ものぐさ日記

指編みの丸ポンチョに続いてかぎ編みの四角いポンチョが完成間近です
毛糸を編んでいると自分が常に肩に力を入れすぎて生活していることに気づかされます
これも無意識的に働く完璧主義に由来しているんだろうなぁと苦笑する毎日です

●日記top  ●つっこも〜かな

 1月31日 「立ち向かう人は己の鏡なりけり」
 誰の言葉だったか忘れたけれど、今日はしばしば思い出していた。「自業自得」とは似て非なる言葉。自分の行いの報いは自分に返ってくるものだという完結した言葉ではなく、話をしているとか道ですれ違うとかの場面における相手の言動はその瞬間の自分の言動によって形成されるものと見て自分自身の言動を振り返るべきだという進行形の言葉だ、…と記憶している。意味、本当は間違えてるかもしれないけど、私の中では物凄くしっくりしている。その理由は実父母にあるのだけれど、書くと、腸が煮えくり返るのを通り越して惨殺したくなる(計画は既にある)ので、やめておく。そんなこんな事情を抱えているので、連日患者の話を聞いて処方を決めたり患者の気持ちを鎮める言葉をかけている精神科医は、非常に凄い胆力の持ち主だなぁと感心せずにはいられない。約5週間ぶりの診察は、ちょっと長めになったけれど、家族にも言えない、ましてや実父母になんか気づかれたらどうなるか判らないことにまで踏み込んだ内容になった。でも、そんな状態でも即座に自殺に向かわず、自分の意志で堪えようとしたことを認めてもらえて、とても嬉しかった。同時に、息子にも息子なりの気持ちや頑張りがあるからどんな時も叱るだけではなく努力した部分を見つけて褒めることが必要なんだなぁと、自分の体験を通して教わった。自分のことすら自分でできない身だけれど、息子にとっては私は母親なのだから、私が実父母に対して幻滅・憎悪している姿を晒しても、それを反面教師にしていることとか、友達との関わり方や、好きな物事に熱中する気持ちを認めて、少しずつでも褒めたり話に耳を傾けたりする努力をしていきたい。実父母や旦那、この欄を読んでいる多くの大人の人には「今更何を誇らしく語ってるんだ、このバカは」と呆れられると思うけれど、そうして呆れる人にも言いたい。「私のことをバカだと少しでも嘲笑したのと同じように、これを書き留めている意味に気づかないあんたのことを私は嘲笑するからね」と。これも一種の体験学習ってヤツだろうなぁ、多分。
 1月26〜30日 「生きていて、ごめんなさい」×∞
 今月は、医師の都合により、まだ精神科の診察を受けていない。だからどうしたっていう程度の話しかしないけど、患者本人にとっては唯一「大丈夫、そのままで充分ですよ」と言ってもらえる機会なので、ほんの数分間だけど大切な、本当に大切な、ありがたい時間。正直なところ、今、かなり危険。柱だけでなく、机も、パソコン本体も、風呂の湯船の縁も、何もかもに頭を打ち付けたくて、我慢しきれない。仕方がないので、またタオルで鉢巻きをしている。きつめに。鉢巻きをしていることを思い出せば、それを取ることを想像するだけで、頭を打ち付ける分の気力を使い果たせる。鉢巻きが緩んで忘れてしまっても、頭に瘤ができるほど打ち付けることもない。せっかく昨年の後半には鉢巻きから頭巾被りだけにできたのに、元の木阿弥。そんな自分も、嫌。未だに、旅行からの帰路の、「息子がこんなに謝っとるのに、何か言ってやれ! 俺らの気遣いを無駄にしやがって!」という実父の罵声が耳に残っていて、無限にループしている。その時の息子が謝っていたのは、息子に非があったからではない。むしろ、私にあった。息子に何を言われても、何を言っても、笑顔を作って見せてやる気力がなくて、悲しい思いをさせただけ。息子はそれを自分のせいだと思い、私に笑って「いいよ」と言われたくて、何度も何度も、泣きながら「ごめんなさい」を繰り返していた。私は「あんたが悪いわけやない」とそのたびに言ったけど、言えば言うほど辛くなって、死にたくなって、結局、息子に何も言わず、近寄らず、顔を見せないようにすることしかできなかった。そういう経緯を見もせず、聞きもせず、実父は私を罵った。実母は実母で、もう何ヶ月もの間、「やっぱり母親が恋しいもんで、夜中に泣きながら起きて、『ママのところにいきたいよぉ!』って言うのが、しばしばあるんやよ」と、思い出すたびに何度も何度も私に言う。今の私に、どうしろっていうんだろう。私がどうしたら、何をしたら、こんなに辛くなることを言ったりしたりしなくなるんだろう。