ヘタの横笛

引き続きアメリカで販売されているはずのZANのCD「SHIKU」を探しています
でも全然見つからないので近くのCD屋に注文したいのですが取り寄せも難しそうです
どなたか購入できたら入手方法を教えてくれませんか?

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 10月30〜31日 ハードなほど眠れる
 秋雨前線が影響しているのか、あまり体調が芳しくない。いや、体じゃないか、精神的とか気分的か。とりあえず、眠い。眠い上に、腹痛が断続的に出てた、特に30日に。あ、やっぱり体調でいいのか。とにかく、31日には復活するために30日はぐったりと過ごしていた。日頃は眠くても眠れなかったりするくせに、Shuffleでソフトバレエの曲がきちんとダウンロードできたか確認していたら、すんなり眠れた。それも、具合が悪かった30日のみならず、浮上した31日の夕方さえも。ゲーセンでもパチンコ屋でもボーリング場でも賑やかなバスの中でも、平気で眠れるんだった。そりゃハードロックやヘビメタ、ダンスミュージックでも子守歌にできるよなぁ、自分? あ、20歳頃に二度だけ行ったディスコでも眠れたんだった。それでいてZANの曲や雅楽の譜読みの声では眠らないって、ちょっと変? …ま、いっか。
 10月27〜29日 男のほうが弱気っぽい
 日没後に篠笛とオカリナの練習をしようとしたら、息子に「ママ、こわいひとがくるで、もうふいたらあかんよ」と注意された。当地だけかもしれないが、「夜更けに笛を吹くと蛇が出る」とか「泥棒が来る」とか言う。が、それを言う者に限って、どうしてそう言うのかを知らない。後者は、まぁ、「夜更けに声を出して金を数えたり硬貨の音をさせると泥棒が聞きつける」というものの変形じゃないかと思う。呼子の合図とか、ね。で、前者はというと、「龍笛の音色は竜の声に似ている」という命名の謂れに由来するのではないか、と私は考えている。つまり、夜更け(中世までは夜中は人外の存在の時間だった)に龍笛を吹くと本物の竜が来る、というのから転じて、笛やそれに似た音を立てると竜の眷族である蛇が来る、となったのではないか、と。今まで夜更けに独りの時に練習してたけど、泥棒も蛇も竜も来なかったなぁ。そんなだから、私は気にしていない。それと、実母も冗談っぽく言うけど、気にしているようではない。じゃあ誰が気にするかっていうと、実父と旦那と息子。今は夜更けに顔を合わせないから言われなくなったけど、実弟にも言われたことがある。4人に共通しているのは、「蛇が苦手」ということ。「本当に来たらどうするんだ」と、それぞれから言われたことがある。全部、「金運が巡るかもしれないし、縁の下や天井裏でネズミを捕ってくれるだろうから、ありがたいんやない?」と答えた。実母も昔、同じことを返したらしい。実父が「ウチの女共は無神経すぎる」とか言っていたのは、旦那がウチに転がり込んでくる前のこと。今は、実母と二人、示し合わせて、男連中の前では素直に注意に従っているフリをしている。妙な面子に拘ったりして、ホント、面倒な生き物だなと思う。
 10月26日 DVDもそうだっけな…
 いろんなCDをiTuneでデータ化したけれど、Shuffleで聴いて初めて気づくことがある。発売元や発売年月日によって、音量がバラバラ、ってこと。なるべくアーティスト別で古いものから新しいものへと続けてダウンロードしているけれど、数曲ごとにボリュームを変えなくちゃならないっていうのは、ちょいと難アリって気がする。でも、仕方がないことなのかなぁ。DVDも、東映と松竹では録音時の音量が全然違うもんなぁ。初めて「リュウケンドー」から「マジレンジャー」にディスクを入れ替えた時、ビックリしたもんなぁ…(遠い目)。
 10月25日 夢で見ちゃったからねぇ…
