ものぐさ日記
このサイトを開いたばかりの頃は0歳だった息子は現在小学生になり
私は今月で三十路を卒業することに…
道理で体が鈍るわけですよねぇ(溜息)
| 11月25〜30日 その3:「産む」より「案ずる」のほうが楽に決まってる |
| 趣味の話。ストール兼ベスト兼ポンチョもどきなパイナップル模様の品は、中旬に完成した。その日から、次の品、ダークグレーのノーブルな感じのポンチョを編んでいる。かなり久し振りに、身頃を別々に編み、はぎ・とじをやった。着丈が60cm以上という日本人向けのデザインの中では大きめのサイズなので手こずるかと思ったが、編みパターンが理解も記憶もしやすく、編み上げていくのが楽しいデザインであるおかげで、既に縁編みを残すのみという段階。この縁編みが表と裏を交互に組み合わせる引き上げ編みで、裏引き上げ編みが初めての私にはちょっと手こずっている。細編みの足を引き上げるのを終えたら楽だし、目ごとだけでなく段ごとにも表裏が入れ替わる編み地は面白いし、自分にできることが増えるのでありがたい。眠りたくてもどうせ眠れないので、夜中にずーっと編んでいたら、最も長い裾の縁編みが終わってしまった。次は、襟刳。ここから縁編みの幅が広がるが、絶対的に裾よりも短くて手数が少ない。襟刳も終わったら、前立。ボタンの大きさと形に合わせて指定のデザインとは異なる処理をするから、ボタンを探す時間分だけのんびりするつもり。そして、コレの完成後も、もう幾つか編む品を決めている。その中に、実母に頼まれたベストが入っている。一見シンプルな形だが、前身頃の右3分の2が残りの3分の1から目を拾う横編みで、しかも全体が長々編みの交差編みのパターンで統一されている。この交差編みも私には手こずる編み方の1つ。しかも、針に2回糸を巻いてから目を拾うため、段の高さを統一することを常に意識する必要がある。次回は横編みもあるから、ますますコレが大切なポイントになるに違いない。こういう試練っぽいものがあると、ちょっと挑戦意欲をかき立てられるから嬉しい。というわけで、夜中に編み、眠くなった気がして横になっても眠れない場合は他の編み図を読んで、「いっそ死にたい」気分をはぐらかしている次第。メルマガの記事を書いたり、投稿作品の続きを書いたりもしなくちゃと思い、内容を頭の中で纏めてもいるが、執筆に適切な心身の状態ではないので相変わらず休ませていただいている。この点を振り返るとまた落ち込みやすくなるので、具合が悪すぎる時には申し訳ないが忘れたフリを決め込んでいる始末。ただ、最近しばしば思う、「『案ずるより産むが易し』って嘘だよなぁ」と。物語を綴るにしても、品の大小に関係なく何かを作るにしても、息子を出産した時にしても、「こういうふうにしたいなぁ」「こんな感じかなぁ」「どんな家族になれるかなぁ」と楽しみにしている時間のほうが、いざ書くなり編むなり結ぶなり産むなりし始めてから完結するまでの間よりも、断然気楽だし手放しで楽しめる。独りでできるし、意外なことで苦労しないし。だから、「子持ちの奥さん」が言うならまだしも、男全員と苦労知らずのガキな女の口から「大丈夫だって、案ずるより産むが易しって言うじゃん」とか出たら、「だったらテメーが産めやぁっ!!」って殴るね、私は。コレを踏まえた上で、私の手作りの品を評価してほしいと思う、特に旦那に対して。なーにが「小説? 1冊分なんか2時間あればスグ読めちゃうけど?」だよ、何年も私の初期作品を放置しやがって。結婚前のことだけど、未だに腹立たしい。旦那は旦那で「結婚1周年の時、記念日だって忘れてやがったくせに」とまだほざきやがるから、私だって言わせてもらうさ、トーゼンでしょ。 |
| 11月25〜30日 その2:何であれ溜め込み過ぎるといつかどこかがはち切れる |
| 主婦業の話。既に暴露しているとおり、家事全般が苦手で嫌いだが、何もしないわけにはいかない。故に、食器洗いと風呂の支度、息子への目配り、息子の金魚の世話、そして毎月の生活費のやりくりだけは、毎日続けている。心身の調子が悪くない時は、洗濯物を「綺麗に」畳んだり、学校関係の書類の仕分けや息子の学習道具の調整と片付けをしたり、自分の物を片付け始めたりする。「それだけかよ!」と万人にツッコまれるが、たったこれだけのことを続けるのが辛くて死にたくなるのだと大目に見てほしい。毎日続けていること以外に何か1つ、サイト更新のためにこうして日記を書くだけであっても、「毎日続けられずにいること」をやれると、「他のことも少しならやれるかも」という気持ちになり、物質的にも感覚的にも重い体を動かせるから。そんなわけで、先週は、放置していた「地球の鉱物コレクション」を開封し、サンプルの収納とファイリングをした。「古代文明ビジュアルファイル」も片付けたかったが、「地球の…」の箱が嵩張り雪崩れた段階で気力が尽きた。今週は、その続きとして、雪崩れた厚紙とダンボールを分けて処分し、ついでに最も散乱が激しい恐怖実話雑誌と漫画週刊誌も実家の古雑誌の山に移すつもりだった。が、26日から疲労感が拭えず、眠るべき時に眠れなくなり、それ以降は下欄のような状況と状態が続いたため、30日未明現在、まだ手つかずになっている。29日の午前中にブチ切れたせいで実父母と息子は顔を見せないでいるので、これから始めてもいいかもしれない。否、始めたほうがいいだろう、確実に。恐怖実話雑誌だけでも排除したら、確実に1畳ぐらいは床が見えるようになるから。「排除」と言えば、旦那のブレスレットも。自分で買ってかなり気に入っていたようだったタイガーアイのブレスレットを、何を思ったのか私の窓機の机に置いてある水晶の細石の入ったグラスに放り込みやがった。「浄化?」と尋ねたら「そんなところ」と答えたが、離れで香を焚いているんだから、わざわざ持って来る必要など無い。しかも、本当に「放り込んだ」のだ。捨てるみたいに適当に。それ以降、気に入っていたグラスそのものが穢されている感じがするし、いつも以上に「やる気の反動」が大きくなった。スピリチュアル関係に興味はあっても感覚は極めて鈍感なので気のせいだろうが、天然石好きとしてあるまじきほどの嫌悪感が否めない。正直、「こんなモンを押し付けやがって!」と怒っている。ちょうど新月前後に月が替わるという珍しく好いタイミングなので、ブレスレットは旦那の留守中に部屋に返却し、水晶の細石も水洗いするか。ただの験担ぎでしかないが、留守居としてはどこにいても家内全体の気配を感じ取っていなければならないし、その際に気に障るものがあるなら排除するに越したことは無いし。それに、案外バカにできないのだ、これが。旦那がブレスレットを放り込んでからの3日間ぐらいで、書籍6千円、DVD7千円、編み糸8千円と、連日のようにネットで購入しまくっているから。タイガーアイは金銭感覚に働きかけると言われているだけに、気に障ってしょうがないのだ。気にしていると「何か買わなくちゃいけないものがあったはず」と思い始めているみたいだし。まぁ、財布の中身が減って損した気分にもなっているけれど、「俺が稼いだ金は俺の金、それを預けているおまえの口座の金も俺の金」とほざいた野郎への密かな当てつけとしてストレスも少しは減ったので、「浄化もどき」の代償とさせてもらって、熨斗を付けて返せばいいや。バカバカしいと嗤われても構わない。台所に火災除けの御札を貼るのと同じだから、こういうのも。ついでに、「食らえ、山神のストレス、クライマックスバージョン!!」てな感じに旦那への不満とか愚痴とかを解消するのも、主婦業の内だし。ここで「どうして『山神』?」と思う人がいるだろうが、解説はしない。自力で調べるべし。ヒントは、「山を削る工事現場に女は禁物」。 |