実父は、治療を始めて少しした頃に診察に同行した時、「想像していたとおり、本に書いてある程度のことしか言わへんかったで、時間を無駄にしただけやないか」と言った。その時もその後も、精神科の正面の待合ソファには絶対に座ろうとしなかったし、診察室に入ることも拒み、自分が入らないと済まないと聞いてようやく入ったかと思いきや、知ったかぶりで付け焼き刃の知識をひけらかしはしても、医師の話は右の耳から左の耳へとすり抜かせて頭に入れている様子は無かった。実母は、実父ほど露骨ではないけれど、とにかく薬を減らすことだけを待っていて、どんなに暇でも半ば無理に用事を作って、「一緒に行けんけど、よろしく言っといて」と言って私を独りで送り出す。この冬が始まる少し前、鬱症状は脳内の感情ホルモンの分泌や伝達のバランスが変化し、特定の伝達物質を受け取るシナプスが消失していったり、分泌量が正常化されないままだったりすることで始まるのだと、実母に話した。実母は美容師免許取得のために、理科系の知識は相応に持っている。だから、精神科は脳内の何らかの異常を診察・治療するということと、安定剤とは脳内ホルモンの分泌バランスを整えたり過度に増減したシナプスに適切な刺激や抑制を施す化学物質であるということを説明したら、「ほんなの、初耳やわ」と言った。実父母は、夫婦揃って、私がキチガイになったと無意識下で思っていることが、これで解ってしまった。実父母にとって安定剤は、普通の人には有害だけどキチガイには健常者みたいにできる一種の麻薬でしかない。そして治療とは、その麻薬で健常者のふりをしている間に、私が自力で昔の、実父母にとって有益だった頃の私に戻ろうと努力することでしかない。だから、実父母にとっては精神科医は、他人がキチガイで困っているのを助けるふりをしながら、キチガイと話をすることで、キチガイを産んだ家族環境を覗き見し、興味本位で研究している薬剤師でしかない。本人達は否定しているが、自分で自分の無意識の中身は見たり認めたりすることは困難だから、自覚していないふりをしているだけに違いない。少なくとも、患者である私から見てそういう存在であるということは、事実だ。そして、私の中にある「そういう存在だ」という観念を覆すか、覆そうとする努力を露見させない限り、実父母は私にとって「有毒な加害者ども」でしかないし、言葉による否定を受け止めて納得しろと命ずる資格などあり得ない。それなのに、平気な面で笑みさえ浮かべつつ、しばしばこう言う。「俺らはな、おまえが精神科に通うようになってから、散々気を遣ってやっとるんや。おまえの具合が悪そうな時、ちゃあんと独りにさせとるやろうが。息子がママのところに行きたぁって駄々を捏ねても、そっちへ行かんようにするのがどんだけ大変か、想像したことなんか、あらへんやろ、おまえは。陰で俺らが苦労しとることを、おまえはもっとありがたく思わなあかんのやぞ。ほやけど、ほういうことも含めて、言わんようにしてやっとるんや。ほやで、俺らの面子をダメにせん内に、とっとと治せ。それこそが一番の親孝行やと思うぐらい、できるやろうが」と。道理で、私といる間に息子が少しでも暗い顔をすると、とっとと息子を連れ去るわけだ。しかも、それこそが私に対する気遣いであり、息子を悲しませない最善の方法だというのだから、どう考えても私はキチガイでしかなくなってしまう。こんなことを書く自分は、物凄く嫌。だけど、他に何も書けないよ、今はもう。除夜の鐘を聞きながら、「今年は編み物も含めた手芸っぽいことと同じぐらい、物書きもできそうだなぁ」と思ったのが、嘘みたい。一番書きたいのは、「TORAT」の続き。結婚後の二人が、何に気づき、喜び、幸福感を受け渡していくか、というクライマックス。自我に関する描写を限界まで減らした龍彦と、肉体面において限界まで崩壊させた千明は、私がこのサイトを開設して最初に晒した、私自身の一部。だから、二人の幸せは、私が「幸せだなぁ」と思っている時にしか、書き進められない。故に、カウンセリングを受けていくにつれ、書けなくなっていった。故に、「あの続き、書けるかも」と微塵にでも考えることができたのは、すっごく嬉しかった。それに、「かんながら、くして、すばる。」の続きも書けるとも、思った。涼子の人生は、脚色をかなり加えているけれど、私がこれまで歩んできた時間と思い出がベースにある。だから、涼子について書くのは、こうして辛いとか悲しいとか言って苦しんでいる自分も含めて、私が私自身を受け止め、許し、正直に他の人にも受け入れてもらいたいという気持ちの表れ。