ものぐさ日記

オンラインでもオフラインでも引き蘢り同然になりまして
このサイトと放置しているブログを閉鎖してしまおうかと考える時間が長くなりました
でもまだ完成していない作品も手を付けていないネタも山積みなんですよね…

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 10月24〜31日 皆で何かをするのは楽しいが独りで何かをするほうが楽
 この1週間で、ピーコート風のポンチョにボタンをつけて完成させ、ポンチョっぽいベストが8割まで編めた。旦那は夏休みと休日出勤の代休を取って大家サイトで応援しているミュージシャンの追っかけに出かけ、息子は元気に学校に通い、実父は秋のイベントが続く老人会の役員として出かける日が続き、実母の店もそれなりに来客があるので、何となく独り身の気楽さを思い出した。そのおかげか、何とかメルマガを発行したのだが、ちょいと前に書いた部分に不適切な語句があることに気づき、ガックリ。すぐに訂正号を出すことも考えたが、結局、次号に委ねようと改めた。代わりに、今年中に編みたいポンチョ兼ベストのデザインと使う糸を決め、必要量を最小限の出費で揃えた。今夏に購入した絹糸と綿・毛各50%の糸の2種類の出番が遠のいたが、どちらも細いので、今冬の終わり頃か来春から、現時点で編みかけになっているタートルネックのベストと台形の大きなショールの続きを皮切りに、使っていきたい(あくまでも予定ではない)。買うだけ買って持て余しているレース糸も、他の糸と引き揃えるという使い道があると気づき、捨てるのをやめた。編み物以外では、まず「BLEACH」のDVDの購入をやめたのが、大きい。「バウント編」からオリジナルの話が増え、豪華な声優陣の出番が保たれているものの、「アランカル出現編」なのに肝心のアランカルがなかなか現れず、観るのが辛くなってきたから。ちなみに、8月発売分だかまで律儀に初回版を購入してきたので、未開封分が10枚前後残っている。収納BOXも資料も保存しているので、売れば少し高価な糸を纏めがいできるかもしれないが、ピロさんとのコラボ長編「VS」の資料としてじつは「銀魂」よりも丁重に保管していたりする。コミックスも新作を衝動買いすることが減り、編み物の本やら他の拙作の資料やらも購入記録が残るネット通販に比重を移して以来、厳選することが増えたし、ポイントを使った割引も利用したので、生活費の出費が減った。新たに冬糸を購入しても、懐が寒くならないほどに。「何とか専業主婦の主な仕事の2つ目をこなしてるじゃん」と、10月の決算をしながらニヤリ。通帳の残高を増やすのは子供の頃からの趣味の1つなので、2倍の喜びだったりする。この喜びをもっと大きくするのは、「ヘソクリの増えた分で買い物をすること」。というわけで、海外のタロットとポンチョ類のデザイン集を幾つかずつ購入。手芸関係の書籍は目録っぽいのを作り終えたので、今はデッキの目録っぽい手帳を作りたい。そのために拙宅のデータを参照する必要があるので、ついでに過去の短編も黒リンゴから白リンゴへ完全に引っ越しさせたい、すっごく面倒だけど。こうした企みをしていたら、息子が「ママ、きょうのしゅくだいはにっきで、『かぞくみんなでやったこと』なの」と…。…(茫然)。…私も旦那も息子も、一番好きなことがまるで違う。しかも、オタクレベルに達しているから、会話が誰かのディープな部分に突入すると他の2人はついていけない。そんな家庭で、一体何をやろうと言うのだ? 食事か? 遊びか? ゲーセンかっ? いや、ゲーセンはダメだな、学校で禁止されているから。うーむ、「弁当作り」以上の難問だぞ、私にとっては…(頭痛:いろんな意味で)。
 10月23日 大は小を兼ねるが過ぎたるは及ばざるが如し