 寝坊ついでに、朝夢を見た。相変わらず散らかった部屋の真ん中、敷きっぱなしの布団の上に立ち、篠笛とオカリナを交互に吹いて練習する夢を。そんなの見ちゃったら、ねぇ、練習しなくちゃ、でしょ、やっぱり。で、吹いてみた。篠笛のほうは、割れないから具合が少し悪い程度の時にも練習してたし、「きらきら星」と「チューリップ」を比較的すんなりそこそこの音で吹けた。相変わらず、打ち指はできないけど。問題だと思ったのは、オカリナ。万が一にも手を滑らせて割っちゃったら嫌だったから、久し振りの練習。そうしたら、あれほど暗譜したつもりだった「大きな古時計」で、♯ファだけでなくソまで運指を間違えた。メロディを覚えていても、次の運指がすんなり出なかった。完全に、怠慢、だな、こりゃ。反省しながら、ティアーモの素焼きのオカリナに頬擦りして謝った、冷たくしててごめんね、と。もしもオカリナが喋れたら、「頬擦りはいらんから練習しろや」って言われただろうな、間違いなく。
 10月24日 壊れたらどうしよ…
 ソノシートを知っている世代なので、正直なところ、iPodとかgigabeatとかは玩具に見える。携帯電話だってそう。ましてやShuffleなんて、洗濯バサミでしょ。それとも、書類を束ねるクリップとか。と、こういう思考回路なので、ついついイヤホンコードを持って引っ張り寄せたり、結果的に振り回すようなことをしてしまったりして、私のShuffleは積読山や机にコンコン当たっている。が、あくまでも精密機器なんだよね、クリップのくせに。ハタと思い出して、旦那に確認してしまった。そうしたら、「何だ、クラッシャー魂に火がついたのか?」と言われた…。…そうか、私は扱いが雑だからあれこれ壊しやすいのか…。…あー、いやいや、こんなちっこいのを作る側にだって責任があるだろ、振り回される可能性を考えないはずがないから。だからやっぱり、タイトルは「壊れたら」で正解だな、うん。こんな人間だから、楽器もシンプルなほうがいいとか堂々と言っちゃうんだろうなぁ、多分。
 10月22〜23日 他人とは思えない主人公
 今月から始まった、NHK朝の連ドラ「ちりとてちん」に、早速ハマり始めている。内容やら設定やらの説明はオフィシャルサイトに任せて、ハマりつつある理由のみ綴る。一言で片づけるなら、タイトルのとおり。自ら「表舞台には向かない」と決めつけ、主役にはなれない自分を嫌う主人公に、自分を見つけてしまうから。小学校の頃からの私を知っている人達には、「あんた、目立つことをやってたやないの」と言われそうだが、自分では三枚目、良くても二枚目半というのが常で、どんな目立つことをやってみたとしてもそれは実力ではなく、マグレか誰かの真似、つまり二番煎じでしかないと、今でも思っている。だから、自分では納得していないし、「つまんねぇ人間でしかねぇよなぁ…」と自省するたびに溜息が出る。そんなわけで、主人公に自分をダブらせてしまうのだ。しかも、これだけではない。主人公は、祖母に三味線を習うものの、運指の基本練習「ちりとてちん」の段階で苦戦し、二度も三味線を諦めた。この点でも、他人とは思えない。どんなことにも、基礎と基本がある。基礎というのは、取り組む際の心構え。基本というのは、取り組みにおいて最初に身につけておくべき所作。この二つをきちんとマスターしておかないと、後々必ず苦労する。私がオカリナの運指で苦しんだり、篠笛の音色が擦れたりするのが、その証明。解っていても、つい一足飛びで次へ行きたがるせっかちさも、他人と思えない理由かな。前作が人気も視聴率も高かっただけに比較してしまうかもと思っていたが、この調子なら作風云々とか気取ったことを言わずに、素直に観ることができそうだ。頑張れ、キヨミ! ついでに、自分、おまえもな(苦笑)。
 10月18〜21日 買った頃の自分をば…