故に、この2作品の続きを書きたいと考えた自分に、「これが幸せなんだなぁ」って思えた。それがまさか、1ヶ月と経たないうちに、こうも落ち込んで沈んで生きているのが不思議になるなんて、想像もしていなかった。メルマガどころか、日記すら書けない日が増えて、書けば書いたで、こんな文章だし。もう、今は、編み物もできなくなりかけている。自分のことを許せなくなってきてるんだと思う。あ、自覚するの、遅すぎか。頭をかち割りたくなった段階で、自分自身を全面否定してるんだから。暴露ついでに書いておくべきは、「丈夫なロープを買って、薬と花結びの本も持ってあの山へ行って、木の幹と自分の首にロープを縛ったら薬を全部飲んで、眠くなったら思いきりアクセルを踏めば、間違いなく苦しいと思う前に死ねるはずだけど、息子がちょっと前に『ママがしんだらいややぁ!』って泣いてくれたから、やったらあかんよな、やっぱり。それに、連休だって時間が経てば終わったんやから、こうやって苦しくて泣いてても、もう少し我慢したら泣かんでもええようになるかもしれん。死んだら、何もできんし、やっぱり死ななよかったって思っても、やり直しできんし。『ちりとてちん』でも言っとったやん、『ゴミのようなもんでも、何度も塗り重ねて磨いてったら、いつか綺麗になる』って。ほんなふうに、自分の嫌なところも晒せるようになったほうが、きっと面白いやろうし、本当に心が健康になるんやないかなぁ」と、デッドライン上で長々と考えられるようになったこと。私的には、「落胆→自己嫌悪→自殺」がジェットコースターの下りみたいだったのが、登りみたいになった感じ。時間的に長くなっただけでなく、意識的に気持ちを吊り上げてるから。とりあえず、何日もほったらかしだった葬列みたいな刺繍糸を、ミサンガに結び始めてみた。お世辞にも明るい彩りにはならないけれど、地味なりに見れる模様になりそう。それでもやっぱり思い出して辛くなるから、お気に入りの四角いポンチョの余り糸を使って、花モチーフから始まる模様編みの帽子も編み始めてみた。本のとおりに作るのではなく、思いつくまま、適当に透かしを加えたり、拾う糸を変えて畝を作ったり、色を変えたりしていたら、到底外出時に被るのは躊躇われる物になってきた。でも、サイズは私の頭に合っていて、私と同じかもっと大きな頭の人は実母の客にも知り合いにもいないので、私が被るしかない。仕方がないので、「春爛漫天然木瓜満開帽子」と開き直ったコードネームをつけている。「葬列ミサンガ」とのギャップが大きすぎるから、いっそう気持ちに収拾がつかなくなるんだろうけど、まぁ、しょうがない。少なくとも、タイトルのようなことばかり考える時間が、一時だけでも経るだけマシ。
 1月25日 収納の仕方を考えずに作るから
 家でのみ使うつもりで作った短いポンチョの残り糸が、かなりあった。黒と水色のネップ入りツイードで、太さは極太か超極太ってところ。ポンチョには黒を主に使って、水色はワンポイント的に2ラインだけ太めに入れただけ。結果、黒は5玉、水色は9玉残った。四角いポンチョに使った毛糸も、じつは青色が1玉弱と水色がかったグレーが4玉残っていたりする。で、どうしようかと考えた結果、帽子などのポンチョ以外の物を編むことにした。昨日の欄の「横伸びしたケープ」もその1つで、書籍では中細のモヘア糸で作るデザイン。当然、指定どおりの目数だと巨人用になってしまいかねないので、目数ではなく完成寸法に合わせて作っていた。それでも失敗したのが、昨日の話。今日はその続きで、袷と襟と裾を仕上げた。襟はこま編みで固めながら少し縮めることに成功。でも毛糸の残量が心配になったので、アシンメトリーのケープと同じ形に仕上げるのはやめた。ついでに、細いモヘアなら可愛い裾の飾り編みも松編みに変更した。これらが功を奏し、毛糸はギリギリ足りた。で、肩にかけてみたら、何とかアシンメトリーな感じにできそうだったので、残りの数メートルの毛糸から30cmぐらいずつ6本切り出し、三つ編みの紐を2本作って襟2ヶ所に結びつけてみた。同じ毛糸なので目立たないし、アシンメトリーな感じで着たい時には2本で反対の身ごろを止め、正面合わせにしたい時は1本だけ結べばいいようにして、ハイ、完成。水色といってもグレーに近いので、あまり若々しい感じには見られまい。まぁ、歳が歳だし、ちょうどいいかなと思っている。よーく見るとカラフルなネップがついていて可愛いんだけどね。