ヘタの横笛
早いものでオカリナの練習を始めてから1年になりました
上達したかと尋ねられると辛いところですが
私なりのペースで童謡などを練習し続けていきたいと思っています
| 7月31日 あと2日 |
| オカリナの練習は、どうやら月曜日の通院時以外、できそうにない。だから、あと2日。今日はほぼ終わりかけているし、あと1日。それだけ辛抱すれば、あの音色に辿り着ける。以前なら、こんなふうに辛抱できなかった。24時間が永遠の時間に感じられて、苦しいだけだった。それを、期限を区切っているとは言っても、我慢できるようになっただけ、ちょっと進歩したというか、好きなことから良い影響を貰っている気がする。とにかく、あと2日だ。 |
| 7月30日 「乱〜Run〜」 |
| タイトルは、「ZAN」のインディーズ時代のアルバムの名前。ごく普通のポップスを、和楽器を使って演奏している感じだった。メジャーデビュー曲「風籟」に至るまでの1年で、彼らはどれだけ努力して、和楽器というテイストを活かせるように曲調を変えていったことだろう。同じように、宗次郎氏も、デビューしたての頃はオカリナの音色を活かすために苦心されたのだろうか。そうした苦労と比べると、私の現在の課題なんてちっぽけなものに思えてしまう。運指とか本体の支え方とか、ごく基礎的なことなんだもんなぁ。でも、大事なことだと思うから、しっかり練習せねば。 |
| 7月29日 考えてみれば似てるよなぁ |
| オカリナと和楽器の笛は、よく考えると似ている。土を水で捏ねて形作り、火で焼いて固め、息吹を吹き込んで鳴らすオカリナ。土と水から栄養を貰った竹を切り出し、火で炙ったりしながら引き締め、やはり息吹を吹き込んで鳴らす篠笛や尺八。どちらも、全然違う文化から生まれた笛なのに、人に優しい音色を奏でることも、よく似ている。私がオカリナだけでなく、龍笛や篳篥にも興味を持つのも、当たり前なのかもしれない。洋の東西を問わずに文化を取り入れ、自分のものにしてしまう日本という国に生まれて、本当に良かった。ささやかだけど、そう思う。 |
| 7月28日 左手の親指と薬指と右手の薬指と小指 |
| 素焼きちゃんで「森へ行きましょう」を練習。今日の課題は、前回から引き続いての「高音域での右手によるオカリナの尻尾持ち」に加え、「高音のレで安易に左手の親指を離さないこと」と、「高音の♭ミの運指を正確に」。これがまぁ、難しいの何のって。今までさんざん安易に左手を扱ってきたから、親指がスムーズにスライドしてくれないし、「♭といったら右手の仕事でしょ」って感じで左手の薬指が動かないし。それらに気を取られていると、右手による尻尾持ちが忘れられちゃって、左手の小指がずれる、ずれる。ただでもゆったりとした曲なのに、さらにゆっくりと、しかもしょっちゅう違う音が混ざって、どういう曲だか分からないほどになった。まぁ、犬に吠えられなかっただけ、まだマシかもしれないけど(苦笑)。 |
| 7月27日 そのうち同盟作るぞ! |
| 今日は息子が午前中のみの保育だったので、オカリナの練習はお休み。代わりに、車中で「ZAN」を聴きまくった。やはり、好い。日本の伝統的な音楽と言葉が、新しい音楽と言葉と交わるだけで、どうしてこんなに気持ち良く幻想的になるのだろう? あまりの心地よさに、インディース時代のアルバム「乱」も購入することにした。それぐらい好いんだよ、「風籟」が。特に、「まほろば」。現代の子供達へのメッセージを兼ねた歌詞は、涙が出そうになった。「ZAN」の曲には篠笛(龍笛とは少し違うらしい)も用いられているらしいから、できれば練習してCDと合奏したいぐらいだ。ああ、でも、オカリナの音色も合いそうだ。楽譜、無いかなぁ。いや、その前に(ここでタイトルどんっ!)。 |
| 7月26日 その2:結構できたぞ! |
| オカリナを持って病院へ向かったものの、楽譜を忘れた。……バカ。だが、折角持ってきたのに、何も吹かないで帰るのは、もっとバカ。そう思って、何となく思い出した「大きな古時計」を吹いてみた。楽譜無しで吹くのは、初めて。当然、間違える。それも、いつもならつっかえないところで。それは口惜しいのだけれど、でも、ちゃんと最後まで吹けた! 暗譜とまではいかないけれど、時々でも練習している成果だ! 何か、自分のやっていることが無駄ではないのだという証拠を貰ったみたいで、嬉しい。この調子で、少しずつ上達していけたら幸せだろうなぁ…。 |
