ものぐさ日記
急速に春めいてきたので太い毛糸のポンチョと帽子が躊躇われるようになりました
山盛りのレース糸で何か作ろうと企ててはいましたがあまりに気の長い企画なので断念し
今は百均屋にコットンヤーンが登場したらベストに挑戦するつもりでいます
| 3月27〜31日 やっぱり実行していない |
| 息子の持ち物への記名をひたすら続けていた。算数の教材に数百枚のカード類が含まれていて、多くのお父さんお母さんならハンコやシールを作って済ませるだろうそれらにも、1枚1枚手書きで息子の名前を書き続けていたわけよ。こういうのは一気に片づけるものなんだろうけれど、私にはできなくて、1日100〜150枚を目処にして、数日かけて終わらせた。結果、まだ何か準備できていないものがある気が拭えていない反面、来月から息子がどんな物を使ってどんな勉強をするのかを把握したり推測したりできた。これって、いいことだよね。ちなみに、残っているのは椅子ポケット(椅子の背凭れに被せて使う道具入れ)と掃除道具を入れる袋。私が編むと言ったら、「俺なら30分ぐらいで縫える」と言い放ったので、すかさず押し付けた分。現在、「後はポケットをつけるだけ」らしいけれど、小声で「でも本体が1〜2cmだけ幅が小さくなったからなぁ、ちゃんと被さるかなぁ」と付け加えたので、実際にはほとんどできていないのではないかと私は推している。「名前を書きたいから完成したらちょーだい」とチクッと突いておいたのは、言うまでもない。31日には、私が記名を終えたご褒美も兼ねて、息子が電車に無料で乗れる最後の日ということで、名古屋ドームの道向かいにあるイオンへ遊びに行った。大型デパートで、オンラインショップもある石屋さんが数店舗入っているし、書店もデッカイのがあって、私にとって遊園地並に楽しめる。旦那と息子には、ゲームコーナーが本命。やっぱりデカいのが2店舗入っていて、地元には無い機種が多いし、2層構造になっているボールプールもあるから、それぞれにストレス発散要素が揃っているわけだ。もっとも、今回は、私は1つも石を買わなかったし、旦那と息子も相応以上の出費と引き換えに景品をgetしたし、反して私は偶然Hit率の高い席でメダルゲームを満喫するという、滅多に無い、否、ほとんど無い状況だった。まぁ、私が確率変動に突入した頃に息子も席を移動してきて、一緒になってワイワイ遊んだから満足してたみたいだし、私の財布も毎週のように通院したための出費に上乗せするダメージが無くて助かった。さて、残り1週間の準備期間で、息子の支度を仕上げ、私も衣類を再確認して買い足したり、居間だけでもそれなりに片づけをして不意の来客に動揺しないようにしておかなくちゃなぁ。…あ、書いちゃったから、これもやらない可能性が(殴:以下略)。 |
| 3月26日 公言するとどうせまた実行しないんだろうけどね… |
| 下のバカみたいに長いのだけだとゲッソリなので、ちょっとだけ現実逃避報告。テープヤーンで作っている渦巻き模様のベストが、身ごろを繋ぐ段階までできてきた。中表ではいだりとじたりしたら、首回りと袖刳に縁編みを施して、糸の端っこを全部処理し終えたら、完成。そうしたら、色違いのテープヤーンで、半袖のプルオーバーを編み始める予定。手芸って、禅だね、ホント。指編みとかストラップとか、ちゃっちゃと完成する物も、きちんと落ち着いて作らないと捩れたり結び目が乱れたりする。ましてや、衣類を編むことなんて、何日もかけて少しずつ作業を続けるわけだから、最初から最後まで同じ気持ちを保てるほど人間ができていないから、前身ごろと後ろ身頃とが同じサイズにならなくちゃいけないのになっていなかったりして、結局、仕上げ段階で悔しくなる。それでも達成感があるのは、嬉しい。だから、この先、数ヶ月分ぐらいの編み物予定を頭の中で既に立てていたりする。それどころか、組紐とモチーフ編みに使うつもりだったレース糸で、数ヶ月前に断念した大きな三角ショールを編み始めていたりする。20番と40番の糸で、0号レース針を使用。粗品にできそうな組紐と小物を作るつもりで集めた糸だから、いろんな色の玉がどれも中途半端に残っている。それぞれを分けて使うと途中で飽きるのが、雑貨やドイリーを編み終えることができなかった理由。そこで、全部を使いやすい、三角の底辺の真ん中から編み進むショールを選んで、想像しがたい完成を楽しみにしながら編むことにした。同時に、組紐のブレスレットは制作を中止し、当面の粗品はストラップとミサンガに限定するつもり。まぁ、こうやって宣言してそのとおりに実行したことって、高校入学以降はほとんど無いから、どうなることやら。で、同様に公言しちゃうのが躊躇われるのが、謎ブログ。なんちゃって手芸のほうを縮小する際に、彩りについて考える機会があって、さらには天然石で自分に合うブレスレットを繕うとも企てていたりするものだから、パワーストーンやらチャクラやら五行やらと、オカルティックな事柄と比較したり、自分で調べて記憶してきた事柄とも照らし合わせたりして、ぼんやりとだけど思考が纏まり始めている。それらについて、天然石の話題から入って順番に書き留めていきたいなぁ、とも企てている。そんなこんなで、精神的にも肉体的にも内外のボーダーラインをフラフラしながら、最終的には我欲優先主義者あるいは他人を省みないで夢想に耽る天の邪鬼となっていたりする。さて、こうして書いた事柄の内、いったい幾つが実行に移され、最後まで続けられることやら。我が事ながら、予想すればするほど面白くないイメージばかりで、「どうせやんねーだろ…」と溜息が出そうになる。ここら辺が「天の邪鬼」たる私の本性の1つってトコなんだろうなぁ。 |
