ヘタの横笛
保育園の送迎の時に息子と歌を歌ったりして
何とか音感を良くしようと努力しているのですが
私より先に息子のほうが上手に歌ってくれています
| 1月31日 ……………… |
| 今日は通院しなくても良い月曜日だったから、いつもよりも自由になる時間が多いかと思ったのに、実父母のアッシーをしたら、結局通院と同じぐらいの時間(約2時間)を、近所のデパートの中をうろうろして無駄にしてしまった。しかも実父は風邪をひいてしまって機嫌が悪い。「息子を保育園に預けてまでして、ソレをやりたいのか」と言われそうで恐ろしく、プラちゃんすら構えなかった。ホント、情けない…。 |
| 1月30日 石笛を吹きたい気分 |
| たった今、「ものぐさ日記」を書き終えた。家事をしていない主婦の私には、旦那をけなす資格は無いと思ってはいる。だが、書かずにはいられなかった。今日は旦那が在宅で、オカリナを吹くことができないから、柔らかくて優しい音色に癒されることができなくて、腹の底から溢れ出る嫌悪感を抑えることができなかった。「誰か助けて!」という気持ちが張り詰めていて、どこまでも届きそうな石笛の音が心の中から聞こえてくる。それはきっと、旦那に対する嫌悪感だけでなく、旦那のことを悪し様にしか書けない自分への嫌悪感もあるからだ。苦しいけれど、誰にも言えない。旦那はただ侮蔑するだけだろうし、実父や実弟は嫁さんのことだけでピリピリしているし、実母は結局口先だけで何もしないどころか「息子だけは守ってあげなさいよ」と反対に重荷をくれるだけだから。こんなことなら、明日も精神科の予約を取り付けておくべきだった…。 |
| 1月29日 最初に言い出したのは誰か知らないけれど |
| 「閉じてる」状態になっている。眠くて、だるくて、横になっていたくて、「『閉じてる』っていうのは、こういう気持ちの時のことなんだなぁ…」と妙な納得をしたりして。それでぼんやりしていたら、ふと思い出した。「オカリナは閉管楽器」という言葉。オカリナに対して真剣に取り組んでらっしゃるサイトで見かけた覚えがある。笛の類いは、普通、吹き口から末端までが文字通り管になっていて、末端部分を百合の花みたいに広げることで音量を増幅させている。それに対して、オカリナは尻尾が閉じていて、音が出ているのは、吹き口のすぐ近く、本体の裏側にある半円型の穴であり、そこで吹き込まれた息を受け流して音色に変化させているようだ。音程は、本体部分の共振によって決まるとかで、要するにオカリナのボディを震わせる息の量が多いほど低い音が出、反対に吐息がボディの穴から逃げるほど高い音が出るらしい。これは、「閉じてる」楽器ならではの仕組みだとか。以前、目を通した説明を思い出しただけだから、正確ではないかもしれないが、何か、同じ「閉じてる」ことで、さらにオカリナに親しみを覚えた。 |
| 1月28日 「赤城の山も今宵限り」で思い出したので |
| シロちゃん(群馬県の土産物屋出身、11穴)で「大きな古時計」を練習。取説に「楽器として調律されていません」と注意書きがあったが、そんなことない。音感の無い私には保障なんてできないが、ちゃんと「大きな古時計」に聞こえるように吹けたもの。鬼太郎ちゃん(鳥取県の土産物屋出身、10穴、超ミニサイズ)だと、運指が間違っているんじゃなかろうかと思うぐらい、全然違う音が出る。こうして比べてみると、同じ土産物のオカリナでも「見て楽しむオカリナ」と「見て吹いて楽しむオカリナ」があることが分かる。どちらも好きだ。何かの弾みに思い出しては取り出し、息子に振り回されて大変だったけど相応に楽しんだ旅行を思い出せるから。もっと自分に自信を持ち、心に余裕ができたら、また出かけてみたいと思うことができるから。 |
| 1月27日 「調子は良いの?」 |
| 私の枕元には、ノートパソコン以外に書籍や単行本や雑誌の山と、プラちゃんがある。最近、やらなくてはいけないことが多くて、素焼きちゃん達をタンスの上から下ろしてじっくり練習できないので、そのストレス解消のためにプラちゃん(10穴)で童謡などを1、2回吹く。すると、どこからか実母がやってきて、タイトルの言葉を私に言う。私の調子が良いと思っているのか、オカリナの調子が良いと思っているのか、謎だ。なぜなら、問いかけておきながら、返答を聞かずにどこかへと立ち去るからだ。まったく、実母の胸中は謎だ…。 |