| 11月25〜30日 その1:「いっそ死んだほうが楽かもしれない」と思いながら死んだらほぼ永久に辛いまま |
| 健康状態の話。下欄の期間に、何となくではあるけれど、気持ちを切り替えて前向きになれた。だから日記が書いてあるわけだ。が、この欄の期間で、急転直下。30日未明現在、心身ともに最悪に極めて近い状態に陥っている。何しろ、息子の目の前で「いっそ死にたい」「こんな自分が一番嫌いで殺したい」と言ったぐらい。罪悪感、無かった。理由は、息子の遺伝子の半分は旦那のだから。結婚記念日と入籍した日に旦那に話しかけたら、また「結婚? してたっけ?」と嗤われた。しかも、私が近寄るとその1.5倍ぐらいのペースで遠ざかる。出勤や帰宅の挨拶をしない。当然、他の挨拶もしないし、面倒な用事を押し付ける時以外で話しかけられることもない。義母曰く「ノリくん(旦那のことをまだこう呼ぶ)は綺麗好きやしマメやで、部屋が散らかっているのはノリくんのせいやないやら、絶対に」とのことなので、自分の部屋以外の物は全部ゴミに見えるだろうし、その「自分の部屋」すら本来は「私が実父から借りている離れ」に過ぎないことも身勝手な棚に上げて片付けたつもりでありつつ、反面、私の物が雑多に置かれたままだからという理由で自分の物も片付いていないことを怠慢だとは言わない。言い訳がましいのだが、私は実父から離れを借りた後、旦那が転がり込んで来るまで(それも私の返答を自分の都合のいいように歪めて思い込んで一方的に来やがった)、毎週日曜日の午前中を費やして8畳の和室と8畳分の縁側+廊下の片付けと雑巾がけをしていた。仕事が立て込んでいない週は、窓ガラスも磨いていたのだ、本当に。それを覚えているから、現在の離れと今使っている部屋が「汚部屋」に成り下がっていることが、滅茶苦茶辛い。何度説明しても旦那に「嘘つけ!」と詰られるが、私の記憶と感情なのだから偽っていないことは私自身が知っているし、更に辛く苦しくなるだけなので、旦那の前と旦那の実家では「怠慢で汚らわしい嫁」として隅っこで大人しくしていようと決めているに過ぎない。それをいいことにと言ってもいいかと思うが、旦那も旦那の両親も最近では私を「他人」扱いしているようだ。いや、もっと早くから「嫁」ですらないと思われていたのに、私が鈍すぎて気づいていなかっただけかもしれない。…考えているとキリが無いので、もうやめよう。自分からドツボに飛び込むだけだ。理由やきっかけはともかく、困ったことに、安定剤を服用しても眠れないのに、服用し忘れていると眠れたり、眠ったらいけない状況(例えば運転中)に唐突に入眠してしまう。が、その眠気は1時間も続かず、喉や口の中まで胃液が逆流する感触で目が覚めてしまう。酷い時は、喉が焼けたような痛みがあり、声が出ないし呼吸するだけで激痛が走り、うがいをするにも最初から上を向くと気管の方へ水が直行して咳き込み、症状を悪化させた挙げ句、ついでに胃液だか胃の粘膜だか判らない白濁したものを嘔吐する羽目になる。晩夏以降は、これらの現象に慣れてきたので、炎症を起こす前、逆流した感触だけで目が覚めるようになったが、それでも口の中が臭いし喉も胃も気持ち悪くて寝直す気になれない。そんな日々を独りで堪えて過ごしているというのに、息子の発熱や虫歯の治療などは旦那すら「ふ〜ん?」で済ませやがる。28日には歯科医のドリルが怖いと言って泣く息子を叱ったり宥めたりして治療を受けるのを説得するだけで疲れ、29日の朝からまた息子の発熱が前回の溶連菌とまったく同じ症状から始まったことでブチ切れ、前述の「いっそ死にたい」などの暴言に走った。久し振りに自分の誕生日を祝ってもらえることを「嬉しい」と思えたのに、その何倍もの深いところまで突き落とされた気分。結局、私は今年も「11月」を憎みながら終えることになってしまった。使えそうな箱を分けたり、資源回収に出す雑誌を片付け始めたりした途端、コレだ。こんな自分が憎くて憎くて仕方が無い。息子が泣きながら「ママ、だいすきだよ」としがみついてくれることと、「早よ餌くれよ」とせがむ金魚7匹を眺めることぐらいしか、自分の存在価値を実感できずにいる。他にもあるはずなのに、また見失っている。情けなくて、こんなことで泣いている自分が厭になる。そして、またいっそう、体の調子がおかしなことになっていく。解っているのに、どうしたらいいのか判らなくなる(以下、無限ループ)。 |
| 11月22〜24日 その3:「なりたい自分」は追いかければ必ず掴めるわけじゃない |
| 嬉々として毛糸話を書いたが、読み返しながら我に返ってみたら、地震とは違う次元で怖くなった。「学生時代の自分がコレを読んだら、絶対に鳥肌立てて『ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!』って叫ぶ、確実に、間違い無く、ホント絶対に」と。なんちゃって手芸を始めてから1年以上経過するが、未だに旦那や実父は「いつ厭きてやめるか」と思っているらしいし、そもそも「こいつが編み物なんかやるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないって思っていた」と言われるし。私だって、激太りして婦人服売り場で服を買えなくなるまでは、自分で自分の服を作ろうと考えるどころか、「手芸? そんなん、時間の無駄やんか」と鼻で嗤ってた。今は、かなりマジ。生活かかってると言っても過言じゃない。だってね、生地が厚くなればなるほど、私のサイズの服は見つかりにくいしバカ高いのだよ。ベストやセーターなら、1着を購入する金額で、2〜3着分の毛糸が買えるから。スラックスやジーンズだって、3ヶ月ぐらいですり切れそうな品ならともかく、しっかりした製品を探すと、紳士服売り場の大きなサイズコーナーの特売枠か、ワークマンの特売ワゴンでないと漱石クンが4人以上去って行くんだよ。本ならともかく、衣類にそこまで金をかけたくねーんだよ! というわけで、コミックスの代わりにデザイン集を買って、自力でベストを編んでいる。今は冬だから、ポンチョがメインだけど、糸を絹に替えたりしてサマーベストにもなる品も編んでいる。生活がかかっているのも事実だけど、実際、編んだり結んだりして服やアクセサリーを作るのって楽しい。楽しいから作り続けたくて、実母の店に「貰ってください」コーナーを作ったぐらい。鬱症状やら育児やら夫婦関係やらで毎日悩んだり泣いたりしているけれど、「死にたい」と思う機会が激減したのは、物書きをしたり、タロット集めを再開したり、好きな作品のDVDを観ながら(聞きながら?)