ヘタの横笛
さすがに1年も練習を繰り返していると
蝸牛のような歩み方であっても上達を感じられるのだなと実感しています
本当に恥ずかしい程度の進展でしかないんですけどね
| 8月31日 右手親指〜っ! |
| 指が太いから平気だろうと思っていたのだが、甘かった。「大きな古時計」のミの音が若干高く聞こえたのだが、それは右手の親指が完全に穴を塞いでいなかったせいだと判明した。オカリナでは、どの指も音色に関わってくるものだし、親指だから平気だろうなんて考えてはいけなかった。かなり、反省。明日からちょうど9月だし、リハビリというか、猛特訓…とまではいかずとも、練習を重ねていこうと思う。 |
| 8月30日 ちょっと回復? |
| 周囲に人気が無くなったので、素焼きちゃんで「大きな古時計」を練習。まだ腹式呼吸ができないけれど、運指は昨日より正確にできた。やっぱりアルトC管の音色は心に染み入るなぁ、なんて思いながら練習終了。オカリナの練習を楽しめただけ、昨日よりちょっと回復した感じ。それに、今朝、「フルートのマウスピースで音が出なくなった」という、横笛好きにはどうにも嫌な夢を見てしまったばかりだったので、尚更オカリナで吹けたことが嬉しかった。たかが夢、されど夢、というか、せめて夢でぐらい、楽しく吹きたいものだと心から思う。 |
| 8月29日 やっぱりね… |
| 旦那と息子が散歩に出かけた時を狙って、ちょっぴり「大きな古時計」を練習。ところが、腹に力が入らないし、吹く息の量が一定でないし、塞いでいるつもりの穴から指がずれたりと、初心者ミスだらけ。結局、5分ぐらいで打ちのめされた気分になり、練習をやめた。明日はもう少しだけでも上手に吹きたい。そう思いながら。 |
| 8月28日 エアーポケット2 |
| 今まで楽しいと思えていたことが、楽しくなくなった。かなりやばい。何をしても、何をされても、楽しめない自分や、何事も嫌みにしか受け取れない自分に、腹が立って仕方がない。こんな気持ちでオカリナを吹いたら、楽器に失礼だ。たとえ聴衆がいなくても、吹く時は真剣に吹きたいし。今日はオカリナのふっくらとした丸みを楽しんで、お休みしよう。どうせ土曜日で旦那も息子もいるから。 |
| 8月27日 エアーポケット |
| 昨日の口惜しさが影響しているのか、心がエアーポケットに急落したような感じ。今吹いても、きっと昨日とそっくりな演奏になるだろうと思う。それならいっそ、今日は休んでしまおう、と思い当たった。 |
| 8月26日 今日はとにかくヘロヘロ |
| 気乗りはしなかったのだが、せっかくの平日なので、一応「大きな古時計」を練習した。最初は暗譜したはずとばかりに楽譜を見なかったのだが、音はヘロヘロ、メロディもヘロヘロ、あまりにみっともない下手さ加減だった。で、もちろん楽譜を引っ張り出してもう一度吹いた。運指は合っているはずなのに、音色が変。どうやら、気乗りしないために腹式呼吸ができてなくて、音色が安定しないらしい。何度繰り返しても、最初から最後までヘロヘロの「大きな古時計」だった。かなり、口惜しい。 |
| 8月25日 腹式呼吸できてない |
| 昨夜、実父母と息子に引き摺られて、町内の人達の中から有志が出てきて結成されたカラオケ会に出席した。ほんの少しだけど。で、ZANの「風籟」を歌ってみたのだが、照れと緊張と運動不足からだろう、腹式呼吸ができなった。思い出すだけでも、恥ずかしい。やっぱり私は人前で何かするよりも、人から見えないところで何かするほうが好きだ。実父母に言わせると、「人前でやらなかったら、何のために練習するんだ?」と、微塵も理解してくれないのだが。それがまた妙に気力を消耗してくれるので、今日は愚痴だけ吐いて、寝る。 |
| 8月24日 結局部屋でこっそりと |
| 旅先でミニーちゃんによる腕前披露ができなかったことと、今日の診察も実母同伴であることとで、結局部屋でこっそりと練習することにした。素焼きちゃんの重みが、ちょうど怠けていた手に良い刺激。「大きな古時計」を吹いてみたが、♯ファとミの音がちょっぴりズレてしまった。数日吹かないだけでコレだから、本当に私は未熟なのだろう。でも、こっそりではあれ練習できたのは嬉しい限り。こっそりひっそり上達していきたいものだ。 |
| 8月23日 ミニーちゃんといっしょ |
