの品も出荷する。そういうのを待っているお客さんもいると実母から聞いたのは、つい最近。「絶対に市販品には無いっていうところが気に入ったらしいよ」と…。そりゃまぁ確かにそうだろうけど、何か、ビミョ〜…。そんなことを考えながら作っていたら、朱色の段染と緑の段染の組み合わせの1本が、狙っていた「柿の実」ではなく「土手南瓜」に仕上がり、我ながら「傑作!」と思った。どちらの段染も、グラデーション部分が絡み合っているし、当然左右のバランスを整えてなんかいない。互いの濃淡が絡み合った様子は、趣味の畑作りで収穫される色の斑な南瓜にそっくり。こういう予想外の出来栄えが楽しめるのも、「なんちゃって手芸」の醍醐味だと思う。さて、次はミサンガだな。
 10月3日 おンもしれーっ!
 勾玉の首飾り第2弾は、チョーカー。ダブルねじり結びから丸四つ畳み、クロスねじり結び、丸四つ畳みと、ツートンカラーを活かしたデザインの品。言うまでもなく、本にあるとおりのものを作るだけなので、独創性はほとんど無い。でも、何を作るにしても、1つずつ課題を自分に与えている。今回は、クロスねじり結び。ねじり結びには大きく分けて3種類あって、基本は2本だけで結ぶねじり結び。それを4本に増やして、同じ方向へと2対を交互に結んでいくと、螺旋が2つ重なるダブルねじり結びになる。2対を交互に結ぶんだけど、ねじれを反対にすると、角張ったクロスねじり結びになる。やってみるとすぐに理屈が解って、簡単じゃんとか思うのだけれど、本の説明を見るだけではどうも理解しづらい。そんなわけで、何かを作る時には、課題として未知の結びを必要とするものを選ぶことにしている。今回の課題だったクロスねじり結びは、結構楽しい。まだきちんと色の出方を整えることは失敗してるけど、四つ畳みとの相性は最高。丸くて模様がきちんと並ぶ丸四つ畳みは簡単で出来上がりも綺麗に見られやすいけど、単調な印象になるのが否めない。そこで、丸四つ畳みの間にクロスねじり結びを挟むんだけど、畳み結びに繋げやすい形に、糸の位置が動いていくし、角張っていいアクセントになっている。おかげで、玉結びをしなくてもヘンプがきちんと纏まってくれる。他の結びも含めて、それだけヘンプの流れを考慮したデザインだってことだと思う。何事もやってみるもんだねぇ、楽しいよ、凄く。
 10月2日 トンカラリンではない
 9月のドン底状態の時から作り始めた「死ぬ前に一度でいいから作りたい勾玉ネックレス」が、遂に完成。生成りと空色のヘンプをねじり結びと玉結びで組み上げて、昔買ってはみたものの持て余していた銀色のピュータに首の後ろに回る部分の細く仕上げたものを2本通して、長さを調節できるようにした。そういうデザインが掲載されている本を開いて、書いてあるとおりに作っただけなんだけど、トップの飾りを小振りなカラーリングから勾玉に変えただけで、ちょっと雰囲気が変わった。古代の日本に住んでいた民族の多くが、衣類には麻紐(ヘンプ)を主に使っていたらしい。そして、玉石を磨いて勾玉に仕上げ、管玉と併せて首飾りにしていたとか。その時代に関心のある私としては、「太古のアクセサリーもこんなふうに作ったのかなぁ」と、ちょっとワクワク。さらには、調子に乗って、今度はチョーカーを作ることにした。ペンダントトップのように下げる形ではなく、使用する紐をすべて勾玉の穴に直接通すタイプのものにするつもりだから、パッと見は勾玉に見えないかもしれない。まぁ、5本以上のヘンプがギリギリ通るか通らないかってサイズの穴だから、ちょっと小細工してトップとして見えるようにするのも一興か。そんなことを考えながら材料を揃えてみたら、結び紐が5メートルあり、半分に折っても2.5メートルと扱いやすいとは言えないことに気づくのが遅れた。少し組み進めたものの、さすがにちょっと疲れてしまい、機織りへと現実逃避した。機織りと言っても本格的なものではなく、「絵織亜ポータブル」という、超初心者でも簡単にセットし、織りの基本を身につけることができるという品。縦糸も横糸もレース糸にしたら、目が細かくなって強めに段を詰めないと使い物にならなくて、オロオロ。そこで、横糸を昨年購入した毛糸(合成繊維)にしてみたら、短時間で20cmぐらい織ることができて、満足。下手だけど、満足。後は、縦糸の処理の仕方を自分なりに工夫することと、中盤になると横糸を必要以上に引っ張るために全体の形が崩れやすいことに、まず取り組む必要があるかなぁ。でも、やっぱり、何かを作っている時って、楽しいよ、下手だろうと不器用だろうと、関係なく。
 10月1日 「ご主人がだいぶ変わりましたね」
 3週間ぶりの精神科への通院。昨日までのメリ込んだ出来事と立ち直りかけるまでのことを医師に話したら、タイトルの言葉が出てきた。人間、歳を重ねるにつれて、他人の身になって考えたり思い遣ったりするだけの「柔らかい思考力」が減り、なまじっか重ねている量が多い分、自分の経験と価値観で物事に対応する。だから、実父よりも旦那のほうが、私の病気に対する許容方針が変わりやすいわけだ。そのおかげなのだろうが、掃除や片づけを放棄してヘンプを結んでいても、旦那は平然としている。メリ込んで何もできなくなる姿を毎朝観察しているらしいから、旦那も私に負けない妙な性分をしていると思われる。さすがにこれは話さなかったが、まぁ、構わないだろう。ともかく、「死ぬまでに一度は作り上げたい」と思っていた「勾玉の首飾り」の制作が、かなり進んだ。相変わらず自分でデザインを考えることはできないけれど、本に掲載されているとおりのデザインなら作れるようになってきた。なので、お洒落な蜻蛉玉を勾玉に変更して、まだまだ大量に残っているヘンプを結んでいるわけだ。全体の長さは60cmを超えるデザインだけど、ヘンプだと数回結ぶだけで1cm進むから楽だし、初心者向けの本を参考にしているから、途中で厭きて投げ出さないようにという趣旨でもあるのか、数センチごとに紐を入れ替えたり結び方を変えたりしてあって、かなり楽しい。おかげで、死なずに済んだ。それに、他の種類の勾玉も別のデザインで使えそうだから、まだまだ「針を使わないなんちゃって手芸」を続けられそうだ。蛇足だが、今朝、息子の通園用の巾着袋が乾いていなくて旦那のハンドラで乾かしていたら、ハンドラの熱くなる線が焼き切れた。それに、運動会の直後に、息子が珍しく我が家で名札を外したのだが、それがどこへ移動したのか判らなくて、明日も名札無しで通園することになりそうだ。どちらも恐らくは私の無精加減に由来することだろうから、今夜、旦那にどう話そうかと、ちょっと悩んでいる。気分は、デネブ(「電王」に登場するアレね)。さしずめ旦那は侑斗ってトコか。…ハマりすぎな気がする…(苦笑)。

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