で、色違いの黒のツイードは、実母の目に止まり、冬用の帽子を作ってくれと頼まれた。昔から頭髪を真っ赤に染めているぐらい赤が好きなのに、「もう1つのそっち(ケープに使った水色)の毛糸でちょっとラインを入れてくれればええよ」という依頼だったけど、使いきったので百均屋で赤系統の段染を購入、それを2本取りで使うことにした。そのライン幅が3cmになったら、また黒に切り替えて、縁(ブリム)を編んで完成、の予定。力加減ができないので、かなりガチガチになってるけど、深さが増すにつれて編み地がふにゃっとなりやすくなってくるし、1段ごとに上がる時の処理のコツが少し掴めてきて、勉強になっている。無事に完成させられたら、同じ容量で四角いポンチョの残り糸を使った自分用の帽子を作りたい。全部をこま編みにするのではなく、トップにモチーフ編みを使ったデザインを参照して、モチーフ部分を青色で編んで、会釈した相手にクスッと笑ってもらえるような感じにしたいなぁ。…あ、でも、その前に、桔梗を連想する色使いのモチーフ使いのポンチョを仕上げるのが先か。あああ、またこれで部屋が狭くなるなぁ(ニヤリ)。
 1月24日 少しはマシになってきた
 ダークゾーンに入り込んだままではあるけれど、今日は幾らか浮上したらしい。編み物とか物書きとかを忘れて、数年前に買った週刊誌の綴込付録のタロットを見ていたら、買った当時よりも今のほうが好きになっていることに気づけた。モチーフが女神ばっかりだったのも、かなり影響してると思う。「綺麗なお姉さんが好きだぁっ!」と他人の前でも叫べる人間なので、麗しい女神サマ達に癒された気分。いや、気分だけじゃないか、確信だな。もっとも、「13番地」の文章がボロボロだから、完全に浮上したわけじゃない。まだ「書きたくても書けない」状態か。まぁ、これも「書きたくないし書くこともない」という昨日までの状態よりはマシだし。ホント、昨夜は「明日の朝になってもダメなままなら病院(精神科)に行こう…」ってうな垂れてたから、少しでも回復して良かった…はず。それでもまだメルマガの記事は書けなくて、「漫画を少し読めたし、鉱物コレクションの書籍の定期購読もできたんだから、大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせて、辛うじて「今日」が終わった。デアゴスティーニ社の思惑に釣られまくり状態っていうのはちょっと嫌だけど、「古代文明」と「地球の鉱物コレクション」は逃せないんだよなぁ。前者はネタの宝庫だし、後者は「化学や物理や生物よりも地学や天文学を選びたいです」と高校2年の時に担任に直談判して説教された身としてはツボもツボ、「私がこれを集めなくてどうするんだぁっ!」てな内容だし。一応、どちらも旦那に相談して許可を貰って定期購読にしてる。それだけはちょっぴり「主婦」っぽいはず。…あ、「主婦」は「古代文明」や「地球の鉱物」にときめかないか、一般的には。まぁ、いいや、どっちでも。こんなことを考えることで自虐的な感情を押し退けて、編み物を少し進めた。で、気づいた。どーして私が編むものは、横方向にやたら伸びていくんだろう? 肩から腰までの長さになるはずの、少し模様が面白いケープを編んでいるんだけど、最初に鎖編みで作った襟の長さは50cmぐらいだったのに、全体の4分の3を編んだ現在の段階では70cm弱に…。細いモヘアを使うデザインなのに、極太並のツイードを使っているから、ちゃんと実寸で目や模様の数を減らしていても、重くて伸びちゃうのかも。こうなったら、別の本に掲載されているアシンメトリーのケープの襟部分を流用しちゃえ。アシンメトリーのケープも夏用のコットンヤーンで作るつもりだったけど、これで一石二鳥というか手間と時間と材料費を割かずに済むから、ちょうどいいや。夏用のケープが欲しくなったら別のデザインで作ればいいんだし。でもなぁ、「横方向にのみ伸びる」っていうのが、ちょーっと引っ掛かるんだよなぁ、自分の体型みたいで。…あ、あかん、自己嫌悪の入り口を開いちゃあかんやん、自分っ。
 1月18〜23日 辛気臭い話だからどーでもいいよ