 最近、Shuffleが無いと家事ができなくなった。あ、「最近」っていうより、「遂に」のほうが正確か。色事のみの歌詞ではなく、過分に緩いメロディでもなく、中途半端な風刺モドキの青臭さが無い、洒落っ気が潜んでいる曲を聴きながら、いろいろ思い出したりちょっと踊ってみたりしながら、食器を洗ったり本を分別したり段ボール箱を本入れに加工したり中にドカドカとコミックスを詰め込んだり。奇妙なことに、鼻歌と小躍りをしながらのほうが、真剣に洗っている時よりも、食器が割れない。手が滑っても、見事にキャッチできたりする。思い出してる内容がいい効果を発揮しているのかもしれない。「内容」とは、タイトルにあるとおり。主に、20代の自分かな。18〜20歳の間の自分は、…いいこともたくさんあったけど辛いことも多かったからし、初々しすぎて今では恥ずかしいことを日常茶飯事に繰り返してたから、割れたりヒビが入る食器が増えるんだよね。まぁ、20歳以降の自分っていうのも、あまり人様に話せることをしていないけど…。ちなみに、部屋を片づけている私の横で、息子がプラスチックのオカリナを発掘し、私の真似をして練習する。指、届かないけど。ちゃんと穴、1つも塞いでいないけど。とりあえず、落としても割れないし軽いから、嬉しいらしい。でも、「ママ〜、キンタロスのうた、ふいて〜」と強請るのだけは、勘弁してほしい…。
 10月16〜17日 ところで歌手は恥ずかしくなるのかねぇ?
 10代後半から20代半ばまでに買ったCDを今聴くと、「…昔はこういうのをカッコイイって思ってたんだ…」と遠くを見てしまいがち。ベタアマなラブソングとか、やたら「ア…ッ」とか入れる歌い方とか、一般的な会社員を揶揄する歌詞とか…。一言で表すなら、「ガキ臭い」、あ、いやいや、「青臭い」。思い返せば、すっごく若くて、すっごく世間知らずだったんだな、と恥ずかしくなる。「パワーストーンなら無色透明の水晶玉に限るっ!」って言ってた頃で、混在物やヒビが彩りになることを知らないくせに否定していたっけ。音楽に対しても、無知なくせに「人気のあるミュージシャンのおっかけなんか誰がするかってーのっ!」って自分に言い聞かせて、近寄ることすらしていなかったっけ。やたら気持ちが先走って、何でも思い通りになると証明したくて、独りで焦って、誰にも振り返られないところで挫折して、独りで泣いて、それでも挫折する前の自分を捨てたくなくて、拾い集めてこっそり秘密の場所に隠しておいて、時々それを出してきて、若さ故の暴走を思い出して、やっぱり独りでドキドキして…。気づいたら、隠しておいたものを少しずつ引っ張り出してきてこのサイトを開き、相変わらず暴走状態のまま続けてきて、もうすぐ40歳だよ、まったく。すっかりオバハンだな、私も(笑)。みちよさんも、今「尾崎」を聴いたら、こんな気持ちになるのかなぁ(笑×2)。あ、そうそう、実母もなったかもしれない、一緒に布袋のライブに行った時に。行ったんだよ、私と二人で、ハードなレザーで身を固めたニイチャン達の中へ(爆)。そんでもって、私よりもはしゃいでたよ、ものすっごく(爆×2)。「たまには若い子と騒ぐのもいいわ、若返るから」とは、その夜の帰路のオコトバ(笑)。今なら解るよ、すっごく(笑)。たま〜にだったら、昔の自分に会うのも悪くない、うん。そんなこんなで苦笑しながら、10代半ばからの憧れである和楽器を手にしていることを忘れている自分に気づき、「何が『たま〜に』だよ」と笑ってしまう今日この頃…(笑)。
 10月13〜15日 敬称略にて失礼します