| 7月26日 その1:結構好いぞ! |
| 和楽器のアンサンブルバンド「ZAN」の「風籟」というCDを聴いた。想像以上に、好い。和楽器でポップな曲を演奏するだけでなく、その音色の神秘的な響きに合わせた歌詞も好い。日常的な言葉が並んでいるのに、どこか幻想的な空間に迷い込んだような印象だ。和楽器の音色の微妙な揺らぎと、人の心の揺らぎが似ているからこそ、ポップなのに幻想的な癒しの曲になるのだろうと思う。それと、「はじめての雅楽」という書籍についてきたCDも聴いた。ウチは近所に大きな天理教の教会があるから、祭日に奉納曲が聞こえてくる。だから慣れていることもあったのだろうけど、こちらもなかなか好い。譜読みにあたる謡いも入っているのだが、それらを聴いた後に合奏を聴くと、日頃「雅楽ってどれも同じに聞こえる」と思っていた自分が恥ずかしくなるぐらい、曲の雰囲気がよく分かる。せっかく日本に生まれたのだから、一度はちゃんと正面から雅楽を聞こう。そして、できることなら、自分でも挑戦してみよう。そう思えた。 |
| 7月25日 待ち焦がれた物が届いた |
| 雅楽の本と、和楽器のアンサンブルバンドのCDが届いた。どちらもCDに楽器の音色が入っているらしい。聴こうと思ったのだが、こういう日に限って、息子は昼寝しないし、夜遅くまでグザるしで、聴くのは明日の通院の合間になりそうだ。かなり楽しみ。 |
| 7月24日 じつは心待ちにしている |
| 先日注文した「はじめての雅楽」という書籍を、じつは心待ちにしていることに気づいた。思い起こせば中学の修学旅行の時、自分のための土産に横笛を買った。あれは厳密には龍笛ではなかったろうが、見た目はちゃんと龍笛らしく7穴の横笛だった。運指表などついてなくて、リコーダー感覚で吹くこともできず、すぐに飽きてしまったけれど、勿体無いことをしたと今更ながら思う。今度は土産物売り場で横笛を見つけたら、絶対に買って大切にしよう。入門書籍を読みながらちょっとは練習したり、本物の演奏家の曲に聞き入ったりしよう。そう思っている。 |
| 7月23日 左手の親指もミソ |
| 「森へ行きましょう」と「茶色の小瓶」を練習。♭シと♭ミで、使う右手の指が違うことに戸惑う。でも、それ以上に感じたのは、高音のレから高音の♭ミへ移動する時の運指。尻尾を右手の薬指と小指で挟むのもそうだけど、左手の親指を横に滑らせるのがとにかく下手。今まで、普通に離していただけだったから、なかなか難しい。それに気を取られ過ぎると、高音のミを♭にするのを忘れてしまうし。まだまだ課題はたくさん残っているけど、楽しい。やっぱり、音楽は聴くだけじゃ物足りない。自分でもやってみないと。そう実感した。 |
| 7月22日 その2:じつは働き者だったらしい |
| 「森へ行きましょう」と「大きな古時計」を練習。相変わらずつっかえながらも、今日は犬に吠えられずに済んだ。で、思った。今まで右手の薬指や小指は楽をしていると思っていたけど、じつはオカリナを支える大黒柱だったり、変調の時には忙しく上下する働き者だったのだな、と。未だ高音のミの時にオカリナの尻尾を上手に挟めないし、♭や♯が出てくると慌ててしまうけど、曲の雰囲気を少しずつ理解できてきている気がする。いや、気がするだけで、実際にはまだまだ未熟すぎるんだけど。でも、楽しい。やっぱり、楽しい。 |
| 7月22日 その1:性懲りもなく |
| 龍笛についていろいろ調べていくうちに、「はじめての雅楽」なる書籍があることを知り、Amazonにて購入することにした。その際、和楽器のアンサンブルバンド「ZAN」の「風籟」というCDもついでに注文した。我ながら、染まりやすい性質だと思う。でもね、好いと思うのよ、和楽器の音色も。マジで。 |
| 7月21日 「森へ行きましょう」 |
