ものぐさ日記

黒リンゴのバッテリが怪しくなり続けています
「出張」帰りの旦那よりは怪しさが少ないものの心配なので
そろそろ本格的にデータを白リンゴに移そうと思います

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 6月30日 解っちゃいるのになぁ
 まだ夏が始まったばかりだが、私の頭の中では既に冬の手前までの編み物予定が組まれており、臨機応変に改めながら実現中。と言っても、編み図が気に入った段階で、夏にしか着れないデザインなら順番を先にして、夏用のデザインでも太い糸にしないとサイズ調整が厄介なら後回しにするだけ。昨冬は無計画にポンチョを作り続けたから、失敗作が多々あって、否、5点以上作って「これなら来年も着れる」のは2点のみ。失敗作を解くと、太い毛糸の玉が50個以上できる。今年発売さされるだろうポンチョやケープのデザイン集は、きちんと「自分が着たいデザイン」か否か判断し、完成図ではなく自分が着ている姿を想像して選んで、失敗作を解いた糸で作ると決めている。それなのに、冬糸をクーポンで買っちゃったんだよねぇ。まぁ、糸としてはすっごく細くて、ポンチョやケープのデザイン集などの「はじめてでもできる」と書籍名についている入門書では絶対に使わないから、愛でながら気長に何に使うか決めるつもりだったんだけどねぇ。下の週末の欄にあるとおり、モチーフ繋ぎなんて無謀なことを考え始めちゃってさぁ、自分自身だけど「困った奴やなぁ」って悩んでいるんだよねぇ。そんなわけで、同じぐらいの太さだろう20番レース糸で、編んでみたいと思ったモチーフを1つ作ってみた。結果、2〜3時間かかって、失敗作ができた。結論、私が好む複雑な編み図は、中でもモチーフ繋ぎは、年単位で予定を立てる必要がある。これは、解りきっていたこと。レース糸で作っている大判ショールが3ヶ月経っても完成していないのだから。但し、これは「細い毛糸でポンチョを作る」という挫折防止用の案も頓挫する可能性が高いことを示している。太い糸ならザクザク編んでちゃっちゃと指定サイズに達するけれど、糸が細ければ細いほど、その数倍の時間と編み目を重ねないと同じサイズにならないから。で、結局、「どっちを選んでも年単位ぐらいの時間がかかるならさぁ、いっそのこと、デザイン集には無いポンチョを作ってもいいんじゃねぇのぉ?」と思い至り、「六角形のモチーフを繋いでいくだけポンチョ」を、「計画的に製作中の衣類」から逃避して作る「レース糸の大判ショール」からさらに逃避して「1枚がサクッと編める六角形」を、ちまちま編もうと思う。完成は、きっと再来年かその次の年。…挫折するんじゃねぇかなぁ、自分…。
 6月27〜29日 とうとう倒れ込んだ
 27日夕方、調子に乗って再び息子に同行、1時間近く川原に。調子に乗りついでに、朝1匹、川原で1匹、アスファルトやコンクリートの上にいた蚯蚓を花壇や土手に逃がす。直接触るのが怖くて、どちらの時も蒲公英や葦の葉で突つき、体をくねらせたところを掬い上げて土の上にポイ。息子に付き合えたことと併せて「いいことをした」と思ったのも束の間、川原から土手を登って帰路につく段階で、腰から下に力が入らなくなっていた。帰宅後、夕食を実家で戴いてから、日没前に「もうダメ…」と布団に倒れ込み、深夜まで爆睡。寝入り端、吐き気で数回目が覚めかけたことで、「ちょっと無理しすぎたのか」とようやく自覚。28日、29日は、少し回復したものの、長時間の外出はしんどく、買い物の途中で理由が無いのに泣きたくなった。しかも雨天が多くて体力を持て余している息子の相手も、平気そうな顔で頑張らねばと意気込んでしていたので、29日の夕方以降は布団の上に寝そべったまま、起震車ごっこしかできなかった。よって、製作中の2種類の格子模様のベストは、3日で125mの糸玉1玉分だけ進んだ程度。それでもこれで3玉使いきったことになるだけあって、超肥満体の私のサイズで前後の身頃の脇から下が編み上がった状態に達した。約10ヶ月前に指で編んでいた物と比べると、糸の太さ(=編みかぎ針の太さ)が4分の1以下だけにザクザクとは進まず、1段分の模様の数は増え、模様の形も複数の編み目の組み合わせになっているから、段数カウントの玩具のチェーン(切れ目がついていて繋げてアクセサリーっぽくして遊ぶ品)を5段ごとにぶら下げることと、その時に全体を見て「結構様になってきたやん」と失敗箇所を忘れて自己満足に浸ることが、次の5段を編む気力の源。それで不足している時は、放り出して現実逃避。即ち、レース糸を使い切るために編んでいる大判ショールの続き。こちらは40番の糸は2本取りにして、白と黒以外のレース糸をグラデーションっぽく編み繋いでいくというものなので、約70mごとに色が替わる。旦那には「色キチ」と評されるだろうそれは、全部で13色13玉の内、6玉まで使い切った。まだ7色7玉あるが、既に1玉で2段、長編み部分ならギリギリ1段しか編めなくなってきた。メーカーが異なるだけで色はほとんど同じ糸もあるからそれは繋いで使うとしても、1段分のどこかで違う色に切り替えると仕上がりが見苦しくなるのは必定。ほとんどの糸が105円で買えることが不幸中の幸いか。「レース針でここまで編んだんだから、ベストだって最後まで編めるさな」と自分に言い聞かせられない状態にいた時は、27日に投函した半額クーポンで買う糸の色を思い出し、それで編むつもりの品の編み図を見て「こんなのを編みたいなぁ」の現実逃避に移行。それでも気力不足なら、お試しのつもりで注文した毛100%で100g約500m、販売価格498円という細い冬糸の使い道を妄想するという現実逃避に再び移行。他では見かけない青系の色3種類をそれぞれコーン1本ずつ頼んだので、色別に使う場合はマフラー程度しか用途を思いつかないが、同系色で濃淡や赤みの加わり方が異なることを利用して組み合わせて使えそうなので、本棚からデザイン集を引っ張り出してはアレコレ妄想している。そうして行き着いたのが、「もう二度とやらねぇぞっ」とポンチョで懲りたはずのモチーフ繋ぎ…。500m×3本あれば標準的な体型の女性用ベストなら余裕で1着編めるのだが、私だとギリギリ足りない可能性が高い。冒険はあまりしたくないので衣服を諦めたら、残っていたのはショールとかストールなど。「ケープは可愛すぎるし、ボレロが似合う上品な人間じゃないし、マーガレットは腹の出具合が目立つし」などと考えていった結果、昨冬作って気に入った2色使いのポンチョをアレンジして3色使いにしてみるとか、来秋発売されるだろう羽織物のデザイン集のポンチョやショールの編み図を見てから決めるとか、同じぐらいの太さだからレース糸用の上品な雰囲気のモチーフ繋ぎの台形ショールに挑んでみるとかに、妄想が広がる、広がる。昨冬のポンチョには、60枚のモチーフを繋ぐものもあり、始めこそ「楽勝♪」と思っていたのだが、後半は「まだ○枚も残ってるのかぁ…」という心境に陥り、解いて再利用するのはもっと厄介と悟って「もう二度と…」と思ったのに。正直に暴露しちまえば、私は自分の柄ではないと承知の上で、それでも「可愛い」とか「上品」とかの形容詞がつくデザインが好きなのだ。玉編みも、凝ったモチーフも、シャープで男性的ですらある格子模様と同じぐらい、大好きなのだ。こうして開き直って「大好き」を見つけることが、何よりも気力不足を補うきっかけになる。それに気づいてから、やっと自覚したことがある。それは、「息子をかいぐり回したりくすぐり倒したりすることも、大好き」という自分自身。保育園に通っていた頃はあんなに嫌だったのに、でかく重くなった今の息子が背中にのしかかってくると、「チャ〜ンス♪」と思って反射的にニヤリとしている自分の心境の変化が、最も難易度の高い謎に感じられて仕方が無い。
 6月26日 ちょっと叙情的になってみた
 今日は、気紛れというか具合が良かったというか、とにかく川へ遊びに行きたがる息子に付き合って、いつも同行する実母に代わり、私が出かけた。雨天になるという天気予報を裏切って、日差しがあり、空も青いところが多かった。が、せいぜい30分ぐらいの間に、積雲が幾つもできて、時折日差しが弱まってきた。「水の流れる音とか、葦の蕾とか、風情だねぇ」などと言っている間に、だ。息子はタモを持ってヤゴやアメンボを捕っていた。持ち帰るつもりで、虫篭には川の水が少し入れてある。既に捕ったヤゴは、成虫になる少し手前で、トンボを思わせるスリムな姿になっている。日差しで暖まったコンクリートの上の虫篭の水は当然流れよりも暖かく、隠れられる茂みも無い。ヤゴは落ち着かず、ストレスが溜まっていくのは見てとれた。「おーい、息子よ、ヤゴが隠れたがってるぞ〜」と息子を呼ぶと、「ヤゴやないよ、ママ、ミズカマキリやよ」と川の中に人間が作った飛び石の上から返事があった。「ヤゴや、これ。ほれ、トンボそっくりやろ」と言ったら息子も虫篭を覗きに戻ってきた。「ほやけど、しっぽが3つにわかれとるし、ミズカマキリやら」、「いやいや、これはきっと羽になるところやわ」などと観察してから、「息子よ、今これを持ち帰ったら、きっとこのヤゴはストレスで死ぬ。でも、ここで川に返したら、成虫になって同じトンボと結婚し、来年生まれる卵をたくさん生む。どうする? 持って帰るか、来年のヤゴを増やすか、自分で選びぃや」と尋ねたら、息子は親切にも捕獲した葦の陰まで篭ごと持って行き、「しあわせになれよぉ」と言いながら逃がした。その川は、数年前に工事され、水底までコンクリートで固められてしまった。飛び石を用意してあるように、水遊びができる公園的なものに変えられてしまったのだ。工事は数ヶ月に及び、メダカもいなくなった。それでも雨天後に濁流が通り過ぎるたびに土が溜まり、葦が生え、中州ができ、メダカやハエ(魚のほう)が帰還し、サギやシギも戻ってきた。公的機関の発表では、当地はアカトンボが絶滅した地域に入っているが、近所の空き地の茂みの上ではトンボが飛び交い、秋にはアカトンボも多く見ることができる。無論、人の手が加わった川に卵を預けている。息子が捕まえたヤゴは、アカトンボではなかろうが、そうして帰ってきたトンボ達の子や孫だ。カエルやホタルが戻ってくるには至っていないが、このまま川底を削らずにいれば、十数年後には中州が出来上がり、飛び石は水中に沈み、人間以外の生き物にとって住みやすい環境が揃うだろう。せせらぎを聞きながら、漫画「永久保怪異談」で読んだ「簡単な雨乞い」を試してみた。地中の水の氣を足から吸い上げ、天へと広げるように、翳した両手から打ち上げる、というもの。私には氣を感じることはできないが、雨女だし、数十分も川辺にいたからできるかもしれない、いやできるはずと思い、真似てみた。積雲が幾つもできていたから、梅雨前線が近くにあったに違いない。その場では雨天にならなかったが、日没頃から俄雨が降り出し、1時間ほど断続的に降り続けた。「私が降らせた」などと断言できないし、するつもりもない。敢えて言うなら、「雨女のレッテルを貼られている私が、珍しく息子と外で遊んだこと」こそが、「雨か槍でも降ってくるんじゃねぇの?」と言われるに値するだろう。さもなくば、いつもなら捕った生き物をリリースしない息子が、ヤゴだけでなくアメンボ、カワニナをも逃がしたことか。雨音を聞きながら、「岡野玲子女史がトンボの英名『ドラゴンフライ』に因んで水の氣と絡めていたっけ」と思い出したら、ヤゴのお礼かもしれないとも感じて、いつの間にか微笑していた。
 6月25日 綺麗なお姉さんも可愛いお嬢さんも好きですが何か?
