ものぐさ日記

息子はプールで泳ぎの練習に励んでいます
「自由練習の時に見に来て」と私に言うぐらい頑張っているので私もできるだけ足を運んでいるのですが
他の子が「僕も僕も!」と言いながら溺れる真似などをするため気が引けます…

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 8月27〜31日 綿密な計画を立てる奴ほど自虐的だったりする
 息子の宿題は、トビヒのおかげで、無事に終了。トビヒのほうも、とっくに峠を越えた。残るは、保護者の責任。即ち、「夏休みはこうして過ごしていました」という連絡各種と、始業式の日のための息子の身支度。特に、休み前に持ち帰った物のチェックと補充、独りで持って行けるように荷物を纏める工夫。どれも、私が苦手だと豪語できるものばかり。当然、「もうイヤだ…」と呟きながら、連日、少しずつこなしては、夜は眠れず、昼間は起きていられず状態に。まぁ、眠っていても起きていても休んでいる気は全然しないので、正確には「他の人なら半日もあれば充分な作業を1週間以上かけてやっていた」となる。ともあれ、やっと、本当にやっと、夏休みが終わるらしい。もう、それだけで充分。2学期初日から何か忘れ物をしたとしても、登校しちまえば私には関係無くなるのだから。いや、厳密には関係無くなんかないけれど、気持ちの問題。気持ちの問題と言えば、遂に来た、毛糸の季節!! 中旬から日本ヴォーグ社が、この月末前後から雄鶏社が、そして、来月の上旬から中旬までの間にブティック社が、といった具合に、秋冬毛糸の編み物のデザイン集が続々と書店に並び始める。しかも、今年はどうやらポンチョが流行らしく、専門のデザイン集も出てきている。さらには、ある程度かぎ針編みの基本が理解できてきたので、この夏からじつは「棒針編みのこのデザイン、かぎ針編みでも似たような感じに編めるんじゃねぇの?」と密かに煩悩の幅が広がっている。そればかりか、偶然見つけたポンチョとケープのデザイン集の洋書を購入し、編み図の無いことや英語を理解する努力を怠ると決めたこととで、「要するに、こういう形になれば、こういう具合に着れるんだよな」とアバウトな目算で、目から鱗のデザインの数々に挑戦する自分を空想したりしてもいる。まぁ、こういう煩悩が思考の大半を占めている間は、過剰な自己嫌悪や自己憎悪や不安や後悔に苦しむ機会が減るので、1ヶ月で数万円分のデザイン集を買い漁ろうと、勝手に許可することを自ら決めた。但し、昨冬の失敗作を解体して再利用するつもりだし、春夏用の糸が山積みなので、今冬はド太い毛糸を購入する予定は無い。何しろ、「真夏にもポンチョを着たい」という人間なので。太い毛糸は細い糸を数本束ねれば代用できるし。必要な糸の量はまだ算出できない身だが、ケチるほどシケている状況でもないし。敢えて困る点を挙げれば、晩冬から考えて綿密に立てていた編み物計画が破綻すること。まぁ、既に「私の完璧な計画がぁっ!」と号泣できるほど自信を持てる人間ではなくなっているので、「編みたい物から編んで、何が悪いぃっ! 誰か迷惑だってかぁっ!?」てな感じの、煩悩優先状態の心境。やっぱり、コレが最も私らしいのかもしれない。無論、他人との連絡を怠るとか、サイト更新が滞るなど、障害が発生しているのは自覚しているし、「やる」と言ったことほどやらなかったりやれなかったりしている自分を、嫌悪したり憎悪したりもしている。自覚しているくせに直す努力を怠っていることも。それだけに多くの人から後ろ指を差されている気がするし、実際迷惑をかけていて後ろめたくて連絡すら怖くてできずにいる。それをこうして公言している辺り、髪を伸ばして淡めの紫色に染めて、右目の近くに泣き黒子をつけたほうが、いいかもしれない。あ、ソレをやるなら、もっともっと痩せるのが最優先か。
 8月16〜26日 綿密すぎる計画はストレッサーになりやすいが、まったくの無計画もいずれそうなる。