| 久し振りに練習。で、いきなり苦手な高音域+♭運指の練習。運指って、穴を塞ぐだけじゃなく、オカリナを支えることも含めるんだと、痛感。もちろん、つっかえながら下手っぴぃな演奏をした。どのぐらい下手かって、近所の犬に吠えられるぐらい(笑)。でも、苦手だと思って避けていた音域にも挑戦する意欲が湧いただけ、今日は収穫があったと思う。明日も今日ぐらい元気があったら、また犬に吠えられようと思う。 |
| 7月20日 半日って短い… |
| 羽を伸ばしすぎ、漫画に没入していたら、半日なんてあっと言う間に終わっていた。とりあえず、今日買ってきた漫画の一つ、「カルラ舞う!」の作者・永久保氏は、かつて龍笛を用いたオカルト作品も描いていた。それを思い出し、「いいなぁ、私も龍笛、吹いてみたいなぁ…」と煩悩を増殖させていた。 |
| 7月19日 もう何も考える余裕が無い |
| 正直なところ、かなり気持ちが張り詰めていて、張り詰めすぎて何もできない、考えられない状態に陥っている。こういう時こそ、オカリナの音色で癒されたいと思うのだけれど、相変わらずそれができない。仕方がないので、空想だけで済ませようと思うのだけれど、想像すらできないから困る。とにかく、眠ろう。それしか、ない。 |
| 7月18日 今日は日曜日なんだな |
| 旦那が家にいることで、曜日を確認した私。いつもなら、服用する薬が少なくなって、「ああ、明日は病院だから、存分に吹けるなぁ」とワクワクするのだが、明日は祭日で診察は1週休み。薬袋は相変わらずぷくぷく膨らんでいるままだ。しかも、息子も家にずっといるものだから、完全に曜日感覚が麻痺しつつある。ああ、早くオカリナを吹けるようになってほしい…! どこでオカリナを吹いたかでだけでも、曜日感覚が戻ってくるだろうから。 |
| 7月17日 ついに夢にまで登場したよ |
| 目の前に、篳篥と龍笛が並べられた。どちらも合成樹脂製でなく、ちゃんと竹製。まずは篳篥を手に取り、舌(リード)を差し込み、くわえて吹く。ビィィィンと低く重く、満足感を与えてくれる音色が出る。次に、龍笛を手にして、フルートを吹いていた頃を思い出しながらキツめに吹く。ピィーッと鋭い音色を聞いてから、息を和らげ、擦れた低音も確かめる。「あ〜、どっちも欲しいけど、やっぱり片方となったら、龍笛かなぁ」と私が言うと、それらを持ってきたらしい人はにこにこ笑って茶色い年季入りの横笛を私にくれ…そうになったところで目が覚めた。めっちゃくちゃ口惜しかったよぉっ! でも、夢でも吹けたから満足。夢の中の笛を買ったつもりで、ちょっと高級なオカリナを買おうかしら、旦那の冬のボーナスで(夏のボーナスは自動車の修理で消えた)。 |
| 7月16日 好きなんだよ、基本的に |
| 吹きたい時に吹けないストレスを、いろんな笛の販売サイトを見ることで晴らしている。オカリナはもちろん、龍笛、篳篥、フルート、ピッコロなど、節操なく見て回っている。で、思った。「オカリナ以外の横笛は、小さいものほど値が高い!」と。和楽器はもちろん、フルートとピッコロの関係も、そう。多分、細工部分もサイズを小さくしなくちゃならなくて、より手間やら調整やらが面倒だから、ということもあるんだろうな。そう考えると、オカリナはじつに庶民的で、扱いも楽な楽器だと思う。やっぱり、オカリナが一番私に合うんだろう、きっと。 |
| 7月15日 夏の風物詩 |
| 風鈴の音色が好きだ。風というのは、自然の息吹だと思う。そう思うと、風鈴というのは、自然が奏でる楽器だとならないだろうか。私はそう考えてしまい、オカリナと通じるものを感じてしまう。オカリナも、プラスチック製品が出回るぐらいだ。風鈴だってガラスに限らず、さまざまな素材で作られている。それぞれの音色に、独特な涼しさを感じるのは、私だけではないと思う。風鈴を聞きながらオカリナの練習…してみたいなぁ…。 |
| 7月14日 欲求不満の解消に |
| 息子に邪魔されながらも、以前から興味のあった篳篥や龍笛について調べてみる。そして、篳篥にはリードがあり、それを開くためにお茶に浸しておくこととか、龍笛のほうが擦れたような音色がするけれど音域が広いこととか、さまざまなことを知った。が、何より驚いたのは、その価格。合成樹脂で作った練習用の楽器ですら、3〜5万円! はっきり言って、それでも安いというから、これが吃驚でなくて何だという! オカリナとは桁違いの世界を垣間見て、暑い最中に冷汗をかいた。いやはや、何万も出して樹脂の練習楽器を入手した上で、ちゃんとした師匠を見つけないと上達できないとは、とんでもない世界だわ…。吃驚の反動で、1本1万円のオカリナを買ってしまいそう…。 |