| ミニーちゃんを旅先へ持って行ったは良いが、結局吹けず。諏訪での呼吸を吹き込んであげたいと思ったが、自分のあまりの下手さ加減に、隣室には迷惑をかけるだろうし、諏訪の神様にはうるさがられるのではないかと思い、吹けなかった。その分、頬擦りはしたけど。ちなみに、諏訪湖を眺めながら頬擦りしている間、「荒城の月」を吹きたい気分になった。暗譜してないのに(苦笑)。明日の通院時に吹きたいけれど、実母同伴だもんなぁ…(涙)。 |
| 8月22日 ミニーちゃんといっしょ? |
| 一応、着替えなどと一緒にミニーちゃんだけ入れたけど、果たして出先で吹けるのか? 吹いたとしても、「迷惑だ!」とか「下手くそ!」とか、他人に指摘されちゃうかもしれない。そう思うと、かなり気が滅入る。けれど、そんな予想のせいで持っていかない自分には、さらに幻滅する。だから、鞄の出しやすい所に、こっそりミニーちゃんだけ忍ばせて行こう。 |
| 8月21日 ミニーちゃんなら大丈夫か |
| 明日からの諏訪旅行に備えて、吹きだめをしておこうかと思ったが、折角縄文時代から歴史を紡いできた街を訪れるのだから、同じく歴史を持つ物としてオカリナを持って行こうかと思う。いつもの通院に持っていく素焼きちゃんだと割れるのが怖いから、釉薬で固められたミニーちゃんにしよう。たとえ吹く機会は無くても、同じ街の空気を楽しむことができれば、それだけでミニーちゃんに対する好感度も上がろうというものだから。 |
| 8月20日 今日から息子は4連休 |
| 3歳児健診のため、保育園を休んだ上に昼寝しなかった。その分、早く寝たけど。で、寝た隙にオカリナをちょっぴり練習。「大きな古時計」と「森へ行きましょう」を練習したのだが、それぞれ違う変調の曲だけに、頭の中がごっちゃになり、今にも遭難しそうな「森へ行きましょう」と、すぐにでもスクラップにされそうな「大きな古時計」になった。「いつかこのページに、私も自分の演奏のデータを掲載できるかなぁ…」などと密かに夢見ていたが、あまりにも時期尚早ということが、よ〜く分かった。日々是修業、って感じ。 |
| 8月19日 サボりはいけない |
| 着実に暗譜しつつある「大きな古時計」は、だんだんそれらしく聞けるようになってきた。が、こちらにうつつを抜かしすぎたらしい。調子に乗って「森へ行きましょう」にも久し振りに挑戦し、玉砕した。♭の時の運指は間違える、高音域の時の尻尾持ちも指を滑らせてオカリナを落としそうになる、といった具合で、ちっとも森へ行けなかった。それどころか、森へ踏み込んだものの、反り出た木の根につまづき続け、結局途中で迷子になり、べそをかいたような感じだった。やはり、下手は下手なりに、いや、下手だからこそ、何度も何度も毎日練習する必要があるな…。 |
| 8月18日 浮気者でしょう、完全に |
| 近所の天理教の教会は、設立されてから100年経つという、当地では割と大きな教会だ。で、毎月18日だか19日だかに祭りを行い、1年に1度か2度は大祭が行われる。そういう場では、全員が正装し、カセットではなく生演奏で雅楽などを奉納するらしい。すぐ前を通りかかると、びぃぃぃぃぃんという響きの篳篥の音色とか、ひょぉぉぉっという竜笛の音色が聞こえてきた。きっと、信者の有志か教会に住む家族の誰かが練習していたんだろうと思う。「あ、これは篳篥だ、こっちは竜笛♪」と楽器の音色まで覚えてしまいつつある自分に対し、「いかん、いかん、浮気はいかん」と引き止める自分もいる。でも、やっぱり私は(ここでタイトルどんっ!)。 |
| 8月17日 浮気者かしら… |
| 私は出産前よりも今のほうが腹筋も肺活量も落ち、ロングトーンとか、ブレスとブレスの間が長い部分が苦手。だから、次にオカリナを買う時は、少しの息でも綺麗な音色が出るという評判の「風越オカリナ」を狙っていたのだけれど。「ZAN」のアルバム「風籟」を聴くようになってからというもの、同じ名前を冠する「土心オカリナ」に心変わりしかけている。ああ、どっちにしようかしら? いっそ両方買っちゃおうかしら? …と、夢を語るとキリが無い。だいたい、何本も楽器だけ持っていたとしても、使いこなせなかったら意味が無いし。というわけで、素焼きちゃんで頑張って練習し、他の愛するオカリナ達にも頬擦りしてあげて、少しでも得意な曲を増やしていこう。 |
| 8月16日 当日… |