| 3月19〜26日 心の中では嵐のような日々なのよ… |
| 19日は、メルマガのあとがきを執筆した時からの気持ちを引き摺り、何となく「生きるも死ぬも惟神(かんながら:神様次第とか天任せってな心持ちのこと)」と半ば開き直っていた。旦那からメールで「息子の机、こんなのはどう?」となぜか昼間に尋ねられたので、「まぁ、いいんじゃなぁい?」とフツーにレスしてしまった。今にして思えば、「あんた、仕事中に何やってんだよ!」ぐらいのツッコミは入れるべきだった、機械(パソコン)に仕事させて特撮関係者のブログを梯子しているのが常だと解っていても。それぐらい、気持ちに余裕が無かったのは、確か。20日なんて、「休日かぁ、鬱陶しいなぁ、独りになりたいのになぁ」と思いもせず、旦那が「机を置くスペースを作るぞ」と言って居間の片づけを開始したら、知らず少しずつ片づけに参加しちゃってたし。心身ともに元気な旦那は一気にガガッと山積みの玩具や本や雑貨を除けてたけれど、心身ともに弱ってる私は自分の物を少しずつ運んだり分類したり数分ごとに休んだりで精一杯。行方不明になっていたDVDや玩具が出る、出る。それでもまだ全部が見つかったわけじゃないから、我が家の散らかり具合ときたら半端じゃないと改めて認識した。認識したものの、「悪性腫瘍だったら健康な細胞にも影響の出る抗癌剤の点滴とかやるみたいだし、片づけて見つかった物は全部、形見になっちゃう可能性もあるんだよな…」と思った途端、旦那の乱暴気味の片づけっぷりもオロオロと仕分けする息子の様子も、泣ける材料になっちゃって気持ちがめり込んだ。だから、21日の午前、耳鼻科に行くのが怖かった。「Climax Jump DEN-O form」を車内で歌いながら運転して、何とか無事に病院に着いたって感じ。待合で呼ばれて診察の順番待ちのソファに座っていたら、担当医師が内線で外科だか内科だかの先輩医師と打ち合わせをしているのが聞こえてきた。「来月からなんですけど、ウチではもうベッドが使えないじゃないですか。だから、そちらの名義でベッドだけ用意してほしいんです。発見したのはウチですし、毎日の点滴による投薬処方は4月からもウチでやれるので、実質的には名義だけの転科ってことです、はい」と、担当医師の大きな声がよ〜く聞こえる、聞こえる。そこは総合病院なんだけど、医師に対する評価と待遇が厳しくて、主力の医師ほど転院や開業で出ていくし、定年退職した医師の後継が入らずに非常勤扱いで退職した医師を引き止めているのが現状。結果、常勤医師による診察と入院患者への回診だけでもハードになり、常勤医師が1人だけになった耳鼻科では夜勤を含むローテーションが組めなくなり、4月1日からは耳鼻科の患者は外来のみと決まった。だから、他の科に転科したことにして入院させたい、というわけ。「転科してでも入院させたい」、「発見したのは耳鼻科」、「毎日の点滴による投薬」などの言葉から、私の頭の中で「扁桃腺の悪性腫瘍には他の部位ほど抗癌剤が効かないため、毎日、点滴で何時間もかけて投薬している」という闘病中の方のサイトの文面がぐるぐるぐるぐると回る、回る。しかも、「はい、ではそういうことでお願いします」と内線を切った後で、名前を呼ばれたから、「悪性なんだ…」と思った、当然。でも、「先週切ったポリープはポリ○△×っていう良性腫瘍だったから、はい、あーん」と早口で告げられた…。…で、まぁ、これも当然だろうけど、「さっきの内線は何やったんや!? それにポリ○△×って聞き取れんかったやんかぁっ!」と心の中で叫んだわけだ、診察も吸引投薬も軽〜く流された後でだけど。「鈍すぎだろうが、自分!」って独りツッコミ入れたのは帰りの車中でと、これまた鈍すぎて、もう何も言えない、言えない。とにかく、気が抜けた、抜けた。同時に、それまでは「何年も先のことを考えても無意味になるかもしれないし」と思って後回しにしていたいろんな気持ちが、「それなら少しでも早くやったほうがいいやんか!」と怒濤のごとく蘇って、かえって何もできなくなった。少しは落ち着いて、やりたいこととやるべきことの順番を判断できるようになったのは、22日の昼近く。「そう言えば、旦那が23日の午後に机が届くって言ってたっけ」と思い出して部屋を見れば、机を置く場所だけ開けていて、他は床がほとんど見えなかった。