編み物をしたりと、好きなことをやれるようになったから。今の自分は、学生時代に思い描いた「なりたい自分」とはまったく異なるけれど、「なんでこんなふうになっちゃったんだろう…」と嘆かずにはいられないほど不満がある部分は、意外と少ない。物書きっぽいことやタロット関連の事柄は、「なりたくて追いかけてなった自分」の一面だけど、鬱症状が露見してから手がけるようになったから、辛くなると柱に頭を打ち付けたくなるなどの「なりたくなかった自分」を見つけちゃったのがきっかけで踏み出すことができた。「こうなりてぇんだよぉっ!」と追いかけていたことよりも、「こうしなくちゃならねぇんだもぉん!」と泣いていることのほうが多かった。逃げて逃げて、嫌な自分に追いかけられて、ようやく振り返って仲直りを試みようとした結果、いつの間にか「こういう自分」になっていただけ。「時間の無駄」と思う事柄も、「必ず将来役に立つ」と思い込んで身につけたのに忘れかけている事柄も、今の自分の足下を支えてくれている…気がする。巧く言えないけれど、私は今、「こういう自分になりたいなぁ」という願望を意識していない。目先のことだけで精一杯だからではあるけれど、私なりに充実した過ごし方をしているからでもあると思う、自信は無いが。こんな程度でもいいんじゃないだろうか、とりあえず。そんなことをダラダラと考えた。 |
| 11月22〜24日 その2:「バラ色の人生」って結局何色なんだ、コノヤロー! |
| 連休中、旦那は前半は泊まりで出張、実父は中日に行事で外出、実母は最終日以外は店の運営があるということで、中日の午前中だけではあるが、私が息子と外で遊びに出かけた。息子が私に頼みに来ることも珍しいが、私が「いいよ」と答えるのはもっと珍しい。故に、24日の朝に久し振りの地震があったり、天気が下り坂になったりという、相変わらず「ジンクス」が活きているかのような事態に遭遇するのかもしれない。まぁ、所詮は「験担ぎ」なので、「私がこうしたからだよ〜ん」なんて決して言わないが。それはさておき、「バラ色」って何色なんだろう? 息子と出かけたついでに、散歩がてら通りがかった公園の、手入れされた花壇に、まだ花をつけているバラが植えられていた。いや、もう花をつけている、のほうが正しいのか? って、それはいいや。そのバラというのが、黄色、桃色、白、赤、紫と、青色以外のほとんどの色が揃えられている感じで、綺麗なんだけど、「バラ色」がどんな色なのか解らなくなった。まぁ、「好きな色」でいいんだろうけれど、私の場合、青色系、ギリギリ青紫までが好きな色だから、「バラ色の人生」を感じることは無いワケだ。それでも、ごしょう産業さんの糸を買うようになってからは、好きな色が増えた。いや、「好きな色」が「増えた」んじゃなくて、「他の色も綺麗だと思うようになった」と言うべきか。ごしょう産業さんの糸は、とにかく青系の糸が充実している。青緑から青紫に至るまで、ついでにグレーに青味を加えてあったりして、糸によっては10種類ぐらいから選べる。ソコに食いついてしまったのがきっかけで、購入した糸の構造などを知るにつれ、細い毛糸を組み合わせて(これを「引き揃える」と言うらしい)、更に糸を交換して組み合わせを変化させれば、高価な段染め糸を購入しなくても、自分の好きなピッチの段染め編み地を作れるという楽しみ方を覚えてしまった。それに、ごしょう産業さんが用意している段染め糸がまた思い切りの好い色目のものが多く、半額クーポンを使って譲っていただいた青系の段染めレース糸(綿100%)で、スコーン!と色に対するこだわりを打ち抜かれた。ホント、前述のとおり、「青味のある緑色」から「青味のある薄紫色」まで、緑系→青系→紫系と広い範囲の色で染められていて、小さいモチーフを試しに編んでみたところ、「こんなの青系の段染めに入れるか、フツー?」と言いたくなる部分がパンチを効かせて、好い感じのメリハリが生まれて驚いた。この驚きが、ちょうど「電王」キャラの彩りから色について考える機会が多かった頃に受けたものだったので、明度や彩度も越えて、「色の組み合わせ方って、万人受けしないもののほうが面白いんじゃねぇの?」と思うようにまでなった。実際、百均屋の並太のアクリル毛糸を引き揃えて指編みしてみたら、苦手だった黄色も「緑と引き揃えると好い感じ〜♪」と受け入れられるようになってしまった。こうなると、「青系以外の色も欲しいなぁ」と当然なるわけで、まだ未開封の糸もあるのに「手織り・ウール」という糸を買い集め始めている。この糸は、ごしょう産業さんの定番品らしく、品切れが無い。太さは、合細といって百均屋のモヘア糸と同じかもっと細いぐらい。1本取りで何かを編むのなら、すっごく手間と時間が必要で、相応の凝った模様編みができる品。それでいて、名称のとおり手織り用なので毛羽立ちがほとんど無くて、肌触りがとても好い。しかも、細い糸だし天然素材100%だから、非常に軽い。絹100%の「つむぎ(紬)・2」も気に入っているが、「手織り…」のほうが色数が多くて割安なのだよ。1mあたり1円前後で、コーン巻き(100g・約500m)だから結び目が少なくなるし、どの系統の色も明度も様々で全50色! 集めたくもなるだろ、これは。販売サイトで色番順に並んでいるのを見るのも楽しいけれど、購入したコーン巻きをグラデーションになるように並べるのも凄く楽しい。現在手持ちの糸を、ライトブルー→ロイヤルブルー→ブルー→プリンセスブルー→クレマチス→グレープ→薄紫→ライトスカイブルーてな具合に丸く並べると、「次は桜かメロンに伸びてみるか? それとも、白も含めてアイボリーやクリームとかの淡色系から攻めてみるか? いやいや、ビビッドカラーか?」と、独りでニマニマしていたりする。こうした事由により、私にとっての「バラ色」は、多分に「手織り・ウール色」と言える。蛇足だが、「手織り・ウール」と「つむぎ(紬)・2」は私にとって、「毛100%」と「絹100%」の糸の価格換算基準にもなっている。どちらも合細で、合太なら2本取り、並太なら3本取りとして計算する。合細状態で、前者は「1m=1円」で後者は「1m=1.5円(実際には1.25円)」扱い。おかげで、ごしょう産業さん以外では天然素材100%の糸を買えなくなった。 |
| 11月22〜24日 その1:浮気心が生じた瞬間のように揺れた |