 Shuffleに好きな曲を放り込み続けているけれど、後になって聴いてみると、「…なんでこの曲を入れたんだ…?」っていうのが、10曲以上。一度削除して選び直して、もっと厳選しないとなぁ。選ぶといえば、声っ! 改めていろんな曲を聴いて、好みのレベルを自問自答していたら、男声・女声関係なく、低音の発声が綺麗でないと採点が高くならないことに気づいた。高音も綺麗なら、なお良し。今のところ、曲を気に入った人達の中で、両方の歌声が綺麗だなと思って「好きだぁっ!」と言いたくなるのは、やっぱりZAN。KI☆LAが次。20年以上前に買ったCDの中では、浅倉晶とか。ゲーム音楽絡みなら、安井邦彦とか。基本的に、声優さんって歌が上手い。発声の仕方が上手だからだな、きっと。まぁ、中には遠慮したくなる人もいるけど。独りで過ごすのが一番好きだけど、好きな歌を聴きながらだともっと好き。秋だからかもしれないけれど、たまに「独り」より「誰かと一緒の気分」になりたい時がある。携帯電話が普及して、いつでも友達の声を聞こうと思えば聞けるようになったけど、私は持っていないし、そもそも自分の我儘で他人の時間を拝借するのが心苦しい。メールも便利だけど、どれも同じ書体の文字が並んでるだけだし、声を聞けるわけじゃないから、あまり好きじゃない。郵便や宅配のサービスを利用して手書きで何枚も便箋を使った手紙のほうが、余程好き。旦那や今時の文明の利器を使いこなしている人達には時代錯誤と嗤われそうだけど、ね。こんな私だから、Shuffleを使っているっていうだけでも、自分を凄いと思う。恥ずかしいけど、ね。さてと、泣きそうな時に聴きたくなる、声が綺麗で元気な曲を選ぶため、窓機を立ち上げるとするか。
 10月12日 開き直るための儀式…?
 実母と息子がおむすびを作っておいてくれたおかげで、出かける前にほんの数分、余裕ができた。パソコンで何かするには短く、呆けるには長い時間。お弁当という難関を越えた安堵から、ふと篠笛を吹くつもりになれた。袋から出して吹いてみたら、少し掠れてはいるけれど、それなりの音が出た。それも、低いドも。「きらきら星」と「チューリップ」を吹いてみたら、右手の小指が当たり前のように正確に動いて、感動した。興味のある人には知られているだろうけれど、フルートとオカリナと篠笛とリコーダーとでは、左右の小指の役目が違う。これらを一度に習い始めたら、慣れるまでに時間がかかるんじゃないだろうか。少なくとも、不器用な私なら。だから、感動する。それを保ったまま遠足に出かけたので、今朝までの緊張しすぎの状態から抜け出せたのは、確か。音楽って、いろんな効能があるもんだなぁ…。今日は本当に助かった。心からそう思う。
 10月10〜11日 ちょっと心配
 現実逃避に走っている2日間、また怖くてオカリナに手を伸ばせなかった。篠笛ならとも思ったが、心が平常ではない時の音って、へなちょこだからなぁ。もっとこう、丹田にドッシリと力を入れることができて、頭の天辺まで「やるぜ、やるぜ、やるぜ〜っ!」って気持ちがブッ飛んでる時が、一番好い音が出てる気がする。勿論、オカリナも同じで、不安や緊張を抱えていたり、反動で何も考えたくない時とかは、へなちょこな音しか出ない。ホント、楽器は騙せないよなぁ、まったく。
 10月9日 心理的自閉空間
 続々と曲を追加中のShuffleに、昼間、いつも救われている。誰とも話したくない時、ボリュームを上げて、何も聞こえないようにする。実家の一棟を借りている状態ではあるけれど、実際には実母の店の奥だからお客さんがトイレまで廊下を歩き、部屋という部屋が見たくなくても見えたりするし、実父母揃って時々出入りするから、「自宅に行けば独りになれる」というわけにはいかない。だから、音楽を手軽に長く聴けるというのが、凄く嬉しい。それも、自分で聴きたい曲や耳障りではない曲を選んで、違和感を感じない順に並べ直すこともできるというのが、また嬉しい。今の10代・20代には「できて当たり前じゃん」ということでも、カセットテープのウォークマンを使っていた世代としては、物凄い革命を見た気分。で、ZANの曲を聴きながら、篠笛の音出しとかやってみると、これまた凄いジェネレーションギャップを感じたりする。かたや文明の利器、かたや古来形の変わっていない楽器、だなんて凄いと思う。そんなことを考えられるのも、独りの時間があってこそ。まったく、嬉しいような楽しいような、奇妙な時代になったもんだなぁ。