| 7月13日 息子の蟄居謹慎2日目 |
| 汗疹か三日麻疹か判らないまま、息子に外出禁止令が医師より下されて、2日。早くも実父のヒステリーの気配が。私としても、独りになれる時間が無くて、辛い。こういう時こそ、オカリナを吹いて自ら癒されたいものだが、そうもいかない。息子がずっと家にいるということは、即ち、実父母に私が監視されているのと同じだから。ちょっとでも私が趣味に走ろうものなら、「いい気なものだ」と嫌みを言われる。サイトの更新すら、陰でこそこそ隠れてやっている状態なのだ。音は隣家が密接する我が家から、容易に漏れる。だから、吹けない。吹かないよりも、吹けないほうが、断然辛い。辛いが、我慢、我慢。いびられるのは、私だけではなくなるから。息子を守る必要があるんだから。 |
| 7月12日 心につける薬はあるか? |
| 息子が三日麻疹かもしれないというのに、私は自分の心の患いのほうを心配している。こんなんで本当に「母親」なんだろうかと、自己嫌悪するほどに。しかし、はたして、三日麻疹につける薬はあっても、心の病につける薬はあるのか、とも思う。私にとっては、オカリナがその一つだが、今吹けば「息子の心配もしないで何をしてる!」と、嫁いびりならぬ娘いびりを受けるだろう。だから、我慢、我慢。自ら心の傷口を広げることは、したくないから。 |
| 7月11日 選挙の投票日 |
| 今日の投票へ行かねばならないのだが、投票したい党が無い。だって、私がこうあってほしいと思う世の中は、世界中が武力を放棄して平和になるのは当然のこと、老人や乳幼児だけでなく心身を患っている人々にとっても住み心地の良い環境を築いていこうとする、というものだから。それでもって、安心して伸びやかにオカリナを楽しめれば、さらに言うこと無しなのよ。どんなに下手くそな演奏でも、「けっ」とか言われない世の中にしてほしい。そのためにも、「どこそこの党はダメなんです!」といった貶し合いの選挙演説や、「ウチならこんなに進歩させられたんです!」といった自慢合戦だけの講演会なんて、してほしくない。きっと彼らに私のオカリナを聴いてもらったら、やっぱり「けっ」って言いそうだなと思うもの。人々の代表者になろうとする者らしく、他人に優しく接したり、穏やかな気持ちにさせてくれることをしてほしい。理想だけでは政治はできないだろうけどさ。 |
| 7月10日 あああ勿体無い… |
| 強烈な気圧の谷が通過中で、心身はだるいのだが、凄まじい雨音に吹きたい気持ちが昂揚している。ああ、どうして平日にこれぐらい降ってくれないのかしら…。そうしたら、息子の昼寝とかに気遣ったり、旦那の存在を疎ましく思ったりすることなく、存分に練習できるのに。ああ、本当に勿体無い。でも、ここ数日間日照り続きだったし、恵みの雨だと考えて、イメージトレーニングに没入しようっと。 |
| 7月9日 ちょっとは浮上したけれど |
| 正直なところ、浮上しかけていると言っても、まだまだ「元気!」というには及ばなくて、今練習しても、一昨日のようにへろへろの音しか出せないだろう。そう思い、ネットで「新世界」が誰の作曲によるものなのか調べたり、初心者向けの楽譜を眺めて「吹けたら楽しいだろうなぁ…」と空想して過ごす。この空想ということも、なかなかいいもので、実際に吹く時に「久し振りだなぁ」というギャップを無くしてくれるからありがたい。それでも、下手は下手。自分で自分の下手さ加減につい笑ってしまえるようになれれば、「元気!」なのだろう。 |
| 7月8日 吹けない… |
| 今現在、生きるべきか死ぬべきかで悩んでいて、体が重くて何もできない。キーボードを叩くのが、やっとだったりする。この状態でオカリナに触ったら、落として割ってしまいそうなので、今日は練習を休むことにする。 |
| 7月7日 昨日よりはマシ |