勿論、慌てて片づけを始めたし、それでもやっぱり旦那みたいに短時間でドカドカ物を移動したり捨てたりできないし、すぐに気力が尽きかけて何度も何度も中断したから、未だに「荒んだ」が「乱雑に散らかりっぱなし」程度になった状態。昼間をそんなふうに過ごしたから、夜間は反動で「あれもやりたい、これもやりたい」という気持ちのほうが暴走し、ニットの本を開いていろんな編み図を解読し、それを自分に合うように調整できるか考えたり、調整後に必要な糸の量を算出したり、それだけの量を揃えてなおかつ最も安価でありながら良質な糸はどれか探したり、好みの色を選んだり、衝動的に購入を申し込んだりした。結果、片づけの続きは23日になり、午後に届くはずの机が午前中に届いたことで、旦那の組立作業が捗るようにパーツの置き場と搬入経路の確保が優先となった。そうしてやっと荒んでいた居間が散らかったままの居間に戻ったのだが、夜になってから義父母と義妹(旦那の妹)と義妹の子がお祝いと机の確認に来てくれた時には、既に私の気力は0に近くて、それだけの人数が座れる場所をギリギリ確保できないまま上がってもらうことに…。義父母がイヤ〜な顔をしたのは、言うまでもない。臨時教師を10年以上していた義妹はそれだけ多くの子供を見てきただけに、病気に関する知識と応対の仕方も自然に身についたのだろう、私が「家事をするにも少しやって休憩してを繰り返さんと動けなくなるから」と言ったら、「そうだよねぇ」と言ってくれた。旦那すら「サッサとやればすぐ終わるだろうが」と言うぐらいだから、その旦那を育んだ義父母はもっと病気に対する受け入れ余地は無くて、通院開始から2年経過した頃に「まだ(精神科に)通っとるのか!?」と驚いた後は、まったく話題にもしない。多分、実父母と同様、身内に精神科に通院している人間がいることを他人に知られたくないと考え、無意識のうちに私そのものを疎んじているのだと思う。まぁ、本人達に尋ねれば、「そんなことは断じてない」としか言わないだろうけれど、どんな薬を服用しているかどころか、少しは薬が減ったのかとも質問されたことが無いのだから、私が病んでいることそのものを忘れているとしか、少なくとも私には見えないわけだ。で、そんなことがあった翌日の24日には、息子の卒園式とクラスの会があり、完全に気力を使い果たした。卒園式の最中、園長の話は何とか聞けたけれど、続く来賓の祝辞ときたら、園長と同じく抑揚も情緒も無い話し方で、まるで下手な読経のようだったから、寝入ってしまった。何度か鼾をかきかけて慌てて起きたものの、次第が進むまで睡魔が離れなかったぐらい。ちなみに、私は法事などで和尚の読経を聞いても眠くならない。信じてもらえないけれど、本職の人の読経は興味深くて耳を傾けてしまうクチ。素人が意味も考えずに面倒臭そうにやっている読経では、1分以内に寝ちゃうけど。話を戻して、25日は、そんなこんなで、朝早く目が覚めた。つまり、気力をチャージできる睡眠の仕方すらできなくなっている、というワケ。息子の相手もできないし、部屋の片づけもできない始末。それでも何もしないでいると実父の機嫌が極端に悪くなるから、無理して息子の新しい教材の名前書きを独りでやっていた。何回も休憩を挟みながら、半日で150回ぐらい息子の名前をひらがなで書いた。それでもまだまだ教材は残っているし、買い揃えなくてはならない物もある。それを思い出すだけで、落ち込める。そんな状態なので、実父には私のことが不愉快でたまらないのだろう、夕方以降、私の目の前で息子を怒鳴りつけたり物を投げつけたりし始めた。本人は自覚していないが、完全に「酒乱」。まぁ、素面でも似たようなモンだけど。おかげで、25日夜からずっと、私のほうが肩や腕が震えて力が入らない状態に陥った。26日の午前、精神科の診察でそれを話し、こうも実父の顔色一つで具合が急変する原因と思われることを話したら、還暦を過ぎた人間の性質が変わるのはほぼ無理であること、私が実父母を始めとする他人の評価と理解を求めすぎていること、実父の今の性質が甲状腺機能亢進症をきっかけにした鬱病(注:鬱「症状」ではないようだ)の可能性が高いことを、諭された。その医師とは、これでお別れ。名古屋で開業されるため。ポリープが発見されてから良性と判明するまでの妙に悟ったような心境のままだったら、通院を1ヶ月に1度にして開業先への転院も考慮させてもらえたらしいが、今のこの荒んだ気持ちではまだまだ2週間以内の通院ペースで服用薬も減らすのを見送ったほうがいいのは当然で、そういう患者が少ないほうが開業医師にとってはありがたいのも当然なので、開業場所などの情報をいただけなかった。医師との相性云々以前の問題、ということだろう。私自身も、どんな医師が担当になっても、30年以上かけて培ってきた自分の内面を見直すことがメインテーマのままであることと、それに取り組む意欲とか決意とか覚悟とかがまだまだ足りないし自分で貯める意識が乏しいこととで、なーんにも変わらずにいるだろうと予感している。よって、今最もやらなくちゃいけないと思う息子の持ち物の名前書きと、今最も現実逃避できる編み物を、また交互に再開するか。あ、そうそう、既に書いたかもしれないけれど、書き留めておかなくちゃ、自分のために。立ち向かう人は己の鏡なりって。それと、手芸は禅も。 |