 ヤバイという自覚はあった。今年に入ってから通院はしたけど担当医のほうが急用で会えず終いになり、薬だけで何とか頑張ろうと思ってはいた。内心では、絶対に何ともならないと解っていつつ。やっぱり、何ともならなかった。20〜21日の旅行を挟んだことで、予感は完璧に、いや、もっと凄まじい現実になった。はっきり言って、23日14時現在、自分がどうしてまだ死んでいないのか、まったく解らない。夢中になりつつあった手芸を、キリのいいところまで続けられない。ミサンガ用に刺繍糸を用意したら、葬式行列のような暗くて重い色ばかりを、レイアウトも長さも考えることなく、ブツブツと切り分けていた。メルマガの記事の執筆なんて、考えることすらできない。こうして文章を入力していることすら、苦痛。漫画も小説もテレビ番組も、面白くないし、何度も何度も繰り返しても理解できない。思考がはっきりするのは、柱に頭を数回思いきり打ち付けた直後の数秒間程度。食事も不味い。それ以前に、食べたくない。味なんか無いし、見ただけで気分が悪くなる。お茶の味も、どうでもいい。服を選ぶのも嫌だから、同じものを繰り返し着ている。いい加減、湿ったり臭ったりしたら替えるけど、着替えを探している途中で自分が何をしているのか判らなくなる。笑う気力なんかとっくに失せているし、笑わないから息子が半ベソでひたすら「ごめんなさい」を繰り返すし、どうして謝るのか問い質すと本格的に泣きだして大声で「ごめんなさい」を言い続ける。だから遠ざかるようにしていると、今度は実父母に「謝っとるのに無視するな! 何が気に入らんのや! ええかげんにせえっ! 少しは息子に気遣いしたらどうや!!」と怒鳴り散らされ、挙げ句、「もう謝らんでもええで、こっちに来い!」と言って息子を私から遠ざける。私の気持ちなど、省みられることはない。息子を連行する時に私を見る実父母の目は、間違いなく「得体の知れないキチガイ」を見るものでしかない。だから、「キチガイでーす、何も役に立てんで、死ねって言えばぁ?」と、飲み忘れた安定剤を頓服代わりに3回分ぐらい飲み込んでから言ったら、「誰がいつおまえにキチガイなんて言ったんや!」と怒鳴られる始末。説明しても、謝罪の「し」の字も出ないで、「ほんなふうに見とらん!」と徹底抗戦。「見とる」か否かが問題ではなく、私がそう「感じる」か否かが大切なのだということを、未だに理解していない。つまり、実父母は無意識のうちに、私が知っている実父母の表情の中の「キチガイについて語ったり見たりする時の目や顔」で私を見ている、ということになる。私をキチガイ扱いしていることを自覚するとか否かなど、もうどうでもいい。こんな状態の自分が嫌で、許せなくて、死にたくなるほど辛いのに、それでもまだ「息子のために生きろ」と言われたくない。私は息子のために生まれたんじゃない。息子が私に甘えたがるのと同じように、今の私を実父母に理解してもらいたいと思っていることを無視される上に、穢らわしいとばかりの扱いをされていると感じているのに、どうして生きていなくちゃいけないの? もう死んでもいいよね? 子供なんて、親がいなくても育つものだし、ましてや私は実の親から「キチガイ」とか「穢らわしい」って感じの扱いをされているクズだし。なのに、何故かなぁ、まだ死にたくないっていう気持ちが残ってるなんて。何をしても面白くも楽しくもないし、究極の「独り」状態の自殺ばかり考えてるのに、それでもまだ死にたくないよぉ。なんでかなぁ。解らないよ、全然。
 1月16〜17日 私に「優しさ」を語る資格は無いね
 今月一緒に旅行する予定だった人が、亡くなった。実父と気の合った人達の繋がりで、昭和50年代からずーっと年に一度夫婦同士で一緒に旅行に出かけていた女性。私が鬱症状と判明し、息子が私よりも実父母に懐いてからは、まず息子が、そして息子のオマケというか形ばかりの同伴として私が、無理を頼んで便乗するようになった。おかげさまで、息子は他の6歳児よりも多くの場所を訪ね歩き、旅館やホテルのサービスやら設備やらを楽しむことを覚えた。人間としての自信を欠いてから全くと言っても過言ではないほど人の顔と名前を覚えられなくなった私とは反対に、息子は急速に人の顔と名前とどんな人柄かを記憶している。そのため、「一緒に隠岐に行ったおばさんの一人が亡くなったから、じいちゃんとばあちゃんはお別れをするために出かけたの」と告げた途端、号泣した。私は名前を聞いてもどんな顔でどんな服を着てどんな話をした人か思い出せないのに、息子は道中や宴会で好くしてもらったことなどを思い出して、「もう会えないよ〜! おばさん、天国に行ける? またどこかに生まれてくる?」と言った。私には、「うん、うん、きっと『泣いてくれてありがとうね』って、天国から見守ってくれてるよ」としか言えなかった。何故なら、私は泣けなかったから。