 17日に厄介なイベント、即ち「愛校奉仕作業(小学校の掃除)」と「旦那の実家での息子の誕生パーティ」が完了し、一応、安堵…といきたいところだったが、そうは問屋が卸さない。息子はトビヒを隣家の姪っ子から拾い、ガーゼを当てたために悪化させてしまったし、私も拾って汗疹を悪化させた。プールに行けなくなったため、そろそろ夏休みの宿題をさせようと振り返れば、その量は小学1年生が2週間で片付けられるか否かの瀬戸際ぐらいあるし、日々の練習が大切なものもあるしで、私のほうが目眩を覚えた。が、そんなのはまだ序の口。提出物の半分は、これまた日々の書き込みが大切だった「くらしぶりのようす」で、子供に対する保護者の応援とか反省とか、幾つもコメントを書かねばならないと判明。更に更に、2学期の初日には、1学期末に持ち帰った道具を一度に持たせねばならず、色鉛筆やクレパス、糊などの消耗品の補充や、道具入れなどの修繕と洗濯などもしなくてはならないのに、何を持ち帰ったのか把握しきれていない始末。更に更に更に、それらを息子が独りで学校まで持っていけるようにしなくてはならないのだが、「独りで一度に持ち帰れないモンを、どないして持たせぇっちゅーんじゃあぁっ!!」なワケ。息子がやるべきことは少しずつ片付いているから、後は私が頑張るだけ、と言えば、それだけのこと。それだけのことだが、それが容易に片付くのなら、今まで放置しているはずがなく、放置していたが故に殊更容易ではなくなったのだし、完全に自業自得。自業自得と諦観したものの、心のどこかで「旦那と二人で確認しながらやればいいかなぁ」と甘く目算していたらしく、旦那に「俺、26日から29日まではSE対象の講習があるし、30日は東京支店に出張だから、泊まりになるからよろしく」と言われた時、目の前が真っ白になりかけた。最低限のことはやってくれたので、文句も言えず、現在、非常に嫌っていたモチーフ繋ぎのショールやポンチョを作りたくなり、大判のストールになる予定の1枚が3分の1程まで形になった。それに、秋冬用のニットのデザイン集が発売される季節に突入し、新たな煩悩…じゃなくて、挑戦意欲が湧いている。特に、棒針編みの服をかぎ針で編む手段を考えるのが、面白い。これは、息子や旦那にベストを編もうと決めた際、旦那の「フツーの服なら着るかもしれん」という台詞に対して、「今に見てろよ、このヤローッ」的な気持ちに由来する。無論、紳士用のデザイン集も購入済み。所謂、「フツーのデザイン」で、棒針編みだけの本。だが、充分。息子のサイズに近い子供用のかぎ針編みのデザイン集も購入済みなので、編み地はそちらで学習し、紳士用ニットのサイズを棒針編みの本で確認するわけ。それに、スタンダードな編み地の参考にもなるし。もしもこの2着を文句無しに受け取ってもらえる程度に仕上げることができたら、きっとスキルアップできるだろうし、今まで諦めざるを得なかったデザインにも挑戦できる可能性も見えてくるはず。と、こんな具合に妄想…じゃなくて、目標や願望が膨らんでいる。そりゃあもう、息子の持ち物のチェックとか自分がやらにゃならん宿題なんて、半ば忘れちゃうってものさなぁ。…そうして、また振り出しに戻って苦しむ、ってね…(落涙)。
 8月12〜15日 部屋の散らかり具合は、心の乱れに比例する。
 12日、朝一番に動画を鑑賞しようとして無線LANを暴走させ、ネット落ち。更新できない代わりに、「The M」なる番組をテレビで観ることができ、満足。同時に、「…もう、死のう…」が吹っ飛び、反動で「コレもやりたい、アレもやりたい」方向に思考回路が暴走開始。13日、息子の誕生日。今年は「あんたの嘘を許してやることがプレゼント」と言うつもりだったが、連日「これよんで」と1年以上前に買った猫物4コマ漫画雑誌を突き出されるのに疲れきり、新しい猫物4コマコミックを2冊贈った。漫画の内容を暗記するぐらいなら、0から10までの足し算と引き算の暗記カードを記憶してほしいのに。14日、旦那の運転で「博石館」へ。息子のかきしゃぶれがトビヒへと悪化したのでかかりつけの病院へ行って殺菌してもらってから、渋々許可を貰って遊びに行った。前回、無色透明の水晶の細石しか拾えなかった旦那は不参加だったが、私と息子は水中の砂床から天然石を拾い集める宝石探しに再び挑戦。その後、幾つかの展示物や体験コーナーを巡ってから、土産物売り場で更に天然石の細石を入手しまくった。その際に、担当のおばちゃんに石の種類を教えてもらい、前回と今回ともにフローライトだと思っていた石が瑪瑙の一種と判明するなど、学習不足を痛感した。