| 3月15〜18日 検査結果は21日なのでそれまでは現実逃避(愚) |
| 14日の夜、さすがに患部付近が腫れて熱を持ち、寝苦しくて不安になった。が、15日朝になった途端、腫れも熱も引いて、何でも食べられそうな気がした。勿論、気がしただけ。お粥を少量飲み込む時ですら、患部を擦るような感じが怖くて、とてもじゃないけど錠剤なんて服用できなかった。その後の16日からは何とか薬を飲んでも大丈夫と思えるようになったものの、固いものをふやかしても食べづらく、空腹を我慢し続けていた。結局、13日の深夜にもらった旦那からのホワイトデーのお菓子は、17日の夜、普通のメニューの夕食を食べても出血しないのを確認してから開封し、少しずつはむはむしている。時々、いつものように大口でがぶっと頬張ってしまうと、飲み込む時に「失敗したぁ…」と思いつつ、ちょびちょびと嚥下。でも、空腹で泣きたくなることがなくなったのは、かなり嬉しい。そんな日々の中、17日には大量に里子に出たなんちゃってストラップの補充と、天然石のビーズと刺繍糸で作る根付け(ストラップ)もどきの試作をし、18日にはメルマガの記事を書き終えることができた。根付けもどきは、みちよさんにプレゼントしたいと先月から考えていたもので、百均屋のビーズで練習してから天然石ビーズを仕入れるつもりだったのだが、不器用さが丸出しのものしかできなくてガックリ。まぁ、他の誰かに作り直してもらってもいいように、石だけはしっかりしたものを選ぼうと思う。ただ心配なのは、私が贈った物が届くことでみちよさんにアンラッキーが及ばないだろうか、ということ。みちよさんに献上した短編「ウンキキキトリヤ」みたいに半ば意識的に運気を変化させることができるのならまだマシだけど、意識すればするほど裏目に出そうで私自身のことながら怖い。で、旦那に相談してみた。「メールでしかやり取りしたことがない相手から婚約の報告を受け取ったから、その次のメールで『おめでとう!』って書いたら、白紙に戻ったって返事がきた。他にも、『夫婦仲が良さそうだなぁ』と思って少しそのことに触れたら、数ヶ月後に離婚したってメールが届いた。これって、ジンクスになるかなぁ?」と尋ねるつもりが、「これって」の直前に、「メールだけでも破壊神(クラッシャー)パワー全開かよ!?」と旦那に叫ばれた。「そんな奴と結婚したアンタは変人ってことかっ?」と言い返したかったけれど、できなかった。同時に、「そうか、良縁・悪縁問わずに吸い取ったんじゃなくて、手放しに感情を出すと相手の運気を壊すってことかもしれないんだ…」と納得してもいたから。その時はガックリしたけれど、今はちょっと見方を変えてみた。天然石のことをパワーストーンと呼ぶご時世だから、私が「この石、好きやぁっ!」という気持ちで糸を通したら、ちょっとした不運ぐらいは破壊することができるんじゃなかろうか、と。本当は、確実に良縁を避けて破壊対象を限定できればいいんだろうけど、本当に運気を破壊的に変化させているのかも判らないからなぁ、どうしたもんかなぁ…(悩)。 |
| 3月14日 18時30分〜19時23分:何じゃこりゃあぁっ(松田優作風に) |
| 切ってきた、扁桃腺。正確には、「扁桃腺のポリープを切除してきた」だな。15時開始予定のところ、早く行っちゃったし、担当医師の言動とポリシーはどうやら「ちゃっちゃか」らしく、14時45分頃開始。同じ時間枠で他に2人、外科的処置をするらしく、麻酔の効き目待ちとかを利用して、ローテーションで施術していた。順番は、私が最初。でも、終わったのは私が最後。出血がね、かなり多くて止まらなくて、1時間ぐらい余分に処置が続いてたから。いや、「もう他のことを掛け持ちでやれる状況じゃないからこっちに専念して」って医師が看護士さんに言ったから、電気メスが登場したあたりから既に「手術」だったんだろうなぁ。電気メスと言えば、そうそう、アレ、もう二度とやられたくない、ホント。麻酔が効いていても、ジュゥッって感じに痛い、痛い。文字通り、「焼け火箸を差し込む」ってね。切除したポリープが直径3mm前後の水晶のクラスタみたいなのだっただけでも「何じゃこりゃあぁっ」って思ったのに、その後も続く出血具合とか、それを待機中につい飲み込みそうになって患部を思い切り刺激して再出血が始まった時とか、電気メスの処置が想像以上の回数繰り返されると体験している最中とか、ずーっと「何じゃこりゃあぁっ」だった。ただ、3ヶ所残して焼き入れを中断した医師が、「ちょっと様子見よ、止まるかもしれんから」って言った時だけは、「勝ったぁっ!」って思ったなぁ。2回目の電気メスからは、痛いのが分かってるから緊張が解けない私と、それでも止血しなくちゃいけない医師との間に、居合抜きの仕合的な空気が満ちて、「焼かせろ」「痛いからヤダ」の視線がぶつかったり逸れたりしてたから。