ヘタの横笛

楽譜を見てもどんな曲か判りませんし曲を聴いても音階の上がり下がりが判りません
「音感が無い」というのは一種の「感覚の欠落」なのでしょう
こんな私にも「音楽を楽しむこと」は本当に可能なのでしょうか…

●ヘタの横笛top  ●つっこも〜かな

 1月31日 尾崎豊の「シェリー」
 最近、昔読んでいた漫画を文庫で読み返すことが増えた。不思議なもので、内容を全部記憶していても、胸にズシンときた作品は何度読んでも飽きない。特に、少年漫画は。描かれた時代にターゲットとされていた思春期を過ごしたからだろう、作中のキャラや出来事に共感できるものが多くて、破天荒な内容だろうとすんなり受け入れてしまう。そうして、「最も無敵だった学生時代」を思い出し、ストレスを忘れ、気持ちを切り替えることが容易くなる。そんな漫画の中に、学生がミニFMを半日行うという場面があった。その場面の最後にかけた曲が、タイトルに書いた尾崎豊の「シェリー」だった。あの頃、尾崎豊本人にもそのファンにも、いろんな騒動があって、私にとっても大きな変化があって、その変化に「シェリー」はとても密接な繋がりがあり、忘れられない。CDは離れの棚に収めてあり、今はほとんど聴いていない。けれど、曲も歌詞もすぐに耳元や頭の中で蘇る。表向きは優等生を貫き、心の中では斜に構えていたあの頃、今の「私」を想像してはいなかった。23歳で死ぬつもりでいたし、上京してからは特に「独り」を意識していたから、暴力団の一番下辺の事務所へ新聞の集金に行っても、怖くはなかった。今は、かなり怖い。柵が増え、守りたいものや守らなければならない約束があり、簡単には死ねなくなったから。そうなって初めて気づいた。私が本当に怖いのは、死ぬことでもなく、守るべき物事を守れないことでもなく、数年後、数日後、数秒後の自分にがっかりされることだ。太っているより、スリムなほうがカッコいい。お母さん友達が一人もいないより、一人でも多くいてくれたほうが安心する。料理がからっきしできないより、手作りメニューが豊富なほうが旦那も息子も喜ぶだろう。私だって、そういう「お母さん」に憧れる。が、今の私はこれまでの私の積み重ねだし、いきなり変わるはずがない。そんな願望を持つのなら、最初から目指していくべきだ。目指さなかったのだから、それを踏まえて、「私が嗤わない私」になればいい。「シェリー」が、久し振りにこんな気持ちをくれた。息子には、父親よりも父親らしく、友達よりも真剣な友達に。旦那を含めた友人・知人には、今までどおり、見ていると飽きない、危なっかしいガキらしく、飾らない自我を見せていく。「自分を偽らない」というのが、無茶で無謀だった頃の「私」だから。この当たり前のことを、歳だからか、よく忘却してしまう。思い出させてくれる漫画や曲に巡り合えたのは、ありきたりな言葉になるけれど、幸運だしありがたいと嬉しく思う。
 1月30日 車の中から出してくるか
 ZANのCDが、とうとう車内オーディオに充填できる枚数を超えた。メジャーデビュー後のCDは、不正コピーを防ぐため、パソコンでは読み込めない。そのため、車中でのみ聴いていたのだが、もう新作を入れられないのなら、CDラジカセで聴くしかあるまい。一応、昨年か一昨年に買ったラジカセが部屋にある。買った次の日に電源コネクタを曲げてしまい、本体の背面、電源コードの接続部に分厚い雑誌を1、2冊載せないと、稼働しないラジカセが…。「クラッシャー」だの「破壊神」だのと旦那に呼ばれてはいるが、このラジカセほど早く壊れたものはなくて、何か切なくなるからお蔵入りにしていたのに、使うことになるとは…。もうこれ以上は壊さないよう、心がけなきゃなぁ…。
 1月28〜29日 初心に戻るべし