 昨日の続きみたいだが、じつはもっと前、書店が引っ越した直後から迷っていたことがある。店舗が広くなったため、行きつけの書店がレディコミ雑誌も扱うようになった。同等に成人向け雑誌や書籍のコーナーも広がった。さらに、非常にマニアックな書籍も棚に並べ始めた。それも、所謂オタク系のコーナーもできたのだが、同じ書籍を関係ありそうなジャンルの棚にも並べてある。そのため、棚の並びを記憶しようと、さながら新居に入った直後の猫のようにフラフラ歩き回る私の目に留まってしまった、「萌え萌え○○事典」シリーズが。「これ、タイトルだけでもどうにかならんのかなぁ?」と思っていたのも、ほんの数週間。Amazon.co.jpでレビューを読んだり、書店で直に開いてみたりして、気に入ってしまった。タイトルにあるように、綺麗でセクシーなお姉さんや可愛い女の子のイラストがメインなので、「事典」と言っても堅苦しい感じはない。内容も、Amazon.co.jpのカスタマーレビューにあるとおり、充実しているものもあれば、イラストの使い回しや解説が足りないものもある。が、それさえ見極めてしまえば、結構詳しいことを簡潔に、しかも華やかなイラストで印象強く記憶できる、ネタの宝庫にもなる…と昨日、確認した。ソッチ系のお兄さんが立ち読みしている隣で、「これは内容が物足りんなぁ、こっちならOKだけど」などと独り言を言いながら、巨体のオバハンが平然と棚から次々とシリーズ全般引っこ抜き、堂々とパラパラ中を見ている構図は、きっと奇妙なものだったろう。で、結局買ったのかと言うと、買ってない、まだ。理由は、その書店に近所の奥様2人が勤務しているから。1人は保育園から高校まで同じ学校に通った人なので「相変わらずやね(苦笑)」で済むが、そこまで自分の印象を偏らせるのは防止したい。もう1人は息子と同い年の娘さんがいる人で、多分私のことを他の土地から嫁いできた身と思っているだろうから、当然強すぎるインパクトを与えたくない。故に、Amazon.co.jpかe-booksで購入することに決めた。そんなことを言いつつ、「あなたにもオーラが見える」とか何とか帯に書かれている書籍を堂々とレジに持って行ったから、元も子もないだろうけど、ね。それはさておき、印象繋がりでもう1つ迷っていることがある。それは、自分用のボレロ。お世話になっている糸屋さんから半額クーポンをいただいたので購入する糸を物色し続けていて、おおよそ決定したのだけれど、その用途に躊躇いが生じてしまった。いつぞやの日記に書いた、「後ろ身頃全体が大輪の花のモチーフになっているマーガレット風ボレロ」。これを編みたくて、明るい青色の糸を買おうと決めたのだが、果たして自分に似合うかどうかと考慮したのがマズかった。デザイン集のモデルは、ミセス向けの書籍だろうと、細身で可愛らしさと綺麗さを併せ持つ女性ばかり。巨体と呼ぶに相応しい肥満体で、化粧もしない、ジーンズや作業服しか着ないほど洒落っ気の無い私が着たら、絶対に違和感が生じる程度で済まない衝撃を周囲に与えるはず。それでも編んでみたいし、着てみたい。実母は「それに似合う恰好をするようになるいい機会やないの?」と言うが、そんな無謀なことはしないと断言できる。「いつかこれが似合う体型に云々」というのも、年単位どころか10年単位で未来の話になってしまう。さて、どうしたものか…などと考えつつ、放置すると糸割れしやすくなりそうな糸で、ベストを編み始めた。前後の身頃を左脇だけはぐようにして、繋いで編んでいる。その幅の広さを目と手で確認するたびに、「痩せなあかんなぁ」と思わずにはいられない。おかげで、ベストやカーディガンなどの「フリーサイズ扱いできない衣服」を編むようになってから、間食が激減した。「綺麗で若々しいお母さん」にはなれずとも、「愛嬌のあるぽっちゃりタイプでドジなところが可愛いお母さん」なら目指してもいいかなぁ、と思って。…あ、書いちまったら、例の天の邪鬼気質で叶わないか(苦笑)。
 6月24日 旦那曰く「魔窟」
 火曜日恒例、書店で買い物。徒歩5分のところにあった行きつけの書店が、スーパーと提携して、区画整理で商業区画になり、スーパーの本社が買い占めたエリアに引っ越して、既に1ヶ月以上が経った。開店当初は車が多数往来して危険だったけれど、さすがに今は駐車場の広さが判る。おかげで、運転が下手な私も気楽に通えるようになった。書店も2階でCDやDVDも売ったり貸したりし始め、それに合わせて新たに社員を雇い入れたりして、知らない顔が増えた。引っ越し直後はガラガラだった本棚も今は充実し、毎週のように入れ替えを繰り返して試行錯誤していたジャンルの分け方や並べ方も落ち着いてきた。それなのに、私ときたら、毎週1時間前後も店内を歩かないと買い物が済まない。購入するもの、チェックするものは、とっくに限られている。実母の店に置く女性週刊誌、手芸の新刊、占い関係の書籍と雑誌の新刊、コミックスの新刊、てなところ。なーのーに、どうして毎週1時間もかかるかなぁ? まぁ、今週は理由が明らかなんだけどね。某オタク系図鑑シリーズの内容をチェックしたから、という恥ずかしい理由が、ね。それを差っ引いても1時間は長過ぎる。単純に書店の延べ床面積が3倍前後になったから、だろうとは思っている。何しろ、私の歩みときたらトロトロしているし、すぐに足を止めて気になった本を引き抜くし、店舗引っ越し後なんて1回の買い物が3千円を下回ったことが無いし。これをして、旦那はあらゆる書店・本屋のことを私にとっての「魔窟」と言う。否めない。認めたら、手芸店、天然石屋も加わり、しかもオンラインショップも含めて「魔窟」と言われるようになり、最後には「それらで買った物がゴロゴロしているママのエリアそのものも魔窟」となった。…否めない。少なくとも、ミサンガのデザイン集に関しては、大手書店並に揃っている。もしかしたら、ミセス向けの編み物の本も、かもしれない。さすがにタロットは、国内版限定になるから、除外する。それでも未開封デッキが50以上というのは、やはり「魔窟」以外の何物でもない証拠になるか。今日も「魔窟」から「魔窟」へと本が数冊移動した。合計金額が3千円を超えたのは、言うまでもない。それでもレジ担当の新顔奥様達には、まだ名前も顔も記憶されていないのが、何となくだしちょっぴりだけど、口惜しいような気分。まぁ、店内の棚の配置も解ってきたし、歩くルートも固まり始めたし、余計な歩数を刻まなくなる日も近いだろうなぁ、多分。ちなみに、新たな商業区域までは車で5分未満。歩くと20分ぐらい必要だけど、家を出てから1回左折するだけで、道なりにまーっすぐ行けばいいから、遠い印象はあまり無い。但し、往復時のワクワクとした高揚感が強くなりすぎて、途中で狐の嫁入りに遭遇する可能性があるので、車で往復している。ごめんね、地球さん。
 6月23日 知らない間に増えていた…(茫然)
 嫌な予感はあった。早朝、昨日の分の日記を読み返そうと白リンゴを起動した時、3つのアプリのアップデートがあると表示されたので応じたら、いつもなら数分とかからないダウンロードが途中で止まり、エラーになったから。エラーになった分だけをやり直そうとしたら、「ネットに繋がってねぇよ」という意味のアラートが…。何度も再起動したけれど、ダメ。やむなく設置を手伝った(というか任された)実家の無線LANに乗り換え、アップロードだけは完了させた。が、参った。窓機もネットに繋がらず、なーんにもできんっ! サイト更新どころか、メール受信も、ECナビなどでの小銭稼ぎも、まるでダメ。白リンゴでネットに繋がると言っても、サーバ関係の設定はしていないし、サーバの情報も知らないし、まずサイト更新とメール受信は諦めた。次に、Safari(リンゴ機添付のブラウザ)で小銭稼ぎをと思ったものの、Yahoo!の無料ゲームすらできなかったことを思い出し、急遽実家へ。メンテナンスを任されている2階の窓機を拝借し、ポイント蓄積サイトを巡ってクリック、クリック。何とかこなしながら、パルジャニア(我が家のリヴリー)の散歩も諦めようと決めた。その代わり、久し振りに粗品用のストラップを作ったり、技能不足で断念した小花模様のプルオーバーの代わりに作るベストを決めて糸が足りるか計算したり、息子とじゃれてみたりと、比較的充実したネット落ち生活ができた…と思う。ただ驚いたのは、今回のトラブルの原因が旦那の部屋にある無線ルータのエラーと判断し(そうでないと白リンゴと窓機の両方がネット落ちしないから)、一度だけルータの再起動を試みようと離れに行ったら、それっぽい品が3つも並んでいた現実(こと)。全部再起動させようかとも考えたけれど、メーカーが違う物ばかりでそれぞれの電源スイッチの場所を探すのも面倒になり、かと言って電源コードを辿ってコンセントをタップごとoffにしようにもタップも1つや2つではないし、そもそも辿るのが面倒になるほど様々な配線がごちゃごちゃと迷路を作っていた。自分で設置したならともかく、まったく関わっていない配線なんぞ、触れねばならない時でも触れたくない。「本当に離れは旦那に占拠されたんだなぁ」と淋しくなって、自力でリカバーするのを諦めた。こういう事態を知ったのか、旦那がいつもよりも30分以上早く帰宅したけれど、リカバー云々について話す時間も持てぬまま、私のほうがダウン。そのまま日付が変わる少し前まで、また畳の上で眠っていた。それでも風邪をひくに至ってはいない自分自身に対して、「ちょっと強くなったねぇ」などと感心していたぐらいだから、私にとってオンライン生活はさほど人生において重要なポジションを占めているわけではなさそう…なぁんて言う反面、現実には思考がストップして頭の中が真っ白になり、マジで断末魔を上げかけてもいた。やれやれ、だ。
 6月21〜22日 結局はストレッサーでしかない
 金曜日にあれこれ悩んだ反動で、21日午前中は息子とDVDを観るなどできたが、昼食後すぐにダウン。布団まで這いずって行くことすらできず、畳の上で夕方までバッタリ。眠っていたはずだけれど、眠った感じがまったく無いまま、やり残した家事と風呂の支度などをして、すぐに夕食。空腹感も無ければ満腹感も無く、ネットにも一度は接続したものの、みちよさんへのお礼レスもできないまま、椅子に座っていられなくなった。胡座というか、床に直接座っている分には、足を組み替えたりするから何時間でも平気だけれど、今オンライン中に座っている椅子には長くても3時間、日没後だと連続1時間が限界。腰から下の関節が「動かせ、バカ!」と喚いているかのように、屈伸を繰り返さねば自分の物だという感覚が戻らない。旦那はそれを知らないから、連日「また床で転がってやがる」と思っているだろう。風邪をひきかけても自業自得だし、本当は倒れたり転がったりしている場合ではないとも知っている。せめて、ズボンだけでも履いていられる程度には、健康時のコンディションを取り戻したいものだ。そんなこんなで、みちよさんへのお礼メールは22日の午前中に何とか送信。21日まで不機嫌そうだった旦那が、一転してやたら明るい顔をしていたのが、今度は少々気になり始めた。旦那は実父並に判りやすくて、自分の思い通りに事が運んでいない間は機嫌が悪い。実父のように八つ当たりして周囲の人間に対して老若男女の区別無く喚き散らしたり罵声を吐き続けたりしない代わりに、私や息子が一緒にいても完全に無視する。話しかけても反応せず、稀に反応することがあっても無表情のまま無言で顔を向けるだけ。しつこく話しかけると、そのまま狸寝入りか離れに引き蘢る。が、周囲の抱く自分への感情を善くしておいたほうがいいと判断するや否や、コロッと言動が変わり、積極的に朗らかに話しかけたり接したりし始める。この状態は、周囲を無視したり罵倒したりしても構わない状況、早い話が自分にとって楽しみだったり大切だったりする物事が済んでしまった状況になると、即終了、再び無表情で無言となる。故に、「何かあるんだな、確実に」と思って言動を見守っていたら、案の定、午後になって息子が実家へ遊びに行った直後に、「ちょっとコンビニに行ってくる」と言い出した。午前中に息子と二人で長時間離れにいたから、息子にアニメを見せておいて自分は何らかの作業をしていたのだろう、カマをかけて「チケットかね」と尋ねてみたら、「うん」。「いつ?」には「来月の11、12日」。「じゃあ、泊まりかね」に対して「そう。だから、帰りは13日になる」と平然。この時の私の心境と、後で私が教えた時の息子の反応は、「ヘタの横笛」に譲るとして、率直な感想だけここに記す。どうしてチケットを予約する前に「行ってきてもいい?」って訊かないんだっ。それに、今月の休日出勤の多さに健康を案じて泣いた涙を返せっ。ライブがあるたびに同じことを繰り返しているから、めちゃくちゃ心証が悪いんだって気づいてねぇのかっ。プレゼントを渡しても嫌みを言われるし、義母からは「おんぶにだっこやないの」って言われたから、私はいろいろ我慢することにしたのにっ。そういうことなら、私だって実家に便乗して旅行に行くとかちょっとお高い糸や石を買ったりしちゃうからなっ。というか、編み物し続けないとまた倒れるような気がするし、食器を洗っていると涙が出てくるんだけど、やっぱり頓服を飲んでおいたほうがいいかなぁ…(to 自分)。