何とか出血が止まってるのが確認できた時は、16時を20分は過ぎてたはず。出血が多くなった原因は、ポリープが見えにくい奥のほうにあって、視診時に立てた「表面の粘膜と薄皮を5mm四方ぐらい剥ぐ感じ」で済まないことが、切ってから判明したことらしい。もしも確認しやすいところにあったら、検査入院になっていたと思う。何故なら、「月曜日(17日)中までお粥やプリン系のものしか食べたらあかんからね。それと、夜中だろうと休日だろうと、また出血があったり痛みが強くなったら、即病院に電話して診察を受けに来てや、絶対にっ」と言われたし、会計のために自分で総合窓口まで持っていくカルテの写しにまで「電話あり次第、担当医に即連絡!」と赤のボールペンで大きく書かれていたし…。ともあれ、何とか日帰りできた。首を捻ったり、重いものを持ったり、大きな声を出したりが、まだ怖くてできないけれど、何とか1週間、無事に過ごしたいなぁ。で、1週間後に出てくる検査結果が、少しでも悪くないほうの内容だったら、さらにいいんだけどなぁ。そう願う反面、「もし抗癌剤で頭髪が全部抜け落ちたら、腰に木刀差して『伸びろ、鬼灯丸ぅっ!』って叫んで、リアル陽子姐さんトコの子にウケてもらおっかなぁ」とバカなことも同時に考えていたりする。こんな自分が最も「何じゃこりゃあぁっ」なヤツなんだろうな、世間一般では。 |
| 3月14日 9時30分〜10時35分:なんや、それ(ビシッ!) |
| やっと書く気になれた。まったく、物書きとして恥ずかしいかぎりだが、12日の22時ぐらいからずっと、怖くて自分のことを考えるのが嫌だった。旦那や実父母にバレてはいない。息子にも、多分。昨夜なんて、いつもよりも2時間早く窓機を起こしてネットにいたけれど、やったのは12日の夜にし忘れたサイトの更新と電脳ペット達の世話とハボとのゲーム、小銭稼ぎぐらい。小銭稼ぎっていうのは、「ちょびリッチ」と「ECナビ」でのポイント稼ぎのことで、基本的にクリックしかしない。会員登録だの応募だのは煩わしいから嫌だし。それでも半年で紅茶に困らない程度は稼げる。話を戻して、と。サイトの更新をしてから昨日の分の日記は書いていなかったことを思い出したし、掲示板に棗姐さんが書き込んでくれたことは覚えていたけれどレスをまともに書く自信がないと気づいちゃったし、未読メールが既に1ヶ月以上溜まっていることを忘れていたし、今日の検査のことを少しでも考えたり思い出したりすると泣きそうになる自分が恥ずかしいし、風邪がほぼ治ったのに左の鼻腔に鮮血色の鼻水が溜まり続けているのがさらに怖いし、ここや隠しているつもりのページとかに「絶対に息子を泣かせないぞ!」みたいな決意表明をしたらまた自ら裏返りルートを進んで早死にしそうだし、こうして「死ぬのが怖い」とか書くと「さんざん自殺したい言うてたの、あんたやん」って自分でツッコミたくなるし、とにかく思考回路がゴチャゴチャして、自分のことをほとんどできなかった。自分以外のためなら、できた。実父がiMacを買うつもりになったから相談に乗って近場に新しくできた家電屋へ行ったし、そのついでに窓機専用だけど息子や姪っ子、甥っ子達が喜びそうなアプリを見つけてネットで詳細を調べたし、息子の風邪の具合を案じて病院へ行ったり寝つくまで腕枕をしていた。だからバレてはいないだろうと思うワケで。まぁ、独りでいる時は、見苦しいほど悪い想像ばかりしちゃって、編み物をしてみたけれど泣きそうになっていたから、旦那にはちょっとバレたかもしれしない。旦那は旦那で、そういうことで私にツッコミを入れると本当に泣くから後始末が面倒だって知っているので、「放置」コマンドが自動的に入る人だけど。それでもまぁ、一応は誤魔化すべく、アレコレもがいた結果、昨夜の私が一番真剣にやったのは、「ギャラリーメイスン」という和歌山県の石屋さんのサイトに長居して、自分好みのブレスレットのデザインを考えること。この石屋さん、じつは何年か前から楽天ショップのほうのサイトで知っていたけれど、品質も値段も私には高嶺の花だから目の保養だけさせてもらってきた。本家サイトがあるのを知ったのは最近のことで、そっちを訪ねてみたら品揃えが段違いに多いし、品質も価格もVIPクラスからお手頃クラスまであるし、オリジナルデザインのアクセサリーの更新も早いし、これがまた私の好みのツボをピンポイントで突いているから、拝見するたびに「欲しいぃぃぃっ!」「でもヘソクリが足りねぇぇぇぇぇっ!」と呻く、呻く。呻くけど、つい通う。呻くだけなら良かったけれど、昨夜は「もう末期癌だったら」なんて想像をした後だったので、「どうせ死ぬなら思い切って高嶺の花を買い揃えてやるぅっ!」と思い立ち、一番ツボに入ったチャクラカラーの龍彫刻ブレスを堪能した後、自分で作るならどの石を組み合わせるか、それがいくらでできるか、大真面目に考えていた。時間にして、3時間以上、かなぁ。