 ZANの新曲を聴いたり、息子と歌ったり、アイビーズで遊んだり、マンダラ塗り絵の本を開いたり、ジグソーパズルの300ピースを組み始めたりと、サイトのコンテンツとは無関係なことをしていたら、不意に思い出した。私がオカリナを練習する気になったのは、ネタ探しと執筆以外のことに時間を割くのが無駄に思えた頃、行き詰まった挙げ句、片づけのついでに見つけたオカリナを吹いたら気持ちがふわぁっと軽くなり、「頭ン中が沸騰していて楽しい話が書けるかってんだ」と開き直れたからだった。音感がどうの、運指がどうのと言う前に、自分が楽しまなくちゃ意味が無いんだ、特に私にとっては。ヘタで結構、いっそ量産品の竜笛を買ってみるかぁ(それはやめとけ:by 自制心)。
 1月27日 旦那だけ置いてきぼり
 休日ということで、息子、大喜び。朝から「リュウケンドー」のDVDを観て、私と二人でオープニングを熱唱。旦那が呆れていた。でも、いいもん。買い物に出かけた時、たまたま「ボウケンジャー」のCDがかかっていて、「ネガティブ・シンジケート」の曲を聴いて、旦那は、息子が私の名前を「クエスター」と言った理由を、やっと悟った。とっても「楽屋ネタ」で申し訳ないが、音楽絡みでインパクトがあった出来事だったのよ。
 1月25〜26日 吹けなくても歌える
 不摂生などにより、相変わらず鼻が詰まり、ちょいと自己嫌悪。しかし、オカリナを我慢していても、歌は歌える。音感が無いから基本的に音痴だが、恥ずかしがって遠慮気味に歌うとさらに音程がずれるので、息子と一緒に大きな声で元気に歌う。場所は、保育園の園庭だったり、帰宅途中の路上だったり。誰かとすれ違う時、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、これだけ恥ずかしいと思っていれば、オカリナの練習を昼間にやれるようになるかなぁと、楽観的に考え直してみたりする。後は、ひたすら曲を繰り返し聴くだけ。自己流すぎてマズいだろうけど、ね。
 1月24日 ミニアルバム「絆」
 ZANのミニアルバムが一年二ヶ月+αぶりに出た。DVDも同梱されていて、昨年亡くなられた故砂川憲和氏のMCと日頃の様子の写真やVTRが収録されていた。不思議だと自分でも思ったけれど、涙は出なかった。「吹道(ふきどう)」という独自の道を表現されていて、「風の軍刀利(ぐんだり)」という題名どおりの、勇ましくもどこか孤独な風の行方を見届けた感じを覚えたからかもしれない。これで、今後の「ZAN」のライブに行けた時、きっと涙無しで楽しめるだろうし、舞台にリーダーさんがいる気がしても、笑顔で「楽しんでますよ!」と言えるだろう。
 1月23日 ちゃんと続けとくか
 鼻水が、なんか、いきなり減少した。咳もほとんど出なくなり、びっくり。婦人科でもらった葛根湯が効いてきたってことかもしれない。「まだ4日分あるし、今度また風邪をひいた時のために取っとこうかなぁ」と思ったが、これをやって一ヶ月に二度も三度も風邪がぶり返したのを思い出し、念のために続けて服用することにした。痰も出ないからオカリナを吹けないことはないし、とも思ったが、今日は練習を見送り。早く完治させたいなぁ…。
 1月22日 歌う時は真剣に
 なかなか全快しない風邪のおかげで、呼吸のできる鼻詰まり、いがらっぽくないのに出る咳、垂れてくるんだけど出ない鼻水、部分的に上がる熱などでぼへら〜っとしている。素焼きちゃんには、こんな悪いものをくっつけたくないので、オカリナは再び小康状態になるまでお預け。代わりに、息子を迎えにいった際、二人で思いきり「リュウケンドー」のオープニングを歌いまくった。勿論、雨がパラついたとも(注:私は雨女で、上空に分厚い雲が多めにある時に歌ったりして感情が昂ぶると、数分間だけだし少量ではあるが雨が降る)。あー、気持ち良かった。
 1月20〜21日 恐るべし!