だが、すぐに気を取り直し、とりあえず自分用として購入した細石を使って、息子の夏休みの課題の1つである「1作品or1研究」を片付けられそうだと算段した。15日、自分の部屋を久し振りに客観視して、愕然とした。息子の夏休みに入ってからというもの、「死にたい」と「アレもコレも」の繰り返しで、結局何もやれない状態のままだから、衣類も本もDVDもCDも天然石も何もかも、散乱したまま増殖し続けている始末。特に散らかっているのは、手芸の本。1年ほど前から興味のあったスティック手織機テキスタの販売サイトが1店から4〜5店に増え、価格帯も1万〜1万4千円弱と広がり始めている。この情報に刺激され、手織りの本を取り出したり新たに購入したりして、枕元に1山できた。更に、8月は秋冬ニットのデザイン集の新刊が並び始めるため、各書店が在庫を棚に戻し始めていて、昨年は眼中にも入れなかった本の買い漁りも始まった。コミックスだけは積読棚から出して読んで段ボール箱に詰めたが、箱ごと積んでいるスペースへの道が息子の玩具を入れた段ボール箱の雪崩に遮られていて、結局まだ。これら本の散乱は、一気に発生するのではなく、「アレもコレも」状態の時のみ。その合間の「死にたい」状態の時には、何とかして気持ちを切り替えようともがく一環として、CDやDVDを鑑賞する。結果、本の山の間、それも縦と横だけでなく奥行きも含めた「間」に、「銀魂」と「電王」のDVDが乱入し、枕元から雪崩れたいろんな物が布団の上にまで侵出し、「ドSのリュウタロスがロン毛で和服のウラタロスとかぎ針でバトル」的な夢を見るどころか、ケースの角で頭をぶつける度に、続いて崩れるケースが顔面に落ちてきそうな状況に陥っている。こうも冷静な文体でバカなことを書ける現在、何よりもまず部屋の片付けをするべきだと理解してはいるが、実行したくない。というか、やろうとすると、眠ってしまう。それでいて、眠るべき時間帯には眠れない。原因は、次の日曜日の奉仕作業と懇談会。午前中ずーっと窓やら蛍光灯やらを磨き、夕方に教諭陣と飲み会だなんて、やってられっかぁぁぁぁぁぁっ!!! というわけで、現実逃避をずーっと続けてきたし、未だに終わらない。片付けは、9月になってから始めれればマシだろう、多分。
 8月8〜11日 死ぬ気になれば何でもできる、いろんな意味で。
 8日に、7日の出来事に対する怒りから直接責任者にクレームを告げた。1年目の夏から学校を敵に回すとは、思わなかった。9日に、教諭陣の挨拶を掲載した機関誌を息子と見ていて、7日のクソ教師に妻子がいる上に子供好きという本人の弁を見つけた。目の前でそいつらをプールに沈めてやりたいと思ったのは、言うまでもない。10日は、当地の七夕祭りの最終日だったが、度重なる不安や苛立ちから翌週の奉仕作業と懇親会という予定がストレッサーと化し、こうした行事に合わせて休日出勤を入れる旦那に無視されたことを引き金に、キレた。旦那だけでなく、息子に対しても、独りで抱え込んで悩み続けていることが多々あり、もう親族関係の誰のことも信じられないし、大切だなんて感じない。みちよさんに電話したくて堪らなかったが、これ以上に心配をかけることも、死にたいなんていう気持ちを打ち明けるのも憚れて、我慢に我慢を重ねている。これを書いている12日未明現在、ようやく僅かばかり回復してきた。が、10日だけで背に大輪の花のモチーフをあしらったショールみたいなボレロの前身頃が完成し、縁編みも7割終わった。「我慢だ、我慢。これを編んで、自殺したい気持ちをはぐらかさなくちゃ」という思いが強ければ強いほど、編み進むペースが上がる。実際、華やかなデザインのこのボレロは、後ろ身頃のモチーフ部分以外、「また知らない奥さんや旦那や息子に汗臭いって言われた…」とか「妊娠しなかったら仕事も続けていただろうし、ここまで太ることもなかったのに、また顔を合わせたら旦那の実家の面子には『おんぶにだっこ』って嫌みを言われるんだろうし、旦那は何のフォローもしてくれないだろうし、息子にもずーっと『ママ、デブ』とか嫌なことばかり言われて大笑いされるんだろうなぁ。それでも『おまえなんか産むんじゃなかった!』とか言ったら、200%ダメ親になっちゃうから、旦那や旦那の肉親、息子にバカ笑いされても、どんなに殺したくなっても、いっそ消え失せたいと思っても、我慢するしかないんだな…」という、自殺念慮との葛藤による汗と涙の結晶というか、編み目の1つ1つに恨みが篭っている。