今の息子と同じぐらいの頃、遠縁の方が鬼籍に入られた。そのお通夜に実母と実弟と3人で出かけた際、最期のお顔を拝見した時ですら、「人間って、死ぬとこんなものなのか」と冷淡な思いを抱いただけで、ご本人の生き様とか遺族の悲しみとかを想像もしなかった。隣で実弟がぼろぼろ泣いている理由を理解しようともせず、「肉の塊だけになった見知らぬ人を前にして泣いて、どうなるっていうんだろう?」程度の疑問を持っただけ。それを遺族の前で即座に尋ねなかったことぐらいしか、分別があったと言える要素は無かった。そんな私から、年に一度の旅行に数回同行しただけの方の冥福を泣きながら言える息子が生まれたなんて、奇妙なものだと思う。それなのに、今日の幼児園からの帰路、偉そうに「優しいとはどんなことか」を息子に説教してしまった。号泣する息子を抱きながら、自分の虚栄を黙して恥じた。同時に、お悔やみを告げて帰宅した実父が、いきなり「ほやけど、旅行の前(に葬式まで済ん)でよかったな」と笑って言ったことと、それを聞いて実母が顔を曇らせたのを思い出しもした。どうやら、息子は私が自分で嫌う「実父の遺伝子」よりも、実母や実弟に近い思考遺伝子を持って生まれたらしい。それは私にとっても救いであり、改めて神仏や運命などの漠然としたものに感謝した。そうしたものの働きかけがあるのだとしたら、間違いなく「この子を育てることで、あなた(私)自身の優しさや人徳について学びなさい」ということだと思うから。
 1月10〜15日 連休なんて…、連休なんて…、
(タイトルからの続き)嫌いだ、やっぱり。そりゃね、旦那がいるから安心とか、実父母と少し距離ができるから楽とか、ゲームセンターかゲームコーナーで遊べるから楽しみとか、いいこともたくさんある。でも、独りの時間を独りになりたい時に割けないことが、結構辛い。気づいたら、薬を飲み忘れてる時と同じぐらい、飲み忘れてると思って2回服用してたり、出した薬を間違えたりして、全然足りない薬と余りすぎの薬とが混在してる。そのためか、連休明けの15日の午前中、立ち上がるたびにふらついていた。最初は、「休みたくても休めないからとにかく編み物をして起きていなくちゃ」と頑張れたけれど、日ごとに「編み物ばかりで相手をしてやれない自分はダメ親だ…」と思うようになって、いっそ寝込んだほうがマシかもとすら考えた。総じて省みれば、当然ながら連休が悪いわけじゃない。それも承知の上で、敢えて「連休なんて嫌いだ…」と呟いていないと、「自分」が足元からガラガラと崩壊しそうな感じ。息子が将来どんな人間になってどんな人や物事を好きになるかを見届けたいとか、自分自身がこれから何をして何ができるようになるかを楽しみにしたりとか、いろんなことを考えちゃって、しかも、全部「自分が無残に死んで息子が大泣きする図」で行き止まりになるから、余計なストレスが溜まるったら…(涙目)。年末年始や9日までは何とか明るく楽しいことを優先的に考えることができたけど、多分、そこで限界だったんだと思う。その形跡が、8日にメルマガを発行できなかったこと。それに、こうも長々とサイトの更新が途切れ続けていることも。トドメは、「やっぱりお母さんと一緒に寝たいって言うよ、結構頻繁に」という実母の言葉。行きつけの書店には、同じ町内に住んでいる元同級生が勤めていて、「働きもしないで毎週本を大量に買えるなんていい身分だなって思われてるかもしれない」と勝手に思ったりもするから、「いかに自分が我儘で自分勝手な人間か自覚しなくちゃ」って自分を追い詰めてもいる。そこから意識を浮上させたくて、数日分纏めて書くこの日記の内容を「何を作ったか、何ができるようになったか」だけに限定していた。それも、どうやら限界。自分で読み返してみたら、「やっぱり自分勝手やんなぁ」とか、「家庭のことを振り返らないオッサンみたいで嫌やなぁ」とか、ネガティブ思考へ一直線。「誰だって一度に何もかもをやれないんですから、できることから少しずつやっていけばいいんですよ」という、精神科医のいつもの言葉をちゃんと思い出せるけど、連休の間は気張りすぎて、連休明けの1日目は反動で何もできなくなって、そんな自分が嫌になる。それでも自分を褒めてもいいかもしれないと思うのは、「死にたくない」、「死ぬのが怖い」という本能が働くようになったこと。死にたくて、殺されたくて、殺したいとばかり思っていたのが、相当に薄らいでる。但し、「こうなりたい」とか「こうしたい」と願えば願うほど真逆の結果へのルートを選ぶ性質だけに、今度は「望まない死」が自分か大切にしたい誰かの身に訪れたらどうしようかと、またもネガティブ思考に続けちゃってる。とりあえず、今は「独り」がいい。「独り」でなくちゃ、嫌だ。だから、「独り」が「罪」だと思い込んじゃうようなことを、聞きたくない。無理やり親睦を深めるような日を、何日も続けたくない。そう思うことすら、「普通の人」には「我儘で自分勝手で罪深いこと」に思えるのかなぁ…。