| これを書いているのは、24日の朝。30〜40分前に、地震があった。ファンヒーターを点けて部屋を暖めていた最中だったので、二度寝しかけていたところ、思い切り目が覚めた。震源地は、お隣の市。しかも、Yahoo!によると、私が広報を作ったことのある町村で、震源の深さから察するに表層断層によるもののようだ。震源地の震度が4の割に周辺地域の震度が1〜2と小さめに報じられているが、もう少し時間が経ったら訂正されている可能性が高いと思う。何故なら、ファンヒーターが緊急消火しなかったから。地震発生とほぼ同時刻に我が家も揺れた。古い木造家屋なので、常に揺れは大きめに感じる。それだけに、横揺れか縦揺れか、また、予震の有無と大きさ、本震との間隔などが、結構はっきり体感できる。今回の地震は、いつもの「震度2」よりも少し大きかった。そして、予震と本震の区別ができず、揺れの方向も即断できないまま、短時間(体感で10秒前後だが正確には不明)で治まった。揺れが始まった直後に思ったのが、「梁が保つか!? ファンヒーターは!?」。横揺れならば、家屋の震動に振り回されるような感じがし、暖房器具のセンサーが働く。それが、今回は家屋とセットで揺れている感じがし、揺れの方向を探れなかった。しかも、ファンヒーターのセンサーが働かなかったので、揺れが治まってから「揺れ幅の少ない縦揺れ…だったのかな?」と数秒考えてから、電波時計で時間を確認した始末。その後、5分程度でNHKの速報が出てくれたので、おおよその震源地と最大震度などの情報を得、得心したわけだ。地震としては小規模だったのだろうが、とても怖かった。何しろ、巨大地震が来ると言われ続けている地域なのに地震が少なすぎるから。多分、阪神淡路大震災前の関西地域に似ている。「他の地域では地震があるみたいだけど、うちらのところは揺れんから大丈夫だよね〜」的な気持ちになりやすいぐらい、今年の東海地域は地震が少ない。これが、怖い。窓から外を見る時は必ず空気の色を意識し、道を歩いている間は路面に小動物の屍が無いか常に気になり、雨が降り始めると足下が震源になる確率が少ないのだなと安堵してしまうぐらい、怖い。故に、日本近郊である程度の地震があり、被害が少なく済むと、「良かった、ウチの近くでも、これぐらいの地震が小刻みに続けば、震災におけるマグニチュードが減ったり、発生そのものが遅くなったりするかもしれないのになぁ」と思ってしまう。学生時代に受けた理科の授業では、地学が最も興味深く、得点も高かった人間なので、基本中の基本しか学習していないくせに、ついこういうことを考えてしまう。それでも、学んだこと、覚えていること、自分で考えられること、感じ取ろうとすること、それらから何らかの覚悟を築く努力ができることは、嬉しい。否、ありがたい、か。そんなわけで、速報で「震源の深さ約10km」と知った瞬間に生じた思考は、「ちっ、もっと深いところで揺れてくれよ」という、ある意味不謹慎なものだった。反省しつつ、願わくば、訪れたことのある震源地地域で被害らしい被害が出ず、今回の地震でちょっぴりでも地球のストレスが解消していますように。 |
| 11月18〜21日 その4:誰だって何らかのマニアやフェチでしょ |
| 「電王」を通じて、息子は「声優」と「スーツアクター」の存在を知った。勿論、初めて説明した時、物凄くガッカリした顔をしていたので、「だってね、モモやウラって、電ライナーの外では砂でしょ? そのままじゃぁテレビに映れんから、本物に似せてスーツを作って、俳優さんや声優さんが動きや声を真似してるんだよ」と付け加えた。その後、息子なりに願望と実態をすり合わせていき、現在は「モモタロスのなかみはタカイワさんで、こえはセキさん」てな具合に、「大きなお友達」の会話について来るようになった。それどころか、他の番組を見ている時に、「あ! このこえ、ユサユサ(遊佐さん)だ!」と気づくほどに…。それを目の当たりにした旦那が、爆笑して「ママからの遺伝か伝染だ!」とほざいた。事実だから仕方ないけど。でも、結構私も息子も楽しんでいる。「フルハウス」で大塚さんを発見するとか、「乱太郎」で関さんを発見するのは、初歩。現時点で最も楽しいのは、「サンリオBB」。動画を楽しめるコーナーがあり、キティ達が演じる童話を息子は気に入って、時々見ている。それらには、サンリオ社の方針もあって、ほとんどキャストロールは表示されない。が、じつは鈴村さんがいる。「銀魂」でキバットやウラ、リュウタのやり取りを楽しむファンは多いだろうが、キティの出てくるアニメでリュウタを探す人はあまりいなかろう。鈴村さんの履歴のほうにも掲載されていないはずだし。利用頻度と支払い金額を考慮すると「契約切ろうかなぁ」と思うものの、こういう発見の瞬間のたびに「息子よ、他のアニメも見てくれ、探すから!」と即座に寝返る。ただ、こういう話題を書くと、私という人間は物凄くディープな声フェチだと思い込まれやすいのだが、そうでもない。知っている声優諸氏は偏っているし、追っかけなどの経験もほとんど無い。単に、「この声、どこかで聴いたけど、いつ、どこでだったかなぁ」と記憶を掘り起こしたり、ネットで調べて「ああ、そうだ、そうだ、○○番組の××だ!」と得心するのが好きなだけだ。だから、特撮番組に主演した俳優諸氏は勿論、スーツアクター諸氏のブログや活躍記録を仕事の合間に追いかけ読んでいる旦那のほうが、遥かにディープな「大きなお友達」なのだ、本人は否定するけれども。だって、私、「銀魂」のDVDは買うけど、「BLEACH」は中断したし、「D.Gray-man」は買ってないも〜ん。「シュラト」のDVDを狙ってるとか、「ER」のキャスティングを改めて調べたいだなんて、口には出さないも〜ん。 |
| 11月18〜21日 その3:ホントに真剣な本気なら道具なんか何とでもなる |
| 今月、また新たな手織りの本が発売になった。今度は、「ダンボール織り機」。数ヶ月前に「eco織り」の本が出ていて、そちらも同じくダンボールを織り機として利用している。どちらも発刊直後に買った。で、「ちょっとやってみようかな」という気になっている。「eco織り」では「なるほど〜」で、「ダンボール織り機」では「ちょっとやってみようかな」。この差は、手数の少なさで生じている。手数とは、「綺麗に織り上げるための段取りの質と量」。具体的に述べれば、「eco織り」では、本格的な手織りで用いられている技術、「縦糸の間隔が乱れないようにタコ糸で鎖編みを施しておく」とか「織り始めの横糸が乱れないように別の糸で捨て織り(横糸の最初の1本を打ち込む際のストッパー的な役目をする、仕上げの時に解く織り地)をする」などが書かれている。絵織り板を買って持っている身なので、これらがとても大切で、仕上がりを佳くしたり、本格的な手織りを志すのなら欠かせない技術だと、痛感している。が、メンドーなのだ。「ちょっとだけ、ホントにちょっとだけ、機織りの真似事程度でいいからさ、やってみたいなぁ」並の私にとっては、「え〜? 織物って、縦糸に横糸を潜らせればできるんじゃないの〜?」程度の知識しか無かったので、本腰を入れて手織りに携わっている人にとっては「たったこれだけで美しく仕上がるんだよ」程度の手間すら、とっても面倒臭く思えてしまうワケ。しかも、「eco織り」だけに、後半では「横糸として、古着を割いたものを使ってみましょう」というページもあり、割き織りの入門書としての要素が濃い。一度は「60羽(10cm幅に縦糸を60本)を目指すぞ!」と志したものの、そこへ至るまでの道程の長さを知って凹んだ身なので、やっぱり「もっと手軽で簡単で、チョチョイのチョイで織れねぇかなぁ」と泣いた。そんな頃、「テキスタ」という手織り機を知った。これは、縦糸を結んだスティックを並べるタイプの織り機で、横糸をスティックの間に這わせていき、ある程度積み上がったらスティックを抜くようにして縦糸を編み地に通すという、非常に簡潔なもの。