製作中、何度も頭を柱に打ち付けた。否、現在進行形で、打ち付けている。今度旦那の実家に行く時には着て行って、褒められようが嫌みを言われようが関係無く、「自分や家族、親族を殺し回りたいっていう思いの塊です」と答えるつもり。こうした気持ちを正直に、簡潔に書けるようになったのは、「テキスタ」という名称の斬新な手織り機が欲しくなったから。自分にはまだ早すぎると感じて何度も挫折し、諦めてきた手織りに、また挑戦してみたいという漠然とした意欲が発掘されたから。家族や親族のために殺人を犯したくなる反面、何かを作りたいという気持ちだけで生にしがみついている自分に改め気づき、11日に手織りの本を街の小さな書店で2冊買った。「咲きおり」という名称の卓上手織り機を使った手織り入門書。やはり、トンカラリンには未練がある。「テキスタ」には、強い強い興味がある。でも、自分には美的センスも手工芸のセンスも無い。面倒な縦糸張りと捨て織りすら、念入りにやってみたことがない。だから、現在枕元には、eco織りなる裂き織りの本もあり、近いうちにまた「絵織亜mini」でアクリル毛糸を使って練習してみたいという気持ちを育てている。私という人間は、たったこれっぽっちの感情で、何とか生きていけるらしい。言い換えれば、少なくとも現時点では、これら製作意欲を否定されたら、即座に自分を殺せるということでもある。次に義母に会うのが楽しみ。「まだノリくん(旦那のこと)におんぶにだっこのままやないの」と言われたら、その場で「じゃあ、死にます」と言って車を出し、既に決めている死に場所で、既に決めているやり方を実行するつもりだから。
 8月4〜7日 無責任な教諭には遠慮なく攻撃するのが人の道
 編み物の話だけ書きたいところだが、そうはいかない。病院に通院したり、息子のプール登校の送迎をしたりと、他人に接する機会が増え続けている。それは私にとってストレッサーであり、笑うべきところで笑えない状態に陥っているから。特に、6日と7日は、最悪に近いストレッサーに遭遇した。まず、6日。日本人なら大抵「8月6日」と「8月9日」だけで「原爆投下」と反射的に答えるものだと思っていたが、どこぞのテレビ番組で報道した街頭取材のVTRには、「えー? 何があったか〜? 知りませ〜ん」だの「その日にあったこと? いや、全然分かりません。何かあったんですか?」だのと答える20代後半から30代前半の男女が。「てめぇら、小学1年からやり直せ!」って怒鳴りたくなるの、私だけ? それに、そいつらを教育した親とか教師とかって、恥ずかしくないのかねぇ。そんな苛立ちを解消しないまま、息子をプールまで送っていったら、帰宅後すぐに雷鳴が聞こえ始めた。即、傘を持って迎えに行ったのだが、監督担当の教諭達の判断と動きの鈍いこと、鈍いこと。「雷鳴=放電中」なのに、雨が降り始めるまで児童をプールから出さないし、「しばらく様子を見ますから、着替えずに更衣室にいてください」なんてバカな指示を出すし、いよいよ真上で稲妻が走り始めてから「すぐに着替えて校舎に移動しなさい」とか言うし、その校舎を保護者への引き渡し場にすると決めてから「教頭だけど、校舎を開けてもいいかね?」とか携帯で誰ぞに確認してるしっ。「教頭のおまえが責任を持って校舎を開けさせればええやないかぁっ!!」って。で、結局、男子だけ何とか校舎内に移動させ、次はやっと女子の番というところで、豪雨と雷鳴がクライマックスに。保護者がかなり集まっていたし、稲妻から雷鳴までの間隔が5秒ぐらいになった時に、教諭と保護者達で協力して女子を校舎へ移すことも可能だったのに、教頭は「待ってろ」「お待ちください」しか言わない始末。余程「私だけでも1人ずつ連れてきましょうか」って言いたかったぐらい。それでも言わなかったのは、教諭のほとんどが校内で仕事をしていたのに様子を見に来ただけでまた職員室に戻ったし、女子の保護者もいたはずなのにだーれも何もしようとしなかったから。これって、結局、自分の娘や教え子が怖がっているだろうに、安心させたいという気持ちよりも、職場や送迎の車内を濡らしたくないのか自分が濡れたくないのか不明だけれど、自分自身を優先したってことでしょ。