 10月6〜8日 好みの変化
 四半世紀前の自分が好んで聴きまくっていたCDを今聴くと、「どうしてこれが好きだったんだぁ?」と鳥肌が立つ曲が多くて、かなり驚いている。多分、10代後半から20代の自分は、俗っぽく言えば「恋に恋する子供」だったんだろう。半ば旦那のゴリ押しで結婚し、息子もいて、キャリアを捨てて、鬱症状と駆け引きしながら新しい自信を探している今は、「酸いも甘いも噛み分けた」の域には達していなくても、「そんなものが恋愛って呼べると思うわけ〜?」程度には「現実」を生きている。だから、自己陶酔型のラブソングを聴くと、それを好んでいた自分を思い出して恥ずかしくなる。やたら難しい演奏にこだわっている曲も、結構ダメ。じゃあどんな曲なら平気かっていうと、「骨太でストレートな曲」。特撮番組やゲームのキャラソングが平気になったのは、「はじめにキャラありき」という意識が根付いて、曲調からそれを使うに相応しい場面を思い起こせるようになったから。「ベタベタなラブソング」が苦手になったのも、同じように曲の世界を思い浮かべて、自分ならどう立ち回るかを投影してみると、歌詞とはまったく異なることしか思い浮かばないことに気づいたから。そんなわけで、Shuffleに放り込む曲を絞り込んでいたら、ほとんどが悲恋か片思いの曲と何らかのキャラソンと時流風刺の曲となっている。やれやれ…。
 10月5日 「ものぐさ日記」の続き
 ZANの音楽と偶然出会えたことも、私にとっては宝物。「今日が始まる幸せ」も、「誰かのために生まれて、誰かのために生きているんじゃないよ」も、ZANから学んだ。同じ言葉を、今週の月曜日に、精神科医師にも言われた。その時、ほんの少しだけれど、「私は実父の人形じゃないんだった…」と思うことができた。自分の身を守るために、ずっと大人達の顔色を窺い、「正解」と言われなければ殺されると怯え続けていた。その時間が勿体無いと、少し前の私は涙が出るほど悔しく思っていたけれど、今はちょっと変わった。「心の風邪」だの「セロトニンの分泌不足」だのと言われている鬱症状の多くは、自分と他人の関係を意識する人ほど出てきやすい、つまり、社会における自分の存在を意識する機会が多い証拠ではないだろうか。少なくとも私は、そういうタイミングでぶり返しやすい。気づいた途端、「俺のほうがキチガイになりそうだ!」と怒鳴る実父や、「お義姉さんみたいに育児を放棄できるなら、私だって精神科に通院したいわ!」と喚く実弟の嫁さんが、物凄く矮小な心の持ち主に見えてきた。そして、そんな人達を意識しすぎる自分に苦笑して、もっと視野が広くていろんなことに挑戦しているZANのメンバー諸氏や、スタッフの方々、応援し続けているファンの方々が眩しく見え、「いつか私も少しでも近づきたい」と思うのだろう。少しでも音楽に触れていたいという自分の防衛本能に、感謝したい、心から。
 10月4日 理性のほうが少ないかも
 昔、「クラシックを聴いていると眠くなるのも『感動』の表れ方の一つ」と聞いた。多分、それだと思う。何をやっていても、Shuffleで音楽を聴きながらだと、途中で眠っている。心身の疲れも手伝っているに違いないのだが、ノリのいい曲を聴いていても熟睡できるというのは特技と言えるのではと、だんだん思えてきた。で、ついでに思い出したのは、新聞屋時代から既にパチンコ屋やゲームセンターで爆睡できたってこと。睡眠時間の長さや深さ、疲れ具合に関係なく、どこでもいつでも数秒で眠れていた。睡眠で不自由するようになったのは、息子を産んでからだ。同時に、何でもいいから音楽に触れたいと思い始めた。だから、私が篠笛やオカリナの練習を断続的にでもしているのも、好きな曲を聴いてはしゃいだり眠ったりするのも、本能的な自己防衛なのかもしれない。そんなことを思う間も無く、眠っちゃうんだけどねぇ…(苦笑)。