 6月20日 その2:どんなデザインもキワモノになる体型だもん
 2色のテープヤーンの残りを使って、現在、横編みのスクエアベスト(プルオーバーじゃないらしい)を製作中。全体の5分の3ぐらいできたはず。右肩から扇形に編み進めているから、左の肩先まで到達したけれど、まだ左腕は通せない。とりあえず、首と右腕を通して着心地やサイズを確かめた結果、着丈も充分になったようだし、そろそろ裾から減目しよう。最初は編み方が解らなかった。挑戦したら解ってきて、無謀にも編み方をちょっと変えてみた。我流だったけど、結果的には成功したみたい。予想よりも多めの糸が必要だけど、余りはそれ以上にあるから今の段階ではまだ困りそうにない。今回の品で、必要な糸の量の計算を「長さ」ではなく「面積」で考えるほうが無難ということと、編み図を理解すれば我流でもサイズ調整できることとそのコツっぽいものを、得ることができそうだ。それに、私の体型だと、季刊雑誌などに掲載される日常向けのニットよりも、製糸会社と提携したデザイン集の凝ったニットのほうが、作りやすいし気軽に着れるという、最も大きなものも得た。だってねぇ、一般的な可愛い服って、基本的に細身に見えるようにデザインしてあるでしょ? それをそのまま拡大しただけだと、「デブが無理して着込んでるのって、見苦しいを通り越して哀れだよね〜」ってな感じにしかならないのよ。だったら、せっかく自分で作るんだし、オーソドックスなデザインじゃなくて、編み方からして凝ったものにしちゃえば、「それ、自分で編んだの!?」と話しかけられることはあっても、「それ、似合ってないよ」と話しかけられることは無いってワケ。現在編んでいるベストも、パッと見からして「どういう手順で編んだのっ?」って思われるはず。そうなるように編んだから。似合ってなくてもね、いいのよ、別に、楽しいから、作っている時も、着ているのを見た人の反応も。あー、こういう気持ちで編んでいるから、旦那や息子は「俺のも作れ」って言わないのかぁ(遅)。
 6月20日 その1:やはり天然と言われるだけの事実(こと)があった…
 昨日の続き。一応、落ち着いた。で、ブログを読み返した。ものすごーく落ち込んだ。「私の言葉って、戦争の一因にまで繋がるのっ?」と。泣きながらみちよさんにメールを送信。取り乱して電話をかけようとしたのをやめただけ、自分を褒めたい。メールの内容も、問題の記事を読んでほしいということだけに絞り、みちよさんに先入観を与えないように心がけたつもり。その分、唐突すぎて失礼になったかもしれないけれど、ひたすら謝り倒したと思う。その後、再び読み返した。今度は悔しくなって、また泣いた。泣いてから、頑張って記憶を遡ってみた。「自分が関与している何かを批判されると怒り、特に自分だけについて述べた部分だけを誇張した印象で受け止めて、そこだけに重点を置いて文句をつけておきながら、反論は受け止めても弁解は受け付けず、言いたい放題捲し立てて勝手に話を完結させたがり、しかも相手が悪者だと第三者に思わせるためなら平気で事実を捩じ曲げたり綺麗事を並べて被害者面をするタイプで、20年前から今までずっと新聞屋をやっていそうな輩」という、2つのコメントから受けた印象から条件を選んで記憶内部を検索したところ、店長の奥さん、「ひーさん」と呼んでいた後輩(女)、在学中にチーフ格の男子(当時未成年)とできちゃった結婚して支店の店長夫人になった後輩(女)の3人にまで絞り込めた。が、言葉遣いが女っぽいだけで、必ずしも女が書き込んだとは限らない。その場合、「ひーさん」と同郷の双子の弟と、店長やその娘2人も考えられる。「…昨日の推定と変わらんやん…」と、自分にガッカリ。やはり「天然」と旦那に言われるだけあって、私の思考回路はどうも不出来だ。しかも、20年前まで記憶を遡るついでに、旦那との生活やら関わり合いやらまで振り返るという、検索と呼ぶにはあまりにもお粗末な回路でもあるらしい。勿論、他の人間関係についても思い出し、懐かしんだり落ち込んだりして、結構疲れた。話を戻そう。ガッカリしたままでは落ち着こうにも落ち着かないので、2つのコメントを読み返すこと数回、「凄い文章力だなぁ、相手(私)を気遣っているように見せかけて、メッチャ自分勝手な八つ当たりをブチかまし続けているくせに、戦争云々だの元気そうでよかっただのと、綺麗な言葉で締め括って善人ぶってるよ」と、冷静に読み返すことに成功。途端、腹が立った。「あー、いたいた、こういうキレ方をする女が! 店長夫人もひーさんも名前を思い出せないできちゃった婚の女も、揃って該当するっていうか、同類だったから仲が良かったんだっけ。あの3人なら、単に数回サイトやブログの記事を読んだだけで常連になって私と親交を持ったつもりになって、名乗りもせずにこういう文章をネット上という世界のど真ん中で胸を張って喚き散らせるタイプだわ」と。まぁ、コメント内に「店長夫人」って書いてあるし、店長夫人本人なら文章ですらもっと「上から目線」で喚きまくるだろうし、記事内容で言及している度合いが多いのは「ひーさん」よりもできちゃった婚の支店長夫人だから、多分、「顔はぼんやり思い出せるけれど名前はまったく思い出せない、『味噌汁の具にトマトやキュウリを入れたんだよ…』とぼやいていた元チーフのできちゃった結婚の相手」で合っているのだろう。蛇足だが、何故か私の同僚にはこのテの女が1人は必ずいた。新聞屋の時には上述の3人、その後の在京時代には同居人の1人、名古屋でパート勤務した時は社長夫人(この人は好い意味で思い入れが作用していた可愛いタイプだったけど)、パートから正社員に変わって勤めたデザイン会社には「私の酒が飲めねぇの!?」と絡んできたので「飲めねぇよっ!」と返した同僚、最後に勤めた印刷会社は社長と社長夫人などなど。あ、社長は男か。あー、やっぱり「天然」だな、私。蛇足ついでに追加するなら、実父もこのタイプ。全員、「自分は誰よりも腰が低い」と思っているみたいだけど、じつは「上から目線」。私もそうかもしれない。いろんな人に迷惑やら心配やらかけてばかりで、甘ったれなくせに、こういう文章をこうしてサイトに掲載しているから。こんな奴にプロポーズして、自分から転がり込んできて、当然それまでの仕事を辞めてまでして結婚して、毎日遅くなっても帰宅して、ご飯をキッチリ作ってくれて、毎月生活費を渡してくれる、そんな旦那は尊敬どころか拝むべき人だよなぁ。一緒に外出しても並んで歩かないとか、偶然会社の同僚に会っても紹介してくれないとか、男女問わずメル友がいてオフ会に行ってるかもしれないとか、いつの間にか携帯が増えていたとか、休日にまで「仕事」と言いつつ私服で出かけるとか、土日に「出張」で外泊するとか、怪しいって思えば怪しいけれど、浮気かもなんて疑うべきじゃないよなぁ、うん、うん。
 6月19日 天然と呼ばれる人間だってボケてばかりじゃない
 ブログのほうに、新聞屋時代の同僚だか上司だかからのコメントがついた。たまたまメールチェックをしていたから気づいたので、レスを書き込んだ、かなり攻撃的に。夕方、そのレスに対するコメントが同じ人から書き込まれ、すぐ気づいたのだが、即答する気持ちになれない。何故なら、私にある反省点をじっくり見つめ る必要があると判断したからと、「あんた、誰っ!?」と太字で書くほどに相手を特定できずにモヤモヤしているから。思い当たる人はいる。当時の同僚や上司と上司の家族という合計で約20人の中から、5〜6人まで絞り込めてはいる。が、その5〜6人の中の誰なのか、見極めきれずにいる状態。何か、「そんなふうに言われて悲しい」とか「私のほうは好意を持っていたのに」とか書かれても、誰にそう言われているのか判らないのって、あまり好い気分じゃない。相手のほうは、ブログの記事を読んだりリンクしているこの拙宅を読めるから、私が何者か判断できる。でも、自分が何者か伝えようという気が無いのか、ハンドルだけで私なら判断できると思っているのか、具体的なヒントも自己紹介のあるサイトなりブログなりへのリンクも無いまま、感想とクレームっぽい内容のみなので、私には断定できないままなのだ。一応、ハンドルで検索してみようかと思ったけれど、小文字のアルファベット4文字だけだから、検索結果は1万件以上になるのは明らか。「それでも俺に見つけろってかっ!? それとも何かっ!? こうしてモヤモヤした気持ちにさせたくて、わざと断定させねぇってかっ!?」と、つい学生時代の口調が復活するほど、当時の記憶に没入してしまっている。で、結局のところ、再レスは落ち着いてから冷淡に書くことにしたわけ。だってねぇ、中学生以降の私が好意を持つ人は、ちゃんと最初に自分のことを明らかにしてから意見を述べるタイプばかりだもん。新聞屋時代だって同じ。そりゃあね、20年ぐらい経っていたら性分が変わるかもしれないけれど、感情的に書いたのなら文面に当時の面影が感じられるぐらいのアクの持ち主でもあったし、そのアクを知る程度には親身に話したり悪戯したりサボったりしていたから、「あー、あなたでしたか!」って判ると思うんだよねぇ。というわけで、落ち着き始めた現在、私はコメントをくれたその相手を、「当時から既に、あまり好意を持てないでいた人」と判断した。天然だろうがボケ専門だろうがバカ正直だろうが嘲笑に打ってつけのアホだろうが、相応の「仁義」は持って生きている。それに従って生きてきた結果、天然だとかボケだとか損な性分だとか言われたけれど、後悔していないし、嘲笑されても歯ぁ食いしばってこれた。だから、相応の誇りも持っているし、旧交を温めたい相手なら私の「仁義」を必ず理解してくれていることも知っている。よって、更に落ち着いてきたら、「冷奴(ひややっこ)」と呼ばれていた当時と同じく、「冷たい奴」らしく応対させてもらうつもり。ふふふ、ちょっと楽しくなってきた(ニヤリ)。「抜き身」になるのは、昨年のヤクザ紛いの印鑑の押し売りを相手にした時以来か。そろそろ「研ぎ頃」でもあるから、ちょうどいいタイミングかな、ふふふっ(再びニヤリ)。
 6月18日 失態続き
 精神科の通院日。出かけるまでの段取りを昨日計画し、その通りに朝から分単位で行動し、予約時間5分前に病院に到着、科の受付窓口へは2分前かと思いきや、総合受付の前に差し掛かったところで、やっと財布を忘れたことに気づいた…。ハンカチを持って、歯もいつもよりしっかり磨いて、朝食の食器も洗い、待ち時間があるかもしれないからとレース糸で編んでいるショールを手作り感漂う麻の手提げに入れていながら、どうして最も肝心な財布を、診察券と保険証と免許証が入っている財布を、忘れたまま出かけるかなぁ…。とりあえず診察だけ済ませてくれと科の窓口で言われたので受診し、診療費の計算用の書類を総合窓口に出しながら「すみません、保険証も診察券もお金も全部忘れたので、取ってきますっ」って、あーた、バカ正直すぎるだろう、いくら何でも…。もう「物書き」って名乗るのが恥ずかしいぐらい、言葉を選んでないやんか、自分…。まぁ、焦ってはいたけれど、運転中は何とか安全第一って念じて往復したから、最低限の体裁は繕え…るはずだったのに、会計のお姉さんが「生」で呼ぶまでグースカピーと総合待ち合いで眠ってたなんざぁ、恥ずかしいったらないよなぁ…。会計が済んで時計を見たらちょうど正午だったから、昼食を摂りたいのに呼んでも来なくて困っていたところ、他2人の先輩担当者が「あそこで寝てる人よ」って教えてあげたんだろうなぁ、会計担当の他2人って、通院を開始した時に既に窓口に座っていた人達で、診察券で本人か確認しなきゃいけないのに私の時だけ顔を見るなり「○○さん、1400円です」って言うぐらい、正確にルックスと姓名をセットで記憶してくれているもん…(涙目:いや嬉しいから、一応)。あああ、書店の店員さん、最寄りのスーパーのレジ係の主任さん、近場のデパートのゲームコーナーの店主のオバハンって、どうして私に限って記憶しているんだろうなぁ…。書店は、まぁ、定期購読を頼んでいるし、毎週少なくとも千円札を2枚は使うし、3千円を下回ると小さい声で「ちっ、届かなかったか」とか呟いちゃうから、それなりにインパクトはあるんだろうなぁ。スーパーも、息子が腹の中にいる頃から通っているから、息子とセットで記憶されているんだっけ。保育園入園、幼児園入園、小学校入学のそれぞれの時に、「あ、そう、おめでとうございます」って言ってくれたぐらい、来店を楽しみにされている印象もあるんだよなぁ…。ゲームコーナーの店主のオバハンだけは、そろそろ忘れてくれたはず。覚えられた原因は、ボールを点数の高いポケットに落として300点以上を取ったら景品が出るという台で、毎週景品を貰っていたこと。どんどん景品がショボく…あ、いやいや、好みのものじゃなくなっていったし、数ヶ月前に古くて弾まなくなったボールを新品と交換してからは狙いを厳しく定めないと得点が難しくなったからやらなくなったし、ね。その代わり、息子は何故かギャンブル運が良いらしく、私が同行しない時に限って(ここ重要)、狙い通りの景品を獲得するから、息子の顔のほうが印象としては強いんじゃないかなぁ、今は。…って、あれ? この日記の内容って、読み返してみると、もしかしなくても、いつものことではあるけれど、…失態…?