そういうタイプの人達の前で余計な気遣いをすると、後で何を言われたりやらされたりするか分からないから、「とにかく息子だけ引き取って帰ろっと」と開き直らせてもらった。この一件でオシマイになればまだマシだったけど、7日はもっと嫌な光景に遭遇させられた。1年生の息子が、身長とほとんど差の無いくらい深い高学年用プールで泳いでいた、という光景。事情を聞けば、学校の定めている水泳検定を受ける子供を集めて、高学年用プールの片隅で検定をしていたとのこと。学校側から家庭と児童に書面で伝えられた「プールでの約束」には、「1年生と2年生は浅いほうのプールだけを使うこと」とあるのに、だ。しかも、検定担当の男性教諭は、受ける子供の学年も現時点での検定の合格状況も確認せず、息子や息子と同じぐらいの体格の子達が途中で泳げなくなっても、「はい、そこ、アウト〜♪」と言うだけで、プールサイドに誘導することなく、そこに置き去りにして、泳げる高学年の受験者だけを見守っていた。なーにが「アウト〜♪」だ、バカ教諭っ!! 低学年の子供4人が溺れかけているのを、笑って置き去りにできるテメェがアウトだろうがぁぁぁぁぁぁっっっ!!! いつもならプールサイドのベンチに座って安心して見守っているけれど、全っ然見ていられなかったっつーの、マジで! そんなわけで、明日は、別の教諭が担当するだろうけれど、その人に思いっきりにこやかに嫌みを言うために見学に行くつもり。バカ教諭の名前を聞き出すか否かは、ここで表明すること自体が野暮ってもんでしょ(激怒中)。
 8月1〜3日 急くことと急ぐことは違う
 現在製作中の背に大輪の花のモチーフをあしらったショールのようなボレロは、何とか右前身頃が半分ほど編めて、完成の形が次第に見えてきた。同時に、後ろ身頃が終わった段階で自分がいかに甘く考えていたかも、痛いほど理解できた。前身頃の左右をショールのように結ぶデザインなので、当然、身頃の中央は長く伸び、84段という具体的な数字で認識したくないほど編まなくてはならない。しかも、袖口から肩、身頃と編み進むので、段数が進むたびに1段に並ぶネットの目が増えていく。それだけでも少し気が遠くなりそうだが、同じように反対側も編まなくてはならない事実を振り返ると投げ出したくなる。無論、投げ出したくなるだけで、まだ本当に投げ出してはいない。デザイン的に好きな逸品だし、本来は別個に編んでとじ合わせる前身頃を、直接後ろ身頃に編み繋いでいるため、肩にも脇にもとじ山ができず、リバーシブル可能にできそうだし、手織り用の絹糸を用いているので糸端以外の結び目が無く、編み心地が好い。それなのに、どうして中途で放り出せよう。時々目数を間違えるが、きちんとどこで間違えたのか調べ、編み直すという、私らしからぬことまでしていたりする。本音を言えば、息子の誕生日までに完成させて、義父母や義妹に「こういうのを製品の半値で糸を仕入れて作っています」と見せたいが、間に合わない可能性が高い。次は夏用ベストを予定しているが、それを編み終えるのは初秋になるかもしれない。でも、焦りは以前よりも少ない。買い溜めた糸が多すぎる反動か、10着先まで立てていた予定を捨て、「とりあえず、ショールみたいなボレロの次は夏物のベストを編むとして、その次ぐらいで秋冬用のタートルネックのベストを編むか。息子用のベストは、その次でも間に合うだろう、多分。合間に粗品とモチーフ繋ぎのポンチョを進めていくとても、8月下旬から秋冬用のデザイン集や初心者向けのショールやポンチョのデザイン集も書店に並ぶから、臨機応変に予定を組み替えればいいや」と、頭の中がファジーになった。おかげで、ボレロの編み間違いも根気よく原因を探せるようにもなり、誰某に認められたいという気持ちも萎んだ。これでいい、と思う。夏用の服を秋に着てはいけないなんてことはないし、焦って好きな物をダメにしてしまうなんて勿体無いから。但し、どうも今月下旬に1つ、めちゃくちゃ焦らねばならないことが発生しそうな予感がある。それは、息子の夏休みの宿題。プール以外のことは、頑張っていないから、明らかに。ああ、溜息が出る、考えるだけで…。

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