| 午前中、内分泌科だけ診察だったので、その時にミニーちゃんで「大きな古時計」を練習した。やはり、音程よりも歌詞で曲を思い出すほうが、運指を間違えることなく吹けるようだ。明日からは、月曜の通院と週末の旦那の在宅日以外は、伸び伸びと練習できるはずだから、実父母の顔色をこっそり伺ってから素焼きちゃんメインで練習しようと思う。新しいオカリナを購入するのも、新天地を求めて竜笛の練習セットを購入するのも、満足にオカリナを吹きこなせるようになってからだ。この目標なら、ダイエットよりは実現率が高い気がする。 |
| 8月15日 あと1日… |
| 熱はかなり下がってきたが、まだ咳が酷くて、明日までに治るかどうか、分からない。そうなると、俄然、健康な時にはあまり気にしなかったことが気になるものらしい。こんな夢を見た。私はなぜか有名な音楽家に招かれて、オカリナのパートを作ったから一緒に演奏してほしいと頼まれる。「いや、でも、そんなに上手くないし…」とごにょごにょ言い訳していると、「大丈夫だから、音合わせしようか」と言われてしまう。「ああ、もうダメだぁ…」と思い、泣きながら素焼きちゃんに頬擦りするという…。そこで目は覚めた。演奏できなかったのは、不幸中の幸いというか、逃がした魚は大きかったというか。とりあえず、私は心の奥底でオカリナを吹きたいと思っていることは、間違いないらしい。それを再確認した夢だった。 |
| 8月14日 あと2日… |
| 実母に、「息が熱臭い」と言われた。分かってるよ、そんなことぐらい。「早く治せ」って言われて、すぐに治るんなら、病院も薬局もいらないよ。とりあえず、安定剤と咳止めで回復していくしかないよなぁ。もしも月曜日になっても治らなかったら、その時はオカリナに留守番してもらっておいて、「ZAN」を歌いまくりながらドライブしてやるんだもん。 |
| 8月13日 あと3日… |
| あと3日すれば、半日だけ自由になれる。なのに、オカリナの練習をしたいと思えない。多分、体調が優れないからだろう。あ、それと、次回の精神科の診察には実母同伴で30分以上割くとのことだから、医師が何を話すつもりなのかとか、話を聞いても実母はきっと「バカだから分からないわよ、どーせ!」と投げやりな口調で私に言うだろうとか、あれこれ考えてしまうからでもあるだろう。だからと言って、オカリナが嫌いになったわけではない。あの丸っこいフォルム、そこに空いた大小の穴、綺麗な音色が出るよう計算された吹き口…。ああ、どれも可愛く思えて仕方がない。たとえ練習できないとしても、彼女らに頬擦りするためだけにでも、月曜日には持って行こう。それはともかく、楽器に頬擦りするのって、私ぐらいなものなの…? |
| 8月12日 あと4日… |
| なぜか今日から旦那が家にいる(というか自室に引き篭もり中)ので、隙を見てオカリナを吹くこともできず、仕方なく「はじめての雅楽」という書籍を読んでいた。そうしたら、雅楽にもロ短調とかハ長調といった意味の調があることを知った。しかも、同じ曲でも調を変えることで、結婚式などのめでたい場で流すものと、葬式などの哀しい場で流すものと、異なってくることも知った。さすが千年以上の歴史を持つ文化だけあって、現代のオーケストラに負けないぐらいの荘厳さを感じずにはいられなかった。が、オーケストラとまったく異なるのは、「指揮者がいない」ことらしい。曲の出だしは竜笛の音色であり、リズムは鼓などの打楽器が受け持つが、基本的に全員が互いにアイコンタクトを取って細かな演出を施しあうものらしい。何か、日本の「和」の心を見た気がした。 |
| 8月11日 あと5日… |
| 町内会こそ異なるが、近所に尺八の名取りのおじいちゃんがいる。私が最近、雅楽にハマりつつあるのを知った実父母が、じつに余計なお世話だが、その人に教えてもらったらどうだとか言った。実父母は、尺八と篳篥、竜笛の区別がつかない。私がやりたいのは、「横笛」なのよ〜っ! 管に息を吹き込もうが息を吹き口に掠めさせようが、手を横向きに構える笛が好きなの〜っ! というわけで、本気で練習したくなったら、もっと近所の天理教の教会へ、竜笛を習いに行くことになるだろう。でもね、オカリナをやめることは、あり得ない。私にとって、最初に巡り合った「横笛」なんだから。 |
| 8月10日 あと6日… |