 6月17日 その2:物事に敏感でありたい
 例年のことだが、梅雨入りを気象庁が発表すると、当地には雨が降らなくなる。先月の「毎週土曜日は雨天」が嘘のように、今月は雨が少ない。今まで「やっぱりジンクス通りか」程度にしか思っていなかったが、ふと異常な現象に気づいた。雨が降っていないのに、ミミズが地上に出てきているのだ、毎日。それに、ムカデが車道で轢かれているのを、頻繁に見かける。これらは、5月にはあまり見かけなかった。6月に入ってから、特に、東北地方で地震が発生する数日前から当日までの間に、集中していた記憶がある。念のため述べておくが、私が路面や地面を見るのは、主に息子を分団登校の集合場所に送っていく朝の数分間のみで、他の時には大抵車を利用するのでミミズやムカデには気づけない。たった数分間、距離にして片道200〜300mぐらいを往復するだけで、「今朝もミミズが出てきて死んでるなぁ」とか「またデカいムカデが轢かれてるし」と連日思うなんて、初めてだ。少なくとも、昨年1年間、分団の集合場所とは斜め向かいにある幼児園に、徒歩で息子の送迎のために通い続けた間には、ほとんど見かけなかった光景なのだ。地中以外では最弱に分類されるだろうミミズが、どうして乾燥した地上に出てくるのだろう? ムカデの生態を観察するべく飼育し始めたら好きになったという人のサイトを拝見したが、ムカデは本来とても臆病で、屋内外問わず、物陰に身を潜めているらしい。そのムカデが、しかも東北地方の地震の前には何年も冬を越したと思われる体長20cm近いサイズのムカデが、どうして道路の真ん中付近で車に轢かれるのだろう? そう考え始めた途端、阪神淡路大震災の時、断層を源とする磁場の乱れのせいでラジオが聞き取りにくくなったなどの、異常現象に関する報道を思い出した。それに、東北地方の地震の少し前には、長野県南部を震源とする、深さ10km程度ながら揺れた範囲は広かった地震があった。これらは、学術的な根拠の無い、単なる偶然の積み重ねでしかないのかもしれない。そうだとしても、物書きの習性というか、無視できないし、したくない。「今日も朝を迎えることができました」と太陽と地面に感謝しつつ、「今日こそ私の命日になるかもしれないから、悔いの無い生活を心がけよう」と覚悟を決める。これが最近の私の「朝」。
 6月17日 その1:何でもかんでもやれれば良いわけではない
 今日から、いよいよ白リンゴ機による執筆を始めた。最初はご覧のとおり日記で、次にメルマガ。感触としては、「まあまあ」。キータッチは好感触。キーボードの形状も指先で判りやすく、家電屋で他社の窓機と比べて納得しただけのことはある。CPUも演算が速いだけあって、DTPオペレータ時代に営業担当者をビビらせたスピードで入力しても、ちゃんとついてくる。まぁ、現役を退いたから多少はスピードも落ちたはずだし、そもそもどうして私の入力を見て営業や旦那がビビるのか自体が謎なのだが。それはさておき。マウスの代わりのタッチエリアが広いことだけが、嬉しいけれどちょっと困るって感じ。否、私が太り過ぎだからか、右手の親指で変換したりしているうちに、ポインタが入力中の部分から飛んでいき、何かの弾みでエディタ画面の外で反応してしまう。気づかずに妙なところに文章が入力されてしまうので、幾つも作業段階を遡れるというリンゴ機では欠けたことの無い機能が凄く嬉しい。それと、フリーウェアやシェアウェアで入手したエディタもありがたい。2サイトで延べ4つのアプリをダウンロードしていて、どれも似てはいるけれど、得手不得手がそれぞれ異なっていて、欠かせない。1つのアプリで済ませたいのはやまやまだが、完成度や用途の明確さを考慮すると、4つに分かれていて良かったなぁと実感中。エディタは、軽さが命。多機能すぎて反応が鈍くなるぐらいなら、何かに特化していて、それが他のアプリとダブっていなくて、動作が安定していることこそ、大切だしありがたいのだ。私のような「なんちゃって物書き」には、作表機能とか画像添付機能とかは要らない。最低限、漢字変換能力がそこそこ高く、反応が速ければOK。できれば、原稿用紙画面があり、升目が綺麗だと嬉しく、更に、自分好みに文字数や行数、升目のサイズや色をカスタマイズ可能なら、もう「御の字」。さて、日記以外のページや書き溜めた作品、未完の長編もコンバートするかぁ。
 6月16日 その2:あ・かるい話
 無事に2着を編み終え、残りの糸で横編みのプルオーバーを編み始めたものの、予想以上に糸が必要なデザインと判明し、本に掲載されているとおりの編み方を断念した。簡単に説明すると、右肩から編み始め、円形に前後の身頃を同時に作っていく。その際、肩や襟元といった編み地の中央にだけ長々編みを扇形に編み込むことで、単調なネット編みの身頃に対するリズミカルな変化を出す、というデザイン。編み図を理解しきれなかった時から、ぜひ挑戦してみたかった。右肩から左肩へと胸や背へと広がる長々編みの模様と、それ以外のネット編みとがどうやって編み分けられているのか、編み図を見るだけで楽しかった。しかし、まさか自分で考えながら編み図とは異なる編み方をするなんて、想像もしなかった。長袖のカーディガンに使った糸の残りは4玉弱、半袖のプルオーバーに使った糸の残りは6玉弱。1玉75m程度なので、袖無しでネット編みのプルオーバー(というかベスト?)なら、単純な足し算では「完成する上にまだ残る」と計算していた。編み図を解読してからも、襟部分で糸が二手に分かれるものの、身頃を全部一度に編むだけでなく、縁編みも同時に片付けるも同然のデザインだから、気持ちよく一気に編み終えることが可能と考えていた。但し、右から左へと次第に広がる長々編みの模様の部分だけ異なる色にしたいという私の願望通りにはならず、右肩から順に腹や背のほうも完成に近づきながら、途中で糸の色がガラッと変わることになると覚悟せねばならなかった。そうして編み始めたものの、妄想時には「この両肩と襟元の長々編みにだけこの色を使いたいなぁ」と思っていた糸が、襟元が完成する前に尽きることが判明し、一旦ストップ。実母がのんびりしている時を狙って、サンプル写真を見せながら、配色がどうなるか説明してみた。すると、「どうせ途中で色を変えなあかんのやったら、この肩のところの模様だけ色違いにしたほうが、カッコええんやないの?」と、私と同じ答えを告げられた。そんなわけで、デザイン集の編み図を参考にしながら、カーディガンに使った「白色と藤色と淡い紫色の段染めテープヤーン」を長々編みの部分にだけ配し、幅を広げながら襟元まで編んだ。左肩まで先に作り終えるつもりだったが、右肩まではゆっくりと、襟元に差し掛かってからは一定のリズムで幅が広がるので、残りの身頃のネット編みとのバランスを確認したほうが良さそうだと考え、現在、右半身の身頃を編み始めた。そうしたのは、どうやら正解だったらしい。前後の身頃の右脇は、すぐに編みながら繋ぐことになる。それに、襟が広がっていくのに合わせながら、着丈まで身頃が伸びたら、ネットの編み目を減らして四角く仕上げる必要がある。編み図どおりのサイズで完成できるなら肩や襟元だけ先に編み終えることも可能だが、何度も書いているとおり、私は超肥満体なので、我流で編み目を増やして調整したり、糸を太くして繊細な模様を逞しく編んだりして誤摩化す必要がある。今回は、我流の増し目を選んだので、なおさら減らし目を意識する必要がある。その代わり、まだ右肩を覆う程度しか編めていないが、模様と糸の雰囲気の違いがとてもユニークで、何度失敗して編み直すことになっても、この夏の間に作り終えたい服になりそうだ。もっとも、飽き性なので、そんなに時間をかけるつもりは毛頭無く、遅くても今月中には次の夏服を編み始めたいと考えている。おかげで、最近、洋品店に行くと、チュニックなどをじっと見るようになった。勿論、頭の中では「どういう手順で編んだら、途中で飽きずにこれだけの品を編めるか」を考えている。見ている衣服は、編み物ではなく、ソーイングによる品なのに。
 6月16日 その1:重い話
 今年度に入ってから、実家が賑やか。実弟宅の姪っ子と甥っ子×2が出入りするようになったから。それは重くない。問題は、姪っ子と実弟と嫁さん。実弟と嫁さんの共通の趣味は、車と遊興、特にパチンコらしい。甥っ子その1が覚えた日本語を話せるようになったばかりの頃、どこそこのパチンコ屋に家族で行ったと嬉しそうに話していて露見した。同時期、実母は、嫁さんからは実弟が生活費を渡してくれないという愚痴を、実弟からは昇給率が低くて生活に困っているという悩みを、別々に聞いていたという。そして、これは最近になって聞いたのだが、愚痴や悩みに続いて、「跡継ぎとその次の跡継ぎがおるんやで、本家の内に入るんやし、お金を工面して」と言われ、諭吉っちゃんを毎月、時によっては毎週、渡していたそうな。当然、実父が激怒した。渡した金でパチンコを夫婦でやり、負けてはまたせがんでいたと明らかになっただけではなく、「でも、これナイショなんやと。とくに、じいちゃんたちにはいうなだって」と甥っ子その1が話したから。その後、夫婦喧嘩をしては夜伽で仲直りを繰り返したり、一度だけ離婚宣言をして両家の二親が顔を突き合わせて化かし合い同然の話し合いとやらをしたようだが、何もかもが悪い面ばかり目立っていて、未だに嫁さんにとって舅である実父は怖いだけの存在らしいし、実弟も人が変わったように挨拶すらしない、もしくはできない状態に陥っているみたい。この二人の夫婦喧嘩は、今でこそ正面を向き合っての話し合いになってきたようだが、結婚直後から甥っ子その1が動き回るようになるまでは壮絶だった。嫁さんはヒステリックに泣き叫び続け、実弟だけでなく実父母や私のことまで持ち出して、いかに自分が虐げられているか(正確には「虐げられていると思い込んでいるか」)をあること無いこと喚き散らしながら、閉め切っていてなお庭を挟んだ我が家にまで聞こえる大きな音を立てながら廊下という廊下を歩き回り、障子や棚のガラスや食器などを蹴ったり物を投げたりして割りまくる始末。それは実弟が怒りを発散しきれずに家を出て車で去っても続いていた。姪っ子は物心ついてもそんな母親の姿を見せられていたし、2歳下の甥っ子その1も嫁さんと姪っ子に八つ当たりされることが多かったようだ。推測の域を出ないのは、甥っ子その2が生まれ、姪っ子が保育園に入園できる年齢になるまで、嫁さんの実家に居座り続けていたから。住所は変えずにいたので、当地の「乳幼児の医療費は、養育者が支払う分(たいてい3割)を市が代わりに負担」という制度を利用していたが、実際には市外の嫁さんの実家に住んでいたのだから、じつは違法行為を続けていたことになる。まぁ、それはともかくとして、問題は、そんな不安定な家庭内で過ごしつつ、嫁さん側の実家の若い祖父母に甘やかされ続けた、姪っ子の躾の行き届いていないこと。