 5年ぶりに免許証を更新。専業主婦にとって、免許証は唯一の「顔写真付きの身元証明書」なので、これだけはどんなに体調が悪かろうと行かねばならない。大袈裟な表現ではなく、事実、先月来の体調不良に緊張が原因のストレスが加わり、下痢と目眩が治らない状態だった。下痢と言っても腹痛は無く、口元の肌荒れも引いたので、単なる腸の不調。目眩も、立っている時以外は感じない、瀕脈に由来するもの。ちなみに、半日間、1分当たりの心拍数が95前後だった。これとは別に、朝は寒いと感じるのに、夜は冷え込んでも暑いと感じて服を着ていられなくなるという症状もあるし、下痢ではない日は便秘になるという症状もある。立てず、水分を摂取しづらく、体感温度が変となると、家事・育児で安心してやれることは激減する。結果、座ったまま夢中になったついでに膝だけでも他の布を被っていられることとして、編み物をするのが最も楽となる。そんなわけで、今日の免許証更新にもツィード糸のベストの作りかけを持ち込み、始まるまでの待ち時間に編んでいた。巨体用なので編み始めたばかりの段階とは言えど使う中古(?)糸玉は大きく、買い物用のトートバッグに入れて出かけた。どうせ講義の時に教本などを貰うので、自作のミニバッグでは足りないと判っていたし、後悔はしていない。が、やはり嵩張る。学校の机と椅子のような席についた時、置き場に困った。結局は通路にはみ出るのを無視して、横のフックにぶら下げたけど。それに、他人にとっては、デカすぎる鞄よりもデカすぎる体のほうが目障りかつ迷惑だったに違いない。まぁ、判りきっていることを逐一考えて縮こまるほど、私も余裕が無かったから今回は平気だったけど。蛇足だが、数年前、有効な免許証とその5年前に受け取った免許証を息子に見せた時、古いほうの免許証の写真を見た当時保育園児の息子が「こっちはママやない! だれっ!?」とほざいた、という件があった。故に、旦那に「また更に太ってたりして」と言われていたが、受け取った新しい免許証には、「痩せたというより下手な脂肪の落とし方をして首や顎の皮が弛んだオバハン」の写真が…。もう、どうでもいいや…。
 10月19〜22日 やれずに苦しむ暇があるならやれることだけやるほうがマシ
 引き続き、ボーダーラインすれすれ状態。サイトの更新をしたつもりで忘れていることすら忘れていた間に、今秋2着目のポンチョと残り糸を利用しての実母へのプレゼント用ポンチョの2着が完成した。太い糸は、さすがに仕上がるのが早い。プレゼントした後で「もう少し着丈を伸ばして」という注文が入ったし、自分のほうのポンチョもピーコート風の前開き襟つき故に必要なボタンを探しているので、厳密にはどちらも完成してはいないが、「編み終えた」という感触はあり、やっぱり嬉しい。編み針を手放すと30分以内に寝入るので、息子と直接遊んだり何かをしたりすることが困難で、多分に「遊んでくれない」と恨まれているはず。それでも、「そんなことないよ」と言ってくれるので、つい甘え続けている始末。にもかかわらず、夜はやたら眠くて浅い睡眠を数時間ずつしかとれないか、未明になってからやっと眠りに入れるかという、極めて不安定な状態が続いていて、正直なところ、「もう人生そのものを投げ出してもいいかもしれない」と感じている。実母も、あまり良好な状態ではないと察しているらしく、話題を金魚と編み物に振る方向で私とは話す。そんな中、旦那の妹のほうの義妹から「文字入力の内職を手伝ってくれない?」という話が来た。私が最後に勤めた印刷会社のDTP部門から、文字入力の仕事を請け負っているとは聞いていたので、「善処します」と答えて、少しばかり懐かしい作業を楽しんだ。一応守秘義務があるので詳細は述べないが、中学生の文集の原稿で、20人分40枚。現役の頃よりどうしてもスピードは落ちるが、入力と変換のタッチは比較的勘が戻っていたと思う。何より、「何も考えずに楽しく読みながら入力できる」というのが、めちゃくちゃ楽しかった。かかった時間は、この日記の欄3〜4つ分と同じぐらい。打った文字数は、この日記の欄10ブロック分ぐらい。これだけで、いかに楽に入力できたかが、判るというもの。微笑ましい文体、意外としっかりした筆跡を楽しみながら、猛スピードで入力していく快感は、とても懐かしかった。同時に、手伝わせてくれた義妹に感謝したくなった。