| 1月26日 サンリオBBの舞台の歌 |
| 息子のお気に入りのサンリオBBでは、過去のピューロランドの舞台のビデオを見ることができる。いくつもある中で、「キティの恐竜島探検」なる舞台が、息子の一番のお気に入り。「♪歌は素敵な魔法使い、笑顔を連れてくるよ」という歌で、恐竜達とキティ達が仲良くなる場面に感動したかららしい。隣で一緒に見ていたことを思い出すと、少し緊張がほぐれてくる。まるで、歌詞のとおりだ。音楽って、本当に「魔法」なんだろうと思う。 |
| 1月25日 「ドレミの歌」 |
| 100円ショップで買ったプラちゃんは、大きさからC管ではないことが判る。だが、私にとっては、プラちゃんで「ドレミの歌」を吹いても、素焼きちゃん(ティアーモ社製アルトC管)で「ドレミの歌」を吹いても、「何か音程が違うけど、どっちもドはド、だよね」と思うぐらい、音感が無い。昨年だったか、音痴で有名な某歌手が、「僕にとっては、ドレミファソラシドと♯や♭のついた音階の他にも、マとかニとか違う音程もあるんですよ。それが皆には理解されないだけなんです」と話していた。それを聞いた時、私も妙に納得したのを覚えている。多分、私もマとかニとか、楽譜に記されていない音程を聞いている。それも、中学の頃から。だって、ブラスバンドで調音が下手だったもの。小学生の頃には合唱団、中学にはブラバン、高校では詩吟をやっていたけれど、褒められたのは詩吟のみ。決まった音程が無くて、自分自身の感覚で歌えたからだろうと思う。だが、じつは詩吟よりも詩舞のほうが褒められた回数が多いということもまた、事実だったりする。 |
| 1月24日 ミュージシャン名はURLから推理してちょうだい |
| 昨夜のライブのために、旦那は今日会社を休んだ。行き先は、京都。比較的近場のため、帰宅時間が早いかもしれない。そう思っていたから、病院から帰ったらすぐにオカリナの練習をしようと企てていたのだが、不覚にも寝入ってしまった。気がついたら、息子のお迎え時間も過ぎようとしていて、「ちっくしょーっ!」と心の中で叫びながら出かけた。こうなったら息子が実弟(なぜか息子のお気に入りの人)宅へ遊びに行く予定の夕方に…と密かに考えていたのだが、実弟よりも先に旦那が帰って来た。あぁ、今日はもうダメだ…(涙)。 |
| 1月23日 いつ果たせるやら… |
| 最近、息子と一緒にサンリオBBで遊んでいる。その中のシアターのコーナーに、時計がめちゃくちゃな時間を示してキティ達を困らせるという物語の前編が、現在UPされている。これが今の息子の一番のお気に入りで、一日に何度も見ては、いろんな時計があるのを喜んではしゃいでいる。おかげで、私までもが時計に取り憑かれたようで、今日は我慢できずにプラちゃんで「大きな古時計」のサビの手前までを吹いた。何しろ、プラちゃんは10穴なので、低音のシが出ない。だから、「♪チクタク、チクタク」を吹けないのだ。久し振りだったし、暗譜できているか心配だったけど、大丈夫、ちゃんと吹けた。息子がもう少し分別がついてきたら、陶器のオカリナで「大きな古時計」を聞かせてあげたい。その頃には「大きな古時計」という歌そのものを知っているだろうから、喜んでくれることだろう。 |
| 1月22日 今日は無理 |
| 旦那が在宅の今日は、練習は無理、というか、したくない。旦那は絶対に私を褒めない人だ。かつて私が文学賞に投稿して2次審査まで通過したことを喜んで話したら、「どうせ次で落選だろ?」と言ったぐらいだ(余談だが、実父もまったく同じことを言い捨てた)。一度「大きな古時計」をちゃんと吹けるようになったぞと思って聞かせた時も、「ふーん…、それで?」。喜びを分かち合うことを知らなくて、他人が自分よりも幸せそうにしていると僻み、自分が他人よりも幸せだと実感できる環境ばかり欲しがるなんて、物凄くつまらない人生の過ごし方をしていると思う。もっとも、本人はそんなことを微塵も感じてはいないようだけれど。 |