ほんのちょっとの「羨ましい」だけで、妬んだ相手の大切にしているものを、捨てる、壊す、ダメにする。それも、ちゃんと大人が見ていないことを確かめてから。大人がいなくても子供がいる場合は、その居合わせた子供にも手伝わせることで、「アヤはやってないもん!」と主張し、被害者面で号泣する。3歳頃には「アヤってかわいいでしょ? かわいいでしょ? だからおこらないでしょ? こんなにかわいいんだもん、おこれないでしょ?」を何度も繰り返していたから、嫁さんの両親と祖父母(姪っ子には曾祖父母)の躾の甘さが目に浮かぶというものだ。ここまで貶したから奇妙に思われるかもしれないが、こうした姪っ子の言動は、裏を返せば「粘り強さ」になると私は思っている。とにかく、しつこい、うるさい、狡賢い。自分の思い通りになるまで他人に付き纏ったり、思い通りにならなかったら執念深く他人の大切なものを痛めつける。これらに注ぐ気力と体力は、大人ですら維持するのは大変だ。それを可能にしているのは、姪っ子の根性。悪い方向にばかり気取られているけれど、良い方向にも働いている時もある。例えば、幼児園に入園する前にひらがなとカタカナは完璧に読める息子に負けまいと、子供用のカルタでかな読みを練習し、幼児園に入園する頃にはたどたどしくも文章を音読できるようになったこと、など。弟が2人いるから「お姉ちゃん」であり続けることを押し付けられていなかったら、現状ほど狡賢い子供に育たなかったのではないかと思う。その証拠に、甥っ子その1は、生まれた時から右足首の形が歪んでいて、アキレス腱がたった1〜2cmしかない。矯正具をつけて過ごし、定期的に手術を受ければ、成人する頃には健常者並にできるはずだったが、本人が嫌がることと嫁さんも実弟も無理強いをしなかったため、近年、矯正具をつけても手術を繰り返しても、膝から下の筋肉の付き方が歪んだ状態に合わせて発達するため、健常者並にまではできなくなったと聞いた。実父母はそれを「可哀想だ、虐められるかもしれん」と嘆いているが、最も身近な虐めっこタイプの姪っ子が、甥っ子その1の足の形をネタに虐めているのを見たことがない。それどころか、拙宅の息子にも「うまれたときからこうなんやよ。こういうあしは、リョウくんだけなんやよ。すごいやらぁ」と言って、「ほやで、いじめたりわらったりしたら、アヤ、おこるでね」と胸を張っていた。そのおかげで、息子は身障者に対して最初から警戒することなく、挨拶をしたり話をしたりしてから「やさしいおにいさんやよ」と私に話してくれたりもするようになった。甥っ子その1は彼なりに、庇ったり守ったりしてくれる人をよく心得ていて、姪っ子の真似を何でもやりたがる。とても真っ白な心らしく、善悪を考えずに「何でも」というところだけは、どうにかしてほしいけれど。甥っ子その2は、これまたとてもマイペースな性格で、生まれた時から現在の自宅に住み続けているため、嫁さん側の祖父母よりも実父母に懐いている。言葉は少し出遅れているものの、大人の話もかなり理解していて、タイミングよく「うんうん」とおしゃぶりを銜えたまま相槌を打ったりもする。生憎、実弟宅の車にはチャイルドシートが2つしか乗らないため、幼児園や保育園の送迎の時には実家に預けられるが、淋しがることなく楽しいことを探しては実母を誘って遊んでいる。それを見れば、実弟一家が子供を可愛がっているのは判るのだが、善悪の区別とか食事のマナーとか、躾の範疇には行き届かない点が目立ってしまい、実父母の怒りの源になってしまいやすい。ちなみに、拙宅の旦那側にも甥っ子が1人いて、実弟宅の姪っ子より1歳年下。第一反抗期の最初の頃、旦那の実家で義父母に拙宅の息子と比べて「ダメな子やなぁ」と言われ続けたためか、時々物を振り回して息子を追いかけることもあるが、それでも「またあそんでね〜」と嬉しそうに言って別れるのが常。大人にとって「いい子」の典型に見えるらしい息子は息子で、保育園の年中までは盗み癖があったのだが、各園の先生方にも協力してもらって、「落とし物」扱いで受け取ってもらい、「今度からは見つけたらすぐに先生に教えてね」と諭していただいた間に、「他人が羨ましく思える心は淋しい心、他人に羨ましいと思わせたい心は意地悪な心」と言い聞かせたり、本物の落とし物を見つけた時には息子に届けさせたりすることで、何とか直せた。その時に、「そんなことはダメでしょ!」よりも「ちゃんとできて良かったね。これであの落とし物もお家に帰れるし、落とした人もきっと『コウちゃん、ありがとう』って思ってくれるよ」という言葉のほうが、息子の顔を明るくし、空想力を伸ばせたようだった。そして今は、私のほうが息子の生活の中からいろんな勉強をさせてもらっている。喧嘩しても意地悪されてもすぐに許すことができるという、息子の天賦の才能だけはどうしても真似できないけれど。
 6月14〜15日 久しぶりに運動しまくった…(そしてダウン)
 14日土曜日は、旦那が仕事ということもあり、可能な限り息子の相手をしようと少々頑張り、午前中はサッカー遊びに付き合い、午後は一緒に実家の留守番をした。この時、15日日曜日の朝から小学校の資源回収に参加する予定があることを、すっかり忘れていた。その分、息子は満足するに至らないものの姪っ子達を羨むほど淋しくはなかったようだ。私としても、息子の成長が感じられて嬉しかったし、結果的に資源回収のウォームアップになったみたいで、何とか他の保護者諸氏の足を引っ張らずに済んだ…と思う。但し、物事には必ず表と裏があるらしい。14日は、息子が喜んでいたのを羨んだ姪っ子が、実母が処分しようと置いていた汚れた調理油の入ったペットボトルを黙って持ち去り、裏庭の畑と花壇の水遣り用の水槽(元バスタブ)に全部注ぎ入れ、その中に息子の片付け忘れた玩具を放り込んだ。昼食時、姪っ子と甥っ子、そして私を含めた実家に悪意を持っている隣家の男児(姪っ子と同い年)の3人が庭を往復していると気づいていたが、特別騒いでいる声が聞こえなかったので放置していたのが、裏目に出た。3人いてもはしゃぎ声がしない段階で奇妙だと思うべきだった。しかも、実家の居間の前、私の目の前の窓が網戸になっていて、そこから中の様子を何度も覗いていたから、「見つかると叱られることをしている」という自覚もあったはず。園児だからとナメすぎた。夕方、その3人と一緒に遊ぶつもりで外に出た息子が、「あぁっ!」とだけ言って水槽から玩具を掬い出し、右腕全体を水と油でベトベトにした。息子の発声と同時に、主犯の姪っ子は逃走し、自宅に隠って出て来なくなり、実母が息子の腕を洗っている間に私は水槽の中を見下ろしていた。前日の金曜日に、実父が水抜きして磨いたばかりのバスタブは、綺麗な井戸水を6分目まで湛えていたのが明らかに判るのに、水面に油と揚げカスが浮かんでいた。その奥に玩具を見つけ、なかなか届かなかったろうに自力で玩具を掬い出した時の息子の気持ちを想像したら、キレそうになった。ここまでは我慢できたけれど、甥っ子と隣家の男児、いや、もう正直に書こう、クソガキが二人して「アヤちゃん(姪っ子)がやったんだよ、みたもん」と得意げに語りやがったら、「次期大家の子供達だから」だの「これ以上隣家とモメるのは避けたい」だのと気遣っていた理性が裏返り、「見たってことは、一緒におって、一緒に悪さを面白がっとったってことやろうがっ!!」と怒鳴る原動力に転じた。それを聞きつけたらしい隣家のババアが、自宅からではなく、わざわざまるっきり正反対のほうの隣家の裏手に回り込んでクソガキを迎えに来た。ちなみに、現場は裏庭の一角、クソガキ宅に面した隅なので、普通に話していても会話は全部聞こえるほど近いどころか、隣家の屋根から雪が落ちたら我が家の屋根に全部落下するほど接近している。その至近距離で酒癖の悪いジジイが夜中に喚き散らした時なんて、旦那がビビッて離れから出て来なくなった、という過去もある。当然、それ以来、私は防犯に関しても全部自分が前線に立つ覚悟を決めている。しかも、数年前、何かプレゼントしようと思って旦那に何が欲しいか尋ねたら、「どうせ俺の稼いだ金で買うんだろ? だったら自分で買うからいい」とホザいたので、15日の父の日には、何も用意せず、敢えて「父の日に何か貰えるかもって期待してたかもしれんけど、『どうせ俺の稼ぎじゃん』ってまた言われるのが嫌やったで、使うんやなくて使わんことで労いにしよってことにしたから。ほやで、車も出さんかったから、ガソリン、全然減っとらんかったやら?」と、にこやかに告げたのみ。罪悪感は、全然無い。休日なのに、肉体労働である資源回収に私を行かせ、「千円分のクーポン券の期限が迫ったからお守りブレスを買ってみた」と正直に申し出た時には無表情&無言で私を見ていただけという態度を選び、「携帯(電話)は1台しか持ってない。もう1つのほうはPHSだから(携帯電話じゃない)」という屁理屈で何ヶ月も携帯電話の使い分けをしていたことを明かさなかったなど、浮気を疑われても仕方が無い要素だらけの旦那に対して、「生活費の節約」以上の何をしたら良いのかなんて、私には考えつかなかった。旦那にしてみれば、「節約したって、全部おまえ(私)の口座に入るだけじゃん」と言いたかっただろうが、何も言わせたくなかったので、前述のプレゼント関係の話の直後に、「ところで、パパは何台の携帯を持ってるの?」と尋ね、これまた前述の屁理屈を言わせることで、黙らせた。「もしかして浮気してるんじゃないの?」と問い詰めるようなバカなことは、私はしない。せいぜい浮気相手で欲求不満を解消すればええわ、と思っている。但し、これにも表と裏があり、問い詰めるとか調査するとかしない反面、相手を孕ませるとか、そっちが本命になったから離婚したいと言い出すとかしたら、断固「否」で突っ撥ねる覚悟も決めている。私、五黄土星の蠍座のA型の女の典型だから。「五」や「土」は安定タイプ、「黄」は自分を中心に置きたがるタイプだそうだし、「蠍座」のエレメントも「不動の水」で動かないけど感情的な要素が強いというタイプ。これだけ揃えば、私がキレたらどうなるか、もう説明は不要でしょ? 15日の午後、旦那の無表情&無言の応対で、2日分の疲労感と旦那に対する不信感が、2日分の充実感と安心感を覆して表面化し、久し振りに「死にたいなぁ、何となく…」という心境にまで陥った。ちょっとは慣れてきたから、すぐに「孤独な状態を妄想してみる」とかの我流の対処を試して脱出できたけれど、ね。そんなこんなで、午前中は肉体的に、午後は精神的に、久し振りの激しい運動をした感じの2日間だった。
 6月12〜13日 その2:他人事ではない