 10月9〜18日 「orz」が何なのかすぐに理解できなかった私はやっぱりオバハン
 「ガックリ」でもあり、「自分や息子に土下座」でもある。それ以上に、拙宅を訪ねてくださる方々にするべきだけれど、もうどう謝ればいいのか分からなくて…。とりあえず、この10日間は「orz」に尽きる。文章を書くとか書けるとか以前に、何を書こうとしているのかを白リンゴの起動を待つ1分ぐらいで忘れる。ポンチョやベストに必要な糸の量を計算している途中で、式に用いている数字が何を意味しているのか分からなくなる。同じDVDを何度も観ているのに、何回目だろうと初めて観ているような気がする。薬を服用したか否かを思い出せない。果てには、水量が充分になった浴槽を見下ろしながら、蛇口を締めに来たことを忘れて立ち竦む始末。「ごちそうさまでした」と言いつつ何を食べたのか思い出せないのは、言うまでもない。それでいて、こんな具合に、「何を忘れたのか」「どんな失態を晒したか」は忘れない。ひたすら「私ゃアホか…」という気持ちばかりが沈殿する。こんな私にも、朝が来る。見上げれば空があるし、見下ろせば地面が支えてくれている。「何をやってもダメ」は、「何もできていない」と同じではない。落胆するのは、何も考えられないからではなく、目指したい自分が心にあるから。それが微かでも、過去の自分の姿よりも脆弱であっても、「今の自分」よりはマシなはず。てなことをゆっくりと自分に言い聞かせながら、「もうダメだ…」を頭と胸から追い出している。そんな感じ。低空飛行だろうが、実際にはボーダーラインの上に出ていなかろうが、とりあえず生きているから、私は「ダメな私」に勝っているんじゃなかろうか。
 10月7〜8日 何事もやってみなくちゃ分からない
 今秋最初のポンチョが完成。ごしょう産業さんから昨冬購入した、極太ツイードの青色に、白色と赤色を追加してラインを配してみた。編み方は、デザイン集の編み図を基礎に、肥満体の私でも窮屈な感じにならないよう、増し目箇所を増やしてみた。それ以外は変更しなかったけれど、「ボーイズライクに着たい」と紹介文にあったのに、完成してみたら、パステル調の可愛い印象のポンチョに。もっとも、滅茶苦茶デカいから、脱いで床に広げると言葉を失う。着ている時は、結構可愛い感じなんだけどねぇ…。まぁ、いいや。自分の体の大きさを自覚できるし、ポンチョは痩せても引き続き着られるもん。ということで、早速、次のポンチョを編み始めていたりする。「投稿原稿を書けよ、コラ」とか「メルマガ発行日だろうが」とか、内側から声がするけれど、その隣に「今何か書いたら、絶対にヘビーでダークでスプラッタな内容にしかならないじゃん!」と号泣しているガキな自分がいたりもする。事実、掲示板にレスを書いてみたら、凄い、凄い。長さも重さも、アクリル100%の超々極太毛糸30玉使用のショールかっていうぐらい。その分、少しは気持ちが軽くなったような気がしているけれど、確実に気のせい。何故なら、メルマガの記事を書けないから。投稿原稿は重くて暗いタイプだから書こうと思えば書けるだろうけれど、必要以上に重く暗くなる可能性が高すぎるから、敬遠中。となると、ガス抜きは日記とブログとメルマガの記事に限られる。