| 素焼きちゃんで「翼をください」を練習。今の心境に一番近い曲を選んだつもりだったが、心身の具合がよろしくないことも手伝って、音はへろへろ、運指は間違えるしで、せっかく翼をもらっても1メートルも翔べずに墜落しそうな「翼をください」になった。う〜ん、ここまでへろへろになるのなら、哀愁漂う「遠くへ行きたい」のほうが感情移入できたかもしれない。どちらにしても、へろへろで聞けたものではなかっただろうけど。 |
| 7月6日 息苦しさ |
| 朝から実父のヒステリーに巻き込まれ、食事もろくに摂れず、呼吸をするのも辛い。漠然とした「殺される」という思いの中では、オカリナを吹いていられない。吹けば、「また遊んでやがる」と嫌みを言われる。私は言葉で殺される。恐怖に満ちた音色を聞きたくない。なので、今日は練習を休むことにする。 |
| 7月5日 ショパンを聴く |
| 「ものぐさ日記」にあるように無気力状態だったので、オカリナを撫で回しながらショパンを聴くことにした。もちろん、車中で。丸いフォルムを楽しみながら聴くショパンのピアノ曲は、なかなかだった。お気に入りは「幻想即興曲」。あんな早い曲を、どんな手が演奏しているのかと、つい想像してしまう。ショパンに慣れたら、今度はベートーベンかシューベルトを聴いてみよう。名前しか知らない作曲家も、かつて実在した生身の人間だと思えば、曲を聴くのが楽しくなるとせっかく知ったのだから。 |
| 7月4日 愚痴を書く |
| 以前、私が席を外した食卓で、実父が私には聞こえないと思って本音を吐いた。「あいつは母親としても主婦としても、ダメすぎる。家事なんか一切やらないじゃないか! パソコンだけやってれば良いってもんじゃないんだぞ!」と。全部聞こえていたのに。それを聞いた瞬間から、パソコン(ネット徘徊)もオカリナも、私にとっては罪悪感を伴う趣味になり、心底楽しめることではなくなった。実母に昨日、「寝ている間に見ている夢のほうが楽しい暮らしをしていて、目が覚めるとすごく嫌な気分になる」と打ち明けたら、「それなら、楽しめることを作ればいいのに」と簡単に言われた。「そう考えて始めた趣味は、ことごとくあの野郎(実父)に否定されるんじゃない!」と言ったら、「つまりは私らが悪いわけか」と、今度は被害者面をされた。とことん不愉快だった。やはり、私はオカリナをひっそりと孤独に楽しむべきであり、どんなに上達したと思っても、他人の前で披露するなんてもっての外なのだと感じた。ネット上で発表したり、アンサンブルを楽しんだりできる人達が、かなり羨ましい。もっとも、私にはそれ以前に音楽センスが無いという致命的な欠陥があるのだけれど…。 |
| 7月3日 心境的には秋の曲 |
| 精神的にちょっとまいっているし、週末なので、練習はなし。でも、今の心境的には、練習するなら秋の曲が吹きたい。しんみりと叙情的に、孤独で寂しい、それでいてノスタルジックな曲を吹きたい。流行歌などは吹けないから、童謡や唱歌になっちゃうけど、そうした曲のほうがしんみりしていていい感じかもしれない。ちなみに、私にとって演歌は冬の曲という印象があったりする。好きな曲が「津軽海峡冬景色」だからなのかもしれない。 |
| 7月2日 100の質問に答えてみた |
| サイト「カゼノトオリミチ」さんにて配付されている「オカリナ吹きに100の質問」に、私なりに答えてみた。いやはや、恥ずかしい限りの回答が並び、「答えました」と言うのがおこがましく思えて仕方がない。それだけ私が未熟で、努力不足であるということなのだろうけれど。それでも、私はきっと永遠にこのペースを変えないだろう。本気を出してオカリナを吹くということは、今の私にはかなりの気力を要することであり、一大イベントだから。気楽に、のんびり、楽しみたい時に、マイペースで楽しむ。そんなオカリナ吹きが一人ぐらいいても、いいだろうと思う。 |
| 7月1日 「茶色の小瓶」 |
| ミニーちゃんで練習。長年溜め込んでいたもやもやの一部を文章にして吐き出した後だけに、小さくて高い音色のオカリナで、軽やかに吹いてみたくなった。曲の背景にあるものが何かは知らないけれど、私にとってこの曲は「笑って酒を酌み交わせる人々の歌」のような印象がある。それだけに、いつか旧交を温められることを願って、この曲を選んだ。願わくば、音楽の神様の御心に届きますように。なんてね。 |