 秋葉原の無差別殺傷事件。2週間早かったら、ウチの旦那も被害者リストに載っていたかもしれない。掲示板に実況を掲載し続けた理由を「誰かに止めてほしかった」と語っているとのことだが、理解できなくもない。私もこうしていろいろ書いては、「ガス抜き」にしたり、ご訪問くださる皆さんに励ましていただいたり、宥めていただいたりしているから。但し、犯人に対して同情はしていない。何故なら、私は「誰もこのバカ長い愚痴を読んではくれまい」と思って綴っているからだ。サイトの日記だろうが掲示板だろうが、ネガティブでダークなことを綴る時は、必ず「自分以外の誰も読まない」と考えることで、自分自身が「最初の読者」のつもりで読み返して「おいおい、洒落にならねぇぞ」と呟くからこそ、「ガス抜き」になる。それを忘れたら、私だってああなる、多分。他人事じゃないから、同情しないし、報道も可能な限り見聞きしない。それなのに、実父ときたら、「犯人にも俺は同情できる」と言い出した。晩酌中だったので、食事をさせてもらう代償として、仕方なく話を聞いたら、犯人の勤務先の正社員と派遣社員の雇用の仕方に関する新聞記事を読んだから抱いた同情とのことだった。詰まる所、「正社員試験に落としておきながら、派遣社員としてなら同じ人間を雇う企業の姿勢に、事件に繋がる一因がある」とのこと。どうやら、新聞にそういう「背景」が書かれていたらしい。これに対する私の正直な感想は、「馬鹿馬鹿しい」。企業の規模に関係無く、正社員と派遣社員とでは業務内容が異なることは、誰にでも想像可能のはず。正社員ならば企業の運営に関わる大切な業務を背負うが、派遣社員ならばそこまで深刻な業務ではなく、アルバイターに任せるような単調な作業がメインとなるのが当然だろう。それが嫌なら契約した派遣会社にその旨を告げて、職場を換えれば良いだけ。そうして職場や職務内容を選べるのが、派遣会社に登録する最大のメリットなのだから。「そんなことをしていては、いつまでも定職にありつけない」という意見に対しては、「派遣会社に登録する段階で、自ら定職に就かないと決めたも同然」と言い返させてもらう。「社員」という言葉がついていようが、所詮は「臨時雇用」、アルバイト社員やパート社員同様、業績不振に陥りそうなら正社員より先に切り捨てられるのが当然だ。このことは、派遣先を決めた段階で登録した派遣会社なり派遣先の企業なりとの契約条件に記載されているはず。それに同意しておきながら職務内容や職場での人間関係、業績悪化による辞職勧告などに対する不安や不満を述べるなど、社会人として未熟な証拠だ。勤務先の企業だけでなく派遣会社そのものからも卑劣な待遇を受けていたのなら、その事実こそ携帯サイトの掲示板で暴露するべきだ。暴露記事を掲載する場合も、「誰にも読まれまい」と考えながら書き込む。私情が入り過ぎようと構わない。日記や掲示板の記事に心情を込めなくて、他の何に込めると言うのだ。そもそも、登録する派遣会社を選ぶことすらしなかったのかと、幾つもの会社を渡り歩いた私から見れば、犯人がひたすら幼稚に感じられる。これらの「単身でできること」をしないでおきながら、まったく無関係な7人を殺し、10人を負傷させるなど、許されないどころか、同情される余地も無い。それなのに、犯人の幼稚さに蓋をしたような記事を掲載する新聞社が存在し、それに同情して「正社員試験に落としておきながら、派遣社員としてなら受け入れた企業が悪い。そんな企業だから、犯人の制服を隠すような社員を見逃すんだ」と激昂する実父の偏見も、「馬鹿馬鹿しい」。ところが、こうした意見は、仮名で通っているサイトや掲示板でしか述べることはできないのが、現実。何しろ、今の世の中、指を差して笑っただけで轢き殺されるのだから。お調子者の息子など、何度「やったらかん」と言ってもやりそうなので、毎日「無事に帰ってきてくれよ…!」と祈らずにはいられない。旦那は旦那で、いつもと同じ「日常」においては放置していられるが、旦那独自の規準における「重大な失態」を晒すと途端にキレる性分だから、それこそ子供に指を差されて笑われたからと言って襲撃するのではないかと、こっそり心配せずにはいられない。無論、かく言う私も未熟な人間なので、心配ぐらいしか思いつかず、息子に「他人にしないほうがいいこと」を傍にいて思い出した時に教えたり、旦那の「ただいま」の言い方で密かに安堵するぐらいしかできずにいる。
 6月12〜13日 その1:残り糸を使いきると同時に暗号解読をば
 透かし模様の長袖のカーディガン、完成っ。腕の太さに困って袖を編み直したから、やたら時間がかかった印象があるけれど、実際には意外とスムーズに編み上げた。でもっ。身頃だけでなく袖も自分のサイズを把握して調整する必要があると判ったし、その結果片腕に必要な幅が前身頃の半分とほぼ同じことも判ったし、袖下と肩口は「はぐ(編み目で繋ぐ)」んじゃなくて「とじる(段の端っこで繋ぐ)」から鎖編みの目に長編みを入れないといけないことも実感したし、袖下だけならともかく肩口をとじるのは言葉にするより厄介だということも痛感したから、今は、もう当分の間は袖付き、特に長袖の服は、編みたくねぇ…(疲)。そんなわけで、テープヤーンの残り糸を使って、右肩から全体を一気に放射状に編んでいくプルオーバーを編み始めた。それも、段数を増やして自分用にサイズ調整しながら作るつもり。これができたら、結構大きな自信がつく予感。
 6月11日 時々息子に尋ねられること
 それは、「将来の夢」。「ママはおとなになったら、なにをしたいの?」と…。…(皆さんの反応を想像中)…。…やっぱり、これって、「ママ=大人の代表」と息子が感じていないってこと、かなぁ。まぁ、しょうがないけど。「お願いですから、水饅頭のような君のお尻を齧らせてください」とか「一度でいいから、リラックマに伸し掛かるコリラックマの役をママにやらせてください」とか頼む『大人』は、そうそういないもんなぁ(敢えて「皆無」にしなかったことにツッコミを入れたくなった人、常連様やね、いつも訪ねてくださり、ありがとうございます。「そんなことを日頃言ってるんかいっ!」とツッコミを入れた人、よくぞこんなテキストだらけの辺境を訪ねてくださいました、ありがとうございます:皆さんに三つ指)。毎日「小銭稼ぎ」と称して広告バナーをクリックしてポイントを貯めるついでに、1ヶ所だけアンケートサイトに登録していて、ポイントのつくアンケートに応じるようになった。で、職業を尋ねられることもあり、「専業主婦」を選んで回答してはいるものの、毎度毎度、「家事ができないのに、専業主婦って言って良いのか?」と疑問を抱いている。やっぱり、「専業主婦」って「家事・育児のプロ」でしょ。育児のほうは頑張っているつもりだが、家事は何年経っても「無謀な挑戦」レベルだから、せめて「専業」だけでも除けてほしい。こんな私だから、息子に将来の夢を尋ねられると、自分でも「何のプロになりたかったのかなぁ?」と考え込む。この疑問の答えは、つい最近、ぼんやりと見えてきた。私がなりたかったもの、それはっ! 「暗号解読のプロ」!! 暗号と言っても、物騒な類いの暗号ではない。天気図とか、外国語とか、化学変化式とか、編み図とか、タロットとか、記号化されたものから自分の知りたい情報、作業工程、最終的な状態を理解することが、私にとっての暗号解読。意識の仕方を変えるだけで、百均屋の手芸コーナーの棚ですら、売り上げ具合と入荷・商品補充のペースを示す「記号」に見える。まぁ、あまり社会的貢献度が高くないから「プロ」とは言えない。言えないけれど、私は満足し、ちょっとだけ「えっへん♪」と言いたくなる。但し、苦手な暗号もある。例えば、楽譜、棒編用の編み図、ソーイングの型紙、立体視用のCG、料理番組そのもの、などなど。ハッキリ言って、苦手な暗号のほうが、現実社会に貢献できそうなものが多い。そういう意味では、絶対に「プロ」なんかではあり得ない。そんなわけで、私はあくまでも「アマチュア」のまま、気楽にこうして記号を連ねていたりする。プロじゃないから、代価は不要。戴くのが申し訳ない。技能的にも理解の度合いも「広く浅く」、使い方も独り善がりで勘違いも多々あるから、記録(?)を残すのも「こっそり」がモットー。コソコソ具合なら、セミプロ並かもしれない。あ、代価は無いから、やっぱりアマチュアか。ちなみに、長い割に内容が薄く、どこか自虐的な独りボケ独りツッコミな文章になりやすいのは、今月に入ってからアニメ「銀魂」シーズン2のDVDを観ながら編み物をしている影響と思われる。息子が学校に行っている間にしか観ることができないのよ、何となく情操教育に善くなさそうだから(この辺に「育児」を意識する理性が働いていたりする)。
 6月10日 現在の思考回路の使い道
 レース糸に先駆けて、麻糸が片づいた。実際には先月の下旬にだが、ミサンガにしようと買い溜めたヘンプとリネンが4色延べ150mぐらい残っていたので更に脱色前の糸を買い足して、こま編みだけで手提げ袋を編み終えた。段の途中で色を変えたり、1段ごとに立ち上がり1目を作らずにぐるぐると輪編みしたり、毎日の気分次第で編み加減が変わったりして、デコボコガタガタな編み地の、見るからに手作り感漂う出来栄え。但し、思い描いたとおりの配色で、予定どおりキッチリ糸を使いきり、しかも、肩から袈裟懸けに提げられるよう、持ち手の他にキーホルダーの頑丈なものを編み込むことに成功した。これらだけは、物凄く自慢。特に、キーホルダーの編み込みは、絶対に編み終えてからでは入れられないと判る仕上がりになった。で、今は、その両横に編み込んだキーホルダーに引っ掛ける下げ紐をどう作るかを思案中。編み糸2玉、かぎ針入れ、鋏、刺繍糸10m前後、ミサンガ結び用コルクボード、ストラップ用素材を詰め込んで持ち出せる袋に仕上がったし、買い足したリネンの脱色前の糸がまだまだたくさん残っているし、いっそ下げ紐も手作りしたいのだ。ということで思い出したのが、組紐。平組みはレース糸を使ってブレスレットを作った際に練習したことがあるが、今回は金具に結ぶ際にラッピング結び(巻き結び)をしたいから、丸く組みたい。丸組みの中で、唯一、中心が空洞になる組み方があり、それだけは失敗続きで悔しい思いを味わったので、リベンジしたい。いや、リベンジ云々よりも、本当にその組み方「内記(ないき)組」って力加減が難しい。使用する糸は16本。2本1対にして、片方8本を左回り、もう片方の8本を右回りに、交互に移動させ続けるだけとシンプルな組み方で、ちょっと力加減を変えるだけでデコボコになってしまい、誤魔化しが一切できない。その代わり、きちんと組み上げることができれば、交差する糸と糸とが綺麗に格子模様を作る。本数も多いので、熟練諸氏は配色を工夫して千鳥格子やストライプ、交差模様など、デザイン的にも優れた紐に仕上げる。とどのつまりが、難易度が最も高い、ということ。実際、こうして書いている間に数々の失敗作のデコボコを思い出して、平組みに変更したくなるぐらい。その難易度が最高の組紐を、袈裟懸けにできる長さまで組むとなると、何日かかるか見当もつかない。中座すれば力加減を均一にするのは更に困難になるだけで済まず、その度に凹凸のラインができてしまう。