読み手の都合を意識するほうが思考回路を活用するので、ブログでガス抜きをして、メルマガで回復というのが理想。但し、理想というのは「理屈を捏ねながら想像してみるもの」だと思い込んでいる輩の私には、それを実現させようという気概が欠けている。そんなこんなで、結局、糸を編むわけだ。ポンチョ、否、秋冬用の服って、糸が太いからザクザク編めて、やっぱり気持ちいい。細い糸をチマチマやって綺麗な模様を編むのも好きだけど、「高校を中退してからせいぜい1、2年でバイト先を替えまくり、結婚式に呼べる友達もいないようなガキが、自分の粗雑なコピーを3体も作ってナマぬかしてんじゃねぇ、クソッタリャーッ!!」な気分の時は、ザクザク編みに限る。次のポンチョも、同じ糸の色違いを使って、クラシカルな雰囲気の品。長編みがたくさん。勿論、ザクザク。疲れたら、チマチマ。もっと疲れたら、洋書のポンチョのデザイン集を眺めながら仮眠。気がつくと、深夜だったり未明だったり朝だったり。それで再び、ザクザク。稀に「布を買ってきて縫ったほうが早いんじゃねぇの?」と旦那に呆れられるが、ザクザクにしろチマチマにしろ、自分の手で、好きな糸を、好きな模様の布なり紐なりに作れるのが、結びや編み、織りの醍醐味。いかに安く、いかに好みの雰囲気のまま、自分の巨体に合うサイズに調整し、「できた♪」と言えるか否か、という工程そのものが好き。この秋冬の間に、ポンチョだけで5着ぐらい作りたい。ザクザクに逃避したい要素は目の前に居座っているので、残る不安材料は「体力」と「気力」か。どっちも、今、キャパが少なすぎだからなぁ、どうなるか判らんなぁ。
 10月1〜6日 その2:未練があるから化けて出る
 裁断と縫合以外のやり方で小物を作るようになってから、「器用やねぇ」の次に「よぉこんだけのもんを作れるねぇ」と言われることが増えた。最も手数がかからないストラップでさえ、「器用やねぇ」の対象になるらしい。ミサンガを見る人には、「これ、目の1つ1つが結び目!? 相当手間やないの!」と驚かれるらしい。故に、偶然外を出歩く私を見たことがある人は、「よぉ編めるんやねぇ、大変やらぁに」と言うそうな。これらは、大抵、実母経由で聞いたこと。稀に直接言われるが、非常に困るので話半ばでとっとと逃げることにしているため、結局、相手は実母に会うと続きを話してスッキリすることにしているらしい。だから、誰にも悟られてはいない。ストラップやミサンガは「気に入ってもらえますように」と思いながら作っているが、自分の着る服を編む時は、食器を洗う時と同様に、心の中で嘆き、辛くて泣いていると。本当に涙を流している時もある。最初は「誰かに喜んでもらえたら嬉しい」だったのが、今は「とにかくこれを編み終えなくちゃ」という一心で、それなのに、同時に何種類も作り始めたりもしている。当然、1つ2つを優先する程度なので、他の品は進みが遅い。それがまた辛さに繋がるため、敢えて考えないようにしているつもり。そうしてひたすら編んで、今秋最初のポンチョがもう少しで完成する。デザイン集には渋めの色で作ってあった作品を、パステル調の色に替え、増し目の位置を2カ所から4カ所に増やし、私の好みと体型に合うように編んだ。糸が半端に残るので、毛糸不足で中断させているベストに使い回そうかとも企んでいる。白がベースで下から上へと編むデザインなので、約95mのピンクと残量不明でフリンジに使えそうな水色とで、果たして人前で着られる一着ができるか否か。それが問題。ただ、ほんのちょっぴりだけ、救いもある。それは、実父母の言動。柱に頭突きをしていることを知るまでは、「ほんな箸にも棒にもかからんようなモンを作るぐらいなら、ちったぁ部屋を片付けろ!!」と私を怒鳴っていたくせに、今は「何でもえぇで、気ぃ紛らせれるんなら、好きなように作ればえぇわ」と言うようになった。