但し、スティックを並べるステージは50cm幅に32本ぐらいと決まっていて、細い糸には向かない。そう知って、やはり「もうちょっと融通の利く織り機が欲しいよ〜」と、涙を飲んだ。そうして、今月、「ダンボール織り機」の本を見つけ、開き、織り方を読み、「これや!」と嬉しくなった。捨て織りも鎖編みもなく、糸も織り幅も選ばないから。「手織りは、縦糸と横糸を丁寧に扱わないと失敗するし、縦糸のセッティングだけでも面倒臭いし、力を入れすぎても抜きすぎてもダメな、大量の糸と根気の要る作業」と知っていればOK。肝心の「ダンボール織り機」を作る段階はどうしても面倒臭いが、1つ作れば同じ程度の太さの糸で同じ程度の幅までの生地を織ることができる。それに、縦糸に金と丁寧さを注ぎ込む覚悟があれば、ただのダンボールの箱に縦糸の位置の目安となる印を付けるだけでも、充分織れる、多分。縦糸の間隔が狭くなっちゃったら「手で編み地を広げましょう」、織り地の目が詰まり過ぎても「手で編み地を整えましょう」、結果的に縦糸の幅も横糸の目も一定に仕上がらなくても「それもまた個性」だったり、「いろんな糸で織ったり、広すぎる織り目に他の糸を潜らせると、より面白い」とくる。「手織りは面倒で難しい」と思い込んでいた自分を、恥じたぐらい楽しい本だ。テーブルにセッティングする織り機や円形に織る織り機は前述のように工作する必要があるけれど、「箱織り機」として紹介されているものなら「部屋に転がってるAmazon.co.jpの箱にサインペンで印をつければ、充分なんじゃね?」と、ワクワクしてしまう。今は「綴る」と「編む」だけで手一杯なので、いつ実行できるか判らない。それでも、「どう処分したものかなぁ、このゴミ(箱)は」と嫌になっていた山が、「いつか織り機にしたるで〜♪」とニンマリできる存在になっただけでも、すっごく嬉しい。 |
| 11月18〜21日 その2:いろんな角度から観察しても蛙の子は蛙 |
| 先日、「サザエさん」を見ていたら、息子がいきなり立ち上がって「いまの電車、キハ○○!」。○○のところには数字が入るのだが、私が忘れた。と言うか、普通、アニメを見ている時まで電車の型番を意識しねぇだろ? そう思うものの、私には息子にツッコむ資格は無い。買い物に行く先々で、衣料品店では勿論のこと、スーパーの食品売り場でも他人の服をじーっと見つめ、「どうやったら編めるかなぁ?」と考えてばかりいるから。車の運転中は、眠くならないように、前の車や対向車のナンバーを読み、「足して4で割り切れるか否か」だの「足して分け直したら連番にできるか否か」だの「3桁・4桁・5桁連番の定理」だのを考えてもいる。故に、「あの車のナンバー、めいてつの△△△△系とおなじすう字!」と唐突に騒ぎ出す息子を、どうしてとくとくと説教できようか。せいぜい「おーい、電車以外のことも考える努力をしろよ〜」ぐらいだ。と、あらかじめ自らのダメっぷりを吐露しておいて、「なんちゃって手芸」について書き留める。「これ、夏にしか着れんだろ…」と思っていたパイナップル模様の「特大ストール改めサマーポンチョ兼サマーベスト」は、パイナップルの先端5つのみを残すところまで編み進んだ。完成間近の現段階で計測したところ、長さ150cm前後、幅70cm以上と判明。その両端から外向きにパイナップル模様が並び、中央はネット編みで、頭を通す穴を模様の描くカーブに合わせて空けてある。だから、幅広状態でストールとして背中に回すのは恥ずかしい。その代わり、スポッと被ればポンチョやベストに、2つ折りで厚手のマフラーになる。そして、クシャクシャっとさせた中央を首の後ろに回し、両肩を覆うように広げながら前に垂らし、胸元か鳩尾辺りで留め合わせてから、両脇を潜るように反対側の端っこを背後の腰辺りで留め合わせると、背中が大きく開いたベスト状態になる。画像的には、「BLEACH」の夜一・砕蜂コンビの「あの」衣装みたいに生地が流れるゆったりベスト、ではあるけれど、多分、ファンに袋叩きにされるぐらい、ブカブカ。ちなみに、こういう着方は、標準的な体型の人ならば、長さ130〜140cm、幅35〜40cm程度のマフラーで可能。このサイズだと細身の人でも、前身頃は1カ所を留めるだけだから胸元やお腹は隠れないし、後ろも同様に留め具1個のところ以外は自然に生地が開いちゃうけれど、お腹や腰周りに余分な肉がついていなければ、バストは気持〜ち大きめに、ウエストはきゅっと引き締まった印象になるので、お試しあれ。更に更に付け加えると、これは冬用のマフラーよりも、夏糸で透かし模様を施した生地のほうが、くどくなくて尚佳し。ソーイング(裁縫)だと型紙を作って布を裁ったら修正が難しいけれど、ニット(棒針編み)やクロッシェ(かぎ針編み)のマフラーやストールなら基本的に真っ直ぐ編むだけの上に、やり直しや途中からの微調整も楽。夏糸のほうが、一番生地が嵩張る首周辺が軽いし暑すぎないし、ね。個人的には、腰の細いお姉さん達に、合太よりも細い糸でできた透かし模様のストールで、ピッチリ的なボディラインを強調するノースリーブの上に、ふわっとさり気なく着てるのを見せてほしいなぁ。…あ、こんなん書いたら、息子に「このおっぱい星人め!」って言えないか…(愚)。 |
| 11月18〜21日 その1:つける薬も無ければ死んだら治る保証も無い |
| 最近、息子がお菓子を食べなくなった。しかも、やたら歯を磨きたがる。で、変だと気づいて口の中を覗き込んだら、右の上の奥歯に穴が…。親子して、同じところに同じような穴を空けて、どうするんだってーの。もっとも、私のほうはとっくに神経を腐らせかけて焼いてあるから、痛みはほとんど無く、「どうせ叱られるのなら、次は歯がボロボロになってからでいいや」と、果てしなく「反面教師」状態。だが、息子はそんなわけにはいかないので、学校に行っている間に診療予約を電話でとった。更に「だが」! 「ご希望の時間帯は、もう今月中は他の方の予約でいっぱいなんです」ということで、来月しか取れなかった。まぁ、しょうがない。穴が空いてからではあっても、頑張って歯磨きしていることだけ褒めて、来月にいきなりドリルと遭遇することは内緒にしておこう。息子は既に「ドリルはいややぁ〜」とベソをかいていて、その気持ちは一応解るけれど、治療が完了した途端に毎度は磨きをサボるわフッ素塗布に行くのも嫌がるわしていたのだから、自業自得ということで、同情はできない。それに、毎年通っていれば、ドリルにも慣れるからねぇ、私みたいに。これだけでも充分私の「こんな大人にならないよーに」加減は伝わるだろうが、更に上乗せ、否、「指摘される前に自ら暴露しちまおう」てなノリで白状すれば、18日にメルマガの発行を休むと決めたのと同時に、またサイトの更新をも忘れた。今月、2回目、表向きは。日記に書いていないだけで、じつは3〜4回だったりする。それ以前に、既に20日経過しているのに、「あ、サイト更新、しなくちゃ」と思うのが3〜4回っていうのは、どうなのさ!? …てなわけで、息子の物忘れというか「喉元過ぎれば熱さ忘れる」的な思考回路は、私からの遺伝だろう。ついでに、ドリルに対する恐怖感も忘れちゃえばいいのになぁ(と、こんなことを書いている段階で、息子への歯磨き習慣の定着を期待していないことや、自分が手本になろうという意欲が無いことがバレバレやん:愚)。 |