…(黙考中)…。…やっぱり平組みにしようかなぁ…(小声)。いや、でも、ちょっと待て。こういう時は、初心に帰るいい機会だ。ということで、…(本棚捜索中)…、あった、あった、組紐や皮紐の本。千羽鶴を束ねる時に、どうやったらベストか考えていたのに、これらがあんまりにも面白くて、つい執筆の片手間に始めたのが運の尽きだったっけ。で、5つ編みとか6つ編みに挫折して、5つ編みの変形バージョンを使って、なんちゃってストラップが形になっていったけれど、未だに本流の編み方ができないまま。これは、内記組よりも悔しい事実だな、私としては。それに、ショルダーバッグの肩紐は最低でも1m、できれば1m20〜30cmにしたい。その両端にキーホルダーパーツをつけるから、トータル1.5mを用意するべきか。1.5mの紐を内記組で作るとなると、専念しても5日以上はかかる。平組みを選んでも、それは同じ。ならば、思い切って6つ編みにしてみるか。革紐の細工本によると、手提げ袋の持ち手というサンプルがある。太めの革紐を5〜6本編んで、両端を2つ折りしてカンをつけ、ラッピング結びで始末してあるから、真似すれば肩紐も作れそうだ。私の好みとしては幅を広くしたいけれど、両端につけるのが四角や丸のカンではなくキーホルダーパーツだから、下手な小細工は禁物。考えようによっては、中座してもテープで止めておいて再開時に中座前の編み目に合わせることも可能と、私にとって好都合でもある。材料も16本から6本に減るから、失敗しても素材の切り出しから出直せるし。よし、やってみよう、この次に現実逃避したくなったら。…あれ? ちょっと待て。「組む」んじゃなくて「編む」んなら、いっそ「結ぶ」のもアリじゃないか? ミサンガを作るみたいにすれば、今の私なら下手な「編む」より丈夫な紐を「結ぶ」こともできるような気がするんだけど…。…(再び黙考中)…。…ま、続きはこの次の現実逃避で考えればいいや。
 6月9日 その2:脅威のクーポンの使い道
 先月、商品レビューを書いたら当選してしまった糸屋さんのクーポン券を、どう使うべきか思案中。そう、未だに悩んでいる。どうせなら思いきり高価な糸を買い置きしようかとか、好きな色の糸を全種類購入しようかとか、考えれば考えるほど、己の欲深さを見つけてしまう。反省し、とりあえず既に溜まっている糸を1パックずつ出して、並べてみた。青紫色の綿糸に艶糸が絡んだ糸10玉、綿と毛が50%ずつの濃い青色の糸40玉、シルク100%なのに1玉98円の糸30玉と、半端じゃない量。それらを見ながら、何度も販売サイトのページを開き、欲しいと思う糸と手持ちの糸を見比べ、質が手持ちよりも少々物足りないもの、色が手持ちの糸と似ているものをリストから除いた。その後、これまた何度も販売サイトと編み図の本を広げつつ、手持ちの糸の質も確認した上で、編みたい服にどの糸をどう配分するか具体的にリストアップして、ようやく「半額クーポン」の魅了魔法から脱出できた。「半額」とは、あくまでも販売価格の半分であって、「無料」ではない。「10種類までOK」とは、「意地でも10種類分の枠を埋めなくてはいけない」という意味ではない。どんなに上質な糸を買い漁ろうと、編むなり織るなりしなければ宝の持ち腐れ。私が自作のミサンガの里子状況を気にするように、製造と販売をしているメーカーさんも出荷した糸がどんなふうに使われるのか、きっと気にしてみえる。「買ったもののまだ手をつけれずにいますぅ」なんて、聞きたくなかろう。そんなこんなで、100g千円未満という空色の絹糸1色に決定。ついでにレース糸の手持ちで足りなさそうなパステルグリーンとパステルブルーの40g200円未満という、これまた百均屋並の値段なのにしっかりした糸も購入する。「せっかくの半額クーポンを…」よりも「せっかくの絹糸を…」のほうが、私にとっては苦痛だから。それにしても、レビューを書くとクーポンのプレゼント企画に応募したことになるなんて、知らなかった。当選通知がメールで届いて初めて知ったなんて、数回お世話になっている身としては、ちょっと恥ずかしい。そもそもレビューを書いたことだって、「いくらネット販売だからって、『届きました』の一言も告げないのは失礼なんじゃないのかなぁ」という考えが過った時から、何となく後ろめたさを感じて、堪らなくなった頃にレビューを書けると知ったから書き始めただけ。しかも、昨年冬に購入した糸の感想は、半年も経っているから書けないでいる。この春に購入した糸も、全部で6種類(内4種類は同じ品質の色違い)だけど、現在完成させたのは、半袖のプルオーバーと実母へのプレゼントのボレロっぽいマーガレットの2着だけ。3着目の長袖のカーディガンは、ようやく袖の編み直しが何とか巧くいって、肩口の山に差し掛かったところだから、今月中旬に完成予定。結局、編み針のサイズを間違えて1号分細いので編んだためか、全体的にやや小さく仕上がりそうなので、私命名「来年はちゃんと着れるようにダイエットを頑張りたい長袖カーディガン」になりそう。それでも、全体的に藤色に感じられる好印象があるし、長袖を編むということが身頃を1つ作るのに近い作業だと解り、それでも編み終えることができたという自信にも繋がる、大切な1着になるだろう。だから、完成したらまたレビューを書き、糸屋さんにお礼を述べたい。本当に、好い糸屋さんと巡り逢えて、良かった。
 6月9日 その1:もうちょびっと頑張ってみた
 週末のスキンシップのかいがあったのか、今日の息子の宿題プリントのイラスト塗り絵から、紫色が無くなった。まだ口の中を青く塗るなどの「?」な配色は残っているけれど、多分、対処の方向性は間違っていないだろう。そこで、音読練習の時にも、もう一工夫してみた。今までは机の前に座って私に背中を見せて読んでいたが、今日は私の胡座の上に座らせて、幼児に本を読んでやる時のような姿勢で、息子が持っている教科書を一緒に見ながら聞いてみた。すると、「音読はしないの?」と訊いた時には「早く遊びに行きたいのになぁ」という顔をしたのに、「ここで少し休んでみると、もっと良くなるかもね」と声をかけても「ほな、もういっかいよむっ」と嬉々として繰り返し練習した。やはり、息子の無意識の中に、不安が常に潜んでいるということか。それを作ったのは、息子の生活環境なのだから、こうして少しずつ、思いつくスキンシップを続けていくべきだと考えている。人肌が触れるのが嫌いな私にはちょっと厳しい季節になりつつあるけれど、息子にまでこの淋しさ満点の嫌悪感を継がせるべきじゃないから。夫婦別々の部屋で寝るのが当たり前、食事の時間帯もまるで異なり、休日に単身で遊びに行くにも嘘をつくような家庭では難しいとしても、やれるだけのことをやってみる。家族よりもテレビに話しかけるほうが多かったり、本音を吐き出すところがオンラインにしかなかったりなんて人間にはならないほうが、恐らく幸せ。
 6月6〜8日 どうして「ハグ」が気持ち好いの?
 先日の授業参観後の講演で、「子供が何となくという理由でお絵書きや塗り絵の時に紫色を多用することに気づいたら、躾けの傾向が間違っているというサイン」と聞いた。で、自宅で宿題をした後のプリントへの息子の塗り絵を見たら、子供一人の頭から足まで全部を紫で塗り潰していた…。それが、授業参観以降、連日。それもあって4〜5日のドツボに繋がったわけだが、結局、何も改善されず、この週末に縺れ込んだ。息子は息子で、同級生にでも冷やかされたのか、朝は集団登校の集合場所まで送って「いってきます」、帰りは「ママはうちでまっとって」と、自立心を育てる勇気を出し始めた。ならば、私も何か1つ頑張ってみようということで、「ほぼネット落ち」を遂行してみた。具体的には、広告バナーなどへのクリックによる小銭稼ぎとリヴリーの散歩以外の一切、メール確認もサイト更新も原稿執筆も、土曜と日曜は無理やり中止、というもの。メルマガの読者諸氏やサイトを訪ねてくださる方々に対して「申し訳ありませんっ」と思いつつ決め、息子が旦那の部屋に行っている間に小銭稼ぎを済ませ、息子を実家に預けてからパルジャニアと散歩しながら舟を漕ぐという2日間を過ごしてみた。結果、解ったこと。1つ、息子はスキンシップに飢えている。1つ、息子には笑ったほうが良いが、笑顔になれないなら息子を笑わせることである程度フォローできる。1つ、息子に直接関係しないことに没入していても、息子が何か話しかけてきたら、中止できないなら何をしているのか解りやすく説明すると安心させてやれる。この3つ。普通のお母さんなら当然のようにやっていることらしいが、「人肌に触れるのが気持ち悪い」とか「行動に移す前に長考する癖が強い」という私は、「息子ももう6歳だし、ベタベタするのは厭だろうなぁ」と自分の子供時代を省みて思い込んでいた。私にとっては息子や旦那の体温というか触り心地も含めた「人肌」が、あまり好きになれない。寧ろ、厭。コンディションによっては、手を繋ごうと触れられた瞬間に払い除けることもある。多分、子供の頃に大人達から邪険にされていた記憶ばかり残っているからだろうと、自分では思っている。だが、自分はそうでも息子は私じゃないから、「人肌」が大好きだろうし、それこそが健全な子供の欲求のはずだから、私の我儘を押し付けてばかりではいけなかろう。ということで、まぁ、服の上から触れる分には気持ち悪くないし、「たれぱんだごっこ」や「ポケモンごっこ」をしながら擽ったり撫で回したりと、いろいろやってみた。土曜に頑張りすぎて、日曜には少し淋しい思いをさせるぐらい「独り」に没入しすぎたが、自分ではかなり頑張ったほうだと思う。いや、思うだけじゃなく、実際に頑張ったから「独り」に逃げ込んだのだと、言い張りたい。「たい」がつく辺り、まだ自信の無さが見えるが、今まで息子に関わる時間を自ら少しだけにしていたのだから自業自得だ。それは敢えて無視するとして、他にもきっと関係改善の糸口はあるはずだから、もう少しだけ頑張り度を上げても良いに違いない。無論、上げたままだとすべてが水泡に帰すので、あくまでも一時的に。頑張らなくていい時には頑張らない。頑張るべき時には、頑張れないなら早めに撤退、頑張れそうなら少しだけ頑張る。撤退と頑張るのどちらの場合も、その後は何があろうと、断固、頑張らない。頑張るか休むかを選ぶ際に、他人のためではなく自分のためを中心に考慮するのが、重要な秘訣。何年も精神科に通院して、ようやく見えてきたのが、これ。他の保護者諸氏には「何を今更」と嗤われそうだし、精神科医師には「やっと割り切りましたか」と言われそうだが、これらも敢えて無視する。「何年もかかってこれだけ」ではなく、「自分のペースで納得するまで悩みながら会得した」と考える。文句は、息子以外には、誰にも言わせない。理由は、私の「人肌」嫌いが治っていない現実。
 6月4〜5日 金と時間と思考回路を持て余しているのは男のほうじゃねぇの?