認められたとは、爪の垢程も思っていない。むしろ、諦められた、に近いと思う。もしくは、「気に入ったモンを作っとる間は、未練が残るやろぉで、自殺はせんやら」とか。中学1年の時、自殺ばかり考えていた期間が長くあり、その頃の日記みたいなものに、「死にたいけど、見たいテレビドラマがあるから、もう少し我慢しよ」みたいなことを、一度か二度、書いた覚えがある。実父は昔から最近に至るまで、そういうノートを全部盗み読みしていたから、記憶しているはず。「日記や手紙を盗み読みするなんて酷い!」と今でも恨んでいるが、考えようによっては「読まれることを前提に、本音をぶちまけとくのも、一つの良策かも」と言えるか。生憎、私のサイトは読んでいないようなので、私が何かとんでもない事件を仕出かした場合にのみ、マスコミを通じて何が書いてあるのかを知るのだろう。その段階でもしも既に私が死んでいるのなら、きっとコメントを要求されている親族達の狼狽する様子見たさに化けて出るに違いない。だって、どんなに具合が悪くなっても、この空想だけは楽しめるもの。
 10月1〜6日 その1:世間様に架空の話を発表して「佳し」と認められるのは漫画家と物書きだけ
 毎度テキトーなタイトルをつけているが、一応言葉を選んでいるつもり。ちなみに、「佳し」は「よし」と読む。…と、そんなことは投げ捨てて、本題。未だにテレビ、特に報道番組の類いを見聞きすると具合が悪くなるので、極力見ないようにしている。それでも飛び込んでくる話題は、国民よりも政党の都合ばかり考えているセンセー方のバカなやり取りとか、客を騙すようにして集めた金を返せないと土下座する社長とか、土俵は本来神様に捧げられた聖地であることをロクに知らなそうな力士達の不始末とか、サスペンス作品やアクション作品よりも残忍な事件だとかばかり。テレビを切っても聞こえるのは、「バカ」とか「死ね」とか「ババア」とか「クソジジイ」とか「邪魔」といった単語を優先的に記憶してくる姪っ子と甥っ子達の声と、気紛れに家から出て来る嫁さんのかったるそ〜に子供を呼ぶ声など。先月ボロクソに詰られたから、心に耳栓をして外に出ず、実家に入り浸ることもやめ、息子に淋しい思いをさせつつ、独りで葛藤中。おかげで、連日、夜には眠れず昼間に居眠りして自己憎悪に陥り、柱に頭突きしそうになって我に返り、更に自己憎悪を増大させている。傍から見れば下らん意地の張り方でしかなかろうが、12歳年下の嫁さんに直接「結婚しても実家に居座り続けとるお義姉さんになんか、私の苦労が解るはずがあらへんわ!! 私が実家に用事で帰ろうもんなら、ここにおる皆でボロクソに悪口言っとるくせに!!」とまで言われたら、実父母や旦那、旦那の両親の胸の内がどうあれ、少しでも実家と距離を置かなくちゃと思わずにはいられない。それでいて、いざとなると実家に頼ってしまって、自己嫌悪やら自己憎悪のスパイラルに嵌り、抜け出せなくなる。私は、そういう人間だ。おかげさまで、毎年恒例の「ルパン三世」のアニメスペシャルを見逃したり、見たとしても夢を見るほどワクワクしなくなった。それどころか、訪れてくれる方々はお気づきだろうが、こうして日記を書くのも辛くなってきて、ましてや架空の物語を想像して文章化する余地が思考回路から失せ始めている。「なんちゃって手芸」に逃避しているじゃないかと思われるだろうが、それに関しては「その2」のほうに記述する。ともかく、今はまだ、辛い。時々、例によって、首の前部辺りが腫れている感じがするぐらい。こんなことなら、もっともっと柱に頭をぶつけ続けて、何も感じず、何も考えず、何もできない、呼吸と拍動があるだけの屍同然になれば良かった。ああ、今とほとんど変わらんか…。

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