| 1月21日 届いた、届いた |
| ZANの新曲「昴」(カップリングは「巡る春」のマキシシングル)が届いた。数日前の唐招提寺に関する番組で、テーマソングになっていた曲だ。他にも聞き慣れていた曲がBGMとして多用されていた。以前なら、こうした「和」の雰囲気を醸し出すBGMは、姫神の曲だったろうと思う。でも、姫神の曲は、私にとっては東北や信越の深い森や草原など、自然を思い浮かべてしまう。それだけに、唐招提寺が建立された頃に日本で風靡したままの楽器を用いたZANの曲は、どの場面にもしっくりときていて、古代日本の空気を感じさせてくれた。この勢いで、ZANの知名度がぐ〜んと急上昇して、どんどん和楽器にも触れ合える世の中になってくれればいいのになぁ。そうしたら、真っ先に龍笛を習うのに。 |
| 1月20日 少し成長しても怪獣のまま |
| 息子の「平日の昼間」を参観してきたら、「チューリップ」を吹きたくなった。なので、プラちゃんで数回、「チューリップ」。保育園の園庭には、チューリップの球根が眠っている花壇がある。花が咲く頃には、息子は年中組に進み、仲良しさん達と一緒に、きっと歌うことだろう。まだ集団行動になりきれないひよこ怪獣だけれど、「チューリップ」を合唱したり、皆とお遊戯したりしていくうちに、ひよこ怪獣から少し成長し、次のひよこ怪獣達にも優しくできる、おにいちゃん怪獣になるに違いない。その時にも、花壇の前で「チューリップ」や「ちょうちょ」を歌ってあげたりできる、立派なおにいちゃん怪獣になってほしいものだ。 |
| 1月19日 あたかも古代の銅矛・銅鐸・銅鏡のように |
| 今更だけど、昨年後半から時々旅行に出かけた時のことを思い出したら、ちょっと気になった。日本のあちこちで良質な陶土が得られるけれど、その土でオカリナを製作しているのは、西日本に多く、東日本では稀なのだろうか、と。10Holes(楽器通販店)さんに入荷されているオカリナも、九州・沖縄の個人製作者の品はあるけれど、東北方面の品だと明記されているものは無かったと記憶している。隠岐・米子、群馬の草津では土産物としてのオカリナを見たけれど、松島(宮城県)・鴬宿温泉(岩手県)・角館(秋田県)では鉄器や木製品が多く、角館でようやく地元の土でできたコーヒーカップのセットを見かけた程度だ。もしかして、オカリナというのは、日本においては西日本よりに分布されているのだろうか? |
| 1月18日 息子はちょっとせっかち |
| オカリナとはあまり関係ない話。息子は保育園でいろんな歌を教えてもらって、実家の実父母や私に歌って聞かせてくれる。が、結構せっかち。「カエルの歌」の「♪げっ、げっ、げっ、げっ…」の部分が「♪げっげっげげげげ…」という感じに、省略された上にテンポもアップして、あっという間に終わってしまう。「チューリップ」も、「♪あか、しろ、きいろ」が「♪あか、きいろ、しろ、きいろ…あれ?」と、思い浮かんだ順に色が並び変わってしまって、てへへと笑う。それでも拍手を独り占めしたいから、一生懸命一人で歌おうとする。何だか、こっそりオカリナを練習している自分みたいで、つい微笑ましく思ってしまうのだ。 |
| 1月17日 結局こうなるのね… |
| 今日こそはと思って、婦人科へ。診察の順番は早いほうだし、出かけ際に実父からお使いを頼まれたけど、15分ぐらいは余裕で車内練習できるぞ!…と思いきや、出産か急患があったのか、医師が診察室に入ったのは、予定よりも30分過ぎてから…。結局、息子のお迎えの予定もあるし、代車のナビで待っていた素焼きちゃんを横目に見ながら、帰宅。夜なら大丈夫かと思ったが、息子がゴネて夜更かしし、この日記を書いてサイトを更新するだけで精一杯…。 |
| 1月16日 明日は持って行こう |