| 11月8〜17日 その2:♪で〜んでんむ〜しむしか〜たつむり〜 |
| その1からの続きみたいなこと。悲喜こもごもというか、「喜」が無くて「恨」とか「怒」とかのほうが多いんだけど、いろいろあって、とにかく誰とも会いたくなくて、独りでいても凄く自虐的なことばかり考えて、珍しく物語を綴ろうと白リンゴを起動させても支離滅裂かつ残虐なネタばかり出てきて自己嫌悪に陥ったりしてた。独りじゃない間は無理をしてでも「普通」を装っていた分、独りの時間の半分は惰眠、もう半分は自虐ネタ妄想って感じ。まだ続いてるけど、ちょっとはマシになったと思う。だからこうして書けてるワケ。とにかくオンラインでもオフラインでも引き蘢ってた。目の前、いや、自分のテリトリーって言える部屋やサイトを振り返れば、片付けなくちゃならない物事がゴロゴロしていて、片付けたいのに片付けようとするとまた柱に頭を打ち付けて我に返るような始末で、結局なにもできなくて、更に自己嫌悪に陥る状態。好きで集めたコミックスや雑誌、タロットの山を見渡しても、「どないせぇってんだ? いっそ全部捨てたろか?」。編み物をしていても、「こんなサッサと片付かねぇことしてて、何が楽しいんや?」。鬱症状としては、全然好ましくない状態。「好きだったはずの物事に前向きになれない」のは、ほぼ間違い無く「頓服を飲んで思い切って睡眠をとったほうがいいですよ」と精神科医に言われる症状。自覚があるし、担当医が替わってからはディープな話をしていないから、適当に自分と担当医をはぐらかして済ませているけど、ね。そんなこんなで、メールのチェックすら3日置きにすればマシという始末だった。今は毎日1回はチェックできているけれど、まだ気を抜けない。大好きな紬糸で以前から編んでみたかったパイナップル模様に取り組んでいるっていうのに、「何が楽しいんや?」状態から脱していないから。それに、眠るべき時に眠れずにいるし。そんなこんなで、とりあえず、昨年買った毛糸の残り2玉でミニマフラーを編んで、気分転換を図った。「正しい鎖編み」の練習も兼ねて、「これを編めば、少なくとも毛糸2玉は片付くんだよ、この荒んだ部屋の片付けになるんだよ」と自分に言い聞かせながら。ザクザク編める糸なのに、4〜5日かかった。それでも今は、「このパイナップル(模様)を編めば、絹の紬糸が片付くはずなんだ」と繰り返し念じながら、特大ストール改めサマーポンチョ兼サマーベストを、1日7〜14段ずつ編んでいる。次に編むもの、その次に編むもの、さらに次の次の次ぐらいまで予定を立てているけれど、忘れることにした。私の手は2本しか無く、どんなに頑張っても1日で編める目の数が劇的に増加するはずがないから。その代わり、糸を買い足すのもやめている。片付けたい部屋に新たに片付けるべき物を増やすのは、明らかに、そして文字通り、自殺行為だから。引き蘢りは引き蘢りなりに、一応考えているつもり。…つもりだけ、多分。 |
| 11月8〜17日 その1:♪こぼれ落ちる砂のよ〜に誰も時止められない〜 |
| この10日間で書かずに済ませられないのは、やっぱり誕生日。一昨年ぐらいまで「生まれてくるんじゃなかった」と最も強く思う日だったけれど、昨年は何とか「ああ、誕生日だったっけなぁ」程度で済み、今年は「皆に忘れられてるのはラッキーだなぁ」(苦笑)。まぁ、年相応にフツーの反応じゃね? 朝起きて挨拶しても誰も「おめでとう」って言わなくて、「しめしめ(ニヤリ)」っていうのは。昼食時に旦那が「ママ、誕生日おめでとう」って言ったのが最初で、次がそれを聞いて「おめでとー」って言った息子。実父母は夜か翌日まで忘れてたし。おかげで、「生まれてくるんじゃなかった」的なことを考えずに済んだ気がする。日記を書いたりメルマガを発行したもののサイト更新をしなかったことで何となく察しがつくだろうけど、この10日間が平々凡々と過ぎたわけじゃなくて、たまたま誕生日は平常通りに過ぎただけで、その前後にはまた柱に頭を打ち付けずにはいられなかった出来事があった。具体的に書くとまた悪化するから書けないけど、少なくとも私は三十路を卒業しても「而立」も「不惑」も主張できないことは確か。唯一自分で自分を褒めることができそうなのは、一度始めたことを安易に投げ捨てずに三十路を終えたって点ぐらいか。忘れたくても忘れられない出来事は、その数万倍ぐらいある。それでも、「息子を殺さずに過ごせた」とか「旦那と離婚せずに過ごせた」とか「実家に放火せずに過ごせた」とか「実弟宅に殴り込みに行かずに過ごせた」とか、物騒な一面を露見させなかったことは、他人に褒めてもらえない分、自分で褒めたい。もっとも、この時点で既に「ロクな大人じゃねぇよなぁ」って、苦虫を噛み潰さずにはいられない。それでもいいや、とりあえず。 |
| 11月2〜7日 その3:覆水が盆に返らないのは他人の記憶という「地」に染み込むせい |
| この期間に、旦那が誕生日を迎えた。朝一番に「おめでとう」を言おうと思っていたのに、旦那の出勤前に起きられなかった。昼休みに読めるタイミングでグリーティングメールを送信しようと考えたのに、窓機を起ち上げた途端に忘れた。玄関で帰宅を待ち構えて言おうと企んだけれど、起きていられなかった。結果、旦那が風呂に入る直前の23時頃、寝起き顔で「おかえり〜&誕生日おめでと〜♪」と言ったら、吹き出して笑われた。まぁ、当然だわな。よりによって一番近くにいるはずの配偶者が、一日で一番遅いタイミングで「おめでとう」なんだから。これだけでも充分笑い話だが、じつは「笑われた台詞」は他にもある。旦那の誕生日とは関係ないし、確か先月下旬のやはり夜更けの会話の一部だったと思う。何か言われて反論しようと吐いた私の台詞が、「どーしてっ? こんなに慎ましやかになったっていうのにぃっ!」で、旦那が大笑いしながら「昔は慎ましやかじゃなかったって自分で認めたかっ!」と言ったのに対しても、即「うんっ!!」と…。「どこがどう慎ましやかなヤツの台詞だよ」と旦那が抉ってこなかったのは、即答の直後、間髪入れずに私が「しまった…」っていう顔をしたからであり、代わりに「♪ま〜た墓穴掘り〜」と歌われた…。自覚は薄いが、旦那に言わせると、私は1日に1度はこういう墓穴掘り台詞を吐露しているらしい。「それにしては反応が薄いじゃん、本当は言ってないんじゃねぇ?」と言い返してみたことがあるのだが、「日常茶飯事だから(笑いの)ハードルが上がっただけ」と追撃を食らった覚えがある。更には、こういう私の会話中の台詞を聞き覚えている影響で、息子も結構笑える台詞を自分で理解していないくせに言うようになった。それを私がツッコむと、旦那と息子がほぼ同時に「アンタの口真似や!」的なツッコみ返しを食らうことになる、てな感じの一連のパターンに、最近ようやく気づいて防御策を練る必要性を痛感している。…っていうか、今コレを書いているって段階で、「遅いっ、遅すぎるっ!」って言われそうな気が(自滅)。どうして私の記憶だけ「地」じゃなくて「コンクリ」や「アスファルト」なんだろうなぁ(マジで悩ましい)。 |