 1月6〜9日 「お約束」あるいは「勝手なルール」
 年越しで編んでいた四角いポンチョが完成したので、残り糸で指アフガン編みの帽子を製作開始。「ポンチョには同じ毛糸の指アフガン編みの帽子をつける」というのが、私の(ここでタイトルどんっ!)だったりする。残り糸が少ないからギュッときつめに編みたいけれど、また鬱血状態が数日続くことになると困るので、残量を見ながらゆる〜く編んでいる。同時進行というか、ポンチョ制作中から片手間に、初めて編んだ指ネット編みの三角ショールを解き、指こま編みで円形のショールに編み直していた。三角の時にだらしないほど大きく作ったのに、完成してみれば、30段のケープ状態に纏まった。シトラス風の帽子のミカン色の毛糸が余っていたので即興で紐を作って胸元で結んでみたら、「襟も無いし結び紐が映えすぎる出来損ないの青色ケープ」って感じになった。実母にも「もうちょっと何とかしてみやぁ」と言われたが、有り合わせの毛糸を使ったものだし、室内でしか着ないつもりだし、背中と二の腕がホカホカするので、「ケープやないも〜ん、ショールやも〜ん」と反撃しておいた。これで作りかけのものは、四角いポンチョの揃いの帽子と、モチーフ繋ぎの桔梗っぽい彩りのポンチョのみ。桔梗っぽいのは、明らかに毛糸が足りないので買い足しに出かけたら、別シリーズの糸が売場を占拠していて、1玉も残っていなかった。まぁ、全国チェーンの百均屋だし、数日で商品が入れ替わるから、何度か通えば必要量を購入できるだろう。帽子も前述のとおり、のんびり作っている。それに、そろそろ年始の忙しさから解放されたおばはん達が…否、実母の店の常連のお客様方が来店し始めているので、粗品の定番のストラップも8色1揃えを作って出荷しておいた。ミサンガのほうも数本里子に出たので、そろそろ補充分を作らねば。そんなことを考えていたら、市内の長寿会(一般に「老人会」と呼ばれるアレ)が集まって開くバザーに、ストラップとミサンガを出してほしいという話が実母経由で届いた。これは、実父が会長をやっているから出てきた話で、別に私の年齢が誤解されたわけではない、多分。聞いた時は「売り物になると認めてもらえるようになってきたのか」と嬉しかったけれど、今は「店で無料で配っている粗品なのに他所で商品にしてお金を払ってもらうのは変だよなぁ」と考えを改めている。ということで、実母のサービス精神と実父の会長たらんとする面子とを保つべく、バザーまでに数本だけでも吉祥結びの飾り紐をトップにした麻のペンダントを作るつもり。ミサンガもペンダントも半日から1日で1本仕上げられるから、気分転換にちょうどいいし。などなどと考えながら、新たに買った編み物の本を開き、「今度はアシンメトリーのケープか模様編みの三角ショールのどっちを編もうかなぁ」とニヤけていたりする。はっきり言って、バカだ、自分。でも作るんだよなぁ、バカだから。バカついでに、20年ぐらい温めていた「技」を遂に持ち出し、記念作品として短編を1作書いた。ぶっちゃけ、丸ごと全部、「どこかで見たことがあるよーな…」という作品。タロットと魔物を絡めるというのは、数年前に掲示板でやり取りしている間ににゃおやしき女史から出たネタで、「ああ、やっぱり思いつきやすいネタか」と思って一度は諦めた。しかも、当時は「カードキャプチャー某」という漫画やアニメの人気が絶頂期だったから、主人公を女の子にするのも憚られたし。それに、技に関しても「倶利迦羅もんもん」という漫画の主人公が使っているのを読みながら、「オリジナルですって主張しても、二番煎じ以外の何物でもなくなったなぁ」と溜息をついた。そんなこんなで諦めたものを書いたのは、にゃおやしき女史と疎遠になってしまったことと、アニメも漫画も完結して数年が経過したことと、一度でいいから学生時代の自分が考えた技のネーミングや使いどころがどこまで受け止めてもらえるか試してみたくなったから。短編として仕上げるために2つしか出せなかったけれど、悔いはない。後悔するとしたら、主人公の名前を決めずに書き始めたことぐらい。字面は好みなんだけど、音がね、どこかのママドルとやらの娘みたいになっちゃったのがねぇ…。まぁ、いっか、続編とか使い回しとかは恐らく無いから。技だけは「VS」で使ってみたい気もあるけど、ね(こらこら)。