 4日に小学校で「スーホの白い馬」を観劇すると知り、密かに心配はしていた。それに、一応の覚悟もしていたつもりだった。が、やはり直面すると、どうにも対処できなかった。心配とか覚悟とは、「息子の口から死に関する言葉が出ること」に対するもの。保育園の頃から徐々にだが、生死に関する台詞がある物語や報道を見聞きすると、内容や結論に関係なく、息子の口から「○○が死んだ」という言葉が出る傾向が強く、根深くなっている。しかも、「きょうのげきで、スーホのうまがしんじゃったところで、ちょっとなけちゃった」と言った口で、1時間も経たない間の「ごっこ遊び」の中で「このリボンは、パパがくるまにひかれてしんじゃったちょっとまえに、ママにあげるっていってたリボンだよ」と笑いながら言えるから、私は恐くて仕方がない。どう恐いか、具体的に述べれば、「人間の死に対して人前では悼むフリを上手にできるが、人も含めた生き物の命が失われることに対して、自分がそこに含まれていなければ誰が死のうと関係無いと咄嗟に思う、私のような歪んだ観念を持ったまま成長するのではないか」となる。バカ正直なところ、私の心底にはこういう観念が存在している。学生時代は「道徳観念を正されるぐらいなら、自分の好きなことをしていたいから」という理由で、大人が望むとおりの反応をして見せていた。この段階で既に異常だと、自覚している。が、異常な観念を受け入れている原因と、異常な観念を持っていても露骨な行動に直結させなかった理由も、一通り理解しているつもりもある。その原因と理由には、「意見が食い違うというだけで険悪な仲になった隣人の葬儀の場では神妙な顔をして見せておきながら、帰宅するなり大きな声で『俺に逆らうヤツほど早死にするで愉快でたまらんわ!』と笑う実父の存在」が、最も大きく影響している。多分、学生時代の私が30歳になる前に死ぬと思い込んでいた理由の1つでもあるだろう。周囲の人間の多くは私を「箱入り娘」だと言っていたが、私自身と友人の一部は「実父に見張られている囚人」だと知っている。すべてにおいて、私は長子として優れていなければならなかった。そうして実父の自慢のネタであり続けねば、「おまえは本当は、近所の川の橋の下に捨てられとったのを、俺が哀れんで拾ってやっただけの存在や」などと罵られるか、機嫌が悪くなるたびに八つ当たりされたり実母や壁に向かって物を投げつける姿を見せられたりするか、「家の中の空気が穢れる」「ただでも不味い飯がもっと不味くなる」などの独り言を大声で聞かされるか、といった目に遭う。これらは、精神科に通院し始め、医師の口から「いきなり発症するのではなく、周囲が気づかなかっただけで、環境の様々なことに影響されながらゆっくりと表れてくる病気なんです」と告げられるまで、客観的には断続していた現実だ。「ごっこ遊び」の中で、息子が父親を交通事故で死んだことにしたのを、実父母は「遊びの中の流れでそうしただけやろうが」と私に言ったが、たれぱんだのぬいぐるみと玩具のリボンを手に母親と子供とが散歩しているという場面のどこに、「父親が交通事故で死んだという流れの元」があるのか、私には理解できない。理解できないから反論し、息子のことを案じて「どうしてパパやママの死をごっこ遊びに入れれるの?」と問い質すのを数回繰り返しただけで、「ええ加減にしよ! 息子を泣かせるだけやと、何で解らんのや!」と実父に怒鳴られねばならないのだろう? どちらも未だに理解できない。息子の口からは、「ごめんなさい」「もういいません」のみ。実父からは怒鳴り声のみで、それによって急激に心身の状態が悪化して呼吸すらする資格が無いと自分を追い詰めている私に対する謝罪もなく、5日の朝には平気な顔をしていた。私には理解できないことばかりだ。物語の中の動物や1〜2回顔を合わせたことがあるだけの人の死に対して号泣できても肉親に対しては「何回死んだことがあるの?」と笑顔で尋ねることができる息子の心理も、それを理解しようとする私に対して罵倒しておきながら何のフォローもしない実父の心理も、間に立って何かするわけでもなく「どうせ私ら親が悪いんやわ」の一言で片づける実母の心理も。どんなテストで満点を取っていようが、自他の気持ちを推察する能力が欠けていたら、何の意味も価値も無い。その証拠として、私はまだ生きていなければならない。生まれたことをどんなに後悔していても。これっぽっちの「生きていく言い訳」を見つけるのに、50時間以上が必要だった。その間にできたのは、持て余しているリネン糸で編んでいるかごバッグの完成と、オンラインではクリックでの小銭稼ぎとパルジャニアとの散歩だけ。メールなんて、受信どころかアプリも起動できなかった。届くものの多くは、女を侮辱したがる男が同類を釣ろうとする迷惑メールだけ。そんなもの、見たくもない。
 6月3日 私の目算は「甘すぎる」以上に甘すぎる
 パソコンの起動待ちに編んでいる大判の三角ショールは、やっと42段目。冬物用の毛糸ならここまで編んだら縁編みに移行するところだけれど、私が使っているのは太めのレース糸なのでサイズはまだ半分程度。それに、制作目的からして「あり余っているレース糸を何とか形にすることで処分しよう」だから、全13色各1玉が残り9玉の現状は半分にも及んでいないことになる。ところが、早くも予想していた難点で悩むことになってしまった。作り始める際、私は1つのルールを決めた。「どの色も最低1段は編み、段の途中で色を変えないこと」というもので、この裏には「どんなに大きくなっても1玉弱あれば1段ぐらい編めるだろう」という心理が存在している。だから、42段目の半ばで新品のコーラルピンク色の玉約70mが半減してしまったことに気づいて、ようやく自分の目算が甘すぎたと痛感し、慌てているというわけ。ショールのデザインは、長編みで三角形を作って並べていく段と、鎖編みで丸い穴と小さな丸い編み模様を作っていくネット編みの段が、それぞれ6段ずつ交互に繰り返されるというもので、三角が並ぶ段から始まり、三角が並ぶ段で終わることで縁編みを作りやすくする。つまり、三角6段で始まってからは、ネット6段→三角6段で1模様扱いとなり、それに満たないで終わるとバランスの悪い見た目になるということ。このデザインでレース糸を使いきるつもりになった時、「1模様を1つの色に統一して、グラデーションを同じ幅で連ねたら綺麗だろうなぁ」と空想した。が、レース編みで幾つかドイリーを編んだ経験上、最初の段階では容易いだろうが、中盤以降は1玉で三角6段+ネット6段は無理だと予想できた。それ故、「1段以上編んで、段の途中では色を変えない」というルールに変更した。それでもまだまだ甘かった、と実感した現在、42段目は三角6段の最後の段であることと、コーラルピンクとその続き、オレンジ、ベージュ、黄色というあまり好みではない色がネット編みの1段分か、せいぜい2段分だけらしいことが、ちょっとだけ救いになっている。青→紫→ピンク(段染含む)→コーラルピンクだから、ちょうど背中の中央、最も目立つ部分にこれ以上暖色系の目立つ色を入れたくない。できれば緑色も控えめにして、一番外側の水色や段染の青色を三角3段以上と鎖編みで作る長めのフリンジに用いることで、目立たせたいから。でも、無理っぽいなぁ。水色はごしょう商会さんの製品だから40g1玉を半額で仕入れる見込みがあるけれど、青色の段染は最寄りの手芸店のオリジナルブランドで、25g1玉で600円弱という贅沢品だもんなぁ。ピンクの段染が凄く好印象だから贅沢に使いたいけれど、まず緑色の段染が1玉で1段編めるか心配になってきた今、長めのフリンジに使うとしたら1ダースぐらい必要な気がするんだよなぁ。安く入手しやすい白色か黒色の糸で代用すると、青色が目立たなくなっちゃうし、どうしたもんかなぁ。まぁ、必要に応じてというか、他の紐やパーツを買いに行ったらついでに1玉ずつ購入して補うっていう手もあるか。とりあえず、今は、まったく未使用だったコーラルピンク20g1玉が42段目でどれぐらい編めるか確かめて、必要に応じて百均店や手芸屋やごしょう商会さんで緑系の糸の買い足しを考えることにしよっと。青系の糸がどれぐらい必要かは、さらにその先、ある程度の見通しを立ててからだな。それに、現実を振り返れば、それどころじゃないし。テープヤーンで編んでいるカーディガンの袖、片方できたから仮止めして腕を通してみたら、仮止めに使った留め具が弾け飛んだのよ…。あああ、忘れていたよ、超肥満体というのは、胴体だけでなく指先や足の甲やら踵やらにも余分な脂肪がついて、靴のサイズすら1cmぐらい大きくしなくちゃいけないってことを。指やら踵やらに脂肪細胞が溜まるんだから、腕なんてもっと溜まりやすいし人並以上に太くなって当然だよなぁ。あああ、これで袖にアクセントを持ってきてある長袖の服はすぐに編めないや…(ガッカリ)。
 6月2日 たまには「母親」らしいこともする
 息子の小学校のイベント「給食試食会&災害時児童引き渡し訓練」に参加、疲れたぁ…。料理がまったくダメな私が行ってもしょうがなさそうな気がしていたが、早起きして息子の弁当の支度をしたり、食事の前後の挨拶についての授業を参観したり、どんなものをどれぐらい食べているのか体験したり、食事と育児の関係の講演を聞いたりと、延べ3時間半のイベントは寝入る暇も無かった…はずだった。給食試食後の栄養士(?)による講演中、ほとんど寝ていた。食後というだけでも眠くなるのに、講師の話し方が「雑音」だったから。「雑音」というのは、俗に言う「念仏」のことだが、私にとっては念仏は興味の対象なので聞き入ることができることと、どんなに音量があってもゲーセンやパチンコ店の騒音の中で眠ることができることとに由来して、自分で「念仏」の代わりに使うと決めた言葉。他にも数名、最初に受け取ったプリントを落としていたみたいだから、誰にとっても眠くなる話し方だったのだろう。その講師ときたら、どうやらプリントにある文面をそのまま読むだけで予定時間を大きく過ぎてしまったらしい。二人目の講師による「食事」と「児童の生活行動」のパターンと「キレる」タイプの見極めポイントというテーマの話が、概略のみに近くなり、どうして見極めポイントと言えるのかという理由部分が省略されてしまった。それでも1時間弱程度にわたる話だった気がするが、こちらは眠気もまったく出なかった。圏内の他の学区で校長を歴任した経験のある男性だったが、話し方が上手だったから。最初に「時間が少なくなったのでプリントに書いてないことを話します」と断り、ところどころでジョークも混ぜて笑わせ、重点は抑揚をつけて数回同じ言葉を使うことで聞き手の意識に刷り込むという、話し慣れた感じ200%てな人だった。しかも、参加するにあたって私が最も興味深いと思っていた内容を担当してくれたのが、また助かった。まぁ、実父と同じ世代らしい「臭い」もあったけれど、目を瞑ってもいいやと思えたぐらい、参考になった。帰宅後、夕食時に実母に要点だけ話したけれど、私の話し方は下手。一人目の講師並の「雑音」。だから、本当は偉そうな批評なんか書くべきではない身。それをも再確認した一日だった。
 6月1日 「やっぱり」か
 先月31日からの続き。旦那、帰宅。21時過ぎに電話があり、22時過ぎに当地の駅に着くとのこと。一応車で迎えに行った。留守電を聞かなかったし難波氏のライブのスケジュールを把握していないフリを決め込んだものの、「パパ、大丈夫? 明日も早いんでしょ?」と言えたのは、1回だけ。19時過ぎても連絡も無かったから「もう帰って来ないかも」と不安だった分の、「1回」。ほとんど会話らしい会話もせずに駅から戻り、帰宅後も突っ慳貪に土産を差し出した旦那からぶっきらぼうにそれを受け取って、東京限定発売の菓子と確認してから息子の机に置いた。直後、旦那は自室に入り、すぐに風呂に。いつもなら、どんなに疲れていようと、パソコンを持ち歩いていようと、真っ先に部屋のパソコンを起動してメールチェックをしたりして、帰宅前に食事を済ませていようが23時を過ぎないと風呂に入らない人なのに。パソコンでゲームをしながら背後の気配を探っていた私の、この時の感想が今日のタイトル。「まぁ、いいや。帰ってきて、出張だったフリを頑張ってしているみたいだし、私のほうに致命的な落ち度が生じるまでは自分のほうが不利になると考えて離婚話は持ち出さないだろうし、車中とか土産を貰った時とかにいつもと違うコロンの匂いが混ざっていると気づかなかったフリをしてやるか」と決めて、湯上がりの旦那に明日の授業参観&給食試食会に行くことを連絡した。途端、それまで硬かった表情が和らぎ、「頑張って弁当作ってね〜」と揶揄すら混ざりやがった。今月の生活費もまだ受け取っていないし、コロンも男友達とふざけ合っていて移ったものかもしれないからとも考えていたのに、この豹変ぶりときたら、もう開いた口が塞がらないで済まず、もうちょっとで「アンタね、さっきまでオドオドしとったに、何やの、その変わりようは!」と言いながら殴りたくなりそうだった。携帯電話がいつの間にか2台になっていたと気づいたのも遅かったような私は、旦那にとって「都合の良い女」でしかないのだとしても、それでいいや。余計なストレスも体力消費もしたくない、特に旦那絡みの物事では。せいぜい旦那より長生きして、旦那側の墓に入らずに安らげることだけを考えながら、僅かな引け目を大きく見せることを忘れずに、編み物をしたり、DVDを観たり、たまには旅行に出かけたりして、病気の治療をしていこう。差し当たり、新しい糸の購入だな。それと、天然石のブレス。今月半ばや末日で期限切れになるクーポンを戴いたから、ちょっとばかり生活費から引き抜いて、昨日まで考えていたものよりも少し多めかランクアップしたものを選んで注文したいなぁ。

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