| 明日は婦人科のみ診察がある。精神科のほうは、医師の判断により、2週間に1回の通院で良い、ということになったらしいので。婦人科の病院は、市内にあり、車で5分くらいの距離。しかも診察・投薬処方・検査指示・予約・経理のすべてが、診察室や事務室に配備されたコンピュータにより、一括管理されているおかげで、診察の順番待ちも会計待ちもほとんどなくなり、あえて待つとすれば薬の処方ぐらいで、せいぜい20分程度だったりする。でも、私は婦人科から薬を処方されていないから、全然待たない。そこで、この事実を実父母が知らないことを利用し、帰宅前の車の中で練習しようと企てている。楽しみだけど、あまり楽しみにしないでおこう。私が楽しみにすればするほど、嫌な状況が待ち受けてたりするからなぁ。人生、太く短くか、細く長くか、どちらかしか選べないのは、ちょっと辛い。 |
| 1月15日 落胆の反動 |
| かなり回復してきた途端、こまごまとしたことが気に障り始め(詳細は「ものぐさ日記」参照)、「あんなに落ち込んで損した! 落ち込んでいた間の時間を返しやがれぇっ!」と怒りが沸き上がってきた。こんな気持ちのまま、オカリナを吹きたくない。幸か不幸か、息子は家にいたので、吹かずに済んだけど。 |
| 1月14日 まだ立ち直りきれない |
| ほんの少しずつだけれど、ショックによる落胆は浅くなってきている。完全浮上までは遠いとしても、ちょっとはマシになってきたかも。好きなことをやるにも心のエネルギーが必要だと、痛感できただけ、人生勉強した気がする。 |
| 1月13日 立ち直りきれない |
| まだ昨日の事故のショックから立ち直れず、練習はもうしばらくお休み…。 |
| 1月12日 ………… |
| 今年最初の通院の時、どうしてオカリナを持って行かなかったのかと、激しく後悔している。会計待ちの間、車に戻ってオカリナを練習していれば、ロビーで1時間も昼寝することもなかったのに。そうしていれば、買い物にも早く出かけていただろうし、息子のお迎えにも歩いて行っただろうし、当然、事故など起こさなかっただろう。「〜のに」なんて現実逃避でしかないけれど、今はそういう気持ちばかりで、どうしようもない…。 |
| 1月10〜11日 アラハバキの国だった |
| よくよく考えたら、東北地方は「アラハバキ」という鉄鉱の神様の国だった。秋田の角館では良質の陶土があり、陶磁器メーカーもあるようだったが、やはり鉄と木の国だった。そんなわけで、「東北でオカリナ発見」の旅は失敗に終わった。でも、南部鉄とか漆器とか、やはり本場だけあって、たくさん目移りしてしまった…。 |
| 1月9日 あと3日… |
| 明日から東北地方へ旅行。縄文・弥生の頃から既に大きな集落があった地域だから、きっと陶土も良質なのがあるだろう。窯元が幾つもあったり、その中の一つとかがオカリナを作っていたりしてくれないかなぁ…。ちょっと期待しながら、出かけることにする(だから荷造りしろって、自分)。 |
| 1月8日 あと4日… |
| 昼間、私の枕元周辺を物色していた息子が、プラちゃんを見つけ、「うたって」と言いながら持ってきた。ちょっとした勘違いを微笑ましく思いつつ、「チューリップ」を吹いたのだが、「それ、なんのきょく?」と言われた。運指も間違えなかったし、ちゃんと吹けたはずなのに。もしや、アルトC管じゃなかったからなのか? ということは、息子には絶対音感でもあるのか? それならいっそ、将来は音楽家にするべきか…などと親バカたっぷりの妄想に浸りながらもう一度吹いてみたら、単純に、息子は他の玩具に夢中になり、聴いていてくれなかっただけだった…。 |
| 1月7日 あと5日… |
| 基本的に「笛」が好きな私は、旅行に行った時とか、近所に新しい雑貨屋ができた時とかに、笛(特にオカリナ)が無いかと探す。独身時代、静岡の登呂遺跡を何度か見学しに行った時も、ほぼ真正面にあった土産物屋さんで、石笛を買った。手に収まる程度の平たい石に溝があり、その中ほどに穴が穿たれていて、溝の片方には麻紐で小石がストラップ状に結ばれ、反対側は丸く凹ませてある。ストラップを握りしめ、親指で穴を塞ぎながら本体を持ち、凹んだ所を唇に当てて溝に水平に息を吹きつけると、ピーッと甲高い音がする。「これ、一度で鳴らせる人はまずいないのに、よく吹けたねぇ」とおばさんに煽てられ、買って帰った。音階とかを奏でることはできないから、笛というより呼子に近い使われ方をしたのだろうと思う。が、発掘された直後はどうやって用いる道具なのか分からなくて、しばらく経ってから石笛だと判明したそうだ。縄文・弥生の頃から既に、人は吐息で笛や呼子を鳴らしていたと思うと、音楽って人間の生活に欠かせないものなんだなぁと思わずにはいられない。 |