| 11月2〜7日 その2:塵も積もれば山になるからとにかく始めなくちゃ話にならない |
| こっちは「なんちゃって手芸」の話。実母の店でお客がミサンガを見ると、「よぉやりゃあすねぇ(よく作るねぇ)」と言う。近所の人達には、自作の服を着ていると「よぉ編みゃあすねぇ」と直接言われる。が、誰よりも私自身が「頑張ったねぇ」と自分に言いたい。これ、本音。例えば、7色の刺繍糸を斜め巻き結びで縞模様にするだけのシンプルなミサンガの場合、1列に6つの結び目を作る(見せたい色で他の色の糸を結んで包むから)。7色分だから、7列作ると1模様(6つの結び目×7列=42の結び目)。刺繍糸を割らずに6本取りを1本扱いで作る場合、7列1模様が1cm前後になるので、12〜14模様を作ると見栄えのいい長さになる。仮に12模様とすると、1模様が42の結び目でできているから、42×12=504ということで、504の結び目を作ることになる。で、両端を纏めて結んだり2〜3本ずつに分けたりしてから三つ編みを6〜7cm編んで、端っこをくるんと縛って切り揃えたら完成。数字だけ見ると、ホント、「よっぽど暇で何も考えてねぇだろ、自分!?」と思う。まぁ、実際にはいろいろ考えてるというか、悩んでいるというか、余計なことを考えすぎてるんだけど。これが、ベストやポンチョとなったら、そりゃもう大変でしょ、目数的には。糸が細くなればなるほど、編み目は自乗的に増えるし。何を作っても、「おいおい、こんなに暇やったんか…」って、まず思う。近所のオバハン達に「器用やねぇ」って誤解されてるが、ホントーに誤解だってば! 器用だったら、息子のお弁当ぐらい手料理を作るでしょ、フツー。作れねーよ、タコさんウィンナーぐらいしかっ。昨年、幼児園に持っていく雑巾をと手縫いに挑戦したら、自分の指の皮に3針ぐらい糸を通してたってばっ。編み物だって、かぎ針編みしかできねぇよっ。棒針なんて、買ったけど、使い道に困ってるんだってばっ。そもそも、かぎ針だって、レース編み針0号(太さ1.75mm)未満の針と糸は使えないし、8mmサイズのジャンボ針までは買い揃えたけれど、「10mm以上なら自分の指で充分やん…(現実には12〜15mm)」って哀しい諦め方をしたぐらい、指が太くて動きが鈍いのっ。…あ、そっか、指が太くて、歩くだけでものたのたしてるから、「よぉやりゃあすねぇ」なのか…。…って、ああああああ、また恥ずかしくて哀しい理解の仕方をぉぉぉぉぉっ! …まぁ、いいや。ともかく、この1週間のうちに、先月下旬から編み始めた「ポンチョっぽいベストっていうか、お腹が冷えないポンチョ?」を仕上げ、「縦に半分に折ればマフラーになる、四角っぽいポンチョっていうか、脇を綴じるのが面倒な失敗ベスト?」を編み始めた。多分、名称だけ書いても「どんなやねん!?」って激しいツッコミが入るはず。「ポンチョっぽいベストっていうか…」を編みかけの段階で見た実父母ですら、「…それ、最後にはどういうふうになるんや?」って言ったから。具体的に説明すると、ゴム編みに見える模様編みで襟と裾をつけた、ヨーク(襟から肩先までの身頃)を40cm弱まで広げてポンチョっぽく見せるベスト、って、やっぱり解らんなぁ。そういうデザインのベストの編み図があって、サンプルを着ているお姉さんがすっごく細くて可愛くて似合ってて、「変わった感じだから、リサイズして作ってみよっかなぁ」って思って、「どうせならポンチョかベストか判らない感じにしよう」とか考えて、襟と裾をヨークとは違う色にしたり、円柱に等しい体格を活かして(涙)本当にポンチョに裾をつけただけになっちゃったから「こういうポンチョだってば」と言い張ることにしたりと、誰に対して悪戯心を働かせたのか判らない逸品(誤字ではない)になっただけなんだけど…。あー、いつか本当に、「こんなの編んだよ」ページが必要になるかもなぁ。自作のデータの引っ越しも終わっていないし、手持ちのタロットの開封もまだなのにまた買い集めちゃったし、あれこれ山積みで身動き取れねぇってぇのに、なぁ。「頑張れる時に始めよう」リストを作ったら、20近くまで列挙して落胆したばかりなのに…(愚か過ぎ)。…しょうがないから、今やってることだけ頑張ろっと。この「今やってること」が、「縦に半分に折れば…」の編み編み。デザイン集に載っているパイナップル模様を活かした縁編み無しのストールを見てたら、「これ、2つを並べて繋いで、真ん中の曲線部分だけ綴じずに襟ぐりにしたら、ベストやポンチョになるんじゃねぇ?」って思いついたんだよねぇ。で、やっぱり悪戯心が働いて、「松編みがネットみたいになるし、パイナップル模様も編み目が多いから、春夏用ポンチョにできるなぁ。でも、元々は秋冬用のストールなんだから、細めの絹糸で編んで2つに折って、春まではマフラーにしちまえ♪」ってことになって…。…あああああ、やっぱりもう言葉で説明するの、やめたっ、面倒だからっ。とにかく、「傍目には面倒で厄介なことだろうと、内側に何かがあればそれなりに頑張れるし、ちょびっとずつでも続けていけばいずれ完成する」ってこと。それだけ、って締め括りたかったんだけど、「とにかく始めたけれど結局話にもすることができないこともある」って実感しちゃったよ。もう筆を置いちゃおうかな…(涙)。 |
| 11月2〜7日 その1:二度ある事は三度あっていい事といけない事がある |
| この1週間ではなく、正確には1ヶ月間の出来事なのだが、週末、それも金曜の夜や土曜の朝になると息子が39℃以上の発熱でダウンする。平熱は私よりも少し低いぐらいだし、他の症状がほとんど無いため、ずーっと怖くて心配で、木曜が終わると私まで血圧や脈拍が不安定になるという状況が続いていた。こういう原因が見えない発熱の時は、我が家は基本的に市内の総合病院へ駆け込むことにしている。妊娠中からお世話になっている病院で、息子の過去の病歴と治癒過程の記録が最も分厚いから。だが、先月の「最初の発熱」が土曜日だったことと、宿直担当医が「小児内科に関して責任を負いきれないので近隣の個人経営の小児科へ」と言ったことで、別の小児科にかかった。そこは、数年前に一度お世話になったものの、「あんまり頼りにできねぇなぁ」という印象を抱いた、小児専門の個人病院。頼れないと感じた理由は、1歳半か2歳くらいの頃の息子の汗疹に対して、原因菌を叩く成分の入った強めの塗り薬を処方してくれたから。結果的に、薬に負けた皮膚に本当に原因菌がくっつき、汗疹だったところが化膿してしまい、かかりつけの小児科で「何でも薬を塗ればいいわけじゃないからね」と注意されて、2種類の塗り薬を2週間近く塗布することになったという次第。それを思い出すので、土曜日の午前中であってもかかりつけの病院の救急外来に電話するようになったわけだが、まぁ、季節の変わり目で患者が多かったのだろうし、病院に関するトラブルが報道され続けていたし、宿直担当医の判断は正しいと言えるし、息子も少なからず丈夫になったから薬が合わないという事態にもなりにくいだろうし、ということで、促されるまま転院してみた。