 さすがに一晩で鍵盤玩具で曲を弾くことはできなかったらしいが、代わりに、一度聞いただけの「リュウケンドー」のオープニングを歌えるようになっていた。我が子ながら、5歳児の興味の広さ、強さが怖いほど凄いエネルギーだと実感。あやかりたいところだが、ちょっと体力的に無理、みたい。
 1月19日 成長したねぇ…(感涙)
 夜、息子が自発的に鍵盤玩具を出してきたので、張り合って素焼きちゃんを出して、吹いてみせた。曲は、息子もよく知っている「大きな古時計」。なまってるし、下手すぎるんだけど、息子は悔しくなったらしい。「あした、ピアノのはっぴょーかいだから、がんばってれんしゅうする」と断言だか挑戦状だかを私に言い置いて、実家へ。昔はできない自分に腹を立てて八つ当たりしていたのに、頑張って練習だなんて、まったく成長したものだ。…っと、それ以前に、息子の遊びに張り合ってる私って、旦那のいうとおり、息子よりも精神年齢が下かもしれない…。
 1月18日 あうぅぅぅ…(涙)
 やりたいことを後回しにしなければならないストレスと、やりたくないことをやらなければならないストレスとで、数日間バテていたら、…なまった…。肩に力が入りすぎ。指がズレすぎ。自分を甘やかしていた自分に、ちょっと腹が立った。でも、この感情もストレスになるんだよなぁ。そんなことを考えていたら、運指を間違えた…。うーむ、基礎トレとかやるべきか?
 1月16〜17日 緊迫っ!
 16日は書店で好みの本を見つけまくってしまい、数週間ぶりに5千円以上の買い物をし、それらのスペースを確保したり、記念作品を書いていて時間を忘れていた。しかも、夜には翌日の保育参加を意識しすぎて、眠りが浅くなってしまって、風邪が悪化。17日は、そんなわけで休もうかと思ったのだが、息子に寂しい思いをさせるわけにもいかず、薬で誤魔化して出席。帰宅後、バッタリ倒れたまま、知らず眠っていた。
 1月13〜15日 あ〜あ…
 歯科医通院と風邪のぶり返しと2台目リンゴ機の不調とで、妙に忙しかった気がする(詳細は「ものぐさ日記」参照)。でも、確かなのは、3日間ずーっと、青っ洟で鼻詰まりが続き、毎朝のように耳に違和感があるということ。昼間はね、あんまり気にならないんだけど、寝起きから1〜2時間ぐらいは、耳の奥のほうに何かが詰まったような感じが続く。…もしや、中耳炎、か…? だとしたら、嫌だなぁ…。
 1月12日 …ヤバ…
 息子にせがまれて一緒に早めの風呂を済ませたら、急速に体が冷えていって、くしゃみが出始め、…風邪をひいたらしい。気づいた時には、既に…。つい最近、「風邪、ひいてないよ」とメールに書いたばかりなのに、おバカだな、自分(涙)。とりあえず、寝る。
 1月11日 ♪熱く燃え盛れGAGAGAGA!
 他の作品を優先して鑑賞を中断していた「リュウケンドー」を、vol.3から見直している(1と2もきっと後日見直すと思う)。キャストの増量などでオープニングが変更になるはずだが、じつは、初期のオープニングがかなり気に入っている。ノリが良くて、サビの部分ですっごく元気が出るんだよね(私が単純なだけか?)。
 1月10日 リアル茗梨、ありがとう
 昨年、18年ぶりに連絡が取れたメル友から、時々音楽を教えてもらっている。凄く優しくて、我慢強くて、泣かせたくない女性。失礼ながら、今でも「女の子」って言いたいぐらい、可愛い人。私とは感性が良い方向的に違っていて、アンテナの広げ具合も大きな、「大人」あるいは「淑女」と呼びたくなることもある(ごめん、基本的に「可愛い」から、つい…)。年末に贈ってくれた曲を、何度も聞かせていただいた。情景的な歌で、軍服が似合うようになった男性へ、成長を喜びつつ、活躍する日が来ないでほしいと願う思いが詰ってる曲。初めて聞いた時から、未だにそうだけど、涙が出そうになる。私も、学生服や背広、軍服などの背中に憧れというか、頼もしさを感じるタイプの人間だけど、そういう衣服が似合う人には、手を血で染めないでいてほしい。身勝手で我儘だけど、自衛隊の海外派遣には反対で、けれど自衛隊として困っている人々を助けるために国境を越えることを日本人として誇らしくも思ってる。早い話が、戦争やテロ、重火器を用いる「救済」が嫌いってこと。そういう内面を改めて見つめることができたのは、リアル茗梨が贈ってくれた曲のおかげ。本当にありがとう!