| 本屋への往復時(それ以外の外出は実父母が渋い顔をしやがる)、車中で「風籟」と「龍神」を聴きながら、歌う。うろ覚えではあるけれど、曲の雰囲気とか歌に入るタイミングとかは、結構覚えてきたと思う。でもさ、カラオケDAMですら、「風籟」しか収録してないんだよなぁ。「龍神」も加えてくれないかなぁ。歌うと腹の底から嫌なものを吐き出せるような感じがするんだもの。ついでに、ELISEにメロ譜だけでも出ないかしら。出たら、真っ先に購入して、オカリナで吹けるように練習するのになぁ…(バカ)。 |
| 8月9日 当日! |
| 微妙に間違えたけど、「大きな古時計」をほぼ暗譜! 考えながら吹くよりも、曲に没入するように吹くほうが、私は間違えないらしい。今更だけど、そう分かった。オカリナ以外にも、相変わらず車中で「ZAN」を聴いてストレス軽減。「風籟」とか「龍神」をボリュームを上げて聴きながら、自分でも大声で歌っていた。対向車の運転手には、さぞやバカに見えたろうなぁ。大口開けて歌いながら運転するおばはんなんて。歌うと言えば、「大きな古時計」も、音階としてではなく、歌詞を思い出しながら吹くとなお正確に吹けるから不思議だ。雅楽では譜読みというか、音階を口で歌って練習することから始めるらしいし、案外、歌うというのは音楽の基本なのかもしれない。そう思った。 |
| 8月8日 あと1日 |
| 少しずつ開き直ってきた途端、またオカリナを吹きたいと思えるようになってきた。私にとって楽器とは、無条件に信頼しあえる存在らしい。家にも他の場所にも引き篭もることができないから、楽器を持って車の中に閉じ籠るだけ、なのかもしれないけれど。それでも明日が楽しみになっただけ、まだマシか。 |
| 8月7日 あと2日 |
| 昨夜、プチ家出をして、「ZAN」を車中で聴いた。インディーズ時代のアルバム「乱」の中の「颯爽」という曲の歌詞、「助けてほしいって手を伸ばすぐらいなら/死んだほうがマシ」という部分を聴いて、確かにそうだと思った。「助けてほしいって言っても/周囲は聞こえないふり」なんだから。 |
| 8月6日 あと3日 |
| もう楽器を吹く気力も無い…。「ZAN」の「まほろば」を聴きたいけれど、そんな時間も周囲は与えてくれない…。死にたい…。 |
| 8月5日 あと4日 |
| 楽器は、嫌みも愚痴も言わないから、好きだ。ということに、今日、気づいた。私が「こう吹けたらなぁ」と思って働きかけると、フルートもピッコロも、オカリナも、それに応えようと頑張ってくれる。その健気さが、たまらなく好きなのだ、私は。横笛は、必ずしも息吹の向きと同じ方向を向いていない。その文字通り斜に構えた姿と、それに反した素直さが可愛い。時には思い通り吹けないこともあるけれど、それは私が悪いのだと即座に分かる。分からせてくれるだけの信頼関係を、楽器とは築いていける。そんな自分を、少なからずフェチだと思う…。 |
| 8月4日 あと5日 |
| 昨夜、実父母と息子が花火を見に出かけたのを良いことに、我慢しきれずにオカリナを吹く。もうちょっとで暗譜できそうな「大きな古時計」を数回。結果、ほぼ暗譜できた。繰り返し練習することの偉大さを、実感。この音感無し、楽譜読めないという、致命的な私にすらそれなりに演奏させられるようになるんだから。これで、レパートリーは4曲ぐらい(完全じゃないから「ぐらい」だよな)に増えた。何か、嬉しい。 |
| 8月3日 あと6日 |
| 起きた時から、「ZAN」のアルバム「風籟」が頭の中で流れ続けている。透明感のある箏や尺八、龍笛の音色と、聴く人を癒そうとする歌詞が心に染みる。健康になったら、私もこんな曲をオカリナで吹いてみたい。誰かの心に、優しくしてあげられるような、そんな演奏をできるようになりたい。遠い目標だけれど…。 |
| 8月2日 当日! |
| 通院の際、駐車場に車を停め、車中で何度も何度も「大きな古時計」を吹いた。日常の辛さとか苦しさを吐き出すつもりで、間違えようが気にせず吹いた。少しだけ、幸せな時間を過ごした。誰に気兼ねすることもなく、遠慮する必要もなく、自分のやりたいようにやれることがこんなに楽しかったなんて、久し振りに思い出した。 |
| 8月1日 あと1日 |
| 存分にオカリナを吹くことができないのは、やはり苦しい。吹いてもいいけど、批判されるのは嫌。その批判を安易にする人間が身近にいるのが、きっと苦しい原因だろうと思う。が、考えないようにして、明日になるまでエネルギーを充填、充填。 |