 10月3日 …センス、悪いよなぁ…
 昨日に続き、今日もiPod Shuffleに入れる曲の選抜の話。好きな歌手(バンド)や好きな曲は、昔も今もほぼ同じ。それなら片っ端からブチ込めばいいじゃないかとなるが、そうしないのが私の捻くれ者たる所以。曲がね、違和感なく繋がるようにしたいのよ。ZANの曲の最後を故リーダーさんの「風の軍刀利」にしてるから、いきなり「Double-Action」に繋ぐのが嫌で、KI☆LAの曲を3曲入れ、継いで「Double-Action Coffee Form」、「Action-Zero」、「Double-Action」、「Real-Action」にしてるぐらい。で、問題は、この次。アップテンポで歌い手の意志の強さを示す前向きな曲に続く曲を、果たして何にしようかと悩んでいる。普通は、悩まないんだろうなぁ、こういうことでは。手芸っぽいことをしていても、篠笛やオカリナの練習をしていても、自分はセンスのよいものを作ったり奏でていたりしないと思ってるから、選曲にすら自信を持てなくて、あれこれ悩むわけ。ま、やっちまえば「もうこれでいいや〜」って開き直るから、要は勢いが欲しいだけなんだけどね。
 10月2日 1GBで充分
 旦那にもらったiPod Shuffleに、先月は手当たり次第にいろんなアルバムを入れていたけれど、ライブラリの曲数が増えるたびに、あまり好きではない曲も放り込んでいるのが気になってきた。しかも、見れば「再生時間1日」とか書いてあるぐらい、ライブラリが膨らんでいた。さすがに絞り込む気になってきたのだが、選ぶために聴き直すのに1日を要するとなると…(orz)。それに、約240曲を聴くのに12時間前後要するとなると、「聴きたい時に聴きたい曲を選んで聴く」にはShuffleは向いてないよなぁ、とも思う。まぁ、選んで聴く場合は、パソコンを起動すればいいだけなんだけど。だとすると、やっぱりShuffleには好きな曲だけを詰め込んで、20世紀の有線みたいに流しっぱなしにするのがベストだな。…(読み返し中)…。…しゃあない、選曲のために、iTuneのライブラリを開くか…(溜息)。蛇足:ZANの曲をShuffleで聴いていると、篠笛の練習をしたくなる。音を拾うこと、できないのにねぇ。それと、Shuffle、気に入ってる、これでも。入手前はnanoとか大容量のiPodのほうがいいなぁと迷ってたけど、Shuffleのほうが今は好き。服の襟にくっつけて、聴きながら家事や執筆やなんちゃって手芸をしてる。イヤホンのコードのほうが気になるぐらい手軽なんて、凄く嬉しい。
 10月1日 …あれっ?
 ZANを聴きまくっているうちに、篠笛を吹きたくなってきて、試しに練習してみた。「チューリップ」と「きらきら星」。相変わらず上達はしていないけれど、甲音のドが出たっ♪ それに、以前よりも笛を水平に構えることができるようになっていた。打ち指はまだできないし、腹筋が全然使えなくてブレスしまくりだったけれど、背筋が少し真っ直ぐになったことに気づけて、嬉しかった。このまま他のこともできるようになれたらいいんだけどなぁ…。蛇足:実父母のパソコンでカラオケDAMのライセンスを得る作業をしたついでに、「Double Action」を歌おうと検索した。先月はモモver.しかなかったのに、ウラver.、キンver.、リュウver.のみならず、「Action ZERO」も入っていた。それに対してZANは増えてくれない…(涙目)。

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