旦那が帰宅する前から始めて、旦那が夜食を作って食べてしばらくして風呂に入って「おやすみ〜」って言って離れに行き、その後で私が風呂に入った20分ぐらいだけインターバルがあって、再開してから「よっしゃ!」って納得したら25時過ぎてたし。終わった途端、ただの検査なのにビクビククヨクヨしていたくせにゲンキンな性分やなぁって、勿論自分にツッコんだ。で、そのまま眠ったから、今、こうして書くことができるんだと思う。ちなみに、息子を幼児園まで送っていった帰路、「1日に煙草を1カートン空けた時は『癌になってもええわ、太く短く生きるだけや』って思ったけど、いざポリープが見つかった途端、神経は細いし悪い想像は長々浮かぶし、何が『太く短く』や。ああ、ほや、体格やわ、太ぉなるばっかで身長伸びんもんなぁ。って、(ここでタイトルどん!)」と、頭の中で独り漫才していた。ホント、「なんや、それ」ってね。まぁ、何とか平常心で病院に行けそうだから、いいや。そんなわけで、昨日の日記はブランクのまま、今日の日記はまた続きを今夜、書けたら書くことにしよっと。 |
| 3月13日 |
| 3月7〜12日 体質って何年かごとに変わるよね |
| 扁桃腺の腫瘍について、一応予備知識を持っておいたほうが良かろうと思って、自分なりに調べてみた。ステージIIIの人の治療日記と、ステージIの人の検査・治療日記を、それぞれ始めのほうから3分の1ぐらいずつ拝読し、他の部位の悪性腫瘍ほどには抗癌剤が作用しないため点滴で投与することとか、咽頭から首にかけて生命維持に欠かせない器官が密集しているしリンパ液によって全身に転移する可能性が高いこととかを、知った。まぁ、予想はしていたけれど、最初の検査で悪性と判明したら、全身を様々な機器で検査しまくられることも、進行が速い場合は入院して半日ぐらいかけて点滴し続けねばならないことも、想像して煩わしいだろうなぁと思った。が、きっとそれ以上に、「ママがしんじゃいややぁ〜〜〜」と泣くだろう息子を宥めるのが、すっごく面倒臭い。というか、「耳鼻科の診察でポリープが見つかったから検査する」と話しただけで、翌日、不意に号泣し始めて、「ママがしんでもてんごくでいつかあえるよね」ときた…。息子よ、勝手に親を死なすなってぇの。繊細なヤツやなぁと泣きたくなったのも束の間、ゲッソリ状態の寸前までいった。おかげで、入学前の慌ただしさがあまり深刻に思えなくなり、「旦那や息子に何を残せるか」ではなく、「生きている間にやっておきたい我儘」を考えながら、町内の子供会での挨拶とか新聞社主催のイベントとかの連日の予定をこなし、精神科の診察で「何年ぶりか分かりませんが、凄く久し振りにサバサバした気分でいます」と言えた。中学1年の秋か冬以降、自分をいかに殺すかについて表層と深層の意識で考え続けてきたから、「誰かのために生きる」よりも「自分のために好きなことをやり遂げて満足して死ぬ」ほうが、私には楽。「自殺や自傷はダメだからね」と言われる「精神的な死の渇望」ではなく、「肉体的な死へのカウントダウン」のほうが自覚しやすいし、他人を納得させやすいから。贅沢すぎて赦されないとは思うが、「今日の自分に納得と満足を覚えたら明日死んでもかまわない」というのが、妊娠発覚までの私の基本スタンスだったから、その姿勢に戻っただけ、というのが現状なのだろう。だからと言って死ぬのが怖くないわけじゃなく、全身の毛髪が抜け落ちようが、薬漬けになろうが、味覚や声を失おうが、最期まで生きる方向へともがくと思う。いや、思いたいような、そうありたいなぁというか、強烈な決意ではないけれど、まぁ、人並には努力することになるだろうっていう予想をしているわけだ。それと、これから書く物語は、長編の続きも含めて、ダークでスプラッタな系統の表現は避けて、できるだけ明るさが適度にあって、何らかのハッピーエンドにしようかなというか、したいなぁというか、まぁ、密かに方針を変えることを考えている。歯切れが悪いのは、私が自分に関して断言すると120%の確率でそれが叶わなくなるから。100%を超えているのは、心の中でのみ思った分も入っているから。これ、辛いよ、マジで。手放しで誰かの成功を喜んでいると、その直後にその人から「白紙に戻りました…」って聞いたりするし、「絶対にこれだけはやり遂げてみせる!」って気負えば気負うほど、自分の言動をきっかけにダメになっちゃうし。しかも、「私が応援する側は必ずコケるから、応援したくないほうを応援してみようっと」なんて下手なことを考えると、どっちもコケたりと、つくづく厄介。ちなみに、この体質になったのは、高校卒業後。もう慣れてきたのか、今回のポリープ同様、何についても常に最悪の事態を想像する癖がついた。その事態に直面しても、慌てないように。ついでに、少しでも最悪ではないところで踏み止まれたら、「ラッキー♪」と言えるように。 |
| 3月6日 三度目の正直ってヤツ |