ところが、風邪薬を処方してもらい、服用すると1日でケロッと回復するのに、まったく汗をかかないし、週末になるとまた発熱するし、内心、薄気味悪くて仕方が無かった。しかも、1週間経つごとに、発熱だけだったのが鼻水も、鼻水も増えた上に偏頭痛も、と悪化していく。そして、今週、遂に顔色が青くなり、10分ちょっとで37℃から40℃近くまで急変するという状態に。時間外ではあったのだが、かかりつけの小児科に電話し、駆け込んだ。診察を受け付けてもらえたのは、2週間前の記録を医師が確認して「同じ症状が出るのは変だ」と判断してくれたからだと思う。1週間置きに個人医とかかりつけの病院を交互に通っていたことも話したら、発熱と解熱のサイクルを入念に確認され、「溶連菌の検査しましょう」と(溶連菌:「溶血性連鎖球菌」の略。体力が衰えている人の喉について炎症を起こす。症状は発熱、咳から始まるし、喉の炎症を抑える薬で症状が緩和されるため、風邪と誤診されやすいが、菌を全滅させないと再発を繰り返し、処置が遅れると腎炎など腎臓に合併症が現れる。法定伝染病の1つ)。検査結果は、陽性。保育園の年中の時以来の感染。だから、2年か3年ぶり。「以前、やりましたよね?」と尋ねられたので「はい、2〜3年前に」と答えたら、「じゃあ、久し振りだね、説明を聞いていってください」と言われた。しかも、「お母さんだけ診察室に入って」と指示されてから。どういうことかというと、「感染力が強いから、他の患者への転移を避けるために感染者は診察室に入れない」上に、「この2〜3年間で、より危険性が高いことが確認されたし、感染してから1ヶ月経過している可能性も否めないから、『以前もすぐに治ったから平気、平気』なんて思うな」的なわけだ。無論、しっかり注意事項を聞いて帰宅したとも。で、「専門医であっても、やっぱりかかりつけでないと、子供の病気は怖い」と痛感した。何故なら、「最初の発熱」と「3回目の発熱」でお世話になった個人医では、一通りの診察をしてはくれたけれど、「1ヶ月も経過していないのに症状がぶり返すのは変だ」と考えてくれなかったから。「子供は体力が大人よりも弱いからぶり返すことも多い」とか「学校とかで他の子供から別の風邪を貰った可能性が高い」という判断だったかもしれないし、小児科医にはそういう認識があっても仕方が無いかもしれない。けれど、「俺が(私が)診察して薬も最適なものを選んだのに再発するとはどういうことだ!?」ぐらいの「医師としての自尊心」を、もっと持っていてほしい。少なくともかかりつけの医師には、それがあると感じる。疲労からの発熱程度で受診して「困った患者だなぁ」と苦笑いされることのほうが多くて恥ずかしいけれど、息子も処置室に行くのは嫌がるくせに「いつものセンセーになおしてもらう」と言ってすぐに病院に行きたがるぐらい、キッチリと目と耳と聴診器で診察してくれる。薬の追加だけ頼むと「症状の変わり具合を確認(診察)してからでないとダメです」と断られる。医療的には「当たり前」の処置だけれど、「妥協しない」ところが凄いと感じ入るのだ。個人医の診察や診断が「悪い」と言いたいのではなく、「甘い」と感じる点があるというだけ。あるいは、「過去の病歴と治療の記録の有無」の差、か。どちらであれ、「週末になると発熱するのは何故だ?」という疑問を軽視するか徹底的に調べるか、その分かれ目に「医師としての自尊心」が働きかける割合は少なくないはず。まぁ、グダグダ言っても済んだことだから、仕方がない。ともかく、「4回目の発熱」と喉を綿棒でぐりぐりされたこととで気持ち悪くなった息子は、帰宅直後に嘔吐したものの、薬を吐き戻すことなく、解熱剤を注入するのを嫌がりもせず、すぐに寝入り、今度は汗を流しまくった。一安心。その途端、私も「平常」の体調に戻ったらしく、眠れなくなった。グダグダついでに詳細を述べる。蛇足ってヤツ。蛇足1:私は、夜間は安定剤を服用しないと眠れず、昼間は眠ってはいけない時ほど眠くなる状態が「平常」であり、何も服用していないのに夜間グッスリ眠れる状態が続くと、反動でキレたり自傷行為に走ったりしやすい危険な状態に陥る。蛇足2:溶連菌感染症は、抗生物質を服用し始めると急速に症状が軽くなり、1〜2日で解熱、2〜3日で喉の炎症もひくが、治ったからではなく潜伏するだけなので、数日で再発する。息子の場合、通学疲れで体力が落ちる金曜の夕方から土曜日の午前中に発症し、風邪薬に含まれる抗生物質によって月曜日の朝までに症状が軽減され、処方薬が無くなる火曜や水曜から再発が始まり、体力が落ちるに従って症状が露になった可能性がある。4回目の発熱である今回、かかりつけの小児科医は「先週までの3回の発熱の原因が同じとは断言できませんが、今回の発熱は溶連菌によるものです。これは腎臓に合併症を起こすので、念のために抗生物質の服用が終了してから尿検査をしましょう」と説明してくれた。それを話したところ、実父母から「先週、『おしっこが赤い』って言っとったが、もしかして…」と聞いた。故に、こうもグダグダ書いてしまったとも言える(スンマセン…)。 |
| 11月1日 時間は矢どころか光よりも速く過ぎている気がする |
| 「まだ来月のことだし〜」と思っていたが、じつは今月のことだった。何がといえば、誕生日が来ること。あと数日で、40歳だよ、40歳。肩の調子だけなら、とっくに50歳を越えてるけど、ね。道理で、ねぇ。体重を落としても皮膚の面積が減るペースが遅くなったり、漬け物の類いが妙に美味しく思える日が増えたりと、微妙に(?)変化しているわけだわ。あー、「23歳でなければ33歳で自分は死ぬんだ」と思っていた10代が、急速に遠く感じられるようになっちゃったわぁ…。43歳では死ぬ気がしないっつーか、「あ、まだ生きてたの?」みたいな気分だもんなぁ、既に。実父母の姿を見て、「30年後は自分もこうなるのか」って実感したりして、我に返って「30年がこれまでの人生よりも短いのかよ、10年もっ!!」って怖くなっちゃったもんなぁ。あー、三十路が終わるなんて、思い出したくなかったなぁ…。…(しばし呆け)…。…あ、でも、歳を取るのも悪くないかも。声優諸氏には、70代や80代で青年役をこなす人も少なくないし。免許証の更新がまた2回巡ってきたら50歳になるわけだし、そこまで生きれば10代の時に諦めていた人生の2倍を過ごすことになるし、これまでだって悪い事ばかりじゃなくて、嬉しい事とか楽しい事とかあったわけだから、具体的には思い出せなくても、まぁ、長生きも構わないかもしれない、って気がする。どんどん弱気になるけど、多分、こんな感じで生きていけばいいんじゃねぇ? ともかく、「光陰矢の如し」は現代では物足りないのは確か、だな。矢どころか音や光よりも速い気がするもん。でも、「十年一昔」ではあるんだよな、記憶を辿る時とか思い出せないもん。…私って、10年単位ぐらいでワープか冬眠とかしてるわけじゃないよな…(自信無い)。 |