 1月9日 気抜け
 せっかく練習できたのに、肩に力が入りすぎ。腹式呼吸できてない。手首から先の角度が違いすぎて、きちんと穴を塞いでいない。などなど…。年末年始の連休が終わって気抜けした影響だと思うが、ボロボロ…。しかも、ちゃんとできたところよりも、できなかった部分(全体の半分以下)ばかり意識してしまい、自己嫌悪に陥りかけた。いやはや、落胆し尽くさずに済んだだけ、まだマシだったなぁ。明日はもう少しだけでも元気が出るといいなぁ…。
 1月8日 夜更けなのに旦那がいる…
 多くの人々に適応すると思うが、褒められたり認められたりすると、早く成長する。少なくとも、私と息子はそういうタイプ。だから、お互いに「好き〜♪」とか「大事〜♪」とかやって、安心したり意欲を増加させる。なのに、旦那は基本的に「他人を褒めない」。悪口も少ないけれど、長所を認めた話もしない。私が夜食を作っていた時も、あら探ししてでも貶すことはあっても、「美味しい」とは断じて言わなかった。オカリナに関しても同様で、今までで一番マシな台詞は「まぁ、そんなもんじゃない?」。しかも、続けて「もっとも、それぐらいなら誰にでも吹けるだろうから、威張れるレベルじゃないけどね」と…。だからさ、うたた寝する時ぐらい、離れでしてちょーだい。
 1月7日 雪か…
 朝から午後ちょいすぎまで、久し振りに積もるほどの雪に見舞われた。さすがに寒入りだなと思うと同時に、ZANの「恋衣」という曲を思い出した。光を受けると解けてしまう雪に恋慕の情を重ねて、愛した女性への残る思いを歌い上げている。その繊細な歌詞が箏の爪弾きと絡んで、切なさを増している。ミニアルバム「溢れるチカラ」に収録されており、一部だけならオフィシャルサイトで視聴できる。昨年のちょうど今頃だったと思う、「溢れるチカラ」の収録をメンバー諸氏の日記を通して見せていただいていたのは。「収録の合間に、うたた寝しているコミと慎です」と寝顔をこっそりUPしてくれた、お茶目なリーダーさんの記事に、何度「お疲れさまです」と呟いたことか。今月、新曲を収めたミニアルバムが出る予定と聞いた。リーダーさんの遺した音源も、数曲に用いられているとも…。故人への思いは根雪のように心に静かに積もっているけれど、それはそれでいいのだと思う。解けない雪もあってもいいから、新雪も同じぐらい大切にしたい。「これからもZANをよろしくな!」と、故リーダーさんが笑っている気がする。
 1月6日 筋肉痛
 4日のイベント会場で、ずっと左腕に自分と息子の上着を抱えていたために、左腕が筋肉痛に…。季節が季節だけに、初めて元日の朝刊を配達した時に同じように筋肉痛になったのを、思い出した。あの時は当日とか翌日がピークだったけど、今回のピークは一日おいた今日だとは…。歳を感じるなぁ…。
 1月5日 吹き初め
 息子が寝入り、旦那が帰宅していない時間に、こっそりとオカリナの練習を再開させた。どんなに音感が鈍かろうと、どんなに自分に諦めの言葉を投げかけようと、結局、私は横笛が好きなのだ。それを偽り続けることはできないし、だからと言って毎日練習を続けたり急激な上達を自分に期待することもできない。そんな弱虫だけれど、自分を騙し続ける鈍いほどの強さも持ち合わせていない。運指を記憶した曲を吹きながら、泣きそうになった。誰にも褒められない素人の、誰にも聞かれたくない練習だけど、巧いかヘタかより、「やっぱりオカリナが好きだ」と思えたことが、すっごく嬉しい。私は「これ」でいいのだと、低すぎる志しではあるけれど、改めて感じた。
 1月4日 ノリノリじゃん(爆)!