| アクリル100%のテープヤーンで特大渦潮モチーフのベストを編んでいる。最初、製糸会社の目安に則ったかぎ針を使ったら、力み過ぎが原因でテープを思いきり引っ張りながら編んでしまい、本の編み図のゲージの3分の2ぐらいの目になっちゃったアレの編み直し。思いきって太さ8mmのジャンボかぎ針でゆる〜くゆる〜く、ひたすらゆる〜く編んでいたのだが、これだとニットとしてはダメダメなぐらい、へにょ〜んとなってしまうし、モチーフの半分だけで想定している私のサイズに達してしまうことが判明。今朝から太さ6mmの10号かぎ針で再び編み直している。後ろ身頃のモチーフの半分ぐらいまで編んでみたら、指定ゲージよりも少し大きめ程度で、本に掲載されている編み図のままでは、ギリギリ私のサイズになるかならないかって感じ。けれど、編み地としては、こま編みだけは強めに引き、鎖編みと長編みは緩く進めているかいあって、コシのあるものになりつつある。多少私の想定サイズより小さくなりそうだが、さすがに3回目だと編み図の終盤のほうも理解できかけていて、モチーフのメイン部分を数段増やしても、最終的には見本写真と比べて色と着ている人間の体型以外は異なる印象にならないのでは、と思う。残る心配は、糸の量。編み地を広げるということは、その2〜3倍の糸を要するということ。まぁ、今のところ、用意した20玉が余る計算だから、数段程度なら何とかなるはず。こういう目算で好い結果が出たことが無いけれど、今回は糸購入前に編み地の面積比率で自分サイズに必要な糸の量を計算したから、何とか…なってほしいなぁ、というわけ。一応ちゃんと仕上げることができて、他人に見られても恥ずかしくない出来栄えだったら、このサイトの片隅に写真とか載せちまおうかなぁ、と企んでいるぐらい、編んでいて楽しい。まったく不思議なことなのだが、ポンチョや帽子、そして今季からのベストと、大きな物は根気よく編んでいるくせに、実母の店の粗品に加えたいポケットティッシュカバーなどの小物は何度も何度も失敗し続けている。どうやら、私という人間はトコトン自分を中心として物事を考え、行動し、満足する生き物らしい。ヤなやつだなぁ、ホント。 |
| 3月5日 重くないと言ったら嘘になる |
| 昨日よりも今日のほうが落ち着いているのかいないのか判らないまま、「もしも悪性腫瘍だったら」を仮定して、いろいろ空想してみた。まず、検査入院になるのは、確実。咽喉内でも扁桃腺だから、リンパ液を仲介にして、他の部位に転移するとか、逆に他の部位から転移してきたとか、疑わねばならないだろうから。まぁ、他からの転移というのは考えにくいけど。他の臓器に癌細胞があり、転移可能なほど進行しているのなら、こうも肥満体であるはずがない、と鏡を見て思った。ハッキリ言って、自分の肥満体を見て安堵する日が来るなんて、ちっとも予想してなかった。まったく、喜んでいいのか悪いのか…。それはともかく、転移が無くても悪性となれば闘病が始まるわけだ。抗癌剤の副作用で有名なのは、頭髪が抜け落ちるってものか。そうなったら、実母が私用に買った緑色のカラートリートメントが無駄か返品になるだろう。で、カツラを作れって言われるかもしれないが、面倒だから嫌だな。幸か不幸かかぎ編みを齧ってるし、百均屋で気に入るのが無かったら、自分で夏用の帽子も編めばOKだろう。後は、うーん、治療費を含む金銭面を最初に実父がブーたれるだろうな、絶対に。これも実母が私に癌保険をかけているから、多少実家に甘える要素が増えても、実父母への経済的負担はむしろ軽くなるはず。治療そのものの費用は、月に2〜3万円なら生活費で賄えるし、それ以上の金額になっても諸経費の引き落とし用の口座への毎月の積立額を少し減らせばいい。万が一、進行が速いからと家族が呼ばれるような事態になったら、そうだなぁ、思いきり贅沢させてもらおうかなぁ。シルクロードを天山ルートで中国からトルコ、ロシアまで横断し、帰りはシベリア鉄道で戻る野望は、絶対に外せないな、うん。天然石のブレスレットも、最高級と思われる高価なもので自作させてほしいねぇ。今のところ、丸ビーズをシリコンゴムで連ねるだけというシンプルなデザインで、色にこだわった自分用のを10種類ぐらい企てて想像してはウットリしてるから、それらを全部作りたいなぁ。私のサイズは男性用と同じだし、石の質によってはちょっとぐらいは価値が保てると思うし、形見分けにピッタリだな。他には、長編の続きを書くとか、タロットのレビューを書くとか、オカリナと篠笛の練習をしまくるとか、家事や育児を放棄同然にさせてもらって、思う存分に自分だけの世界に浸りたいかなぁ。あー、でも、息子の相手も少しはしたいかも。途中で眠くなるから、編み物しながらでないと不可能だけど。あ、そうそう、編み物も満足するまでやりたい。いつ入荷するか判らない百均屋の糸じゃなくて、出版社とタイアップしている製糸会社のバカ高い糸を使って、この巨体でも着れるようなドでかいサイズのニットを、とにかくたくさん。そうすれば、10年とか20年先の大きくなった息子に譲って、彼女だか嫁さんだかに編み直してもらえるだろうし、旦那は旦那で気に入った糸があったら自分で何でも作るだろうから。