| 1月6日 あと6日… |
| 旦那の帰りが遅く、息子が早く寝ついてくれたので、プラちゃんで「きらきら星」を吹いてみた。そうしたら、初めて息子に吹いて聞かせた時のことを思い出した。息子は、今でもそうだが、「オカリナを吹く」のではなく、「オカリナで歌う」のだと思っている。だから、プラちゃんをくわえると、運指どころか尻尾とかを適当に持ち、くわえたまま「♪きらきらひかる…」とハミングする。そして、私と「歌声(音のこと)」が違うため、ムッとしてピストルに見立てて遊び始めたり、「うたって」と言って私の所へ持ってきたりする。ささやかだけど、ちょっと幸せ。 |
| 1月5日 あと一週間… |
| 年末年始にいろいろあって、気持ちが凹むどころか、地下へ埋没している。オカリナを吹きたくて手に取ろうとするものの、結局箱から出せずにいる。自分が自分として生まれたことを呪わずにはいられない時に限って、精神科は予約が一杯で診察という名の愚痴の吐露ができず、安定剤に頼らざるを得ない。できることなら、オカリナの音色で癒されたいのに、と思う。まぁ、頑張れる時に頑張ればいいや…。 |
| 1月4日 小・中学校ならリコーダー |
| 旦那は、私が吹いた直後のオカリナを、吹き口を拭いもせずに吹く。私が練習している曲を、「簡単じゃん」と鼻で笑って、「ちょっと貸せよ」と言って分捕り、運指も知らないくせに吹くのだ。「左手の小指は最後まで離さないんだよ」と教えようものなら、むきになって吹く。そして、自分が吹いた吹き口をやはり拭わずに私に突っ返す。そのたびに思う、「単に間接キスしたいだけじゃないの?この変態め」と。ちなみに、息子が吹いていたオカリナをくわえる場合、入念に吹き口を拭う人だったりする。練習できないと、こうした嫌なことばかり思い出すから、早いところ「年始」が終わってほしいと思う。 |
| 1月3日 眠くて眠くて… |
| 「ものぐさ日記」から読んだ方には分かっていただけるだろうが、眠い。とにかく、眠い。今夜あたり、息子に「チューリップ」を吹いてあげるかもしないけれど、その何百倍もの大きさの睡魔が…。 |
| 1月2日 ♪も〜い〜くつねぇるぅと |
| 息子の登園再開日は中旬だが、旦那の仕事初めは4日だか5日だか。旦那がいると、息子はあまり笑わない。笑いはしても、すぐやめたり、何か口籠って言葉をはっきり言わなくなる。それに、歌もあんまり歌わない。歌詞を間違えると、旦那がすかさず「そこは違うぞ」と指摘して、息子に歌い直させるのだ。息子にしたら、ごきげんだから歌うのであって、誰かに聞いてもらおうとか、きちんと歌おうとか、思っていないのに。ステップを踏んだり、踊ったりしながら歌って、「上手!」と拍手してほしいのだ。だから、そうしてくれない旦那に向かって、「ばーか」を連呼し、怒られる。当然、号泣する。宥めるのは、私か実母。そういうことが起きるから、旦那には早く仕事初めを迎えてほしい。そうしたら、息子がごきげんな時にでも、プラちゃんで「チューリップ」や「きらきら星」を吹いてあげたい。う〜ん、昨日の日記と比べると、まったく正反対な内容だけに、自分が多重人格かしらと思えてしまう…(苦笑)。 |
| 1月1日 ………… |
| 現在、1月1日が残り10分。気分はめちゃくちゃダーク(詳細は「ものぐさ日記」を参照)。これからメールチェックして、サイト更新。これは2時間前に済むはずだったのに、どうやら日付が変わらないと終わらないようだ。元凶である息子に対しては、今は殺意しか抱けないので、「もう二度とオカリナに触らせてやるもんか!」と、子供じみた決意を固めた。2005年は、分かっていたけど、めちゃくちゃ幸先の悪い一日で始まった。 |