 名古屋ドームのイベントに出かけた。2時間おきに、東映の特撮ヒーローのショーが30分行われていて、立ち見で楽しんできた。これがまた、凄い(笑)。戦隊シリーズ最新作「ボウケンジャー」の敵役に相当するキャラの中に、壮年を通り越した男性がいる。ボウケンジャーのことを「カラフルな輩達」と呼ぶから、相応に老人だ。その人が、始まってすぐの段階で、番組のオープニング曲をもじって、「♪世界の果てまで、走れ、ネーガティィブ〜」と歌いながら踊る、踊る。ターゲットが子供(のお年玉?)とあって、怖さではなく、面白さでツカミを得て、そのノリにヒーロー達も応じ、次第にカッコ良さへと転じていった。「なぁ、あれ、(仮面)ライダーが喋りすぎ。キャラ、違うんじゃねぇ? まぁ、面白かったけどさ」と奥さんに言った「大きなお友達(笑えるがネットなどでは本当に使われているらしい)」がいただけに、ウチの「小さいお友達(重ねて言うがちゃんとこう言うべきらしい)」の反応が心配だったのだが、「へんなの(悪者)がたっくさんでたけど、(皆で踊ったりしていたから)こわくなかった。おもしろかった。ボウケンジャーもカッコよかったし、マジレッドとヒカルせんせい(マジシャイン)もでてきたし(満足した)」とのこと。その後、ボウケンジャーのオープニングを聞いて、替え歌を歌ったりしていたし、遊んでいるうちに2回目も見ることができた。さすがに2回目は内容が分かっているから、息子もノリノリで観ていた。「悪者は怖くなくてはいけない」と思い込んでいたことに気づいて、私のほうがちょっと恥ずかしくなった。それと同時に、「よく知っている曲を替え歌で歌う」というだけで、かなり観衆の気持ちを操れるのだと、体感させてもらった。
 1月3日 …ニヤリ
 何の番組か分からないが、BGMにZANの曲を多用していた。気づいて旦那に「この曲、ZANだよ」と言ったら、「うん、聴いてすぐに分かった」とのこと。よっしゃ、洗脳できつつあるぞ(ニヤリ)。
 1月2日 いろいろあったなぁ…
 今更だが、昨年の出来事をいろいろ思い出した。悲喜交々、と言いたいが、悲しいことのほうが多かった。中でも、ZANのリーダー・砂川氏の急逝は、母校での事件の数々と並んで、大きなショックだった。活動再開を知った夏になっても、私は立ち直れたわけではなくて、11月にライブ参加を果たしてやっと、「そこ」にも「CDをかけている車中」にも砂川氏の心が留まっていると気づけた。そんな自分の鈍さが恥ずかしく、体調を崩すきっかけになった頃もあったけど、今年はきっと、少しずつ自分なりの楽しみ方を取り戻せると感じている。やっぱり鈍いよな、自分…。
 1月1日 年頭所感(大袈裟)
 上記の小さな文字の文章にあるように、私には「音」の高低を判別する感覚も無く、何度も何度も聴かないと曲を覚えられない。はっきりと「音痴」と指摘されることはないが、「音痴」には違いない。車中でCDを聴きながら、「私がオカリナを練習するのって、他のオカリナ愛好家に対して失礼かもしれない…」と思ってしまった。すぐに「そんなふうに考えるほうが、余程音楽を軽視してて失礼極まりないことじゃないか」と気づいたけれど、淋しさは否めない。なので、今年の「心得」を「音を楽しむと書いて音楽だろうがぁっ!」と、ちょっと「銀魂」のサブタイトルっぽく決めた。そして、開き直って叫ぼう。「音痴だって音楽が好きならええやんか!!!」(ちょっとスッキリ)

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