…うーん、こうもツラツラ書き出してみると、やっぱり私って、すっごく自己中心的で、それがバレないように舌先三寸で理由を付け加える狡い本能の持ち主だって、バレバレやなぁ。ま、バレたらバレたでいいけどね、「あとンヶ月が限度です」てな事態が訪れた時、我儘ついでにいろんな漫画家を訪ね歩いて、気になる作品の最終回までの展開を聞き出して満足するだけだから。それにしても、仮定の話でよくまぁここまで書けるもんだなぁ、自分。これ、本当に闘病している人から見れば、「そんな余裕があるわけねぇだろ!」って激怒されるだろうなぁ。でもさ、こんなことを考えてないと平常心を保てないっていう気持ちも、きっと理解してくれるだろうなぁ。記憶してないぐらい小さな頃から何度も死ぬかもしれないシチュエーションに遭遇してきたし、中学以降は自分を殺すことを考える時間が増えたし、しばしば自分の死に様を想像しては相応の覚悟を積み上げてはいるけれど、そういう思いが(ここでタイトルどんっ!)。可能な限り、どこで何をしていても、「最悪の場合」を考える癖ができた。そして、その時のために、自分の欲する事物を見極めて、少しでも未練を減らす努力をしているつもり。それでも、まだまだ修業不足なんだよねぇ。ほら、こんなに未練タラタラなんだもん。 |
| 3月1〜4日 ポリープ発見 |
| 2月からずっと、自分が一番やりたいことが解らなくなっていた。今も、正直なところ、解らない。その代わり、1つだけ、判明したことがある。それは、「私はできれば死にたくないと考えていること」。耳鼻科の定期診察で、右側の扁桃腺にポリープができているのを、医師が見つけた。毎月第1火曜日に受けているから、この1ヶ月でできたものであるのは、確か。しかも、発声中の状態などをチェックしてから「ポリープができてますね」と言われたから、単なる口内炎ではないのも確かなのだろう。来週、切除も兼ねて検査することが決まった。こういう大きな衝撃を受けた時、私は基本的に取り乱さずに淡々と話を聞いたりしたりする性分で、今回も「はあ、ではお願いします」と普通に応じていた。だからと言ってショックじゃないわけで、会計を済ませて車を運転し始めてから、「ポリープかぁ。昔、1日に2〜3箱は煙草を吸うって言ったら、名古屋で保健士をやってる同級生に『20代で咽頭癌になってもおかしくない量だぞ!』って叱られたなぁ。あの時は独身だったし、癌で死ぬまでの手記を書いたらカッコイイかもって思っていたけど、今はちょっとばかりマズイなぁ。絶対に泣くよなぁ、息子は」と思い巡らせたら、泣きたくなった。息子に「ママのしょーらいのゆめはなぁに?」と尋ねられた時、つい「あんたがどんな大人になるか見ることだな」って本音を言葉にしちまったから。今までどおり本音を言葉にすると叶わないのなら、今回見つかったポリープが悪性のもので、リンパ腺の1つである扁桃腺に出たからということで全身の精密検査が必要になったり、その結果他のところからの転移だと判明したり、てな具合になるだろうなぁ。今まで散々「死にたい」とか「殺してやりたい」とか書いてきたくせにってツッコミを入れられそうだけど、泣きたくなった、つまり、少しでも長く息子の「お母さん」でいたいという気持ちが自分の中で育ってきたのは、凄く嬉しい。反面、ツッコミを予想できるぐらい自分の死を意識してきたから、「やっと死神の鎌の刃先が見えてきたか?」と冷ややかに見ている自分もいる。多分、武士道精神ってヤツに近いと思う。「他人を害する得物を持ち続ける者として、いつ、どこで、どんな最期を迎えるか分からないから、常に心残りの無い状態で生活し、他人に恥じることの無い自分であり続けるべし」って感じ、少なくとも私にとっての「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉は。その延長で、「良性だろうが悪性だろうが、いや、癌に関係なくいつだって、死ぬ機会はそこら中にある。だから、今を大切に、心残りのないように生きなくちゃ」と、考えた。結果、最も心残りになるのは、未完成の物語。やはり、書くこと。何を編んでも、何を作っても、そこに込めた私の気持ちを理解できる人はいないから、ちゃんと言葉という形で気持ちや思い出を刻んでおくことは大切だと思う。それだけのことだけど、気づくのにどんなに回り道をしたことやら。まぁ、いいけど。ちなみに、私には癌で死んだ身内がいるらしい。実父の母親が子宮癌で、らしい。当時の実父はまだ物心ついて間もなかったとのことで、当然、私は会ったことが無い。お墓参りは何度もしたけど。それはともかく、私の遺伝子には発癌に繋がるパーツがあるということだ。いろいろやりたいことや作りたい物があるし、まだまだ行ってみたい所も見届けたい物もたくさんあるから、日々を大切に、充実した内容で過ごせるように努力しなくちゃなぁ。…できるかなぁ…? まぁ、一応、「ワンピース」と「ネウロ」と「スキップ・ビート!」だけでも最終回まで見届けねばって思ってはいるから、煩悩パワーで低空飛行を続けるだけやなぁ。 |