 1月1〜5日 正月から長々とダベってるな…
 除夜の鐘を聞きながら初詣でに出かける実父母の留守番ということで、1時間弱だけ眠っている息子の隣で編み物。そうして始まったものの、「今年は編み物から遠ざかるんじゃないかなぁ」などと思った。まぁ、遠ざかるとか耽るとかは、私が何をして現実逃避やストレス解消をするかっていうだけのことで、大した問題ではない。今は今、数ヶ月後のこととか考えるぐらいなら、「電王」の最終回の心配をしているほうが、心は健康でいられると思う。なので、「よしっ、今年は『心の健康』を意識して、ドツボに嵌まりかけても早めに浮上するぞっ」という年頭所感を抱いた…のだが、落とし穴はどこにでも用意されているもので、元旦の夕方から旦那の実家にお邪魔して年始の挨拶をした際に、「はい、お年玉。それと、あんたらってばクリスマスに来なかったから、渡せなかった分」と義母の言葉が…。サクッって感じじゃなく、グサッに近かった。結婚当時よりも好かれていないこととか、日常的に快く思われていないだろうこととか、稀にお邪魔する時に嫌みの一つや二つは言われるだろうとか、覚悟はしている。それでも刺されば痛いし、申し訳ない気持ちにもなる。ただ、一昨年は死にたくなったし、昨年は胃腸炎を起こしてほとんど食べられなかったけれど、今年は「やっぱり言われたか…」と思ってもその場で落胆しなかったし、息子が割と落ち着いて食事するぐらい一緒に食べることができた。それだけでも、自分では120%も頑張れたと思っている。他人がどう批評してもいいや、もう。無理して両方の実家に気を遣った挙げ句に息子を残して自殺するより、両方の実家に陰口を叩かれながらも生きて息子に善悪の基準を息子なりに作る手助けをし続けるほうが、旦那や息子に必要とされるだろうし、双方の実家の親孝行にもなるだろうから。あー、何か、こういう悪態のつきかたって、すっごく久し振りだなぁ。学生時代以来? いや、結婚前はずーっとこういうスタンスで生きていた気がする。結婚しても、割とあっさりした人付き合いをしていたっけ。それではダメだと思ったのは、やっぱり息子が生まれたから。PTAとか町内会単位の分団とか、どうしても他人との付き合いを無視できなくなったのが、きっかけだった。…と、こんなことを考えたからだろう、2日は胃腸の具合が悪くなり、3日には安定剤の影響でダウン。4日もぐったり気味で動けず。5日になって、やっと息子の外遊びに同伴できた。この5日間で「進展」と言えるのは、ポンチョ作りぐらいかもしれない。モチーフ繋ぎのポンチョは残り14枚とフリンジのみ。四角いポンチョはフリンジのみ。ついでに初めて作った指ネット編みの三角ショールを解いて、改めて指こま編みの円形ショールに編み直し始めた。4日には久し振りにキリ番踏破の連絡をいただくという嬉しいこともあり、何をテーマにしようか考えている。このネタ出しに時間がかかっているのは、ブランクの影響、確実に。恥ずかしくない作品にと力みすぎているからだということも、自覚している。かぎ編みをしていると持つ手にタコができそうな感じがし、指編みをしていると右手の人差指が絞めすぎで少し痺れたり。そのたびに、「また肩に力が入りすぎてるよ…」と苦笑している始末。とりあえず、5日の夜、ノンフィクション作品「ファイブ」のドラマが放送されることを思い出し、予約録画できただけ、精神的余裕がちょっとだけできてたんだなと思った。ちなみに、放送局がNHKなので、チーム名も雇用会社も選手名も地名も何もかもが、仮名。CMが入らないのは嬉しいものの、書籍の「ファイブ」が「原作」とされていることと、物語の脚色の仕方には、ちょーっと困惑している。面白くないんじゃない。主人公の「佐山」選手の奥さんの視点がメインになっていることで、書籍版の裏側というか、コート上以外で起きていたかもしれない事情が描かれているのが、嬉しい。但し、前述のように、脚色が強いから、実際には起きていなかった出来事が加えられている可能性が高く、ドキュメンタリー作品として鑑賞するべきではないことを、しっかり念頭においておく必要があるけれど。それでも、やっぱり嬉しい。

●日記top  ●つっこも〜かな